1、・・・どうやら転生したらしい。
ーー死んだ!
・・・死んだと思った。
土の匂いがする。それと、草・・・いや、これは木、樹木の香りかな。遠くの方に微かに花の香も見え隠れしてるかな。
思わず、ふぅっと溜息ではない優しい吐息が漏れる。その反射で今感じている爽やかな香りと一緒に胸いっぱいに息を吸い込む。
ここは森かな?まぁ林かもしれないが。気持ちがいい。落ち着く。こんなに全身で自然を感じたのなんて何年振りだろう。・・・ん?
何年振りになどと自分の事を思い出そうとしたが、その前にあることに気が付いた。俺は目を瞑っている事に。そういえば眼の前が黒い。それはどうやら俺が目を閉じているからのようだ。目を開けてても真っ暗だったらどうしよう。一抹の不安はあるがこのまま閉じたままという訳にもいかないし、何も見えなっかたらそれまでだ。意を決して恐る恐る瞼を持ち上げる。
すると灯の無い長いトンネルから出られた時の様に、完璧に一分の隙も無く光を遮断された部屋の窓のカーテンを開けた時の様に光がその目に文字通り差し込んできた。思わず「痛つっ・・・」と声が漏れる。光に目が慣れるまでにそんなに時間は掛からなかった。
眼の前に広がる景色が鼻で感じ取った認識が間違いで無かった事を喜ぶより先に思った。
「地面近っ。視点低っ。」
確かに土の香りが近いとは思っていたが。それにこの体勢、うつ伏せだよなぁ。しかもごく自然に・・・。
まぁ一応気を取り直して起き上がって見ることにする。なんだか久しぶりに身体を動かす様な気がして「よいしょ」と心の中で気合を入れ上半身を持ち上げる。・・・いや、確実に声に出ていたな。この期に及んで格好をつけるのはよそう。持ち上げてみて自分の予想が確信に一歩近づく。視点が些か上がったが、この体勢はいわゆるお座りですよね。くっ、まだだ、まだ可能性を絶たれた訳では無いぞ!この己の両の足で自立するぞ!と上半身を更に背中の方へ引き上げ背筋を伸ばす。また少しだけ視点が上がったが淡い期待は見事に、予想通りに打ち砕かれた。ええい首を持ち上げたついでだと左右に振って辺りを確認する。この姿を端から見たらプレイリードックの様だっただろう。首を振った時に視界の端に映ったものに、奥歯を噛みしめる。ううんやっぱりかと自分の手を確認する為に首を下へ向ける。
白いな。そしてなんとも触り心地の良さそうな毛だな。
自分の手の形状を見て、手だと思っていたものが、手だと思いたかったものが前脚であることを思い知る。更にその美しい白い毛並みが全身を覆っていること認識する。
「ぐぉぉぉぉ、やっぱりかぁぁぁぁ・・・」
それはたぶんその生物であることを嘆いたのではなく、今の自分が人で無かったことを嘆いたのだと思う。
自分でも何とも形容し難い感情の籠った声を上げながら両手で・・・もとい、両前脚で視界を覆う。その塞がれた視界の中、先程首を振った際に見た光景を思い出す。あの可愛らしいお尻に着いていたラブリーな白い毛玉。尻尾だよなぁ。
「ってことは、アレだよなぁ・・・」
九分九厘自分が何であるか理解してしまった。なぜ?とか、これからどうしようか?とか様々な思考が駆け巡る。自然と前髪を掻き上げてオールバックにする様に前脚を頭の上部から後頭部の方向へ移動させていく。するとその途中で前脚が耳に、耳に前脚が触れた感覚が同時に訪れる。一瞬躊躇うが恐る恐る前脚で耳をなぞる。長、いなぁやっぱり。関節の可動域が限界に達しても先端まで届かなかった。これで確定した。
「兎かぁ・・・」
溜息と一緒に吐き出す。前脚を来た道に沿って引き戻している途中、額の真ん中辺りで何かに引っ掛かった。何?何かある。確かめるべく左右から挟み込み足を這わせる。骨程の硬さ。
「角。角がある。」
耳同様先端まで届かなかったが、かろうじて残りの一厘の方だった。と、思いたいだけだ。
「角のある兎かぁ。ファンタジーだな。」
しかしこれでここが自分が人であった時に暮らしていた世界では無いことが解った。もしかした角のある兎が存在するのかもしれないが、少なくとも俺は知らない。まだ発見されていないだけかもしれない。存在している事を証明するより存在しない事を証明する方が難しいと思うが、それこそ限りなく零に近い可能性だろう。いやむしろ同じ世界であった時の方が辛いのでは。違う世界の方が、いわゆる異世界の方が気が楽だ。その方が幾らか楽しそうだと思う。
