十五話
「当時、わたくしの目は閉ざされていました。
原因は【神戦を支配する天眼】との適性が高すぎたからです」
シンシアが言うと同時、蒼穹の瞳が黄金色──フクロウのそれへと変化する。
「【七英雄】が一人、魔道王ニキアスが残した【七雄神財】。わたくしは十数年ぶりに発覚したこの神財の適性者でした。
ですが適性がありすぎたため継承してすぐに視力を失いました。さらに神財からの過剰な魔力供給により魔術の行使も上手くいかなくなりました。
それでもわたくしは現ゼウスの娘。王女としての責務があります。父の名代としていくつかの仕事を任されたわたくしは五年前、【ムンドゥス】を訪れ、当時【陰陽寮】の【十二天将】であり随一の腕を持つと言われていたあなたのお兄様、鳴神元気様とそのお仲間たちに護衛を依頼したのです」
「……なるほど、な」
言われて雄斗は思いだす。シンシア──いや、シア・リコボースに付き添った時、幾度かだが彼女が会議に参加しようとする姿を。
その時雄斗は傍に護衛である女性、キアラが傍にいたのでシンシアはお飾りかと思っていたのだが、違ったようだ。
(兄貴も失礼がないよう念押ししていたのはこういう理由だったのか……)
実際のところ、失礼を働きまくったことしか思い出せない。
当時のシンシアはほとんどの場合でとにかく暗く、声も小さかった。こちらの物言いにムッとしても雄斗が凄めばキアラの影に隠れ、それを察したキアラが二人の仲裁に入っていた。
しかしいざ【東京事変】が起こり戦いとなると、シンシアの存在は頼りになった。魔術の行使が上手くできなかったと本人は今言ったがとんでもない。
剣技は優れていても魔術はからっきしな雄斗。魔術や武芸に長けてはいるも古傷があったため継戦力に欠けていたキアラ。そんな二人に対し、シンシアは多彩な、それも中級レベルの魔術を行使したため、それが幾度となく雄斗たちの命を救う、危機を脱するカギとなった。
それでも最後はキアラは自分たちを庇い、兄たちが駆けつけた直後に亡くなったが。
「しかしまさかあんたがあの時のお嬢様だったとはな。
共通点が銀髪しかない上変わりすぎて全く分からなかったぞ」
「わたくしも【東京事変】や、あの後も色々ありましたから。【神戦を支配する天眼】も使いこなせるようになりましたし」
空色に瞳を戻し、シンシアはこちらを見据える。
「さて、話を元に戻しますが、わたくしもキアラも、あなたをこれっぽちも恨んではいません」
「……正直に言うが、信じられんな。キアラさんの遺体に縋り付いて泣くあんたを見て、はいそうですかと思えるほど俺は楽天家じゃない」
過去のシンシアは寡黙で暗く、引っ込み思案だった。
そんな彼女がキアラが斃れた時は酷く取り乱し、泣きじゃくった。まるで親や兄姉に縋り付く子供のように。
あの姿を見ればどれほど大切だったのか。誰にでも察することができる。
「そうですね。何も思うところがなかったと言えば嘘になりますが、それでも深く感謝をしています。
わたくしを守るために戦ってくれたことを。キアラの死に涙を流し、憤ってくれたことを」
「……」
短い間だったが当時の雄斗にとってキアラは頼れる大人であり、信頼できる戦士だった。
シンシアと揉めそうになるといつでも仲裁に入り、兄たちと離れ心細かった雄斗を何度も励ましてくれた。
継戦力こそなかったがベテランらしく絶妙な戦いぶりで共に戦、幾度も助けられた。
それ故に彼女が致命傷を負い亡くなったとき、瞳に涙が盛り上がってくるのを堪えることができなかった。
「きっとウィルマも同じです。
確かに雄斗さんはウィルマのお父様を手にかけたのでしょう。──でも、それだけならあの子はあんな顔はしません。
もどかしいような、やりきれないような顔は」
シンシアの表情が変化する。儚げな、いや悲しげなものへと。
どうしてそんな顔をするのかわからない雄斗は困惑し、ふてくされたように言う。
「俺にどうしろって言うんだ」
「もう一度、ウィルマと話し合ってください。そして今度は本音をきちんと伝えてください。
