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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
一章 雷刃、煌めく
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四話









「……う」


 目を開けた雄斗の視界に映ったのは見慣れぬ天井だ。

 いつになく重い体を動かし起き上がり周りを見る。周囲は一言で言えば病院の診察室と言ったような部屋だ。


「あ、目が覚めましたね」


 物陰から姿を見せたのは森の妖精エルフだ。医者なのか白衣を身にまとっている。

 セミショートの淡い緑色の髪を揺らす彼女の顔立ちは整っているが、雄斗より背が低く童顔だ。妹と同世代と言っても通じるだろう。

 しかし彼女が放つ雰囲気はただの少女のものではない。天空のような若者ながらも修羅場を潜り抜けたもののそれだ。

 またエルフは年齢と外見が一致しないものは珍しくない。二十代の姿で五十、六十代といったものも存在する。目の前の彼女ももしかしたら自分よりずっと年配かもしれない。


「気分はどうですか? どこか体が痛むところやいつもと違う場所はありますか?」

「体が妙に重く感じる以外問題はないと思います。……熱も平熱です」


 彼女から渡された体温計を返し雄斗は言う。それを見てカルテに何かを書き込むと、彼女は胸元を見せるよう言ってくる。

 それに従い病院服を脱いだ雄斗の胸元へ自分の手を当ててくる。聴診器のように胸元と背中を数か所触れると、彼女は言う。


「魔力欠乏症ですね。ただでさえ消耗していたところで【神財】を行使したからでしょう。

 とはいえだいぶ回復したようですしあと一日寝ていれば回復しますから、大丈夫ですよ」


 安心させるように笑顔を向けてくる医者。

 彼女に礼を言い雄斗は尋ねる。


「あの、ここはどこでしょうか」

「ここは次元移動船【アルゴー】の医療室です。あなたは三日前の【異形種】殲滅後、マリアさんの指示でここに運び込まれました」

「【アルゴー】ですか?」


 思わず雄斗は問い返す。【アルゴー】とは【アルゴナウタエ】が所有する船だ。

 ギリシア神話に伝わる数多の英雄を乗せた黄金の艦。実際は【多元世界】が一つ【オリュンポス】が所有していた超巨大な都市型航空艦船であり、現在では【アルゴナウタエ】の本部でもあるということだが──


「どうして俺はここに運び込まれたんですか」

「私もハッキリとした理由は聞いていません。そのあたりの詳しいことはあなたが目覚めてからマリアさんが自ら話すと言っていましたから。少々待っていてください」


 そういって耳元に装着してあるマイクに何かをつぶやく医者。すぐマリアがこちらに来ること、自分は仕事があるので失礼すると伝え彼女は席を立つ。

 そうして待つこと数分、左手奥にある出入口の扉が開き、マリアが姿を見せる。初めて会った時と同じスーツ姿だ。


「思ったよりも元気そうで安心しました。丸二日眠り続けていましたからね」


 ベットに近づき微笑むマリア。

 そんな彼女に雄斗は深々と頭を下げる。


「助けてくれて、ありがとうございました。あの、妹と天空は」

「心配ありません。二人とも支部の救護室に運ばれて治療を受けたとのことです。今はいつも通りの生活に戻っています」

「ありがとうございます。……ところで、なぜ俺はここにいるのでしょうか」

「より早く回復させるのなら【アルゴー】の医務室のほうがよかったんです。普通の大病院に負けない施設もありますし、何か起こった時わたしたちも対処がしやすいですから」

「何か起こった時……?」

「はい。ハッキリと言えばあなたが所有する【神財】の暴走ですね」


 マリアの言葉に雄斗は視線を鋭くし、自分の右手を見つめる。


「……あの刀か」

「ご理解が早くて助かります。あれは【万雷の閃刀】です。ご存じですか?」

「もちろん。いち剣士として魔術師として【神財】、それも【万雷の閃刀】を知らないなんてボケはかましませんよ」


 普通神が死んだときは、神々を神たらしめている器【神器】のみが死者の体から自動的に排出される。しかし稀に、【神器】と同時に姿を見せる武器や道具がある。それが【神財】だ。

