八話
「【異形種】群、第二次防衛ラインを突破しました! 残存数は予測の範囲内です。
【清浄なる黄金の聖盾】は予定通り、第三防衛ライン到達まで殲滅してください!」
広々とした鉛色の屋内にアナウンスの声が響く。小さい艦船がいくつも並びそうに広いそこは【アルゴー】の最下層にある物資置き場兼艦船収納デッキのひとつだ。
それを聞き、雄斗は左腰に備え付けているもう一つの相棒の柄にそっと触れる。眼前に見える扉がゆっくりと開かれ、硫黄臭のような鼻を突く匂いと冷たい風が吹き込んでくる。そして視界に入るのは虹色の大地、【次元の狭間】の地表だ。
「やれやれ。相変わらず空と同じ色で方向感覚がわからなくなるな」
「大地の方は若干色が濃いよ」
「さぁ、今日は頑張って【お掃除】しようか」
にこやかに微笑んでマリアが言うと同時、【清浄なる黄金の聖盾】のメンバーは虹色の大地へ飛び出す。
そして五人は雄斗を先頭にした三角の形でこちらに接近してくる【異形種】の群れに突っ込む。
「鳴神君、【疑似神具】の扱いにはもう慣れたかな?」
「そこそこってところだ!」
四本腕の熊を消し飛ばしながら軽い口調で声をかけてくるマリアに、雄斗は雷撃を伴った斬撃で双頭の豚を両断する。
【疑似神具】。それは各多元世界の神具を分析、解析することによって造られた神具のことだ。名前の通り疑似であるそれらの力は本来の神具には及びないが、各世界にある魔道具よりはずっと高性能だ。
現在は【アルゴナウタエ】の戦闘部隊メンバーと各世界の主戦力である防衛組織に所属する者達が保持を許されており、【アルゴナウタエ】の上位部隊である【清浄なる黄金の聖盾】のメンバーはこれらをサブウエポンとして所持している。
「雷撃よ!」
飛び掛かってきた大猿の【異形種】に向けて、雄斗は稲妻を放ち焼き滅ぼす。
だが空中からの死角はそれで終わりではない。大猿の背後にいたと思われる子猿の【異形種】の群れが大猿が消し飛ぶ寸前、その背後から飛び出してきては雄斗に迫る。
しかし雄斗は慌てず距離一メートルを切った子猿たちに視線を向ける。すると主の戦意を感じ取った【疑似神具】が反応、雄斗の眼前に稲妻でできた刀を生み出し、その刃が子猿を貫通、消し飛ばす。
雄斗が手にしている刀の【疑似神具】の銘は【雲耀】。日本神話のベースとなった多元世界【高天原】に伝わる神具【布都御魂剣】をもとに作られた刀で、その能力は雷を操る。
また雄斗固有の【疑似神具】であることから彼自身に馴染むよう特別なカスタマイズもされているため、結果として雷の発動が以前に比べてずっとスムーズになり、また思った通りに操れるようにもなった。
今のような場面、以前なら一歩後退して切り払っていたが、雷の制御ができるようになった現在は今のように即座に雷撃を放って対処できる。
「ははっ。こっちも負けていられねぇな!」
「仲間への対抗意識を燃やすよりも、眼前の【異形種】を倒すことに集中しろ」
右側から聞こえるルクスとラインハルトの声。彼らもまた雄斗と同じく【疑似神具】を用いて【異形種】を始末している。
ルクスが握っている業火をまとう漆黒の大剣は多元世界【ユグドラシル】の炎の巨人スルトが持つ神具をもとに作られた【疑似神具】【黒の焔剣】。能力は見ての通り、炎を操る。
雨、風、稲妻の矢を放ち【異形種】を打ち抜くラインハルトの【疑似神具】は【颶風の弓】。インド神話の暴風神ルドラが持つ弓矢の神具が原型だ。
「ソフィアは鳴神君と【疑似神具】について、どう思うかな?」
「普通に扱えてるんじゃないの? 【疑似神具】も特におかしなところは見られないし。
あとは高ランクの【異形種】との戦闘の様子で判断すればいいんじゃないかな」
左側にいる少女二人も【疑似神具】を用いて【異形種】を掃討している。マリアは翼の生えたサイを盾で受け取めては彼方へはじき飛ばし、剣の切っ先より衝撃波放ち、貫く。
【防護の盾剣】。物理、魔術攻撃による衝撃を受け止め任意で反射、放出するマリアの【疑似神具】だ。
マリアの後ろにいるソフィアはいつものように無数の魔方陣を展開しながら魔術を使用すると同時、無数の鎖で周囲の【異形種】を捕らえ、彼らを操って同士討ちをさせている。
灰色の鎖は【獣縛の鎖】。【異形種】や亜族などを捕らえ、操る能力を持つ【疑似神具】だ。
「それにしても、いつものことだけど本当に面倒。なんでわざわざ死にに来るのかな。【掃除】するのも大変」
フルバーストの魔術で【異形種】を吹き飛ばしながらソフィアが言う。彼女の言う通りこの掃除──停泊している【アルゴー】に群がる【異形種】掃討は、本当に面倒だ。
