父の言葉を追って(1)
渇いた荒野を半日走った寝台特急ディアマンテは、ヒノモト国最大の都市【首都シュオル】へと到着した。
同じ階層型都市ではあるが、地下に建設されたホロカとは逆に、この首都シュオルは地上から空へ向かって建設されている。円錐状に、上から1階層、2階層と続く。
皇帝の住む城と、その家臣達の邸、研究所や学校などで構成された【天上区】
民が暮らす【居住区】
機械製造などの工場や工房から、肉屋やパン屋などの店が軒を連ねる【商業区】
野菜や果物を栽培する畑や、家畜などを飼育するための【農業区】
この大きな4つのセクターが集まり、首都シュオルを形成している。
駅は【商業区】最下層の50階層にあって、東西南北に玄関口となる主要駅が4つある。俺達が降り立ったのは、その中の1つ、南シュオル駅。ヒノモト国を代表するターミナル駅の1つで、40のプラットホームがあり、毎日300万人以上が行き来する。
駅舎は時計塔の様に高く空へ聳え建ち、上空には【天穹駅】と呼ばれる飛行船専用の発着駅があって、無数の飛行船が飛び交っている。この光景が見られるのはここだけだ。
「見てください、レイリ。あの子、とても美しいですね。声かけてみしょうか」
「えっ! 汽車の中でも別の子に声かけてたでしょ? あの子とデートするって約束はどうするつもりなの?」
「誰が1人に絞るなんて言いました? ホロカのような技術者だらけの街と違って、首都は華やかでいいですね」
久々の首都とあって、コウとレイリはいつになく騒がしい。常に元気な2人とは逆に、リョウジは顔色が最悪だ。乗り物に弱いリョウジは、長旅ですっかり酔っていた。
「まだ……体が揺れてる……」
ようやく声を絞り出したかと思えば、何本目になるかわからない紙煙草を吸い始めた。それで少しは気分が晴れるのか、気休めなのか。
いつもは愛用の煙管で吸っているリョウジだが、今回の乗り物酔いのせいで、予備で持ってきていた刻み煙草があっという間に底をついた。やむを得なく、車内販売で売っていた高価な紙煙草を買っていたのだが――
「リョウジ、吸い過ぎだ。昨日から何箱買ったと思ってる?」
「確か、10箱?」
「15箱だ」
「気持ち悪いなら、これでも食っとけ」
ロロさんが素早く煙草を取り上げ、代わりに車内販売で買ったミントの棒つきキャンディーを口に突っ込んだ。最初は驚いていたが、その爽やかさが思いのほか良かったらしく、満更でもない顔をした。
「おっ、いい感じ。だが、この賑やかさは頭に響くなぁ」
「この活気はホロカにはないからのう。それにしても、首都に来るのは十数年振りだ」
「俺もですよ」
機械心臓の手術を受けてすぐホロカに移ったから、もう15年になる。あの頃の古い記憶を辿りながら、駅構内をゆっくりと眺めた。
俺達がなぜ首都へやってきたのか。それは、いつもの穏やかな日常を取り戻すため。記者が張り込むことも、金を積まれて心臓をよこせと迫られることもない、いつもの日常だ。その全てを元に戻すためには、どうしても会って話をつけなければならない人物がいる。
「和泉フラン様でございますね?」
不意に、背後から声をかけられた。振り返った先にいたのは、褐色の肌に、白い口髭を生やした老紳士。歳は70を越えているだろうか。少し小柄で、ほっそりとしている。
目が合うと、彼はかぶっていたハットを取り、深々と頭を下げた。かけていたモノクルの鎖が、頬の横でユラリと揺れた。
「リズの秘書さんですね?」
「レリオと申します。ヴァンフィールド家の自家用飛行船を用意しておりますので、天穹駅までご案内いたします」
「げっ。今度は飛行船かよ……」
乗り物酔いが完全に治りきっていないリョウジは、勘弁してくれと、ロロさんにしがみついた。そんな事情など知らないレリオは、終始無愛想なまま。リョウジを気にかける様子もなく、淡々と俺達を案内した。
天穹駅のプライベート・プラットホームに停泊していた飛行船に乗り込み、南シュオル駅から、居住区の3階層にあるヴァンフィールド邸へ一飛び――。