 大抵の場合、【神財】を生み出した神を引き継いだものが自身に取り込み消してしまうのだが、様々な理由でそうはならず現世に残る場合がある。【万雷の閃刀】もその一つだ。

 そしてその【万雷の閃刀】とは───


「【アルゴナウタエ】の創設者にして【異形種大戦キメラ・ウォー】終結の立役者である【七英雄】。

 その一人、叢雲明むらくもあきらが所持していた【神財】であり愛刀。

 先々代の武御雷が残した、万の雷を束ねるとされた無双の神刀──」


 雄斗の言葉にマリアは微笑し頷く。


「それにしても、なんでこんなものが俺の体に宿っていたんでしょうか」

「何か心当たりはないんですか?」

「ありませんね。子供のころから何度か命にかかわる危険なことに遭遇したことはありますが、こんなトンデモな代物と遭遇した記憶はありません」


 【神財】のような国宝級の代物を保持したとなれば大々的なニュースになるはずだ。雄斗とて忘れるはずもない。

 そもそも【万雷の閃刀】は雄斗が記憶している限り、八年前に二代目が一線を退いた後、【高天原】の宝物庫に厳重に管理されていると聞いている。

 それが一体、何がどうなって自分に宿ったのか。誰よりも聞きたいのは雄斗のほうだ。


「マリア様。【万雷の閃刀】ですが、俺の体から引きはがすのにどれぐらいかかりそうなんですか」


 【神財】は使用者の身体と強く結びついている。【神財】との相性が良ければ良いほど、また契約していた時間が長ければ長いほど、引きはがすのに時間を要する。

 もちろん一部の神具や【神財】を使えばそれらに関係なく引きはがすことも可能らしいが──


「今の時点で分かっているのは【万雷の閃刀】と鳴神君の適合数は98.5パーセント。融合期間は年単位であるそうです。

 本部でしっかりとした調査をしないとわかりませんが最低でも半年。わたしとしては一年ぐらいはかかると見ています」

「そうですか……」

「はい、そうです。なので最低でも一年間、鳴神君は【アルゴナウタエ】に籍を置いてもらわなければなりません」

「やっぱりですか……」


 告げられた言葉に雄斗は思わず肩を落とす。【神財】、【万雷の閃刀】と言う名称を聞いた瞬間、それを予想していた。とはいえ実際に言われるとがっくりとくる。

 雄斗としては【アルゴナウタエ】に所属する気はない。しかし【万雷の閃刀】という存在がそれを許さない。【神財】は使用者や使い方次第で神々に匹敵──下手をすれば圧倒する力を得ることが可能だ。

 意図して得たものではないとはいえ【神財】の所有者が今までの雄斗のように世界のいち組織の下っ端ではいられない。あらゆる世界や国が黙っていないからだ。


「それとも【陰陽連】本部、もしくは【ムンドゥス】のどこかの組織に籍を置きますか? それなら家族との距離は少しマシになりますが」

「絶対にお断りです」


 大戦以降、各【多元世界】より雄斗たちの住む世界は【ムンドゥス】と呼称されている。そしてその【ムンドゥス】の戦力は他世界に比べると下から数えたほうが早い。

 半世紀前まで科学技術のみが突出していたことや他の世界と違い存在する神々の数が少ないからだ。

 もし雄斗が【陰陽連】など【ムンドゥス】の組織に所属すれば、様々な無理難題を押し付けてきては、ムンドゥスの利益となるために動くことを強制されるだろう。

 最悪、家族を人質まがいのような扱いにすることだって考えられる。【ムンドゥス】のトップはそう言う者たちだ。それを考えれば【アルゴナウタエ】のほうが何倍もマシだ。

 【アルゴナウタエ】は他の多元世界にも支部を持ち影響力も大きい。いち組織としては最強と言うべき存集団だ。いかに【ムンドゥス】が雄斗を欲しがっても【アルゴナウタエ】に大いに頼っている【ムンドゥス】が事を荒立てることはないだろう。


「慰めになるかわかりませんが【神財】の保有者として【アルゴナウタエ】に来た以上、様々な特権がありますよ」


 そう言ってマリアは【アルゴナウタエ】に所属した場合における特権について話す。それらはなかなかいい話だが、雄斗の気は晴れない。

 とはいえ、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。雄斗は大きくため息をつくとマリアに向き直り、頭を下げる。


「先日無礼を働いた身として心苦しく思いますが、一年間お世話になろうと思います。【神財】の開放諸々、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」


 笑顔を浮かべたマリアが握手を差し出してきた。女性らしく小さく柔らかいそれを握り、雄斗は改めて頭を下げる。

 マリアが病室を去った後、雄斗はため息をつく。たった一年とはいえあの【アルゴナウタエ】に所属することになるとは。


(一応後方に回してもらえないか頼んだが、まぁ無理だろうな)


