三十二話
「ああ、剣が砕けてしまったぞ……!」
王城のパーティ会場に戻ったのと同時、聞こえてきた声にマリアは眉根を潜める。
そして会場内に映し出されている雄斗とイグナティオス達の戦う様を見て、雄斗の手にある【雲耀】の刀身が半ばから砕けているのを見て目を見開く。
「雄斗君……!」
雄斗が剣を失ったことで、今まで優勢だった状況は五分となる。
雷と打撃で魔導人形を攻撃しダメージを与える雄斗だが、刀を失ったことと魔導人形から放たれる嵐のような猛攻の前に止めの一撃を放てない。
この戦いの中、雷による強力な神威絶技をさしたる溜めもなく放ってはいたが、あれは雄斗の魔力運用を助ける機能を持つ【雲耀】があったからだ。
また相手がそうであるように雄斗もだいぶ消耗していることが見て分かる。あの様子では止めとなるような強力な攻撃を放てるのは一度か二度ぐらいだ。
一方のイグナティオス達が動かしている魔導人形。右腕は断たれておりボディのあちこちは【神殺士】となった雄斗の攻撃で傷つきボコボコになっているがまだ原形をとどめており、最初に比べ動きは鈍っているものの動いている。
「はははっ! どうした鳴神雄斗! 剣がなければこの程度か!
所詮貴様などこの程度、歴代のゼウスの血を受け継いだ高貴で選ばれた私に勝てる道理も無いのだ!
貴様を葬り、ジョンを葬り、この手で【オリュンポス】を支配してくれよう!」
勝ち誇った、高揚感に支配されているイグナティオスの声。常軌を逸したその様子にマリアは眉を潜めながら雪菜の傍に行く。
「マリアさん……!」
「戻ったのね。その様子だとあんたは大丈夫みたいね」
安堵する二人にマリアは笑みを浮かべて頷く。
しかしすぐに真剣な表情となり、言う。
「雪菜ちゃん、【万雷の閃刀】を雄斗君に送ろう」
「残念だが、それは許可できないな」
雪菜がはっとした直後、聞こえる否認の声。
視線を向ければ礼服を着た巨躯の鬼族の男性の姿があった。
「鹿島様……!」
「タケミカヅチ様。どういうことですか!?」
「言葉通りの意味だ叢雲雪菜。鳴神雄斗に【万雷の閃刀】を与えることはできない。
そもそも君たちは忘れているようだがあれは我が【高天原】の至宝。担い手は我らが選ぶ権利がある」
「そんなことを言っている場合では……!」
「イグナティオス達を倒すのに必ずしも鳴神雄斗の力を借りる必要はない。
そもそも我々が彼が戦うことを止めなかったのは新たな【神殺士】となった彼がどれほどのものか見るためだ。
単純にイグナティオス達を倒すなら私やラフシャーンが出れば、方はつく」
冷静な言葉にマリアは言葉に詰まる。しかし同時に強い反発の想いが芽生える。ならば何故さっさと戦場に駆け付けないのかと。
マリアと同じことを思ったのか、アイシャが剣呑な表情で鹿島を睨みつける。不穏な空気が漂い出したその時だ、
「──確かにその通りですね。
イグナティオス達が操っている魔導人形。神を複数乗せる上、その力を高める恐ろし兵器です。
しかし鹿島様やラフシャーン様、そしてお父様。【覇神力】の使い手ならば撃退できるでしょう」
静かな、柔らかい声音が聞こえてくる。後ろを振り向けばシンシアの姿があった。
「シンシア姉様……! 城下の方はもういいの!?」
「ええ。ひとまず重症者はわたくしやお父様たちの協力もあって何とか対処出来ました。
あとは城下の警備隊、軍の医療班に任せて問題ないでしょう」
アイシャにそう言い、シンシアは頼光に向き直る。
「鹿島様の仰る事はもっともです。ですが【高天原】に選ばれていなかったとはいえ雄斗さんは【万雷の閃刀】の三代目。
どういった理由で分離したかは定かではありませんが、生きていた以上返還するべきでは?」
