表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
38/102

二十三話





「【雷刃らいじん】」


 そう呟くと同時、雄斗は武蔵に向かって突きを繰り出す。

 両者の距離は剣を交える距離ではない。しかし【万雷の閃刀】より発した雷の剣は一瞬で長大に伸び、武蔵の右腰を狙う。

 刺突をかわした武蔵は炎の弾丸を無数に放ってくる。しかも迫るタイミングがそれぞれ違う。

 だが雄斗は再び【雷刃】を振るい、先程と同じく伸びた雷光の刃がそれらを切り裂く。


「間合い無視の神威絶技か! シンプルだが厄介だな!」


 武蔵の言う通りだ。神威絶技【雷刃】の攻撃は雄斗が狙った場所に剣戟を届かせる。

 たとえ敵との間合いが100メートル以上離れていても、【万雷の閃刀】より発した雷の刃が刹那の時間で伸び、普段の剣戟と同じタイミングで敵に斬りかかる。


「間合いを詰めたほうがいいみたいだな……!」


 雄斗の剣閃をかわしながら迫る武蔵。途中、雪菜や和尊の攻撃を受けるも風を思わせる軽やかな身のこなしや炎風による迎撃で瞬く間に剣を交えられる距離に迫る。

 激突する二人の剣。両者の技量に大きな差はないが経験の積み重ねのためか、二刀の剣を振るう武蔵に雄斗は多少押される。

 とはいえその時間も長くは続かない。すぐに雪菜が雄斗の隣に並び、剣を振るい始めたからだ。


「へぇ! 叢雲のお嬢ちゃん、|神域(俺たち)の剣戟についてこられるようになったのか。

 男子、三日会わざれば刮目して見よ。昔のお偉いさんの言葉もばかにできねぇな!」

「私は女です!」


 言い返しながら剣を振るう雪菜。そこへさらに遠距離から和尊の【炎蛇剣】が、凛が呼び出した鎧武者の群が武蔵の背後に迫る。

 だが武蔵は振り向かず背中から発生させた風で鞭のように伸びた【炎蛇剣】を叩き落とし、放つ炎で鎧武者を粉砕する。

 それでも雄斗たちの攻撃の合間で繰り出される和尊と凛の攻撃。しかしそのことごとくを武蔵の体より発生する炎風が対応。


「練度が足りねぇな和尊! 

 そこの嬢ちゃん共々、修行しなおしてこい!」


 そう武蔵は叫ぶと後方に後退。【草薙剣】を地面に突き刺す。

 それを見て雄斗──雪菜も一瞬遅れて──は空に舞い上がる。直後、雄斗たちのいた地面が大きく揺れ、同時に無数の突起物が出現した。


(これは……!)

(【草薙剣】の神威絶技だろうな……!)


 空に舞い上がりながら雄斗は言う。突如地面より出現した鬼の角を思わせる突起物。

 それは武蔵を中心に周囲百メートル以上の広範囲に出現している。ただ普通に神具の力を使っただけでこれだけの現象は起こせない。

 焔と風の神威を秘める草薙剣。しかしこの剣は日本神話では八岐大蛇の体内より発見された神具だ。

 このエピソードはかの神具が大地──地の属性の力を持つことを意味している。竜や蛇は大地と水に深い縁を持つからだ。


「うわあああっっ!?」

「きゃああっ!?」


 雄斗たちと違いそれに反応できなかった和尊たちは何とかという様子で防御魔術を展開。

 ぎりぎりで迫る突起物を防ぐが、地震が続く不安定な大地に立っていられず身を屈める。また新たに発生した大地の角が彼らの姿を覆い隠してしまう。


(和尊さん、凛さん……!)

(後にしろ! 彼らには悪いが気を使っている余裕はないぞ!)


 伸びてくる突起物を回避し続けながら雄斗は雪菜に言い放つ。そして武蔵の姿を見つけるや【雷刃】を繰り出す。

 武蔵の首元に迫る稲妻の刃。しかしあと数十センチというところで刃は止まり、その間に武蔵は剣の軌道から逃れ、こちらに接近してくる。

 

(なんだ……!?)

