十四話
「全く、噂に違わぬ化け物だったな」
「本当にそうだね」
ザングールが消滅して五分近く、雄斗はようやく警戒を解き、大きくため息を吐く。マリアたちも臨戦態勢を解き、手にしている神具を下ろしている。
正直、これほど苦戦することは想定をはるかに超えていた。いかに歴戦の【異形王】であったとしても雄斗たち四人で討伐できると。
しかし勝利するには神具、神財持ちが二人と神々が四柱が力の限りを尽くさなければならなかった。改めて【異形王】という存在の恐ろしさを実感する。
「協力ありがとうマリア、アザード、鳴神君、叢雲君。
前回のように誰も斃れなかったことに私は何よりも安堵しているよ」
「そういやあ前回は神二柱と神財使い一人が殺られたんだったな。それを踏まえると戦果としては上々だな」
「全くだ。一人か二人は斃れると思っていたが皆生存するとは。ふふふ、全く見事なものだ。素晴らしい」
聞こえてきた賞賛の声に全員が身構え、周囲に目を向ける。
ざっざっざと砂を踏む足音が闇の中から聞こえてくる。音のする方へ全員が振り向き戦闘準備に入った時、声の主は姿を見せる。
190センチほどの長身であり腰まで伸びているざんばらな黒髪。ところどころ破けた着物を着ているその姿は江戸時代の浪人のようだ。
だがその人物が人でないことは一目でわかる。額に生えている刃を連想するような鋭く太い角。竜人のような縦長の瞳孔を持つ黄金の瞳。むき出しの肌には鱗が見える。
(何だこいつ……!)
うっすらと微笑しながら歩いてくるその人物が【異形王】であることはすぐにわかった。だが今まで相対した彼らとはあまりに違うさまに雄斗は困惑する。
今まで対峙した【異形王】は性格や能力は違えど共通して人への戦意や殺意を放っており、こちらを威圧、恐怖させるような強大な魔力を発していた。
だが眼前の【異形王】は微塵もそんな気配がない。強いのは一目見て分かる。だがその存在感や圧はあまりに静かすぎて全く底が見えない。全容が見えない巨大な山、凪の海のようだ。
「馬鹿な……!」
「何で、テメェがここにいる……!」
強い戦意が篭もったアザードの声。しかしすぐに雄斗は気付く。その裏には明らかな恐れと怯えがあることに。
並び立つシャハブも顔面を蒼白にして神具を構えている。先ほど見た時は頼もしいと感じたその姿だが、何故か今は欠片もそうは思わない。
紛れもない強者である二人が、明らかに恐れ、慄いている。この【異形王】は何なのか。雄斗は隣にいるマリアに訪ねようとした時だ、
「グラディウスゥゥッッ!!」
「覚悟ぉぉっっ!!」
マリアとファルナーズが鬼の形相で叫び【異形王】に飛び掛かる。
だが彼女たちが手にしている神具の刃は【異形王】には届かない。いや彼女たちそのものが届いていない。
跳躍して斬りかかろうとした二人は唐突に地面に落ちたからだ。
「がっ……!」
「ああっ……!」
苦しそうな声を上げ、つぶれたカエルのような姿勢となる二人。すぐに立ち上がろうとするがすぐに砂地にその体がめり込む。
(重力です。お二人だけにとてつもない重力がかかっています……!)
念話で雪菜は言い、二人に向かって左手を差し出す。
だが重力で押さえつけられている二人はピクリとも動かない。雪菜の干渉──重力制御が全く及んでいないのだ。
「お前たち二人、どこかで見た顔だな。……もしや先代のアナーヒターと共にいた小娘か?」
身をかがめグラディウスと呼ばれた【異形王】はマリアたちを見る。女神二人より向けられる憎悪の視線を意に介すことなく。
「やはりそうか。これは重畳! あれからわずか数年しか経過していないというのに二人とも神格を継承するとは!
先代のアナーヒターは素晴らしい後継を残したものだ!」
哄笑する【異形王】。その姿を見ながら雄斗はマリアたちが読んだ彼の名を心中で反芻する。
(グラディウス……。まさか【戦帝】グラディウスか!?)
