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13、郷愁という訳では無いけれど。

 この異世界に兎として転生してから150余日を過ごした。前世の時間で言えば半年弱程になる。その期間ほぼ毎日この森を歩き回っていた。実際には跳び回っていたという表現の方が正しいとは思うが。そう考えるとかなりの範囲を移動し見て周ったと思う。勿論自宅を中心にしてだが。それでも町一つ分位の範囲はあると思う。兎の身体での感覚なので正確ではないかもしれないが、距離感の技能を取得しているので大きな誤差は無いとも思う。これだけの範囲を探索して気が付いた事がある。無いのだ、道が。一度も見かけないのだ。確かに獣道はある、だが人が通る為の道が無い。道はおろか看板や道標も無い。いやいわゆる「人」工物が無い。「人」の営みを感じる物が一つも無い事に。今回初めて見つけた、「人」の、「人間」の生きていた痕跡を。

 魔物と聞いて想像するものと言えば、透明な又は半透明なゼリー状の生物を代表に定番のものが幾つかあるだろう。その殆どが序盤に出会うであろう魔物だと思う。ゼリー状の奴に関して言えば、この世界では魔界獣に含まれる可能性はある。・・・闘争を旨とする魔界獣に本能のみしか無さそうなその生物が存在するかは疑問だが。だから東側に行けば見かける事もあるかもしれない。だがその他の序盤の定番の魔物にも一度も出会わないのだ。ゴブリンやオーク、コボルドやリザードマン、オーガなどの魔物に。いわゆる「人型」の魔物に。リザードマンやオーガ位になるとこの世界では一人種として存在している可能性はあるし、ゴブリンやオークも上位種に率いられ、この森以外の場所に居を構えている事も考えられるが。この森では二足歩行の魔物に出会わない。腕を使う熊でさえ走る時は四足だ。それに付け加え猿の様な魔物でさえ見かけない。つまり「人間型」の生き物に出会わないのだ。少なくとも今まで一度も出会っていないし、その確率が極端に低いと感じる。この世界にはそういう生物が存在するのだろうか、俺以外に。過去存在した事までは判明した。


 木の根元を枕に横たわるその躯を、静かに見つめながらほんの少し自分が人だった頃の事に思いを巡らせる。思い出らしい思い出は全く覚えてはいないが。なにせ名前すら思い出せないのだから。それでも人がいた事が嬉しい様な懐かしい様なものが胸を横切る。その時の俺が何を思ったのかは不明だが、片膝を地に着け錆びた鎧の一部にそっと触れる。おそらく篭手と思われる箇所だろうが、俺が触れると、その一部が現在まで辛うじて保っていたその形が砂の様に音も無く崩れてしまった。なんだか悪い事をしてしまった様な気になる。このまま放っておいても何時かはそうなっていただろうが俺がその時を早めてしまった様な気がして。

 ゆっくりと立ち上がり、また暫くその中世の西洋風鎧を身に着けた亡骸を何を思うでなく見つめる。静かに目を閉じて、少しだけ冥福を祈る。特に決まった宗教がある訳でもないが、一応人だった頃の名残の礼儀として。埋葬しようかとか、回収しようかとか考えたが、このままにしておこうと判断する。「気が向いたら花でも供えに来るよ。」と声を掛けその場を後にする。


 再び帰宅路を辿り始める。今発見した人の痕跡の事を含め様々な事を考えながら。そしてきちんと警戒を怠らない様にしながら、せめてこの帰り道ぐらいはね。思考を巡らせる中で人型の生物の疑問の他にもう一つ気になっている事を思い出した。

