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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
四章 雷刃、新生
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十七話






「ここは……」


 転移符の白い光が明けた後、視界に映ったのは大貴族が寝泊まりするような部屋だ。

 自分たちに用意されたそれとは違う広く豪奢な作りに目を丸くしているマリアへシンシアが言う。


「王城の、雄斗さんの部屋です……!

 マリアさん、雪菜さん。申し訳ありませんがすぐに大戦終結記念墓地に戻りましょう──」

「残念ですが姫様、そう言うわけには参りません」


 シンシアの言葉に頷こうとした時、静かな声が聞こえた。

 声のした方──部屋の出入り口を見ると中年男性の姿がある。

 腰には剣を備えている質素だが質の良いフォーマルな服装。静かながら厚を感じさせる神のオーラを放っている男性──


「オグマ……!」


 驚くシンシアの声にマリアも微かに首肯する。

 ルーファス・オム・オグマ。平民出身ながら【オリュンポス内乱】にてゼウスの腹心として活躍し、その功績から現【オリュンポス】政権の宰相に抜擢された賢人だ。


「姫様も【アルゴナウタエ】の方々も、王城にいていただきます」

「オグマ様、お気持ちはありがたいですがわたしたちの仲間が今戦っているんです。

 それを知りながら安全な場所にいるわけには──」

「マリア殿。今の消耗したあなた方が行っても足手まといにしかなりません。姫様も同様です」


 有無を言わせぬ、冷徹な雰囲気を放ちオグマは言う。


「それにもう援軍は出しています。城下に出現した新型の魔導人形を打ち倒しながらベオウルフとヘラクレスらが救援に向かっています。

 ですので姫様たちは王城にてゆっくりとお休みください」


 彼の言っていることは正しい。だがはいそうですかと頷くことは──。


「わかりましたオグマ。では早速ですが浴槽の準備をしてもらいますか」

「シンシア姫……!」


 あっさりと同意するシンシアにマリアは思わず非難の視線を向ける。

 それに気付いた彼女はちらりとこちらを見て意味深な視線を向けるだけだ。


「もうすでにご準備できております。緊急時故、この部屋の浴槽をご使用いただきますがご容赦を。

 どうぞごゆるりと体をお安めください」

「ええ。けれどその前に、リトボスの状況を教えてもらえるかしら」

「はい。──【神雷を制する天空スフラギーダ・ケラウノス】による襲撃はリトボスの十数か所に同時に行われました。

 ですが現在、我が【オリュンポス】や駐屯している同盟世界の治安維持組織が連携して大多数は制圧済みです。

 残っているのは大戦終結記念墓地を含めて三か所。他の場所には王城にいた十二神が赴いているため、鎮圧されるのも時間の問題かと」

「そう……。わかりました。それでは後をお願いしますね」


 頷きオグマは部屋を後にする。

 彼が去り足音が遠ざかって行ったのを聞いてマリアはシンシアに向き直る。


「シンシア姫、すみませんがわたし達は雄斗君を助けに行きます」

「残念ですがそれは不可能かと。──周りを見てください。わたくし達が戦場に行けないようオグマがしっかりと結界を張っています」

「ほ、本当です。いつの間に……!」

「結界はわたし達と会話している間で作ったのでしょう。

 オグマは十二神に名を連ねる優れた戦士でありますが、また卓越した魔術の使い手です。わたくしの魔術の師匠の一人ですから。

 それよりも早く浴槽に。手早く体を洗って湯船につかりましょう」


 手早く服を脱いだシンシアに背を押されてマリアたちは浴槽に。

 しかし何故か体は洗わずシンシアは湯気立つ湯船につかる。戸惑うマリアたちだがシンシアに手招きされ湯船に体を沈める。

 特殊な薬湯なのか、入ってすぐに体に合った無数の傷が消えていく。


「ふぅ……気持ちいいですね」

「あのシンシア様」


 何を暢気に。マリアがそう続けようとした時だ、シンシアは指を鳴らす。

 するとそこから小さな結界が生じ、三人を取り囲む。


「これで盗み聞きされずに済みますね。

 結界は破壊することは簡単です。ですがおそらくそうした場合警報が鳴り響き警備用の魔導人形は多数出現するか、または破壊された結界の欠片がくさびとなってわたくし達の動きを短い間ですが封じるか。

