二十四話
「もう行くのか?」
「ああ。これ以上のんびりしていられないからな」
「そうか。まぁどの道を行くにせよ頑張れよ。俺はここで健闘を祈っているぜ」
「……」
そう言いながらこちらに興味津々の眼差しを向けるグラディスに雄斗は冷たい眼差しを向ける。
この男、どう見ても観察する気満々だ。とはいえ力づくで止めることなどできないので雄斗は気にせず出発する。
雄斗が【神殺士】と判明した数日後の今日。生まれ変わった体をならし、ある程度の制御が出来るようになったので出口に向かうことにしたのだ。
(これ以上ここにいるわけにもいかないからな)
【異形王】であるグラディウスと共にいることも──助けてもらったとはいえ──問題だし、何よりタルタロス内では心身ともに休まらない。
雄斗たちが退避した古代の街も安全圏というわけではなかった。昨日はあれから空洞内に出ることはなかった、それでも街には様々な個体の【異形種】が姿を見せては雄斗に襲いかかってきた。
どれもBクラス程度の雑魚だったが、中には気配遮断や不可視攻撃、行動阻害等々厄介な異能を持った個体もいた。しかも昼夜に関係なく──寝ているときでも遠慮なく──襲ってくるのだからたまらない。
まぁそのおかげで力の制御がある程度はできるようになったのは不幸中の幸いというべきかもしれないが。
「……よし。大丈夫だな」
町の出入り口である穴からそーっと顔を出して雄斗は外を窺い、安堵する。
昨日【神殺士】の力の調査や鍛錬をしていた時だ、雄斗が落ちてきた穴の方から凄まじい風の音が聞こえてきた。
まさに嵐と言うべき轟音。しかも何の前触れもなく発生したそれに雄斗は驚いたが、あれが【瞬嵐】であると思い出し、納得した。
「さすがに【瞬嵐】が発生していては出発することはできないからな」
タルタロス研究書に記されていた【瞬嵐】。これはタルタロス内部で突如発生する嵐だ。
どういう原因かは不明だが何の前触れもなく発生する嵐であり、その強風は神々さえ身動きが取れないほどだという。
「行くか」
呟き雄斗は空洞内を進む。
タルタロスの内部は一言で言えば荒野に似ている。視界を遮るような大きな遮蔽物はなく、濁った色をした巨岩や【異形種】の死骸、不気味な脈動をする木のようなものがあちこちに転がっている。
また空洞の上下左右には無数の穴があり、グラディウス曰くそこに【異形種】が住んでいるという。
そして不規則に強くなり弱くなる風がたまにそれらを飛ばしてきたりもする。当然自分に向かってくるものを雄斗はかわしているが、それが落下したのがきっかけで穴から【異形種】が姿を見せて襲撃してくることもあった。
そんな【異形種】を一撃のもとに倒しながら雄斗はゆっくり歩を進める。急がず焦らず、しかし確実に目的地を目指す。
「ひとまずここで休憩するか」
地図通りの横穴を発見し、そこに入る。そして先に進めばグラディウスがいた隠れ家によく似た街が視界に入った。ここは地図に記されている無人──【異形種】がいない街だ。
念のため街を回るがやはり誰もいない。適当な建物に入り魔術で生み出した水でのどを潤し、食料で腹を満たす。
「予定通り進めたな。早ければ明日の夕方にはBコースの出入り口まで到達できるか」
雄斗が選んだコースはBコース。──歩いて数日かかる道筋だ。
理由は単純に安全性、そしてかかる時間を考慮したためだ。Aコースは距離が離れすぎているし雄斗が落下してきた穴──ここはCコースと表記されている──は今なお強力な【異形種】の気配が漂ってきていた。
ちなみに【飛行】の魔術を使い飛べばどのコースも短時間で到着する。しかしそれをせず徒歩で進むのは空洞に巣くう【異形種】達をおびき寄せないためだ。
「空洞内部にいる同胞は感知能力がずば抜けてる。
もしお前が【飛行】の術で出口に向かえばおそらく一分と経たずに周りを囲まれるだろうさ♪」
にやにやと笑いながら言うグラディウスに腹は立ったがここに住んでいるもの助言。雄斗は大人しく従った。
「しかしこの街は一体何なんだ……」
誰もいないためか、雄斗は心中にある思いを外に出す。
グラディウスの隠れ家といいこの街といい、明らかに人が作ったものだ。しかし微塵も人の気配や生活の匂いは感じられない。
また外から見れば街としての体裁は保っているが、中に入ればあちこちが破壊、崩壊している。放棄されて数十、いや数百年と言ってもいいレベルの荒れ具合であり、雄斗が雷霆でも落とせばその衝撃だけで街が全壊してしまうのではないかと思う。
