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Episode01


君と会ったのはもう11年も前の話ー……


僕は17歳で組織に飼われたかけだしの殺し屋だった。

ある日突然舞い込んだ単独長期の依頼。

それは標的の暗殺と一枚の契約書の処分だった。

そして君はその依頼内容にあった目標の屋敷で

メイドとして働いていた。


下見で屋敷を眺めていると目にとまる1人の女の子

『シャナ』そう呼ばれこき使われていても

凛とした態度でひとつの動きに無駄がなく品を感じた。



「シャ〜ナちゃあぁん僕のところに今夜来ない?」


「御子息様のお部屋に私のような下級メイドが出入りすることは許されませんので。

どうかその様な申し付けは今後さぬよう願います。

何か不備がございましたらメイド長の方にお伝えしますのでお申し付けください。 それでは失礼いたします。」

 


ニタニタとしたひとり息子が下心丸だしで話しかけるも

動じない表情に毅然とした態度。

身分をわきまえながらも言いたいことは言い切る

彼女を見ていて飽きないし、次は何をしたり言い出したりするのかすごく楽しみで目が離せない。

仕事中にこんな楽しみができるなんて思わなかった。


その翌日は庭の手入。

バラの花が見頃で美しく咲き誇るバラを見て優しく微笑む彼女は小さく呟いた。



「こんなにきれいなのに近く散ってしまうのね。

また来年もここに居れば美しく咲き誇る姿が見れるのかしら」


「シャナ!!こっちは終わったわよ!」


「今いきます。」



花を慈しむその姿は可憐でとてもメイドとは思えなかった。

どこかの令嬢なのか?

いや、だとしたらこんなところにはいないだろう。

日に日に残る疑問、そして湧き出る好奇心。


そんな日々が続き仕事をしつつも彼女を眺めた。

でも、ある日から突然屋敷で彼女は姿を見せなくなった。

その時はお暇をもらったのだと思ったが5日も姿を見せることがなく、屋敷の中のメイド達も不穏な動き。と言うか不安と恐怖、戸惑いに近いそんな雰囲気。

内部の探りはひとりでは難しく理由はわからなかった。


シャナが姿を見せなくなり1週間

とうとう遂行する日がきてしまった。






「親父だけで十分だろ!!俺は関係ない。

や、やめてくれ!!待ってくれ!

金ははずむ。だから俺だけは助けてくれ!!」



バンッー……

汚い。悪あがきする声の後に虚しく響く銃声。

仕事だからが大前提だが

こんなヤツからシャナを守れたならそれでいい。


ターゲットを始末した後

僕は血みどろな屋敷を探し回った。

もしも、何処かにいるなら話をしてみたい。

多分ただの好奇心という単純な理由だった

僕のような人間が目の前に現れたらシャナはどんな顔するのかな?

怯える? 強がる? 泣く? それとも助けを乞う?

だけど見当たらなくて、例の契約書を探して書斎を漁ると

出てきたのは人身売買に関する書類。

あぁ、コイツらこんなことまでしてたんだ。


この件は闇が深いと思いながら書類に一通り目を通すとそこには君の名前があった。


でも行き先の部分は全ての書類が消されていた

遅かった……もう探しようがない、そう諦めた。

そしてそこにたまたまあった君の写真

優しいのに心を貫くのは写真からも溢れ出ていた

その写真を見ると何かを失ったような気持ちに近い

まぁ、楽しみが無くなったんだからそりゃそうか。

僕は売買についての数枚と一枚の写真をこっそり持ち帰った。



いつか会えることをどこかで願いながらー…… 



コンコンー……


「師匠只今戻りました。」


「長らくお疲れ様。ちゃんともってきたかい?」


「いやぁ。もってきたけど

なんか風穴が空いた気分だ」


「コラコラ場をわきまえなさい。」


「……失礼しました。報告します。

標的の親子の死亡と契約書の持ち出しは成功です

が、これが。」



眉をひそめる師匠。

シャナ以外の持ち出した数枚の書類を手渡すや否や更に険しい顔になった。



「これが真実だとすればこの依頼はかなり根深いな。

だが、これ以上は私達の管轄外だ。手を引け。

そして今後この内容に関しての詮索は一切禁じる。

もう下がっていい。次も期待しているよ、リン。」


「わかりました。それでは失礼します。」



そうして禁じられた内容だがどうしても引けなかった。

それはシャナが絡んでいたからだ。

あー、僕ってこんな粘着質な人間だったかなぁ……

ただ、深追いはこの仕事ではご法度。

だから誰にも知られぬよう静かに探した。

 





