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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
三章  黒傷を濯げ、清流の剣
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九話




「やれやれ。お偉いさんとの顔合わせはいつしても疲れるな」

「陛下とはこれからも合う機会がありますからすぐに慣れると思いますよ」


 豪奢な椅子に背をもたれさせながら言う雄斗。それを聞いた隣にいるファティマが小さく笑う。

 アヴェスターにやってきて三日目の今日、雄斗たち【アルゴナウタエ】の一行はイーラジ王国首都にある王城パルスを訪れていた。

 先程対面したイーラジ国王フェルドは40歳。アザードと同じ焼けた肌を持つ壮年の男性だ。終始穏やかな口調で雄斗たちに語り掛け、先日の【異形宮ケイブ】の殲滅作戦への感謝を口にしていた。


「しかし国王陛下、マリアに何の用事があるんだろうか」


 緑豊かな噴水のある中庭で雄斗は呟く。

 雄斗の周りには四人の女性がいる。右にファティマ、左に雪菜。対面にはネシャートとレイリだ。


「そう心配しなくても大丈夫ですよ。荒事なら私にも声がかかるでしょうし。

 それよりも休憩が終わったらまた別のところを案内しますね。見どころはまだまだたくさんありますから」


 謁見が終わった後のことだ。国王はマリアに用事があると言って引き留めた。そしてしばらく時間がかかるのでそれまでの間、雄斗たちは王城内で時間を潰すよう言われたのだ。

 そして雄斗たちはレイリに王城を案内される。彼女が今言う通り一国の城ということもあって見どころはたくさんあった。大広間に聖堂、王城内に待機している騎士たちの詰め所や【アルゴナウタエ】にも劣るとも勝らない巨大な図書室。

