七話
「失礼します」
断りを入れて、マリアは司令官室の扉を開ける。
彼女と仲間たちに続いて雄斗が部屋に入ると、最初に見えたのは空と眼下の街並みが見える全面ガラス窓と大きなデスクだ。
広々とした部屋。左右に並ぶ無数の本棚に各世界から送られた表彰状やトロフィー──槍や剣などの武器もある──などの贈呈品がバランス、見た目よく並んでいる。
そして部屋には汚れや乱れらしきものは一切なく、感じられない。毎日、しっかりと清掃されているのだろう。
「よく来たなマリア。そして【清浄なる黄金の聖盾】の皆。
急な呼び出しを申し訳なく思う」
雄斗たちの入室と同時、デスクに座りペンを動かしていたスーツ姿の男性はその手を止め、こちらを見る。灰色の髪と顎髭が特徴の彼は【アルゴナウタエ】最高幹部【七英雄】の一人であり、現【アルゴナウタエ】のトップ、エドガー・レーヴだ。
多元世界【ユグドラシル】における最強の一柱と言われる軍神オーディンの先代。後継にオーディン神の力と名を譲った現在でもその強さに陰りは無いと言われており、怪物ぞろいの【アルゴナウタエ】の中でも最上位の実力者だ。
「エドガー様、グレン隊長から【アヴェスター】からわたしを指名したと聞きました。一体何があったのですか」
「【異形種】アジが大量発生したそうだ」
エドガーの言葉にマリアは大きく目を見開き、そして厳しい表情となる。ソフィアとラインハルトは眉根を顰め、ルクスは不敵な笑みを深める。
(アジ……。確か【アヴェスター】固有の【異形種】だったか……)
アジとは【アヴェスター】のみに生息、発生する大蛇の姿をした【異形種】でランクはA-。
並みの魔術師ならば集団で挑むとしても命を懸ける覚悟が必要な強敵だが、マリアたちがここまで警戒する相手ではないはずだが──
「居留都市アサラムの北にあるアスード山から大量発生し、都市に向かってきたそうだ。
都市を護衛していた魔術師と今月の都市の守り手であるジャヒー神が殲滅したそうだがその数時間後、最初の発生時の時の数倍のアジと他の【異形種】の群れが確認された。
それでつい先ほど【アルゴナウタエ】へマリア、君を派遣するよう要請があった」
「ジャヒー神とアスタルテはどうしているんですか。先の戦いで何か負傷したのですか」
「双方とも先の戦いで消耗著しく戦闘行動が厳しいとのことだ。大事を取ってよって都市防衛の方へ回ったとのことだ。
第二陣の【異形種】殲滅は【清浄なる黄金の聖盾】に任せたいとのことだ」
エドガーがそう言うと、マリアは眉根を顰める。何かを疑うようなその顔を見て雄斗は思わず目を丸くする。
「今回は鳴神君も参加してもらう。先のマリアとの模擬戦は見ていた。あの様子ならば問題ないだろう。
到着には数時間はかかる。その間船にある【治癒の聖柩】に入っていれば消耗した体力魔力を回復するんだ」
【治癒の聖柩】とは短時間で失った魔力、体力を回復させる魔具のことだ。
欠損した部位でさえ再生させてしまう非常に高価かつ希少な神代の遺物だが、マリアらが所有する【アルゴー】には一つ常備されている。
「鳴神君。【アルゴナウタエ】としての初陣が厳しいものとなったが、今の君なら乗り越えられるはずだ。
マリアたちと協力して任務を無事達成してくれたまえ」
「わかりました」
頷く雄斗。エドガーは満足そうな笑みを浮かべ、皆を見渡す。
「アジ達【異形種】の殲滅には竜殺しの英雄神フェリドゥーンとその【神軍】も加勢してくれるとのことだ。発生原因を突き止め、彼らと共に【異形種】を討伐してくれ」
『はい!』
それから雄斗達は慌ただしく、しかし素早く準備を終えてアルゴーに乗り込み出発する。エドガーの言った通り発進と同時に【治癒の聖柩】に雄斗は入る。
石棺に入っていた藍色の液体に身を浸し、雄斗は目を閉じる。程よく温かい水温と襲ってくる眠気に身を委ねる。