 どのみちわたくしたちが王城を抜け出す前にオグマらに補足されて強制的にどこかの部屋に閉じ込められかねません」

「そ、それじゃあ。私たちはこのまま大人しくしておくしかないんですか……?」


 泣き出しそうな顔で言う雪菜。

 シンシアはそんな彼女に優し気な笑みを浮かべて、


「まさか。そんなこと」


 そう言いシンシアは瞳を黄金に輝かせる。【神戦を支配するグラウクス天眼・マティ】の発動だ。

 そして周囲を見るや左右の指を指揮棒のように振るう。するとマリアと雪菜の湯船になにやら魔方陣が浮かび上がる。


「これは……!」

「大戦終結記念墓地直通の転移魔方陣です。先程雄斗さんに投げ飛ばされる直前、マーカーを設置しました。念じればすぐに転移できます」

「で、でもシンシア様。部屋には結界が張られていますが……」

「ぬかりはありませんよ雪菜さん。──ますはこちらを今すぐ飲んでください」


 ”召喚”の魔術で中を両手に呼び出し、マリアたちに差し出す。

 耀く緑色の液体が入っている二つのガラス瓶。それを見てマリアは目を丸くする。


「これは、エリクシル……!」

「これを飲んですぐに転移してください。

 そして雄斗さんと共にこれを使ってすぐに帰還してください」


 マリアたちがエリクシルを飲んだ後、シンシアが続いて呼び出したそれはオリュンポス制の転移符だ。


「今からわたくしが部屋に張り巡らされている結界を破壊します。先程も言いましたが壊された結界はすぐに何かしらの反応をすると思いますので壊れた瞬間に魔方陣で転移してください。