神々や【異形王】のことに疎かった雄斗でさえ一度は聞いたことがある。
神代の時代より存在し続ける最強の【異形王】。戦いを何よりも愛し、強い敵を盟友と呼び、彼らを己の手で屠ることを至上の喜びとする怪物。
己が目的のためならば同胞さえ敵にし、世界や人々さえ守った異端、異質の【異形王】。しかし伝説、神話に名を連ねた数多の英雄、神々をその手にかけた、並び立つものは存在しないとさえ言われる存在。
「しかも明の後継とその血を継ぐものも二人に匹敵する強さを持っているとは。
これだから貴様たち人間は素晴らしい」
雄斗と雪菜を見て言うグラディウス。
【万雷の閃刀】を使っていた雄斗はともかく雪菜の素性を一目で見抜くとは。どういう眼力だ。
「だが今回はお前たちに用はない。
目当ての者はシャハブ・アラム・ティシュトリヤ。貴様だ」
そうグラディウスが言ったのと同時、雄斗の体は地面に叩きつけられる。
凄まじい荷重。雄斗は疲れた体に鞭を打って何とか顔を上げるが、シャハブ以外の面々が自分と同じように地面に這いつくばるような格好になっていた。
(グラディウスの仕業か……!)
数々の逸話を持つだけあってグラディスの能力は広く知れ渡っている。【異形種】として彼は重力を操る。
しかしこれだけの人数をまとめて一網打尽にするとは。体を起こそうとする雄斗だが、膝を立てたところで再び砂地に叩きつけられてしまう。
「ザングールほどの強者を圧倒する戦技に闇の中ではほぼ不死身と言っていいあ奴を嵌めて討伐したその強さ。見事以外何物でもない。
先代のアナーヒターとの戦いのとき、期待して殺さなかったのは正解だったようだ。当代のフェリドゥーンも中々だったぞ」
嬉しそうな顔をするグラディウス。
彼は懐に入れていた左手を出し指を鳴らす。すると雄斗たちの上空に黒い渦が発生し、そこからエメラルドグリーンに輝く水が溢れ地表に落ちる。
当然雄斗たちはその液体を浴びることとなる。だが碧の水が雄斗たちの体を濡らし地面に染み込んだのと同時、奇跡が起こった。
砂漠だった周囲には緑が溢れ、傷つきボロボロだった雄斗たちの体の傷も癒える。底に近かった体力魔力も本来の状態へと回復してしまった。
「さてシャハブよ。傷も癒え力も戻っただろう。始めるとしようか。
貴様たちも動けるなら参戦を許そう。まぁ容易ではないだろうがな」
這いつくばらされている雄斗たちを一瞥し、グラディウスはただ一人立っているシャハブに視線を向け、無手の右手に黒一色の刀を出現させた。
それを見て雄斗は思わずゾッとする。変哲もない刀だがその刀がザングールの【暗王の鋼具】よりもずっと恐ろしいもののように感じたからだ。
剣を盾を構えているシャハブに対し、刀を手にし直立するグラディウス。一見棒立ちに見えるそれは武芸の奥義の一つ”無形”の構えだ。
一見隙だらけに見えるが、あらゆる攻撃に対応、迎撃できる。また逆にあらゆる攻撃を放つことができる千変万化の構え。武の極致。
対峙し、しかし動かない両者。幾度か砂が混じった風が吹いた時、両者の姿は消え、そして一瞬後、剣を交差させている二人の姿があった。
「……っ!」
シャハブたちの剣がぶつかったことで発生した衝撃波に思わず雄斗は腕で目を塞ぐ。思わずそうしてしまうほどの圧と迫力があったのだ。
剣と盾を駆使し上段、中断、下段。あらゆる角度から攻撃を放つシャハブ。雄斗でも押されるであろう速く流麗な連撃をグラディウスは笑みを浮かべ、剣一本でしのぎながら反撃している。
星々の煌めき。天空に拡散する雷光。そのような連想させる両者の放つ攻撃や動きはすさまじく完全には見切れない。
二分程度で百を超える剣戟を放ったころ、押され気味だったシャハブは距離を置く。そしてその直後、天空から巨大な光の塊がグラディスに落ちてくる。
先の【異形種】の巣討伐の時に見た、シャハブの神威絶技【星牙】だ。彼の意志に応じて空から巨大な光の塊を叩きつける。ファルナーズの【星矢】と同じ原理の技だが向こうがショットガンに対してこちらは大砲という感じだ。
しかもその速度は光速であり備動作がない。防御はもちろん回避も限りなく不可能な技。
だがグラディウスを叩き潰そうとした光の塊は彼の頭上に出現した黒い渦に飲み込まれてしまった。
(今のは……!?)
(話に聞く【虚空】だな。ブラックホールによる攻撃吸引……!)