そしてブザー音が聞こえ目を覚ますと、体力、魔力とも全快となっていた。用意されていた着替えと軽食を済ませたところで【アヴェスター】到着の声が船内に響くのが聞こえ、雄斗は医務室を出て出撃場へ向かう。
「来たね鳴神君。それじゃあ簡単に現状を説明するね」
アルゴー船体の下腹部にある出撃場にいたマリアと仲間たち。
マリアが凛々しい表情で言うと同時、空中にスクリーンが出現する。
そこには【アルゴー】の現在地と到達地点、そして戦場一帯の様子が映し出されている。
「先程入った情報によると【異形種】の第二陣とフェリドゥーン【神軍】はすでに交戦中。
フェリドゥーン【神軍】が抑えきれなかった敵はアサラムに向かったけど都市の守備隊が何とか対応している」
でもと言葉を切り、マリアはモニターの上──北の方角にあるアスード山を指差す。
「アジが発生したアスード山からは変わらずアジたち【異形種】が沸いて出てきてる。この勢いがあと一時間も続けば発生した【異形種】にアサラムは飲み込まれてしまうの」
「つまり一時間以内にアスード山で【異形種】が発生している原因を突き止め、それを排除する必要があるってことか。そしてそれは俺たち六人だけでやらなければいけないんだな」
「いや、私を除いた君たち五名だ。私は【アルゴー】を指揮し、空中からフェリドゥーン【神軍】の支援を行うからな」
ニコスがそう言い、マリアが万が一自分たちに何かあった時のバックアッパーとして彼が残ると補足する。
「フェリドゥーン【神軍】の戦士たちは俺たちに匹敵する猛者ばかりだが数が少ない。今回もわずか十数名で二十倍以上の数の【異形種】達と戦って食い止めている。
まだ死傷者や重傷者は出ていないが、このままではそれも時間の問題だろう」
硬い表情で言うラインハルト。
「鳴神、お前は【アルゴー】から飛び降り、アスード山のから【異形種】があふれ出る穴に渾身の一撃を叩き込め。マリアの【|邪悪を引き潰す神馬の蹄】を消し飛ばしたアレだ。
そのあとは俺たちと一緒に穴に突入。ラインハルトとソフィアがサポートするから襲い掛かってきた【異形種】を斬って斬って斬りまくって道を切り開け。元凶は俺とマリアが何とかする」
大剣を肩に担いだルクスの言葉に頷くマリア。それを見て雄斗は首肯し、手元に【万雷の閃刀】を呼び出す。
直後、ガコンと言う音と共に正面の出撃口がゆっくりと開いていく。それと同時に【アヴェスター】の強く冷たく乾いた風が吹き込んでくる。
「それじゃあ、行くよ!」
そう言って開いた出撃口から飛び出すマリアたち。雄斗もそれに続き、空に飛び出ては【飛翔】の術を唱える。
空には雲がほとんどなく、夕暮れ間近と言う時間帯の通り、茜色に染まっている。眼下には黒や栗色の大地と、短い草が生えている草原が彼方まで広がっていた。
【アヴェスター】。イラン、ペルシア神話の元となった世界。学んだ通りイランやその周辺国に似た環境のようだ。
マリアと並んで目的地に向かう。元々少なかった緑がさらに減り、砂漠化一歩手前のような乾いた地表にあるアスード山の麓では大量の【異形種】であふれており、それらを十数人の褐色の肌を持つ戦士たちが仕留めている。
(あれがフェリドゥーン【神軍】か)
【神軍】とは神の座を継承したものが独自に保有することが許された軍のことだ。神の権威と力の象徴であり、ある程度は主の意向のまま動くことも許される。
そして眼下にいるフェリドゥーン【神軍】。ペルシア神話にて邪竜アジ・ダハーカを封印したとされる竜殺しの英雄神の名を関する戦士に引着られる彼らは主の名に恥じない手練れぞろいだ。
周囲の味方と見事に連動しておりアジを始めとしたさまざまな【異形種】をほとんど一、二撃で屠っている。
そして特に凄いのが戦士たちの一番前で戦う男性だ。手練れたちへ的確な指示を出しながら自身も一際優れた戦技を見せており、神域に達した槍裁きに加え光や炎を放っては雪崩のような【異形種】を粉砕し続けている。