でも兎なんだよなぁ。角兎っていったら、ファンタジーだったとしても始めの街から次の村までの途中でお友達の髑髏に乗っかったカラスと一緒に出てくる奴だよなぁ。せめて毛が紫色だったら相手を眠らせる事も出来るかもしれないのに。くそう。
まぁとりあえず自分が兎であることを理解した。まだ完全に納得できた訳では無いが。
さて・・・どうしてこんな事になったのか。それを考えるにあたりまず自分の事を思い出して見ることにする。・・・が。
名前は?・・・困った。思い出せない・・・。じゃあ・・・性別は?たぶん、男・・・だったと思う。年齢は・・・分からん。おそらくは、三十代から四十代位だったと思う。少なくとも十代では無かったと思う。正確に覚えていないが。確かに記憶している事があるとすれば、それは死んだ事。それだけは間違いないと確信できる。確信はあるが、自分が死に至った要因が全く思い出せない。病死なのか、老衰なのか、事故や災害に巻き込まれたのか、敵意・殺意を持って又は無差別に理不尽に殺害されたのか、はたまた自ら命を絶ったのか・・・。まぁおそらく自殺でないことは確かだろう。なんとなくそれだけは自信がある。・・・結局の所、死んだ事以外なあんにも覚えちゃいない。困った・・・困ったのか?これから兎として、正確には角のある兎(白)として生きていくにあたり前の人生がなんであったかなんて事が必要なのか?どういう訳か自分の事以外の無駄な知識は覚えているらしい。ということはこの知識は大いに活用できるかもしれない。前の人生では無駄だったものが無駄で無くなる可能性が高い。とするならば前の人生も無駄にはならない。はずだ。そうならないように今回の人生を・・・兎生を過ごすことにしよう。と、思ったが自分でも知識に若干の・・・なかなかの偏りがあるのが不安要素ではある。いやいや一般常識程度の知識は一通り学習したはずだ。・・・はずだ。だから大丈夫なはずだ。少なくとも何も知らないよりマシなはずだ。頑張ろう。しかし自分の事を覚えていないことにショックを受けていない事に少し驚く。
覚えていないのだからショックの受けようが無いのかもしれないが。そのうち思い出せなくて寂しくなって涙する日も来るのだろうか。おそらく来ないな。思い出してしまった方が変な未練や後悔が頭や胸を駆け巡り涙するのではないだろうか。どちらでもいいさ。そうなった時、泣きたければ泣けばいい。
記憶が無いことが解った。今自分が兎であることが解った。つまり兎に転生したらしい。
「な・ぜ・だっ!?」
なぜ兎なんだ。普通こういう転生ってやつは神様や女神様なんかに会って、手違いで死んじゃったからお詫びの意味を込めてちょっと素敵なチート能力みたいなのをくれたりするんじゃないの?少なくとも人か人型の生物に生まれ変わるんじゃないの?あ、そういえばゼリー状の魔物や糸を出す八本足の虫だった場合もあったような。それともアレか?神的な者と会談した時に悪態でもついて怒りでも買ったのか?それで記憶を奪われ兎にされたのか?いや、その可能性は低そうだな。罰を与えるにしても怒りを買ったにせよ、記憶を奪うのは非合理的だ。その行為や経緯を覚えていなかったら意味がない。じゃあ何だ?神の悪戯、悪ふざけか?可能性はさっきのやつよりは高そうだ。でも悪意があったのならもっと過酷な状況に放り出しても良さそうなものだ。良いわけ無いが。否応なしに外敵や捕食者に追い回される様な状況でもおかしくないはずだ。それにそういう悪意の様なものは感じられない。俺が楽観的なだけかもしれないが。とすると、手違いに手違いが重なった可能性と完全にランダムなくじ引きみたいな状態か。あるいはその両方。転生自体はランダム。不完全な記憶が残ってしまったのが手違い。と考えるとしっくりくる。現状を思うとこれが一番可能性が高いか。という事は少なからず無駄であるかもしれないが記憶があるのはチートみたいなものか。兎のこの身で役に立つ保証は何処にも無いが。ま、無いよりましだろう。きっと。