「いったいどんな理由があってこんなところに街を作ったんだか」
この街のことは王城で読んだタルタロス研究書の中にもなかった。不可解に思いながらも雄斗はベットと思わしき場所に体を横にする。
そして必要最低限の休息を取り再び進み、道中で遭遇した【異形種】を最小の攻撃で仕留め、また別の空洞にある無人の街で休むことを数回繰り返し、
「……あそこか」
遥か頭上にある巨大な空洞を雄斗は目にする。目的地であるタルタロスの出入り口に到着したのだ。
◆
タルタロスから外に通じる出入口付近は今までの空洞内と違っていた。
周辺にはいくつもの巨大な【異形種】の躯と、そのそばに壊れた艦の残骸が散らばっている。
またさすがに外に向かって風が吹いていることもあって周囲に流れる風は強い。
「……【異形種】の気配は、ないな」
近くの空洞にて休憩を取った後、雄斗は周囲を何度も、用心深く確認して呟くと、ここで初めて【浮遊】の術を使う。
ゆっくりと、近くにいる【異形種】に感づかれないように浮かび上がる。当然周囲への警戒も怠らない。
そして地表から十数メートルほどの高さまで登り、ここから外に吹く風を利用して一気にタルタロスを出ようとしたその時だった。地表から何の前触れもなく巨大な火の玉が飛んできた。
「!?」
迫る業火の塊を見て雄斗は全力で障壁を張る。激突し爆音を轟かせる焔。
瞬く間に障壁に亀裂を走らせるが砕くには至らず。掌に軽い痛みを感じながら雄斗は四散する火の粉を振り払い眼下を見る。
「……!」
炎を放ってきた相手はすぐに見つかった。破壊された船の中からあっさりと姿を見せたからだ。
長い白髪に腹部まで伸びた白いひげ。古びた木の杖を手にし、ボロボロのローブを着たその姿は典型的な老魔法使いの姿だ。
だが臀部当たりに見える爬虫類の尾に両肩に生えている山羊と獅子の頭部が老魔法使いを【異形種】だと教えてくれる。
「ふむ。それなりに力を込めた一撃じゃったが防いだか」
呟く、静かに浮上してくる【異形王】。
雄斗は一瞬迎撃しようかと思うが、かの者が放つ尋常ではない圧と底知れない強さを感じ、やめる。
「何だお前は」
「儂はジルメルという。どこにでもいる【異形王】よ」
名を聞き雄斗は大きく目を見開く。
ジルメル。【オリュンポス】に生息する【異形王】の一体であり、アヴェスターで遭遇したザングールと並び数百年もの長い間生きながらえている怪物だ。
彼により【オリュンポス】の幾柱の神々は倒されており、最後に記録されているのは【異形種大戦】の最中、次代のゼウス──シンシアの祖父──と七英雄が一人【魔導王】ニキアスに二人により撃退されたというものだ。
「ふむ、やはりお主か。グラディウスの奴に匿われていたのは」
「!?」
「驚くことではない。主の周りには奴の匂いがまとわりついておる。
主ら人にはわからんだろうが我ら【異形王】ともなればすぐに察知できるものよ」
そう言って視線を鋭くするジルメル。
喉元に毒蛇が噛みつくのを幻視した雄斗は即座に【雲耀】を呼び、【雷光戦将】となる。
「なるほど。奴が匿うわけだ。底知れぬ武才と魔力を汝から感じる。
放っておけばいずれは我らの脅威になる。──このまま見逃すわけには、いかんな」
ジルメルが落ち着いた様子でそう言った次の瞬間だ、その姿が変化する。
枯れ木のような老人と思われる体は瞬く間に膨張。三メートルを超える筋肉が凝縮された肉体に変貌する。背部には鉤爪のような鋭さを感じさせる一対の翼が生える。
そして両肩の山羊と獅子の頭部は伸び、老人の顔は竜へと変化して両脇の頭部と並ぶ。臀部に見えていた尾の末端は蛇の頭になっていた。
「……!」
放たれる圧、そして戦意を感じ雄斗の頬に無数の汗が浮かび上がる。
ザングールと同格とされているが、もしかしたらそれ以上の──
「ここで始末するとしよう」
いきなり本性を見せたジルメルがそう言うのと同時、山羊の頭部から巨大な稲妻が雄斗に向けて放たれる。
それを見て雄斗も虹色の雷撃を放つ。激突し眩い閃煌と火花を散らせる二つの雷霆。しかし均衡は刹那の時間。ジルメルの放った雷光は雄斗の稲妻を粉砕して迫る。
「な!?」
雄斗は驚愕する。
今放った雷光は【神殺士】の雷。そしてその雷撃は【万雷の閃刀】を所持していた時よりも強くなっている。
それが、いとも簡単に砕かれるとは──
(くっ……!)