安全領域の拡大に資源の採掘、未知の領域への探索など、【次元の狭間】にて常に動き続ける【アルゴー】。だが常に移動しているわけではなく、月に何度かは安全領域と定めた場所に戻り、船を休ませている。
安全領域とは比較的【異形種】の数が少ない、また低ランクの【異形種】が住むと認定された場所だ。現在認定された数十か所あるそこは【アルゴー】や各世界の次元航空艦の休憩所となっている。
しかし【異形種】はこちらの事情を一切考慮せず──当然だが──襲ってくる。半日程度なら可能性は低いが、停泊するとなるとほぼ数度は今のように【異形種】の群れが停泊している船に襲い掛かってくるのだ。
それらの【異形種】の討伐を【アルゴー】に住む者たちは【掃除】と呼んでいる。襲ってくる【異形種】はランクが低いくせに数だけは多く、鬱陶しいからだ。
「またきやがった! ……あーもう、【万雷の閃刀】で吹き飛ばしたくなるな!」
「駄目だよ鳴神君。省エネ省エネ!」
虹色の丘に新たに姿を見せた【異形種】の群れを見て雄斗はぼやくが、即座にマリアから突っ込まれる。
雄斗たちがサブウエポンである【疑似神具】のみを使い【掃除】しているのは、大量の【異形種】が襲撃し、戦闘時間が長く続くからだ。
記録では早くて数時間、長ければ日を跨ぐことさえあったという。神具や【神財】をいつも通り使用してればとても保たない。
それ故に魔力消費が少ない【疑似神具】を用いて【掃除】を行っているのだ。
「そろそろ交代の時間だ。最後まで油断せずに行こう!」
空から襲撃してきたプテラノドンのような怪鳥を吹き飛ばしながらラインハルトが言ったその時だ、背後の扉が開き、十数名の人と亜族の混合組──【清浄なる黄金の聖盾】とは別の戦闘部隊が姿を見せる。
それを見て雄斗たちは一斉に頷き、周囲に残っている敵に対して攻撃を放つ。五人同時の攻撃に下位ランクの【異形種】は消し飛び、それと同時に姿を見せた集団と入れ替わり、船内に入る。
数時間、下手をすれば数日となる【掃除】は当然一部隊で対応しない。雄斗たち【アルゴナウタエ】の戦闘部隊が数隊入れ替わりで交代しながら対処に当たる。
船内に入ってすぐ、周囲にいた支援部隊のメンバーが寄ってくる。彼らから疲労や負傷の確認をされ、休止ボトルや携帯食事を受け取り雄斗たちは休憩する。もちろん仲間や状況の確認も忘れない。
「そう、司令部は今回の【掃除】はタイプB型と判断しているんだね」
インカムで司令部の通信士と話すマリアの声を聞き、雄斗は思わずうげっと顔をしかめる。
【掃除】にはいくつかの種類があり、その一つであるタイプBとは【異形種】の大量襲撃による長丁場を意味している。
こちらに聞かせるためかマリアもより大きな声で話す。すると聞こえてきたのは先程雄斗達が倒した【異形種】は二千ほど。現在対処している部隊の殲滅数も同程度と見られており、この様子では同数かそれ以上の襲撃が数度は続くらしい。
(全力を出せないのに一瞬も集中を切らさず戦わなければならない。全く、キツすぎる【掃除】だ)
支援部隊の一人が持っているトレイからおにぎりを複数掴み、頬張りながら雄斗は思う。
正直な話、二千ほどの【異形種】の群に数回襲われる程度なら最初から全力で戦った方がいい。殲滅する効率もいいしリスクも少ない。
しかし【掃除】は原則、命の危機でもない限り【疑似神具】のみで対処するよう言われていた。マリアにその理由を問うと、
「【掃除】を行う理由は単に襲ってくる【異形種】を討伐するだけじゃないんだ。
長時間の戦闘を行いわたし達の耐久力やメンタル、魔力運用に制御を鍛えるためでもあるの」
そう言ったあとマリアは続ける。それらの鍛錬は当然雄斗たちは常日頃に行っている訓練メニューに含まれている。しかし訓練と実戦では効果が段違いのためだと。
また雄斗たち上位部隊の面々は用意された【疑似神具】に慣れておく必要もある。雄斗の主武装は当然【万雷の閃刀】だが、いつもそれを使えるとは限らない。
何かしらの理由で使用できない状況に備えて【掃除】という実践の場で使い、主武装と同じぐらいに扱えるようになっておかなくてはいけない、とのことだ。
八分目あたりまで腹が満ちた後、【雲耀】や自身の体を改めてチェックする。医療班も協力して精査される。
それらが終わり、新たな部隊が【掃除】を始めて三十分──休憩に入り一時間ほど経過したころ、部隊長の凛々しい声が周囲に響く。
「さぁ、そろそろ交代の時間だよ!」
マリアの声に雄斗たちは腰を上げる。そして先程の自分たちのように【次元の狭間】より船内に戻ってきた防衛部隊の面々と入れ替わるように外へ出ては、襲来した【異形種】の大軍を蹴散らし、また船内に戻り休息をとって、体力気力を回復させる。