 すぐにオグマか、十二神の誰かがここにやってくるでしょうけどそれはわたくしが何とかしますから」

「シンシア姫……」

「それと申し訳ありませんが、着替えは転移した直後、ご自分で用意してくださいね♪」


 小さく微笑んで言うシンシア。

 言われてマリアと雪菜は自分が生まれたままの姿であることを思い出し、顔を赤くする。


「大戦終結記念墓地に到着した後は、雄斗さんと共にこの転移符ですぐに離脱してください。

 例えヘラクレス達がいたとしても無視して結構です」

「アレス神のことは、いいのですか」

「かまいません。最優先は雄斗さんの安全です。ゼノン──アレス神のことは二の次です」


 即答するシンシア。

 先程見た、短いやり取りだけでもわかる。シンシアと彼はおそらくかつて友人だったのだろう。

 彼に対して思うところがないはずがない。しかもここに来る直前、彼はイグナティオスに操られていた。あのまま放置するのはどう考えても危険だ。

 しかしそんな思いを欠片も見せず毅然とした態度でシンシアは言い切った。──なら、それに口を挟むのは無粋だ。


「わかりました。雄斗君を助けましたらすぐに離脱します」

「ええ。よろしくお願いします。ここで彼に死なれるわけにはいきませんから」


 シンシアの言葉にマリアは思わずどういう意味かと問い返したくなる。

 普通に聞くだけなら当然の言葉だが、彼女の声音には意味深なものが籠っているように感じられたからだ。

 とはいえそれを問うている余裕はない。顔を見合わせた雪菜と頷き、そして同時にシンシアのほうに向きなおる。


「雄斗さんを、よろしくお願いしますね」


 シンシアはそう言った直後、周囲に光を放って結界を破壊。

 ガラスが砕けるような音、そして直後に鳴り響くけたたましい警告音を聞きながら、マリアは雪菜と共に湯船に浮かぶ転移魔方陣を発動するのだった。











「さて、各所の騒ぎも収まりつつある。余計な邪魔が入らないうちにさっさと済ませるとしよう」


 雄斗を見下ろしイグナティオスはゆっくり魔力と圧を高めていく。

 それによって微かに振動する地面、空気を感じながら雄斗は言う。


「お前の本当の狙いは俺だったのか」

「いや、違う。正直お前の存在はどうでもいい。すでに我らの目的は達せられているからな」

「その割には結構な殺意を向けてくれるじゃねぇか」


 彼がこちらに向けている殺意はどう考えても逃がす気はないレベルのそれだ。


「今も言ったがお前はどうでもいい。──ただお前が死ねば【アルゴナウタエ】と【オリュンポス】の関係が悪化するかもしれん。それを狙ってのことだ」

「お前も俺のことを買いかぶりすぎてんな」


 雄斗個人に何かあったとしても両者の関係が悪くなるはずもない。


「自覚がないようだから教えてやろう。貴様は現在の多元世界の中で一目置かれている存在だ。

 【万雷ばんらい閃刀せんとう】の所有者であり、あの【戦帝】と戦い生き延びただけではなく、首を落としたのだから。

 ハッキリ言えば今の貴様の価値は各世界の軍の中核を担う軍神、戦神と大差ない。

 しかも世界会議が開かれようとしている今、その価値ある貴様を守り切れなかったとなれば【アルゴナウタエ】はもちろん、貴様に期待している他世界と【オリュンポス】の関係に大きく影響するのは間違いはない。

 そしてそれは我らが付け入る大きな隙となる──」

「【獅子爪牙カウリオドゥース】!」


 突如イグナティオスに向けて飛来した黄金の獅子。頭部を噛み砕こうとするそれに対し、イグナティオスは転移して回避する。


「そこまでだ。イグナティオス・ミディカス・ウラノス!」

「我らが盟主、ゼウスの名のもとにお前を捕縛する」


 背後より響く声と聞こえる幾つもの足音。

 振り向くとそこには獅子とこん棒の紋章が刻まれた無手の男たちと【パンクラチオン】の紋章が刻まれた祭服を身にまとう男女の群。

 そして彼らの前に立つのは【オリュンポス十二神】が一柱、テオドロス・ミケナ・ヘラクレスと二本の長剣を手にしたシンジ・アーチボルト・ベオウルフだ。


「当代のヘラクレスにベオウルフ。そして【パンクラチオン】に【アルケイデス】か……」


 【アルケイデス】とは歴代のヘラクレスと継承してきた家に仕えてきた固有部隊だ。

 近接格闘技術に長けており、【オリュンポス】に存在する部隊の中では随一だという。かつてニコスが所属しており、また過去のヘラクレスもこの部隊出身者が幾人もいたという。