それから約10年くらい依頼を受けるたびに

現場に居る女の顔は全てみて歩いた。

好奇心にしては長く、ここまで来ると執着に近い。

シャナと言う女と話がしたくて、シャナに僕という存在を知ってほしくて

ずっと、ずっと探し続けた。


気づけば『猟犬』という通り名までついてきて

上級依頼が多くなる度にシャナに近づいているような気がした。

だって人身売買なんて金持ちや大きな組織が

関わっていることが殆どなのは明確なのだから。



「待てリン。数年いつも思ってたがお前仕事から帰るのが遅くないか?

そんなに時間のかからない内容のものばかりのはずだが。なにか探しものか?」


「師匠。 嫌だなぁ思春期の僕にそういう質問。

まあ、探しものと言えば探しものかな。」


「なーにが思春期だ。お前はもう27になるだろ!何を探してるのかは知らんが

あまり何事ものめり込むな。命を落とすぞ。

それと。何度も言うが周りがいる時は敬語を忘れるな! 

お前をよく思わない輩はこの塔の中にも沢山いるんだ。

このままじゃ幾つ命があったってたりないぞ!? 」


「わかってるって。そんな危険なものじゃないから安心して猫を探してるだけなんだ。

そして僕は永遠の少年さ。」



それを聞いてもなお眉をひそめる師匠。

本当厳しい人だ。まるで本の中の父親のよう。

そりゃ命懸けの毎日だし、厳しくもなるか。

軽く手を上げて僕は静かに去った。


その日帰宅すると一通の依頼書があった。

最近なんだか仕事が立て込んでいて正直フラッフラ。

でもなぜかとても気になり何気なく中を見ると

『一家殲滅』という項目が一頭先に目に入り天を仰いだ。


これはやる気が出ない項目のひとつで

大抵はとんでもなくヤバい奴らか女、子どもの時だけにという胸クソ悪い内容のどちらかだ。

そして前者の嫌なところは体力勝負だから疲れる事で

後者は依頼内容がとにかく細かく死体の見た目の惨忍さが重要となる事。


後者は大抵見せしめが多く、それだけ聞けば

簡単かもしれないが依頼内容によって細やかな注文も全やり遂げるのが中々難しいことから中級〜上級の依頼として飛び込んでくることは多々ある。


まぁでも、最近は疲れるものの面倒くさいのこないからなぁ〜とどこか軽い気持ちで更に開くと

《殺し屋マジュリィ一家殲滅。と……》



「はい、同業者系はとんでもなくヤバいやつ。

師匠俺を買いかぶり過ぎ。勘弁してよぉ〜」



でも、殺し屋マジュリィ一家って確かー……






《マジュリィ一家》



小さな殺し屋家業をしていて

一家は親に捨てられた幼い孤児を集め訓練をさせていた。

年月がかかるが身体も頭も柔軟性があるからこそ

完成体になった時の爆発的な実力者だけを生み出すことができる。

職種こそ特殊だったがそれ以外は何の変哲もない

どこにでもいるありふれた家族だった。


一通り一家の顔は写真としてあったが

『化猫ガーネット』という人物だけは写真がなかった。

理由は簡単だ。 姿を見た者は皆冥土送りだからだ。

依頼をしに行っても姿を見せたことがなかったらしく

名前からして女ではないかということしか誰も知らなかった。

面倒くさい依頼内容だが血が滾るような感覚。

噂には聞いていた化猫。そして顔を見た者はあの世逝きなんて

そんなゾクゾクする相手と対面なんてこの上ない喜び。


今夜は眠れるかな?もう乗り込む?

