六話
「よし、と」
曲がっていたネクタイを締めなおし、雄斗は一息をつく。改めて自室の洗面台にそなえつけてある鏡に映る自分の姿を見る。
船と剣が交差する紋章がついたグレーの制服をまとう雄斗。【アルゴナウタエ】に所属する面々が着る基本の服装だ。
治安維持組織が支給する制服なだけあってこれは戦闘服としての機能もある。破れやすく汚れにくい。また微量だが体力魔力の自動回復機能や身体強化も施されている。
「うーん、似合ってないな」
最初来た時も思ったがこの制服、どうも格調が高いように思える。正直雄斗の趣味ではない。
とはいえこの制服は有能だ。公式の場や式典に出る時にはもちろん通用するため自分がそうであるように礼服として扱っているメンバーも多いのだという。
身だしなみが整ったのを確認すると、雄斗は目を閉じる。そして意識は【対話の場】へと飛ぶ。
暗闇の中に突き立つ【万雷の閃刀】。近づき柄が握れるような距離まで来たとき、刀は声を発する。
「まさかとは思うが我を引き抜くつもりではあるまいな」
「さすがに今はしねぇよ。ただ見に来ただけだ。
さっきみたいにまた会えなくなっていたら面倒だからな」
「その時はまた明の孫娘に力を借りればよかろう」
煌めく雷光と共に聞こえる突き放す物言い。機嫌を直すにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「力、借りるぞ」
「模擬戦とはいえ相手は神。我の担い手として相応しい戦いを見せるのだな」
【万雷の閃刀】がそう言うと同時、闇が晴れ自分の部屋に戻ってくる。どうやら無理やり返されたようだ。
雄斗は小さく息をつくと自室を出て、訓練場に到着する。基礎訓練や鍛錬を行う運動場のようなそこからさらに奥に進むと、模擬戦を行うフィールドの一つである荒野が見えてくる。
訓練場の奥にある模擬戦にて使用されるフィールドはいくつもある。眼前に見える荒野のほかには森に砂漠、平原など。まだ行ったことはないが谷などのフィールドもあるらしい。
開始時刻五分前後と言うこともあって訓練場にはマリアの、そしてその周りにはルクスたち部隊の面々の姿に、
「……おや」
雄斗は少しだけ目を丸くする。部隊メンバーの傍に雪菜と、雄斗よりやや年上に見える金髪の男性の姿があったからだ。
こちらの視線に気づいたのか、彼は微笑む。そして光が瞬いたと思った瞬間その姿は消えており、雪菜と共に雄斗の傍に現れていた。
「初めましてだね。僕はグレン・アームストロング・ガウェイン。戦闘部隊【戦火を切り裂く閃剣】の隊長を務めている」
微笑を浮かべて手を差し出すグレン。雄斗も名を名乗り握手をかわす。
(強い──)
一見、ただの美形の好青年に見えるグレン。しかし手は鍛え上げられた戦士のそれであり体のあちこちは太く、頑強だ。そのくせ無駄と言うべき肉は一切ない。優美さと質実剛健、その二つを見事に兼ね備えている。神話に登場する宝剣のような男性だ。
戦士、剣士としてもおそらく雄斗を凌ぐ。そして抑えているようだが感じられる魔力はマリアと同じかそれ以上にさえ思える。底が知れない。
そして【ガウェイン】と言う字は彼がケルト神話の元となった多元世界【ティル・ナ・ノーグ】における軍神及び太陽神ガウェインの当代である証だ。
「なるほど。僕たち神に比肩する剣才の持ち主と言う噂、どうやら本当のようだ」
「魔術は駄目駄目ですけどね。──まぁ、叢雲さんの協力で【万雷の閃刀】と対話出来ましたので少しはましになると思いますが」
そう言って雄斗は雪菜を見る。続いてグレンにも視線を向けられた雪菜は顔を赤くし、伏せる。
微苦笑するグレンと別れ雄斗はマリアに近づく。共に軽く体をほぐしたあと、目の前の金髪美少女は言う。
「さてと、それじゃあ時間になったし始めようか。準備はいいかな?」
「いつでもいいぞ」
と雄斗が言った瞬間、笑顔を浮かべているマリアの背後から水の刃が飛び出す。蛇のようにうねり、神速で迫る。
