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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
四章 雷刃、新生
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十六話






「【極魔の光輪マギア・ダクティリオス】」


 転移魔方陣から新たに出現する無数のディケオスィニにシンシアは冷厳な眼差しを向けて、神威絶技の名を呟く。すると彼女の頭上に天使の輪のような魔方陣が出現する。

 迫るディケオスィニの巨碗。それに対してシンシアは片手を向け、その手のひらから稲妻が放たれる。

 放出される巨大な雷光は正面だけではなく背後にいたディケオスィニ数体を欠片も残さず消し飛ばす。


「……!」

「【極魔の光輪】の能力はシンプルです。行使する魔術の超強化。

 使用者が優れた魔術師であるならば神の権能と同等か、それ以上の威力を効果を発揮します。──このように」


 静かに腕を振るうシンシア。生み出された焔は側面から迫っていたディケオスィニ数体を先程と同じように消し飛ばす。

 ゼノンと戦う最中時折視界に入っていたが最新鋭ということもあってディケオスィニの魔術耐性はかなりのものだった。

 一見やられ役に見える鋼鉄の巨人はマリアの水、雪菜の土の攻撃を食らっても一撃では破壊されなかった。神威絶技──それも範囲を狭め威力を圧縮したものを使ってようやく破壊できるというものだった。

 その圧縮した権能でもディケオスィニの体の一部を破壊するのがやっと。そして破壊された部位からは魔力を抑え込むネットが射出されてくる。全く厄介極まりない。

 その強固で面倒な巨人ディケオスィニたちを黄金の瞳を輝かせるシンシアは一方的に蹂躙していく。魔方陣より湧き出るディケオスィニは【極魔の光輪】により強化されたシンシアの魔術に成すすべなく破壊され、例のネットを射出することもできない。

 そしてマリアたちの助力もあり僅か数分で周囲のディケオスィニは破壊され、呼び出していた魔方陣も消失した。


「……ははっ。ようやく本性を見せやがったか。

 いいぜ来いよ。気取っているお前を地べたに叩き落し、鳴神雄斗たち【アルゴナウタエ】の雑兵が死ぬ様を見せつけてやるよ!」


 一瞬、愕然とした表情になるゼノンだが次の瞬間、怒りの表情に戻り叫ぶ。

 彼の背後に出現する太陽のような巨大な炎の塊。そこからさまざまな怪物が出現する。


「【焦熱凶軍フロガトゥレラ・ストラトス】! 我が敵を打ち砕き、蹂躙せよ!」


 主の言葉に応じ、突撃してくる炎の怪物たちに雄斗と雪菜にシンシア、そしてゼノンと同じく水の騎士団を生み出したマリアたちが正面から激突する。

 先程のタロスと違い一撃で粉砕される焔の怪物たち。だが破壊され飛び散った火の粉は別の火の粉と接触すると新たな怪物を生み出し、再び襲ってくる。

 

(これは……!)

(【焦熱凶軍】! ゼノンの背後にある巨大な焔より呼び出される不死の軍勢です。

 炎さえあれば何度でも復活します! しかし以前見た時よりも再生速度が増しています……!)


 復活した炎の怪物を巨大な氷の塊で消し飛ばし、迫っていた別の魔獣を突風で粉砕しながらシンシアは言う。

 先程のタロスの群とは全く真逆の状況。しかし焔の怪物たちが生まれ、そして破壊されても蘇る速度は雄斗たちの撃破速度を上回っている。


(マリア! 【天稟を顕すジェニオ・輝聖水アクアサンタ】は使えるか!?)

(ごめん無理。【天稟を顕す輝聖水】は一度使用した相手に使うには半年以上の時間を置かなければならないの。

 あれはかける相手に相当な負担を強いるし雄斗君もグラディウスとの戦いの翌日はまともに体が動かなかったでしょう?)

(そういえばそうだったな……! シンシア! 【焦熱凶軍】を倒す方法は!?)

(ゼノンを倒す、または彼の力尽きれば止まります。

 ですが今の彼を見ていると後者になる前にわたくし達が保ちません……!)


 焦りをにじませるシンシアの声。

 【焦熱凶軍】の後ろに控えるゼノン。怒りと狂気に満ちた顔つきをしているがまだまだ余裕そうだ。


(雄斗さん。【焦熱凶軍】はわたくし達に任せてゼノンを食い止めてください。

 彼はわたくしが対処します。その準備をしますので、時間を稼いでください)

(……わかった! マリア、雪菜)

(了解だよ雄斗君!)

(シンシア姫を守りながら【焦熱凶軍】への対処ですね。任せてください!)