放つ圧や感じる魔力も他の面々とは一線を画している。恐らく彼が当代のフェリドゥーン──
戦士としても指揮官としても有能な彼を見て雄斗たちは小さく笑みを浮かべ、しかしすぐに表情を引き締めて正面を見る。
【異形種】が溢れ出ている地点は先程の作戦会議で知らされているし、今目視で確認した。【万雷の閃刀】を強く握り、相棒に声をかける。
(行くぞ、万雷の閃刀)
(応)
声が返ってくると同時、雄斗は【雷帝招来】を発動。すぐさま刀身に稲妻を収縮。
「【天斬雷剣】!」
大上段から放たれる巨大な黄金の三日月。地上に激突したそれは瞬時に莫大な光と稲妻を周囲にまき散らし【異形種】たちを焼き払う。
当然一撃で殲滅というわけにはいかないが、洞窟の周辺にいる生きていた個体にはマリアたちがとどめを刺し、湧き出ていた怪物たちはわずかな間だけ一掃される。
「突入!」
マリアを先頭に洞窟へ侵入する雄斗達。入った途端、巨大な大蛇が牙をむいて飛び掛かってくるが、雄斗の放つ雷撃と剣戟が粉砕する。
真っ暗な洞窟内を突き進む雄斗達。しかしその間も【異形種】は四方八方、あらゆる方角から襲い掛かってくる。
しかし先頭を進む雄斗の剣が、仲間たちの攻撃が、立ちはだかる【異形種】をことごとく打ち砕く。
「はっはー!」
「うっとおしい」
「おおおっ!」
正面以外──側面や洞窟天井などにいる【異形種】は言った通りルクスたちが対応。
ルクスの炎は壁や天井に張り付いていた大猿型の【異形種】を瞬時に燃やし尽くし、ラインハルトの矢とソフィアの魔術のフルバーストは小鳥や蟲型の小さい【異形種】をまとめて吹き飛ばす。元凶を叩くため力を温存しているマリアも最後尾にいながら彼らの邪魔にならないよう支援している。
しかしそれでも【異形種】の襲撃は全く止まらない。微かな光さえもない洞窟でどうやってこちらの気配を察しているかはわからないが、とにかく次々と襲い掛かってくる。
「うおおおおっ!」
雄斗が雷斬で両断した翼の生えた獅子型の【異形種】の背後から飛び出してきたアジの胴体を、【雷閃撃】で真っ二つにする。
だが大蛇の切り裂いた胴体から紫色の血液やら大量の体液が噴出する。それを見て雄斗は血相を変えて稲妻を放ち全て消し去ろうとするが、数滴、顔に付着する。
すると次の瞬間、体全体にしびれが走り、強いめまいと嘔吐を感じた。
「ぐうっ……!? くそったれが!」
【異形種】としてアジが最高ランクであるAに指定されている一番の理由はこの毒だ。浴びた場合、魔力による防御壁をまとっていても何かしらの異常をきたし、直接浴びれば死に至る。神々でさえ無事にはすまない。
当然これについては事前に知らされており、浴びた場合は自分で対処できるようマリアから皆に毒を打ち消す聖水をいくつか渡されている。しかし雄斗はすでにそれをすべて使いきっていた。
右手の岩陰から姿を見せた──さらに巨大な──アジが迫ってくる。しびれにより剣をうまく震えないと判断した雄斗はひとまず牽制の雷を放とうとするが──
「鳴神君!」
こちらの異変を察知したのか、振り向いたマリアが聖水を飛ばしてきた。それを浴びて毒が消え去った雄斗は顎を開いた大蛇の口内へ、【雷鳥爪】を放つ。猛禽のように飛んだ二つの斬撃が、アジの頭部を三つに分割する。
鳴神流三之太刀、【雷鳥爪】は雷の斬撃を飛ばす剣術だ。【天斬雷剣】のような威力こそないが飛ばす斬撃の威力は細かく調整できる、また連発可能といった利点もある。
雄斗は危機が去り、小さく息をつきかけて、やめる。洞窟の奥から新たな【異形種】の群れがやってきたからだ。
「想定上に数が多すぎる!」
「いい加減うっとおしいぜ! ソフィア!」
「了解。──【彼方の導光】」
