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12、夏草や、夢の跡。

 その日、俺は油断していた・・・と言うより、完全に浮かれていた。おそらく浮かれ過ぎて、スキップの一つもしていただろう。何者かの視線に気が付いた時にはもう遅かった。迂闊にもその何者かの縄張りに足を踏み入れていた・・・。


 進化した事で尻尾と能力成長効率の効果が増し、今までより更にレベルが上がりやすくなった。レベルが1からというのも上がりやすい要因ではあるだろうとは思うが、それでも三桁を超えるのに三日と掛からなかった。

 新技能の兎の雷を取得したのも大きかった。そのおかげで魚を捕るのが容易になった。ただ一つ、難点がある。威力をあまり上げずに使用しても、かなりの範囲に効果があり、予想より多くの魚を確保できてしまう。これはあまり良くない事だと思い、これからは大きめの魚を角で突く方法にしようと思う。どうしても食料を確保したい時以外は雷で魚を狙わない様にしようと決める。レベルを上げる為には、動物性タンパク質が効果的なのか、食べるだけでみるみる成長していく。少なくとも食料としては木の実類よりは効果が高い。ヤクモにも同様の効果が現れているので、ヤクモが種族進化するのもそう遠くなさそうだ。俺もヤクモも今が成長期って事は無いと思う、たぶん。

 木の実の方もスキルポイントの加算確率と加算量が格段に上がった。進化直後に1000を切っていたポイントもあっという間に、3000を超えた。消費してしまった分を補充しようと、意図的に木の実を接種・・・美味しく頂いてはいたが。いや俺、木の実好きだし。

 レベルと能力値が上昇した事もあるのだろうが、スキルポイントが4000を超えた時に新しい特異能力の開放条件が揃ったらしく、取得可能になった事を告げる通知があった。特異能力も技能と同様に条件を満たせば取得できるものが増える事をその時に知った。特異能力は生き方を左右するものが含まれるので、取得自体は慎重にならざる得ない。が、どんなものが追加されたのかは非常に興味がある。おそらく取得に必要なスキルポイントが4000近いものだろうと推察する。とんでもない能力なのではないかという期待に少し緊張すらしてきた様な気さえする。恐る恐る特異能力の一覧を開き確認する。勿論その確認作業は、ちゃんと自宅で行った。ヤクモも自分の場所で技能の一覧とにらめっこしていた。一覧に追加されたその特異能力の名前を見つけた時、驚きのあまり一瞬思考が停止した。その名前の意味をなんとか理解でき、思わず「おおおおおおおおっ!!」と大声を出してしまった。それと同時に跳び上がり、危なく天井に頭をぶつけそうになった。自分の世界に入っていたヤクモは、この突然の出来事にかなり驚いていた。

「主殿、どうされましたっ!?」

「あぁっ・・・すまない。無いと思っていた能力が・・・欲しかった能力が、追加されたから。嬉しくて、つい。」

 興奮して言葉をまとめられないまま答えた。

「その能力とは一体どんなものなのですか。」

 少し興奮が伝染した様な声で興味深そうに聞いた。

「二足歩行、だ。」

「二足歩行・・・。」

 それがどうして跳び上がって喜ぶ程の能力なのか理解に苦しんでいる様だ。ヤクモの頭の上に幾つもの疑問符が浮かんでいるのが見えるよ。

「叶わぬ夢だと思ってた事なんだ。」

 そう、この世界では・・・今の魔物の俺には、兎の俺には零に近い可能性だと思っていた。たとえ叶うとしてももっと先の事だと思っていた。

「そんなに重要な能力なのですか。」

「・・・はっきり言って、全くお勧め出来ない能力だ。」

「では・・・なぜそんなに。」

「俺の理想だから。それが俺の目指す、理想の獣神だからだ。」

 ヤクモは納得できた様な、納得できない様な顔をした。その表情を見て「だよな。」と微笑する。

「気にするなよ、半分は・・・いや八割方、自己満足だ。」

 いわゆる動物型の魔物であるなら、たぶん四足歩行の方が運動能力が高いだろう。おそらくこれは元人間だった俺の、人間だった頃の記憶を持っている俺の自己満足だろう。だが利点もある。他の魔物が持ち合わせていないこの記憶がある俺なら、今までよりこの身体を上手く使える可能性がある。その方がこの世界を生き抜ける可能性が高くなる。勿論、諸刃の剣だろうとは思うが。それでも俺はこの二足歩行の特異能力に賭けたい。後悔をしたくない。・・・決して獣神の様な技が使いたい訳では無い、決して。