見えてきたのは、まるで巨大温室のようなガラス張りのドームに守られた邸。さながら、玩具のスノードームみたいだった。
門を潜り、そこへ踏み入れて感じたのは不気味さだ。番犬も、植木の剪定も、庭掃除も、全て機械人形が行っている。もちろん、それは邸の中も例外ではない。あらゆる種類の機械人形が闊歩していて、人の気配が極端に少ない。そのせいか、薄気味悪ささえ感じた。
「こちらになります」
邸に着くまで一言も話さなかったレリオが、ようやく口を開き、玄関を入ってすぐ左手にあった客間へ案内した。
「リズ様、お連れしました」
ココンッと、リズムよくノックし、レリオは静かにドアを開けた。
黒と黄銅を基調とした、どこか怪しさが漂う部屋で、壁には配管やら歯車をモチーフにした装飾品や照明がある。客間としてはあまり相応しくない内装だった。
中央には長い黒革のソファが向かい合わせに置いてあり、そこにリズが座っていた。彼の正面に俺が座り、右隣にレイリとロロさん、左隣にコウとリョウジが座った。
「そっちから会いに来るとは思わなかったよ」
予想外だと言わんばかりだが、こっちに向けたのはしたり顔。〝僕の嫌がらせが堪えた〟とでも思っているに違いない。残念だが、俺がその程度で堪えるわけがない。
「やっと渡す気になったのか。設計図、さっさと出しなよ」
「前にも言ったけど、設計図は持っていない。仮に持っていたとしたら、お前が来た時に渡してるよ」
とたんに、リズはムッとして目を細めた。
「そんな嘘、誰が信用すると思ってるんだよ」
「どう判断するかは勝手だ。俺の手元にないことは嘘じゃない。だが、どこにあるのか見つけることはできるかもしれない」
弁護士のジーノが持ってきた、あの伝書盤をテーブルの上に置いた。ソファの背にふんぞり返ったまま目だけを動かして、テーブルのそれをじっと見つめた。
「これが何だっていうんだよ」
「説明は後だ。とりあず、その伝書盤を見てほしい」
どうして僕が命令されなきゃならないんだ。そんな文句が聞こえそうな顔をして、リズは面倒そうに伝書盤を自分の通信機に差し込んだ。
テーブルに投映した記録を、最初こそふてぶてしく眺めていたリズも、意味深な父さんの手紙と写真を目にして顔色が変わった。何かある、そう気づくのに時間はかからなかった。
「弁護士が俺を訪ねてきて、それを置いていった。父さんが俺に残したものらしい。断定はできないが、その写真は機械心臓の設計図が保管された場所を示したものだと思う」
「っ! どうして父さんは、あんたなんかにっ。僕には何も……」
唇がうっすらと白くなるくらい、リズは強く噛みしめていた。
自分で「お前を可愛がっていた」と、店に来た時に言っていた。それなりに割り切っているものだと思っていたが、その割には悔しそうにしている。口では言えても、心は別ということか。何だか、俺が悪者みたいな気分になってくる。
「取引をしないか」
「取引?」
「俺がここへ来たのは、機械心臓の設計図を見つけてお前に渡すためだ。この件をさっさと終わらせて、いつもの生活に戻りたいんだよ」
「……目的は、それだけなのか?」
「今後一切、俺達に余計な干渉さえしなければ、それでいい。悪くない話だろ?」
まだ信用できないらしく、傍にいるレリオと顔を見合わせている。
どう思おうが勝手だ。今、共に暮らしている皆と1分1秒でも長く過ごすことができればそれでいい。のんびりとアンナ婆ちゃんと世間話をして、紅茶を飲みながら本の修理をする。
こんな話をしたところで、金にしか興味のないリズには到底理解できないことだろう。
「あっ、そうだ。できれば、もう一つ」
俺は胸に手を当てて、指の腹で軽く叩いた。
「これの定期的な点検と整備をしてもらえると助かる。父さんが死んでから、正式な点検もしてないんだ」
「点検くらい、自分でやったらいいだろ。お前、そのくらいできるだろ」
と、リズはリョウジを睨みつけた。自分に矛先が向けられると思っていなかったらしく、リョウジは面倒そうにニヤリとした。