怒鳴るようなルクスの声にソフィアが応じた次の瞬間、彼女の頭上に小さい光が飛び、それが一瞬のうちに周囲へと広がる。
黒一色だった洞窟内が光に照らされる。いや、それだけではない。周囲の【異形種】はもちろん、岩陰に隠れている、また洞窟の奥にいる【異形種】の姿さえも見えている。
【彼方の導光】。透過と索敵の【神威絶技】と言ったところか。
「一掃してラインハルト」
「【大地を削る雨風の矢】!」
ラインハルトの【大地を穿つ天風の鏃】より放たれた数十もの風と水の鏃は【異形種】に吸い寄せられるような軌道を見せ、岩陰に隠れていたもの、危険を察知して逃げた個体を射抜き、消滅させる。
確認できる範囲でいなくなった【異形種】。そこで初めて全員が一斉に息をつき、腰に抱えている給水ボトルを口にする。皆が一口二口飲む一方で、雄斗は一気に飲み干してしまう。
(こんな【異形種】と戦の気配が強い戦場は初めてだ……)
雄斗もいつもなら仲間のように一口二口だけ水を飲むのだが、【アルゴナウタエ】の戦場に漂う戦と死の気配は今までとは比較にならない。
一本丸々飲んだはずだが渇きを覚える。正直、あと一本がぶ飲みしたいとさえ思う。
「しかしこれだけの数の【異形種】を統率する存在か……」
「【異形王】か、それともまさかの【異形巣】があったりするのかもしれねぇな」
物騒なことを口にするルクス。
【異形王】はともかく、もし【異形巣】──数千規模の【異形種】を生み出すそれがあるのなら自分たちだけでは手に負えない。直ちに引き返す必要がある──
そう思いながら先に進む一行。再び無数の【異形種】を蹴散らしながら奥に向かうと、巨大な空洞が視界に入る。
高さ三十メートルはあるそれに飛び込もうとした時だ。後ろのマリアから呼び止められた。
「どうやらここにいるようだね」
「……ああ」
背後のマリアの言葉に、雄斗は一拍置いて答える。疲れとは違う汗を腕で乱暴にぬぐう。
一旦気持ちを落ち着かせ、改めて神経を洞窟の奥に向ける。すると空洞の向こうから、かつてないほど強烈な【異形種】の存在と、こちらへ対する殺意を感じたからだ。
「……作戦通りわたしとルクスが前衛。ソフィアは後衛で私たちのサポート。
ラインハルトと鳴神君は遊撃。周囲の雑魚をお願い」
いつになく緊張した様子のマリアの言葉に皆は一斉に頷く。雄斗は大きく息を吐き、【万雷の閃刀】を握りなおす。
突入する一行。そして雄斗たちの前に今回の元凶であろう【異形種】が姿を見せた。
「こいつが……」
空洞の奥には広さ二百メートル高さ三十メートルはある広大な空間があり、そこには一匹の巨大な【異形種】が鎮座している。
上半身は半裸の女性で下半身は蛇の尻尾を持ち、地面にまで伸びたダークレッドの髪は血を思わせ、こちらを睨みつけている視線は爬虫類のそれ。
顔立ちは美人と言っていいが、人が持つ感情が全く無く、獣の本能しかそこにはない。そして何より、眼前の存在の二十メートルはあろうかと言う巨大さと、三対六本ある腕に背部に生えているであろう蝙蝠のような羽、腹部に見える人のような口がこの存在を【異形種】であると証明している。
(命名するならナーガ型【異形種】ってところか。アジから進化した個体っぽいな)
雄斗がそう思ったその時だ、ルクスが歯を剥き、叫ぶ。
「【異形王】じゃねぇ。──だが【異形王】一歩手前の【異形種】ってところだなぁ!!」
ルクスはそう言葉を発すると同時、大剣の切っ先を天井に振り上げる。そして切っ先の上に瞬時に強大な火球が発生し、彼はそれを投擲する。
直撃すれば【異形種】の頭を消し飛ばしそうなほど大きい火の玉。それに対してナーガ型【異形種】は口を開き、声を発した。
「キャアアアアアアアアアアアーーーーーー!!」
それは空気を振動させ、周囲の土壁にヒビを入れるほどの大音量。雄斗たちの三半規管さえも揺さぶるほどの叫びだ。
(魔力で防御しているのにこの威力……!)