それを三度ほど繰り返し、ようやく【掃除】が完了したという連絡が入る。それを聞き、船内にいる皆から歓声が沸き上がる。解放感に満ちた声だ。
「みんな、お疲れ様。これで今日の仕事は終了だよ」
雄斗たちや支援部隊の面々に声をかけるマリア。流石の彼女も表情に疲れの色があり、制服の所々が破損している。だが傷らしい傷は全くない。
そしてそれは雄斗を除く【清浄なる黄金の聖盾】メンバーもだ。一方の雄斗は左腕部と右足には包帯が巻かれており、うっすらと血がにじんでいる。
頑丈な【アルゴナウタエ】の制服にも無数の破損個所が見られる。それを見て交換だなと思い雄斗は項垂れるのだった。
◆
「よし、それじゃあ行くとするか」
いつもと変わらない虹色の空を見上げて、雄斗は歩き出す。
【掃除】から一晩明けた今日は休日のため、無地のTシャツに紺色のスラックスという私服姿だ。
雄斗達【アルゴナウタエ】の面々が暮らしている高層マンションから二、三分歩いての発着場に到着。予定時間よりやや遅れてやってきたトラムに乗って南部地区へ向かう。
「平和そうだなー。……一歩外に出れば地獄そのものなのに」
楽しげに遊ぶ子供たち。知人友人らと談笑している主婦や学生たち。トラムの中や移動中、窓の外から見えた平穏そのものの光景。それを見ながら昨日の戦いを思い出し、雄斗は小さく呟く。
ゆっくり、静かに進むトラム。そして一時間もしたころ目的地に到着し、雄斗は竜人の運転手に料金を支払い、外に出る。
発着場に降りた雄斗の視界に映ったのは一言で言えば繁華街だ。多くの人や亜族たちが道を行きかい、周囲には無数の高層ビルやデパートが立ち並んでいる。遠くには遊園地の観覧車も見える。
(本当、艦の上とは思えない光景だ)
今、雄斗がいるのは超大型次元航行艦アルゴーの甲板上の南部にある繁華街だ。南部地区と言われるここは各多元世界の企業が出展した店やデパートが集中している区域。東京で例えるなら渋谷、新宿といった感じだ。
今日ここにやってきた目的は、今まで来たことがない南部地区がどんなところか見て回るためだ。【アルゴナウタエ】に所属してから今までの休みも散策はしていたが、今までは自分が住んでいるマンションがある西部地区と本部のある中央地区が主だった。
ちなみにアルゴーの甲板上は大まかに五つの地区に区分されており、こうなっている。
中央地区:【アルゴナウタエ】本部ビル及び、それに関連した施設がある。
北部:各世界の大使館及び施設。各世界からの出向者の居住区がある。
南部:無数の繁華街にマーケットがああり、金や物が溢れている。各世界からやってくる次元航行艦を受け入れる港もある。
東部:【アルゴー】に住む一般の人間や亜族たちの居住区。学校などの教育機関もここに集中している。
西部:雄斗たち【アルゴナウタエ】の面々が住むマンションなどの居住区と【アルゴナウタエ】や各世界の軍艦が停泊する港がある。
「さてと、とりあえず適当に散策するか」
雄斗は先日購入したガイドブックをバックから取り出し、チェックを付けた店をめぐりながら区画をぶらぶらと歩く。
もちろんただ無為に歩いているわけではない。街の構造はもちろん人々の様子などもチェックする。休日とはいえ外は【異形種】ひしめく【次元の狭間】。
もちろん【アルゴー】も厳重な警備と守りを強いてはいるが、過去【異形種】に侵入され、惨劇が起きた事例も存在している。
「……ん?」
昼食を終えて再び散策しようとしたその時だ、遠くから男の怒鳴り声が聞こえてきた。
周りの人たちの視線の方向へ歩いていくと、道路の脇に立つ一組の男女の姿がある。
「このガキ! 何の権利があって俺に命令してやがる!」
「命令なんでしていません。ここは駐車違反の場所ですから車を止めるなと言っているだけです。早くどかしてください」
男の方は三メートル近い巨躯だ。四角い顔には傷跡もあり怒っているその顔は鬼のように見える。
尋常ではない長身と筋肉が身についたその姿は明らかに人のそれではない。【ユグドラシル】、または【オリュンポス】に住まう亜族、巨人族のようだ。
普通の人なら凄まれただけで腰を抜かしそうな男の強面だが、対峙する女性──というか少女は微塵も怯んでいない。というかあれは──
(叢雲じゃないか)
雄斗同じく私服姿だが間違いない。
雪菜は大正時代の女学生──ハイカラ風の服を身にまとっていた。休みな為か、いつもポニーテールでまとめている髪は流している。
「ガキ、【ヨトゥンの戦士】たるこの俺を真似た口をきいて、ただで済むと思っているのか!?」
男の叫んだ組織の名を聞き、雄斗は眉を潜める。
【アルゴナウタエ】が治安維持の名目て各世界に出向するように、【アルゴナウタエ】の本部である【アルゴー】にも各多元世界の大使と共に特別な部隊が常駐している。
