二十三話
「この映像は……」
「無一郎さんが死去した事件だろうね。雄斗君が魔術師になって一年経った後、彼の住む街に【|異形王フェノメノ)】とその配下が襲来したの。
【異形王】とその配下は無事討伐されたけど、当時のカグヅチ様をはじめ多くの人たちが犠牲になったよ。無一郎さんもその一人」
眦を下げる雪菜にマリアは言う。
またしても乱れる映像。今度は十数秒ほど時間が経ち、画像が表示される。
「これは雄斗さんがわたくしとキアラに初めて会った時のものですね」
シンシアは懐かしそうな顔で、そして声に微量の寂寥感と悲しさを含めて言う。
まだ少年──中学一年になるかならないか──と言う風貌の雄斗。しかし先程より表情が鋭く、そして大人びたものとなっている雄斗に赤毛の女性がさばさばとした様子で握手を差し出している。
その後ろに隠れているの目隠しをした銀髪の少女がシンシアだろう。雄斗は一瞬、きつい眼差しを向けるが儀礼的な表情を作り挨拶を交わす。
鈴音と同じく最初こそ仲は良くなった雄斗とシンシアだがキアラや元気達仲間と過ごす日々、また映し出される【東京事変】の中で仲を深めていく。
しかしまたしても、先程と同じものが画面に映し出される。息絶えたキアラの傍で涙を流すシンシア。そして全身傷だらけの雄斗が顔を伏せている。
さらに切り替わった画面には半死半生と言った姿の元気が病室で眠っており、雄斗は泣くのを堪えるような表情を浮かべていた。
「……魔術師となってわずか数年の間にこれだけの大事件に遭遇し生き残り、そして身内が斃れ傷ついていくのを目の当たりにするか。
神々の家の生まれでもない少年が過酷な体験をしているな」
エドガーがそう言った時、再び画像が長時間乱れる。
一分を超える時間の後映し出されたものは迷宮の内部にて腰を下ろしている三人の男女の姿だ。
一人は先程よりさらに成長した雄斗──おそらく今のルリと同い年か──と勝気そうな金髪の美少女。そして最後の一人は熊のような大柄で灰色の神と目を持つ、愛嬌に溢れた笑みを浮かべる三十代ぐらいの男性だ。
「この人は……」
「ヘンリク・ドーンだ。ということはここは【クレタの魔宮】内部か」
雪菜の疑問に答えるエドガー。
そしてシンシアが美少女を指差して、言う。
「それじゃああの女の子はウィルマですね」
「言われてみれば面影あるわ。……昔っからツンツンしていたのねあの子。……あ」
何かに気づいたような声を上げるアイシャ。
彼女の視線を辿ればヘンリクと対面で向き合う雄斗の手元には紫電の刃紋が刻まれている刀がある。
「【万雷の閃刀】……!」
「へぇ。【クレタの魔宮】で初めて顕現したのね。
そしてその扱い方を先達であるヘンリクに聞いているといったところかしら」
映像が転換し、迷宮内にて戦う雄斗たちが映し出される。時には津波のように押し寄せる無数の怪物たちを、時には絶え間なく発動する罠を、何の前触れもなく変貌した迷宮内部を。
どれも決して楽なものではないが三人は協力し合いそれらを退けていく。そして迷宮内部にて何度か【戦欲王】と交戦する際はヘンリクが前に出て雄斗とヴィルヘルミナのヘンリクのバックアップという形となる。
しかし次第に雄斗も前に出ては【戦欲王】と刃を交える。
(実戦は戦士を成長させる何よりの糧と言うけれど。雄斗君の成長速度は本当に凄い)
最初こそ【万雷の閃刀】を扱うのに苦慮していたが目を見張る速度で使いこなしていく。
また不完全だった【心眼】と【閃電の太刀】を身に着け、【掌握】も会得してしまう。元々の天賦の才があるとはいえその習得の速さは驚きを禁じ得ない。
だが三度マリアたちの目に映る惨劇の場面。血まみれの【万雷の閃刀】を握る雄斗に穏やかな顔をしたヘンリクの亡骸。そして父親に縋り付き泣きじゃくるヴィルヘルミナ。
『人殺し!』
ヴィルヘルミナに近づこうとした雄斗に放たれる罵倒。
雄斗は足を止め、またマリアも思わず気圧される。それほどの怒りや憎しみと言った負の情念が込められた一声だった。
『どうして、どうして父さんを殺したの! 助けるって言ってたくせに。何とかするって言ってたくせに!』
眉を吊り上げ、涙を流すヴィルヘルミナに雄斗は無表情のまま何も言わない。
いや──マリアは彼を見て気づく。雄斗は言わないのではない。言えないのだ。
無表情に見える彼だがよく見れば両の拳はかすかに震えており瞳も潤んでいる。無表情を作っていないと目の前の少女と同じく泣いてしまう。そうならないために。
『何が皆を守るような強い戦士を目指しているよ! あんたは絶対、そんなものにはなれない!