いつでもいいとは言ったのはこちらだが、さすがにいきなりすぎるだろう。そう思う雄斗だが、【心眼】でその動きをとらえており回避行動をとっていた。
雄斗がいた場所に水の刃が突き刺さったと同時、後方に下がっていた雄斗は【万雷の閃刀】を右手に呼び出す。
(うん。【万雷の閃刀】の魔力をしっかりと感じるな)
柄から感じられた【万雷の閃刀】の魔力に雄斗は小さく笑みを浮かべる。
同じようにマリアが微笑み、彼女の背後で膨大な水が沸き起こる。
攻撃かと身構える雄斗だが、生み出された水は様々なものへと変化する。最初の時のような水の鞭に水や氷の弾丸に大砲。さらには水や氷で形成された兵士や獣などなど。
(やれやれ。いつ見ても軽やかに発動するな)
目の前で起きているこれは【神威絶技】。神々や【神具】、【神財】保持者が持つ神の属性──神威を、彼らの意思で具現化させたものだ。
今目の前で生成される水の軍勢。これはマリアが継承した女神アナーヒターが水の属性を持っており、それを利用してのものだ。
「【純水の軍勢】。行って」
マリアの声に応じる水の軍勢。波濤の如く雄斗に迫ってくる。
背後以外の全包囲攻撃。今までの雄斗ならこのような状況になったとき切り札である【雷帝招来】を行使して近接戦闘に持ち込んでいたが、今は違う。
「稲妻よ!」
迫るマリアの攻撃に雄斗は左手に集めた雷を放つ。【万雷の閃刀】から借り受けた巨大な雷が迫る水の軍勢を吹き飛ばす。
しかしマリアの攻撃は続く。最初と同じ位置で立っている彼女の周りに再び水の攻撃や軍勢が形となって雄斗に襲い掛かる。それに対し雄斗も稲妻で粉砕するもマリアには届かない。
もちろんただ放っているだけではない。どこまで威力のある稲妻を扱えるか試行錯誤しながら雷撃を放つ。そして稲妻を放つのに慣れてきたのを感じるとマリアのように雷撃を剣に槍に矢、球状など様々な形に変えて放つ。
マリアの【純水の軍勢】のような神威絶技ではない。単に脳内で思い浮かべて変形させているだけだ。流石に
(対話の成果か、思うように雷を操れるな)
さんざん怒りこちらを嫌っている【万雷の閃刀】だが、しっかりと協力はしてくれているようだ。心中で礼を言いながら雄斗は雷撃を放射し続ける。
しかしマリアは一歩も──いや腕さえも動かさず水を操ってはそれらを受け止め、迎撃し、こちらへ攻撃を放つ。しかも徐々に苛烈で厳しい攻撃となっていき、雄斗を追い詰めていく。
(相変わらず目立ったスキがない水の攻防。【豊潤にして強力、かつ穢れなきもの】の異名は伊達じゃないってことか……!)
古代ペルシア神話に伝えられているアナーヒターは世界にあまねく広がる大河の化身であり大地、生命を司る豊穣神。そして穢れや悪魔、邪神と敵対する太陽神の眷属である光に満ちた軍神でもある。
そしてペルシア神話の元ネタである多元世界【アヴェスター】においても同様の役割を持っているという。
(そろそろ前に出るか)
雄斗は稲妻の制御が自分の想定したレベルに達しているのを確信し、雷を放つのをやめて【万雷の閃刀】を両手で握る。
「【雷帝招来】」
呟くのと同時、【万雷の閃刀】より溢れる膨大な雷光。それらが雄斗の五体に吸い込まれていき、力が全身に満ちる。
鳴神家の奥義の一つである【雷帝招来】。本来は自ら生み出した稲妻を閉じ込めた呪符、または術者がその場で生み出した莫大な稲妻を取り込んで発動する術だ。
使用者の体から発生した雷のため、使う当人は吸収した雷によるダメージがなくパワーアップだけを果たし、雄斗のような魔力魔術が扱うのが苦手な人でも無理なく雷光を放てるのだ。
しかし今雄斗が放っている雷は【万雷の閃刀】より借りているもの。にもかかわらず発動できたのは先程の攻撃で【万雷の閃刀】の稲妻が自身に馴染んでいるのを感じたからだ。
「行く」
呟き、雄斗は一足飛びでマリアに迫る。
当然マリアも動き、今まで以上に多くの水の軍勢を生み出しては壁にし、また迎撃するための氷水の弾幕を放つ。
しかし一筋の紫電と化した雄斗はそれらをことごとく避け、又斬撃や体から放つ稲妻で撃ち落とし、瞬く間にマリアと切り結べる距離に近づく。
