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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
一章 雷刃、煌めく
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九話






 ばさり、ばさりと翼がはためく音が聞こえる。発生源は雄斗たちが乗っている天馬ペガサスだ。

 西部地区の中央駅で借りた天馬は法定速度を遵守しながら空中を滑空する。心地よい風を感じながら雄斗は空より東部地区を見下ろす。

 【アルゴー】に住まう一般人たちの居住区が集中している東部地区。しかしこの西部地区は同時に田んぼに畑、牧場、畜産場と言ったものも存在しており、農業地区としても有名だ。


「そろそろ見えてくるよ」


 西部地区の学院を通過したところで、やや前にいる天馬に乗っているマリアが言う。正面に目を凝らせば、畑の近くにそれらしい建物が視界に入る。

 数分後、目的地の頭上からゆっくりと降下する天馬。マリアと雪菜は乗ってきた天馬を孤児院から少し離れた宿舎につなぎ止め、雄斗は天馬が運んでいた荷物を手に取り、二人を待つ。

 改めて地上から周囲をぐるりと見渡す。正面に二階建ての、それなりに年季の入った感じがある建物。右手側には遊び場と思われる遊具に砂場、コートがあり、左手側はマリアたちが天馬をつなぎとめている宿舎が見える。


「お待たせ。さぁ、行こうか」


 宿舎から戻ってきたマリアたちと共に孤児院の中に入る。

 引き戸を開いたマリアが「みんな、来たよー」と声を発すると数秒後、正面に見える廊下の右奥から子供たちが姿を見せてこちらへ走ってくる。


「マリアねーちゃん!」

「おかえりなさい!」

「雪菜ちゃんもいるー」

「あ、知らない人がいる……」

「男もいるぞ! マリアちゃんの彼氏か!?」

「ただの荷物持ちじゃないの? マリアさんに釣りあうようには見えないけど」

「というか、初対面の相手に荷物持ちはないんじゃないか?」


 姿を見せたのは十数名ほどの人族、亜族の子供たち。一番下は愛理と同い年ぐらいか、最年長は中学一年ぐらいか。


「みんな、ただいま。彼は鳴神雄斗君。わたしの新しい仲間だよ。決して彼氏でも、荷物持ちでもないからね」


 マリアに紹介され、雄斗は「よろしく」と小さく手を上げる。

 子供たちは礼儀正しく頭を下げ「よろしくおねがいします」と声を揃えて挨拶。しかし一番前にいる子供たちが小声で言う。


「何か弱そう」

「ルクスさんたちに比べて覇気がないよなー」

「あと顔がモブっぽい」


 辛辣なコメントに雄斗の頬が微苦笑し、マリアのが迫力のある笑みを浮かべたその時だ、数名の子供たちと共に姿を見せた20代後半の女性が、その子供たちの頭にげんこつを落とす。


「初対面の人に失礼なことを言うんじゃないの!」


 マリアと同じ淡い金髪を持つ女性。きりっとした表情から活発な印象を受け、その表情は戦うときのマリアによく似ている。


「子供たちが失礼をしたわね。私はこの孤児院を経営するリタ・プリマヴェーラ。マリアの伯母でもあるわ。よろしくね」

「ああやっぱり。似ていると思ったんです。初めまして。マリアさんの部隊【清浄なる黄金の聖盾アルドウィー・スーラー・スクード】に最近所属しました鳴神雄斗です」


 差し出されたリタの手を握る雄斗。日々の労働で作られた手の感触に、一瞬母の手を思い出す。


「さぁ、上がってちょうだい。みんな楽しみに待っていたのよ」


 リタに促され子供たちと共に絨毯の敷かれた廊下を歩く。毎日にきちんと清掃しているのか目立った汚れはない。

 子供たちと共にやってきたのは広い空間だ。食堂とリビングが一体化したような部屋で玄関までやってきた子供たちとは違う大人しい、又は落ち着いた雰囲気の子供たちの姿が数名ある。