ただ強いだけの狂戦士。【戦欲王】と同じよ!
人殺し! 人殺し!! 人殺しっっ!!』
感情を押し殺した顔のまま雄斗はヴィルヘルミナからの怒りを受け止める。
そして彼の右手から【万雷の閃刀】が滑り落ち、音を鳴らした次の瞬間、映像が切り替わる。
『【ムンドゥス】支部への転属を希望するのかい?』
『ええ。そうすればうるさい【神魔八王】も黙るでしょう。
ま、【万雷の閃刀】は手放しますが俺が【ムンドゥス】にいて、尚且つ【アルゴナウタエ】に籍を置いているのであれば、俺の家族にはよからぬことはしないでしょうから』
表示された映像はごく最近のものだ。【アルゴナウタエ】本部のエドガーの執務室にて、雄斗とエドガーが話し合っている。
『……君は【万雷の閃刀】を手放し家族の元に帰ることを希望していたと私は記憶しているが。何かあったのかね』
『あった、というよりも思い出したというべきです。──俺はそんなことを望んでいい男ではないと。
大切な人を守るためには彼らから離れ、戦場でひたすら敵を屠るしかない不器用な男ですから。俺は』
何か言いたそうな表情のエドガーにそう言って雄斗は本部を後にする。
そして家に向かっている最中、近くの公園で遊ぶ親子連れを見て足を止める。
どこにでもあるごく普通で平穏な家族。それを優しそうな、羨ましそうな顔で見つめ、呟く。
『……あれを守るために俺は剣を振るう。でも俺が傍にいては危険に晒すだけだ。……守れず死なせ、悲しませるだけだ』
無弱に遊ぶ子供と楽しそうにそれに付き合う父親。二人を朗らかな表情で見守る母親。
彼らに向けていた暖かな眼差し一転、鋭く勇ましいものに変えて、断固たる口調で雄斗は言う。
『だから離れる。守るために。
それが一番の、最善の方法なのだから』
断言する雄斗。
そしてその直後、出現していた黒いスクリーンが消滅するのだった。
◆
「……彼の生存を確認するはずが、思いもよらぬものを見てしまったね。
アイシャ殿。【往時を現す黒帳】をもう一度使うことはできるかね?」
「残念ですができません。【往時を現す黒帳】は消耗も大きいですが時間を操る権能はあたしの苦手分野なんです。
最低でも一日、長ければ数日は時間を空ける必要はありますね」
エドガーとアイシャの会話を聞きながら、マリアは心中で納得する。
(そういうことだったのね)
どうして記憶を全て取り戻した雄斗の態度が変わったのか。【ムンドゥス】にある【アルゴナウタエ】支部に行くことを希望したのか。雪菜との婚約を破棄したのか。自分の想いを一方的に跳ねのけたのか。
今見た彼の過去の記憶を見て、すべて理解した。そしてマリアの胸中に静かに怒りの炎が沸き起こる。
「エドガー様。すみませんが今日必須の仕事はありますか」
「君がやらなければいけないようなものはないが、どうしたのかね」
「タルタロスに雄斗君を探しに行きます」
「……雄斗君の生存がはっきりしていないというの探しに行くのかね?」
「アイシャに言われた通り自分の目で確認しなければ気が済みません。それに彼はわたしの部下。上司として責任があります」
眉を潜めるエドガーにマリアはハッキリと言う。
「ちょっとマリア。あんた何か怒ってない?」
「ええ。怒っているわ。でも今はそんなことはどうでもいいのよ」
「そ、そう……」
アイシャを睨むと、彼女は気圧されたように一歩下がる。
そして隣にいる雪菜もマリアと並び、こちらを見て言う。