【ヨトゥンの戦士】というのはその一つ。【ユグドラシル】より派遣されている部隊だ。
「あなたが? ……だとしたら【ユグドラシル】の誇る精鋭部隊【ヨトゥンの戦士】も大したことはなさそうですね。
ルール違反を平然としたうえ、駐車違反を咎められたのに直そうともしない。部隊の程度が知れます」
可愛い顔してズバズバと言う雪菜を見て、雄斗は目を丸くする。あの可憐な少女にこんな一面があったとは。
そして雄斗と同じく、まわりの人たちも驚いている。そして向かい合っている【ヨトゥンの戦士】である巨人族の男は青筋を額に浮かべ、発していた怒りが敵意に変わる。
「俺を、【ヨトゥンの戦士】を侮辱するとは、覚悟はできるんだろうな!」
言うと同時、巨人の男は雪菜に向かって拳を振り上げ、彼女めがけて降ろす。
大柄にしては早く無駄のない男の動作を見て雄斗が懐から呪符を取り出した時だ、雪菜は一瞬で男の懐に入り込むと腹部に掌底を放つ。
小さい手が男の腹部に触れると同時、まるで重いものが落下したような大きく重い音が周囲に響く。そしてそんな掌底を受けた巨人の男は前のめりに一回転し、背中から道路に倒れてしまう。
背中から倒れた【ヨトゥンの戦士】に所属する男はピクリとも動かない。どうやら完全に気絶しているようだ。
「すみません。この人を引き取ってもらうので警護隊の詰め所へ連絡をお願いできますか。【ヨトゥンの戦士】の方へは私が連絡しますので」
花が咲いたような笑みを浮かべて雪菜は近くの店の店員に告げる。その店員が戸惑いながらも言う通りにする中、雪菜は携帯電話を取り出しどこか──おそらく言った通りの場所──へ通話している。
しばらくして駆け付けた南部の警備隊と【ヨトゥンの戦士】たち。先程の男よりも屈強で大柄な男たちに囲まれながらも雪菜は平然として事情を説明。
その後、警備隊は気絶している男を器具で拘束し、【ヨトゥンの戦士】たちの長と思われる男は雪菜に対して申し訳なさそうに頭を下げた。
「さっきの男、なんでも【ヨトゥンの戦士】から除籍されたそうだよ」
「まぁ交通ルール程度も守れないんじゃ当然だな」
「しっかしさっきのお嬢ちゃんも凄かったな。大男を一発でノックアウトしていたし。どこかの戦闘部隊か、多元世界の防衛組織に所属しているのかね」
「東洋人ぽかったし、【八咫烏】か【天津衆】のどっちかかしら」
「いやいや【星の守人】って可能性も──」
揉め事が終わり集まっていた人達も散っていく。雄斗は横道にそれて彼らに流されないようにしながら、立ち去っていく雪菜の後をつける。
(この間は俺が覗き見されていたし、まぁいいだろ)
そんな言い訳をして彼女の後を追う雄斗。自分と同じく雪菜もいくつかの店に入りつつ、南部地区のあちこちを見回っているようだ。
そしてしばらくすると街中から離れる雪菜。彼女がやってきたのは南部地区の縁側にある公園だ。
何かを探すようにきょろきょろと首を動かしながら雪菜は歩を進めている。そしてその動きが止まり、早足となって駆けていく。そちらに視線を向けると噴水近くに鎮座している移動販売店が視界に映る。
アイスクリームかクレープ屋か。そう思ったが販売店の車体にはでかでかと和菓子専門店【甘露】と表示があった。確か日本神話世界【高天原】発祥の有名な和菓子屋だ。平日だというのに結構な人が集まっている。
しばらく並んだ雪菜が購入したのは手のひらサイズの大きな饅頭だ。ホクホク顔でそれを両手で包み、噴水近くにある空いているベンチに腰を下ろす。
雪菜は小さい口を大きく開けて饅頭を頬張り、そして幸福一杯といった表情となる。可愛らしさ三割増しと言った感じだ。
(そんなに美味いのか、あれ)
丁寧な所作で饅頭を頬張り、一口ごとに笑みを浮かべる雪菜。
あまりに美味しそうに食べるので雄斗が興味を惹かれたその時だ、偶然、雪菜と視線が合う。
「あ」
「……」
固まる両者。数秒硬直し、先に再起動した雄斗は無言で手を上げる。
すると雪菜は一瞬で顔を赤くし、わたわたと慌てる。その動きで半分になっていた饅頭が地面に落ちた。
「あ」
思わず雄斗は落ちた饅頭に視線を向ける。雪菜はそれを見て雄斗の視線を追う。
落ちた饅頭を見た雪菜は、瑞々しい野の花が一瞬で萎れたかのような落ち込み様を見せた。
「あー、その、なんだ。すまん」
落ちた饅頭のほうを向いて固まっている彼女へ雄斗は近づき、謝罪する。
顔を伏せていた彼女はピクリと肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げる。
「い、いえ。お気になさらずに。こ、こ、こんにちは鳴神、さん」