(雷斬)
心中で呟き、雄斗はマリアの首に向けて斬撃を放つ。さすがのマリアも近距離と言う雄斗の本領が発揮されるステージになった瞬間表情を厳くする。そして雄斗の斬撃に合わせるように足元から膨大かつ魔力に満ちた氷の柱を噴出させる。
ぶつかり合う雷斬と氷柱。しかし激突は一瞬だ。次の瞬間雄斗の雷斬は難なく柱を切り裂いていた。
しかしその一瞬の時間でマリアも手元に愛用の武具──剣と盾を呼び出しており、こちらの攻撃直後のタイミングで突きを繰り出してきた。
(いいタイミングだ)
そう褒めたたえる雄斗だが、マリアの刺突を難なくかわす。そして右に振り切った【万雷の閃刀】を持つ右腕に雷光が煌めいた次の瞬間、体が紫電の速さで自動的に動き、マリアへ再び斬撃を放つ。
鳴神流奥伝が一つ、雷閃撃。全身に宿る稲妻で自動的に体を動かし、閃電の速さで体を動かし攻撃を放つ技だ。【雷帝招来】発動時のみにしか使えない術理だ。
「!?」
攻撃直後にも拘わらず即座の反撃に大きく目を見開くマリア。それでも雄斗の斬撃を左手の盾で受け止めるのはさすがは神と言うべきか。
だが反撃まではできない。防ぐだけが精一杯といった様子だ。驚きと困惑で表情を歪める彼女へ雄斗はさらに全身から莫大な稲妻を放つ。
「くっ!」
先程マリアが雄斗にしていたような面を制圧するような膨大な雷光に対し、マリアも──わずかに遅れたが──全身から水を吹き出し稲妻とぶつからせる。純粋な力の塊二つがぶつかり合い、衝撃と爆音を発生させる。
そしてその一瞬で雄斗はマリアの隙だらけの背後に回りこみ再び【雷斬】を放つ。マリアも雄斗の動きを察していたのか水の防御壁を張るが、雷斬はそれを易々と切り裂き、マリアの背中に斬撃を見舞う。
「……っ!」
わずかだが苦痛の声を漏らすマリア。険しい表情でこちらに振り向いた彼女に、雄斗は閃光の連撃を繰り出す。
一方のマリアも下がらず距離を置かず真っ向から雄斗の剣技に対して立ち向かう。雄斗と同じく【心眼】を使った立ち回りと防御、【閃電の太刀】による剣戟を放つ。
【閃電の太刀】とは【心眼】を会得した剣士が光や雷撃さえ切ることを可能にした攻撃のことだ。これの使い手は今の雄斗がやった雷速による移動や攻撃も見切り、カウンターを可能とする。
さすが神と言うべきマリアの剣技に戦技。だが神域に達しているそのどれもが雄斗に比べて若干遅い。その隙を雄斗は容赦なくつく。
(うすうす思っていたが、俺ほどの武才は持っていないんだな)
神々となったものには様々な祝福が自動的に与えられる。人が持ちえない莫大な魔力や回復力、身体能力。そして【心眼】や【閃電の太刀】もその一つだ。
しかしそういった神々は総じて雄斗のように自身の力で神の領域にまで達した武人と戦えば後れを取る。神となったことで人外の武力を手にしたものの、自分の体がそれを十全に生かす術を身に着けていないからだ。
マリアの剣技や立ち振る舞いから見て彼女の武才は達人のそれだ。だが達人止まりであり、もし神でない彼女と雄斗が剣を交えれば雄斗が勝つのに一分もかからないだろう。
当初こそ互角にやりあえていた両者の剣の交わり。しかし時間がたつにつれて雄斗の攻めの手数が増え、マリアは守勢に回る時間が増える。水の女神が張る水色の防御壁も剣戟と雷撃がことごとく打ち払う。
「本当に、見事な剣技だねっ!」
「それだけが取り柄だからな!」
苛立ち紛れに繰り出されるマリアからの斬撃を雄斗は回避すると同時、懐に入り込んで足元に剣戟を放つ。足首を狙ったそれをマリアは低くジャンプしてかわすがそうすることを読んでいた雄斗は即座に剣を引くと刺突を放つ。
【閃電の太刀】を持つ右腕が眩い黄金の輝きを放ち、一筋の閃光となってマリアの腹部に向かう。マリアはそれに視線を向けているが刺突のあまりの速さに体が反応できていない。
鳴神流奥伝、【紫電光牙】。閃電の速さで加速させた鳴神流剣術の中で最速の一撃だ。
回避も防御も不可能な雷光の刺突。だがマリアの腹部をついた切っ先からは鋼をついたような衝撃が伝わってきた。