 世界に数多ある神財、神具の中でも最上位の一品である【万雷の閃刀】。その使い手を遊ばせておくはずもない。

 地獄のような日々を想像し、雄斗はベットの上で唸り声を上げるのだった。











「それじゃあ、行ってくる」


 春の陽気による暖かさを感じる家の玄関前、必要なものを詰めたバックを手に雄斗は言う。

 正面の玄関にいる見送りの面々は家族と親友である天空の姿がある。


「ああ。しっかりと務めを果たしてこい」

「体には気を付けてね」


 穏やかに見送る兄夫婦に雄斗は頷く。

 そして二人の傍にいる愛理が寂しそうな顔をしながらも言う。


「ゆうにい、がんばってね」

「ああ、頑張ってくるよ。メールや電話をいっぱいするからな~」


 健気な可愛い姪に雄斗は表情を綻ばせる。

 一瞬本気で【アルゴナウタエ】に行くのをやめようかとも思ったが、すぐに気を取り直して欲望を抑える。

 そして最後に右手側に立つ親友と妹へ視線を向ける。


「天空、未来を頼むな。調子に乗らないようしっかり見ていてくれ」

「ああ、わかったよ。雄斗も僕がいないんだから、少しは周りに気を付けてくれよ」


 互いに微笑し雄斗達は握手をかわす。

 そして最後に、雄斗は妙に神妙な妹を見る。


「未来、少しの間だが兄貴たちを頼むな」

「わかってる。私がしっかり兄さんに清美さん、愛理ちゃんを守るから、兄さんはその剣で世界の舞台で活躍してきて」

「活躍するようなことはあんまりないと思うが、まぁ上手くはやるよ」


 雄斗の言葉に未来は嘆息し、そっぽを向いて髪をいじる。

 そのしぐさを見た雄斗は苦笑し、妹の頭を撫でる。


「に、兄さん!?」


 数年ぶりの雄斗の行為に顔を赤くする未来。しかし雄斗はその手を止めない。

 そっぽを向いて髪をいじる未来のその癖は、彼女が強がっているときによくやる行為だと知っているからだ。


「未来、家族を、頼むな」


 万感の思いを込めて雄斗は言う。するとそれを感じ取ったのか未来はわずかだが瞳を潤ませる。

 だが一瞬きした次の瞬間、いつもの勝気な瞳を輝かせており胸を張る。


「任せて。家族は私が守るから」


 力ある妹の言葉を聞き、雄斗は彼女の頭から手を離す。

 一瞬だが母の面影を見せた妹に対し、雄斗はわずかに目を細め、背を向ける。

 根拠はない。だが彼女ならきっと自分の期待に応えてくれるだろう。そして傍には天空もいる。心配はいらない──


「じゃ、行ってくる!」


 手を挙げて言い、家から遠ざかる。

 心中にある寂寥を振り切るようにしばらく歩く。そしてタクシーに乗って【陰陽連】支部へに向かい、山岡や顔見知りの同僚とも別れを済ませた後、空港近くにあるヘリ発着場へ。


(こうしてみるとやっぱりでかいな)


 発着場に鎮座している黄金の船を見て雄斗は思う。古代の帆船に似たフォルムのそれの全長はぱっと見て約50メートル。高さは10メートルはありそうだ。


「次元移動帆船【アルゴー】12番艦ね……」


 近づきながら雄斗は帆船の正式名称をつぶやく。この船は【アルゴナウタエ】が所有する【アルゴー】の一つだ。

 ギリシア神話にて五十名もの英雄を乗せたとされる船【アルゴー】。一般的には大人数を乗せる大きな船であり雄斗としてもそう思っていた。

 しかしマリアから聞いた話によるとそれは半分正解で半分間違っているということだった。正しいのは五十名など大人数が乗る船であるという点、間違いは【アルゴー】が一つ・・と言う点だ。


(まさかこれと同じ大きさの船が五十もあるとは)


 現実における【アルゴー】は眼前に見える巨大船を含めた五十隻と、それらすべてを収納できる母船であり【アルゴナウタエ】の本部となっている超超巨大船1隻のことだという。

 入口が見える距離まで近づくと、音もなく入り口の扉が開く。姿を見せたのはスーツ姿のマリアと見覚えのない偉丈夫だ。

 身長は190を超えているであろう長身で筋骨隆々な肉体の男だ。青年と言うにはやや老けており三十代の働き盛りといった風に見える。


「お待ちしていました。──ううん、待っていたよ鳴神君。

 改めてようこそ【アルゴナウタエ】へ。一年間、よろしくね」

「……なんかいきなり雰囲気が変わりましたね」


 今までとはまるで違うフランクな対応に雄斗が目を白黒させていると、マリアはこちらをからかうような笑みを浮かべて、言う。


「わたしは一応神様で【アルゴナウタエ】でも結構偉いから、公式の場では相応の振る舞いを求められるの。今の状態がわたしの素かな」

「なるほど……」

「会話も公式の場でない限り普通に喋ってくれていいから。わたしのこともマリアって呼んでね。

 あ、もちろん公式の場では【アナーヒター】でお願いね」

「了解だ、マリア」


 いわれた通りにしてみると、マリアは嬉しそうににこりと微笑む。その眩い笑顔に思わず雄斗は一瞬、胸の鼓動が強くなる。


「こちらはわたしの部隊の副隊長のニコス・アレクシーウさん。わたしや鳴神君と同じ【ムンドゥス】出身だから気軽に何でも相談してくれていいよ」


 マリアの紹介で前に出てくるニコスと握手を交わす雄斗。

 岩のような硬そうな顔つきを緩め、ニコスは口を開く。


「ニコス・アレクシーウだ。よろしくな。 

 ふむ、写真や映像で見た時も思ったが似ているな。君の……兄さんに」

「兄をご存じなんですか?」

「もちろんだ。君の兄も今の君に負けず劣らずの有望株だった。【陰陽連】からどうやって【アルゴナウタエ】に移籍させるか、議題に上がったことがある。

 まぁ声をかけてみたが速攻で断られてしまったがね」


 苦笑するニコスに雄斗も少し眦を下げる。その一因は間違いなく自分にあるからだ。

 兄が【アルゴナウタエ】に誘われていたことは初耳だったが、別段驚きはない。剣技においては今の自分に匹敵し、魔術においても一流だった兄だ。現役なら【アルゴナウタエ】にいても全く不思議ではないからだ。