「ここにやってきたのはお前たちだけか。

 ふむ、お前たちだけしか来れなかったのか。それともお前たちだけを寄こしたのか。どちらだろうな」

「後者に決まっているだろうが! お前程度、俺たち二人で十分なんだよ」

「無駄な抵抗はしないことだ。テオドロスはもちろん、僕も戦いとなれば容赦というものが無いからね」

「そうかそうか。──全く貴様たち【オリュンポス】は、どこまでもこの私を愚弄してくれるものだ」


 そう言うと同時、イグナティオスの体から凄まじい風が巻き起こる。

 瞬く間に生まれる無数の風の龍。それらが牙をむいて襲い掛かってくるが、テオドロスの拳より放たれる黄金の獅子にシンジの双剣が生み出した水と石の龍が激突、相殺する。


「抵抗の意志あり! シンジ、ぶちのめすぞ!」

「了解だ! 【パンクラチオン】、【アルケイデス】、続け!」


 空にいるイグナティオスに飛び掛かるテオドロスとシンジ、そして【パンクラチオン】に【アルケイデス】の数名。

 上空で繰り広げられる五分の戦いを見て雄斗が視線を地上に向けた時だ【パンクラチオン】の服を身にまとう数名がこちらに駆けよってくる。


「……大丈夫?」


 一瞬、気まずそうな顔になるもすぐプロの顔となって言うのはヴィルヘルミナだ。

 元に来た【パンクラチオン】の面々──おそらく彼女と同じく回復要因──と共にこちらに寄って来ては治療に入る。


「変な状態ね。傷だらけで体力も消耗しているのに魔力だけは十分にある。

 昔みたいに剣だけで戦っていたの?」

「違う。隠し持っていた霊薬で魔力だけを回復させただけだ。

 それとせっかく治療してくれているところ悪いが俺から離れたほうがいい」

「何言っているの。こんな様を見て放っておけるわけないでしょ。大人しく治療を──」

「目の前を見ろ。──あれをお前たちが何とかできるのか」


 雄斗の視線の先にいるのは五十メートル先にいる、幽鬼の如き雰囲気を放つゼノン。

 テオドロス達が来るまで雄斗の間合いギリギリ外にいたのだが、イグナティオスが放出した風に吹き飛ばされていたのだ。


「言われていると思うが治療を終えたらすぐに下がれ。

 まともな戦力にならないお前たちがいても邪魔なだけだ。あいつは俺が何とかする」

「……そう! ならご自由に!」


 吐き捨てるように言ってヴィルヘルミナは治療を続ける。

 そして雄斗の傷を治療し体力もある程度回復させるとこちらの言葉通り、困惑する仲間たちと共に距離を置く。

 そのあまりの行動の速さに雄斗は思わず苦笑し、それを見たヴィルヘルミナは子供のように頬を膨らませそっぽを向く。


(予想通りの反応だが、予想通り過ぎて笑えるな)


 かつて【クレタの魔宮】にて少し危機的状況となった時、似たようなことをヘンリクに言われて遠ざけられたことがある。

 その後、危機を乗り越えるも彼女の機嫌が直るのには一日余りの時間を要した。

 と、過去の一幕を回想するもすぐに気を取り直し、雄斗はゆっくりと迫るゼノンに目を向ける。


「さてと。まずは試してみるか」


 そう呟き、雄斗はゼノンに接近。彼の体に刺さっている禍々しい短剣を一本、【閃煌剣せんこうけん】で切り裂く。


「ガアアアッッ!」


 直後、狂ったように攻撃を繰り出すゼノン。

 先程よりもさらに速くなっているが精度は格段に落ちたそれを雄斗はかわしさらに短剣を数本、切り砕く。

 すると予想通り、ゼノンの体から溢れる過剰な霊子力や禍々しいオーラが弱まっていく。

 狂った獣よろしく暴れるゼノンの攻撃をかわしながら、雄斗は彼を操り人形とした元凶である短剣一本一本を【閃煌剣】で粉砕する。

 わざわざ一本一本、【閃煌剣】で破壊するのはゼノンの凶暴化を解除するためだ。

 どうしようもないなら殺めることを雄斗は厭わないが、シンジたちがテオドロスを相手取り、またある程度回復したこの状況。

 最終的にどうなるにしろ、無力化するのが一番だ。


(とはいえこちらの消耗も激しい。さっさと正気に戻れ……!)