 彼らと雄斗が挨拶をかわす傍ら、マリアは窓際の隅へ歩いていく。そこには大人しい──と言うより元気がない8歳ぐらいの少女がいる。


「初めまして。マリア・プリマヴェーラ・アナーヒターです。あなたのお名前は?」

「……リリ」

「リリちゃんですか、可愛い名前だね」


 会話をかわす二人を回りの子供たちがちらちらを見てるのを見て、雄斗はリタに尋ねる。


「あの子は?」

「先日君たちが【アヴェスター】での任務を解決したでしょう。その際、両親が犠牲になってしまって、この孤児院に引き取られたの」


 難しい顔をしてリリは続ける。やってきてから今までずっと俯くか暗い表情をしており、リリや子供たちが何とか元気づけようといろいろやっているが、ほとんど効果がないと。

 マリアの様子を見るに、どうやらここに来た主な目的はあの子のようだ。


「マリアもここにリリが入ると聞いていてね、ちょくちょく暇を見つけては様子を聞いてきていたのよ。

 昔の自分のことが頭をよぎったんでしょうね。それで今日、孤児院にやってきたみたいね」

「なるほど……」


 元気がなくぼそぼそと話す少女。マリアはそのペースに合わせゆっくり、優しく会話を続ける。

 あまり見ていてもよくないと思った雄斗は近くの子供たちに声をかけ、離れる。リタ、雪菜もそれに続く。


「よーし、始めるぞー」


 元気な声で白翼族の少年の幼年が言い、ボールを蹴り上げる。それを雄斗は子供たちと混ざって追いかける。

 孤児院の子供たちは総じて元気だ。今雄斗の眼前で走り回る子供たちもだが、室内でTVを見たり本を読んだり人形などで遊ぶ子たちも共に暮らす仲間はもちろん、雄斗や雪菜へも積極的に接してくる。

 特に初対面の雄斗には個人的なことをストレートにどんどん聞いてくる。出身地に趣味、マリアのことをどう思うか等々。

 しかし雄斗は慌てず丁寧に、それらに一つ一つ答える。周囲の子供たちは何かしらの理由で両親がいない──または共に暮らせていないという。しかしそれでも寂しそうな様子が見られないことが嬉しいからだ。


(やっぱり、子供は元気じゃなくちゃな)


 両親がいなくなったあと、毎日のように泣いていた妹とは違う様子の子供たちを見て、雄斗は小さく笑む。

 子供たちとのフットサルを数回こなし、室内へ戻る雄斗。軽く渇きを覚えてキッチンで水を貰おうと足を運ぶとキッチンではエプロンをつけたマリアとリリ、数名の子供たちの姿がある。


「何やってるんだ」

「あ、鳴神さん。今からマリアさんがお菓子を作るんだそうです」


 最年長──雪菜より一つ年下らしい──の眼鏡をかけた吸血鬼の少女が言う。マリアは笑顔でリリの頭を優しく撫でると、わざとらしく腕まくり──元気いっぱいのポーズをして、料理を始める。

 子供たちも数名、協力して作ったのはゼリーだ。バラの花びらが添えてあり、ゼリーからも微かなバラの香りがする。

 そういえば昨日の料理の最後にあれと同じものが出てきたがなるほど、このためだったわけか。


「リリのご両親は喫茶店を経営していたそうでね。よくデザートにあのゼリーを作っていたそうだよ」

「ご両親を亡くして元気がない彼女を元気づけるためにってわけですか」


 いつの間にか隣にいたリタへそう返し、雄斗は少し眉根をひそめる。

 この手法は効果は大きい。しかし正負どちらにもだ。元気づく場合もあればその逆もある──


(未来の場合は悪い方向に転がったよな……)


 両親が亡くなり寂しさで泣いていた妹を見るに見かねて、兄と二人で母が作った料理を再現したのだ。

 しかしそれを食べた未来はおいしくないと言ったうえ母の手料理が食べたいとギャン泣き。その日は祖父と三人で泣きわめく妹のご機嫌取りに終始することとなった──

 今は元気な妹の過去を思い出し、上手くいくよう雄斗は願う。

 リタが別の場所にいた子供たちも呼び寄せておやつの時間となる。子供たちがマリア作のゼリーを口にして美味しいと好意的な感想を口にする中、リリは元気のない瞳でゼリーをじっと見つめている。