ひきつった笑みに目じりに涙をいっぱい貯めている雪菜。
それを見た雄斗は無言で移動販売店の方へ足を向けるのだった。
◆
「本当に、本当にすみません。醜態をさらしてしまって、お饅頭もいただいてしまって……」
「気にするな。というか俺が悪い。覗き見せずにさっさと声をかけるべきだったな」
雪菜の隣に腰かけ、七草団子を口にしながら雄斗は言う。雪菜の手元には雄斗が買ってきたあの饅頭がある。
本当なら自分の分を含め二つ買うはずだったが、販売店の店員から数量限定のため一人一つだけと言われたため、やむなく自分の分は七草団子にした。
さすがに饅頭を落とした雪菜の前で、あの饅頭を口にするほど雄斗は鬼畜ではない。
「そ、それにしても偶然ですね。鳴神さんが南部地区に来られているなんてびっくりしました。
いつもはマンションや本部がある西部地区や中央地区にいらっしゃるのに」
「あそこらはある程度は把握したからな。それにそろそろ【アルゴー】随一の繁華街がどんな感じか見ておきたかったし。
──ところで、なぜ俺が休みの時、西部地区や中央地区にいることを知っているんだ。休みの日、お前さんと会うのは初めてだと思うが」
「そっ、それはですね! 私も基本お休みの日は西部、中央地区にいますから!
たまに今日みたいに南部地区に遠出したりしますけど! そ、そう考えると、本当に偶然ですねっ」
「ほーう。偶然、ね」
疑惑たっぷりの声で雄斗は呟き、彼女を見る。視線が合うと雪菜は顔を赤くし、慌てた様子で弁解を始める。
「あ、あの、ですね。ほ、本当ですよ? べ、別に付け回したりしていませんよ」
「そうか、そうだよな。──この間の休み、【満腹一杯】での日替わり定食は美味かったな」
「あ、そうですね。鳴神さんがご飯を五杯もお替りしていたのでびっくりしました──はうっ!?
い、いいいいいいえ。この間は偶然です本当です!」
「饅頭、落とすぞ」
「え? あ、あわわっ!?」
再び手から落ちそうになった饅頭を慌てて両手で抑える雪菜。
実に可愛らしい。だが、それ以上にいいリアクションをする。雄斗の心中に悪戯心の花が咲く。
「……まぁいい。俺も今日あとをつけたから、おあいこということにしておこう。──どっこいしょ」
「あの……どうして距離をとるんですか?」
「ん? 別に距離を取っていないぞ。──ただちょっと身の危険を感じたから、いつでも逃げれるように姿勢を正しただけだ」
「み、身の危険って何ですかっ。それにどうして逃げる準備なんでするんですかっ」
「害がないとはいえ、さすがに休みの時にストーキングはされたくないからな」
「で、ですからっ、本当に偶然なんです! 信じてください~」
眦を下げ、目じりに涙を浮かべる雪菜。
もうちょっと遊んでいたかったが、この辺にしておこう。そう思い、雄斗は腰の位置を元に戻す。
「しかし、さっきの捕り物見事だったな。元【ヨトゥンの戦士】の男をああも一発で昏倒させるなんて、なかなかできるもんじゃない」
懐に入る動きにタイミング、繰り出した攻撃。どれも達人レベルだ。
彼女と同い年だった時の雄斗でも、あのような洗礼された動きをするのはちょっと難しい。流石はあの叢雲明の孫というべきか。
「み、見てたんですか? お恥ずかしいです……」
「別に恥ずかしくはないだろ。不審者や違法者の逮捕捕縛も俺たちの業務の一つだ。
それに叢雲がいざと言うときは頼りになるとわかったことも収穫だ。腕は立つが性根がダメダメなんて役立たずはそこらにいる。
警邏への対応といい俺よりしっかりしてると思ったぐらいだ。さすがは【七英雄】の血縁だな」
「……ありがとうございます」
なぜか苦い笑みを浮かべる雪菜。
それを見て雄斗ははて、何かまずいことを言っただろうかと心中で首をかしげるが、雪菜から触れてほしくなさそうな気配を感じたため、話題を変える。
「ところで叢雲、今日はまだ南部地区にいるか?」
「はい。あと一時間ぐらいしたら帰ろうと思っていますけど……」
「そうか。ならそれまで南部を案内してもらえるか。一応俺もガイドブックは購入したが知っている人がいると、より分かりやすいからな」
「は、はい。わかりました。私でよろしければお付き合いさせていただきます」
「ありがとうな。お礼にあとで菓子でもおごるぜ。──あと、俺へのストーキングも一回は許してやろう」
「で、ですから、ストーキングはしていませんーっ!」
さすがに少し怒ったような顔になる雪菜。弄りすぎたか。
「あれ?」
「どうした。……なんだ、マリアの奴か。
ってあいつ、どうしてここにいるんだ」
本来彼女も休日のはずだが、今日は緊急の会議にソフィアと一緒に調べものをするらしく、[休みが半日潰れちゃったなぁ」と昨日ぼやいていた。