驚きから立ち直り雄斗は反射的に雷光となってジルメルの雷を回避する。直撃を受ければかなりのダメージになると確信したからだ。
だが安堵する暇はない。回避した雄斗の元に巨大な竜巻が向かっていた。
「遅いのう」
ジルメルの声が聞こえると同時、雄斗は竜巻に呑まれる。
洗濯機に放り込まれた小物よろしく振り回されるが、魔力を放出して強引に脱出。視界に捉えたジルメルに【雷刃】を放つ。
並の【異形王】なら両断できるであろう剣撃。それをジルメルは手にしていた木の杖であっさりと受け止めた。
「温い。そして軽いのう。速く鋭い一撃。──しかし、それだけじゃな。
儂を傷つけたくば、せめてこれぐらいのものは放つがよい!」
【雲耀】を弾き、三つ首の【異形王】は紫電の輝きを放ちながら一瞬で間合いを詰めて杖を振るう。淡い炎を宿した一撃は速く鋭く、威圧するような圧がある。
立て続けに繰り出されるそれを回避し反撃の一撃を放とうとした時だ、突然発生する暴風がそれを阻害。
一瞬反応が遅れた雄斗に対し、ジルメルは何事もなかったかのように杖を振るう。それに驚きつつも雄斗は止む無く【雲耀】の刀身でその一撃を受け止め、そして吹き飛ばされた。
(な……!)
魔力、そして【神殺士】となったことで高まっている身体強化があっさりと薙ぎ払われたことに雄斗は驚愕する。
慌てて体勢を立て直し殺意を感じたほうに視線を向ければ、雷光を宿した杖を振り下ろしているジルメルの姿があった。
繰り出される【異形王】の猛撃。杖による攻撃だけではなく三つ首から吐き出される炎や雷、風は周囲の暴風を利用しているのか先程よりもさらに速く勢いがある。
ザングールのような乱雑で矢継ぎ早ではない。精度が高いそれらは確実に雄斗の体を捕らえており一撃一撃の対処に神経が磨り減る。
迫る猛攻に対し、雄斗も回避と防御でしのぎ、負けじと剣を振るい雷撃を放つ。しかし雄斗は徐々に傷つき、押されていく。
(ぐっ……!)