それを聞いて彼女がどう思うかはわかりません。ですが今回のように喧嘩別れをするようなことはないでしょう」
本音を伝えたところで事実は変わらない。そう言おうとして雄斗はこちらを見つめるシンシアを見て言葉に詰まる。
蒼穹によく似た水色の眼。こちらの全てを見透かしているような、真っすぐで静謐な眼差し。
雄斗は眉を潜め、唇をへの字にし、大きくため息をついて、言う。
「……俺は明日の昼の便で【オリュンポス】を離れる。その前の午前十時ぐらいなら時間が空いているが」
「わかりました。会う場所のセッティングはわたくしにお任せください。二人が話せるようしっかりと準備しますので」
「ああ……」
何故か我が事のように微笑むシンシア。その笑顔があまりに眩しく感じられたので、雄斗は熱くなる頬を見られまいと遠くを見ようとした時だ。
墓地の入り口付近から何者かの探るような視線を感じ反転、シンシアを庇い【万雷の閃刀】を手元に呼び出す。
「──そこに隠れている奴、出てこい。五秒以内に姿を見せないのであればこちらから仕掛ける」
「ちょ、ちょっと待って! わたしだよ!」
「今、出ていきますから!」
慌てた声と共に姿を見せる二つの人影。それを見て雄斗は呆気にとられる。
「何でお前たちがここにいる」
姿を見せたのは【アルゴナウタエ】の正装を身にまとうマリアと雪菜だ。
「そりゃあもちろん、明後日から行われる世界会議に参加するためだよ」
「俺が聞いているのは何で隠れていたのかってことなんだが」
誤魔化すように胸を張るマリアに雄斗は冷たい眼差しを向けて言う。
うっと表情を強張らせるマリア。しかしすぐに毅然とした──どこか開き直ったようにも見える──態度になり、
「わたしと雪菜ちゃんは特に急ぎの仕事もなかったから気晴らしに街に出ていたの。
そうしたら雄斗君たちを見かけて。雄斗君がシンシア様に何か失礼なことをしないか見張っていたのよ」
「それとヴィルヘルミナ様たちとただならない様子だったのが気になりまして。
その、後をつけてしまいすみません……」
素直に謝る雪菜。隣にいたマリアも気まずげな顔で謝罪する。
「それよりも! 雄斗君彼女に何を言ったの? あの子泣いていたよ」
「もしかして会いに来たという昔のお知り合いなんですか? でしたら早めに仲直りした方がいいと思いますが」
「お前たちには係ない」
過去のことを口にしたことやシンシアとの会話のせいか、気持ちが落ち着いていない雄斗はいつになくつっけんどんな口調で言う。
マリアは眉を下げ、雪菜は怒られた小動物の如くしょげ返る。
「雄斗さん。仲間であり婚約者であるお二人にその物言いは……」
「もう婚約者じゃない。先日破棄を言い渡したところだ」
「え?」
「それと、仲間だからと言って何でもかんでも干渉されたくはない。あの一件は俺とヴィルヘルミナの問題だ」
「それはそうかもしれませんが……」
シンシアが言葉を続けようとしたその時だ、突然空が暗くなる。思わず見上げれば頭上には巨大な航空艦の姿があった。
「世界会議に参加する各世界の艦か? にしては随分低空を飛んでいるような……」
「いえこの艦は【オリュンポス】の航空艦です。でもこんなにリトボスに接近するはずが……」
不可解な声音でシンシアが言ったその時だ、雄斗たちの体がいきなり重くなる。
「なっ!?」
「きゃあっ!」
「痛っ!」
「くっ!?」
唐突な変化に四名とも体勢を崩す。マリアと雪菜は転び、雄斗とシンシアは倒れはしないが地面に片膝が突く。
明かな異常事態。そう思い魔力で体を強化して立ち上がったその時だ、頭上の航空艦から巨大な魔力が二つ、降りてくる。
「お前……!」
「よう鳴神雄斗。昨日ぶりだな」
一つは昨日オトリーズにて戦ったゼノンだ。神具である大剣を肩に担ぎ、愉悦の笑みをこちらに向けている。
そしてもう一人降下してきたのは王族が身にまとうような華美な服装を着た三十代ぐらいの男性だ。シンシアと同じ銀髪蒼目の持ち主で、こちらに向ける眼差しには蔑視しかない。