雪菜と同じく私服姿──上は白のTシャツ、下は青のロングパンツという非常に動きやすそうな恰好──で両手には膨らんだ買い物袋。なにやら急いでいるらしく、早足で人ごみの中を歩いている。
その姿が群集に紛れようとした時だ、左手に持っていたLサイズの袋が何かに引っかかり破け、中身が飛び出してしまう。
「あ……」
「手伝うか」
「あ、はい」
団子のくしをごみ箱に入れて雄斗は立ち上がり、雪菜も続く。
ころころと周囲に転がっていく果物や野菜。それをマリアがやや焦った様子で回収している。
「あ、鳴神君、雪菜ちゃん」
こちらに気づいたマリアが顔を上げるが雄斗は手でそれを制すると、近づいてくる途中見つけた彼女の手に渡し、遠くに転がっていった別の果物を探すため背を向ける。
さすがに三人で探し回収する──通りかかった何人かも近くにあった野菜を手渡ししてくれた──と転がった野菜や果物を集めるのは速かった。三人は両手にそれを抱えた状態で道のわきに逸れる。
「二人ともありがとう。助かったよ」
「それはいいとしてこれ、どうする? 結構な量があるぞ」
そう言う雄斗の視線はマリアの左に下げてある破れた買い物袋に向けられている。
古い布製の袋には見事な大穴が開いている。直せばまだ使えそうだが、さすがにこんなところで裁縫できるはずもない。
「大丈夫。こうするから」
そう言ってマリアは正面に青の球体を発生させる。よく見るとそれは水で瞬く間に風呂敷のように広がり、そこへマリアは両手に抱えていた果物と野菜を置く。
同様に雄斗と雪菜もそうすると、水の風呂敷はそれを包み、マリアの頭上に浮かび上がった。
「いいのか? こんなことに力を使って」
「ちょっとぐらいらな平気だよ。
ところで二人とも、どうしてここに? ……もしかして、デートかな?」
「違う」
「ちちち、違いますっ!」
愉し気に微笑むマリアに雄斗は嘆息、雪菜は顔を赤くして否定する。
「と、ところでこんな沢山の野菜に果物、どうしたんですか?」
「ちょっと新しい料理の練習をしようと思ってねー」
そう言ったマリアは少し俯く。そしてにこりと笑って、こちらを見る。
「二人とも、時間あるかな。
さっきのお礼もかねて料理をご馳走したいんだけど」
「それっと新料理の毒見役じゃないか?」
「鳴神君、失礼だなー。わたし、そこまで料理下手じゃないよ。──まぁ、食べた人の感想が聞きたいとは思っているから、当たらずとも遠からずだとは思うけど」
臆面もなく言うマリアへ雄斗は思わずジト目となる。
この女、相変わらず公の場でないときははっちゃけている。そう思いつつも断る理由もない雄斗は頷く。
「街を見てまわるのも急がないし俺は別にいいぞ」
「わ、私も構いません」
「ありがとう。それじゃあ、行こうか」
周囲から奇異の目で見られながら、水の風呂敷を浮かせたマリアと共に雄斗たちはマンションがある西部地区へ戻る。
帰る途中、マンションのすぐ側にあるスーパーマーケットでいくつかの品々を購入し、マンションへ到着。マリアの住む自宅に入る。
「さてと、それじゃあ始めようかな」
テキパキとした動きで道具や料理具材を並べ、エプロンをつけたマリアはそう言って包丁を手に取る。ちなみに隣では雪菜も料理を作り始めている。
マリアからは料理ができるまでのんびりしているよう言われたのだが、雪菜は何もしていないのは落ち着かないと言って手伝いをマリアに申し出たのだ。
そして雄斗はリビングのソファーを占拠しながら料理をする二人に視線を向けている。雪菜同様何か手伝おうかと申し出たが、さすがに三人が料理できるほどキッチンは広くなく、待っていてくれと言われたのだ。
(うむ、絵になるな)
率直に優斗は思う。どちらも高水準の美女と美少女である。エプロン姿で並ぶ姿は麗しいの一言だ。写真でも撮りたくなる。
また二人は談笑しながらよどみなく手を動かしており、その動きは料理に慣れた人のそれだ。これなら料理の方も心配なさそうだ。
「……ん?」
ただぼーっとしているのも何なのでTVでも見ようかと思い、リモコンを探していた時だ。正面に見える台の上に三つの写真立てがある。
クラシカルな時計の横においてるそれらに近づく。左端の写真は子供たちが集まっている集合写真。真ん中は褐色の肌の陽気そうな美女とその美女の手が肩に置かれ、緊張している中学生ぐらいの少女の姿がある。そして右端は真面目そうな男性とともに並び立つ、今より少し幼い印象のマリアを含めた数名の男女が映っている。
「その写真、気になる?」
いきなり問われ後ろを見ると、手に小皿を持ったエプロン姿のマリアが立っていた。