(ああ、頼む!)


 眼前にいる炎のオークを切り裂き、雄斗は加速する。

 ゼノンの背後にある巨大な炎から濁流のように発生し向かってくる魔物の群を閃電の速さで駆け抜け、接近する。


「ハッ! まずはお前から死にに来たか、鳴神雄斗!」

「倒されるのはお前だ、ゼノン」


 ゼノンの剣戟と共に放たれた殺意塗れの言葉。雄斗は冷静に返してそれを回避し、死角から剣戟を叩き込む。

 

「テメェの剣戟は今や俺には通用しねぇ。むしろ俺をパワーアップさせるだけっていうのがわからねぇのか!?

 それとも何か策でもあるのかよ!」


 ゼノンの言葉に応答せず、雄斗は先程と同じく縦横無尽に動き回ってはあらゆる角度から斬撃を放つ。

 だがゼノンはそれらをかわし捌き反撃する。最初と違い今や彼の動きや武芸の腕は雄斗と遜色ないレベルとなっていた。


(このままじゃ追い抜かれるのは時間の問題……! シンシアに賭けるしかない)


 すでに【閃煌剣せんこうけん】は使用していた。しかし断ち切られた鎧はすぐに修復され、腰部にはゼノンの胴体の三分一の半ばまで刀身が食い込んだが、それ以上は切り進めなかった。

 理論上、断てないものはない【閃煌剣】だが、それ以上の強い魔力による防御をされた場合は防がれる。

 そして【天地万象に煌めけ、コズモス・イスキローテリ極雷の神刀・グラディウス】を除き最強の攻撃力を誇る【閃煌剣】が通じない以上、シンシアの賭けに乗るしかない。


「オラオラオラオラオラアアァァァァアア!!」


 力任せな、しかし今の雄斗と遜色ない精度と速さの剛剣と迫る炎の嵐に雄斗は押される。

 かすり傷、切り傷、外傷、火傷。無数の傷が雄斗の体に刻まれ血を体力を失わせていく。


(マズい。このままだと【掌握】が解除される……!)


 体力、魔力の減り具合から雄斗が察したその時だ、巨大な光弾がゼノンを吹き飛ばす。そして雄斗の傍にシンシアがやってきた。


「シンシア……マリアたちは」

「大丈夫です。後ろを見てください」


 後ろを見ると彼女の言う通りだった。

 【焦熱凶軍】の発生する勢いは減っており、またマリアたちの攻撃で消滅し、再生もしない。

 先程まで雄斗たち四人を追い込んでいた灼熱の軍勢だが、今ではマリアと雪菜の二人で対処できている。いや、掃討しそうな勢いだ。

 【焦熱凶軍】を生み出している炎は健在だというのに、これは一体どうしたのだろう。


「シンシア、テメェ舐めた真似をしやがって……!」

「マリア様達に強化の魔術を施しました。

 また【焦熱凶軍】を呼び出している炎の塊に【能力抑制】、【弱体化】、【再生不可】の魔術を行使しました。──そして」


 立ち上がったゼノンに腕を振るうシンシア。

 すると彼の周囲に幾つもの魔方陣が出現し、いかにも体に悪そうな輝きがゼノンを包み込む。


「ゼノンにも同様の魔術を行使しました。さすがに【永劫の戦焔エオニオティタ・フロガ】の効果を完全に除去することはできませんが、一時ならば抑制できます」

「気が変わったぜシンシア……! テメェもこの場で殺す。

 首だけになったお前でも見せしめとしては十分すぎるだろうからな!」


 激怒の声とともに飛び掛かってくるゼノン。それを雄斗とシンシアは迎え撃つ。

 彼女の言う通り【永劫の戦焔】によって高まったゼノンの強さに変わりはない。だが継戦による強化はされないようだ。

 猛攻を振るうゼノンの前に雄斗は押されるがそれも最初だけだ。彼女がマリアたちに施した強化魔術が雄斗にもかけられ、五分に渡り合えるようになる。

 また適確な魔術のサポートと攻撃により戦況はあっという間に逆転し、雄斗たち二人が優勢となる。


「がああっ!」


 再び【雷交瞬刃】を食らい吹き飛ぶゼノン。

 すぐに起き上がるがその動きは鈍く、また攻撃を受けた個所も再生しない。


「テメェら、殺す。絶対に、殺す……!」

「いいえゼノン。これで終わりにします」


 シンシアはそう言って何故か幾重にも魔力障壁を発生させる。

 十を超えるそれを見て雄斗が面食らっていると、シンシアからの念話が聞こえてくる。


(雄斗さん。【万雷ばんらい閃刀せんとう】を空の魔方陣に投擲してください)

(空?)