グラディスを最強たらしめている絶技が一つ【虚空】。発生させたブラックホールにて外部からのあらゆる攻撃を吸い込み無効化する。
続けざまにシャハブは【星牙】を放つ。だがそれら全て超重力の渦に吸い込まれるだけだ。
しかも【虚空】は【星牙】をちょうど飲み込む大きさで発生している。それはすなわち、
(シャハブの攻撃するタイミングを完全に読んでやがる。信じられん……!)
【星牙】は雄斗から見れば唐突にやってくる攻撃だ。【心眼】と直感を頼りにしても回避か防御で手一杯になる。それを完全に読み切るとは、一体どういう感覚をしているのか。
「返すぞ!」
そう言ってグラディウスは黒刀を振るう。すると軌跡からは眩い光の斬撃が飛び出す。
回避するシャハブ。避けた光の斬撃は砂漠に深々とした後を作り、彼方へ飛んで行ってしまう。
【闇放】。【虚空】にて吸い込んだ相手の攻撃を放つ技だ。しかも今のように自分の思ったような姿へ変えることも可能だという。
シャハブが【星牙】を放った七発分、光の斬撃を放つグラディウス。シャハブは最初こそ回避していたが五撃目は体を掠め、六撃目は盾で防ぐも体勢を崩し、七撃目で左腕を切り落とされる。
「シャハブさん!」
マリアが声を上げ、隣のファルナーズが必死の形相で体を起こそうとしてるのが目に入る。
雄斗は【剣躰】を発動して押さえつけている重力を解こうとする。だがその時、周囲が再び星の世界へと切り替わる。【無窮なる星界】だ。
同時に雄斗の体が軽くなる。【無窮なる星界】に入ったことでグラディウスの束縛から解放されたのだろう。
「シャハブさん、今行きます!」
「叔母様の仇、今ここで取らせてもらうわ!」
「この俺を眼中無しにしたこと、地獄でたっぷり後悔しな!」
マリアたち三人は【神解】となってグラディスに突撃する。
三者が放つ莫大な水と焔と閃光。山すら飲み込み破壊するような神威絶技にも引けを取らない強力な一撃。
だがグラディウスはちらりと視線を向けると超巨大な【虚空】を発生させそれらを一飲みにしてしまう。
しかしその間にできた時間、雄斗と雪菜がシャハブの元へ駆けつけた。
「大丈夫ですかシャハブさん」
「すぐ治します……!」
断たれた腕を手にしてシャハブに寄る雪菜を見ながら雄斗は【万雷の閃刀】を構え、グラディウスとマリアたちがいる方を見る。
同じ【アヴェスター】の神であり数年来の付き合い故か、三者は息の合った連撃でグラディウスとやり合っている。一人が接近すると一人は後方からサポートし、もう一人は接近した仲間が離れた後、強力な神威絶技を放っている。
絶え間なく攻撃を放つマリアたち。どれとして同じ攻撃はない。だが神代の時代より生きながらえては幾人もの神々と戦ってきた【異形王】は表情を微塵も動かさず向かってくる攻撃をかわし防ぎ、反撃する。
「ありがとう叢雲さん。
鳴神君、私たちも仕掛けよう。一切の手加減は無用だ。
生き残りたければ力果てるまで攻撃を続けるんだ……!」
「はい!」
「わかりました……!」
雪菜と同時に頷く雄斗。左腕が治ったシャハブと共にグラディスに向かっていく。
「当代の【万雷の閃刀】の所有者! 名を聞いておこうか!」
「誰が教えるか!」
マリアを蹴り飛ばしたグラディウスに突っ込む雄斗。肌を震わせる寒気を無視して剣を交える。
シャハブが言った通り力も魔力も込めた一撃を放ち続ける。全てが全力、必殺の太刀。
だが剣戟を交えるたびに悪寒は強くなり雄斗の戦士の本能は逃げること、逃走することを叫ぶ。──絶対に勝てないと警鐘を鳴らし続ける。
(剣を交えても底が見えない。勝てるイメージが微塵もわいてこない……!)