「あなたは……!」
「久しいな、愚かなジョンの娘よ」
かつてないほど敵意をあらわにするシンシア。しかし当然だ。
目の前の男は雄斗も知っている。イグナティオス・ミディカス・ウラノス。天空神ウラヌスを継承した神であり、【神雷を制する天空】の盟主だ。
そしてシンシアにとってはそれだけではない。同じミディカスの姓を持つ血縁者でもある。
(確か次代のゼウス候補筆頭だった男だな。
だが【オリュンポス内乱】にてゼウス様改革派に敗れて失脚。【神雷を制する天空】を作り上げ、十数年にわたりテロ活動を続けている……)
雄斗は警戒レベルを最大に上げ、いつでも【掌握】するようにする。
かつてゼウスと争い今なお生き延びているイグナティオス。彼から放たれる圧や内に秘めた力は相当なものだ。シャハブやアルシアと遜色なく感じる。
「ゼノン! あなたまで……! どうしてですか!?」
「テメェの胸に聞け」
シンシアの問いに冷たく返し、ゼノンは雄斗を視線を向ける。
戦意と殺意に満ち満ちた眼。殺る気十分のそれだ。
【万雷の閃刀】を呼び出す雄斗。後ろでも小さな金属音が聞こえ、マリアや雪菜が静かに戦意を放っている。
「【アルゴナウタエ】の雑兵どもか。我が【空圧】を跳ねのけるだけの力はあるようだ」
「この程度、グラディウスの圧に比べたら大したことはねぇよ」
シンシアを庇うように前に踏み出して雄斗は【万雷の閃刀】を構える。
それを見たイグナティオスは軽く目を動かす。
「なるほど。貴様が昨日、ゼノンを撤退させた【万雷の閃刀】の所持者か。名は確か……。
まぁいい。ゼノンを逃がす程度だ。大したことはないのだろう」
イグナティオスの言葉にゼノンは鬼の形相となるが、何も言わずそれを雄斗に向けてくる。
八つ当たりすんなよと雄斗が思っているとシンシアが雄斗の隣に並び、言う。
「これはどういうことですかイグナティオス。世界会議を目前に控えた今日に襲撃してくるとは。
──本気でお父様や他の世界のトップを怒らせたいんですか」
「ふ、ジョンや我ら我ら正統なる【オリュンポス】の後継を蔑ろにした他世界のトップの怒りなど、我ら長い間味わった苦渋と憤激に比べたら大したものではない。
戦いとなるならば大いに結構。これは聖戦なのだから、立ちはだかる敵は我らが正義の元に打ち倒すだけよ」
シンシアの怒りを一顧だにしないイグナティオス。直後、背後からいくつもの爆発音が聞こえてきた。【神雷を制する天空】の襲撃だろう。
「正気ですか。あなたたちの規模で私達や【世界会議】のために訪れている各世界の神々を相手にできるとでも──」
「それを今、証明しているところだ。──来い、ディケオスィニ」
イグナティオスが腕を振り上げた直後、頭上にある艦より複数の機械人形が姿を見せる。
屈強な兵士を模した形をしている高さ五メートルはありそうなこれはタロス。【オリュンポス】にて作られた魔導人形だ。
しかし【神雷を制する天空】や【オリュンポス】政府が使用している魔導人形とは細かなところが違う。【神雷を制する天空】製の魔導人形なのだろうか。
「往け」
主の言葉にタロスは瞳を輝かせると、手にした武器を振り上げて雄斗たちに接近してくる。
巨体に反して速いその動きに面食らう雄斗だが、タロスの攻撃を跳躍してかわし【万雷の閃刀】を振るう。
放たれた雷撃や斬撃が一撃で接近してきたタロスを破壊する。
(魔導人形にしては高い性能。──だがこの程度は俺たちの敵じゃない)
後ろに視線を傾けるとマリアたちも襲ってきていたタロスを粉砕している。
雄斗の隣にいたシンシアも【神戦を支配する天眼】を輝かせて放つ巨大な雷でタロスの半身を消し飛ばしていた。
「こんなもんで俺たちの相手になるとでも──」
残骸の傍に降り立ち雄斗が言ったその時だ、破壊されたトラスの体から白い網目状の球体が飛び出してきた。
それを見た瞬間、触れたらまずいと思った雄斗は距離を置く。直後、球体は空中で広がりネットとなって地面に落ちる。
「なんだありゃ……!?)