 またイーラジに所属した数多の神たちの肖像画や【アヴェスター】が保持する神具、神財のレプリカを収めた部屋などはレイリ達の解説もあって勉強にもなった。

 めぼしいところを見てまわり、雄斗たちは今いる休憩所に到着。座る卓上には後ろに控えているメイドたちが用意した茶菓子が並んでいる。


「しかしまさかここでも剣の手合わせを申し込まれるとは……」


 椅子に背を深く預け、雄斗はうんざりした声を出す。先程訪れた鍛錬場で歴戦の猛者の空気を持つ兵士や騎士から声をかけられたのだ。

 何でも先日アザードと勝負した時の映像を見てたらしく、感動と感激の言葉を伝え、機会があればぜひとも自分とも剣を交えたいと申し出てきた。

 戸惑う雄斗にネシャートが協力。やんわりとした物言いで断り事なきを得た。そして逃げるように鍛錬場を後にしたのだった。


「仕方ありませんよ。【万雷ばんらい閃刀せんとう】の使い手であらせられる雪菜さんのお爺さまとお父様は【アヴェスター】でも有名です」

「二つの対戦──【異形種大戦キメラ・ウォー】や【崑崙大戦こんろんたいせん】でも当時の【アヴェスター】の神々と共に肩を並べて戦いましたからね。

 三代目となる鳴神さんに興味を抱くなというほうが無理でしょう。しかもアザード様と互角の勝負をしたとなればね」

「そーかい。……しかしマリアの奴遅いな。何してるんだ」


 国王との謁見からすでに二時間は経過している。少し時間がかかりすぎではないだろうか。

 そう雄斗が思っていると女性陣から見つめられていることに気が付く。


「鳴神さん。こんな美女軍団に囲まれているのに、やけにマリアさんのこと気にしてますね。 

 もしかしてマリアさんのことが好きなんですか」

「や、やっぱりそうだったんですか!?」

「大した用事じゃないとか言って二時間も戻ってこなければ誰だって気に掛けるわ。

 というか雪菜、やっぱりってなんだ」


 面白がっているような顔のファティマと慌てる雪菜に突っ込む雄斗。


「うーん、確かに少し遅いわね。予定ではもう終わっているのでは?」

「では、ちょっと確かめてみましょうか」


 ネシャートが首を傾げ、レイリは右手に神具を出現させる。

 彼女の右手に出現したのは穂先に蛇の頭部の飾りがついた槍だ。

 【運命を奔る蛇矛ズルワ・アジーズ】。創造神であり時間神であるズルワーンが残した彼女が所持する神財だ。


「【刹那の往時ワクト・アイン】」


 何かの神威絶技の真名を口にするレイリ。すると宙に何かの映像が浮かび上がる。映し出されるのはドレス姿のマリアに彼女と対面している男性の姿だ。

 映し出される三人の男性は誰もが雄斗と同じか少し年上と若く一流の戦士ばかりだ。そして最後に映った青年を見て雄斗は驚く。


「何で王子殿下と対面しているんだマリアは」


 映像の中でマリアと話す青年はイーライ王国第一王子であるキアー・エランシャーフ・イーラジ・イスファンディヤールだ。

 次期国王の最有力候補とも言われており、英雄神イスファンディヤールを継承した英傑だ。


(謁見の間で会っているのにわざわざ二人きりで顔を会わせている。

 何か俺たちに言えないことでも話しているのか)