一対一ならまだわかる。グラディウスの剣はあらゆる面で雄斗を上回っている。戦士としての動きもだ。
だが六対一でも勝機が全く見えないし感じられない。いつもなら相対した敵の大まかな実力が見えるが、眼前の【異形王】からは何も見えないのだ。
戦況も時間が経つにつれ、逆転した。最初こそ仲間たちから絶え間ない攻撃、猛攻を受けて押されていたグラディウスだが、冷静さを失わず一つ一つに確実に対処しては的確かつ強烈な反撃を繰り出していた。
雄斗たちは互いに協力してグラディウスからの攻撃を凌いでいたが次第に攻撃をかわすこともできなくなり、防御しても腕や足を断たれ、大きく吹き飛ばされてしまう。
六対一となって十分近く経過した後、雄斗たちは皆、傷だらけだ。
そして疲弊している雄斗たちに対し、最強の【異形王】は戦闘前とさして変わらぬ様子で佇んでいた。
「こっ……のおおっっ!」
シャハブが己の真横で吹き飛ばされたのを見たファルナーズが、激昂して【星矢】を放つ。
だが数十もの輝く弾丸はグラディウスが放つ百を超える漆黒の弾丸に砕かれ、彼女を打ちのめす。
未来の夫と同じく吹き飛びぶファルナーズ。頭から落下しかけた彼女を間一髪、マリアと雪菜がキャッチした。
「ファルナーズさん! 大丈夫ですか!?」
「冷静になりなさい。あの【戦帝】を一人でどうにかできるわけないでしょう!」
「うるさいわよ!」
しかし頭に血が上っている彼女は二人を押しのけると高く空に舞い上がる。そしてどうしたことか【星女王の霊剣】の刃で自身の両手首を切り裂き、自分の頭上に放り投げる。
「月よ。星天に輝く絶対にして孤高なる女王よ。我が血潮を糧として顕現せよ」
切っ先をグラディウスに向けて静止する【星女王の霊剣】。そしてその刀身にファルナーズの魔力と両手首からあふれ出る血液が吸い込まれていく。
「ファルナーズ! いけない!」
「おいおい、俺たちを巻き込むつもりか! って聞いてねぇな、あの様子は!」
「星々の煌めきは汝が刃。宇宙を翔る流星は鏃。明明と放つ黄金の月光は女王の神威」
ファルナーズを見てシャハブとアザードが血相を変える。
だが二人の声も聞こえていないのか、詠唱を続けるファルナーズ。
(おいマリア。ファルナーズはいったい何を)
(鳴神君。雪菜ちゃんやシャハブさんと合流して全力で防御壁を張って)
雄斗が念話で問いただしたのにかぶせるようにマリアは言う。そして雪菜から離れちょうどファルナーズの真下に来ると、彼女も頭上の女神と同じく手にした剣で自身の両手首を切り裂いた。
「天道の輝きよ。大河が命を育む煌めきよ。今この時は我の御手に集いて全てを破壊する光と成れ」
ファルナーズと同じく神具を宙に放るマリア。彼女の正面で静止した【大河の聖盾剣】に鮮やかな紅の鮮血が吸い込まれていく。
清純な青と純白の剣と盾が紅に染まっていき、彼女自身の魔力も急激な勢いで高まっていく。
(マリアもか!)
(二人ともマリアの言う通りにするんだ!)
怒鳴りつけるような念話が響き、シャハブたち二人がやってきては雄斗たちの前に立ち、障壁を何重にも展開する。
雄斗も雪菜も言われた通り防御壁を張り巡らせる。
「全ての存在は我が力を恐れよ。我が輝きに震えよ。我が放つ光は反徒どもを打ち滅ぼす夜の女王の神威である!」
「我は太陽に守護されし女王にして戦士。陽光を遮る魔を祓う聖なる士。世界に平和と調和をもたらすため、神聖なる破壊を齎す!」
まるで爆発前の爆弾のような空気を放つマリアたち。二人の血液が吸い込まれた神具は彼女たちの魔力の高まりとともに姿を変える。
【星女王の霊剣】は巨大な弓矢を持つ半裸の女神に。【大河の聖盾剣】は赤と紅に輝く鎧を纏う戦車に乗った女神へと。
対峙するグラディウスは何かを見定めるような顔をして二人を見つめている。
やや遅れて雄斗と雪菜も障壁を張り終えた時、マリアたちは叫ぶ。
「【百鬼夜行を滅する月光神鏃】っ!」
「【降魔と暗黒を祓う聖女王の進撃】──!」
半裸の女神から放たれる黄金と紅の矢。甲冑を纏う女神が剣と盾を前に出して突貫する。
目標はもちろんグラディウスだ。そして標的となった【異形王】は何をする様子も見せず佇んでいる。
二つの神威絶技が激突し発生する爆発と轟音。世界そのものを揺るがすと思うような衝撃波と爆発の輝きと音。雄斗は思わず目を閉じる。
(なんという音……! 魔力で防護してなかったら鼓膜が破壊されていたな)
(そ、それでもキーンって耳鳴りがしますし、頭もくらくらします)
眩しさが薄れたのを感じ視界を開くと、火山で水蒸気爆発が起きたかのようなもうもうとした巨大な煙があり、目の前には至る所にヒビが入った一枚だけの防御壁が見えた。
シャハブたちと協力して十枚以上は張ったはずであるがこの有様。とてつもない威力である。
(ったくあの馬鹿ども。いくら頭に来たとは言え【命魔融和】を使って神威絶技をかます奴があるか……!)