「食べたくない?」


 しかしマリアに尋ねられ、リリはスプーンを手に取るとゼリーをすくい、口に運ぶ。

 それを皆が一斉に見つめる中、ゆっくりと咀嚼するリリ。少女の喉仏が動き、ゼリーを飲み込む。


「おいしい……」


 リリの小さい唇から出たか細い声にマリアは微笑み、周囲の子供たちは安堵する。だが、


「でも、ママの味じゃない……」


 こぼすような声と共にリリの瞳から涙が一滴落ちる。それを見て子供たちは固まり、マリアも表情を曇らせる。

 リリはスプーンを置き、瞳からこぼれ続ける涙を手や服の袖で拭う。しかし自身でも止められないのか、涙は零れ落ち続ける。


「リリ、」

「リリちゃん──」

「もういい。食べたく、無い」


 腕で涙をぬぐいながらリリは言う。

 それを見てマリアが眦を下げ隣に座る叔母とかを見合わせたときだ。雄斗は席を立ち大股でリリに近づくと、その頭に手を置き、乱暴に髪を撫でる。


「!?」

「な、鳴神くん!?」


 驚き、戸惑うマリアや子供たちを無視してリリの頭を撫で続ける。するとそれを不快に思ったのか、リリが手を跳ね上げる。

 当然雄斗はそれを事前に回避。涙にぬれた瞳でこちら見睨むリリの頬を親指と人差し指でつまみ上げ、適当に動かす。


「は、はにふるの!?」

「鳴神さん!?」

「ふむ、やっぱり子供の肌は柔らかいな。可愛い可愛い愛理には及ばないがなかなかのもちもち具合だ」


 仰天した雪菜の声を聞きながら、雄斗はリリの頬を動かし続ける。

 好き放題されるリリの頬が紅潮してきたところで、手を放す。直後、リリから──当然だが──非難の声が飛んでくる。


「な、なにするの!」

「いや、せっかくおいしいものを食べているところでうじうじしている姿を見せられて、ちょっとイラっと来たからな。

 ママの味じゃないのが、泣くほどに気に入らないのか。作ってくれたマリアに失礼だと、思わないか」

「……」


 そっぽを向くリリ。どうやらすっかり怒らせてしまったようだが、雄斗はかすかに唇の端を曲げる。

 怒り、それに反応する元気はある。なら問題はない。


「鳴神君、わたしはいいから──」

「リリ、と言ったな。ママの作ったゼリーはどんな味だった? 作るヒントか何かなかったか。」

 俺は料理歴八年の料理のベテランで、【アヴェスター】の料理にそれなりに精通してる。もしかしたら再現できるかもしれないぞ」


 雄斗の言葉にリリはかすかに肩を動かす。揺れている彼女に雄斗はもう一言、告げる。


「ママのゼリー、食べなくないのか」

「……ママは【甘くて辛い果物】が隠し味だって言ってた」


 視線を合わせないまま、リリは言う。それを聞き雄斗は「なるほど、あれか」とわざと大きな声をで言う。

 それにリリは反応して雄斗の方へ振り向く。期待を宿した瞳を向けてくるが怒っていたのを思い出したのか、再びそっぽを向く。

 それを見て雄斗は可愛いと思いつつ口には出さず、リタの方を見る。


「リタさん、ちょっと冷蔵庫の中身を確認させてもらってもよろしいですか。あれがあるか確かめたいんです」

「え、ええ……」


 戸惑うリタから許可をもらい、キッチンのそばにある大型冷蔵庫を開ける雄斗。


「鳴神君、何をしているの?」

「隠し味と思われる果物を探してる。──無いか」


 一通り見て雄斗は呟き、リタの方に向き直る。


「リリの言う果物がないんで、ちょっと近くのスーパーマーケットまで買い物に行ってきます。

 マリア、付き合ってくれ」

「え? ええ……」


 そう言って戸惑うマリアと共に孤児院近くにあるスーパーマーケットへ。果物売り場を一回りし、目的の果物を見つける。バスケットボール並みの大きさの黄色の果物だ。

 それを購入し孤児院へと戻る。子供たち、そしてこちらを睨み続けるリリの視線を感じながら、雄斗は買った果物を混ぜてゼリーを作り出す。


「はいお姫さま、どうぞ味見を」