いや、マジュリィー一家は人数が


依頼の翌日の黄昏時にマジュリィ家の偵察に行くと

特殊な家系だからか質素とまではいかないが飾り気のない見晴らしの良さげな地下を合わせて5階建ての家に小さな畑。

そこでひとり畑仕事をする女の子が居た。

写真のどの人物とも一致しない女の子ー……



「ガーネット・マジュリィーが? まさか」



再会は突然に訪れた。

家業的にも使用人がいることは稀だからこの女の子がガーネットなのは間違いないと思った。

そしてその容姿は10年前のシャナによく似ていた。


10年の月日が経ってるし名前が変わってるはずなのにひと目見てまた惹かれてしまった。

その美貌は美しく我が一番と煌々と輝くガーネットの宝石のようだ。


報告書にはガーネットがマジュリィ家の稼ぎ頭で

兄弟達は頭脳派と身体派に分かれてチームを組んでたが

身体的頭脳的にもガーネットが群を抜いており

単独の依頼が多くよく稼ぎ家を支えていたらしい。



「僕と同じで親近感が湧いちゃうなぁ。」



依頼から数日、行動観察をしていたがガーネットと思われる彼女はその日以来外で姿を見ることはなかった。

外出の気配も無いところを見る限り普段は家にこもりきりなのだろうか。

陽の下でその姿を見れたことはかなりレアだったのか?



そして依頼を遂行する日が来た。

父親と母親は出ていて今夜は戻らない。

いるのは才能が偏った……いや、才能が無い兄弟だけだ。


忍び込むこと10分ー……


兄弟達は本当に呆気ない。

全員まさかの一階にいてちょい手こずったが問題なく事は済んだ。

では、メインディッシュをー……と言いたいところだが建物の最上階からこちらへ向かう音にもならない人の足音。

音なんか出してないし、気配を殺していたはずなのに 気づくなんて流石化猫といったところか。

一本のナイフを持ち駆けつけた彼女は足元に転がっている兄弟を見て一瞬目を見開くも冷静な表情でこちらに構える。



「なんの用?」


「んー、僕は君たち弱体化した殺し屋はもういらないって聞かされたくらいだから詳細は知らないんだ。」


「っー……」



ガーネットは渋い顔をした。

きっと彼女もわかっていた

自分だけではこの家を存続していけないことも。


彼女は僕を睨む。

血の匂いを漂わせる光を失った瞳

あぁ、こんな再会はしたくなかった。



「誰の差し金?」


「僕にも守秘義務があるんだ。」


「なら、実力交渉しか無さそうね。

あなたにその依頼を遂行できるかしら?

化猫討伐をね。」


  

『化猫』が通り名の彼女の実績は尋常じゃなさそうだ姿は知られていないものの彼女が手を下した依頼の現場には3本爪で引っ掻いた様な跡がありそれが完遂できた証拠と報告書に記載されていた。

そしてその多くは難易度の高いものが多く化猫は別格とされてきた。

だけどー……あんなに品があり凛とした君は一体どこへ?


降りかかるナイフ。僕の知らない君。

あの頃の君はもうどこにもいない。

あんな人に興味が湧いたのは初めてだったのに。

心で冷たくなる何かー……



「君は、どこの誰なんだい?」


「黙れ。その口二度と利けないようにしてあげる」



真っ赤な眼光が僕を捉える。

そっか、10年も経てば人は変わる

ましてこの闇の世界に足を踏み入れれば尚の事。




『可憐で美しい君よ、さようなら』




そう心で別れを告げて僕は彼女を仕留めに入った。

猫のように颯爽と交わす彼女と猟犬のように追いかける僕。

隙を狙っているとみた。こちらをチラチラと見ながら距離を測るガーネット。

そして走りながら僕をみてハッとしたような顔をした。



「まさか……猟犬のリンっ!! 」


「あれ君、僕のこと知ってるの?」


「ー……。」


猟犬という通り名を口にしてから渋い顔になったガーネット。

面識はないから彼女はその名前でしか僕を知らない

でも僕も彼女をシャナという名前でしか知らない。

ふと足を止めて手を頭の上に上げた。



「さて、まずはちょっとお話でもどぉ? 僕は君と話がしたい」


「ぬけぬけと……大切な家族を返せよ

その血で、命で罪を償えよっ!!

猟犬のリン、あんたのその息の根止めてやるよ」


「でも、あれは本物じゃない

君はままごとの中でしか生きれないのかい? 」


「るさいっ……うるさいうるさいうるさい!!!! 」


振り返り構える殺意MAXの彼女は到底手に負えそうにない。

やっぱりこの依頼、ヤバいやつじゃん……

燃えるような紅い瞳には復讐の念が溢れ出す。

靡く髪は紫に光る黒で長さはロングで例えるならば、まるで堕天使だ。


怒り狂う彼女もなんと美しいのだろうか。

化猫と化した彼女とシャナはまるで別人。

でもそんな彼女に僕はあの頃のシャナを見ようと必死になる。

不思議な感情だー……




「シャナ」


「っー……! 」



ハッとし一瞬怒りは消えたように思えたガーネットの顔。

あぁ、やっぱりあの頃のー……



「猟犬、あんたあたしを知ってるの?」


「猟犬なんて呼ばれ方は嫌だなぁ。

そうだ、親しみを込めてリンと呼んでよ。」


「質問に答えなさい。あたしを知ってるの?