強烈なめまいを感じ、思わず姿勢を崩す雄斗。皆も──マリアとルクス以外は似たり寄ったりだ。
そしてそれは物理的力もあったのか、ルクスの放った火球を跡形もなく消し飛ばしてしまった。
「行くぞオラァ!」
「清涼なる激流よ!」
双方の攻撃が戦いの幕開けとなった。マリアとルクスは魔力を開放し、それぞれ水と炎を体に纏って突撃。その後ろには数十もの魔方陣を展開したソフィアが追尾する。
一方【異形種】は地面にまで伸びた髪を蛇──アジへと変える。また腹部の口からアジのみならず幾種類もの【異形種】を吐き出し、向かってくるマリアたちを迎え撃つ。
(【異形種】を生み出す【異形種】。それも【異形王】になる直前の個体か……!)
話でしか聞いたことがない極めて稀な【異形種】を目にしながら雄斗は傍にいるラインハルトに向かって言う。
「でかい個体は俺が削る! 小さいのを頼む」
「了解!」
言われた通り大物はマリアたちに任せ、雄斗はラインハルトと共に正面以外でマリアたちに向かってくる【異形種】に【万雷の閃刀】を振るう。
正面にいる巨大な【異形種】がボスということもあって、雄斗は【神財】からの出力を最大にする。現状最大の雷とそれを付与した雄斗の剣戟は、襲い来るB、またはAランク【異形種】を一撃のもとに葬り去っていく。
かつては死力を尽くさなければ倒せなかった難敵を一蹴するも、次々と向かってくる新手の前に喜ぶ暇もない。
「消し飛びなっ!」
雄斗と同じくマリアたち前衛二人も、【異形王】昇格寸前の難敵を圧倒している。ルクスが放つ黒と赤が混じった炎はアジたちや母体を無慈悲に焼き、マリアの光を帯びた輝く水は剣に矛、矢となってナーガ型【異形種】の巨体を切り裂き、貫く。
しかしさすが【異形王】になる直前と評されたナーガ型【異形種】。マリアたちの勢いに負けじと新たな【異形種】を次々と生み出し、マリアたちに向けて毒の塊──おそらくアジの毒よりずっと強い──を放っている。また負った傷を数秒で癒すなど驚くべき再生能力、タフさを見せる。
互角のぶつかり合い。しかし雄斗やラインハルト、ソフィアの動きもあり、戦いが始まり数分でマリアたちの方へ形勢が傾く。武器であり壁となる【異形種】を雄斗とラインハルトがことごとく仕留め、ソフィアは前衛二人に防御や支援魔術を、そしてナーガ型【異形種】へ睡眠や幻影、麻痺など状態異常の魔術を絶え間なく唱え続けている。
【異形王】に近い【異形種】に状態異常の魔術は通用せず、せいぜい一秒、又は数秒動きを鈍くするだけの結果で終わっている。だがその短い時間の間に前衛の二人、マリアとルクスは確実なダメージをナーガ型【異形種】に与えていた。
そして雄斗とラインハルトもナーガ型が生み出している【異形種】をことごとく始末している。初めてコンビを組んだにもかかわらず、ラインハルトは的確なタイミングと攻撃で攻撃と雄斗のフォローを完ぺきにこなす。今しがた雷撃で焼き尽くした【異形種】の影から飛び出してきた巨大なネズミの【異形種】を、ラインハルトが放ったであろう巨大な氷の矢が貫く。
(悪い。助かった! しかしさっきから見事なフォローをしてるな)
(気にするな。君の動きは無軌道なルクスと違って読みやすいからな。こちらもやりやすい)
念話でそんなことを言いながら雑魚を撃ち滅ぼす二人。
「ギャアアアアアッッ!!」
空間内にこだまするナーガ型の苦悶の叫び。視線を向けると顔半分が灼熱の業火に焼かれていた。そして体の各所にも深い裂傷や火傷の跡がある。
マリアたちの攻撃に再生能力が追い付かなくなったのだろう。また消耗しているのか傷の治る速さも落ちてきている。
「これで止めだ!」
顔を抑えよろめくナーガ型へ、炎をまき散らしている【炎嵐の鉄塊剣】を大上段に構えたルクスが突っ込む。
だがその業火の刃が振り下ろされようとした時だ、突如ナーガ型の体に無数の亀裂が走る。ヒビは瞬く間に体中に広がり、その巨体がはじけ飛ぶ。
「うおっ!?」
【異形種】のいきなりの爆散により発生した肉片の散弾。アジと同じ色の血がべったりと付着したそれを見て、雄斗は血相を変えて回避に徹する。
他の皆も雄斗と同じように避けたり、防御の魔方陣を何重にも展開して弾いたり、攻撃で迎撃したりしている。
(やったか!?)