頑張ろう。にしても何とも引きが弱い。くじ運は良い方だと思っていたんだが。決して兎が嫌いな訳では無い。でも俺だって一応男の子だ。愛くるしい兎ちゃんよりは、もうちょっと格好良い系のやつが良かったかなぁと思う訳だよ。ライオンとか虎とか狼とかを引き当てることは出来なかったものか。もしかしたらこの世界にドラゴンがいるかもしれない。そしたらドラゴンに生まれ変わる確率もあったかもしれない。まぁそんなのはアイドルグループでセンターに選ばれるより低い確率だろうが。それにどんなに確率や可能性を計算してみても今兎である事実は覆らない。虚しいだけだ、やめよう。ちょっと愚痴っただけさ。成っちまったものは仕方がない。今の俺はラブリーな白い兎さんだ。ただこの時の俺はもしかしたら物凄く運が悪いのでは無いかと思っていた。この時はまだ。
兎、兎かぁ。兎って被捕食者だよな・・・。脅威になる奴が多そうだな。想像するだけで気が滅入る。ただ虫や小魚に生まれ変わるよりはいいか。角があるのがせめてもの救いか。これがあるだけで只の兎よりは生存率が上がりそうだ。大切にしよう。
ここらで一度自分の身体機能を確認してみようかと思い立つ。
先程のプレイリードック立ちの体制に成り、淡い希望を試してみる。・・・やはり駄目だった。二足歩行は無理そうだ。足踏みというのもおこがましい。その場でモゾモゾ揺れるだけで、まるで尿意を我慢しているみたいだ。解っていた事とはいえ残念だ。大きめの溜息が出る。元のうつ伏せの体勢に戻る。
次は歩行を試みる。しかし歩くと表現するのは難しい状態であることが判明する。ピョコピョコと少しずつ前に跳ぶといった感じだ。方向転換もままならない。前脚を自分の行きたい方向に置き、後脚で跳ぶといった感じだ。元来が跳ぶに近い行為なので走ることは出来そうだ。人の時より速く走れそうな予感すらする。そうだといいなと希望も込めておく。本能としては身体は動くが感覚が今のところ二足歩行に寄っているので慣れるまで大変そうだ。頑張ろう。
兎と言えば、ジャンプだろう。少し楽しみだ。意気揚々とまではいかないが、ワクワクはする。前後左右そして上。
「さぁ、始めようか。」
ちょっと得意げに、クイッと片方の口角を上げ後脚に力を込める。まぁ兎なのでイメージ通りに口角が上がっていたかは確認のしようも無いが、気持ちは間違いなくそのつもりだった。よし、まずは前方からだと後脚に込めた力を開放する様に地面を蹴り飛ばす。ぴょこんと身体ひとつ分に少し足りないくらいだろうか、移動した。今自分の身に起きた現象を理解するのに数秒要した。
「おいおい冗談だろ?」
いやまさかそんなはずは無い。きっと今のはあまりに跳び過ぎてしまうのを警戒して無意識に力を抑えてしまったに違いない。そう今のは本気じゃない。いわばウォーミングアップ、準備運動みたいなもの。つまりアレだ。俺はまだ本気を出していないだけだ。そうに違いない、そうでなくては困る。今度こそ本気だ。焦りと不安をとりあえず見なかった事にして、再び後脚に力を込める。先程までの期待と余裕は何処にもない。およそ兎とは思えない程の鋭い表情になっていたかもしれない。・・・そして、ぴょこん。
諦めきれずもう二三度試してみたが、結果は全て変わらずぴょこんだった。
伏せの状態になり前脚の間に顔をねじ込んで、息の続く限り叫んだ。荒れた呼吸を整える為に深呼吸を数回すると、少し落ち着く。まだ素直に現実を受け入れるには時間が少々足りないがただ伏せていても状況は変わらない。それならば残された方向への跳躍も、たとえ厳しい現実が待ち受けていたとしても確認しておいたほうがいいはずだ。くっと歯を食いしばり立ち上がる、四脚で。そして決して甘い希望も抱かぬようにしながら、右に左に跳んでみる。跳んでみてやはりかと残念が心を通り抜ける。これでは反復横跳びも至難の業だ。緊急回避にも心許ない。次は後方へ跳んでみる。これもかろうじて身体一つ分程退いた程度だ。そもそも兎の身体には後ろ歩きが出来るような機能が備わってはいないらしい。やって出来ない事は無いだろうが、回避や逃走に向いているとは思えない。これはかなりまずい。俺は今、被捕食者だ、兎だ。おそらく捕食者に狙われやすい対象だろう。このままではかなり危険だ。いざという時この程度ではいとも簡単に捕食者に追いつかれ糧にされてしまうだろう。それが自然の摂理なのだろう。それが自然の中に生きる動物達の弱肉強食という実に単純かつ絶対の真理だとは思う。それが間違っているとも思はないが、簡単に諦めて死を選ぶつもりもない。自然の摂理に逆らうつもりも起きないが、大人しく誰かの胃袋に収まる気はない。頑張ろう。