ジルメルの攻撃は見えてはいる。反応も反撃もできる。しかし空洞内を荒れ狂っている風が雄斗の動きを微細に狂わせ、躱せるはずの攻撃を受け止めざるを得なくなる。反撃して命中するであろう攻撃もかわされてしまう。
一方のジルメルは──先程も見たが周囲の風に対し、全く苦慮する様子がない。タルタロスに住み着いているから慣れているのか、それとも風を操る異能を応用して無効化しているのか。
どっちにしろこのままでは致命傷を負うのは時間の問題──。そう雄斗が思いどうすべきか思考を巡らせてすぐ、奇妙なことが起こり始める。
徐々にジルメルの攻撃が遅く、鈍くなっていくのだ。そしてそれと同じタイミングで雄斗の攻撃がジルメルに当たり始めたのだ。
「ふむ、──【焔閃突!】」
矢のように放たれる焔と雷の一撃。規模こそ人一人を覆う程度だが、その分速く威力も圧縮されているのが一目でわかった。
反射的に回避も防御も間に合わない一撃と雄斗は思う。しかし雄斗の右手は思考に反して動く。
目前まで迫ったジルメルの攻撃を【雲耀】の剣戟が切り砕いてしまった。
「……!」
「ほう」
自身の行動に雄斗は驚愕し、ジルメルは感心したような声を上げる。
(何だ、今の行動は)
今のジルメルの攻撃は確実に当たるはずのものだった。しかし今雄斗はそれに反応したうえ、片手の一撃で粉砕してしまった。
反応も、そして攻撃も、明らかに今までの──いや、先程の自分のものより速く強くなっている。
唐突な己の変化に戸惑う雄斗に再びジルメルは突っ込んできては攻撃を繰り出す。
先程と同じ激しく、そして正確な連撃。しかし雄斗は先程のように押されず、対処できるようになっていた。
もちろんすべてではない。ジルメルの放つ杖を受け止めて吹き飛ばされたり吐き出した炎をかわしきれず二の腕が軽いやけどを負う。
だが先程に比べたら防御も回避も、そして反撃する回数は上がっていた。攻防の動きも速く精度も増しており、ほぼ思った通り──いや、それ以上の動きができるようになっていた。
迎撃が反撃となりジルメルの肉体を切り裂く。攻撃を受け流すつもりが予想以上に軽かったので押し返す。本命でない攻撃が命中する。
ジルメルに変わった様子はない。そして自分を悩ませていた周囲の暴風も。だが今の雄斗はそれらに注意を払うも苦慮するほどではなくなっている。
(何だ、これは)
剣を振るいながら雄斗は戸惑う思いを抑えきれない。
自分が強くなっていること、戦いに順応しているのはわかる。昨日も【異形種】との戦いで似たような現象は起きていた。
だがあまりに唐突で速すぎる。ゼノンのように神威絶技も使っていないというのに──
「ふふふ。やるのう! ならばそろそろ、本気を出すとするか!」
傷つき血を流しながらジルメルはそう言い、さらに体を変態させる。
さらに膨れ上がる体躯は五メートル近くになり両脇から逞しい腕が生える。背部の翼は三対六枚となり臀部の尾は頭部と同じ三つに分かれた。
放たれている重圧もさらに増し、雄斗は体に入っている余分な力を抜き、冷静に見据える。
予感した通り本気を出したジルメルはあのザングールと同格、いやそれ以上のものだ。放つ圧と魔力がそれを教えてくれる。
しかしどうしたことか、雄斗は眼前の相手に不思議と負ける気がしない。
(戦う前なら間違いなく撤退を選んでいただろうに。……俺はどうしてしまったのか)
感じる己の変化への疑問。しかし今は考えている場合ではないと放置する。
そして雄斗は軽く息をつき、ジルメルに突撃する。
「ガアアアアッッ!」
全力の【異形王】より放たれる嵐のような攻撃の数々。ザングールの猛攻を超える猛撃。
一つ一つが並々ならぬダメージを与えるそれを雄斗は文字通り閃光の速さで縦横無尽に動き回って回避。そしてより肉厚が増した屈強なジルメルの肉体を【雲耀】や放つ雷撃で傷つける。
小さく、そして稲妻の速さで動き攻撃を繰り出す雄斗にジルメルは一方的に傷つく。だが雄斗の剣戟や雷撃でできた傷は数秒も立たず消えてしまう。再生していることで確実に消耗しているはずだがその動きに衰えはない。
本気となったジルメルとの、空洞全体を揺るがすような爆発と轟音を轟かせる戦闘。それが始まり数分──雄斗が十数度目の剣戟をジルメルの体に叩き込み、反撃の雷撃をかわしたところで雄斗はいったん、距離を置く。
「どうした。もう終わりかのう」
揶揄するようなジルメルの声音を雄斗は無視して【雲耀】を構えなおす。
表情こそ平然としているが、雄斗は焦っていた。というのも全く変わらぬジルメルと違い、雄斗の体力は大きく消耗しているからだ。
(戦況は互角。だがこのペースが続けばいずれ俺の方が保たなくなり、押し潰される……!)