彼女は無言で小皿をこちらに差し出してきた。味見をしろということらしい。それを受け取り「美味い」と感想を言うとマリアは微笑む。
「一番右はお前なのはわかる。だが残り二つはなんだ?」
「どちらにもわたしは映っているよ。左は孤児院の友達と一緒に取った集合写真で、真ん中は先代のアナーヒター、ファルナーズ様とのツーショット」
そう言ったマリアはテレビのリモコンを手に取り、雄斗に差し出す。
「気になるなら教えてあげてもいいけど今は料理中だから、夕食のときにね」
そう言って彼女は再びキッチンに戻っていく。雄斗は小さくため息をつき、再びソファーに腰かけTVのスイッチを入れる。
時刻が午後四時と言うこともあって、TVに映るのは【アルゴー】や各多元世界のローカル番組だけだ。ただその中に愛理が好きな子供向け番組があったので、とりあえずそれを見て──時折、先程のように味見をされながら──暇をつぶしておく。
「できたよー」
呼ばれてキッチンに行き、テーブルに所狭しと並べられた料理を見て、雄斗は目を丸くする。
「左側は日本、【高天原】系統の料理なのはわかる。だが右側は何の料理だ?」
「【アヴェスター】の一般食だよ。ムンドゥスで言うと、中東料理がもっとも似てるかな」
多元世界とその神話が残っている【ムンドゥス】の地域は文化や歴史は似る傾向がある。
例えば日本の朝食の定番と言えるご飯とみそ汁は、【高天原】でも一般人に広く流布している。
「【アヴェスター】の料理はわたしが、【高天原】の方は雪菜ちゃんが作ってくれました。さすがの出来栄えです」
「い、いえ。普通ですよ」
マリアに頭を撫でられる雪菜。照れつつも、まんざらでもない様子だ。
六時前という、夕食には早い時間だが冷めてしまっては美味しくないということもあって三人は手洗いうがいをして席に着き、料理に手を付ける。
最初はマリアが作った【アヴェスター】の料理に手を付け、各々感想を言い合う。触感や味を聞いたマリアは真剣な表情でふむふむと頷く。
【アヴェスター】料理の感想会が終わると三人は雪菜が作った【高天原】の料理に手を伸ばす。雪菜の料理は両親が作っていた料理とは微妙に違う味や触感だが、美味しいことは共通しているため、箸は止まらない。
「そういえばさっきから思っていたけど、お前たち妙に仲がいいな」
お茶の入った茶碗から口を離し、雄斗は言う。
先程料理する姿に今目の前で食事をしながら歓談する様子。また二人は帰宅途中でも楽しげに話していた。
ただの仕事仲間、同僚と言うよりは友達と言ってもいい感じだ。
「昨年の秋、私が【アルゴナウタエ】に来てしばらく、マリアさんにはいろいろとお世話になったんです」
「グレンくんのところは全員男だからね。グレンくんたちの中で一人肩身を狭そうにしている雪菜ちゃんを見て、わたしが声を掛けました」
豊かな胸を揺らし、どや顔でマリアが言う。
「雪菜ちゃん、わたしたちの部隊に来たければいつでもきていいからね。ソフィアも喜ぶよ」
「ありがとうございます。でも今は大丈夫です」
「そっかー。それは安心だけど寂しくもあるね。──そうだ、一時鳴神君とトレードできないか明日でもグレン君に聞いてみようかな」
「そ、それはさすがに難しいんじゃないでしょうか……」
「つーか人をダシにするなよ」
「あはは、冗談だよー」
からからと笑うマリア。全くよく表情がころころと変わる奴だと雄斗は心中で嘆息する。
「ところでどうして【アヴェスター】の料理の練習なんかしたんだ? 仲のいい友人にでも食べてもらうのか」
「ちょっと正解かな。正確には明日、わたしがお世話になった孤児院に作りに行くんだ」
「孤児院……。さっきの写真のあれか」
マリアは頷き席を立つと、三つの写真立てを持ってくる。
「前にも言ったと思うけどわたしは鳴神君と同じで【ムンドゥス】出身なんだ。
イタリアのミラノで生まれて、代々魔女の血と力を受け継いできた家で7歳まで平和に暮らしてた」
孤児院の写真が納まっている写真立てをなぞりながらマリアは言葉を続ける。
「でもミラノに襲来した【異形王】に両親が殺されて、そのあと叔母が経営している【アルゴー】の孤児院に引き取られたの。
来たばかりのころは亡くなったお父さんお母さんが恋しくて泣いてばかりいたけど、孤児院を経営している叔母のリタさんや孤児院のみんながやさしくしてくれて、徐々に元気になりました」
微笑み写真の中央を指差すマリア。そこには無邪気に微笑む少女──おそらくマリアだろう──と、その少女に似た顔立ちの女性がいる。これがマリアの叔母なのだろう。
「んでそのあと、先代のアナーヒターと出会って、後継となったのか」
「うん。わたしの通っていた学院に視察にきて、スカウトされたの。