雄斗はすぐさま剣を引き、距離を取る。マリアも【紫電光牙】を受けた衝撃でたたらを踏みながらこちらから離れる。
「……少しは本気を出せたってことでいいのかね」
「いいと思うよ。反射的とはいえわたしに全力の魔力障壁を展開させたんだから」
小さく息を吐いて言う雄斗にマリアは勇ましい笑顔で言う。そしてその前面にガラスのような魔力障壁がある。
【万雷の閃刀】より力を借りたとはいえ雄斗がここまでマリアと戦えた最大の理由は、マリアが力をセーブしていたからだ。もし最初から全力を出していれば圧倒されていただろう。
もっともマリアが手加減していたのには雄斗がどれだけ【万雷の閃刀】の力を引き出せたのかを知るためだろうが。
「行くよ。──清浄なる軍勢よ、勝利のために姿を見せよ」
そう言ってマリアは短く文言を口にする。すると元々巨大だった彼女の魔力がさらに増す。
また周囲に莫大な水と氷が溢れては兵隊と兵器、竜を形どる。兵士の群は最初に見せていた剣や斧、槍を持つ戦士だけではなく弓兵や頑強な鎧姿の重騎兵、氷の騎馬兵の姿もある。
兵器は変わらず大砲だけだがその大きさと数が段違いだ。大砲の大きさを見てもまともに食らえば大ダメージを受けるのは間違いない。
そしてそれらの周りに生成される龍の群れ。蛇の胴体を持つ東洋の龍、大きい翼を持つ飛竜、直立しながら大きな翼を広げている巨竜。それらの迫力も尋常ではない。おそらくあれ一体の強さはD、もしくはCランクの【異形種】と同等だろう。
「さっきとは違う、本気の【純水の軍勢】。
この猛攻をどう防ぐかな!」
そう言うのと同時、マリアは右手に握る剣を天井へ突き上げる。そしてその切っ先に瞬時に小さいプールに入るような大量の水が生まれ、雄斗へ放たれる。
神速で迫るそれに雄斗は渾身の雷を放つ。向かってくる水の巨槍とそれと同等の大きさの雷の矢がぶつかり合う。
先程と同じく雷撃と水の激突。そして結果は真逆だ。水槍は紫電の鏃を跡形もなく粉砕し雄斗へ迫る。
矢を砕かれた瞬間、回避は不可能と判断した雄斗は【紫電光牙】を放つ。雷を帯びた神速の突きは水槍を跡形もなく吹き飛ばす。
しかし雄斗は次の瞬間、目元を鋭くする。眼前では再びマリアが剣を天井に向けており、その切っ先の上には先程と同じ水の巨塊が発生していた。──四つも。
「|邪悪を引き潰す神馬の蹄!」
水で構成された四つの逞しい巨馬が雄斗に突撃。それを雄斗は雷速で回避するが、それらから感じる圧と周囲に張られている障壁に激突した衝撃を感じ、心中で冷や汗をかく。
今の【神威絶技】も──多分威力は抑えていると思うが──直撃すれば数秒は動けなくなる。食らえば致命的だ。
回避した直後、マリアの周りに生成された大砲が水氷の砲弾を発射する。【心眼】でそれらの軌道を見切っては紙一重で躱しまくる。
だがマリアの猛攻はまだ終わらない。今度は水の龍たちが正面から、そしてその横から軍勢が一気に押し寄せてきた。
「紫電よ!」
水びだしとなった床を大きく踏み込み雄斗は渾身の雷撃を放つ。しかし広範囲に広がったそれは龍や兵隊たちを一部だけ吹き飛ばすだけとなった。
二撃目を放つ前に殺到する水の軍勢。已む得ず雄斗は敵陣に切り込む。稲妻をまとい瞬時に水の軍勢の中央に移動、閃電の速さで太刀を振るい、凄まじい速さで周りの敵を切り伏せていく。
新たに生み出された軍勢は先程よりも強かったが、今の雄斗にとってはさしたる脅威にもならない。せいぜいマリアへの集中を切らす程度の効果しかないが、雄斗は【心眼】の範囲を広げており、彼らを生み出した親への注意を怠っていない。
正確かつ巧みな連携の彼らの猛攻を、雄斗は電光の速さでかわしては次々と切り伏せ、元の水に戻していく。ますます床に水が溢れ、周囲の水気──湿度が上がる。
「隙だらけだね」
敵軍の中で好き勝手に暴れ話回って数十秒経過したとき、背後から聞こえてくるマリアの声。
つい先ほどまで全く動いていなかったはずの彼女の気配が真後ろにあり、雄斗は大きく目を見開く。
(いつの間に背後に回り込んだ!?)