「さて、それでは中に入るとしよう。

 そろそろ発進時間でもあるし他のメンバーにも君を紹介しなければいけないからね」


 そう言うニコスの案内で【アルゴー】へ雄斗は乗り込む。

 最後尾のマリアが乗ってすぐに自動で出入口が閉まり、『しゅ、出発しますぅ』というどこか気弱な女の子のアナウンスが聞こえる。

 直後、一瞬だが足元の浮遊感が発生する。どうやら【アルゴー】が発着場から離れたようだ。


「それじゃあニコスさん、まずは鳴神君の同僚となる皆との顔合わせと船内の案内をお願いしますね。

 わたしは艦橋にいますので何かありましたら連絡をしてください」


 そう言って立ち去るマリア。やはり何かと忙しいのだろう。


「それでは行くとしようか。まず君の仲間となる戦闘部隊のメンバーと顔合わせをするとしよう」

「あの、俺はマリアの部隊になると決まっているんですか」

「ああ。現【七英雄】の方々からも許しを得ている。さ、行こう」


 そう言うニコスに続き、木材でできた船内を歩く雄斗。階段を上がっていると【次元の狭間】に入るというアナウンスが船内に響く。

 一瞬だがかすかに揺れる船内。そして階段横にあった窓には先程まで見えていた青色ではなく、虹色が見える。


(久しぶりに見るが相変わらず気色が悪いな)


 今目にしている虹色の空間は【次元の狭間】。【ムンドゥス】を始めとする各世界の間に存在する空間だ。

 一般人なら即死するほどの高濃度の魔力が漂っており、また【異形種】の発生場所でもある。各【多元世界】に出没する【異形種】の半分はこの場所から【歪穴】を通って世界に姿を現している。

 どれだけの広さなのか、なぜ【異形種】がここから発生するのか。謎ばかりの空間である。ただ雄斗が知っているのは各【多元世界】に移動するにはこの【次元の狭間】を通過する必要があること、【次元の狭間】は広さのわからない海のようなものであり、各世界はそこに浮かんでいる島のような存在だということだけだ。

 上に上り到着した部屋にニコスが入りそれに雄斗は続く。その部屋の中には大きなソファーにテーブル、テレビやパソコン、冷蔵庫や酒棚がある。どうやらこの船のサロンと言うべき場所のようだ。

 そしてソファーには三人が腰を下ろしている。少年二人、少女一人という構成だ。姿だけで見れば全員が雄斗やマリアと同じく十代と思われる。


「お、来た来た。……ふーん、生で見るとなかなかいい面構えしてるじゃねぇか。俺好みだぜ」

「それはどうでもいい。……なるほど、相応の実力はありそうだな。まぁ剣技だけで測れば、だが」

「……」


 少年二人に見つめられ、雄斗は体が自動的に準戦闘態勢に入るのを感じる。

 強い、一目でわかった。そしてこの三者が放つ魔力の質や圧も凄まじい。【陰陽連】の最高幹部である【十二天将】でも彼らに並ぶものはほとんどいないのではないか。


「彼らがマリアの部隊【清浄なる黄金の聖盾アルドウィー・スーラー・スクード】に所属する戦闘部隊のメンバーだ。皆、自己紹介を」

「それじゃあ俺からさせてもらうか。ルクス・パラディーノだ。年は十七。出身世界は多分・・【エデン】だ。よろしくな」


 立ち上がり雄斗に近づいてくるルクス。炎のような燃える紅の髪の少年だ。龍のような獰猛さと冷酷さを秘めた瞳をしており、強い自負に満ちた表情をこちらへ向けている。

 雄斗も挨拶を返そうとしたその時だ、ルクスは一瞬で眼前に迫っており、雄斗の顔面目掛けて拳を繰り出してきた。

 驚きながらも、【心眼】でそれを察知していた雄斗は即座に反応。身をかがめてルクスの拳をかわすと同時、彼の顔面目掛けてカウンターの鉄拳を放つ。

 回避不能な必中の一撃。しかしそれは当たらなかった。何故ならもう一人の少年がいつの間にか雄斗たち二人の横に立っており、両者の右腕をつかんでいたからだ。


「ルクス、いきなり殴りかかる奴があるか。少しは自重しろ」


 怒りをにじませた声で言うもう一人の少年。鋼のような鈍い銀色のアッシュブロンドが空気でなびく。


「なに、どういった反応をするか知りたかっただけだ。とはいえここまで見事なカウンターを繰り出すのには驚いたけどな。

 ……ああ、悪かったよ。だから腕を折るのは勘弁しろ」


 銀髪の少年に謝罪するルクス。少年は眉根を吊り上げていたが、嘆息とともに両者の腕を離す。

 そして雄斗に向き直ると、小さく頭を下げる。


「同僚がいきなり迷惑をかけてすまなかった。

 俺はラインハルト・ヴァナルガンド。出身世界は【ユグドラシル】だ。これからよろしく」

「鳴神雄斗だ。よろしくな」

 