「だからヤクモはこの能力を取得する必要は無いぞ。ま、どうしても欲しいっていうなら止めないけど。」

「はい。」

「それに、あくまで俺の推測だけどヤクモなら別の方法で二足歩行出来ると思うぞ。」

「それは一体どういう事でしょう。」

「たぶん技能でなんとかなるんじゃないかな。」

「なぜでしょう。」

「ヤクモが狐だからさ。」と言って笑う。ヤクモは「はあ・・・。」と曖昧な返事をして、また一つ頭の上に疑問符を増やしていた。


 今回も念の為、ヤクモに少し距離を取るように伝える。法術の時は技能を取得するのと大きな違いは無かったが、今回は消費するスキルポイントも今までで一番多い。警戒しておいて損はしないだろう。種族進化の時より緊張する。だがその時より、期待で震えている様だ。逸る気持ちを抑える意味も込めて深呼吸する。

「特異能力・二足歩行を取得します。」

『承認しました。』

 ・・・身体は光・・・らない。痛・・・くも痒くもない。つまり特に何も起きない。

『特異能力・二足歩行を取得しました。』

 あっさりしてるな。まぁ毎回の事だから段々慣れて来たが。何か骨格が変化する様な感覚でもあるかと思っていたが、それに伴い多少の傷みの一つもあるかと思って身構えていたのだが。何だか肩透かしだよ。それでもその儀式が滞り無く終わると、確かに二足歩行になった事を認識できた。今まで伏せの体勢やお座りの体勢は楽な姿勢だった。この形に収まって何の違和感も無かった。自然な体勢で、そこにうつ伏せになってるという感覚やお座りをしているという感覚を抱かなかった。だがそれが明らかに変わった。その体勢が楽なものではなく、敢えてその体勢を取っているという感覚に。勿論、うつ伏せやお座りが、きつく無理な体勢になった訳では無いが。

『特異能力・二足歩行の取得により、新たな特異能力・技能が取得可能になりました。』

 俺は暫くの間、自分の感覚を確認しながらじっとしていた。そしてこの通知を殆ど聞いていなかった。これがこの世界へ転生して一番の大失態だったのだが、この時点ではその事に全く気づいていなかった。

「どうかされましたか。」

 心配そうにヤクモが声を掛けた。その声に我に返り、

「いや、大丈夫だ。問題ない。ただちょっと感覚が変わったから、それを確認してたんだ。」と反応した。

「そうでしたか、失礼しました。」

 なにやら感心した様に言った。何か俺の事を過大評価している様な気もするが。

「それとちょっと上手く立てるかどうか不安なだけさ。」

 ここまでそんなに長い間四足歩行で過ごして来た訳では無いが、こちらの世界に来てからはずっと四足歩行で生活してきた。それに慣れる為に毎日訓練もしてきた。その甲斐あって、自分でも褒めてあげたくなる位は動ける様になったと思う。そう思うと上手く立ち上がる事が出来るのだろうかと不安を感じたりもする。それに付け加えて、前世振りに二本の足で立ち上がろうと言うのだ。多少躊躇もするというものだ。さてごちゃごちゃ考えてないで立ち上がってみる事にしよう。

「よし、やってみるか。」

「いよいよですか。」

「うん。」と頷き、左の足を引き右の膝を立てたままにする。地に着いていた両の前脚を・・・元前脚をその地から離して上半身を起こす。右手を右膝に、左手を左の太腿の辺りに置く。両足に力を込め身体を重力に逆らい上へと持ち上げる。そして最後に俯いていた首を持ち上げて、視線を前方に向ける。

「おぉ、おお、おおっ・・・。」

 立った、確かに立ち上がった。少しよろけてしまったが、これは久し振りに立ち上がった事がではなく、立ち上がれた事が嬉しくて震えてしまったというのが正しい見解だろう。そのせいで今度はヤクモの方が少し不安な顔になっていた。それよりもちゃんと立ち上がれた事の嬉しさが止め処無く湧き上がって来る。そしてそれが溢れ出し爆発する。