 仰々しく言って雄斗は出来上がったゼリーをリリの正面に置く。

 食べるまで頬を膨らませていたリリだが、そのゼリーを口にすると、大きく目を見開く。


「ママの、ゼリーだ……」


 リリはそう呟き、慌てた様子でスプーンを使い、ゼリーを咀嚼する。瞬く間にゼリーは皿から消えてしまう。


「【甘くて辛い果物】ってあの大きいオレンジだったの?」

「正式名称は【チェンジオランガ】だな。冷やすと甘くなり温めると辛みが出る神話世界【ヴェーダ】の特産品だ。

 【アヴェスター】の料理に【ヴェーダ】の特産品が使われている理由は、言わなくでもわかるよな」

「はるか昔から交流していた世界同士だからだね」

「正解」


 神話世界【ヴェーダ】はムンドゥスにおけるインド神話の元となった世界だ。位置的にも【アヴェスター】とは近く【異形種大戦】以前から二つの世界は積極的な交流をしていたという。


「さてリリ、ここにママのゼリーのレシピがあるわけだが、欲しいかな?」


 雄斗が手にしている紙切れを見て、即座に頷くリリ。先ほどまでの沈んでいたり怒っていた表情とは違い、尊敬の念すら感じさせる顔で雄斗を見つめている。


「だがこれはただではやれないな。もし欲しかったら一か月後、リリが俺に美味しい料理を作ったらあげよう。

 そのためにはしっかりと孤児院で家事、料理の勉強をしないといけないな」


 にやりと笑みを浮かべ、レシピの紙をひらひらとさせる雄斗。再びリリが眉を吊り上げ、こちらを睨む。頬を膨らませる。


「先に言っておくがリタさんやマリアには教えないしそう簡単に再現もできないぞ。いくらか俺独自のアレンジも加えて再現したからな。

 作るにしても時間はかかるだろうなー」

「……わかった。今日からお料理のお手伝いをするよ。

 でも一ヵ月もいらないよ。ママのお手伝いもしていたからお料理はそれなりにできるもん。一週間で美味しい料理を作って、ユウトをぎゃふんって言わせてやるから!」 

「ははは、結構。楽しみにしているぜ」


 決闘を挑む騎士のようにスプーンを雄斗に向けるリリ。それを見て雄斗は微笑み、再びリリの頭を乱雑に撫でる。今度はすぐさま彼女の小さい手がそれを振り払う。

 それから別人のように元気になったリリはマリアやリタ、孤児院の仲間たちと一緒にお菓子作りを始め、年齢に見合わない見事な味の──見たことがないものばかりなので、おそらく【アヴェスター】のもの──菓子を作る。

 皆でおしゃべりしながらそれを食していると、あっという間に帰る時間となる。リタや子供たちに別れを告げ、三人は天馬に乗って孤児院を離れる。 


「全く、鳴神君がリリちゃんの頭を撫でた時は本当びっくりしたよ」


 孤児院が遠く離れたところで見送りに手を振っていたマリアは正面を向き、ため息をつく。

 そしてジト目を雄斗に向けてくる。


「俺の家族構成や経歴は知ってるだろ? 妹といい、昔からああいう子供とは接する機会は多かったからな。それなりに対処方法は心得ているさ」


 未来や愛理のこともあるが、若くして魔術師となった雄斗はさまざまな仕事で孤児院やそれに類似する施設を訪れることが多々あった。

 その経験から今日、あのように動いたのだが、マリアは不満そうな顔で言う。


「それはわかるけど……もうちょっと繊細に扱ってもよかったんじゃないかな。料理のレシピだって今日渡してあげても」

「駄目だな。せっかく無理やり元気にした気力がすぐに落ち着いてしまうからな。あれにすがられても困る。

 ま、一週間もあの状態が続けば以前のような様子になることはほとんどなくなるだろうさ。と言うか、料理を作っているところを見ると、あれがリリの本来の性格だろうな」


 マリアたちと料理をしていたリリは先程とは一転した様子だった。元気──と言うより勝気な表情ではきはきと喋り、料理の手並みも子供たちの中では抜けていた。母の手伝いをしていたという言葉は嘘ではないようだ。