ジルメルの方も戦い、負った傷を再生させているため消耗してないことはない。
だが雄斗の消耗は彼以上だ。そもそも最初から全力を出して戦っているのだ。雄斗の方が先に体力がなくなるのは自明の理と言える。
(せめて【万雷の閃刀】がこの手にあれば……!)
ジルメルを倒すには強力な神威絶技を放つ必要がある。【剣躰】を始めとする強力な神威絶技は【万雷の閃刀】があって初めて使用できるのだ。
あれらが使えるとなればなんとかなるかもしれないのに。そんな風に悩む雄斗に再びジルメルが迫る。
再びの激突。しかし予測した通り疲弊してきた雄斗は徐々に押され始める。ジルメルの放つ攻撃こそ食らわないが、激しさが変わらぬそれらに対し消耗をできる限り少なくするため回避と反撃のみとなってしまう。
「もう少しやるかと思ったがこの辺りが限界か。──終わりにするかのう」
防戦一方となった雄斗に白い目を向けたジルメルはそう言い、雄斗から距離を置く。
ジルメルの巨躯の周りに彼を隠すような凄まじい風が吹き荒れる。そして三つ首が同時に顎を開き、そこに眩い光が灯る。
「……!」
眩しさを増す三つの輝きを見て雄斗は総身を震わせる。
一つだけでも──今の雄斗が防御壁を張ったとしても──直撃すればかなりのダメージは免れない。しかもそれが三つ。
そしてジルメルほどの怪物が放つとなれば単純に三倍の威力となるはずがない。おそらくこれはジルメルの、必殺の一撃──
(こうなったら攻撃が放たれた瞬間、全力でかわすしか)
ないと思ったその時だった。突如雄斗の周りに無数の竜巻が発生する。
それらはすべて雄斗に向かって風を放っており、しかも体に絡みつくような流れだ。身動きが取りづらい。
明らかに自然の風ではない。そう思いジルメルに視線を向ければ、風の壁の向こう側でジルメルの三つの尾に付随している蛇たちの正面に魔方陣が展開されていた。
躰から雷撃を放ち竜巻を一掃する。しかしすぐに竜巻は再生し、生み出される風は雄斗の動きを阻害する。
「く……!」
逃げられない。ならば雷で迎撃するしかない。
しかしやれるのか己の力だけで。今はもう【万雷の閃刀】も無いというのに──。とそこまで思い、雄斗ははっとする。
(……いつまで甘えているんだ俺は!)
いつの間にか【万雷の閃刀】を頼りにしていた己に気づき、激怒する。
確かに彼の存在があったためこの一年、幾度の窮地を潜り抜けてこれた。だがそれ以前にも似たような危機はあり、その時は己の力を絞りつくして乗り越えてきた。
そして今もその時と同じ状態。ならば自分の力と知恵で何とかするしかない。
「……そうだ」
強い、何物も消し飛ばすような雷を思い、雄斗の脳裏に浮かんだのはゼノンを打ち倒したシンシアの【神威よ、刹那に輝け】だ。
神具や神財に秘められた力を増幅して放つ神威絶技。今雄斗が持つありったけの魔力を全て雷へと変えて増幅して放てば──
(よし。やるか)
迎撃できなければ。また迎撃したとき、他の敵に襲われた時は。そう言った考えは振り捨てる。
今、目の前の危機を脱しなければそれらはすべて無用の長物なのだから。
決断し、雄斗は両手をジルメルに向ける。そして【増幅】の魔術を己に施し、体内にある魔力全てを雷に変換しはじめる。
周囲に煌めく雷鳴の輝き。全魔力を変換、放出するためかすさまじい虚脱感に襲われるが歯をくいしばって耐える。
そして雄斗がすべての魔力を変換し終えた直後、空で巨大な光が瞬いた。
雄斗に向かって放たれた、空洞内全てを照らす死と破壊の輝き。それを見た瞬間、雄斗も久方ぶりに生み出した新たな神威絶技の真名を口にし、放つ。
「【|神威を貫く覇雷(エクスプグナティオ・アートレータ・トニトルス)】」