 【勇士を支える秘水エローエ・アクア】により魔力は回復したとはいえ五割程度。その魔力をガンガン消費させながらも雄斗は【閃煌剣】を振るう。

 そして短剣を半分除去し、また魔力が二割を切ろうとした時、ようやくゼノンの瞳に理性の光が見えた。


「鳴神、雄斗……!」

「フン、ようやく目を覚ました、か!」


 こちらを見て雄斗の名を呼んだゼノンを見て雄斗が軽く息をついた時だ、ゼノンの大剣が振り下ろされ慌てて距離を取る。


「オイ、まだ体は自由にならないのか!」

「貴様、何を考えている……! さっさと俺を切り伏せればいいだろう」

「アホか。せっかく【神雷を制する天空】の重要な情報源を簡単に殺せるはずがないだろうが」


 変わらず振るわれる剛剣や迫る灼熱の業火をかわし、また一本短剣を消滅させながら雄斗は言う。


「俺は【神雷を制する天空】についての詳しいことは何も知らん。生かしておく価値もない。さっさと殺せ……!」

「あいにくだがそれを判断するのは俺じゃない。シンシア姫たち【オリュンポス】のトップだろう。

 ──だからさっさと大人しくなって俺に捕まえられろ!」


 ようやく片手で数えるだけの数となる短剣。しかし同時に雄斗の魔力もとうとう一割を切る。


「ゼウスどもは俺の生死など気にも留めん。さっさと俺の心臓を貫け……!」


 しつこく言い募るゼノンに雄斗は腹が立ってくる。

 せっかくこっちは助けようとしているのに斬れだの殺せだの。頭にきた雄斗はゼノンに向かって叫ぶ。


「いい加減にしやがれこの馬鹿! 死を望むのはお前の勝手だがせめて贖罪をしてから死ね!」

「贖罪、だと……!?」

「さっきから言っているだろーが! 【神雷を制する天空】について洗いざらいシンシア姫たちに暴露することだ!

 お前が大したことじゃないと思っていても、その中から彼女たちなら重要な手がかりや情報を得るだろうさ。

 本当に悪いと思っているなら罪を償ってから一人で死ね! 人の手を汚させるな!

 というか、いつまで操られたままなんだお前は!」


 飛来する業火をかわし雄斗は続ける。


「イグナティオスに、【神雷を制する天空】にいいように使われたままでいいのか!

 短剣のほとんどは除去した。あとはお前でもなんとかなるだろう。できなくても何とかしろ」

「お前、無茶苦茶言ってないか……?」

「やかましい。そこまでモノが言えるならさっさと体も正気に戻せ。

 それとも最後まで俺に世話を焼かれたいのか。そこまで雑魚なのかお前は。ああ?」

「……何だと」


 神具を振り上げた姿勢のまま、固まるゼノン。

 しかし一瞬の後、斬撃が大地を抉る。今までと違う精度の高い──意図的にこちらを狙う一撃に雄斗は思わず肝を冷やす。


「誰が雑魚だ。テメェ!」

「お前だ馬鹿! ここまで手をかけさせやがって。

 雑魚じゃないならさっさと体の自由を取り戻せ雑魚!」

「……きっさまぁ!!

 馬鹿だの雑魚だの、好き勝手抜かしているんじゃねぇぞコラァ!!」


 憤激しゼノンは体から膨大な量の炎を発し、巨大な炎柱となる。溶鉱炉が如き凄まじい熱風が周囲に吹き荒れる。


「おおおおおおっっ!」


 絞り出すような叫びと共に大地に突き立てられる【狂乱の鋼剣】。同時に出現した炎柱は弾け、無数の火の粉が宙に舞う。


「フン、言った通りだ。やればできるじゃねぇか」

「うるせぇ……」


 地面に倒れ、大の字になっているゼノンを見下ろし言う雄斗に、彼も小さく吐き捨てる。彼の体に残っていた短剣は一つ残らず消滅していた。

 すでに戦意がない彼から目を離し、雄斗は視界を上に向ける。上空ではイグナティオスとテオドロス、シンジたちの戦いが続いているが、テオドロス達が優勢のため手を貸す必要はなさそうだ。


(二人とも、やるじゃないか)


 部下や神威絶技を駆使して戦う二人の神々の強さは見事の一言だ。突撃するテオドロスとそのフォローをするシンジという戦いになっているが、二人の見事なコンビネーション攻撃はイグナティオスを押している。

 イグナティオスは風を操り彼らを攻撃しているが、シンジを中心とする【パンクラチオン】の者たちの絶妙なサポートによりほとんどの攻撃を回避、受け流している。


(テオドロスはルクスと同じ直線的な戦い方。シンジさんはニールさんに似ているか)