 彼と握手を交わした後、ラインハルトは再び厳しい顔になりこちらのやり取りに全く反応していない少女へ視線を向ける。


「ソフィア、君の番だぞ」


 そう言われてソファーで本を読んでいた少女はラインハルトのほうへ顔を向ける。

 少女は西洋人形のような整った顔立ちだ。しかしその表情には感情が乏しい。またマリアと同じ金髪だが肩まで伸びている彼女の髪は波打っており、まばゆい輝きを放っている。


「……ああ、例の彼、来たんだ。

 ソフィア・ダンスカー。よろしく」


 表情を全く動かさずそう言ったソフィアは再び本を読むのを再開してしまう。

 こちらに全く興味がないといったその態度に雄斗が目を白黒させていると、それを察したのか大きな声を上げてニコスが言う。


「と、まぁ! 彼らと私、マリアを含めて五名が戦闘メンバーだな。

 さて、次は船内の案内。それが終わり次第他の部署のメンバーも紹介するから──」

『き、緊急事態です! 大量の異形種がこちらに向かってきていますぅ! って、右からもぉ!?』


 突然サロンに響く焦った声。そして次の瞬間、船が大きく揺れる。


(なんだ!?)


 いきなりの揺れに思わず絨毯の敷かれた床に手をついてしまう雄斗。室内のどこかにあるスピーカーからはうろたえている少女の声が響いている。


「200、250……ひえええええ!?? 300を超えましたぁ!?』

「落ち着け! 報告は明瞭にしろ。何があった!」


 動揺しまくっている少女に対しニコスが怒鳴りつける。

 こちらの声も聞こえるのかそれを聞いた少女は落ち着きを取り戻し、言う。


『は、はい! 次元の狭間に入ってすぐに【異形種】の飛竜型、天馬型が船に接近してきました。

 それから逃げていましたけどつい先程いきなり姿を見せた複数の巨人型が攻撃をしてきました。先程の揺れは巨人型がこちらに投擲したこん棒が船体の障壁に当たった衝撃です!

 そ、それと【異形種】の総数と推定ランクが出ました。総数421体。内確認されている飛竜型はランクCが250体+、140体いる天馬型はB-。残り31体確認された巨人型はAです』

「なっ!? なんでいきなりそんな大量の、しかも高ランクばかりの【異形種】に襲われるんだ!?」


 報告を聞いて雄斗は仰天してしまう。【異形種】の数もだが、ランクも全てC以上と言うとんでもない事態だ。

 雄斗たちが住まう街では出現する【異形種】EやDが大半。強敵だとしてもCぐらいだ。

 まれにBやそれ以上に強いA級が出現することもあるが、それも単体。しかも年に一度あるか無いかと言う頻度だ。

 もし【ムンドゥス】でこんな事態になれば市町村全域に避難警戒レベルの最高である1──住民は即座に避難。戦闘可能な人間全て異形種の殲滅に当たる──が発令されるだろう。


「そういえば言ってなかったな。私たちは安全が確認されている通廊を通ることはあまりないんだ。

 通廊はあくまで一般の人たちが各世界にわたるための道だからね」

「俺たちが次元の狭間を移動するときは俺たち専用の通廊か未開発の回廊を使用する。今日は後者だな」


 驚く雄斗にニコス、ラインハルトが言う。

 よく見れば雄斗以外の面々は落ち着いている。いや正確に言えばルクスは戦意を滾らせておりソフィアも読んでいた本を閉じてはいるが、ラインハルト達と同じく平静そのものだ。


(この落ち着きぶり……。もしかしてこんな事態は珍しくはないのか)


 雄斗がそう思う中、マリアの部下たちは緊迫することなく言葉を交わしている。 


「400体超えの【異形種】の群! ははっ、戦いがいがあるな!」

「浮かれていい数じゃないだろルクス。少しは自重しろ」

「とはいえ今日はちょっと多いね。どうする?」

『ルクス、ラインハルト君、ソフィア。三人で何とかできるかな』


 部屋の中に聞こえてくるマリアの声。

 それを聞いてルクスが不敵な笑みを浮かべた。


「当然だ。と言うか俺一人でも十分だと思うぜ」

「マリアならともかく、いくらお前でもこれだけの数となれば危ないだろう。万全を期すならマリアの言う通り三人で行くべきだ」

「……数からして三人なら十分ぐらいで終わるかな」


 マリアの提案に誰も異を唱えない。そして部屋を出ていく彼らに雄斗は目を白黒させる。

 あの数をたった三人で? 自殺しにでも行くのか?