 

 武蔵は急速な勢いで迫りながら風や炎の攻撃を放ってくる。

 雪菜と共にそれを迎撃しながら雄斗は武蔵のスキを見つけそこに【雷刃】を放つ。雪菜も【桜刃爛漫おうじんらんまん】による死角から攻撃を仕掛ける。

 だが結果は先程と同じだ。【桜刃爛漫】の花弁の刃群も見えない何かに阻まれる。

 風、または空気による不可視の防御壁か。そう雄斗が思ったその時、正面に躍り出た武蔵は【征伐の嵐刀】を振るう。


「【蒼竜暴牙そうりゅうぼうが】!」


 雄斗の正面に巨大な風の龍が出現。人を容易に噛み砕けるような顎を開いて接近してくる。

 【掌握】状態でもまともに受ければ大ダメージは免れないであろう強力な神威絶技を見て雄斗は思わず身を引こうとしたその時だ、何かが背中に当たり下がれない。

 已む得ず迎撃のため剣を振るうが、刀身が正面の見えない何かに当たり振り切れない。

 

「鳴神さん!」

「ちっ!」


 叫ぶ雪菜の声を聞きながら雄斗は飛行の魔術を解除。結果、地表に向けて落下し、ギリギリのところで風の龍の顎から逃れることに成功する。


(野郎……! ふざけた真似を!)


 そう思いながら雄斗は【雷刃】の刺突を放つ。だがまたしても先程と同じく武蔵に当たる寸前で刀身は止まる。

 しかしかまわず剣を突き入れる。すると止まっていた稲妻の刃は再び動き出し武蔵に迫るが、風を纏った武蔵は軽やかな動きでそれをかわす。


「ははっ。もう見切ったか!」

「一回限定の不可視の壁か! 随分みみっちい技だな!」

「【空壁からかべ】っていう名前だぜ! まぁみみっちいのは認めるが便利だぜ。こんな風にな!」


 笑いながらそう言って武蔵は何もないところに立つ。そしてステップを踏んでは前に後ろに移動する。

 【空壁】。雄斗が予想した通り一度だけ何かに接触することができる神威絶技なのだろう。

 雄斗がそれを見抜いたのは最初武蔵が【空壁】を使ったあと、その場から離れたことと、【蒼竜暴牙】なる神威絶技が何事もなく雄斗がいた場所を通過したのを見たからだ。

 もし【雷刃】を防ぐことができる強力な不可視の壁ならわざわざ避ける必要はないし、もしそんなものだったら風の龍は何かに当たるような反応を見せるからだ。

 風を纏い迫る武蔵。反射的に優斗は【万雷の閃刀】を振るうが神速の剣閃を【空壁】が一瞬だけ防ぎ、その刹那の時間で武蔵は斬撃の軌道から回避し、同時に巨大な灼熱を放ってくる。

 迫る業火を慌てて回避する雄斗。しかしそこへ武蔵が接近し剣を振るう。


「そらそらそらそらそらぁ!」

「ぐっ……!」


 武蔵も猛撃に押される雄斗。

 剣技に大差はない両者だが、宙に飛んでいる雄斗と【空壁】を使い地上と同じように足を踏み込んで剣を振るう武蔵では一撃一撃の威力、剣技の繋ぎのスピードに差が出るためだ。


「はああっ!!」

「お嬢ちゃんのことも忘れていねぇよ!」


 そう武蔵は叫ぶと背後から斬りかかろうとしていた雪菜に【草薙剣】を投擲する。

 すると投げつけられた神具から莫大な炎が噴き出し人の形となる。そして【草薙剣】を手にすると驚く雪菜に斬りかかっていく。


「【御子みこ守護者しゅごしゃ】。ま、率直に言えば魔力で作った人形だ。

 だが強いぞ。何せ俺の剣技をほぼ模倣しているからな!」


 武蔵の言う通りだった。炎の人形と剣を交える雪菜だが状況は互角だ。

 神の領域に踏み込んだ雪菜の剣。しかしまだその腕は同じ住人である雄斗や武蔵には及ばない。そのため武蔵の剣技を”ほぼ”模倣する人形と伍することになっているのだろう。


「さぁ、ギアを上げていくぜ!」


 そう叫びより苛烈になる武蔵の攻め。神威絶技を含めた猛攻に雄斗は受けに回る一方だ。


(わかっていたが、本当に強い……!)