そう思った直後だ。後ろから小さい悲鳴が聞こえ振り向くと、雪菜とマリアの体に先程見たネットが絡みついていた。
「な、何ですかこれ……!?」
「もう、さっさと取らないと……!」
戸惑い、愚痴りながらマリアたちは絡みついたネットを魔力で吹き飛ばそうとする。
だがどうしたことか、ネットは少しも動かずマリアたちの体に絡みついたままだ。
「おい、何を遊んでいる。さっさと魔力圧で吹き飛ばせ!」
「やっているよ! でもなぜか吹き飛ばないんだよ」
「それに体の魔力の巡りが極端に遅くなっています……!」
「何だって……!? まさか!」
雄斗は傍にあるネット、そしてイグナティオスを見る。彼は雄斗とその背後──身動きが取れなくなっているマリアたちに愉悦の笑みを向けていた。
「イグナティオス!」
そう叫んだシンシアがイグナティオスに向けて巨大な火炎を放つ。
その巨大な火球に前に降り立った新たなタロスは両腕を広げて受け止める。瞬く間に体が溶解する魔導人形だが、内部機構が見えた瞬間、シンシアに向けて白い網目状の球体が飛び出す。
飛び出し空中で広がるネットを見てシンシアは横に避けるも広がったネットが彼女の左足に絡みつく。するとシンシアの【神戦を支配する天眼】の輝きが消えて、空中で姿勢を崩す。
「姫さん!? やはり……!」
落下しているシンシアの元に駆け寄り雄斗は【万雷の閃刀】を一閃。絡みついたネットを切り離す。
そして彼女を抱きかかえマリアたちの元に直行。剣を振るい彼女たちに絡みついていたネットを両断。自由を取り戻す。
「このネット。どういう理屈かわからないが魔力を阻害する効果があるようだ。
しかし神の力すら抑え込むとは……!」
「おそらくこれもこの見慣れないタロスもヘパイストスが生み出したものでしょう。
彼はかつて前政権にて軍の兵器開発の責任者でしたから」
シンシアの言葉に雄斗は先日出会ったヘパイストスを思い出す。
一見ただの科学者に見えていたがこちらに向ける眼と放つ圧は異様なものだった。
そう感じたのはやはり間違いではなかったようだ。
「さてゼノン。ディケオスィニは見事力を発揮した。
今度はお前の番だ。シンシアを捕らえ雑兵どもを始末しろ」
「わかってる。──本気を出してもいいんだろう?」
「やり方もお前に任せる。先程も言ったがこれが最後のチャンスだ。結果を残せ。
ゼウス達から見捨てられたお前を救った私への恩、今ここで返すのだ」
「見捨てられた? 何を言って──」
シンシアが何か言おうとするがイグナティオスは静かに宙に浮かび上がり、艦の中に消えていく。
ゼノンは小さく舌打ちをして大きく一呼吸をした後、怒りや憎しみ、あらゆる負の感情を瞳に映し、雄斗を見据える。
「さて鳴神雄斗に【アルゴナウタエ】の雑兵ども。テメェらはここで殺す。昨日のように生き延びられるとは思わねぇことだ」
「いやお前らが勝手に撤退しただけだろ。俺としてはあのまま続けても良かったんだが」
「……余裕ぶっていられるのも、今のうちだぜ!」
鬼の形相となってゼノンは大剣を振り上げる。
そして爆発的な勢いで魔力を高め始めるゼノン。それを見て雄斗も【掌握】をしようとしたその時だ、
