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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
一章 雷刃、煌めく
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五話






「剣よ、来い」


 訓練場の中心に立ち、右手を前に出した雄斗は言う。直後、広げている右手の中に眩い雷光がほとばしり稲妻の刃紋が刻まれた刀が姿を現す。

 姿を見せた【万雷ばんらい閃刀せんとう】を握ると、雄斗は素振りを始める。基本的な素振り、そして鳴神流独特の素振りを一通り終えると小さく息をつき、正眼の構えをとる。


「稲妻よ」


 呟きと同時、刀身より放たれる雷。しかし雄斗が想定していたものよりずっと大きく、また周囲に拡散してはいくつかは訓練場の白い壁に激突し、けたたましい音を響かせる。

 思うように飛ばない雷撃を見て不快そうに眉を顰める雄斗。再び剣から雷を放つが最初と同じく思ったような稲妻が発生しない。

 十数回ほど繰り返し、一度もうまくいかなかったところで雄斗は構えを解く。そして白い床に突き立てた【万雷の閃刀】を睨み、呟く。


「相変わらずいうことを聞かねーな。お前は」


 【アルゴナウタエ】に正式配属され──本格的に【万雷の閃刀】を使い始めて一週間が経つ。その間でわかったことはこの【神財しんざい】が極めて扱いづらいということだ。

 元々雄斗は魔力制御や魔術の行使が不得意だ。必要最低限の魔術こそ使えるも剣と違い、何度も何度も訓練してやっと習得したのだ。

 また兄や天空と違い、上位の魔術は一つも習得できていない。そんな雄斗が魔術師としてB-と高評価されている──魔術師のランクは【異形種キメラ】と同じA~Eの区分分け──理由は軍神とさえ互角に渡り合える剣技を持つからだ。

 自身もそれで良しとし、魔術の鍛錬を怠っていた。そのツケが今になって負担となってしまっていた。その結果、この一週間幾度かマリアたちの任務に同行はしても見学だけで、それ以外の時間はひたすら勉学と鍛錬のみに時間を費やしていた。


「【アルゴナウタエ】……。数多の神々が集うふねか」


 ひとまず休憩しようと雄斗は床に腰を下ろして大きく息をつく。

 ここ【アルゴナウタエ】に所属し、改めて組織のことを調べたが、こちらの知識と想像を大きく超えていた。

 【異形種大戦キメラ・ウォー】を終結に導いた勇士、【七英雄しちえいゆう】が作り出したこの組織。その目的は主に各世界の治安維持協力と【次元じげん狭間はざま】の調査だ。

 前者は文字通り治安維持、後者はその治安を乱す最大の理由である【異形種】の発生原因や【次元の狭間】にある【異形種】の巣を潰すためだ。

 大戦後、存続した世界は当然ながら物語のようにすべての問題が解決、ハッピーエンドとはならない。大戦により数多の強者や神々は失われ、各世界には【歪穴ホール】や巣の発生件数が増加し、【異形種】の発生数や討伐回数が増加したのだ。

 その数の多さは各世界の保持している戦力で許容できる範囲ギリギリ。つまり目一杯に水を注がれたコップ状態だ。

 それを予期していたのか大戦後すぐに【七英雄】たちは彼らと共に戦い【アルゴー】に乗っていた戦士たちと【アルゴナウタエ】を創設。協力してくれる各多元世界からの支援と【アルゴナウタエ】自身が保持していた資材や基金、コネを用いて活動を開始した。

 そして半世紀、大小さまざまな問題は起こりつつも現在まで組織は存命。現在では組織に所属する神の数だけでも八十を超えた、多元世界最大最強の組織を誇る治安維持組織となった。


(八十の神々を保有するとか……。よくもまぁ各【多元世界】も承認したものだ)


 大戦より半世紀経過しているものの、各【多元世界】はその爪痕を癒したとはいいがたい。存在する神々も少なく、最も発展している世界でさえ【アルゴナウタエ】の保持している神よりは少ない。