そう心の中で思いながら雄斗は警戒を緩めない。というよりも戦士のカンが倒していないと感じている。
周囲にナーガ型の肉片が散らばり、そこからうっすらと紫色の煙が漂う中、ナーガ型がいたであろう場所に一匹の【異形種】の姿がある。
それは小型化したナーガ型だ。体の大きさも雄斗たちと大差ない。ただ下半身は人と同じ二本足となっており、臀部に太く長い蛇の緒がある。
小さくなったナーガ型【異業種】。だがそれを見て雄斗は緊張感を高める。マリアと同程度の身長になったナーガ型から放たれる圧が先程よりも強いからだ。
「そいつが本体ってわけか!」
再び特攻するルクス。炎をまとう大剣の刃をナーガ型はあっさりと回避し、同時に懐に入り込む。
「ルクス!」
ラインハルトが叫ぶと同時、雄斗はナーガ型の抜き手がルクスの首元に突き出されたのと、指から伸びている爪から紫色の液体が滴っているのを見る。
攻撃直後のカウンター。回避は不可能。猛毒の一撃。死──。刹那の時間で雄斗がそう思ったその時だ、両者の間で炎が巻き起こる。いきなり発生した灼熱の壁にナーガ型は攻撃を中断して、後方に下がる。
そこへ炎の壁を突き破ってルクスが再び迫る。だが一撃を食らったのはルクスだ。飛び出したルクスの頭を、鞭のように唸ったナーガ型の尾が叩いたのだ。
【心眼】でなければ見切れないほど速いそれを受けて、壁に激突するルクス。さすがに頭部を殴られたためかルクスの起き上がる動きは鈍い。そこへ再びナーガ型が接近するが、両者の間にマリアが割って入る。
「はああっ!」
繰り出される女神の剣戟。ナーガ型はそれをかわし、四肢や尾で打ち払う。そして下がることなく反撃し、逆にマリアを後退させる。
(あの【異形種】、本体は神クラスの技量なのか!)
すかさず雄斗は助けに入ろうと動く。
しかしあと一歩で剣の間合に入る距離まで近づいたその時、突然体に異変が起きる。
「!? ……これ、は……!??」
かつて体験したことがないほどの強い痺れが体の動きを阻害し、足をもつれさせる。
地面に手をつき倒れるのは防ぐが、立ち上がるのさええ困難な激しいめまいに、胃の中身全てをぶちまけてしまいそうな激烈な吐き気が沸き上がる。
(なんだこれは……!?)
(気持ぢ、悪い……!)
(ヤロォ……!)
顔を上げればナーガ型と戦うマリア以外の仲間たちは雄斗と同じく、地面に倒れていた。そして誰もが紫色の顔色をしており、明らかに何かしらの異常状態だというのがわかる。
新たな異常──激しい頭痛や手足の石化が起こる中、雄斗はマリアと【異形種】の戦うさまを見ながら原因を探る。──そして突然の状態異常の原因を発見した。
(さっきはじけ飛んだ肉片だ……! あれから毒が沸いていやがる……!)
周りに転がっている数百ともいえる数の肉の塊。それらが薄い紫色の煙を吐き出していた。
(ルクス、ソフィア、ラインハルト。聖水を使え……!)