「ゼノン待ってください。先程のイグナティオスの言葉はどういうことですか!?」
「シンシア……!」
シンシアに憤怒の形相を向けるゼノン。
そのあまりの凄まじさにシンシアは一歩後ろに下がり、憎悪に燃える瞳をゼノンは彼女に向ける。
「言葉通りの意味だ。テメェらに見捨てられた俺をイグナティオス──【神雷を制する天空】が助けてくれたのさ。
そして理解した。テメェらはこの俺を、仲間たち好きなように使った挙句、ゴミのように捨てたってな」
はっと笑いをこぼすゼノン。
諦観、そして失望で作られたようなそれにシンシアは絶句する。
「先代のアレス──俺のオヤジは【オリュンポス内乱】でテメェのオヤジに敵対した。
そしてその息子である俺にアレスを継承させたが、それは反逆した俺の家トラーケ家を確実に断絶させるためだったんだろう?
幾度も死にそうな目にあったし【ハイペリオン争乱】では俺を含めた【古王の戦剣】の連中の大半が死亡か行方不明となったからな!」
【ハイペリオン争乱】とは二年前に【オリュンポス】で起きた【異形種】との一大争乱だ。
当時の【オリュンポス】に存在していた浮遊大陸群ハイペリオンにて、【オリュンポス】内に存在していた広く名の知れた強大な【異形王】たちと【オリュンポス】の神々との大戦。
一ヵ月もの戦いの末、【異形王】達全てを倒せはしたが主戦場となったハイペリオンは跡形も無くなり、【オリュンポス】側や味方した勢力にも少なくない犠牲が出た。
(アレスもその一人だったのか。そして【古王の戦剣】とは──)
先の【オリュンポス内乱】の際、ゼウスに敵対した勢力全てが【神雷を制する天空】に加わったわけではない。
中にはゼウスに降伏したり敵から味方になった者も大勢いる。しかし何であれ彼らも元はゼウス側の敵であり新政権においては冷遇されることが多かった。
【古王の戦剣】はそんな彼らを集めて生み出された特殊部隊の一つだ。イグナティオス側だった者たちを集めて作られた戦闘部隊であり、危険度の高い任務にはまず彼らが真っ先に向かわされていたという。
もちろんゼウスは彼らに過酷な仕事をさせまいと己が動いたり配下の者を使わすこともあったそうだが、やはり【古王の戦剣】と比べれば回数は多くなかったという。
「全く、よくやったもんだぜ。
ゼウスの野郎もお前も俺や【古王の戦剣】にいた奴らに散々甘い言葉をかけていたが、実のところ俺たちを始末する機会を狙っていたわけだ。
”お前たちは未来の【オリュンポス】を守り、発展させていく力だ”。──ゼウスの甘言に踊らされていた過去の俺やあいつらはお前たちから見れば実に滑稽だっただろうな!」
「違います! お父様はもちろんわたくしだって本当にそう思っていました!
いえ、わたくしたちだけじゃありません。オグマ様やサラス様、クレイトス様だってあなた達には期待していました。
過去のことはあっても今【オリュンポス】のために戦うあなたたちは立派な自分たちの同胞だと!
それに内乱時、あなたたち【古王の戦剣】が甚大な被害を受けたと聞いたときはお父様は怪我が癒えるのを待たずに飛び出そうとしていました! わたくしだって──」
「嘘言うんじゃねぇ! 援軍を送ったという知らせは来るもののそんな影は微塵もなかったぜ!