 話す二人──音声は聞こえない──を見ながら雄斗が思案していると、奇妙な視線を向けられていることに気が付く。

 その視線は正面にいる女性四人からのものだ。雪菜はなぜか悲しげでレイリは意味深な笑みを向け、ファティマとネシャートはニヤニヤと愉しげだ。


「鳴神君、君はマリアのことをどう思っているんですか」

「俺を【アルゴナウタエ】に引っ張り込んだ張本人で頼りになる同僚」


 レイリから来た予想通りの質問に対し、雄斗は思ったことをそのまま口にする。

 雄斗の返答にレイリは目を丸くし、微苦笑。再び問うてくる。


「すみません。言い方を間違えましたね。

 女性として、一人の女の子として、どう思っていますか」

「明るくて気安くて付き合いやすい奴だな。

 あと時々人をからかったり同い年なのに年上ぶるのは少しウザいが、まぁ許容範囲だろう」

「……つまり好意はあるけど友情の域は出てないってことですか」

「それでいいと思うぞ」

「そうですか。……つまらないですね」


 ため息をつきレイリは神具を軽く動かして宙に浮かんだ映像を消す。


「マリアですけど、今日は謁見の後、お見合いをしていたんです。さっきの映像はその時のもの」

「へぇ、そうだったのか。まぁ特定の相手もいないようだししても不思議じゃないな。

 それで、マリアはあの三人の誰かと婚約するのか?」


 雄斗が尋ねるとレイリはつまらなそうな顔になる。


「……本当に何も反応がないんですね」

「お前さんがどういう反応を期待しているかはわかるが、俺があいつをどう思っているかは口にした通りだぞ。

 で、どうなんだ。俺としては最後に映った王子殿下が一番有力だと思うが」


 王子と話しているときのマリアは他二人の時と違いリラックスしており、素の彼女の顔が時折見えていた。


「可能性として挙げるなら鳴神君の言う通りですね。キアー殿下は私やマリア、ファルナーズとは古なじみですし」

「ただマリアの様子を見たところ、婚約するのは気が進まなそうね」


 ネシャートの言葉に雄斗も頷く。

 最初こそ楽しそうに歓談していたマリアだが途中から──おそらく婚約の話をされた後なのだろう──困ったような顔になっていた。


「そうですね。王子殿下にはすでに正妻と側室──私がいますから。

 あの子はそのあたりを気にするみたいですし」

「そうか。……ってちょっと待て。

 レイリ、お前さんは殿下の側室なのか」

「はい、そうですよ。一年ぐらい前に輿入れしました」


 大したことでもないように言うレイリ。

 雄斗は引きつった頬を元に戻し、軽く息をついて訪ねる。


「……。そのなんだ、お前はマリアが王子殿下の側室になることに何も思わないのか?」

「はい。もしそうなったら喜ばしいことだと思いますし、私としても嬉しいです。

 信頼できるマリアと一緒に殿下の傍に侍ることができるのですから。……あの鳴神君、頭を抱えてどうしたんですか?」

「何でもない。軽いカルチャーショックを受けただけだ。気にするな」


 他世界ではよく聞く話だが知人がそうなっているのを聞くと、いろいろな意味で衝撃だ。


「鳴神君、改めて聞きますけど本当にマリアのことは何とも思ってないんですか」

「しつこい。さっきも言っただろ。友人、戦友とは思っているがそれ以上の感情はない」

「そうですか。私としてはあなたとマリアが結ばれれば、殿下に娶られるぐらいに安心なんですけど」


 そう言ってレイリは手元にあるカップを口に運ぶ。 


「どうしてそう思う?」

「マリアをマリアとして受け止めてくれそうだからです。

 ここ数日、あなたとマリアの様子を見ていましたけど私からはただの友人や戦友以上の仲に見えましたし」


 レイリの言葉に他の女性陣三人が力強く頷く。

 何だその反応はと思う雄斗の正面でレイリは続ける。


「それに前にマリアに聞いたことがあるんですよね。どんな人と結婚したいかって」

「マリアさんはなんて答えたんですか?」


 何故か緊迫した顔で身を乗り出す雪菜。


「女神じゃない素の自分を思いやり受け止め、時にはぶつかり合ってくれる人って言ってました。

 それに一番近いのは現時点では鳴神君。時点で殿下でしょう」

「なるほど。確かにそれなら鳴神君が一番適任ね。他に間近にいる男性たちにはアナーヒターの顔で基本接しているようだし」

「いやルクスたちにはそうでもないだろ。俺だけ特別と言った感じはないぞ」

「確かにそうだけど、一番親しく接しているのは間違いなく鳴神君だよ。

 あの子を数年観てきた私が言うんだから、間違いないわ」


 ネシャートの言葉に雄斗は押し黙る。彼女の言葉の真偽についてははっきりとわからないが、言い返せない不思議な説得力がある。

 だが──


「ならマリアの相手は殿下で決まりだろ。

 お見合いの様子を見た限り殿下との関係は良好のようだし、婚約すれば自然と仲も深まるだろう」


 それにと、一旦言葉を切って雄斗は言う。


「さっきも言ったが俺はあいつのことを女性としては好きじゃない。

 魅力的な女としては認めるが、恋とか愛とかそう言う気持ちは、ない」


 断言する雄斗。それに気圧されたのかレイリ達は言葉をつぐむ。

 そこへ話の肴になっていた当人が姿を見せる。


「みんな。ここにいたんだ。ごめんね。長い時間待たせてしまって」

「おう、お見合いお疲れさん。殿下への輿入れは決まったのか?」


 歩いてきたマリアに雄斗がそう言うと、彼女の笑顔が固まる。

 そしてゼンマイ人形のような動きでマリアの首が動き、冷たい怒りを帯びた青い瞳が親友と先輩を捕らえる。


「……どうして鳴神君が知っているのかな? ネシャートさん? レイリ?」

「マリア。落ち着いて、ね」

「私たちは約束通り何も喋っていませんよ。──【刹那の往時】でお見合いの場面を見せただけです」

「それは喋ったのと同じだよ!」


 怒るマリア。悪びれないレイリに謝るネシャート。そしてマリアを宥める雪菜とファティマの姿。

 姦しく騒ぐ女性陣を眺めながら雄斗は先程新たに運ばれてきた茶菓子を頬張る。


「全く、レイリはもう……!」


 ひとしきり説教したマリアは大きな音を立てて席に着く。


「んで、どうなんだ。殿下と婚約するのか。それとも他の2人のどちらかか」

「誰ともしないよ。殿下には考えさせてくださいとは返事をしたけどレイリにマルヤム姫がいるわけだし。

 少し期間を置いてやんわりと断るつもり」

「私も姫も構わなのに」

「わたしが構うの!」


 再び親友に怒鳴るマリア。焼き菓子を下品にならないぎりぎりのラインで貪る。


「大変だなマリア。相手が相手だし俺のような身勝手な婚約はできないだろうからな」

「本当だよ。鳴神君の自由さがを恨めしく思うよ。……そうだ、鳴神君」

「断る」

「まだ何も言ってないよ」

「その何か面白そうなことを思いついっというような顔を見れば言わなくてもわかる。

 どうせ婚約したい相手ができるまでの間、自分と婚約──壁避けになれって言うつもりなんだろう」

「正解♪ 普通の相手ならこんなことを頼めないけど、雪菜ちゃんにあんな条件を付けたろくでなしの鳴神君なら良心の呵責を覚えることもないし」

「お前、それ俺と同レベルの発言だからな? わかってるな?」

「……。よくよく考えるとそれも悪くない気がしてきたかも。ちょっと本気でエドガー様やアルシア様に相談してみようかな」

「もしもーし。聞こえてるかー? 冗談だよなー?」


 そんな会話をいていると笑い声が聞こえてくる。

 視線を向けるとくすくすと笑うレイリと生暖かい視線を向けるネシャート達の姿があった。明らかに自分たちのやり取りを愉しんでいる顔だ。


「さて、陛下への謁見もマリアのお見合いも済んだので、予定通りシャハブさんのところに行くとしましょう」


 雄斗は渋面を浮かべ、ネシャートの笑いを含んだ声を聞くのだった。

 