「彼は今年いっぱいで【万雷の閃刀】を手放すことになっていたはずだ」
「わかっています。けれどまだ今年です。それに今は危機的状況、一時的に貸し与えてもよろしいのではないでしょうか。
それとも滅多にいない貴重な【七雄神財】の担い手を失ってもよろしいと?」
静かに睨み合う頼光とシンシア。
そこにラフシャーンが笑いを含んだ声で言う。
「ははは。ジョンの奴が自慢していた娘がここまで入れ込むとはな。
だが姫よ、俺も鹿島と同じで鳴神雄斗に【万雷の閃刀】を返還することは賛成できないな」
「ラフシャーン様!? どうしてですか」
「理由は簡単だ。ここに【万雷の閃刀】がまだあるからだ」
マリアの問いにラフシャーンはそう言い、首を鳴らす。
「そもそもだ。主の危機に意志を持った神財が大人しくしているか? 過去、似たような出来事はあったが例外なく主の元に駆け付けていたぜ。
つまり【万雷の閃刀】には鳴神雄斗の元に駆け付けるだけの理由がないのさ。
もう鳴神雄斗を見限ったのか、それともそれ以外の理由があるからか。こればっかりは聞かないとわからんがな」
「では聞いてみましょうか」
「うん?」
シンシアの言葉にラフシャーンが眉を潜めた直後、シンシアの瞳が輝き小規模な結界のようなものが出現する。
直径十メートル程度の輝く陣。さらにその中には小さな円卓がありその上にオリュンポス語──対話、意志疎通、会話──の文字が浮かび上がっていた。
「これは……!」
「【神威の円卓】。意思を持つ神財、神具と意思疎通をすることができる空間を展開する神威絶技です。
さて、さっそく訪ねてみましょう。鹿島様、【万雷の閃刀】を円卓に置いていただけますか?」
鹿島は一瞬躊躇する様子を見せるが、小さく息を突き手元に【万雷の閃刀】を喚び出す。
そして円卓の上に置かれる【万雷の閃刀】へ雪菜が早速語り掛けた。
「【万雷の閃刀】、聞こえていますか!?」
「大きな声で騒ぐな雪菜。ちゃんと聞こえている。
しかしこんな大勢で何の用だ」
「雄斗君がピンチです。今すぐに助けに行ってほしいのです」
マリアはそう言って、現在の状況を伝える。
数秒の沈黙ののち、雷光を一度煌めかせて【万雷の閃刀】は答える。
「……。断る。貴様たちにどう懇願されても、我は動かぬ」
「……どうしてですか!?」
「またすぐに離れるかもしれない使い手の元に戻りたいと思うのか?」
驚く雪菜に【万雷の閃刀】は冷淡な口調で言う。
「あれは良き使い手だ。だが今の今まで我を求めたことはない。
歴代の担い手、明や陽司は戦う理由は違えど我を心の底から求めていた。故に剣として相棒としてそれに応えた。
だがあれは違う。そして心から応じてくれない相手に力を貸すほど、我は優しくはない」
明確な拒絶の言葉にマリアは絶句し、しかし少しだけその物言いに納得もしてしまう。
この一年弱、マリアから見た雄斗と【万雷の閃刀】は共に幾多の死線を潜り抜けてきた。傍から見てもその関係は悪くないように思う。
しかし一方で良かったと言えると問われれば首を縦には振れない。特にグラディウスとの戦いの後、彼は戦いにおいて極力、サブの武装である【雲耀】を用いてきた。
来年になれば分離するからそのための前準備と言えるかもしれないが、それはあくまで雄斗の都合であって【万雷の閃刀】には関係がない。彼の立場からすれば最後まで思うがまま己を使ってほしかったのではないだろうか。
シンシア達を見るが彼女らも困った様子で説得するような言葉を持っていないようだ。
「ずいぶん女々しい事を言うんですね【万雷の閃刀】。──いえ、万」
気まずい沈黙を破る──と言うよりも破壊するような一言に思わずマリアはぎょっとする。
しかもそれを発したのが雪菜だからだ。
「雪菜、その名で我を呼ぶとは……!」