 押し込まれ続けながら雄斗は思う。

 神を征するであろう剣技に加え【空壁】を始め【空刃】など雄斗が見た多数の神威絶技をここぞというタイミングで使用しては戦場を一方的に支配している。つい先日神威絶技を思い出したばかりの雄斗には不可能な芸当だ。

 幾度か雷となって死角から強襲するが雄斗と同じく【心眼】を持つ武蔵はあっさりとそれに反応。痛烈な反撃と猛攻を繰り出してくる。


「ぐっ……! |雷交瞬刃らいこうしゅんじん)!」


 左肩に剣を叩き込まれたのと同時、雄斗が繰り出す閃撃のカウンター。 

 しかし武蔵の首元を狙った剣戟はまたしても【空壁】によって防がれる。すぐに剣を引く雄斗。すると武蔵は追ってこず、【征伐の嵐刀】を大上段に構える。

 とたん、周りが無音となる。いや、周囲で荒れ狂っていた風が何事もなかったかのように治まる。

 そのあまりにも急激な変化を見て雄斗が悪寒を感じた時だ。武蔵は剣を振り下ろす。


「【天空刃てんくうじん】」


 天空より振り下ろされる巨大な不可視の刃。迫るそれに雄斗は身じろぎ一つできない。

 刃も軌道も捉えている。しかし技の起こりも振り下ろされる速度も今までの武蔵のそれとは段違いの速さだ。

 躱せない。そう思いここぞというときのために隠していたもう一つの神威絶技を使おうとした時だ、迫っていた刃の周囲に黒い球体が発生。一瞬、動きが遅くなる。


(雪菜の【大地の捩手だいちのれつしゅ】か!)


 それを見た雄斗は慌てて左に体を動かす。振り下ろされた刃は左腕を掠め無数の細かな傷を作るが軽傷だ。


「この短時間で【御子の守護者】を倒すとは。

 本当にこの間とは別人だな、お嬢ちゃん」


 そう言うのと同時に雪菜が雄斗の傍にやってくる。負傷と火傷の後が数か所あるがまだまだ戦えそうだ。


(鳴神さん、使います)

(……わかった)


 念話で伝える雪菜。【花王舞剣】を正眼に構えると彼女の艶やかな唇から呪言が溢れ出す。


「大地に満ちる豊饒よ。生命の輝きを魅せる沃土よ。

 戦のために数多の穀物を捧げよ。勝利を祝うために千の花、万の華を咲き誇れ」 


 彼女のうちより溢れる魔力と様々な色と形をした花弁。

 雄斗たちを守るように花弁は周囲を舞い、その様はまるで花弁の結界だ。


「火よ、焔よ、業火よ。命を焼き滅ぼす赤き輝きよ。我が元に集え」

「我は誓う。我が運命と命はそなた達と共にあると。大地に芽生えるあらゆる命こそ我が臣民であり、無二の兵であると」

「風よ、嵐よ、疾風よ。大地を揺るがし崩す空の覇者よ。我に従え」


 姿が変わる雪菜を見て武蔵も歯を剥き、いつの間にか左手に握っていた【草薙剣】を掲げ、【掌握】の詠唱を口ずさむ。

 鮮烈な赤と紅の輝きが武蔵の体を覆い変化させる。雪菜も同様に緑や黄、桜色の衣装を身にまとう。


「大地に命が尽きぬ限り、花の女王は不滅であると!」

「我が剣は汝らの主。我が命は汝らの運命。遍く大地と豊穣を征する戦士の剣となれ──!」


 雪菜がやや早いが、ほぼ同時に完成する両者の【掌握】。

 【掌握】した雄斗と雪菜。多重掌握した武蔵。神クラス数人分の魔力と覇気が空気を震わせる。


「この短期間で俺たち(剣聖)の領域に足を踏み入れたのを見てもしかしてとは思っていたが……。

 さすがはあの叢雲明の孫。ろくに戦えもしない愚鈍な俺の甥とは違うな」


 二人が仲がいいのを知ってか知らずか、あからさまな挑発の言葉を放つ武蔵。

 しかし雪菜の表情は崩れない。


「【掌握」状態のお前たち二人に【多重掌握】している俺。戦力的には互角かな?