 ちなみに彼女は帰りの見送りに来たがマリアたちには笑顔を向ける一方、雄斗にはあっかんベーをしてそっぽを向いてしまった。元気にはなったが、雄斗はすっかり嫌われてしまったようだ。


「なんにせよ元気になったんだ。問題はない」

「それはそうだけど、ちょっとやり方が強引すぎるよ。リリちゃんはまだご両親を亡くされて一月も経っていないんだよ?」

「そんな子供このご時世、いくらでもいるだろ。お前を見ていたがリリだけじゃなくて子供たちに対して優しすぎ、甘やかしすぎだな。もう少し子供たちに厳しく接しろ。リタさんを見習え」

「孤児院にいる子供たちは皆何かしらの心の傷を負ってるんだよ? 鳴神君のように接していたら──」

「甘やかしすぎも良くないっていっているだけだ。過保護にしていたら立ち直る時間だってかかるし変な方向に行きかねない──」

「あ、あのお二人とも、落ち着て下さ──え?」


 白熱してきた雄斗とマリアの会話に雪菜が割り込んできたその時だ、三者の腰に備え付けてある携帯がけたたましい音を発する。

 それを聞きマリアと雪菜は一瞬で真剣な表情となり乗っている天馬を停止させると携帯を取り出す。そして画面に表示されたものを見て顔色を変える。マリアは厳しい表情に、雪菜は青白くなる。


(今の音、確か緊急用の着信音)


 二人に遅れて雄斗も携帯を手に取り、開く。画面には緊急用メールが届いており、その文面には短くこう記されていた。

 ──グレンが【異形王フェノメノ】と交戦、重傷を負ったと。











「グレンさん!」

「やぁ雪菜。よく来たね」


 血相を変えた雪菜続いてマリア、雄斗が病室に入る。ここは本部のすぐ横にある【アルゴナウタエ】や各世界の防衛組織の隊員専門の病院だ。

 彼がいた病室は特別室のように広く、内装も整っている。そして負傷したグレンはベットに横たわっており、その傍には人形のように顔立ちの整った美女がいる。


(いや、女じゃなかったな。確かあれは──)


 雄斗がその人物のことを思い出そうとしたとき美女(?)が声を発する。


「騒がしいよ雪菜。グレン様の傷に障る。静かにするんだ」


 雪菜を窘める美女(?)。言葉自体は平坦だが、氷のような冷たさと刃のような声質を持つ。


「っ! す、すみません、デュークさん……」


 それを聞き雪菜はびくりと体を震わせ、声を震わせて謝罪する。同じ【アルゴナウタエ】──それも同じ部隊の仲間に向けるものとは思えないそれに雄斗は眉を顰める。

 雪菜が名を言ったことで雄斗も美女と思わしき人物のことを思い出す。以前一度だけ対面したことがあるこの人物はデューク・ウイングフィールド。グレンの部隊【戦火を切り裂く閃剣バトル・グウルヴァーン】のメンバーの一人だ。

 そして一目見て、ほとんどの人間が美女と思う端正な女顔をしているが、男だ。


「私に謝ってどうする。グレン様に謝罪するべきだろう。全く君は──」

「デューク、雪菜君は慌てて駆けつけてくれたのだから、その辺にしておこう」

「はっ。グレン様が、そう仰るのでしたら」


 鋭い眼差しをさらに細めて雪菜に説教しようとするデュークを困った顔のグレンが止める。

 言われたデュークは即座にそれに従い、彼の方を振り向く。雪菜の方には、見向きもしない。


(話には聞いていたが、それ以上の忠犬っぷりだな)