「ぃ・・・やっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 この世界に来て一番の大声をあげた。その勢いを全て乗せて渾身の力を込めて跳び上がった。そう・・・跳び上がってしまった。その直後、角に強い衝撃が伝わってきた。額を打ち付け痛みを感じる様な事は無かったが、衝撃を感じた時に閉じた瞳を開くと、目の前に岩の壁が、正確には自宅の天井がそこにあった。自分の状況を確認する為に上目遣いで角の方を見る。あぁあ、角が九割程突き刺さっている。そして突き刺さったままぶら下がってしまっている。にしてもよく折れなかったなあ、角。思ったより丈夫だな。などと考えていたりしていると、下から何か気配を感じる。未だ同じ体勢のまま目だけを動かし、ヤクモを見ると伏せたまま前脚の間に自分の頭を捩じ込み「ぐっ、ぐっ。」と何かを必至に抑え込もうとしていた。その姿を見てその抑え込もうとしているものが何か、すぐに察しがつく。そしてそれは俺にも込み上げて来る。「く、くくっ・・・。」と押し殺していたかが、とうとう堪えきれずに吹き出してしまう。

「あっ、はっ、はっ、はっ・・・。」

 自分でしでかした事があまりに馬鹿馬鹿しくて、これ以上無いぐらい笑ってしまった。俺が笑い声をあげた事で、ヤクモも関を切った様に大声で笑い出した。俺はぶら下がったまま。角を引き抜こうにも、笑い過ぎて力が入らなかったからだ。途中からは諦めそのまま笑い続けた。身体を震わせ笑い続けていた事で、その振動が角にも伝わり徐々に穿った穴から角がずれ、遂に外れた。そして正しい重力の法則に従い、落下して豪快に尻餅をついた。その瞬間、笑い声が消える。俺とヤクモは顔を見合わせ、その後再び笑い出す。今度は床を転げ回りながら、息が続く限り。そのまま呼吸ができなくなってしまうのではないかと思う程笑った。辛うじて呼吸を取り戻し、整えようとするのだが、天井に空いた穴が目に入るとまた笑いが溢れ出てしまう。片方が笑い始めるともう片方も笑い始めてしまうので、止めたくても止められない。こんな事を疲れ果てて眠りに就くまで何度も繰り返した。この日以降、俺とヤクモは時折天井を見上げ、クスクスと笑う様になった。


 翌日、新しく手に入れた能力を確かめる為に入念に準備運動をした。それこそ前世ではほぼ全国民が知っているであろう体操もやってみた。身体を動かす感覚としては、前世の記憶と感覚が残っているおかげなのか大きな違和感は無かった。耳の長さと角がある事に少し慣れが必要かもしれないと思う。それと一つ気が付いた。手が、手の指がまだ脚だった頃のままである事に。指の関節が脚の時と同じ様に曲がったままになっていて、それを自分の意志で伸ばすことが出来ない。両の掌で何かを挟み持ち上げることは出来ても、この手で何かを掴むことはとても難しそうだ。まあこのまま握り込んで拳を作る事は出来そうだが。つまり現段階では手の機能を充分に発揮は出来ていないという事だ。これは練習すればそのうち開くようになるのだろうか。それとも特異能力や技能でなんとかなるのだろうか。もしそうならスキルポイントが枯渇してしまっているので今は無理だろう。ポイントを補充すれば何か起きるかもしれない。とりあえず解決には少し時間が必要かな。暫くは我慢だな。それよりも二足歩行が出来る事が何より純粋に嬉しい。

 普段より長めの準備運動を終え、家の中へ戻る。俺より少しだけ早く日課を済ませて先に戻っていたヤクモと朝食を摂る。その間に二度程天井の穴を発見して笑った。今日はこの身体に慣れる為に、安全圏を一回りしようと思う事をヤクモに伝える。ヤクモは今日、一度自分の住処に帰ろうと思うと言った。