 一組織が、数多の世界の神々や神器を持つことを非難する声は当然だがある。だが初代や歴代【七英雄】の強さや威光、そして上げてきた実績の数々がそれを黙らせていた。


「しかし今はこれだな。どうするか。

 魔力のプールったって、使えなきゃ宝の持ち腐れだなぁ……」


 【万雷の閃刀】を宙に掲げ雄斗は小さく息をつく。

 死亡した神々の体より稀に発生する【神財】はそれ自体に莫大な魔力が宿っている。古代においては聖杯、聖槍と言われていたものもある。

 十全に使いこなせれば神々に匹敵する奇跡、超常現象さえ可能とのことだが、今の雄斗では夢のまた夢の話だ。


「──さて、そこで覗き見している奴、何か用か」


 そう言うと同時、雄斗は訓練場の入り口に殺気を飛ばす。それに驚き反応した人物は「はうっ」と声を上げ、小さい物音を立てる。

 顔を向ける雄斗。そこには尻もちをついた黒髪の美少女の姿があった。痛みに顔をしかめている彼女はこちらが振り向いたことに気が付くと、慌てて立ち上がり、謝罪する。


「す、すみません! あの、その、覗くつもりはなくて」


 顔を赤くし、黒髪のポニーテールを揺らして頭を下げる少女。小動物を思わせる幼くあどけない顔立ちをしていおり、妹と同年か、一つ二つ下に思える。

 しかしそれに反して体つきがすごい。150前半という小柄ながら胸元や臀部は大きく豊かだ。わかりやすく言えば彼女の体つきはトランジスターグラマーというべきものだが、雄斗としてはそれにダイナマイトをつけてもいいように思える。


(間違いなく胸はEはある……。凄いな)


 厳しい顔つきをしながら雄斗の脳裏には頭を下げた時、両腕に挟まれ突き出た胸元を思い出している。

 とはいえいつまでもそればかり考えているわけにもいかない。彼女は【アルゴナウタエ】の制服を身に纏っているし、只者ではないことは一目でわかった。

 一見、雄斗が放った殺意に驚き縮こまっているように見えるその肢体は、雄斗と同じく優れた武人のそれだ。生まれ持つ天稟をたゆまぬ鍛錬と戦いで鍛え磨いた玉体。

 自分と同類の、武術の申し子。おそらくだがこの若さで雄斗がいる領域──剣聖の一歩手間と言ったところか。

 仮に今、雄斗が斬りかかっても、傷は追わせられるが仕留めるのは難しいだろう。そう確信するだけの|もの(実力)を目の前の少女は持っている。


「ほ、本当にすみませんでした! 鳴神さんの剣舞があまりにキレイで見とれてしまって、その、声をかける機会を失ってしまって……」

「あーもういい。俺もいきなり殺気を放ったのはやりすぎた。悪かったな。

 ところで君の名前を聞いてもいいかな」

「は、はい! あの、私は……」


 なぜかそこで止まってしまう少女。うつむき、躊躇うようなしぐさを見せる。


「……も、雪菜と言います」

「モ・ユキナ? ……どこの【多元世界】の出身なんだ?」

「い、いえ。あの!

 ……む、む、叢雲、雪菜と、言います!!」


 少女が告げた名──姓に雄斗は大きく目を見開く。

 叢雲。世界広しと言えどもこの姓を持つ家系はただ一つ。おそらく彼女は──


「…………【七英雄】叢雲明の類縁なのか?」

「は、はい。叢雲明は私のおじい……祖父です」


 彼女から感じた実力と、外見にそぐわない底知れない武才に雄斗は納得する。

 【七英雄】の一人である叢雲明とその一族は非常に有名だ。明はもちろんその子供──先代の【万雷の閃刀】の使い手はいくつもの英雄譚や逸話を残している。

 それらは【アルゴナウタエ】さえろくに知らない雄斗でも聞き覚えがあるほどだ。そして孫の世代でも確か二人ほどは当代の神となっていると耳にしたことがある。


(彼女はそのどちらでもないようだが、数年後にはどっかの軍神か剣神を継承していても不思議じゃないな)