両の掌から放たれた極大の雷撃。虹色に輝くそれも降下してくるジルメルの光と同じく空洞を埋め尽くすほどに巨大だ。
瞬きした一瞬で激突する二つの巨大な力。空から降り注ぐ殺戮の輝き。天に向かって放たれた万物を砕く無常の雷霆。
あまりに巨大な力のためか、衝突した際に音は聞こえない。ただ目を潰さんばかりの眩しい輝きが周囲を照らすだけだ。
そしてそれも瞼を瞬かせる時間で消える。天下る閃光を遡る雷光が打ち砕いたからだ。そして【神威を貫く覇雷】は天翔ける龍の如く空洞を遡っていった。
「はあっ、はあっはあっ……!」
想像を超える疲労を感じ、喜ぶこともなく雄斗は荒い呼吸を繰り返す。
そしてその横を上から何かが落ちてくる。視線を向けると黒焦げになったジルメルが力なく地表に向けて落ちていっていた。
しばらくしてズズンとジルメルが落下した音が聞こえてくる。一瞬倒したのかと思い確認しようかと考えるが、
「いや、今のうちだ……!」
手応えはあった。倒せたとは思うがもし万が一生きていればもう雄斗に倒す手立てはない。
それよりも今は魔力を回復しながら本来の目的──タルタロスを出ること──を果たさなければ。
そう思い、雄斗はタルタロスを出るべく彼方に輝く光──【オリュンポス】の空に向かって浮上するのだった。
◆
雄斗が飛び去ったのを見て姿を見せるグラディウス。雄斗が気付かないギリギリの距離でジルメルとの戦いを見ていたのだ。
「おーい、生きてるか?」
「……なんとかの」
黒焦げになった同胞に声をかけると、その肢体に無数のひびが入り、崩壊。裸身のジルメルが姿を現す。
「で、どうだった? 鳴神雄斗は」
「戦士としては実力も才能も一流。カンも鋭く粘りもある。
しかし何より恐ろしいのは追い詰められなければ本来以上の実力を発揮するといったところじゃな。
強者と相対し命の危機を感じれば感じるほど、それを超えようと力を振るう。あらゆる生物の本能であり特に神殺しはそれが顕著に発揮されるが、あの尋常ではない成長速度は当人の秘めた資質もあるじゃろう。
儂としてはもう相手をするのは御免被る」
肩をすくめて言うジルメル。
とはいえ彼がそう言うのもわかる。自分と戦っていた時もそうだった。一瞬一瞬、急速な勢いで強くなっていっていた。
底知れぬ才を秘めた雄斗。神殺しとなったことでその才能はこれまで以上に発揮していくだろう。
もしかしたらグラディウスの予想通り明と並ぶか、いやそれ以上になる可能性も──
「ははは。心配するな。そうなったときは俺が鳴神雄斗と戦うからな」
「……。まぁ主の趣味にはもう何も言わんが、もう儂を巻き込むのは今回限りにしてほしいものじゃ」
「ああ。悪かった。わざわざ噛ませ犬になってくれて礼を言う」
一瞬、責めるような目つきを向けるジルメルにグラディウスは謝罪する。
今回の戦いはグラディウスのプロデュースだ。神殺しとなった雄斗をより強くするための。
そしてその噛ませ犬役を彼、ジルメルに頼んだ。もちろん彼からの要求も受け入れはしたが、雄斗が強くなるなら安いものだ。
「なんだ。もう行くのか?」
「蘇ったとはいえこの有様じゃからな。【里】に帰り体を癒さなければの」
「もうちょっとここにいないか? 外では何やら面白いことが起きているようだぜ」
そう言いグラディスは穴の上部に顔を向け、”遠視”の魔術を発動。
同じように顔を上げたジルメル。グラディウス同様”遠視”の魔術を発動したのだろう。怪訝だった表情が驚きに変わる。
「これはこれは……。外の世界では大きな騒ぎが起っているようじゃな」
「ああ。神々どもが派手に暴れているようだ。さて。鳴神雄斗はこれをどうするかね」
外の様子を見ながら、グラディウスは口の端を曲げるのだった。
次回更新は12月23日 夜7時です。