「一度家に帰り妹の様子を見てこようと思います。」

「そうだな、ヤクモが無事な事も知らせないとな。」

「はい。もし会えなくても無事である事が解る様にしてまいります。」

「そんなに急がなくてもいいよ。ちゃんと会って来いよ。」

「いえ、そういう訳にはまいりません。」

「そうか。」と俺は抵抗を止め「とにかく、気を付けてな。」と付け加える。

「はい、ありがとうございます。それでは行ってまいります。」と言って立ち上がった。そして家を出る直前に立ち止まり「昨日、言い忘れていました。おめでとうございます。」こちらを振り向き頭を下げた。

「ありがとうな。」

「それでは。」


 という訳で本日は久し振りに単独行動である。ただ二本足で歩ける事に浮かれていた。夢中になって歩くうちに、いつの間にか普段通らない所を通り安全圏を外れていた。確かにかなり浮かれていたと言わざるを得ないだろう。ドロップナッツを口の中に放り込み、そいつを右に左に転がしながら鼻歌の一つも歌っていたに違いない。両手を腰に当て御陽気にスキップをしていたに違いない。・・・いや、していた。

 不意に何者かの気配を感じた。俺に対する敵意、と言うよりいつも感じる獲物に向ける意識。どうやら不用意に何者かの縄張りに足を踏み入れてしまったようだ。そしてその何者の視線を感じる。感じるのだが、その視線が飛んでくる方向を見てもその出所が見つからない。おかしい、姿を消す技能でも持っているのか。そんな奴がいてもおかしくは無いが。しかし姿を消せる様な奴が、わざわざ狙っていますよと自分の気配をお知らせするだろうか。ちょっと考え難い。もう一度よく目を凝らし観察する。藪や茂みが少し多いが、見慣れた森の景色がそこにあるだけだ。そこには植物しか確認できない。確かに見慣れない植物も幾つかあるように思うが。ウツボカズラの化物みたいのも生えてるみたいだけど。・・・ん?まさか、それか。魔物鑑定をする。正解だった。あぁそうか、そういう事か。失念していたよ、ファンタジー。植物系の魔物の存在を。名前は、栗鼠喰葛りすくいかずら・・・えげつない名前だな。しかしこの距離で俺に殺気を放って大丈夫なのか。俺七、八羽分位離れている。相手の事を気遣う訳では無いが、もう少し我慢しても良かったんじゃないかと思う。いや、違う。既に奴の間合いなのか、射程距離圏内なのか。

 そう思った次の瞬間、何かが俺に目掛けて飛んできた。反射的に、そのやや左側から飛んできた何かを左手の甲で払い除けた。払い除けたそれは地面に叩きつけられてのたうった。牛蒡程の太さの紐状の物だ、蔓か。一斗缶程の大きさの本体の方を見ると、同じ物が三本うねっている。俺に払われた蔓を自分の方に引き戻す。その一本を加え計四本、厄介だな。あれを腕と捉えるなら、前世から考えても未体験だ。そして先程飛んできた物が弾の様な物ならば払うだけで良いが、こんな鞭の様な物だと絡め取られる可能性もあった。反射的な行動だったとはいえ、些か不用意だったとゾッとする。相手の出方を伺っていると、葛の前に数個の石が現れる。その野球の球位の石が俺に向かいなかなかの速度で飛んでくる。

「うぉっ、マジか。」

 二つは握った手の甲で弾き、残りは身体を動かし避けた。法術も使うのか、土・大地系かな。思ったより遠距離が充実している様だ。複合で来られたらかなり厳しいか、と思っていたらそれが来た。

「ふざけんな。」

 まあ、ふざけている訳では無いと思うが。全力で避ける。全力で身体を動かして思う。今までより身体が動かし易いと。この世界へ来てからの半年にも満たない時間の経験より、前世で過ごした四十数年の記憶の方が勝るようだ。自分の事は殆ど覚えていないが、人だった事を覚えていて良かった。覚えていなかったら、二足歩行を取得しようとは思わなかっただろうが。

 それよりあの葛、たぶん本能だろうがだいぶ賢い。さてどうするか。どうやって近づこうか、こうも遠距離に長けていると難しそうだな。アイツはあの場所から動かないとしても・・・あれ?これって実は簡単に逃げられるのでは。兎の本領を発揮すれば可能なのではなかろうか。手の届かない距離まで離れて様子を見るか。