念話で雄斗はそう言うが、ラインハルトとソフィアは苦渋と焦り、ルクスからは怒りと──なぜか愉悦が入り混じった声が返ってくる。
(もう使っている……! だが効果はほとんど無い)
(私たちずっと肉片が発する毒煙を吸っていたから、聖水程度じゃ恢復しないみたい。マリアが動けるのはアナーヒターが治癒の神威を持つ女神だからだろうね……!)
(【異形王】になる寸前とはいえこの俺が毒ごときで……!)
仲間たちの声を聞きながら雄斗は何かできないかと思ったその時、ナーガ型の蹴りを腹部に受けたマリアが吹き飛び、背後の壁に激突する。
さらにそこへナーガ型は毒々しい紫色のブレスを放ち、立ち上がろうとしたマリアの全身が紫の粘液に濡れ、膝を落とす。
(まずい! いくら女神といえどもあの毒を大量に浴びれば──)
雄斗は頬を引きつらせ、喀血しながら立ち上がろうとする。
その時、地面に膝をついたマリアから涼やかな声が聞こえてきた。
「我はあらゆる傷を癒し、この世全ての病より人々を守る乙女。太陽と共にある輝かしき女」
マリアの体より光があふれる。黄金に始まり青、藍、紺の光が彼女の体にまとわりついている毒液を吹き飛ばす。
「光輝に包まれし我は全ての害悪より人々から守る大母である。【水を持つ者、湿潤にして力強き者】たる聖名を持つ戦士である」
金髪をなびかせ立ち上がったマリアが放つ光にナーガ型は近づかない。いや、マリアの放つ清浄の輝きが、その身より放たれるかつてないほど強大な魔力が、近づけさせないのだ。
「なればその威を、力を、今ここに示す。共に戦う盟友たちを癒し、千の害意を飲み込こもう。無辜の民を守るため、万の敵意を打ち砕こう」
言霊とともに放たれる光は大きくなり雄斗たちを包む。直後、感じていた苦しみ痛みが綺麗さっぱりなくなってしまう。またその輝きは周囲に散らばっていたナーガ型の肉片も消してしまう。
「我が真名はアナーヒター。民を癒し守る聖母であり、勇猛な戦士と共に戦場をかける戦乙女である!」
煌めきがマリアの体を包み、形を成す。それは初めて会った時に身にまとっていた女神らしい神々しい衣装。
そして両手にはいつも持っているものとは違う、細やかな意匠が刻まれた黄金色の剣と盾がある。そこから感じられる巨大な神威と魔力でそれが彼女の固有神具であると雄斗は確信する。
固有神具とは当代の神が本領発揮する際に用いる、当代専用の神具のことだ。他の神具のように固定化はされず当代しか扱えないが、発揮される力は他の神具を凌ぐ。
(ちっ。もう終わりか。【神解】を使うとは大げさなやつだな)
つまらなそうなルクスの声。視線を向けると彼は神剣を地面に突き刺し、地面に腰を下ろしている。
あからさまに戦う気がなくなったルクスと同じくラインハルト、ソフィアも武器を下に向けている。三者ともすっかり戦意がなくなっている。
だがそれも当然だ。眼前で放つマリアの輝きと魔力は彼女の勝利を確信するには十分すぎる。そして対峙しているナーガ型は黄金に輝きの前に完全に怯んでしまっているからだ。そしてそれはマリアが【神解】を行使したからだ。
(【神解】……)
マリアたち神々は常時でも規格外の力を持っているが、それでさえ受け継いだ神の本来の力の一部でしかない。
【神解】とは内に秘める神々の力を一斉の制限なく使用する神の秘儀だ。もっとも使用する力は個人の力量で上下し、また制限なし神威はあまりに強大かつ消耗が激しいため、長時間の維持は難しい 。
「ガ、アアアアアッッ!」
洞窟高く大きく跳躍するナーガ型。空中で大きく身をのけぞらせ、マリアに向けて再び毒のブレスを放つ。
それに対しマリアは黄金と青、藍の三色で彩られた剣の切っ先を向け、呟く。
「【海原を支配する龍帝】」
剣より出現したのは大きく、巨大な水の龍だ。初めて会った時にもマリアは雄斗の目の前で水の龍を出して【異形種】を瞬殺したが、その時のものとは大きさも感じる魔力もけた違いだ。