 しかしすぐはっとなり、ニコスに言う。


「ニコスさん、俺たちも──」

「大丈夫、あの三人なら襲撃してきた【異形種】に十分に対処できる。

 俺たちはその様を艦橋に上がってみるとしようか」


 









「雄斗君は【アルゴナウタエ】についてどのぐらい知っているかな」


 ルクスたちが立ち去った後、サロンから出て雄斗に向き直ったニコスが言う。


「各【神話世界】──失礼、【多元世界】の神々の末裔や関係者にそれらに準ずる実力者。そして現役の神々や【神殺士】などが集まっている組織。

 同盟を結んでいる世界でも基本、治安維持以上の深入りはせず、凶悪な【異形種】の討伐や各世界で起きた、また起ころうとしているトラブル、問題のために動く治安組織ってところですか」


 神話世界というのは【ムンドゥス】における多元世界の別名だ。

 というのも各世界は【ムンドゥス】各地に存在する神話や伝承に非常によく似ているからだ。【オリュンポス】はギリシャ神話に、【ユグドラシル】は北欧神話に、そして【高天原】は日本神話と言った具合にだ。


「ふむ、一般人並みの知識と言ったところか。組織についての詳細な情報は知らないのかな」

「その辺はさっぱりですね。マリアぐらい知名度がある神や現【七英雄】の名前ぐらいは知っていますけど」


 なるほどと頷くニコス。その表情に変わりはない。


(さすがに少しは驚かれると思ったが)


 【アルゴナウタエ】は数多ある組織の中で最も知名度が高く、所属を希望する者も多い。

 雄斗のような関係者はもちろん、一般人の中でも【アルゴナウタエ】について独自で調べ上げた資料やデータをネットのブログなどにあげている者もいる。雄斗が一般人並みの知識しか持たないのはただ単に興味がなかったからだ。


「それでは簡単ではあるが、説明しようか。

 【アルゴナウタエは】は今君が言った通りの組織だ。そしてそれを統括するのは組織のトップたる【七英雄】の方々」


 【七英雄】。それは二つの意味を持つ。一つは半世紀前に起きた【異形種大戦】にて【アルゴー】を駆り各世界を駆け抜け、世界に秩序と平和をもたらした七名の英雄のことだ。

 そしてもう一つは彼らの後継であり、【アルゴナウタエ】をまとめる七人の最高幹部のことを指す。


「【七英雄】の方々を頂点とし、その下には百近い神々が席を置いている。

 所属する神々の数は現存する数多の組織の中でも最大であり、彼らは日々、担当している各多元世界の治安や【次元の狭間】に出現する【異形種】、テロ組織の動きに目を光らせている」


 歩き、また階段をのぼりながらニコスは言う。外からかすかな揺れと爆発音が響き、聞こえてくる。


「そして私を除く【清浄なる黄金の聖盾】のメンバー。マリアはもちろん、あの三人は君が思っている以上の傑物だ。

 君は先程確認された【異形種】の数や種別に驚いていたが、あの程度の数の【異形種】と戦うことは私たちにとって珍しくはない。

 君にも近々参加してもらうから、今のうちに慣れておくように」


 そう言ったニコスの正面に見えてきたのは他の扉とは違う複雑な文様が刻まれた大きい扉だ。どうやらここが艦橋への出入り口のようだ。

 ニコスが近づくと自動で扉が開く。彼に続き中に入ったその時、複数の人間による報告が聞こえてくる。


「ルクスくん、巨人型一体撃破ですぅひいいいっ! ラインハルト君の射撃をかわした飛竜型数体がこちらに接近していますぅ!」

「了解。そちらはこちらで迎撃する。ミルシェ、魔力障壁シールドの用意は」

「もちろんいつでもOKよ。面倒だから船の周囲に発生させる?」

「先ほどマリアが言った通り要所だけにしておけよ。船全体を覆うと伏兵の発見に若干ロスが発生する」


 艦橋には六つの座席があり、そのうち五つに人の姿がある。そして空いている席にニコスが座り、入口に立っている雄斗を手招きする。

 雄斗が近くに寄ってくるとニコスは手元にあるコンソールを操作し、席の正面に三つの画像を発生させる。それらに映っているのは【異形種】と戦うルクスたちだ。


「君と共に戦うメンバーについて少し紹介しよう。

 まずルクス・パラディーノ。実力もさることながら資質だけで言えば【アルゴナウタエ】での五指に入る怪物の中の怪物だ。

 何せ彼は【エデン】の赤き龍【ヴァンドーラ】の血を引くうえ、父は【アヴェスター】のミスラ神、【オリュンポス】のキルケー神を母に持つ。さらに【伝承神具】と【新造神具】を一つずつ保有し、同時に使用している」

「!???」


 ニコスの言葉に雄斗は絶句する。ドラゴンに軍神、女神と言う血が混在するハイブリットだけでも驚きだというのに【伝承神具】と【当代神具】を一つずつ所持しているからだ。

 神具とは各世界の神々が所持している道具や武具のことだ。そしてそれにはいくつかの種類があり、その一つである【伝承神具】とははるか昔に作られた神具で【ティル・ナ・ノーグ】の軍神アーサーの【エクスカリバー】や【高天原】の英雄神、日本武尊が所持している【草薙剣】がそれにあたる。