 なんでもデュークの家は代々グレンのアームストロング家に仕えている家らしく、彼がガウェインの座と力を受け継ぐ以前から彼に仕えていたという。

 そしてグレンに対する忠誠心は何よりも凄まじいと言う話だ。


「マリアや鳴神君もわざわざすまないね」

「気にしないで。グレンくんが重傷を負ったなんて聞いたら駆けつけるのは当然だよ」

「ありがとうございますアナーヒター様。──そのような気遣い、あの馬鹿どもにも見習ってほしいものです」


 頭を下げたデュークが吐き捨てるような口調で言う。彼が言う馬鹿どもというのは姿が見えない部隊メンバーのことだろう。

 まぁ今日、グレンの部隊はマリアや雄斗と同じく休日だ。どこかに出掛けているならここにいないのも納得できるが、どうやらデュークはそうではないようだ。


「連絡して十分な時間が経っているというのにいまだ誰も駆け付けないとは、ふざけた話です。

 部隊長であり当代のガウェインを引き継がれた偉大なる戦士に対して──」

「デューク、今日は休日だ。みんなもリフレッシュしているのだから、そう目くじらを立てなくてもいいよ。

 僕からも心配しないようメールは送っていたし」

「あーグレンさん、ところで一体どうしたんだ?」


 雄斗が尋ねると、なぜかデュークが刺すような視線を向けてくる。はて、何かまずいことでも聞いたのだろうか。


「今日はグレンくんもお休みだったよね。一体なんで【異形王】と戦い、片腕欠損なんて大怪我をする羽目になったのかな」


 雄斗の質問を引き継ぐようにマリアが問う。鋭くなった彼女の瞳はグレンの左肩に向けられている。


「っ……!」


 動揺していてそれに気づいていなかった雪菜が声なき声を上げ、雄斗も大きく目を見開く。グレンの左腕が無くなっていたのだ。デュークがそちらに立っていたので気づかなかったのだ。

 デュークが口を開こうとするが、グレンが先に話し出す。マリアの言う通りグレンは今日は休みで、デュークと共にのんびりしていたそうだ。だが昼を過ぎたころ、今日の【掃除】と並行して行われている水の補給をしている部隊から【異形王】が出現したという緊急要請が届いたのだという。

 グレンたちは即座に現場に駆け付け【異形王】と交戦、何とか退けたものの片腕を切り落とされる重傷を負ったのだという。

 ちなみに腕は保存してあり後日、縫合するとのことだ。


(しかし神の腕を吹き飛ばすとは、さすがは【異形王】だな)


 【異形王】とは名前の通り【異形種】たちの王だ。Aクラスの【異形種】が極限まで強くなり、さらに進化した者たちをそう呼称する。

 姿や強さ、所持する異能などは一個体につき違うが共通している点は二つある。一つは【異形種】を自在に操れること、そして二つ目は最低でも神と同格の強さを持つことだ。

 また【アルゴナウタエ】に来て知ったことだが、【異形王】は確認されているだけでも百以上。未確認も含めればその倍は存在するらしい。


「僕が戦った【異形王】はレナトディアだ」

「レナトディア……! 黒水の悪魔」


 グレンの口から出た名前にマリアは眉間のしわを深くする。

 レストディア。【黒魔族】に類似した姿を持ち、マリアと同じ水を使う【異形王】だ。

 ちなみに【黒魔族】と言うのは亜族の一種で、鋭い爪と牙、羊や山羊のような曲がった角を持ち黒人のような黒い肌を持つ種族だ。

 【エデン】に特に見かける種族で、ムンドゥスの人間的には悪魔と思うような姿をしている。


「情報通り尋常ではない再生能力を持っていた。幾度も体の各所を吹き飛ばしたが即座に再生した。

 デュークが隙を作ってくれたおかげで何とか【神威絶技】で消滅させたが、倒したという手ごたえはない。おそらくは生きているだろう」

「つまりわたしよりも強いんですね?」

「強さだけ互角と僕は見ている。だが水を操る力は君以上だ。単独では厳しい戦いを強いられるだろう。

 確実に仕留めるなら誰かのフォローは必要だろうね」


 レストディアについて話し合う神二人。怪我に障るということで話は手短に終わり後日、改めてレポートを上げるということで雄斗たちは病院を後にする。

 慕っている部隊長が負傷し、元気がない雪菜を慰める意味も込めてマリアの部屋で共に夕食を済ませる。そして自室に戻ってきた雄斗はさっさと風呂を済ませると、リビングの上に正座し、目を閉じると【対話の場】に行くよう念じる。