 ──さぁ再開しようか。時間も・・・ないこと・・・・だしな」


 含んだ笑みを浮かべる武蔵。雪菜も雄斗もそれに答えず無言で武蔵に仕掛ける。

 武蔵が放つ炎と風を回避しながら最短距離で正面から突撃する雄斗。ぶつかり合う両者の神具が雷を炎を風を周囲に散らす。

 数合打ち合った後、雄斗の背後より多数の【大地の捩手】が凄まじい速度で迫る。雄斗を力任せに突き飛ばした武蔵は炎弾と風弾で迎撃、逸らすが、その間に花弁を纏う雪菜が背後を取っては切りかかる。


「【桜刃爛漫おうじんらんまん】!」


 通常のそれとは違う、濁流のごとき花弁が武蔵を襲う。武蔵も一際強烈な風と焔を噴出してそれらを薙ぎ払い、雪菜の【木花霊剣】と打ち合う。

 だが散った花弁はすぐさま反転して再び武蔵に向かっていく。さらに雄斗も武蔵の背後より【雷刃】の斬撃を放つ。

 正面は雪菜本人。それ以外は【桜刃爛漫】による多方向からの攻撃。さらにそれに対処した武蔵の隙を雄斗の【雷刃】が容赦なくつく。

 武蔵は【心眼】と炎風の迎撃で塞ぎ捌きかわし深手こそ回避するが、無数の細かな傷が彼の体に刻まれる。


「【八岐炎やまたえん】!」


 雄斗の斬撃が武蔵の左腕を抉った直後、武蔵の全身より炎が噴き出す。

 名前の通り八つの頭部を持った蛇のような形となる業火。それらが一斉に雪菜と雄斗に向かってくる。

 だが雄斗も雪菜も慌てることなく対処する。雄斗は【雷刃】による剣戟で切り伏せ雪菜は、


「【【神炎嚥下】しんえんえんか】」


 神威絶技の名を口にした途端、彼女の体が炎に包まれる。そして迫った火の蛇を取り込んでしまった。

 さらにそれだけではなく雪菜が【木花霊剣】を振り下ろし、飲み込んだ蛇以上の灼熱が武蔵に向かう。

 雪菜と同じように体を火で包みやり過ごす武蔵。だがその一瞬の合間に雪菜は距離を詰めて鋭い斬撃を放つ。

 雄斗でも完全に見えなかったほど速い剣閃。武蔵はそれをかわしたが完全ではなく、左目の瞼が切り裂かれ血が噴き出した。

 さらに炎を纏ったままの雪菜は一撃を与えた勢いのまま烈火のごとき猛攻を繰り出す。

 いつもの舞うような剣技とは違う、あまりに直線的、暴力的なそれに雄斗も驚く。

 武蔵も真正面から受け止め反撃するが、左瞼より滴り落ちる鮮血が目に入るのか、時折挙動が遅れる。


「はあああっ!」


 彼女らしからぬ火を吐くような気合の一声。それとともに繰り出された剣戟を受けて武蔵は後退する。

 そして雪菜も肩で息をしながらも【木花霊剣】を正眼に構える。先程まで身にまとっていた炎は消えており、その顔にはいつもの落ち着きがある。


(【神炎嚥下】。炎を取り込んでの一時的パワーアップをする神威絶技か)


 雪菜の神威絶技を心中で分析する雄斗。

 と、突然武蔵が体を震わせる。魔術で左瞼の傷を癒した彼は心底楽しそうな笑みを浮かべ叫ぶ。


「いい。いいぞお前たち。もっと来やがれ!」


 小島の上空で激しく動く三つの輝き。上下左右に目まぐるしく動き、三者とも剣技と神威絶技を放ち続ける。

 唸る【雷刃】を噛み砕く【蒼竜暴牙】。複数の【大地の捩手】を両断する【天空刃】。炎をまき散らす【焔閃えんせん】を【禍呑白弁かいんはくべん】が飲み込み、放出された【空毒】を【雷刃】が切り散らす。

 互角、一進一退と言うべき状況。しかしそれが維持できたのはわずか数分だ。五分を経過すると数的有利な雄斗たちが押され始める。


(ち……! やはり俺たちの魔力切れが近いことを見抜いていやがったか)