「ここがシャハブさんの邸宅か」

「うん、そうだよ。久しぶりだなぁ」


 車から降り、目の前にある大きな家を見てマリアは微笑する。

 ヤシャール家のような王宮と見間違うような形状や大きさではない。【オリュンポス】や【ムンドゥス】のヨーロッパにある中世風の屋敷だ。

 とはいえ屋敷としては破格の大きさだ。大富豪や大貴族が所有する屋敷と遜色ない。周囲の庭も綺麗に整備されている。


「アザード様ほどじゃありませんけど立派な家ですね」

「邸宅内にいる警護の人たちもさほど差はないな」

「アラム家は二百年ほど前からティシュトリヤを継承し続けている【アヴェスター】有数の名家だからね。

 元は初代ティシュトリヤに仕えていた家だからフェリドゥーン直系であるアザードさんほどの権威や財力はないけど、保有する戦力はほぼ同等だよ」


 出迎えてくれた【星天団】の人とレイリの後を歩きながらシャハブの邸宅を見て話す三人。

 屋敷の扉が開かれ見える玄関ホール。そこには幾人もの使用人やメイドに見覚えがある【星天団】の人たち、そして屋敷の主であるシャハブの姿があった。


「皆、よく来てくれたね。とても嬉しいよ」


 笑みを浮かべ一人一人と握手をかわすシャハブ。

 そして彼は奥に控えているドレスを着た美女の方を見る。


「紹介しよう。こちらが私の妻──第一婦人のフーリだ」

「初めまして鳴神雄斗様、叢雲雪菜様。フーリ・アラム・マルジャーンと申します。

 この度は我が夫の結婚式への参列のために足を運んでくれたこと、心より感謝いたします」


 一礼する褐色の美女。静謐な雰囲気を持つが佇まいやわずかな動作でこの場にいる面々の中でも上位に入る戦士であることがわかる。

 マリアから聞いていたが彼女の家マルジャーンはアザードのヤシャール家に代々仕え、近衛として活躍してきた一族。

 彼女も例にもれずシャハブと結婚するまでは【竜討旗に集う勇士シャー・ナーメ】の一員として戦場で戦っていたという。


「シャフナーズはここにいないんですね」

「彼女は結婚式の準備で実家の方で忙しくしています。会えるのは明日の前夜式になるでしょうね」


 笑みを浮かべてフーリが言う。

 それを見た隣にいるマリアは複雑そうな顔になる。


「結婚式は明後日ですよね。シャハブさんは準備の方は終わっているんですか?」


 案内された客間で雄斗は尋ねる。


「ああ。僕は二度目だし式についてはシャフナーズの実家であるサーラ家に一任しているからね。

 向こうは当主の結婚式だから張り切っているみたいだよ」

「確か俺と同い年ですよね。それで当主なんですか……」


 雄斗はてっきりシャフナーズの両親が務めていると思っていた。

 年若い神の代わりに両親や兄姉、または叔父叔母と言った年長者が当主を務める。代々神を継承する名家ではよくあることだからだ。

 大したものだと雄斗が思った時だ、

 

「感心することないよ。当主と言っても実際当主としての仕事を完璧にこなせてるわけでもないし。

 大方そのあたりはご両親に頼りっぱなしだと思うよ」


 マリアの相も変わらず厳しいフシャフナーズへの評。そう言うマリアの言葉にフーリは小さく笑う。


「流石ねマリア。その通りよ。シャフナーズも頑張ってはいるけど当主として一人前になるのはまだまだ先になるでしょうね。

 あの子は優秀だけど机に座っての勉学や雑務は昔から苦手だから」


 そこまで言ってフーリはただと付け加え、続ける。


「マリアも似たようなものだったわね。サーラ家を訪れた時、ファルナーズ様の出した課題を期日までできず、シャフナーズ共々お説教や罰を受けている姿を何回も見たわね」

「フ、フーリさん! ちょっとやめてください! 今は違いますから!」


 過去の恥部を暴露され顔を赤くするマリア。

 しかしそれにシャハブとレイリも追従する。


「そういえばそうだったね。僕もマリアに指導した時、書類や事務関係を教えるのに苦労したなぁ。

 アナーヒターを継承した後は少しマシに放っていたけど」

「私は今もたまにマリアから調べものを頼まれます。あと意味が解らないので教えてくれっていうこともありますね」

「シャハブさん! レイリ!」


 ますます顔を赤くするマリア。そんな彼女を見て雄斗は口の端を曲げる。


(面白い光景だな雪菜)

(マリアさんに悪いですよ)


 雪菜から窘められるが横にいる彼女も微苦笑を浮かべている。

 普段は年上ぶって雄斗や雪菜をからかう彼女がシャハブたちに翻弄されている。意外であり面白い。


「わたしの昔の話はどうでもいいです!