いつ? どこであんたはあたしを見たの? 」



先程とは打って変わって少し取り乱すような声で問い詰めるガーネット。

そしてやたらとどこで知ったのかを知りたがる。

底にある言葉の意味を汲み取れず答えるか否か迷うところだ。



「それを知ってどうするの?」


「あたしは……人探しをしているの。

シャナの頃に見かけた木陰の男を。」


「なにそれ。仕えてたとこのバカ息子じゃない?」 



視線を落とし戸惑いながら話す君

でもきっと彼女が探してるのは僕じゃない。

だって対面したことないし

ましてや顔なんて見たことないはずだ。

どこかむしゃくしゃとした感情、これはなに?

彼女は僕の言葉に小さく身を引いた。



「それは違うわ。あのバカ息子は真っ向からセクハラしてくるタイプ。そんな陰湿に眺めることなんてしないはず。」


「確かに。そうだね。」


「ってマーベリア家の頃の話なのね。」



私情を挟んだ僕の負けだった。

でも僕以外はその仕事に関わっていないはず

だとしたら……いや、大方市民が迷い込んだのだろう。



「僕の負けだよ。冥土の土産に話してあげる。

で、なんで君はその少年に会いたいわけ? 」


「あたしはここで死ぬ予定はないけど……

そうね、言うなれば話してみたかっただけかな。

年もあまり変わらなさそうで何も信じないような瞳で

どこか自分と同じものを感じて話がしたかった。

というのが正直なところかしら。」



懐かしむように窓の外を見つめた君。

そうか、相手は違えど同じ気持ちではいたんだね。



「でもね、ひとつだけルールは自分の中にあったの。それは彼を見つけないこと。

なんか見つけてしまったらいなくなってしまうような気がしてたの。」


「ふーん。」


「聞いておいてそっけない返事ね。」

 

「そうかい? 

でも君の気持ちがわからないでもないよ

僕にも話したいだけの人はいたんだよ。

もっとも、どうやらその人は僕じゃない誰かさんとお話をしてみたかったようだけどね。」



何がいいたいかわからないと言いたげに戸惑いの色を見せるガーネット。

ここまで言っても鈍感だなんて……

僕は小さく頭をかかえた。


一戦交えてこれはヤバいと思ったけど

こうして話すとなんだかまだ少しあどけなさの残る普通の女の子に見えてきた。


ガーネットは家族の亡骸を自ら瞳に映し

声のトーンが変わった。



「家族を……どうする気?」


「別に引き渡せとまでのお達しはない。

このまま放り投げておくのが無難かな? ただし。」


「?」


「君は必要なんだよ。

一家殲滅で更に化猫を持ち帰りまでが僕の仕事。

僕は仕事に忠実なんだ。悪いけど死んで。」

 


感情は勘を鈍らせる。

殺し屋の命取りにもなりかねない。

だから……



「そう……あたしの家族はこれが最善の死だったのかもしれない。

他人の死の上に成り立つあたし達はこうなる運命だもの。

拷問など受けずに死ねたことを喜ぶべきかしら。」


「……」



先程の怒りに満ちた彼女はどこへ行ったのか。

偽物の家族の亡骸を見ながら切なく小さく呟いた君は、まるで本物の家族を失ったかのようだった。

気づけばそれは僕に冷静さを与えていた。

でも今君の抱く感情は僕にはわからない。

というよりは知らない。



「家族を埋葬させてくれない?

あたしが家族にできる最期の事なの。

そしてそれを手伝ってなんて……おかしな話よね」


「君が最期に望むことなら聞こう。」


「ありがとう。」



そうして家から少し離れた場所に案内された。

涙ひとつ流すこともなく黙々と

この一家の墓地であろう場所で静かに4個の穴を掘り始めた。

スコップが土を掘り返す音のみが響き渡る。


そして3人全員を運び穴へ埋めて墓石と見立てた石に

ナイフで名を刻む。

エメラルド、アメシスト、ダイヤ、ガーネット。

ガーネットと刻まれた穴には彼女の長い髪の毛をその場で切りそしてそこに埋めた。



「これで……思い残すことはないわ。

ありがとう、猟犬。次はあなたの望みを叶える番ね

どういう依頼なの。切り刻む?首をはねる?それとも脳みそでもぶちまけたらいいのかしら。」


「……」


「今更なに? 同情? はっ。笑っちゃうわ。

あなたはそんな気持ちでこの世界にいるの?