 人型の生物を見かけない事も関係しているのかもしれないが、不死系アンデッドの魔物も遭遇した事が無い。確かに夜中に出歩く様な素行の悪い生活をしている訳では無い、だから出会わないだけかもしれないが。それにしてもこの森にだって、人はともかくそれ以外の遺体や骨が無い訳が無い。不死系魔物がいてもおかしくないはずだ。それなのにその疑いはおろか残り香の欠片程のものも感じ取る事が出来ない。そして先程の鎧のご遺体を見ても不死系の魔物が存在しない可能性が高まった。どれだけの年月かは計りかねるが、それでも数えるなら数十年単位になるであろう事は俺でも解る。それだけの時間あの場所で眠り続ける事が出来ている事も不死系が存在しない事を裏付けている様に思われる。元の身体の持ち主の後悔や未練が関係しているとすれば、それが全く無いとは言い難いご遺体だった様に思われる。状況証拠からの俺の推測でしか無いが。もし本人の意志に関係が無いのだとするなら、一処に留まっていられる筈は無い。やはりこの世界には不死系魔物は存在しないのだろうか。この世界に闇の力、負の力的なものは無いのだろうか。・・・それは考え難い。俺の兎の癒しや兎の祝福の技能を見るに、火や水や風の力と言うよりは聖なる力という印象が強いし自分自身でもそう感じる。とするなら、それと対になる闇の力が存在し無いとは思えない。勿論、闇の力が悪しき力である訳では無いとも思う。つまり命の潰えた身体を動く死体に変える邪悪な力が無いと考えるのが、今のところ妥当だと思われる。確かにこの森は、どちらかと言えば清らかな気が流れている感じがする。その影響も大きいのかもしれない。すなわち、少なくともこの森では不死系の魔物が発生する可能性が極めて低いのだろうと結論づけるのが良さそうだ。


 無事帰宅すると、家の中でヤクモがおそらく技能の一覧を眺めていた。入口をくぐり「ただいま。」と声を掛けると「おかえりなさいませ。」と、何処の家庭でも交わされるであろう当たり前の挨拶が返ってくる。それが何だかとても嬉しく思えた。こんな当たり前を俺は何時から忘れていたのだろう。不意に鼻の奥がツンとする。

「どうされました。」

 俺の態度にヤクモが声を掛ける。全く良く見てるな、勘が良いのかな。ヤクモに隠し事は難しそうだ。

「何でもないさ。ただいま、おかえりのやり取りにちょっと感動しただけさ。」

 冗談めかして本音を漏らす。

「そういうものですか。すこし大袈裟な気もしますが。」

「俺は親の顔も覚えて無いから、大袈裟って事も無いんだけど。」

「これは・・・大変失礼しました。」

 しまった。その事に俺自身が殆ど気にしていないのに、煽ってしまった。別の理由で多少感傷的になっていたのは確かだが、必要以上に恐縮させてしまった。

「ごめん。そんなつもりじゃ無かったんだ。・・・ヤクモがおかえりって言ってくれて嬉しいって話だ。」


 気分を変える為に、お互いに今日の出来事を報告する事にした。俺は植物系の魔物に遭遇した事、帰り道に人の亡骸を見つけた事を自分の反省も含め報告した。栗鼠喰葛は知っているかと聞いたら、名前は知らなかったがあの栗鼠を捕える植物ですねと言っていた。

「一応回収してきたけど、少し食べるか。俺は食べた、不味くは無いけど特別美味しくも無いぞ。毒の類も問題無さそうだ。」

 ヤクモは少し考えてから、

「そうですね、念の為戴いてよろしいですか。」

 と答えた。この念の為という考え方が出来るヤクモは、やはり流石だと思う。蔓と根を、そしてガガ鋏を取り出し各部位四つづつ適当にヤクモの一口大に切って渡す。

「食べきれなかったら、俺が食べるから。」

「いただきます。」

 食べながらでいいからと言って、今日の出来事の補足説明や詳細の話しを続けた。モグモグと口を動かしながら話を聞いていたヤクモは、時折食べるのを止め「おお。」「はあ。」と良き所で相槌を打ってくれた。話させ上手だぜ。だがその途中でヤクモが動きを止めた。

「お、上手くいったか。」

「はい。技能を取得可能になりました。後で確認してみます。」

 その後残りの食料も全て食べていた。

「美味しくは無かっただろ。」

「ええ、そうですね。食べたくないと思う程でも無いですね。」

「な。」と言って笑うとヤクモも釣られて笑った。


 人の事についてヤクモに聞いてみた。遥か昔の祖先から伝わった話は両親から聞いた事はあるが実際に見た事は無いと言っていた。ヤクモの話を聞く限り、神話やお伽話に近い様だ。そして魔物達にとっては良い印象では無さそうだった。確かにな、この世界のシステムの中に平等に存在していたのだとすれば、レベルを上昇させる為だけに魔物を狩る事もあったと容易に想像できる。俺がもし人だったとして、絶対にそうしないという自信は無い。悪い印象になって当然だな。兎である現在は絶対にそんな事をしないと誓う。まあどういう訳かやたらに様々な魔物に襲われるし、それに対処するだけで食うに困らない程だが。とにかくヤクモのご先祖様の教訓だが、俺も心に留めておこう。人は危険だと。別に人間を嫌悪している訳でも、人間に憎悪している訳でもない。現状、俺が魔物であり兎である立場からの考え方だ。まぁ人間讃歌という訳でもないが。