お前たちが助けに来ると信じていたあいつらの、散っていく姿を見続けた俺の気持ちが、絶望がわかるのかよ!」
叩く付けるような怒り──いや哀しみが籠ったゼノンの言葉にシンシアは気圧される。
それを見てゼノンは再び怒りの顔になり、氷の声音で告げる。
「正直なところ、今すぐテメェもゼウスの奴も殺してぇが、それじゃあ【神雷を制する天空】の目的は果たせない。
俺たちの正統性を世界会議の場で語り、その後見せしめとして俺がこの手で処刑してやる。──それまでは生かしておいてやるよ」
そう言ってゼノンは懐から鍵のようなものを取り出すと地面に叩きつける。
すると彼の周囲に出現する無数の魔方陣。そこから無数のディケオスィニと呼ばれたタロスが姿を現す。
「さてと、【アルゴナウタエ】の雑魚ども待たせたな。
改めて言うが テメェらは全員始末する。そいつと違って生かしておく理由はねぇからな。
──巻き起これ焔よ。汝は戦を制する最強の力なり」
ゼノンの体より溢れ出す灼熱の炎。
瞬時に広がっては周囲を焦土と化し、喉に渇きを覚える。
「あらゆる英雄怪物の命を奪い、絢爛たる都市を風光を破壊し、妙妙たる文化も灰と化す」
赤、黒、紫。紡がれる言霊と共に様々な色彩を見せるゼノンの焔。
それらは彼の体を包み、重厚な全身鎧へと変わる。
「千辛万苦なる障害も、万夫不当の勇士も汝の前では等しく無に返る。
思うがまま荒れ狂え、天元たる焔よー!」
怒り、憎しみ。あらゆる負の想念が籠った声音が周囲に響く。
「【神解】。──【天地無双の戦焔士】っ!」
ゼノンの猛々しい宣言と同時、周囲に発生していた焔がさらに勢い良く噴き出す。
業火に包まれる周り。その様子はさながら灼熱地獄を連想するような光景だ。
「周りが……!」
「何てはた迷惑な【神解】なの……!」
「シンシア! こいつらが死ぬ様を見て少しは俺の、俺たち【古王の戦剣】の絶望を知るがいいぜ!」
炎を背景にしてゼノンが言った直後、雄斗は【掌握】してゼノンに突撃。
一瞬で間合いを詰めるとゼノンの腹部に手加減抜きの剣閃を叩き込む。
「ぐはあっ!?」
空高く舞い上がるゼノン。しかし雄斗は手を緩めない。
雷光と共に彼を追尾し頭上からの振り下ろし。今度は【狂乱の鋼剣】を盾にしたゼノンだが、ビリヤードのボールのような勢いで地上に激突する。
「テメェ……! がっ!?」
起き上がり激昂するゼノンへ雄斗は間を置かず追撃する。【万雷の閃刀】の雷光が煌めき、放たれる幾重の剣閃がゼノンが纏う全身鎧を瞬く間にボロボロにしていく。
ゼノンの魔力や圧は実際、かなりのものだ。力だけで言うならばマリア以上だろう。
だが──昨日戦った時にわかったが──彼の武芸の腕はお粗末だ。神域に入ってはいるが今まで対峙したどの神よりも低い。
現に今、八割の力を出した雄斗の動きや攻撃にまともに対処しきれていない。見えてはいるのだろうが体が反応していないのだ。
(さっさとケリをつける!)