こんな状況に流されるなんて向いてないと思うわ。

あたしは死ぬことは怖くない。」



どこか無気力なのに最後まで化猫を貫こうとする君。


違う。そうじゃない。

すべてを受け入れてしまった君が猟犬として

狩る気も失せた。ただそれだけだ。

でも、私情はいらない。



「そうだね。それじゃさようなら。」





グサッー……

ナイフは彼女を避け木に突き刺さった。




「やっぱりあなたは猟犬なんかじゃない。」


「だとしてもいいじゃないか。

今僕がしようとしていることに君は乗るが得だと思うけど。」


「さぁどうかしら?

あたしは家族という生きる意味を無くした。

それ以外に何をどうして生きることを選択し得だと感じることがあるの?それとも殺人鬼として飼いならす?」


「それは僕の管轄外。君次第で全ては変わる。」


「……」



全く根底の掴めない話と言いたげな顔。

僕は不敵に微笑み木にめり込んだナイフを引き抜き背を向けた。

僕がほしい物は目の前にある。

久々に依頼以外で愉快に思えた。

ガーネットは静かに木の根に腰をおろした。



「例えば、あたしが生きるとして依頼はどうする気?

持ち帰るはずのモノ無くして飼い主の所には帰れないんじゃない?」


「フッ。そんなの簡単さ。

君は名前と犯行後の目印以外はしられていない。

なら、ガーネットを作り上げればいい。違うかい?」


「確かにそうだけど、飼い主を騙せるだけの勝算はあるの?」


「無いならこんな提案しないさ。

この業界を騙すなんて簡単なこと。

そんなの互いに理解しきった話じゃないか。」



まだ信じきれないのか警戒するガーネットは目をギラりと光らせている。

僕はそんなに信用できないのかな?

なら証明すればいい、君の為ならなんでもしよう。





「うっー……」


「ごめんね、君に恨みも用事もないんだけど

君の死体には用事が満載なのさ。」



誰かがガーネットの姿を知っていた時のことを考え背恰好から髪色、顔立ちがどことなく似ている人間をあれから即回収をした。

そしてー……



「んんっ!!」 


「ちゃんと戦闘があったように見せないとダメだからね。

ごめんね、君に罪は無いけどこうするしかないのさ。

さようなら。」


バンっー……




叩きつけ、殴りつけ特に顔はわからないくらいに。

そして最後は脳天を撃ち抜く。

さぁ、これで完成だ。


「……あたしはこうなる予定だったのかしら?

随分と無惨な姿。」


「顔は整形しようが無いからね。

こうして歪ませるほか無いのさ。」



そうして死体を抱えるとガーネットはどこか険しい顔をした。

ここまできてもだめか。



「ちょいちょい。君はいつまで僕を疑う気なの?」


「当たり前じゃない。いきなりあれこれあなたの為にします。って言われてありがとうなんてならないでしょ。」


「はぁ。じゃあ聞くけどね、僕がこれ失敗したらどうなると思う?頭と胴体がさよならだよ?

そんな安易に君の為〜だけでできることじゃないさ。

それは君だってわかるだろ?」 


「まぁ……確かに。」


「だろ?だから逆に言うなれば

君のこと構ってるうちは信頼していいんだよ。」


ニコリと笑うと胡散臭さいと言わんばかりの顔。

すぐに信じてほしいは無理なんだろうなぁ。

一体君はどんな人生を生きてきたのだろうか

あの日以来どう過ごしていたのだろうか。

沢山質問をしたいけど今はやめておこう。



「さーて。僕らの家に帰ろうか」


「僕らって……」 


「君は今日から自由だがそのまま放置とはできない。

ひとまず僕と一緒に来ないか?ご飯も寝床も安全も……は、なんとも言えないけどとりあえず保証しよう。」


「……わかったわ。」


「じゃあまずこの死体を引き渡すから

君は後部座席でこれに包まってて。

引き渡し先までこのまま行く。」


「そうするわ。」


そうして僕の愛車にガーネットの死体を詰めて

師匠のところに向かうことにした。


「リン。この後の予定を聞いてもいい?」


「お、やっと名前呼んでくれた!