 視線を向けて雄斗が驚く。

 いつに間にか頭上の空には【極魔の光輪】とはまた違う形の、太陽のマークに似た、複雑な文様が刻まれた魔方陣があったからだ。

 あれが何を意味するかはわからない。だがこれがシンシアが言うゼノンを倒すものであれば──


「わかった」


 雄斗は頷き、【万雷の閃刀】を魔方陣に投擲する。

 【万雷の閃刀】を飲んだ魔方陣は数秒後、魔方陣全体に無数の放電を発生させる。


「はっ。何だかわからねぇがあんな魔方陣が放つ一撃で俺が倒せるとでも」

「【万雷撃ミリアス・ケラヴノス】」


 シンシアが神威絶技らしき名を告げた直後、魔方陣より一筋の稲妻が落ちる。

 大きくも小さくもない普通の、一筋の稲妻。向かってくるそれに対してゼノンは余裕の笑みを浮かべて胸を張る。

 そして稲妻が彼に着弾した次の瞬間だった。凄まじい轟音と共に視界が白一色に染まった。 


「!?」


 突然発生した白一色──爆発に染められた視界。そして体全体を揺らすような轟音に思わず雄斗は姿勢を崩す。

 そして白の衝撃波は一瞬で雄斗たちの方に迫ってきた。凄まじい勢いでシンシアが張った障壁が割れていく。


(こ、こいつは……!)


 眩しさに目を細めながら雄斗も咄嗟に障壁を展開する。

 白の爆発はシンシアの最後の障壁でようやく止まるも瞬く間に無数の亀裂を生じさせる。それを見て背筋が凍る雄斗。しかしヒビだらけになった最後の障壁は破壊されず、爆発の光が収まるまで何とか保った。