「さて、相棒の様子はどうかな……」


 やってきた【対話の場】には以前と同じく【万雷の閃刀】が突き立っている。

 そして雄斗が握りの網目まで見えるぐらい近づいた時だ、【万雷の閃刀】は音もなく引き抜かれ、声を発する。


「何をしに来た」

「いや、引き抜きに来たんだが。なんで勝手に地面から離れた? もしかして知らなうちに俺はお前を【掌握インペラトル】していたのか?」

「そんなわけあるか戯け者。不用意に我に触れようとするから離れたまでのことよ」

「不用意って……いつでもここにきて引き抜いてみせろって言ったのお前だろ」

「それにしても限度がある。まさか毎夜毎夜来てやるとは思わなかったぞ」


 後ろに刀身をそらす【万雷の閃刀】。人間なら肩をすくめているような仕草だ。

 彼の言うとおり、【万雷の閃刀】と意思を交わし始めてからの毎夜、雄斗は目の前にいる相棒を引き抜こうとしており、すべて失敗している。


「せめて我に敬意を払い、週に一度ぐらいにするべきだ。毎日来ても我が引き抜けるわけなかろうに」

「いやー毎日していれば慣れると思ってな。実際刀身の半分は引き抜けているだろ?」

「それより先はさっぱりだがな」


 そっけない【万雷の閃刀】。相変わらず冷たい言い方だ。

 とはいえいつものことなので雄斗は気にせず、言う。


「とにかく引き抜けるか試させてくれないか?」

「駄目だ。【異形王】の話を聞き昂っているのはわかるが今日は休め。

 ここ毎日引き抜こうとしてて気絶し、目が覚めたら朝になっていたことも一度や二度ではあるまい。いい加減肉体にも影響が出るぞ」


 そう言われ、雄斗は思わず口ごもる。マリアや雪菜からも【対話】をするのは心体への負担や影響があるから、数日に一度にしたほうがいいと言われている。

 とはいえ雄斗としては早く【掌握】に至りたい。それにマリアの話を聞いて気が逸っているのはわかるが無理も無いと思う。


(グレンさんが仕留め切れなかった【異形王】。もし今の俺が遭遇したら間違いなく殺されるな)


 数多の神が集う【アルゴナウタエ】の中でグレンもマリアは若手の中でも飛びぬけており、全体から見ても上位の実力者だ。

 せめて彼らの足手まといにならないよう一刻も早く【掌握】を済ませておきたいが、


「一刻も早く【掌握】に至りたい気持ちはわかるが何事も限度がある。今日は休日なわけだししっかりと休め」

「……わかったよ」


 ここで強引にやろうとしてはまたヘソを曲げかねない。またこちらを気遣っていてくれるもの感じる。

 とはいえそれを口に出せば激しく否定し機嫌を悪くするのは間違いないので言わず、雄斗は「じゃあな」と短く別れを告げて、意識を自室に戻す。


「さすがに一月余りで【掌握】に至るのは都合がよすぎるもんな―……」


 【掌握】とは【神財】、【神具】の保有者がそれら道具が秘めている力を完全に引き出すことだ。【神財】、【神具】保有者が目指す到達点の一つと言える。

 とはいえ冷静に考えれば今すぐに至ろうと言うのは無茶と言うものだ。【万雷の閃刀】の言う通り、【異形王】と戦い負傷したグレンを目の当たりにして少し焦っていたのかもしれない。雄斗は大きく深呼吸をして心と体を落ち着かせる。

 いつかは戦うことになるであろう難敵だが、自分一人とは限らない。マリアたちが傍にいるだろうし一人で相対するときも見方車で時間を稼ぐなど、戦い方はいくらでもある。

 数度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた雄斗は、実家に電話するため携帯を手に取るのだった。






次回更新は4月22日7時です。

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