ゼノンがこちらに敵意を向ける理由もわかったが正直、それは彼の個人的なことでありどうでもいい。
昨日と同じ【神雷を制する天空】のテロ活動。何が狙いのかはわからないがここで足止めを食らっているわけにはいかない。
早急にゼノンを打ち倒し、シンシア達と共にイグナティオスを捕らえなければ。
「天斬雷剣!」
一方的に嬲りボロボロのゼノンに向けて雄斗は容赦なく止めの一撃を放つ。
巨大な雷撃の一撃によってゼノンは吹き飛び、後ろにあった石柱に激突、地面に倒れる。
「……あ、しまった」
倒れたゼノンと彼が激突して損壊した石柱──記念碑を見て雄斗は頬を軽く引きつらせる。
が、今は緊急時。大きく咳をして後ろに振り返り、
「シンシア姫、ゼノンの奴は片付いた。今そちらを手伝いに──」
「まだです! 油断なされないでください!」
「雄斗君!」
ディケオスィニと交戦するシンシア、そしてマリアの真剣な、そして驚きの表情を見てすぐさま雄斗は反転する。
するとどういうことか。倒したはずのゼノンが起き上がっていた。しかも先程まで傷や亀裂でボロボロだった鎧が瞬く間に修復されていく。
いや、それだけではない。彼から感じていた圧がより強く、強大になるではないか。
「くそが、効いたぜ……。
だがこの程度じゃ俺は倒せねぇよ!」
高らかに叫び全身から炎を噴出させるゼノン。そのあまりの強さと大きさ、余波に思わず雄斗は一歩下がる。
灼熱の塊となって突撃してくるゼノン。先程よりも速くはなったが雄斗にとっては許容範囲。カウンターの剣戟を叩き込み体勢を崩したゼノンに再び連撃を叩き込む。
今度こそ打ち倒すべく雄斗は全力を出して剣を振るう。雷速で縦横無尽に動き回り先程以上の激しさと強い攻撃を放ちゼノンを全方向から打ちのめす。
しかしゼノンは昨日と同じ、いやそれをはるかに超えるタフネスを見せては立ち上がる。しかも徐々にゼノンは雄斗の雷光の如き剣閃や動きに反応、対応し始める。
(こいつ……!?)
防げないはずの一撃を防がれ、躱せないはずの剣戟を交わされたうえ反撃すらしてくる。本気の雄斗に対して適応してくるゼノンを見て雄斗は背筋が寒くなる。
昨日戦った時もそうだったが戦いの中で成長するとそのスピードが尋常ではない。そしてこちらの攻撃を何十発と受けているのに鎧は破損する箇所は少なくなっていってもいる。
「こんなもんかぁ!」
繰り出されるゼノンの大上段の一撃。予想を超えた鋭いそれをかわせず受け流そうとする。
しかし受け止めた瞬間、凄まじい重さが体をきしませ、硬直させる。わずかに遅れて受け流すも続けて放たれる下からの切り上げは先程以上に速く、やむなく【万雷の閃刀】を盾にして受け止める。
しかしその一撃も威力が上がっており、サッカーボールよろしく雄斗は宙に打ち上げられる。
(ぐっ……!)
かすかに右腕に残る痺れを感じながら空中で体勢を立て直す。──直後、頭上には業火の刃に包まれた神具を振り上げたゼノンの姿が。
「【紅蓮剣】!」
振り下ろされる一撃。以前見たそれよりも格段に速いそれを見て雄斗は回避、防御も厳しいと刹那の時間で判断。
迫る紅蓮の刃に向けて剣閃を放つ雄斗。二つの刃が激突した瞬間、雄斗は脱力して空中で駒のように回転。
直後、振り下ろしの一撃を放ち無防備となっているゼノンの首に炎と雷を纏った剣戟を叩き込む。
(雷交瞬刃!)