 そして新造神具と言うのは【異形種大戦】後、当代の神々や鍛冶師たちで作られた新しい神具のことだ。神代で作られた伝承神具と比べると性能は若干劣るとされているが、中には同等かそれ以上のものもあるという。

 だが雄斗が驚いたのはルクスがそれらを個人で二つ所持し、使っているという点だ。しかしそれも当然である。神々の力の象徴である神具は非常に強力な半面、消耗も尋常ではない。複数所持はしていてもそれを同時に使うとなれば、マリアのような神でさえ簡単ではない。


「彼の持つ二つの神具は鎧と大剣ですか」

「その通り。英雄神バトラズが所持していた伝承神具【炎嵐の鉄塊剣クレダレゴン・シデーロス】とカルナ神が生まれながら所持していたとされる黄金の鎧をもとに生み出された新造神具【陽光の紅鎧アンシュゥマト・ブナクトゥ】だ」

 

 全身で炎を包んだルクスは右手に大剣を、左手には紅の業火を手にしAクラスの【異形種】と互角──いや、圧倒している。

 ルクスの炎は巨人が吐き出す巨岩のような氷の塊を瞬時に溶解して迎撃し、その巨体を焼く。また炎と稲妻を伴った大剣による斬撃は【異形種】の体に深い傷を作り、血しぶきを噴出させる。もちろん【異形種】も反撃してくるがルクスは虹色の空に赤い軌跡を描きながら猛禽の如く空を自在に滑空してはかわし続け、炎と剣戟による反撃を【異形種】の巨体に叩き込み、消滅させている。

 【異形種・・・の中で・・・最高ランクであるA級の群れ似た一子、たった一人で無双している。信じられない光景だ。

 雄斗がそう思ったのと同時、マリアが呆れた様子で言う。


「ルクスったら、手を抜いているね。鳴神君に自分の存在をアピールしたくてたまらないみたい」

「え!? あれで!?」

「そうだな。あいつがその気ならとっくに片付けている。全くしょうがない奴だ」


 眉根を顰めニコスが言う言葉に鷲介はただただ唖然となる。手を抜いている? アピール? わけがわからない。

 ルクスに蹂躙され残った五体ほどの巨人型【異形種】。ルクスはそれらから距離をとると、大剣を天高くつき上げる。同時に彼の背景に巨大な炎の塊が発生する。


「っ!?」


 突然ルクスの背後に誕生した太陽を思わせるような炎の塊。パッと見て15メートルはあろうかと言う巨人一体を容易に飲み込むほど巨大な火の玉だ。

 だがそれは一つではなかった。ルクスの背後に一つと、そしてそれを中心に彼の周りに八つ──計、九つの大火球が生まれていた。


『【洛陽成す九つの太陽ツェアシュテールング・ノーヴェ・ソル】』


 一瞬、こちらに視線を向けるルクス。そしてそう言い放った次の瞬間、言葉通り九つの太陽と思うような大火球が同時に巨人型【異形種】に向かって落ちる。

 落ちてくる紅蓮の大火球を前に残った巨人は──形こそ似ているが性格は違うのか──それぞれ違った行動に出る。

 二体はルクスから背を向けて逃走、一体はただただ唖然とした様子で立ち尽くす、そして残りの二体はルクスめがけてこん棒を投擲する。

 しかし彼らの最後は同じだった。落ちてくる九つの太陽に呑まれ、一欠けらの肉片すら残さず焼き尽くされた。


「ルクスのほうは片付いたか。──次はラインハルトとソフィアだな」


 間抜けに口を開け固まる雄斗の横でニコスが言う。

 ルクスを映していた画面が消え、二つの画面が大きく表示される。そしてそこに見えるのは数百体いる高ランクの【異形種】相手に囲まれながらもルクス同様無双するラインハルトとソフィアの姿だ。


「ソフィア・ダンスカー。【ティル・ナ・ノーグ】の出身であり【ムンドゥス】では妖精と呼ばれる種族の元ネタとなった耀羽族の生まれ。

 英雄神であり魔術神であるスカサハの血を継ぎ、特に魔術の類に秀でている。また今見ているように近接戦闘もこなせる──」


 相対する【異形種】もさすがの上位ランクらしく、周りの同族と編隊を組むなど連携して襲ってくる。

 それらをソフィアは顔色一つ変えることなく両手に握る斧を振るい、粉砕する。その斧だが状況に応じて柄が伸びたり両刃が大きくなるなど、おそらくあれも神具の類だろう。

 しかし何より目を引くのは彼女が放つ魔術だ。どれも詠唱もなく発動し、その魔法陣から発射される多数の、それも様々な属性の魔術は一度に複数【異形種】に命中しては撃墜する。

 

(魔術発動速度が速すぎる……)