マリアの攻撃の気配を察し、また自分が攻撃の直後と言うこともあって回避できないと判断した雄斗は魔力を全身──特に背面に集中させる。そしてそれをした次の瞬間背中に衝撃と痛みが走る。
吹き飛ぶ雄斗に龍や兵隊たちが向かってくるが、全身から雷を放って牽制。空中で体勢を立て直し濡れた床へ着地する。
だがすぐに反撃には映らない。先ほどのマリアの一撃が予想以上に効いているからだ。そしてマリアは鋭い視線をこちらに向けると一気に距離を詰め、剣を振るう。
「くっ……!」
マリアが振るう太刀や動きに雄斗は押される。明らかに先程に比べ動きや攻撃が早く、鋭くなっている。剣戟の一撃も重くなっている。
雄斗も反撃できないわけではないが、マリアが三度攻撃するのに二回という具合だ。また数度ほど決定的隙ができ斬撃を放つが、そこへは生き残っていた龍や兵隊たちが割って入り邪魔をしてくる。
そしてマリアの動きはますます速くなり剣戟の重さも増してくる。反撃はおろか回避すら難しくなり雄斗は受け止め、逸らすしかできなくなる。その不可解な現象に雄斗は心中で叫ぶ。
(なんだこれは!? いくら速くなっても俺が全く手が出せない状況になるなどあり得ない!)
【心眼】で動きは見えている。だが反撃、カウンターをするより早くマリアは動いているのだ。
まるでこちらの動きを予測しているような、明らかに異常な動作。間違いなく何かが起こっているのは確信する。だがそれが何なのかわからず雄斗は下唇をかみしめる。
(くそっ!)
マリアの大振りの剣戟を受け止めたのと同時、背後にバックステップ。そして雷の速さで背後に回り込む。
だがそこでもマリアは驚くべき反応を見せた。なんと雄斗が移動したのと同時に振り向き剣を振るってきたからだ。もはや未来予知でもしていなければできない反応だ。
攻撃を放とうとしていた雄斗へ繰り出されるマリアの刺突。腹部へ向かうそれを雄斗は【閃電の太刀】の刀身で受け止め、再び後方へ大きく下がる。
(この超反応……。一体何をしているんだ)
超巨大な氷柱を展開するマリアを見ながら、雄斗は汗が流れている頬を腕で乱暴に拭う。そして腕についたまるで風邪をひいたときにかく汗のような多量の水気に仰天し、同時に気づく。
「……水か!」
たまらずマリアの突然のパワーアップの理由を叫ぶ。そしてこちらを見て微笑むマリアを見てそれが間違いないと確信する。
マリアの強さの変化の理由、それは水だ。足場にある水、周囲に漂う湿気。これらがマリアの動きや攻撃をより強く速くしていた。そしてその大量の水気は雄斗の体にまとわりついては動きを遅くしていた。
(そういえば聞いたことがある。水や炎の属性を持つ神々は周囲の環境を塗り替えて自らの力を強化することもあると──)
周りを見ればいつの間にか水びだしだ。マリアが放った攻撃や雄斗が倒した彼女の使い魔たちが水に戻り、また気化して周囲の湿度──水気を上げたのだろう。
それに気づいたのと同時、発射される氷柱。先ほど同様かわそうとする雄斗だが、右足が動かない。
視線を向けてぎょっとする。いつの間にか右足首が凍り付いていたのだ。
(ちいいっ!)