最後は正真正銘ジャンプの基本。上方への跳躍だ。今回の目玉、本命だ。まぁ既に何の期待も希望も失ってしまったが。それでもやっぱり兎だしジャンプは得意分野のはずだ。さすがにさっきまでより良い結果が出るに違いない。はずだ。米粒ほどの期待ぐらいを持っても誰にも怒られないだろう。・・・誰に?誰に怒られるだろうか?俺自信にか・・・。怒るというよりはがっかりするだけだろうが。話が逸れた。よし、跳ぶぞ。脚に力を込めて、充分に脚を曲げて。えいっ、と跳び上がる。着地して思う。まぁこんなものかと。結果はといえば、プレイリードックスタイルの時の頭の位置くらいまで跳び上がれた。直立した時の頭二つ分位視点が上がった感じか。ここまでの経緯から考えれば予測の範囲内の結果ではある。が、嬉しい誤算に至る程では無い。つまり身体能力は特別飛び抜けた物が備わっている訳では無いようだ。受け入れよう、これが現実だ。甘くは無いね、ワイルドライフ。
せっかくだ、他の爪や牙を確認しておこう。あえて確認するまでもないかもしれないが、もしかしたらもしかするかもしれないじゃないか。もしかしない可能性が大だが。だって兎だし。兎の爪や牙が捕食者に対し武器に、脅威になるとは考えにくい。それでも無いよりマシなはずだ。あるなら最大限活用することを想定しておいて損は無いはずだ。そして俺は厳しい現実を受け入れるつもりで確認作業に入る。爪は・・・ある。武器にならないことはなさそうだが積極的な利用は難しそうだ。しかし画鋲でも何も持っていないよりきっといいはずだ。被捕食者の外皮を傷つけることは難しいかもしれないが、目や鼻先に命中させる事ができれば逃げ出す隙ぐらいは作れるだろう。ただし過度な期待はしないでおいた方がいいだろう。次は牙だ。どうやって確認しようかと少し思案して思いつく。自分の前脚を甘噛してみる。それから右の前脚の先を口に突っ込んで、と言ってもほとんど入らないので口に前脚の先を押し当ててかろうじて歯に当てその形を確認する。どうやらこれは牙と呼ぶには条件を満たしていないように思われる。流石に兎だ、草の根ぐらいは噛み切ることが出来るだろう。だが相手の肉を喰い千切るのは難しそうだ。外皮を切るかしばらくの間残る歯型を付けるのがせいぜいだろう。当然といえば当然だろう、こちとら草食動物だからな。解っていたさそんな事。確認しただけだよ。と、こうやって強がっていないと心が折れそうだから頑張っています。
一通り確認が終わって、ふぅっと溜息やら色々な思いやらを一緒にゆっくりと吐き出す。一息ついてふと思う。角兎という事は、ここは異世界の可能性が高い。という事はもしかしたら魔法の一つも使えるかもしれないとう思い立つ。そこで覚えている限りの魔法を口にしてみることにした。ゲームやアニメやマンガに出てきた魔法の名前を唱えてみた。それこそ基本的な火や水や風の魔法から回復魔法、移動や補助の魔法、自己犠牲の魔法から世界を無に帰してしまうかもしれない魔法まで。不発だった。途中からはなんとなく解っていたので調子に乗っていたが、もし発動していたらと思うと少しゾッとする。確かに少し冷静さを欠いていた。気をつけよう。それにもしかしたら何かしらの呪文的なものを詠唱しなければいけないのかもしれないし。でも動物、魔物だよな。詠唱が必要な可能性は低いだろうな。とりあえず魔法は使えない、今は。今は・・・。
じゃあアレだ。メニューとかシステムとかステータスとかそういうやつがあるんじゃないか?・・・無かった。何にも無いな、本当に。角がある以外ほぼ普通の兎だな。こうなると転生したことと角とラブリーな尻尾があること以外ファンタジー要素がが無いのだがどうしたものか。尻尾は関係ないか。