神の後継者候補なんて恐れ多くて最初は断ったけど、叔母さんや皆からもいろいろ言われて、申し出を受けたの」
「それで見事神の座を引き継ぐとは。流石としか言いようがないな」
賞賛を込めて雄斗は言う。だがマリアはなぜか苦い笑みを浮かべて「ありがとう」と言葉を返してきた。
「ついでに聞くが最後の一つ、数年前のお前が映っているこれはなんだ?」
一番右に立てかけてある写真を指差して雄斗は問う。
写真に写っている緊張したような顔のマリアは幼い。今のような美女に近い顔立ちではなく、雪菜と同じ美少女に寄った顔立ちだ。胸も小さい。
「これは三年前、わたしがアナーヒターとなった直後の写真だよ。映っている人たちは神になったばかりのわたしのお世話やフォローをしてくれた人たちなんだ。
この人たちがいたから今、わたしはこうして何とかアナーヒターとして頑張れているわけです」
懐かしさと感謝を面に出してマリアは笑みを深くする。
雄斗は改めて写真に写っている数名の男女を見る。彼ら一人ひとりが相当な傑物であることは、写真越しでもすぐに分かった。
特に緊張した様子のマリアの隣にいるターバンを巻いた穏やかそうな笑みを浮かべている二十代の青年。彼はその中でも別格だ。おそらくマリアと同じ、何かしらの神格を受け継いだ者なのだろう。
「改めて思いますけど、マリアさんは本当に凄いですね。14歳でアナーヒターの座を受け継いで、今まで立派に務めを果たしてる。本当、凄いです……」
「そんなことはないよ。わたしだっていろいろ失敗して今こうしているし。
まぁ大きな失敗がないのはファルナーズ様はもちろんリタさんや孤児院のみんな、シャハブさん達が力になってくれたからだよ。
雪菜ちゃんだってお父さんやお母さん、お兄さんとお姉さん。それにお爺さんがいろんなことを教えて、鍛えてくれたから、今ここにいるんでしょう?
いろいろ思うことはあると思うけど、自分が駄目だとかそう言うことはあんまり思っちゃ駄目だよ」
頭を撫でられてそう言われた雪菜は眦を下げ、力なく頷く。その様子から、雪菜も英雄の血族と言うことでいろいろなことがあったのだと察する。
雪菜の内情を知ったような言葉は少し気になったがそこは言及せず、雄斗は言う。
「絶対じゃなくて、あんまりなのか?」
「絶対なんてどう考えても無理だからね。時々落ち込むぐらいは仕方ない。
でもそう思っても立ち上がって前に進めばいいんだよ」
実感がこもったマリアの言葉。おそらく彼女もそうだった──いや、もしかしたら今もそうなのかもしれない。
神になって世界と言う巨大なものと向き合い、時には落ち込むこともあるのだろう。だがそれに堪えて日々を過ごしている。本当、雪菜の言う通り、凄い奴だ。
「鳴神君も【万雷の閃刀】を持っているから、これからいろいろ苦労すると思う。だから、今のわたしのありがたい言葉をよく覚えておいてね」
「ありがたいとか、自分で言うのか……」
「一応ですけど女神の助言ですから。少しはありがたみがあると思うよ」
そう言ってマリアはウインクして微笑む。口調こそ軽いが、言葉には真摯な気遣いが感じられる。
「わかったよ。心に留めておいて一年間頑張るとするさ」
「わたしとしてはもっと頑張ってほしいんだけどな」
「それは断る。
──そうだマリア、明日俺も孤児院に行ってもいいか? 子供と戯れて癒されたい」
子供と遊ぶのは嫌いではない。時折筋違いに怒ったり我儘を言ったりするが、無邪気な元気さと素直さは戦いで疲弊する心を癒してくれる。
【アルゴナウタエ】に所属して数週間、愛理とは数回電話越しで話してはいるが会っていない。我慢はできるが機会があるのなら子供と触れ合いたいものだ。
そう思いながら新たな料理に手を伸ばそうとした時、雄斗は気づく。なぜかマリアと雪菜はこちらを警戒する目で見ていることに。
「鳴神君、わたしは少しのことでは怒らないけど、孤児院に子供たちに何かしたときは容赦しないからね?」
「鳴神さん……」
「オイ待て。お前たちは誤解している。俺はただ素直で無邪気な子供たちと触れ合いたいだけだ。
……だから、なんで犯罪者を見る目で俺を見る!?」
警戒を強める二人に雄斗は慌てて弁明。
ゆっくりしっかり胸の内を語るとようやく二人はいつもの表情に戻った。
「そういうことなんだ。うん、わかった。それじゃあ明日は一緒に孤児院に行こうか」
「全く……。まぁわかってくれたようで何よりだ」
「あ、あの。私もご一緒していいですか」
「もちろん。雪菜ちゃんは久しぶりだから、みんな喜ぶと思うよ──」
楽しそうに明日のことを話す二人。その姿に雄斗は仲睦まじい妹と義姉のことを思い、唇の端を曲げるのだった。
次回更新は4月19日7時です。