(【無窮なる星界】を発生させていたのが不幸中の幸いかな。まぁ今の衝撃で壊れそうだけど)
(な……!)
(えええっ!?)
アザードが口にした【命魔融和】を聞いて雄斗は絶句し、雪菜は驚愕の叫びをあげる。
【命魔融和】とは簡単に言うと生命力と魔力を一つに融合することだ。これにより本来発揮できない強力な魔術を使えたり、死にかけた人が超常の力を発揮して窮地を脱することが可能となる。
全ての生物が持ちその体内で生まれる生命力と魔力だが、二つは似て非なる力で一つにすることは非常に難しい。魔術師はもちろん神でもだ。だがセンスと資質を持つ限られたごく一部の人間や神々は【命魔融和】を可能とする。
とはいえ良いことづくめという訳ではない。発動した魔術や力は微細な制御はできないし実行するには何かしらの代償が必要とされており、また一度の使用でも凄まじく消耗し場合によっては後遺症すら残るという。
【命魔融和】を行い神威絶技を放ったマリアたち。肩で大きく息をしており表情は真っ青、腕や足が軽く痙攣しているようにも見える。宙に浮いているだけで精一杯と言った有様だ。
(とはいえあれだけの強力な一撃を放ったわけだ。いくらグラディウスと言えども──)
そう雄斗が思った時だ、濛々とした雲が切り裂かれた。
立て続けに黒の斬撃が巨大な雲を切り裂き四散させる。そして晴れた場所には黒刀を肩に担いだグラディウスの姿があった。
【虚空】を発生できなかったのかさすがに無傷ではない。服は破けあちこちに軽傷を負っている。
だが限界以上まで力を尽くしもはや戦える状態ではないマリアたちと違い、先程と変わらぬ圧と覇気を放っている【異形王】は十分すぎる余力があることを教えている。
「【命魔融和】を行使して発動した神威絶技。なかなかのものだった。
だが俺の命には到底届かんな」
グラディウスはそう言って抜刀体勢を取る。
それを見た雄斗は全身の毛が逆立つような感触を覚え、叫ぶ。
「マリア! ファルナーズ! 逃げろっっ! 【剣躰】っ!」
「【森羅万象は星天の下に】っっ!」
「天地斬」
雄斗は叫びながら【剣躰】を発動。雷速で二人の前に出る。シャハブは聞いたことがない神威絶技の真名を口にし、それよりわずかに遅れてグラディウスは黒刀を振るう。
三者の行動が終わった直後、ピシリという音が周囲に響く。一瞬で星々が輝く空間に無数の亀裂──否、斬撃の跡が奔り、世界が崩れ落ちていく。【神域】が砕かれたのだ。
「がはっ」
背後から響く苦痛の声。何かを吐き出すようなそれを聞いて雄斗は振り向き、大きく目を見開く。
視線の先には崩れ落ちる星界と同じようにズタズタとなり血を吐き出したシャハブの姿があったからだ。
「シャハブっっ!」
力なく落下しそうになる彼をアザードが受け止める。
それを見て雄斗が少し安堵した時だ、いきなり視界が赤く染まった。
「……え?」
さらにどうしたことか、赤は雄斗の体や服についてしまう。
鼻や頬にも流れる赤い液体。その匂いを嗅いで視線を上に向けると、額から赤い血飛沫が飛び出した。
シャハブと同じく自分も斬られた。雄斗はそう認識すると体勢を崩す。体に力が入らないのだ。
「鳴神君っっ!」
「雄斗さんっっ!」
マリアの悲鳴が聞こえ、涙目でこちらに寄ってくる雪菜を見て、雄斗の意識は闇に落ちた。
次回更新は9月2日 夜7時です。