「自分が大切にされなかったから使い手の危機に応じない。そんなくだらない理由にこだわっているあなたに心底驚き、失望しました」
呆れ、いや侮蔑の声音で雪菜は言う。
それを感じ取ったのか、【万雷の閃刀】が目を刺すような雷光を発した。
「我があれに応じない理由を、くだらないと言うか……!」
「ええ。くだらないですね。正直、子供が駄々をこねているようにしか思えません。
本当にそれでいいんですか? 十数年ぶりに現れた希少な担い手である雄斗さんとそんな理由で別れて」
さらに眩しく放たれる【万雷の閃刀】の閃光。
それに雪菜は一切ひるまず、言葉を続ける。
「祖父たちから聞いています。あなたは怒りっぽくて単純で時には人情に篤いけれど、それ以上に何よりも欲しているのは剣の神財らしく激烈な戦い。
【神殺士】となった雄斗さんはこの先、この一年弱で体感したいくつもの死闘と同等以上の戦いがあるでしょう。
あなたが何よりも欲しているものが手に入るかもしれないのに、そんなくだらない感傷で逃すというのですか」
「詭弁にしか聞こえんぞ……!」
「どう思おうとご自由に。私が驚き絶句したのは、あなたが雄斗さんの元に駆け付けない理由があまりに情けなかったからです。
と言うよりも私としてはあなたが雄斗さんに元に行こうが行かなかろうが正直どうでもいいのです。私は、あの人の危機を黙って見ているなんてこと、できるわけがないのですから」
そう言って雪菜は手元に【木花霊剣】を呼び出す。
「万、先程言っていたことが本当にあなたの本音なら、ここにいればいい。
私たちは戦場に向かいます。雄斗さんを助けるために。あの人の剣となるために」
【万雷の閃刀】を挑発するような物言いをして雪菜はマリアを見る。毅然としたその面持ちを見て思わずマリアは苦笑する。
どうやら自分が思っていることは、すっかり見抜かれていたようだ。そう思いマリアはエドガーのほうに顔を向けた。
「と、いう訳でエドガー様。わたし達は雄斗君の助太刀に向かいますね。
ロマノスから受けた【病魔を宿す黒曜鏃】の効力も綺麗さっぱり無くなっていますし、数分なら戦えます」
「そして数分もあれば十分です。今の雄斗さんに必要なのは剣とそれを用いて発動する神威絶技のみ。
剣は私がマリアさんのどちらかが貸しますし、雄斗さんがとどめの神威絶技を放つ時間は二人で稼ぎます」
「それならあたし達も一緒に行くわ。──と言えたらよかったのだけれど」
「非常に惜しいですけれど、わたくし達は留守番ですね」
微苦笑するアイシャとシンシア。
マリアたちと違い二人は【ヴェーダ】と【オリュンポス】陣営の者たち。現在の状況では雄斗を助けに行く理由がないのだ。
「……現状でも問題ないと私は考えるが、君たちが行けば盤石だろう。
わかった。行くといい。ただし危ないと思った時はすぐに離脱すること」
マリア達がシンシアから何重もの防御魔法をかけられ、アイシャからは【千壊万死を齎す黒刃】を強引に押し付けられた──雄斗の剣とするため──後、エドガーは言う。
長の許可にマリアは頷き、そして雪菜と共に雄斗の元に向かおうとしたその時だ、背後から何かが発射するような音が響く。
雪菜と顔を見合わせ振り向くと、【神威の円卓】に鎮座してあった【万雷の閃刀】の姿がなかった。
そして側では呆れた様な表情の頼光に腹を抱えて渡っているラフシャーン。彼らを見て【万雷の閃刀】がどこに行ったのか、マリアは即座に理解し、
「さて、それじゃあわたしたちも行くとしようか」
「そうですね。──でも到着した瞬間、決着はついているかもしれませんけど」
困ったように笑う雪菜の顔を見て、マリアも似たような表情になるのだった。
次回更新は1月20日 夜7時です。