 力のテオドロス、技のシンジと言った感じか。そう雄斗が思っているとテオドロスが放った黄金の獅子がイグナティオスの張った多重障壁を食い破り激突。彼を後退させる。

 すぐさま体勢を立て直すイグナティオスだが口の端に血が見えており、その表情は怒りに歪んでいた。その彼にテオドロスが突撃した時だ、凄まじい突風、そして巨大な魔力がイグナティオスから発せられる。


「イグナティオスの奴、神具を使うつもりか……!」


 強い警戒の声音を発するゼノン。ひときわ強い強風と眩い輝きがイグナティオスから発せられた次の瞬間、彼の体には精緻な文様が刻まれた豪奢かつ重厚な鎧が装着されていた。

 それを見て雄斗は思わず冷や汗が浮かぶ。同じく警戒しているのかテオドロス達も距離を置いている。

 そんな彼らをイグナティオスは無表情で見降ろし、片手を空に掲げる。すると蒼穹に突然、中に無数の光を瞬かせている巨大な黒い空が出現し、そこから何かが飛来する。


「あれは……!」


 落下してくるそれらを見て雄斗はゾッとした。

 黒い空より飛来してきたそれは隕石だ。しかも無数にある上、それが空中でバラバラになる。

 テオドロス達は城下に落下させまいと障壁を展開し降り注ぐ大小の隕石を防ぐ。しかし広範囲に拡散したため全ては防ぎきれずいくつかは城下に向かう。

 それを見て雄斗が奥歯を噛んだ時だ、水でできた巨馬や大量の花弁がそれらを迎撃、破壊する。


「ハッ、愛されてんなぁ鳴神雄斗」

「あいつら……」


 ゼノンの声を無視して雄斗は嘆息する。せっかく転移させたのにどうして戻ってきているのか|マリア(あの馬鹿)たちは。

 ともあれ街に被害が出なかったことに小さく息をついたその時だ、背後から巨大な魔力の発生を感じた。


「ぐっ!? あああぁぁああぁぁ!?」


 即座に振り向いた雄斗の視界に目に入ったのは胸元──心臓を抑えて苦しむゼノンの姿だ。

 何事かと思い駆け寄った時、ゼノンの右腕が動く。【狂乱の鋼剣】の刃が迫る。


「ぐっ……!」


 とっさに【万雷の閃刀】で受け止めるも吹き飛ばされる雄斗。

 着地と同時に体勢を立て直しゼノンを見て、絶句した。


「お前……!?」


 巨大な魔力を放ちながらゆっくりと立ち上がるゼノン。そしてその体には先程押さえていた胸元から発生している血管のような無数の赤い線が広がっている。


「また操られているのか……! おいゼノン、先程みたいにさっさと消し飛ばせ」

「……鳴神、雄斗。俺を、殺せ」 


 言うと同時飛び掛かってくるゼノン。繰り出される粗雑な太刀筋をかわし雄斗は言う。


「まだんなことを言っているのかお前は! アホなことを言ってないでさっさと──」

「……やられたぜ。心臓に【凶獣の魔牙トゥレラ・オドス】が埋め込まれてやがった」

「【凶獣の魔牙】……!?」

「さっき俺の体に刺さっていた短剣だ。あれは簡単に言えば刺した相手に過剰な魔力供給をした上、正気を失わせて暴れさせる。【ユグドラシル】の【狂戦士】の簡易作成道具だ」