 祖父や父、兄を始め、幾人もの達人と相まみえ、そして自身も剣聖の領域にいるからこそわかる。

 今はまだ雄斗より劣ってるだろうが、同い年になった時は同等、いやそれ以上の武人となるかもしれない。

 流石は英雄の孫。そう雄斗が思っていると、何故か雪菜は頭を下げて謝罪する。


「あの、その……本当にすみませんでした!」

「いきなり謝られる意味が分からないんだが」


 雄斗がそう言うと、雪菜は眦を下げた表情で口を開く。


「鳴神さんが【アルゴナウタエ】に来た経緯を聞きました。祖父が所持していた【万雷の閃刀】は私の一族が管理していました。

 ですが……」

「そのあたりの事情は俺も聞いているよ。先代の使い手が第一線を退いた直後、【多元世界】随一の盗人といわれるあの【物欲王ぶつよくおう】に奪われたって話だよな。

 それがどういう経緯かわからないが俺に宿ってしまったわけだ」

「本当に申し訳ありません。我が一族の不始末でご迷惑をおかけしてしまって」

「気にしなくてもいいと俺は思うが、それを押し付けるのはこっちの身勝手だな。

 ま、貸し一つにしておくか。何か困ったことがあれば力を貸してくれ」

「はい、もちろんです!」


 雄斗の言葉に背筋を伸ばして即答する雪菜。

 素直なその態度を見て好ましく思う一方、箱入り娘な感も感じられる。


「ところで鳴神さん。先ほどから見ていましたけど、やはり苦労されているんですね」

「苦労っていうレベルじゃないな。持て余しているっていうほうが正解だ」


 本部に来てからというもの、【万雷の閃刀】をものにしようと訓練しているが、全く変化はない。

 放つ稲妻はどれも思ったような威力ではなく、しかも狙ったところに飛ぶこともめったにない。【神財】が持つ異能を全く使いこなせていない。

 はっきり言わせてもらえば今の【万雷の閃刀】は切れ味だけがいいだけの刀だ。


「刀としてはともかく【神財】としては全く扱えていないのが実情だ。元々術や魔力制御、魔道具の扱いは苦手な部類だが、これだけ制御できないとなるとさすがにへこむ」


 そう言って肩をすくめる雄斗。【万雷の閃刀】に向けていた視線を戻すと、雪菜は何か考え込むようなそぶりを見せている。 


「何か解決策のようなものがあるのか?」

「あ、いえ。その、私も神具の使い手でして、最初のころは鳴神さんと似たような感じでしたから、もしかしたら私がやったやり方ならうまくいくのかと思って……」

「どんなやり方だ、それ」


 思わず雄斗は尋ねてしまう。こちらの反応に驚いたのか雪菜は一歩身を引く。

 だがそれを気にせず雄斗は言う。


「あれだけみっともない姿をさらしていたから正直に言うが、解決策が全く無いんだ。

 同じチームの面々はアドバイスをくれるんだが感覚的だったり専門的な説明すぎて解決の糸口にすらならん。

 おかげであいつらとの模擬戦は全戦全敗だ」

「そ、そうなんですか? 鳴神さんの剣技はあ……ではなく当代の素戔嗚尊さまと互角だったときいていますけど」

「まぁ剣技と言うか近接距離限定なら神様相手でも戦えるけどな。距離を離され魔力や神具のパワープレーで来られたらどうにもならん。

 というわけだ。お前さんのやり方を教えてくれないか」


 そう言って頭を下げる雄斗。すると頭上の上から慌てた様子の雪菜の声が聞こえてくる。


「あ、頭を上げてください! わかりました、教えますから!