 人工物についても訊ねてみた。建物や遺跡、明らかに自然に出来た物で無い物を見かけた事は無いかと。「私は見かけか事がありません。」という答えの後に「主殿はなぜそんな事に興味があるのか。」と問われた。確かにヤクモからすれば、俺が妙に人の事に興味を示している様に感じるだろうな。「全く知らないから、興味がある。全く知らないから、知りたいだけさ。」と嘘だけど本当の、本当だけど嘘を答える。正直、この世界に人間がいようがいなかろうがどうでもいい。ただ過去いた事は判った、だから純粋に知りたいだけだ。遺跡や遺物をみて過去の営みを想像する、歴史浪漫ってやつだ。ヤクモは「なるほど、流石主殿です。」と妙に感心していた。ヤクモの中で俺の評価がどうなっているのかは解らないが、おかしな事になっているんじゃないかと不安になってくる。これも主従の絆の影響じゃないだろうな。俺はそんな事を望んではいないのだが。この世界の事に関してはヤクモの方が詳しいのにな。

 そしてもう一つ、不死系魔物について聞いた。

「それは子供に話して聞かせる、幽霊やお化けみたいな事でしょうか。」

 へぇ、魔物でも子供にそんな話を聞かせるのか。特に夜行性ではない魔物にはそんな習慣があるのだろう。

「私は出会った事はありませんが。主殿は信じているのですか。」

 ここは異世界だからねぇ、可能性としては無いとは言えない。

「いや可能性の話さ。もし出会ってしまった場合に備えて。」

「精霊や妖精の類はいるかもいるかもしれませんね。狐の術は精霊の術に近いものだと母に聞いた事があります。」

「へえぇ、それは面白いね。そうか、精霊や妖精はいるかもしれないのか。って事は悪霊や不死系魔物がいてもおかしくは無い訳だ。」

「主殿は存在するとお考えですか。それともそういうものが苦手なのですか。」

 まあそう思われても仕方ないよな。出会いたいか出会いたくないかと聞かれれば、好き好んで出会いたくは無いが。・・・幽霊や骨の類を倒してレベルが上昇するなら悪くは無いかもしれない。命を無意味に奪うより、囚われた魂を解放する方が気が楽かもな。

「いないと思って遭遇するより、いると想定して備えておいた方が良いと思ってな。」

 いると証明できた訳では無いが、いないと確信できる程の証拠も無い。何か対応する為の技能を探してみるか。今のところ使えそうなのは、狐火と兎の癒し・祝福かな。無いよりは良さそうだが些か心許ない。

「なるほど。確かに出会った事がない事が、いないという事ではありませんね。」

「そうだな。想像できる事は、起こり得る事態だ。と、あまり深刻にならない程度に備えておいて損はしないと思うわけだ。」

「深い思慮に頭が下がります。」

「よせよ、ただの心配性なだけさ。」


 つい気になる事がたくさんあって、質問攻めにしてしまった。この際だ、もう一つ。

「そういえばヤクモは妹さんに会えたのか。」

 ヤクモは首を横に振る。

「いいえ。」

「そうか・・・それは残念だったな。」

「一応、私が帰宅したことが解るようにはしてきました。」

「ふぅん。何をしたんだ。」

「あいつの好物を途中で収穫して、それを置いてきました。」

 少しだけ目を細めて、懐かしそうに微笑んだ。やはり妹の事が大切なのだろう、俺の事など気にしないで良かったのに。

「そうか。で、その好物とはなにかね。」

「アイツはですね、日天胡瓜が好きなんです。」

 と嬉しそうに教えてくれた。

「あぁあの黄色いずんぐりした胡瓜。爽やかな酸味のあるやつ。」

「そうなんです。子供の頃からこれが好物で。名前を知ったのは最近ですが。」

 まるで自慢話をしている様に誇らしげだ。事実、自慢の妹なんだろうな。ヤクモにもこんな可愛いところもあるんだ。

「なあ、明日もう一度帰ったらどうだ。今度はちゃんと会って来た方が良いんじゃないか。」

「今までも数日帰らぬ事はありました。大丈夫だと思いますが。」

「そうかなぁ・・・なあ、今回は結構時間が空いただろう。帰らないって事は命を落とした可能性を考えるが、生きてる事が分かったら、生きてるかもしれないと思ったら、普段より行動範囲を拡げてお前を探そうとするんじゃないか?」