「な……!?」


 ゼノンの体に赤の神が広がるにつれて彼が繰り出す攻撃の精度や威力が増してくる。

 また幾たびの過剰な魔力供給の結果なのか、ゼノンの口や目、鼻から血が噴き出しているが彼の体はそれに構うことなく雄斗に攻撃を放ち続ける。


「俺を、殺せ。今全力で抑え込んでいるがそれも長くは続かねぇ。

 体に刺さっているんだったらさっきと同じ要領で排除で来ただろうが、ここにある【凶獣の魔牙】は心臓と融合してやがる。

 簡単なことだ。俺の心臓を貫けば全てが終わる」


 鍔迫り合いをする雄斗とゼノン。巨剣を押し込みながら彼は平静な声で続ける。


「ぐっ……!」


 ボロボロにもかかわらず尋常ではない力を出すゼノン。

 雄斗は何か手はないかと思考しながら迫る神具の刃を何とか逸らそうとした時だ、


「頼む、鳴神雄斗。このままじゃ俺は目につく生き物全てを殺戮する怪物になってしまう。

 あいつを、シンシアを、この手に……かけてしまうかもしれない」


 ゼノンの声音を聞き、雄斗は目を見開く。

 今まで雄斗はゼノンの怒った顔や不機嫌そうな表情しか目にしていなかった。

 しかし今、こちらに受ける彼の表情は深い悲しみと懇願が入り混じっていた。


「こうなったのは、全て、俺の不甲斐、な、さが原因だ。シンシアを、ジョンの、おっさんたちを、信じ切れなかったからだ。

 ほんの少しでも、俺に同情、してくれるのなら。……頼む」


 そう言った後ゼノンの首はがくりと力なく落ちる。

 しかしすぐにしかしすぐに顔を上げ、こちらを向く。その表情はもはや人のものではない。

 怒りに呑まれ、戦いに酔い、血に狂う、狂戦士そのものの顔だった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 体中から炎と血飛沫を放ちながら迫るゼノン。

 剣を押し込む力がより強くなるが、雄斗はギリギリのところで逸らし、後ろに下がる。だが今日戦士と化したゼノンはすぐさま距離を詰めてきた。


「正気に戻りやがれ! 雑魚! 馬鹿! ……ゼノン!」


 雄斗はガス欠寸前の体を必死に動かし狂戦士と化したゼノンの攻撃をかわし逸らし、そして幾度も呼び掛ける。

 だが先程と違い全く効果はない。いやむしろこちらが何か言うたびにゼノンの勢いは増し、雄斗の体に新たな傷や火傷の跡ができていく。


「ガアアアァァアッッッ!!」


 回避直後に繰り出される一撃。予想を超えた速さのそれに雄斗は回避も逸らしもできずギリギリのところで受け止める。

 しかしその威力も雄斗の想像を大きく超えていた。剛剣は押し込まれ、しかも噴き出した炎が左腕の一部を焼き、それが原因で一瞬力が弱まった雄斗は打ち上げられた野球ボールのように空に吹き飛ぶ。

 すぐさま身を翻すが、その時には眼前に剛剣を振るっているゼノンの姿があった。横薙ぎに振るわれる剛剣が再び雄斗を地表に吹き飛ばす。

 

「ぐううっっ……!」


 全力で制動をかけて地面に足をつかせ、さらに大きく後ろに飛びのく。

 地面に着地すると同時、轟音と共に地上に降り立ったゼノンがミサイルのような勢いでこちらに飛んできたのが目に入った。

 息つく間もない、猪のごとき突進。時間が経過するにつれてゼノンは強化されていく。同時に体の各所から血が噴き出しているがいつ自壊するかはわからない。

 このままでは、雄斗の方が保たない。


「……くそっ!」


 逡巡。迷い。躊躇い。心中にあったそれらを雄斗は打ち払い、【万雷の閃刀】を構える。

 そして残った魔力全てをつぎ込み刀身に【閃煌剣】を発動、また下半身と両腕に火花を散らせる。


「くそおっ!」


 無念の叫びとともに繰り出す刺突。鳴神流雷刀術五の剣【雷龍顎らいりゅうが】。

 体ごとぶつかるような雷速の諸手突きは少しもぶれることなくゼノンの胸元──心臓を貫いた。






次回更新は11月29日 夜7時です。 

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