無いものは無いんだ。仕方がない今あるものでどうにかするしか無い。そして今更思う、身体検査や能力検証をする前に今現在自分がいる場所の状況を確認するべきだったと。ちゃんと安全が確保出来ているかどうかは重要だった。かといって今危機がすぐそこに近づいている訳では無いので良かったが、もう少し気を付けるべきだろう。むしろ何か起きる前に気が付けて良かったとしよう。
改めて辺りを見回してみる。どうやら大きな岩をドーム状にくり抜いた様な所の中にいる。地面は外から繋がっているのか草こそ生えてはいないが土のようだ。岩ではないのは助かる。広さは十四五畳はあるだろうか。兎の視点での感覚なので誤差はあると思うが俺だけならば充分過ぎる程の広さに思われる。一番奥まで行ったら外に出るのは一苦労だろうというくらいはある。天井はかなり高く感じる。俺の身長の十倍ぐらいだろうか。跳んでも届く気はしない。さっき跳んだから解る、届かない。外へつながる出入り口、と言っていいのだろうかこれみよがしに木の根が大型犬が容易に通り抜けられるくらい隙間を開けてくれている。ドームの半円の面積が一番広くなったところで綺麗にスパッと切られたところに都合よく上から木の根がカーテンのように塞いでいる。所々程よく隙間があり日の光をドームの中へ誘い込んでくれている。なかなかの物件だな。我が家にするなら申し分ないな。寝床だけなんとかすれば快適に過ごせるのでは。早急に整えるようにしよう。ここで一度外に出て外観を確かめてみようと思う。警戒を怠らないようにと自分に言い聞かせながら出入り口に恐る恐る近づいて行く。そんな意識をしなくても軽快に移動することは出来ないと思うが。木の根が開けている場所から外を見て思う。あぁ最初に目を開けた時に見た景色はこれだったと。スタート地点はこの辺りだったか。振り出しに戻った感じか。丁度いい、ここから改めて始めよう。ここが俺のスタートライン。・・・と言っても寝床の外観を確かめて一旦戻って来るだけだが。気持ちの問題だ。深呼吸を一つして気持ちをもう一度気を引き締め直して外への一歩を踏み出す。
木の根の間を通り抜けると、ふわりと少し湿り気を含んでいるが心地の良い風を感じる。土と草と木々の匂いがさっきまでより色濃く感じられるようになる。目に入る範囲には等間隔ではないけれど一定の間隔を保ちながら木が立っている。この視点からだとその一本一本が高層ビルの様に高いものに感じられる。生い茂る葉の隙間から日光が差し込んでいる。思わず「綺麗だな・・・」と呟いてしまう程自然を美しく感じ取れた様な気がした。これなら兎も悪くないなと少し思える。視点を下げると、土の上に所々草が生えていない所、枯れ葉が降り積もっている所、元々詳しくはないが名前も知らない白や黄色の小さな花が咲いていたり、まるで妖精やエルフがいても違和感がなさそうな景色だと思えてくる。期待しちゃうぞ、ファンタジー。
3歩程前進し、その場で頑張って180度向きを変える。自分が出てきた場所の外観を眺める。ドーム状の岩の上に土が被さり、そのドームの頂点辺りから周りのものより少し太めの幹の木が生えていてその根が無造作な前髪のように地面まで伸びている。まるで大木が空中に浮いている様にも見える。なんとも幻想的だなぁ。こんな素敵なお屋敷だったなんて思ってもみなかった。少しだけ気分が晴れた。
確認をそこそこに切り上げ、自慢の我が家へ帰る。出入り口から外を眺められる場所に位置取り、さてこれからどうしようかと思案しようとしていたのだが問題が発生した。
ーー腹が減った。
どうやら腹が減ったらしい。そして何か食べたいと思っているらしい。
何か食べたいと思うという事は、俺は生きたいと思っているという事だ。という事はこの世界で生きる覚悟をしなければならいという事だ。ならば覚悟をしよう、生きる覚悟を。ならば受け入れよう兎であることを。
兎だから諦める?嘘だろ冗談じゃない。悟ったふりして冷めてみたって勿体ない。神様とやらがいるのなら、一度きりだと思っていた人生が二度目の命をくれたんだ。勝負を賭けてやろうじゃないか、逆転を信じて。
・・・まぁ別に負けてるつもりはないが。
とにかくとりあえず腹が減った。