 親友である天空も速かったが彼女はさらにその上だ。しかも魔術一つ一つの威力も並みはずれている。


「そしてラインハルト・ヴァナルガンド。【ユグドラシル】の狼神【フェンリル】を継承する本家ヴァナルガンドに生まれた才児。

 風の魔術のエキスパートであり弓を武器とする彼だが近接戦闘も高いレベルにある」


 ラインハルトが持つ、神具と思わしき矢がない弓の弓弦が揺れるたび、無数の雨と風、稲妻の矢が放たれ、空中を滑るように動く天馬型をことごとく貫き、撃墜する。

 その威力はもちろん、正確さに雄斗は舌を巻く。ソフィアの弾幕のような魔術はいくらか外れるものもあるが、ラインハルトの矢はどれ一つとして外れず【異形種】の体を貫き、穿っている。

 また接近されても、ラインハルトは空中で両足を踏みしめる・・・・・と天馬以上に素早く鋭い反応と動きで【異形種】の攻撃をかわしては背後を取り、蹴りで粉砕する。


(【異形種】に対する対応が鋭すぎる。あいつも【心眼】持ちか)


 近づかれても攻撃される前に魔術で撃墜しているソフィアと違い、ラインハルトは近づかれても余裕すら感じられる動きで撃退している。雄斗と同じ【心眼】持ちなのは間違いない。

 また地上に頭を向けた状態で静止しては蹴りや矢を放ち、回避不可能と思われた【異形種】の攻撃を周囲の大気を利用した急上昇や急降下で──しかも平然としている──かわし続けては反撃を放っている。

 熟練の風の魔術使いは空気や風を足場にして地上にいる時と遜色ない動きができるらしいが、まさしく彼の動きは伝え聞くそれだ。

 またラインハルトとソフィアの二人はお互いをカバーするように動いており隙も無い。みるみる【異形種】の数が減っていく。雄斗が一人で互角──または苦戦するランクの敵の群れを難なく蹴散らしている。


(強い──)


 雄斗は改めて【アルゴナウタエ】に所属する面々の規格外さを実感する。

 もし彼らと戦った場合、剣で戦うなら勝つだろう。だが彼らが纏う巨大な魔力による防御は突破できないため斃すことはできない。

 またこちらの剣が届かない距離や彼らの間合いになった場合、まともに抵抗さえできず瞬殺されるだろう。

 【異形種】の数が半数ぐらいになった時、二人は動く。ラインハルトは無数のスペースが生まれている【異形種】の檻から猛スピードで飛び出す。

 そして再び檻のほうを向くのと同時、右手に黄金と藍色が入り混じる鏃が出現する。画面からでも伝わってくる鏃の魔力にそれが神具である雄斗は確信する。


「ラインハルトの持つ新造神具【大地を穿つ天風の鏃フィルマメント・アイヤムール】──」


 鏃が【異形種】の檻に向かって放たれる。解き放たれた鏃は次の瞬間数十もの野太い竜巻へと変わり、残っていた【異形種】を全て飲み込んでしまう。

 当然竜巻に呑まれた【異形種】は無事ではいられない。半数近くが竜巻の回転に呑まれバラバラの肉片となって空に四散するし、かろうじて無事だった個体も全身がズタズタだ。

 そして残った【異形種】は再びソフィアが放った魔術によりなすすべなく撃ち落されていった。


「か、確認されていた【異形種】、殲滅を確認しました!」

「ハンク、周囲に残敵はいないか」

「はいニコスさん。周囲に敵影はありません。

 とはいえルクスたちの戦闘音は周囲に響いているので、新たな【異形種】が来る前に、さっさと退散したほうがいいかと」

「そうだね。三人の帰還後、全速でこの場を離脱。本部に向かうように」

『了解!!』


 マリアの命令に緊張感あふれる声で応じるブリッジメンバー。

 ルクスたちのような実力は感じないが、襲ってくる【異形種】に見事対処していたところを見ると、彼らも船員としては優秀な者たちのようだ。


「鳴神君、どうだった?」


 いつの間にかこちらへ振り向いているマリア。にこやかな──しかし気を緩めていない──笑顔を浮かべる彼女に雄斗は素直に言う。


「凄かった。それとこの一年間、必死になって頑張る必要があることが改めてよく分かった」


 雄斗は剣の天才だ。剣だけなら先程の三人はもちろん、神であるマリアにさえ負ける気はしない。

 だがそれだけで【異形種】の相手が務まらないことはよくわかっている。保有する魔力量と魔術の才に乏しい、圧倒的な火力を持たない雄斗では彼らが余裕をもって屠っていたB、Aランクの【異形種】一体を相手取るのに精いっぱいだからだ。

 彼らのような圧倒的魔力や魔術の才を持たない雄斗が彼らと対等に戦う方法は一つ、【万雷の閃刀】を力をうまく引き出せるかどうかだ。亡くなった神々が残した遺産の力を引き出して初めて彼らの領域ステージで戦うことができる──


(この一年、苦労するな)


 已む得ずとはいえ所属することになった【アルゴナウタエ】。

 そしてそこで起こるであろう全身全霊を尽くさなければ潜り抜けられない戦いや自身の問題点を思い、雄斗は天を仰いで大きく息を吐き出すのだった。






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