 妹の方も兄の事を、ヤクモが妹の事を思うのと同じ位大切ならあり得る話だ。この話を聞いていたヤクモの顔色が少し変わる。

「そうします。明日今一度行ってまいります。」

「うん。それが良いと思う。ただしヤクモも無理をするなよ。無理するのは妹を守る時まで我慢だ。」

「はい。お言葉頂戴いたしました。」

「俺も一緒に行きたいところだが、ややこしい事になりそうだから止めておくよ。色んな奴に襲われても余計面倒だし。途中までは一緒に行くよ。」

「ありがとうございます。」


 日もすっかり暮れ、森が夜の色に染まっている。お互いの報告会も終え、明日の予定も決まった。明日の為にも早めに休まなけれだと思ったのだが、色々頭の中の整理ができずにいた。

「ちょっと夜風にあたってくる。月に兎がいないか見てくるよ。」

とヤクモに上を指差し言う。

「わかりました。」

「不死系の魔物がいないかも調べて見るよ。先に寝ててくれ。」

「承知しました。お言葉に甘えて先に休ませていただきます。」

 明日にきちんと備える為だろう、俺の言葉に素直に従った。ヤクモの言葉を聞いた後、なるべく静かに外に出た。消音歩行の技能も使って。


 入口を出てすぐに左へ曲がりちょっとした壁の様になっている所を、まるでそこに壁など無いかの様に垂直に歩いて登って行く。壁の一番上に辿り着くとまた通常通りの歩行姿勢に戻り、自宅の真上に移動する。勿論自宅の頂点に鎮座している樹にはそこにいて戴いたままだ。ただ膝から先を家の縁から出して座り、上半身の右側をその樹に寄りかからせてもらった。木々の切れ間から夜空を眺める。この世界に来てこんなにきちんと星を見た事は無かったな。どうやら月は二つあるらしい事は知っている。そのうちの一つがちょうど切れ間から見えている。満ち欠けもする様だ。今日はもう少しで満月というぐらいだ。これから満月になるのか、満月の後なのかは判らないが。そしてよく目を凝らして眺めて見たが、どうやら兎は居そうもない。少なくともこちらの月には。もう一つはここからは今は見えない。

 それにしても星がよく見える。夜の闇を削る様な灯りも、空気を汚す様な物質を吐き出す機械も無いのだろう。前世の頃に敢えてこんなに夜空を眺めた事は無かったが、それでも星ってこんなにも見えるものだったのかと感じる。少ない知識だが星座の一つも分ればもう少し楽しめるかもしれないのにな。そうだろうとは思っていたが、残念ながらこの夜空には知っている星座は無いようだ。

 一息ついて、立ち上がり朝の日課と同じ様に一通り全方向の気配を探ってみる。始めの頃よりも広範囲に、そして詳細に判る様になった。夜行性の魔物と思われる気配が一つ二つ遠くの方に感じるだけだ。後、真上に小さめの気配を一つ。不死系の様な悪しき気配は感じ取れない。と言うより、やはりこの森には清らかな空気が流れているように感じる。不死系が発生しそうな気がしない。少なくともこの付近は大丈夫そうだ。

 また先程と同じ場所に腰を下ろす。昼間より少しだけ温度の下がった心地の良い涼しい風が通り抜ける。再び夜空を見上げる。何を考えるでなく、風を感じながら。郷愁という訳では無いけれど、感傷という訳では無いけれど、ただ何となく。懐かしい曲を口笛にしていた。曲名は何だったかな。小さな笛の音に合わせる様に、真上で微かに「ほぅ、ほぅ。」と可愛らしい鳴き声がしていた。ゆっくりと二曲演奏を終える。

ーー《技能・口笛のレベルが上昇しました。》Lv3

 「くくっ。」と笑いが小さく漏れる。締まらないなぁ・・・。余韻に浸る事も出来なかったよ。まあおかげで少し気分が晴れた。その気分に合わせて顔を上げて、夜空をもう一度見上げる。時間が経過し夜も深まった筈なのに、先程より星が良く見える様な気がする。夜空は見る者の気分で見え方が変わるのかな。星座の一つも分ればもう少し楽しそうだが。・・・星座あるのかな、この世界。

ーー《技能・星見のレベルが上昇しました。》Lv2

 「はははっ。」ともう一つ笑いが出る。俺の貧乏性が取得させた、いまいち用途の判らない技能のレベルが二つも上がったよ。全く良い夜だよ。思ったより色々あった一日だったが、その最後にまた少し面白い事が起きた。この技能がどんな役に立つのかは判らないが。そのうちまたこの貧乏性を発揮する機会があるだろう、その時は楽しそうな技能にしよう。