ゼノンと雄斗、二人分の剣戟を合わせたカウンターを受けたゼノンは凄まじい勢いで地表に落下し轟音をとどろかせる。遅れて雄斗も地表に着地する。
手応えはあった。例え鎧で守られていても中の人間は大ダメージを受けただろう。例え神でも安々と立ち上がれはしない──
「チッ、あの状況でカウンターを食らわせるたぁ、ムカつくほどに見事だな。
だが、俺には通じねぇよ」
クレーターのような破壊痕から何事もなかったように立ち上がるゼノン。これみよがしに剣閃を叩き込まれた首辺りをさすっているが、効いていないのは一目でわかる。
「流石に今の一撃を食らって平然としているのには驚いたな。
そのタフさに尋常ではない成長速度。何かしらの神威絶技か」
心中で歯ぎしりしながら雄斗は余裕そうな笑みを浮かべて言う。
雄斗を圧倒し、またこちらの攻撃が全く通っていないことに気をよくしているのか、ゼノンは気分がよさそうに語りだす。
「そうだ。これが俺の【永劫の戦焔】。
戦えば戦うほど、敵から傷つけられればられるほど強く、強靭になっていくのさ」
「なるほど……」
頬が引きつらないよう堪えながら、雄斗はふざけた神威絶技だと心の中で地団駄緒を踏む。
元々タフネスであり戦技がお粗末なゼノンにとってはこれ以上なく相性のいい神威絶技だ。そして雄斗にとっては非常に相性が悪い。
【万雷の閃刀】を使いこなせるようになったとはいえ雄斗の戦い方に大きな変化はない。剣技にて敵を打ち倒す一方、超火力による攻撃はたった一つ、グラディウスとの戦いで生み出した【|天地万象に煌めけ、極雷の神刀】だけだ。
空間そのものを切り裂く万雷を放つ一撃。あれならば問答無用でゼノンを倒せるだろう。
しかし発動するにはマリアの【天稟を顕す輝聖水】が必須だ。
(しかしあいつらも自分たちの相手で手一杯みたいだからな)
背後から聞こえる激しい戦闘音が、マリアたちの激闘──苦戦している様を教えてくれる。
本来いかに数がいようともタロスを倒すのは彼女たちには容易だ。しかしかの魔導人形から飛び出してくる魔力を封じ込めるネットを警戒しているため、どうしても苦戦を強いられている。
軽く絡みついただけでも先程のシンシアのようになってしまうのだ。一度でも絡まれば窮地に追い込まれてしまう。
またマリアたちが最優先すべきことはシンシアを守り無事な場所へ逃がすことだ。それを考えると当分の間、こちらへの援護は期待できない。
(【閃煌剣】なら【永劫の戦焔】を解除はできるだろうが、あれはおそらく持続型の神威絶技。やるだけ無駄だな)
あらゆる神威絶技や魔術などを切り裂ける【閃煌剣】。攻撃して【永劫の戦焔】を消し去ることはできる。
しかし見たところ【永劫の戦焔】はゼノン自身の魔力が持つ限り発動し続ける持続性のものだ。攻撃して消し去ることはできるが、再びまた起動させられてしまうだろう。
また【閃煌剣】の欠点として、【永劫の戦焔】などの強化系統の神威絶技や魔術で変化した効果そのものは打ち消せないのだ。
つまり【閃煌剣】でゼノンを切り裂き【永劫の戦焔】を打ち消しても、今のゼノンの強さは維持され続けてしまうのだ。
さてどうするか──にやにやと笑うゼノンを見ながら雄斗が頭を悩ませていたその時だ、背後で体を震わせるほどの轟音と衝撃が発生し、ゼノンのいやらしい笑みが消える。
「すみません雄斗さん。お待たせしました」
聞こえた声に振り向く雄斗。
すると後ろにはマリアと雪菜、そして黄金色に輝く瞳のシンシアの姿がある。
また【オリュンポス】の姫は先程とは様子も圧も違う。銀と黄金の軽甲冑を身にまとい、背後には猛禽の瞳のような文様が刻まれている一対の翼がある。
「シンシア。それは──」
「はい。私の【掌握】、【魔を統べる黄金の神眼】です」
雄斗にそう言ってシンシアはゼノンに視線を向ける。
一瞬、ほんのわずかだが悲しさ、やるせなさを瞳に映す。だが次の瞬間、冷然とした態度となり、ゼノンに告げる。
「ゼノン・トラーケ・アレス。
理由はどうであれ【神雷を制する天空】への関与を始め様々な破壊、テロ行為を行い【オリュンポス】の民の平穏を脅かした罪、もはや看過できません。
ここであなたを打倒し、逮捕します」
次回更新は11月22日 夜7時です。