 爆発が収まると同時、氷細工のように砕ける最後の障壁。それと同時に隣で物音が。

 視線を向ければ青白い顔をして地面に足をつけているシンシアの姿があった。そしてその瞳は元の空色に戻っている。【掌握】が解除されている。


「シンシア、大丈夫か!?」

「え、ええ。何とか……」

「あの魔方陣は一体何なんだ?」

「あれは【神威よ、刹那に輝けテオス・ランヴォール】。神財や神具に秘められた力を増幅して放つ神威絶技です」

「増幅って……一体どんだけだ」

「正確なところは私にもわかりません。

 ただかつて魔導王ニキアスがこれを使用して今と同じように【万雷の閃刀】を飲ませた時、追撃してきた【オリュンポス】の大軍を一撃で壊滅状態にしたと言われています」

「な……!」


 シンシアの話を聞いて雄斗は頬を引きつらせる。軍勢を滅ぼすほどの威力のあるものをこの距離で放ったのか。

 しかしこれだけの威力を放つ神威絶技を行使するならこれだけの消耗も納得だ。立ち上がろうとしている彼女に手を貸し起き上がらせ、共に爆発の中心に視線を向ける。


「ゼノン……」

「生きているのか、あいつは……?」


 爆発の大きさのためか、濃い煙が視界を遮っている。

 シンシアを庇い戻ってきた【万雷の閃刀】を手にして雄斗は慎重に歩を進める。そして髪を靡かせるような強い風が吹き、爆心地が明らかになる。


「……が、はっ。ごほっ」


 深く大きなクレーターの中心にゼノンの姿はあった。

 五体満足ではあるが精魂尽きたという有様。【狂乱の鋼剣】も遠くに転がっている。


「さて、どうするシンシア。この場で始末するか」

「……」


 沈黙──いや、逡巡するシンシア。

 それを見て雄斗は一人、クレーターの窪地に降りていく。


「雄斗さん!?ちょっと待ってください……!」


 驚き、そして制止の意が籠ったようなシンシアの声が聞こえるがそれを無視して大の字で倒れているゼノンの元に行く。


「よう、しぶとく生きているみたいだな」

「……鳴神、雄、斗」


 視線だけを動かすゼノン。

 数秒黙った後、彼は言う。


「殺せ……」

「そうしたいのは山々だが、あいにく俺ももう限界でな。捕まえることにするわ」

「テメェ……俺に生き恥をさらせってのか」

「知るか。だとしても負けたお前の事情なんだどうでもいい。

 生き恥をさらしまくって犯した罪を償え」


 そう言って雄斗は捕縛用の術符を使用。無数の魔力の輪がゼノンの体を縛り上げる。


「ここまでコテンパンにやられたら血が上っていた頭も冷えただろう。

 牢獄にぶち込まれるまで時間もあることだし、シンシアの話を聞いてやれよ」


 そう言って後ろを振り向くと、慌てた様子で窪地を降りてきたシンシアの姿があった。

 息を切らしているシンシアの肩を軽く叩いて雄斗は窪地に腰を下ろし、言う。


「言いたいことがあるなら今のうちに言っておけよ。多分、しっかり話せる数少ないチャンスだと思うぜ」

「……! 雄斗さん、ありがとうございます……!」

「礼はいい。ほら、さっさとする」


 そう言って雄斗は感謝するシンシアの背中を強引に押す。

 深々と頭を下げたシンシアは意を消した表情でゼノンの元へ。


「ゼノン。あなたは信じないでしょうけど聞いてください。

 【ハイペリオン争乱】のとき、最前線で戦う【古王の戦剣】には幾度となく援軍は送りました。

 そしてことが終わり調査したところ彼らは戦場に到着していないことが分かりました」

「はっ……。どうせ、【古王の戦剣テュラノス・スパズ】を気に入らない連中が、手を回して、どこかに、やっていたんだろう」

「いいえ。調査の結果、援軍は【異形王】の配下や敵対勢力から襲撃を受けてあなたたちの救援に行けなかったことがわかりました。

 彼らの大半は襲撃により死亡しており、ごくわずかに生存が確認された者からの証言です」

「……それだって、俺たちを気に食わない、一部の連中が、情報を流しでも、したんだろうさ」

「その通りです。しかし情報を流したのはわたくし達ではありません。

 当時の政府内に巣くっていた【神雷を制する天空スフラギーダ・ケラウノス】のシンパの者の仕業でした」

「……なんだ、と。でたらめを……」


 鬼の形相となるゼノン。

 しかし真摯な表情のシンシアを見て黙り、困惑の表情となる。


「…………本当、なの、か?」

「はい。その者たちは【神雷を制する天空】の上層部から不当な資金や財を受け取る代わりに我が【オリュンポス】軍の情報を流出させていました」

「それじゃあ……まさか、俺の仲間は、【古王の戦剣】達が全滅、した、の、は」


 戦慄に震えるゼノン。

 その時だ、周囲につい先ほど聞いた声が響き、それと同時に空から何かが飛来してゼノンの体に突き刺さる。


「がっ……!」

「ゼノン!」


 シンシアの悲鳴を聞いて駆けよれば、ゼノンの腹部に異様なオーラを放つ短剣が突き刺さっていた。


「フン、これだけお膳立てをしてやったというのにこの様とは。

 やはりトラーケ家の連中は使えんやつばかりだな」


 吐き捨てるように言うイグナティオス。

 再び姿を現した【神雷を制する天空】の盟主に雄斗が【万雷の閃刀】を構えた時だ、突然ゼノンの絶叫が周囲に響く。


「が、ああ、あぁああああぁああ!??」

「イグナティオス! ゼノンに何をしたのですか!」

「気にしている暇があるのか?」


 呆れたようにイグナティオスが言ったその時だ。もがき苦しむゼノンから膨大な魔力があふれ出す。

 他者を跳ねのけるようなそれにシンシアと雄斗は距離を取る。そして幽鬼の如くゆらりと立ち上がったゼノンは明らかに正気でない顔をこちらに向けて、神具を構える。


(あの短剣で操られているのか? 何とかあれだけ破壊することは──)