 第二波を躱し、後方跳躍で距離を稼ぐ。もう一回跳び更に間を広げる。お、ここまで離れれば射程外か。石の法術なら届かない事も無さそうだが、あまり現実的では無いか。大した判断力だよ。あっかんべぇの一つも置いていきたいところだが、無駄に挑発する必要は皆無だ。自然の中で必至に生きているものに失礼だしな。「じゃあな。」と別れを告げてその場を離れようと振り返ろうとした。だがすぐに葛の方に向き直る。葛の下の土が盛り上がり、そこから腕?と同じ位の太さの物がうねうねと現れた。おそらく根なのだろうが、足の役目も兼ねているのだろう。

「嘘だろぅ、移動できんのかよ。」

 完全に魔物を舐めていたと言わざるを得ない。認識を改めなければ。くそう、思ったより速い。蛸みたいだから機動力はそんなに高くないと思ったのに。多脚型の生物の機動力だよ。真っ直ぐ俺に向かってくる。もう戦う以外に選択肢は無いと即座に決断し、兎の雷を放つ。ご自慢の角から放たれたそれは、見事に命中。・・・命中したのだが葛はその瞬間だけ動きを止めたが、その後何事も無かった様に動き出した。殆ど効果が無い。

「おいおい、勘弁してくれよ。」

 俺の雷の威力が弱いのもあるのだろうが、葛の使う法術から推察するに、植物系の魔物もしくはこの葛はおそらく土及び大地の属性を有しているのではないかと考えられる。もしくは雷に耐性があるか、そんな技能を取得しているかだろう。火の方が有効かもしれない。だが俺の狐火では目眩まし程度にしか使えないだろう。もう基本は物理攻撃しか無いかぁ、嫌だなぁ。どうやって近づこうか。

 それでも機動力なら俺の方が高いだろう。蔓と石弾を避けながら移動し、葛を誘導する。

「白兎流格闘術・流星跳弾。」

 上手く翻弄は出来たが、角が掠る程度であまり大きく成果が出ない。なんとか懐に入り込んで、蹴り飛ばすか、ぶん殴るかしないとだめだな。右に左に跳びながら思案する。この手じゃ拳は作れても、いまいち力が入らない。蹴りだな、俺兎だし。

 急に葛の攻撃の手が止む。それに合わせ俺も動きを止める。MP切れかとも思ったが、どうやら違うらしい事を気配で察知する。まだ何かあるのか、手強い。葛の所作で何か石弾とは別の法術である事を感じ取る。完全に直感だったが、この場に留まるのはマズいと思い飛び退く。飛び退いたつもりだったが、ほんの少しだけ遅かった。左足は難を逃れたが、右足が下から急に生えて伸びてきた数本の蔦に捕まってしまった。「ちぃっ。」と舌打ちをする。飛び上がる事に失敗し地面に引き戻されたが、着地した後跳ね返る球の様に即座にもう一度真上に跳び上がる。螺旋流星弾の要領で。

 俺の飛び退いた直後に間を置かず、二本の蔓と石弾が通過する。咄嗟だったとはいえ助かった、後少し遅かったらと冷汗が出る。期せずしてほぼ真上を取れた。鋼ガガの実を取り出そうとしたのだが、残りの二本の蔓が追い掛けて来た。身を捩り右に避け、思わず左の腕でその二本の蔓を抱えてしまった。二本の蔓を抱え込んだままそれを伝い本体に向かい降下する。目の前に着地して狐火をぶつける。火はすぐに払われたが慌てふためいた葛の残りの二本の蔓が俺に向かって飛んでくる。どうしてそう出来たのかは解らないが、右手で捌き四本全てを左腕で抱え込むことに成功した。それも葛の本体にもう少し近づいた位置で。迷う事無く右足で葛を蹴り飛ばす。だが柔らかすぎて手応えが無い。右足が元の場所に帰ってきた次の瞬間、頭上から石弾が降って来た。角で二つ弾く事が出来たが、残りは被弾する。なんとか右腕で防御もしたが、無傷と言う訳にはいかなかった。それでも左の腕は放さない。