足首を固定する氷を見て容易に外せない。そして外しているうちにマリアの攻撃が届く。それを直感で悟った雄斗は大上段の構えを取り、刀身に魔力を収縮する。
防御などに回していた全ての魔力が【万雷の閃刀】の刃に集まり、雷へと変換される。かつてない激しく、眩い雷光が刀身を中心に周囲に放たれ、生成された長大な雷の刃を雄斗は飛来する水氷に向けて振り下ろした。
「天斬雷剣!」
巨大な黄金の刃が向かってきていた氷柱を一瞬で消し飛ばす。そしてその勢いのまま雷刃は、マリアへ振り下ろされる。
鳴神流剣術七ノ太刀、天斬雷剣。体内の魔力をすべて刀に集め巨大な刃を精製してくて斬撃を繰り出す鳴神流最強の威力を誇る技だ。
雄斗の渾身の一撃を見てマリアは驚愕するも、水の防壁で受け止める。雄斗はさらに押し込もうと力を込めたその時だ、突然雄斗の正面──マリアから爆発が起こる。
刹那の時間で膨れ上がる凄まじい爆発を雄斗は避ける間もなく吹き飛ぶ。
水びだしの地面を幾度も転がる雄斗。体中の痛みを根性で無視してすぐに起き上がるが、視界にこちらの額に剣の切っ先を突きつけているマリアの姿が見え、固まる。
勝負あり。それを察した雄斗は小さく息を吐き、【万雷の閃刀】を消す。直後、マリアも戦意と魔力を静める。
「水蒸気爆発か? 今の」
「うん。【大河の激昂】。高密度の熱量攻撃に対するカウンターかな」
ゆっくりと立ち上がろうとした雄斗の手をつかみ引き上げるマリア。どうやら今のも【神威絶技】の一つのようだ。
そしてこちらはへとへとだというのに彼女からは疲れた様子はあまり感じられない。さすが神というべきだろう。
「お疲れ。今日は少しは善戦できてたね」
「今日の戦いぶりを安定して出せるようになれば、任務に連れて行っても問題がないだろう」
「ククク。次は俺の番だったな。楽しみでしょうがないぜ」
傍にやってきたソフィア、ラインハルト、ルクス。少しはこちらを認めてくれたような──ルクスだけは違うようだが──言葉に雄斗は微苦笑する。
そして彼らに遅れて雪菜と、グレンがこちらにやってきた。
「お疲れ様です。あの、素晴らしい戦いでした!」
「ありがとう。だが叢雲、お前さんの協力のおかげだ。感謝するよ」
「い、いえ。お気になさらずに」
雄斗の霊に雪菜は軽く頬を染めて俯く。
「雪菜の言う通り見事な戦いぶりだったよ鳴神君。特に剣技は思っていた以上に素晴らしい。当代のスサノオ様と渡り合った噂は真実だったようだね。
今でこの様子なのだからあと一年──いや半年もしたら僕と互角、いや超えられてしまうかな?」
雄斗を過大評価しているのか、それとも本気でそう思っているのかそんなことを口にするグレン。
思わず目をぱちくりする雄斗からグレンは視線を外し、マリアのほうを見る。
「マリア、エドガー様がお呼びだ。詳しくは知らないがどうやら【アヴェスター】かららしい」
「【アヴェスター】から?」
「今すぐ、ここにいる全員で指令室に来てくれとのことだ」
グレンの言葉を聞き、マリアは小さく驚き、そして表情を引き締める。
そして雄斗は目を見開く。【アルゴナウタエ】のトップ直々の呼び出しとマリアの様子から見るにおそらく任務──それもいつもより難易度が高そうな──だと雄斗は思っていたからだ。
つまり自分の出番はないと思っていた。だというのに──
「わかりました。すぐに向かいます」
険しい表情で、マリアは言った。
次回更新は4月13日の午前七時です。