そうだね。あと一時間は車に揺られる。

その後ガーネットを引き渡してとりあえず帰宅かな? 寄りたいところでも?」


「ただ、気になっただけ。そこに意味はない。

どこにでも連れて行って。あたしはガーネットでもシャナでもない。」


「そうだね~。じゃあこの時間に新しい名前つけようか。」


「勝手にして。」 



まるで興味が無さそうに後部座席で丸まる彼女。

名前かぁ。名づけなんてすることもないからなんか難しい。


自由の身かー……

えーっと。なんだっけ。なんかいい名前が……



「あ、君にぴったりな名前思いついた!」


「ふぅん。なに?」


「それはまたあとで。ちょっとだけ秘密にしたいかな。」


「そう。」


そっけない返事をしてからだんまり。

まぁいいか。そうこうしてるうちに師匠の所についた。


「いいかい?何が聞こえても動いたり出てきたらだめだからね。」


「わかってる。」


「よし、いい子だ。」



僕はガーネットを担いで塔に入った。

応接の間という名の引き渡し部屋まで運び師匠に引き渡した。


「よくひとりでできたな。」


「なんとか…。

父親母親がいなかったのが功を奏した感じです」


「そうか。ご苦労だった。」


「はい、失礼しました。」



すると外からガーネットを運び出していく下っ端達とすれ違う時、鋭い目つきでこちらをちらりと見た。

結局この塔で僕は師匠に唯一可愛がられていることが気に食わないのだろう。そう、実の息子よりも。

でも、僕は誰と敵対するつもりも無ければ息子とも仲がいい。なんなら親友だ。

要するに親友の取り巻きがただ妬んでいるだけ。



「馬鹿な奴ら。」



小さく吐き捨て車に向かった。

すると後ろから師匠の足音が聞こえ振り向くと手招きをした。

これは個別の話の合図。めんどくさいと思いながらも駆け寄ると隣の部屋を指さして入っていく。



「なんだよ、師匠。

言い忘れたことでもあったの?」


「まぁまぁ。お前と少し話がしたくてな。

あれはガーネットか?顔が見るも無惨だから私もびっくりだ。」


「あまりにもしぶといから視覚を奪うしか無かった。あれは紛れもない化け猫だったよ。

流石に僕もヒヤッとはしたさ。」


「そうか。よくやってくれた。」


「話は終わり?僕もそろそろ帰りたい。

シャワーも入りたいし疲れたよ〜」


「いや、話はある。追加というかまだこの件は終わっていない。」


「まぢか。何が不満なの?」


「母親と父親の処分だ。

マジュリー一家全滅が元の依頼。その二人が残る限りまたひとりと家族が増え続けることは明確だ。

今回は生憎2人とも情報収集に別の場所に出ていた。

どこに居るかは既に目星がついている。

明日でいいから頼んだよ。」


「あー……それ僕じゃなきゃダメなの?

ゆーっくりたまには暇がほしいなぁ。」


「駄目だ。お前が始末し損ねたんだろ?

最後までやらんか!」 


「はいはい、わかったよ。んじゃ師匠。」



あー。どうするかなぁ。

やんわりと断るも師匠の言うこともまた真っ当で。

彼女に父母までー……なんて酷な話しすぎて直接話す気にもならない。

どうするべきかなんてひとつしかない。

内密に始末するしかないだろう。

気づけば夜明け。目立つ前に帰ろう。

そして実行するなら今夜だ。

どこか少し複雑な気持ちを抱えながら車に戻った。



「さぁ帰ろうかなぁ」


「……」



周りを確認した上で独り言とも取れる言葉を発するも返答はなし。

よしよし、言いつけを守れるいい子だ。






無言のまま車を発進させて暫く経つが響くのはエンジン音のみ。

そこまで徹底しなくても…もう出てもいいよと話しかけるのに車を停めて後ろを振り向くと微かに聞こえる寝息。

あぁ、寝てしまったのか。


一夜にして全てが変わってしまった彼女

いくら化猫と言われていても所詮は人間だ。

疲れることも悲しいこともあっただろう。


僕が新しい人生と新しい名前を与えよう。

そして彼女の居場所になろう。


でも今夜する事を君は許してくれるのだろうか。


ぐるぐると考えている間も彼女は眠ったままで起こすのもどこか申し訳なく、そのまま何気なく何かをプレゼントしたくなり僕の住む街のジュエリーショップに立ち寄った。

どれも一流の品でどれにするか一帯を眺めると目に留まる物がひとつ。あ、これだ。その手があったか。



「お客様お目が高い。こちらは純度はSクラスのアメジストとダイヤモンドをあしらったリングです。アメジストは誠実、高貴。ダイヤモンドは純粋、無垢。宝石に込められた意味も美しく、控えめなデザインなのでどんな服装にも似合います。女性へのプレゼントにはもってこいの代物ですよ」