 雄斗が思う中、イグナティオスは面倒くさそうに雄斗たちを指差し、言う。


「さてゼノン。さっさと【アルゴナウタエ】の連中を始末しろ」

「……イグナティオス」

「うん? まだ意識があるのか」

「答えろ。【ハイペリオン争乱】の時、俺たち、【古王の戦剣】に送られていた、援軍を、【神雷を制する天空】が壊滅させ、ていたというのは、本当、なのか」

「ああ。その通りだ」


 平然と肯定するイグナティオス。

 すると雄斗たちに神具と戦意を向けていたゼノンは彼に向き直り、憤激する。


「お前、俺を、騙していたのかぁぁぁ!!」

「だから何だ。そもそも貴様に──いやトラーケの者に責められる謂れはない」


 ゼノンの血を吐くような叫びにイグナティオスは微塵も表情を変えず、言う。


「あの内乱の時、圧倒的優勢だった我らを裏切りゼウスに加担したのは貴様の父親だった。

 貴様の父親の裏切りさえなければ我らがこの十数年、苦汁の日々を送ることもなかったのだ。

 そんな男の息子である貴様を助け、贖罪のためにここまで使ってやったのだ。そんな私の慈悲深さがわからんのか」

「ふざけるなぁぁぁっっ!!」


 炎を放ちイグナティオスに飛び掛かるゼノン。

 しかし振り上げた大剣は届かない。イグナティオスの周りに発生した無数の魔方陣から飛び出したあの短剣が彼の体に幾つも刺さり、ゼノンの動きを止めたからだ。


「が、あ、あぁあ……!」

「やはり貴様も父親と同じく使えんな。だが使えないならそれなりの使い方はある。

 さぁ、さっさと【アルゴナウタエ】の者たちを殺せ」


 地面に落下したゼノンに汚物を見るような眼差しを向けて言うイグナティオス。

 そしてゼノンはゆっくりと体を起こし雄斗たちを見据える。十数本もの短剣が突き刺さった体からは過剰ともいえる魔力とオーラが溢れており、表情は一切の感情がない。先程以上におかしい状態だ。


「がああああああああっっ!」

「やめてゼノン! 正気に戻って!」


 完全に正気を欠いた、音が外れている叫びを上げながら突撃してくるゼノン。

 ゼノンに呼び掛けるシンシアを雄斗はタックルするように抱きかかえてゼノンの攻撃を回避する。


「馬鹿野郎! 何をやっている!

 見て分かるだろう。あいつは正気を失っている!」

「ですが……!」

「助けたいなんて我儘を入れる状況か! 見ろ!」


 雄斗がシンシアを抱きかかえて空に逃げた後、ゼノンは近くにいたマリアたちに向かっていた。

 率直に言うとその戦いぶりは凄まじく、そして悲惨の一言に尽きる。勢い任せ、力任せに飛び掛かるゼノンを避けてマリアたちは攻撃を繰り出す。

 しかし攻撃を受けるゼノンは何事もなかったかのようにマリアたちへ向かって行く。負った怪我も溢れ出る炎──【永劫の戦焔】がすぐさま癒してしまうが、そのたびにゼノンは五体を震わせ、血を吐き出していた。

 回復したというのに心身へのダメージ。明らかな神威絶技の過剰使用によるものだ。あの状態が続けばいずれ自壊する。


「ゼノン……!」


 完全な操り人形となってしまったゼノンを見てシンシアは悲痛な声を上げる。雄斗も表情を歪める。

 飛び掛かってきたゼノンの背後を取り蹴り飛ばす。数十メートル吹き飛んだ、しかしすぐに起き上がった変わらない様子のゼノンを見て雄斗は舌打ち。

 疲弊しているマリアたちの傍に駆け寄り、シンシアと転移符を押し付ける。


「マリア、雪菜とこの我儘姫と一緒にここから転移しろ。ゼノンの結界が消えた今なら転移可能なはずだ。

 あの二人は俺が引きつけておく」

「無茶だよ! 雄斗君の魔力も体力残り僅かじゃない!」


 血相を変え詰め寄るマリア。しかし雄斗はマリアのおでこをデコピンして、言う。


「お前な、こんな時のための【勇士を支える秘水エローエ・アクア】だろうが。

 ──秘薬よ、秘境に満たされている聖なる雫よ。窮地なる勇士に降り注ぎ、生命と力を与えよ」


 言霊を口にした瞬間、乾ききった大地のような雄斗の体に大量の魔力が満ちる。

 しかし傷ついた体や失った体力に変化はない。それを悟られないよう雄斗は三者に背を向けて言う。


「さぁ行け。俺も頃合いを見計らって離脱する!」

「雄斗君! ならせめてわたしも」

「雄斗さん! 私が共に残ります」


 同時に言葉を発するマリアと雪菜。

 それを聞き雄斗は眉を上げて振り向き、


「さっさと行け!」


 三人を雷で作った紐で束縛し、遠くに投擲する。


「きゃあああっっ!??」


 飛んでいくマリアたち。そして雄斗が魔力を込めた転移符を発動させて三人は消える。


「全く世話の焼ける……」


 そう言って雄斗は飛び掛かってきたゼノンが放つ大剣をかわし、背後に回り込んで蹴り飛ばす。

 そして空に浮かぶイグナティオスに言う。


「シンシアに逃げられたのに随分余裕そうじゃないか」

「何、ジョンの娘はそこの愚か者のやる気を出させるだけの餌にすぎん。必ずしも必要というわけではない。

 ──とはいえ貴様も負けず劣らずの愚か者といえるがな」


 静かに戦意と魔力を高めるイグナティオス。

 彼と、そして地面からゆっくりと立ち上がり狂戦士と化したゼノンを見据えて、雄斗は【万雷の閃刀】を構えるのだった。






次回更新は11月25日 夜7時です。 

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