 ええと、まずは自分の持っている魔力を空にしてください」

「魔力を空に? ……わかった」


 言われた通り雄斗は魔力の消費が大きい術を連発し、体内の魔力を一気に使い切る。

 短時間で一気に魔力がなくなったからか、雄斗は軽いめまいや息切れを起こすが、かまわず雪菜に先を促す。


「……と、とりあえず、空になったと思うが。んでここから、先はどうするんだ」

「まず【万雷の閃刀】に蓄積されている魔力を利用して放出系の術を使ってみてください。

 術は何でもいいですけど最初ですので簡単なものがいいと思います」

「それじゃあ【放電ほうでん】でも使うか」


 深呼吸をして体を落ち着かせたのち、雄斗は見左手の人差し指を前に突き出し、【放電】を発動する。

 【放電】の術は指先に一瞬だけ雷を発生させる雷系の術の初歩中の初歩の魔術だ。魔力制御や魔術が不得意な雄斗でも失敗することはあり得ない。

 だが【放電】の術を発動した次の瞬間、右指の先には莫大な、それも眩い雷が迸り周囲に散っていく。どう見ても【放電】の術ではない。


「……まさか【放電】の術を失敗するとは」

「い、いえ、失敗したのは鳴神さんが【万雷の閃刀】から上手く魔力を引き出せなかったからです。

 聞いているとは思いますけど神具や【神財】を手に入れた人の何割かは、それらが秘めている魔力の扱いに四苦八苦します。

 その主な理由は神具や【神財】を理解していなかったり、宿る莫大な魔力を自分のものと認識していないからだと言います。私もそうでした」

「それは俺も聞いている。だが正直意味が分からん。

 理解するといっても【万雷の閃刀】のことは調べて知っているし、【万雷の閃刀】を自分のものだと認識するってことも意味不明だ」


 絶大な魔力と異能を持つ【万雷の閃刀】だが、それは雄斗の力ではない。パソコンにおける外部バッテリーのようなものでしかない。それを自分の力と思うなど不可能ではないだろうか。

 

「鳴神さんが理解しているのは【万雷の閃刀】が残した戦果や記録だけです。

 【放電】のような初歩の術さえ失敗したところを見るに、【万雷の閃刀】を自分のものだと認識する──【神財】との対話が全くできていません」

「対話ねぇ……。マリアたちからも言われたがコイツは何も言葉を返さないぞ」

「多分【対話の場】でしか話さない性格なのだと思います。目を閉じて【万雷の閃刀】のことに集中してください。そうすれば【対話の場】で会うことができます」


 雪菜の言う通りにする雄斗。しかし何も見えてこない。


「真っ暗闇しか見えないぞ」

「え、ええ!? そうなんですか? 私の時はすぐに会えたのですけれど。

 ええっと……それじゃあ私が協力しますね」


 雪菜はそう言い、右手を開く。するとそこに古代の日本でよく見られている両刃の剣が出現する。

 【万雷の閃刀】と同じく巨大な魔力を秘めた剣だが、不思議とどこか温かみが感じられる。


「それは……」

「私が所持している神具【木花霊剣(このはれいけん)】です。 ……あ、あの、失礼します」


 軽く緊張した様子で彼女は空いた左手で雄斗の左手を握る。

 直後、周りが一瞬で真っ暗闇になり、そしてその奥で電光を放つ【万雷の閃刀】の姿が見えてくる。


「ここが【対話の場】か?」

「はい。正確に言えば鳴神さんの深層意識の中に作られた場所です。

 普通なら目を閉じて念じるだけで行けるのですけれど……。いけなかったのは多分【万雷の閃刀】が会うのを拒んだからだと思います。相当お冠みたいですね……」

「怒る理由にこちらは全く心当たりがないんだが……」

「と、とにかく。話してみましょう。さすがに【対話の場】まで来てこちらの声が届かないということはありませんから、無視はしないでしょう。

 【万雷の閃刀】へ呼びかけてみてください」

「それもそうだな。──おい、聞こえてるか」


 近くまで寄って雄斗は呼びかける。しかし【万雷の閃刀】は雷を放つだけで応答しない。

 思わず雪菜と顔を見合わせる。彼女もさすがにこの反応は予想外だったのか、どうしたらいいのかわからないような顔になっていた。

 小さく息をつき雄斗は再度呼びかける。呼び方を変え声も大きくする。しかし応答はない。


(どうしたものか、これ)