「確かに意味も見た目も彼女にピッタリだ。これをひとつプレゼント用にしてもらえるかな」


「ありがとうございます」



初めて好みも知らない女性への贈り物でこんなにすんなり決まるなんて思ってもみなかった。

でもそのくらい彼女にはピッタリだった。

店を出て車を走らせると少しして小さく動いた。



「リン、さっきのは?」


「起きてたのか。いや、まだ内緒かなぁ」


「そう。」



短い会話の後は無言が続いた。

静寂は好きだ。だけど君がいる静寂はどこか寂しかった。


また暫く車を走らせると我が家に到着。

ここは何の変哲もない家だけどのどかでこの世界のことを忘れられるから意外と僕は気に入ってたりする。



「さぁ、ここが今日から君の家だ。

シャワーはあそこ。一回スッキリさせておいで。」


「ありがとう。」


「僕はこれから君の着替えを買いに行ってくる。早く帰るからタオルに包まって少し待っててね」


「うん。」

 

さっさと車から降りて家を軽く案内し、シャワーを促すもどこか腑に落ちないような、不安げな顔で小さく頷く彼女は女の子という印象で、やはり母や父が心配なんだろう。


それだけ大切な家族を今夜無くす。

受け入れてもらえるだろうか…

胸の中に残るしこり。


でも僕らはそうしないと生きていけない

彼女もそれは十分に理解しているはずだ。

だから僕は僕のやらなければいけないことをするだけだ。


そんなことを考えながら買い物を済ませ足早に家に帰るとタオルを巻いて浴室から出てきた彼女

細身なのに程よくついたバランスのいい筋肉が美しいー…

毎日鍛錬を欠かさなかったのだろうな。



「ごめんね、待ったかい?」


「今上がったところ。」


「そっか、これよかったら着てね

僕実は採寸は得意だからぴったりだと思うんだ〜」


「まぁ、男の人は色んな意味でそのスキルが大事よね。」


「そうそう!ってなんか君誤解してない?