強大な水の龍はナーガ型のブレスを、そしてナーガ型を体内に取り込む。飲み込まれたナーガ型は水の龍の体内でもがき、暴れるが、水の龍はびくともしない。
そして取り込まれたナーガ型の体が瞬く間に溶けて消えていってしまった。瞬殺である。
(【異形王】になる直前の強敵をああも簡単に……)
改めて見た神の力の強大さに雄斗は驚嘆のまなざしになる。だがナーガ型を消し去った水の大龍は今度は地面に向かって落ちてくる。
「いいっ!?」
地面に激突し、凄まじい濁流と化す水の龍。瞬く間に迫る水に対し、雄斗は思わず腕で顔をかばう。
感じる刹那の息苦しさ。しかし本来なら水に流されるであろう体はその場にある。水の中で感じる息苦しさもない。
そして体を包んでいる莫大な水は急激な勢いで洞窟の入口の方へ向かっていく。
(流されない? 何故だ)
(マリアがそうしているからだよ。この水はマリアが生み出した水。いうなれば手足みたいなものだから流す対象の選択ぐらい余裕でできるんだよ)
雄斗の疑問に応じるソフィア。見れば自分と同じく水の中にいる彼女は本を開いている。
戦意の欠片も無い、完全にいつも通りの様子だ。
「しかしこの水、外に流れ出ているようだがフェリドゥーンの戦士たちは大丈夫なのか……?」
「心配ないよ。むしろこれで戦いは終わるから」
雄斗に応じたのは、いつの間にかそばにいたマリアだ。先程の神々しい姿から元の姿に戻っている。
先導する彼女と共に洞窟を出る雄斗。そして彼女がいたことが事実であることを目の当たりにする。
「水の龍が【異形種】を食らってる……」
「とりあえず周辺にいる【異形種】全てを殲滅するよう命令したからね。これにて任務完了です」
にこりと微笑むマリア。その背後では彼女が今言った通り、洞窟から流れ出た水が再び巨龍へと変わり、周囲の【異形種】へ襲いかかっている。
アジたち【異形種】を食い止めていたフェリドゥーンの戦士たちは水龍の邪魔にならないようにか、戦場から距離を置いている。
東洋の龍のように胴体が蛇のように長く太い水の龍たちはその巨躯に似合わない速い動きで地表を移動。際限なく【異形種】を呑み込んでは体内で消滅させていた。
マリアが言った通り、水龍が地表にいた【異形種】を残らず飲み込み全滅させる。そして大量の水となって乾いた大地に降り注ぎ、染み込んでいく。
それを見届けたマリアはこちらへ振り向き、訪ねてくる。
「鳴神君、初任務お疲れ様。それでどうだったかな?」
「疲れた。それと今まで任務に参加できなかった理由もよくわかった」
【万雷の閃刀】とある程度通じた現在でさえ、死を間近に感じた。
もし初日からこのレベルの任務に参加していれば間違いなく無事では済まなかっただろう。
「これが通常の任務とはな……」
「んー、今日の任務はいつもより厳しいものだったよ。わたしも【神解】を使用するのは月に数回程度だし」
つまり一ヵ月の間に二、三度は死ぬような任務をこなす必要があるということか。
想像をはるかに超えた【アルゴナウタエ】の厳しさに、雄斗は思わず嘆息する。
「そんなに深刻に考えなくても大丈夫だよ。わたしも皆もいるし、鳴神君には【万雷の閃刀】もある。
【七英雄】の【神財】は慣れていけばわたし達神々の本気と遜色ない力を引き出せる。神様と互角に切りあえる武才を持つ鳴神君ならすぐにそうなるよ」
「……ま、精進するよ」
気楽そうに言うマリアへ、雄斗は苦い笑みを浮かべて言う。正直、自分が彼女に匹敵するような強さを得られるとは思えないからだ。
とはいえ任務達成の余韻に浸っている彼女へそれを言うような真似はしない。
「さ、任務完了したし、アザードさんとフェリドゥーン【神軍】の方々と共に勝利の凱旋と行こう!」
意気揚々の様子で言う我らが女神。
雄斗は上空で待機している【アルゴー】を見上げ、疲労のこもった息を吐き出すのだった。
次回更新は4月16日午前七時です。