 考えが整理できた訳では無いが、もう少し気楽に捉えようと思える様に切り替えられた。そのうちまた答えを出すのに必要な情報も見つける事が出来るだろう。ゆっくり行こう。スッと立ち上がり、両腕を振り上げ伸びをする。月をもう一度だけ見つめ、深呼吸をする。そしてその場から、ふわりと飛び降りる。家の入口の前に着地する。おっと、少し不用意だったか。殆ど音は出なかったが、既に眠っている従者がいる事を忘れていた。起こしてしまわない様に中に入り、自分の場所に座る。さて、今日はこの辺で終わりにしようと横になる。そして最後にもう一つ気が付いた。この世界に来て初めて仰向けで眠る。今度、枕を調達しようかななんて考えているうちに夢の中へ行っていた。・・・追伸、銀胡桃はまだ割れない。今のところこの世界で一番の強敵だ。


 翌日、朝の日課を済ませヤクモと小さめの魚と木の実で食事を摂る。

「昨晩、心地の良い音が聞こえたのですが、あれは主殿が?」

「あぁそうだ。悪かったな。」

「いいえ、とんでもない。なんとも心地よく気が付いたら寝入っていました。」

「・・・そうか、それならまぁ良かった。」

 聞かれて困る訳では無いが、素直に褒められるのも気恥ずかしい。この際だ聞かれて恥ずかしくない程レベルを上げてしまおうか。今は進化や二足歩行で状況が変化したばかりでスキルポイントにあまり余裕がないが。

 食事を済ませ、出かける為の準備をする。得異能力と技能の一覧を確認し出来る限りの備えをしておこうと考えた。何があるかわからないからな、今回は始めから未踏域に行く予定だからな。と思い、得異能力の一覧を確認している時だった。そこに記されたある能力を発見し、声も無く膝から崩れ落ちた。両膝を着き、まるで四足歩行に戻ってしまった様に両腕も地に着いた体勢になる。大失態だ、この世界に来て最大の大失態だ。何で誰も教えてくれなかったんだ。

『ちゃんと通知しました。』

 そうでした。ごめんさい、セッテさん。興奮して聞き流したのは俺です。今度、さらなる機能向上の技能が開放されたら最優先で取得します。

『お気になさらず。』

「主殿、どうされました。」

「またやってしまった・・・今回のは生涯で最大の大失態だ。」

 少し大袈裟ではあるが、間違いでもない。ヤクモに隠すような事でも無いので、正直に話す。

「なんですと、大丈夫ですか。」

 おっと、こちらも失敗か。必要以上に心配させた。こんな言い方をしたらこうなる事ぐらい分かったはずなのに、全く俺って奴は。

「全然問題ない。昨日、気が付かなかっただけだ。今取得すればいいだけだ。」

「・・・それなら良いのですが。」

 ああ、完全には納得していませんね、これは。

「いや完全に俺の失態だ。むしろ今日、ある意味ヤクモのおかげで早めに気が付く事が出来たんだ。ありがとう。」

「いえ、そんな・・・私は何も。」

 そこまで言うと、一応は納得したようだ。

「で、それは一体どんな能力なのでしょう。」


ーー《得異能力・手を取得しました。》

ーー《能力値・腕力、能力値・握力を開放しました。》

ーー《スキルポイントを10消費しました。》


 ぐうッ、10っていう少なさが追い打ちをかける。おそらく二足歩行か手又は腕の特異能力のどちらかを取得するともう片方は簡単に取得できる仕組みだったのだろう。そこまで考えが及ばなかった。しかしこれで手が完全に本来の機能を得た。かなり生活が向上すると考えて良さそうだ。それを確かめる様に、満足気に二三度握って開く。最後に気合と一緒に掌を握り込む。


『技能・投技を取得しました。』

『新たな技能が取得可能になりました。』


 今度は即座に確認する。そして多くはないスキルポイントを駆使してその技能を取得する。全てでは無いが。


『技能・蹴技を取得しました。』

『技能・格闘技を取得しました。』

『技能・鍔迫り合いを取得しました。』


 今度こそスキルポイントが100を切った。だがこれで出来る限りの手は打ったはずだ。明らかに昨日の俺より強いはず。

「待たせたなヤクモ。さあ、行こうか。」

「はい、主殿。」

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