僕はそんな変態じゃないよ?」


「変態じゃないなら着替えるからここからでてもらえる?」



真顔で言われちゃうと気持ちが引けて僕は静かに脱衣所から出た。

暫くすると出てきた彼女

サイズはピッタリだし何よりとても黒が似合う。



「いいねぇ。」


「あなた色に染まったわけじゃない。

あたしは元々黒を好んで着てる。」



慣れてきたのか、さっぱりしたからなのか出会った時のような冷静で淡々とした声で放たれる彼女の声。

そしてまだ濡れている髪はどこか色気も感じる。

闘う彼女もとても美しいが素でもやはり美しい。



「さて、今後の話を少ししようか。

まずは君の新しい名前ね。改めて聞くけど僕が考えてもいいのかな?」


「いいんじゃない?あたしはあなたに飼われてる訳だし。自分の名前なんか忘れた。」


「飼ってるつもりはないさ。共同生活…というか僕も君を隠し通さないといけないから運命共同体

が正しいかな?君は限りあるが今のその自由を楽しむ権利はあるよ。」


「そう。まぁどちらにせよ今から自分で名前を考える気にならないからご自由にどうぞ。」



そんなことはどうでもいいと聞こえてきそうなくらい興味がなさそう。

そして何か決意を固めたような表情で静かに俯いた。

きっと近く起こることを予測ができているのだろう。



「君の新しい名前はリベルタだ。

自由を象徴する名前だ。これでもいいかな?」


「どうぞご自由に。」


「一生懸命考えたのに冷たいなぁ。」



ため息交じりにおちゃらけて放つ僕の言葉はお構いなしに

静かにソファーに腰を降ろした彼女は周りを見渡した。



「本当に普通の家なのね。」


「そうだね。僕もこの世界にいる傍ら平凡な日を忘れないように普通を意識はしてる。」


「猟犬も普通を望むか…やっぱりあなたはこの世界は向いてないんじゃない?」


「それならこんな通り名もついてなければ今まで生きてこれなかったさ。それに普通にも慣れないと潜入の時に馴染めないだろ?」



リベルタはそれもそうね。と小さく吐き出した。

沈黙の中僕は静かにさっきのリングを差し出した。



「リベルタ、これをどうぞ」


「リング?」


「結婚してください」 


「ふぅん。はぁ!?結婚?」


「というのは半分嘘で半分本当なんだけど」


「どういうこと?」



まぁ、そうなるよね。

静かにリベルタの手を取り着けた。



「まぁ、簡単に言うと偽装結婚ってとこかな。

僕もそろそろ身を固めてもおかしくはない年だ

そしてこの方がふたりで動くには持って来いな役職じゃない?」


「そうね。」



心底興味ないと聞こえてきそうなくらい素直なことで。

一体このネコ様はいつ僕に懐くのだろうか。

ため息混じりに天井を眺めた。

ただ、この家のルールは守ってもらわないと困る。




「次にこの家で過ごすにあたって5つの約束を守ってほしい。」


「どんなもの?それはあたしが意見できるの?」


「君の提案次第では変えることもできるからまずは聞いてほしいんだけどいいかな?」


「わかった」


「1つ、仕事はしない。専業主婦ね。

2つ、この世界から足を洗うこと。

3つ、外では夫婦をしっかり演じること。

4つ、何事も報連相をすること。

5つ、心から笑えるようになること。

単純に君の笑顔をみてみたいんだ

これだけ。簡単だろ?」


「本当、真っ当な人間らしく女らしい生活をしろ。そういうことね?」


「まぁ、簡単に言うとそういうことかな?

異論はあるかい?」


「最後のは保証しないけど、まぁあたしも生かされてる側だからその条件をのむ。

今日からよろしくね、あなた。」



意外とすんなり約束はしてくれた。

早速約束は守ってくれてるしこれで良しとしよう。

ただ冷たい言い方だけがちょっと寂しかったりする。



こうして僕らの結婚生活は始まった。



生活必需品を揃え終わる頃にはもう夕方だった。

でも鍛え上げられたこの身体は疲れを知らない

だから今夜の仕事にも支障はない。



「リベルタ〜僕は仕事に行ってくるよ。

いい子で待っていられるかな?」


「子どもじゃないからそれくらいできる。」


「いい子だ。僕が帰らなかったら君は自由だ。

どこにでも好きなところへいっていいから。」


「そうなることを願うばかりだわ。

いってらっしゃい、あなた。」



冷たい眼差し。

でも目の奥は不安しかない。


わかってるだろうさ。

だけどそれを伝えるほど僕は残酷ではないし

詮索もしてこないから僕も何も言わない。


優しくほほえみ玄関を出た。

きっとリベルタは追いかけて来ると思う。

だけど彼女は僕を止めるのだろうか?

わからない。けどやるしか無いんだ。


車で準備をする素振りを見せながらも隙を作り待ち構えた。

少し車から離れてみると案の定後部座席の足元に伏せて乗り込んだリベルタ。

素知らぬフリをして車を走らせた。

そう、リベルタと再会したあの家へ…


車内は勿論静かで車が走る音が響く。

こんな状況だけど吐息ひとつ聞こえないと少し意地悪をしたくなり大きな石をタイヤでひと踏みした。

勿論車体はしっかり揺れたけど声はひとつとして出なかった。流石プロだ。


でも音や声が出ないようにしている姿を想像するとちょっと面白くて何度か大きな石がある度にやってしまった。

次顔合わせた時はなんて言って来るのか…

そうして行き道で少し遊んでた。

冷静に考えたらきっと後のリベルタの顔が気になるもそうだけどどちらかというとこれから起こす事に自分をリラックスさせいたのかもしれない。


そんな事をしても落ち着く訳もない。

リベルタは一体どんな行動を取るのだろうか。

親と共謀して僕を殺す?別れを告げに来た?

疑問が残る中目的地近くまで来た。


ここからは歩きだ。

装備の確認後車をあとにした。



小さな明かりが灯る家の窓。

見える人影は何かを察して消えた明かり。

静かに忍び寄ると気配が消えた。

そして中の人間は完全に戦闘態勢なのは明らかで

流石化け猫を育てただけのことはある。

だけど老体の2人と僕どちらが強いのだろうね?



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