 途方に暮れたその時だ、【万雷の閃刀】から一際強い雷光が迸る。そして不機嫌そうな声が発せられる。


「何の用だ」


 初めて聞く【万雷の閃刀】の声。怒りしか感じられないつっけんどんなそれに雄斗も雪菜も面食らう。

 ともあれ雄斗は用件──【万雷の閃刀】の魔力や雷などの異能をある程度使えるようにしてほしい──を伝えるのだが、


「断る。貴様に貸す力など欠片もない」


 即答である。取り付く島もない。


「そもそもだ。目が覚めた我は幾度も呼び掛けていた。しかしそれをことごとく無視していたのは貴様だろう。

 それをいまさら虫が良すぎる話だとは思わないのか」

「そうなのか? お前と対面したのはここ数ヵ月、それも夢の中だけだったが」


 そう雄斗が言うと【万雷の閃刀】は周囲に雷をまき散らす。

 明らかな怒りの反応に思わず雄斗たちは身を引いてしまう。


「貴様の危機を我が刃と雷は幾度も薙ぎ払ってきた。それを忘れたというのか……!」


 暗闇に突き立っていた【万雷の閃刀】の刀身が抜け、宙に浮かび上がる。そしてかつてないほど雷光をまとった刃の切っ先が雄斗に向けられる。

 明らかな攻撃態勢。それを見て雄斗が表情を引きつらせた時だ、かばうように雪菜が前に出る。


「お、落ち着いてください! あの、私は──」

「言わずともわかる。明の息子、陽司の娘だろう。あの赤子が大きくなったものだ」

「は、はい。お久しぶりです【万雷の閃刀】」


 雄斗にしたように頭を下げる雪菜。すると【万雷の閃刀】は放電を抑え、切っ先を地面に向ける。


「なるほど。明、陽司の血を受け継ぎ、【木花霊剣】が選ぶだけあって相応の才と実力を持っておる。

 全く、貴様と巡り合い使い手として選んでおけば、このような不愉快な思いをしなかったものを……」

「【万雷の閃刀】。どうしてあなたが鳴神さんに怒っているのか、事情を知らない私が口を出すことではありませんがお願いです。鳴神さんに力を貸してあげてくれませんか。

 あなたは本来私たち叢雲家が代々受け継ぐべきはずだった【神財】。それを奪われ全く関係のない鳴神さんに宿り、あなたが不愉快な思いをしているのは私たちの責任です」


 然りと答える【万雷の閃刀】。


「あなたも知っていると思いますが鳴神さんは一年後にあなたと離れると言っています。

 それまでの間、私ができる限り力になりますので、万の雷を秘めるとされるその力を当代の使い手である鳴神さんに貸してもらえないでしょうか。お願いします」


 深々と頭を下げる雪菜。それを見て雄斗も同じように首を垂れる。

 一方でこうも思う。どうしてこいつはここまで俺に協力的なんだろうかと。


(会ったのは今日が初めてだし。いくら俺が【万雷の閃刀】の所有者だと言ってもな……)