 流れる血を見て、勝ったと思ったか。残念だったな・・・兎の祝福。血の跡は消えないものの、傷は消える。右の腕を葛の脇の下に、脇の下と呼ぶのかは不明だが、差し込み葛に背中を着ける。少し沈み込み腰の上に乗せる。両腕で力一杯蔓を掴んで最大の脚力で大地を蹴り飛ばし、跳ね上げ力の限り葛をぶっこ抜く。

「白兎流格闘術・いっっっぽぉぉんん、背負いぃぃぃぃぃっっっっっ!!!」

ーー白兎流格闘術・一本背負いーー

 勢い良く跳ね上げたまでは良かったのだが、手が本領発揮出来ていない影響が出てしまった。ズルズルと蔓が本体と一緒に離れて行く。それを抜けてしまわないように必至に両腕で抱き抱える。物理法則に従い、俺に掛かる重量が増す。歯を食いしばって、振り降ろし地面に葛を叩きつけた。

 叩きつけられた栗鼠喰葛は、硬い地面に投げられた水風船が割れる時の様な「パシャン。」という音を森の中に響かせた。力を失った四本の蔓から腕を放し、葛の方を向き構える。そこには栗鼠喰葛だった物が飛び散っている、見るも無惨だ。

『レベルが上昇しました。』Lv167

『スキルポイントが105加算されました。』


 栗鼠喰葛を屠った事は確実の様だ。・・・粉々に砕け散っている様を見ると、これで絶命していなかったとしたらかなり問題だ。さて、植物系は食べられなくは無いだろうが、どうするか。本体はねぇ・・・何とも言えない色の液体と一緒になってしまっているからなぁ。腕の様な蔓と四方に散乱した足の役割もしていた根と思われる部分は原型を留めている。これらは何かの役に立つかもしれないから回収しておく。何かの役に・・・片付けの出来ない奴の典型のようだが。『是、肯定します。』セッテさんの一撃に、咳き込む。気を取り直し食べられそうな部分は無いかと、根っこを一つづつ回収しながら吟味する。新技能の接触収納がこの回収作業の効率を劇的に向上させてくれた事を実感出来た。まぁ選択肢としては、葉の部分を食べるか蔓か根を噛るかくらいだとは思うが。毒とか無いよな・・・。たぶん毒を持つ魔物ならそれを利用するはず、だから大丈夫だろう。解毒の薬草を用意してから、歯を二枚と蔓と根を鋼ガガガニの鋏で輪切りにした物を二枚づつ食べる。不味くは無い、が別に特に美味くもない。味の薄い植物を食べている感じだ。

『技能・植物捕縛グラス・バインドを取得しました。』

『新しい技能が取得可能になりました。』

 おお、植物捕縛。あの足元に出て来きたあれか、凄く地味そうな技能だが実に便利そうだ。これは大きな収穫だ。流石に今回は言語は覚えなかったな。植物系には無いと考えるのが妥当か。浮かれ気分もすっかり冷めた、帰ろうか。


 今日の反省をしながら家に向かい歩き始める。どうもうっかり癖が治らない。こんなにも毎日命懸けのワイルドライフを過ごしているというのに。なんとかは死んでも治らない・・・か。『是、肯定します。』んもぅ、最近手厳しいなセッテさん。

 ここへ来る時にどの道を通ったか覚えていないので、方向感覚と帰巣本能を駆使して歩く。魔物の気配も探りながら、他の魔物に遭遇しないように回り道をしながら。


 見覚えの無い風景の中をゆっくりと歩く。初めての場所は、同じ森なのに新鮮にこの目に映る。そんな中、まるで始めから俺に見せる為に用意しておいた様に日の光が照らす場所を見つける。差し込む光が何かそれを照らし、それが光を微かに反射させている。魔物の気配も感じないので、反射光を放つそれに近づき立ち止まる。そして、それが何であるかをすぐに理解する。


 ここにどれ程こうしていたのだろう。その経過した歳月は劣化し寄り掛かっている木の一部になってしまっているその姿から、かなりの長さである事が想像に難くない。錆だらけのそれは鎧であり、そしてそれを纏っている・・・纏っていたのは骨だけになってしまったその姿で、「人」だったと解る。


 俺はただ黙って立ち尽くす。その亡骸を見つめながら・・・。

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