師匠と子猫(2)
「和泉フランさん、お話聞かせてもらえませんか?」
「ワッカ社です。うちにもお話を!」
迷惑などお構いなしに、記者たちはドアを壊す勢いでドンドンと叩く。
さすが、ヴァンフィールド家に関係することとなると、食いつきの度合いが違う。こんな時ほど、この血が鬱陶しくて仕方がない。いっそのこと体中の血液を抜いて、全く別人の血液と入れ替えてしまいたいくらいだ。
「何か対処しなくていいのか?」
遠巻きにドアを眺めながら言ったリョウジの声が、やけに弾んでいた。
いつの間に用意したのか、リョウジは両脇に機械人形を抱えているし、ロロさんは戦う気満々なのか、袖をまくって自慢の腕の筋肉を晒し始めた。
「リョウジ……変な気、起こすなよ。もちろんロロさんもです」
「最近、体が鈍っている気がしてな。丁度いい運動になると思ったんだが」
「実は、俺も試作品が完成したんだ。試運転させたいわけよ~」
脇に抱えた機械人形は、おそらくトンボだろうか。まだ試作品ということもあって、心臓部分の小型蒸気エンジンはもちろん、骨組みやら配線やら、内部構造は丸見え状態。それが一メートルほどの大きさのせいか、若干気味が悪い。
「可愛い!」
「気持ち悪いですね」
それを見たレイリとコウの、相反する意見と声が重なった。予想はしていたが、思っていた以上に綺麗に揃っていた。
「可愛いのに趣味悪いですね、やっぱり……」
「理解してくれる人が一人でもいればいいの。ねぇ、リョウジ。それ、動かしてみて」
「そう言ってくれると思ったよ。ほら、フランが店のケーキや紅茶の宅配もやりたいって、前に言ってただろ。いつか使えるだろうと思って、配達用の機械人形をこっそり作っていたんだ」
鼻歌まじりに、背中のスイッチを入れて起動。とたんに、ブーンと羽音を立て、ホバリングしたり円を描いて飛んだり。目がグルグル動く様や、首を捻る動作まで忠実に再現されているせいで、気味悪さは倍増。だが、レイリは気に入ったらしい。
飛び回るトンボを見つめる目は、まるで恋をしているかのように、うっとりとしていた。
「これ使って何しようと思ってたんだよ」
「こいつな、100キロくらいまで持ち上げることできるわけよ。だから一人ずつ捕まえて、どこか遠くまで運んでやろうと思ってな」
「却下だ。こういう時は反応した方が負けだし、何をしても意味がない。周りが騒いでいる時こそ、沈黙を貫いた方がいい」
「相変わらずフランは落ち着いてるねぇ」
「なんでもいいですが、さっさと止めてくださいよっ。気持ち悪い!」
「気持ち悪いって、まるで俺が気持ち悪いみたいな……酷い言い方するね~」
叱られた犬みたいに、しゅんと肩を落とし、リョウジは渋々機械人形を停止させた。
ゆっくりと床に着地し、シューと蒸気を吐き出すトンボの機械人形を抱きかかえ「気持ち悪いって、あんまりだよな?」と、いじけながらブツブツ文句を吐き出していた。
「今は様子を見るしかない。だから、皆はここで待機。俺は出かけてくる」
「こんな時に?」
レイリはドアの向こうにいる記者達に目をやった。
一歩でも外に出れば、待ち構えている記者達に取り囲まれることは間違いない。わざわざそんな場所に飛び込んでいくのかと、そう言わんばかりにレイリは首を捻った。
「リズが何を考えているのか、ヴァンフィールド社について少し情報を仕入れてくる」
「じゃあ、私も一緒に――」
「一人で行ってくるよ」
言い終わる前に答えたのが気に食わなかったのか、レイリはすぐさまムッとする。いじけた顔もまた可愛いが、今はその言葉をかけても喜んではくれないだろう。
「これから会いに行く人は、とても用心深い人でね。信用されてないと会ってくれないんだ。だから、今回も俺一人でいいよ」
「……いってらっしゃい」
珍しく、レイリが素直に引き下がった。
まるで、寂しさをグッと堪えて、それでも私は我慢できるんだよって、強い姿を見せる子供みたいに抱き着いた。自分の感情を抑え込んで、気持ちとは反対の行動をとるこの健気さが、愛おしくてならない。
だから少しだけ強めに抱き寄せた。これで少しは機嫌が直ればいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。まだ納得しきってはいないようだったが、それを諭されないように顔を背けていた。
皆をその場に残し、俺は3階へ向かった。螺旋階段を上りながら通信機の電源を入れ、登録されたリストから【久遠・ジェノ・ユキト】の番号へ繋いだ。
ツー、ツー、ツー。ガチャ。
通信が繋がり、声を出そうとした、その時――
『よう、子猫。元気だったか?』
俺よりも先に、久遠さんの声が耳元で響いた。しかも子猫呼ばわりだ。
相変わらず豪快で、内蔵のスピーカーが壊れそうなほど声が大きい。驚いて階段を踏み外しそうになって、途中で立ち止まってしまった。
「その呼び方ですが、いい加減止めてください。もう子供じゃないんですから」
『俺よりガキなのは間違いねぇだろうが』
確かにそうだが、25にもなって子供扱いされるのは妙に癪というか。久遠さんとは親子ほど歳が離れているから間違いはないのだが、それでも納得はしたくない。
「その話はまたの機会に。急で申し訳ないのですが、調べて欲しいことがありまして」
『自分で調べればいいだろう。その仕事はお前に譲ったんだからよ』
「もちろん、俺だってそうしたいですよ。ただ、今は外を歩くのも厄介な状況なんです」
『あぁ、知ってるよ。各新聞社が色々書きまくってたな』
ククッと喉を鳴らし、ズズッと、それからゴクリ。何かを飲み下す音が微かに聞こえた。おそらく、行きつけの酒場でお気に入りの葡萄酒でも飲んでいるに違いない。
『俺の所にも記者が何人か来て、お前やヴァンフィールド家について情報が欲しいって言ってきたよ』
「やっぱり。情報屋の仕事、まだ続けてるんじゃないですか。隠居して余生を楽しむって言ってたのは、どこの誰ですか?」
『こ、小遣い稼ぎ程度だ。余生を楽しむにも女を口説くにも、金が必要なんだよ』
「まさかとは思いますが、その金欲しさに、あの記事のことを教えたのは久遠さん……」
『馬鹿かっ』
と、語気を強められた。
普段から声が大きいというのに、怒鳴るからさらに声が大きくなる。鼓膜が破れそうになり、耳に押し当てていた通信機を思わず引き離した。
『俺が可愛い弟子のお前を、易々と売るようなマネすると思うか?』
「なんだかむず痒いですね、それ。気持ちが悪いくらいです」
『俺も自分で言って気持ち悪くなってきちまった』
ガサガサと布がすれる音がする。おそらく腕か腹でも掻いているんだろう。苦笑いしている久遠さんの表情まで容易に想像ができる。
『それで? 何が知りたいんだ?』
「ヴァンフィールド社と現社長リズについて知りたいんです。記者が訪ねているなら、情報は得ていますよね?」
『あぁ、まぁな。まだどこにも出してない情報もいくつかある』
「現時点でわかる範囲で構いません。その情報、買い取らせて下さい」
『了解。正午、いつもの場所で待ってる。さっさと来いよ』
そう言って通信が切れた。
階段を駆け上がり、リビングにある柱時計の隠し扉を抜けて、昇降機で29階層の倉庫へ下りる。辺りに人がいないことを確認しつつ、足早にその場を離れた。