 ともあれ今考えるべきことではない。疑問を打ち切って雄斗は怒れる【神財】へ言葉を放つ。


「今まで助けられたことを覚えていないのは本当にすまなかった。

 一年間限定で申し訳ないが力を貸してほしい」

「……。全く、期間限定で我を使おうなどと不遜も甚だしい。

 しかし明の孫であり先代の担い手である陽司の娘がそこまで言うのであれば、今回に限り許してやろう」


 硬い、しかし若干和らいだ【万雷の閃刀】の声に雄斗たちは顔を上げる。


「だが我の力を使うのであれば当然ただと言うわけではない。小僧、我の鍔を握るがいい」


 そう言った【万雷の閃刀】は再び地面に突き立つ。刀身の半分ほどが闇に沈む。

 ゆっくりと左手を伸ばし指先が触れたその時だ、放電が発生する。その痛みに雄斗は思わず顔をしかめ、手を引っ込める。

 精神の中、しかも一瞬だけの接触だというのに体中に小さい痛みと疲労感がある。


「我が力を引き出すのであれば我を引き抜くことだ。もっともその際に発生する雷光は今のように貴様の心身を焼き、痛めつける。場合によっては死に至ることも──ぬ?」

「再チャレンジっと」


 今度は右手で柄を握り、雄斗は全力で引き抜こうとする。すると【万雷の閃刀】からは先程とは比較にならない雷光が迸る。

 そして【万雷の閃刀】が言った通り、放出される雷光は容赦なく雄斗の体を焼き、全身に耐えがたい痛みが走る。


「ぐおおおおおっっ!」

「な、鳴神さん!?」

「小僧、貴様正気か!?」


 信じがたいものを見たような叫びを上げる雪菜と【万雷の閃刀】。それを聞きながらも雄斗は柄から手を離さず少しずつ引く抜いていく。

 だが闇に突き刺さった刀身を六分の一ほど抜いたところで、ひときわ大きく眩しい輝きが【万雷の閃刀】より放たれる。同時に凄まじい衝撃も放たれ雄斗はもちろん、雪菜も吹き飛んでしまう。


「がはっ…!」


 吹き飛ぶ間一回転し、うつぶせに倒れる雄斗。起き上がろうとするが体が全く動かず、少しでも動かそうとしたら全身に激痛が走る。実体でないというのに痛みを感じるところから、無茶をしすぎたようだ。

 

「鳴神さん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫なものか。実体ならば消し炭になっている量の雷光だったぞ。