 それよりもフーリさん、お聞きしたいことがあります」


 羞恥で頬を染めたままマリアは強引に話を変え、フーリに視線を向ける。

 睨んでいるような視線を向けられ、フーリは小首をかしげる。

 

「何かしら?」

「今回のシャハブさんの結婚ですが、フーリさんから話を持ち掛けたと聞きました。

 本当なんですか」

「ええ。本当よ」


 まるで明日の天気を話しているかのような軽い口調でフーリは答える。

 マリアは愕然とし、眉を吊り上げ口を開く。


「どうしてですか……! よりにもよってあなたがそんなことを言い出すなんて!

 いえ、仮に第二婦人を迎えるのだとしても何でシャフナーズなんですか……!」

「サーラとアラム、両家の話し合いの結果よ」


 責めるようなマリアの言葉を跳ねのけるフーリ。彼女は小さく息をつくと、怒りに震えているマリアに鋭い眼差しを向ける。

 今までの穏やかなそれから一変した白刃のような鋭さを持つそれに見つめられ、マリアは気圧される。


「マリア。あなたも知っての通り私とシャハブ様の間には未だ御子がいません。

 私たちが夫婦となって5年。これが由々しき事態ということは流石にあなたもわかるでしょう。

 先代のティシュトリヤ様──シャハブ様の兄夫婦の御子がいた(・・)のであれば問題はなかったでしょうが」


 凛とした眼差しに一瞬、影を見せてフーリは言葉を切る。

 同じくマリアとレイリ、シャハブが暗い顔となる。それに雄斗が眉をひそめた時、隣にいるファティマが念話で言う。


(先代のティシュトリヤ様はシャハブ様のお兄様。そして次代は何もなければそのご子息が継ぐはずでした。

 ですが6年前、シャハブ様の兄夫婦とご子息はとある【異形王フェノメノ】との戦いで皆殺しにされました。そのためシャハブ様が次代のティシュトリヤとなられたのです)

(神々が早婚を勧められるのも、側室や愛人を持つことを推奨されるのも、シャハブさんの兄夫婦とご子息のような事例が珍しくないからなのよ。

 神の座を継承するのは継いできた家のものと決まっているわけではないけれど、各世界に残る記録を見れば継承してきた家の人間か、その血を受け継いだものが圧倒的に多いの)


 ファティマに続くネシャートの念話。

 それを聞きながら雄斗は厳しい顔をしたフーリを見つめる。


「サーラ家は次代を継ぐルリもいるし当代のあなた(マリア)もいる。一方のティシュトリヤには当代であるシャハブ様のみ。

 サーラ家からのティシュトリヤの継承権の干渉、譲渡を条件に、シャハブ様とシャフナーズ様の婚姻が決まったのです。

 これがシャハブ様がシャフナーズを第二婦人として迎える理由よ。──納得した?」 

「それは……でも……!」

「次代を継ぐものを早急に残すのもシャハブ様たち神々、そしてその家に入った私たちの責務。

 マリア、あなたも今日、殿下たちと見合いをしてきたのでしょう。それは【アヴェスター】があなたを認め、次代のアナーヒターになりうる可能性を持った子供が必要とされているということ。神軍も後継もいないあなたは余計にそれが求められる。

 色々思うところはあるでしょうけど、いい加減覚悟を決めなさい。周りからの雑音を抑えるためにも」


 教師ができの悪い生徒を叱るようにぴしゃりと言われ、マリアは完全に意気消沈。肩を落とす。

 気まずい沈黙が客間を支配する。しかしそれをフーリの明るい声が吹き飛ばす。


「さて皆さん、わざわざ来てくださってたのにつまらない話をして申し訳ありません。

 お詫びというわけではありませんが、せっかくですので我が家自慢の避暑地にご招待しますね」

「……避暑地?」


 雄斗の問い返しにフーリはにこりと微笑むのだった。





次回更新は8月16日 夜7時です。

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