「マリアさん、私も一緒に行きます。雄斗さんを探して言いたいことがあります」
いつも通りの柔らかな物言い。しかしマリアにはわかる。
いま彼女が自分と同じ怒りや想いを、雄斗に抱いていることが。
「そうね雪菜ちゃん。一緒に探しに行きましょう。──エドガー様、構いませんね」
こちらの心中を察したのか。それとも仕事が無いからか。
【アルゴナウタエ】の長はしばしの沈黙の後、首を縦に振る。
「……わかった。ただし私も同行しよう。流石に君たち二人だけでは危険すぎる──」
「いいえエドガー様。お二人にはわたくしが同行いたします。
御身の身に何かあればそれこそ【オリュンポス】と【アルゴナウタエ】の同盟に亀裂が生じかねません」
「姉様!?」
驚くアイシャにシンシアは諭すような冷静──というよりも冷徹な声音で言う。
彼女から感じる冷たさと熱さが同居する感情。彼女も自分たちと同じく、雄斗に対して怒りを覚えているようだ。
「雄斗さんを見つけ出したいのはわたくしも同じ。
何より彼が消息不明となったのはわたくしたちの不手際。【オリュンポス】の王族として責任があります」
「姉様。それオグマが聞いたら屁理屈だって論破されるわよ……」
「聞かなければいいだけの事です。──アイシャ、わかっていますね?」
「わ、わかったわよ。黙ってる。それとあたしも付き合うわ」
シンシアに睨まれ、両手を上げながらアイシャが言う。
「アイシャ嬢。あなたが動く理由は」
「無いけどエドガーさん、そんなものはどうでもいいわ。あたしとしては雄斗が心配だから探しに行くだけよ。
邪魔する奴らがいるなら力で排除するだけよ」
止めようとするエドガーに向けてアイシャは戦意を宿した瞳を向ける。
言外に止めるなら一戦交えることも辞さないと言っているのだ。
「……わかりました。シンシア姫、すみませんがマリアたちをよろしくお願いします。
ただし捜索時間は今日の夕方まで。それまでに何もなければ戻ってくること。もし帰らなければ私がタルタロスに赴き、皆を連れて帰るので」
小さく息をつき、凛然とした顔つきとなってエドガーが言う。
マリアたちは頷き部屋を出る。離宮の長い廊下を四人並びながら矢継ぎ早に言葉をかわす。
「現在、王城には厳重な結界が張られています。ですのでわたくしの部屋から港に転移しましょう。
何かあった時のために密かに転移陣を用意しています」
「雄斗が落ちたタルタロスに一番近いのは西の港ね。現在厳戒態勢が敷かれているけど姉さまの魔術ならうまく誤魔化せるわ。
もし察知されたら力業で突破ね」
「港ではどの艦を使用しますか? 使用できる艦がないのであれば【アルゴー】で行くしかありませんが」
「その心配は無用です。わたしく個人が保有している艦がありますので、そちらで向かいましょう──」
皆と話しながらマリアは思う。
大きな戦いのたびに大切な人が傷つき、失われた。それゆえ己の無力を感じ、離れることを選んだ。
雄斗がそう思うのは理解できなくはない。だがこうも思う。自分や雪菜、シンシアのように守られた人もいるということ。
そしてそんな人たちから離れることが守ることになると思うのは大いな間違いであり、逃げだ。
(待ってなさい雄斗君。今、行くから……!)
必ず彼を助ける。そして説教する。
断固たる決意を抱き、マリアは足を進めるのだった。
次回更新は12月20日 夜7時です。