 全く無茶をする奴だ……」


 倒れている雄斗に寄ってくる雪菜。

 【万雷の閃刀】は呆れた口調で言うと、宙に浮き、遠ざかっていく。


「いつでもきて我が雷に耐え我を引き抜いて見せるがよい。完全に引き抜いたその時、我の全てを貴様に預けてやろう。

 とはいえ今のあり様ではいつになるかわからんがな──」


 その言葉と同時、雄斗たちの暗闇は一瞬で晴れる。そして訓練場に戻ってきていた。


「鳴神さん、大丈夫ですか?」

「とりえあえずどこも悪くないと思うが……」


 雪菜に問われ雄斗は体を動かす。精神世界とは言え痛みを感じたのだから、入念にチェックする。


「ともあれ対話はでき剣も少しは引き抜けた。早速試すとするか」


 異常がないのを確認してそう呟き、雄斗は【放電】の術を発動する。

 すると今度は正しく術が発生した。【神財】の魔力を引き出せている証だ。

 また【万雷の閃刀】から体に魔力が送り込まれていることも感じる。もちろん本来の量に比べれば微細だろうが。

 安堵の息を吐いて雄斗は雪菜に言う。


「叢雲、本当に助かった。ありがとうな」

「い、いいえ。私こそ力になれて良かったです」


 照れながらも微笑む雪菜。その愛らしい笑顔を見て、雄斗はごくたまに見せる未来()の眩い笑顔が脳裏に浮かぶ。

 そして気が付いたら手を伸ばし彼女の頭を撫でていた。


「な、鳴神さん!?」

「……あ、すまん。思わず妹を思い出してな」

「い、いえ。私も兄様にこうされていたことを思い出しましたので、迷惑と言うわけでは……」


 頬を赤くしうつむく雪菜。その初々しい反応に雄斗がどう声をかけようかと思案し始めた時だ、唐突に全身に凄まじい激痛が発生し、膝から崩れ落ちる。


「鳴神さん! 大丈夫ですか!? ああ、やっぱり!」

「……な、なるほど。やっぱり【対話の場】での消耗は現実世界の肉体にも影響するんだな……。しかも時間差かよ」


 雄斗は床に手を当て、動くたびに発生する痛みに耐えながらゆっくりと起きあがる。

 【対話の場】で感じた痛みほどではないが、しばらくは普通に体を動かすにも苦労しそうだ。


「あ、あの医務室へ行きましょう! いえ、マリア様を呼んできたほうが──」

「わたしならここにいるよ」


 涼やかな声が訓練場に響く。声の聞こえたほうに視線を向けると、訓練場の出入口に立つマリアの姿がある。


「おはよう二人とも。……ところで鳴神君、朝から何をしているのかな」

「その様子だと大方察しているんだろ。治療、頼めるか」


 そう言うとマリアは笑顔に圧を混ぜてくる。しかし小さく息をつくと雄斗の正面に来て、両肩に手を当てる。

 短い文言とともにマリアの全身から魔力があふれ、瞬時に雄斗の体を包む。

 彼女が操る水のように涼やかで冷たい魔力が風のように通り過ぎた後、体から痛みが消える。


「ありがとう。本当に助かった」

「あくまで応急処置だから、あとでリューンに診てもらってね。

 それと無断でこんな無茶はもう二度としないこと。次はお説教と罰を与えるからね」


 了解とうなずく雄斗。それを見てマリアは笑顔から圧を消すと雪菜に向き直る。


「雪菜ちゃんもありがとう。それとごめんね、鳴神君がずいぶん迷惑をかけたみたいで」

「い、いえ。鳴神さんが苦労されているのは私たち叢雲家が【万雷の閃刀】を奪われたことが原因ですから。

 それにお爺さまたちからも、鳴神さんが困っていたらなるべくサポートするようにと言われていましたので……」

「そっか。でも今度からはわたしやグレンくんに一言話は通しておいてね。特にグレン君は黙っていると後が怖いから」

「は、はい。……あの、それでは、失礼します」


 礼儀正しい一礼をして雪菜は訓練場を後にする。

 彼女の姿が消えた後、マリアは言う。


「鳴神君、雪菜ちゃんと顔見知り?」

「いや、今日初めて会ったな。向こうは俺を知っていたがな」


 ふーんと呟くマリア。何か含んだものがあるような顔だ。


「あの子大人しくて引っ込み思案だから珍しいと思ったの。グレン君たち部隊の人たちとしか打ち解けていないみたいだし。

 ……もしかして君のことが好きなのかな? 一目ぼれされたのかも」

「んなわけあるかよ」


 明らかにからかうようなマリアの物言いを雄斗は一刀両断し、医務室に向けて歩き出す。


「だいたい今日初めて会った人を好きになるとかどこの小説や漫画だ。

 と言うか好きになられる姿なんて全く見せてないぞ。ありえん」

「それもそうだね。【万雷の閃刀】を全く制御できなかったり【放電】の術を失敗したり、【対話の場】では【万雷の閃刀】に襲われかけたりいきなり引き抜こうとして無茶をして全身に無用のダメージを負ったり。

 ──うん、ダメダメなところばかりだね」


 笑顔で言うマリアに雄斗は白目を向ける。そして思う。この女、最初から全部見ていたんじゃないかと。


「ともあれ対話もできたようだし、これなら今日の模擬戦は少しは楽しめそうかな」

「そういえば今日の相手はお前だったか」

「うん。初日以来の対戦だね。どれぐらい成長したかお姉さんがしっかりと見てあげるよ」


 胸を張るマリア。雪菜とほぼ同等の大きい胸が静かに揺れる。


「俺と同い年だろお前」

「誕生日はわたしのほうが早いよ」

「はいはい。よろしくお願いしますよお姉さん」

「りょーかい」


 呆れ気味の雄斗の言葉にマリアはおどけて返事を返すのだった。








次回は明日の午前中に更新します。

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