 当然のことだが【掌握】の維持には莫大な魔力を使う。神威絶技を行使すればさらに維持時間は削られる。

 【掌握】して何年も経っている武蔵はその配分が上手いのだろうが、一方の雄斗たちはどちらも【掌握】してまだ一年──しかも雪菜は一週間も──も経過していない。そのためどうしても【掌握】時の戦い方に無駄ができてしまうのだ。

 かといってこれは一朝一夕でどうにかなるものではない。【掌握】も神威絶技も使用者の心身や経験が大きく左右される感覚的なものだ。どう無駄を無くすかは相応の戦いを潜り抜け、心身が理解しなければならない。


「二人がかりとはいえこれほど俺と戦り合えた相手は、【|十導士(お仲間)】以外では久しぶりだ!

 だがそろそろ終わりにするとしようか!」


 そう言って武蔵は雄斗と雪菜を剣戟で弾き飛ばすと、両手に握る二つの神具を交差させる。

 斜め十時の形となる二本の刀。その神具から肌を焼くほどの強く濃い魔力と噴火前の火山のような雰囲気が放たれる。

 そして武蔵の体から溢れ出す膨大な炎と風。瞬く間に刀を持った巨大な人型へと姿を変え、武蔵を取り込む。


(マリアの【破魔なる水聖光剣マーレ・ソーレ・サクロ・スパーダー】に似てるな。

 切り札的な一撃ってわけか)


 抜刀の構えを取る風と焔の巨人を見て雄斗は思う。

 おそらく回避は不可能、防御も意味をなさないほどの攻撃が来る。そう察し、雄斗は厳しい表情の雪菜に言う。


(叢雲、俺の後ろに。【剣躰けんたい】を使う)

(鳴神さん!? でも……!)

(大丈夫だ。今の状態でも一度は使用できる。

 だがそれが限界だ。だから後はお前がやれ。──できるな?)


 わずかな逡巡。しかし雪菜は力強く頷くと雄斗の後ろに移動する。

 背後の雪菜もまた魔力を高めていく。だが緊張が伝わってきたので雄斗は語り掛ける。


(そう緊張するな叢雲。お前ならやれる)

(……大丈夫です)

(お前には知らせていなかったが俺たちが失敗しても奥の手がある。

 グレンやマリアとも話し合って考案した必勝の策だ)


 嘘である。しかしそれをおくびにも出さず雄斗はいつもの口調で話を続ける。


(それもに失敗しても俺が責任を取るだけだ。お前は気にせず無心でやればいい)

(いいえ。そんなことはさせません。

 この戦いに負けた責任は私もマリアさん達も背負うべきものです。鳴神さんだけに背負わせることはしませんし、させません)


 即座に帰ってきた雪菜に雄斗は少し目を見開く。

 今までの彼女からはなかった反応。己の力と責務を誇りに思い背負う覚悟を決めた戦士の声だ。


(私は【アルゴナウタエ】の叢雲雪菜ですから)

(……そうか。なら、頼む)


 頼もしい言葉を聞いて雄斗は微笑み、今日初めて使用する神威絶技の真名を唱える。


「【剣躰けんたい】」


 体の隅々──細胞の一つ一つまでもが変化するのを感じる。

 生身でありながら今の雄斗の体は剣。全てを断つ鋭き刃となる。


「【天燼地滅てんじんちめつ炎風劔ふうえんのけん】」


 こちらの準備が整ったところ──おそらく待っていたのだろうが──眼前の巨人より武蔵の声で神威絶技の真名が唱えられた。

 振るわれる横薙ぎの一撃。周囲全てに広がったそれには灼熱地獄のような業火と全てを飲み込み砕く嵐風が同居していた。

 雄斗たちではなく雄斗たちがいる空間そのものを燃やし塵にする神威絶技。回避も防御も不可能な一撃。

 しかし雄斗は一切ひるまず、迫る武蔵の神威絶技に【万雷の閃刀】を振り下ろす。


(【剣躰けんたい天斬雷剣てんざんらいけん】)


 雄斗が繰り出す大上段の剣戟。

 それは迫っていた風と焔の世界を音もなく両断、消滅させる。


「な……!」


 驚愕した武蔵の顔が見える。それを見て雄斗はかすかに唇の端を曲げる。

 武蔵の技を一刀両断するできたのは雄斗の神威絶技【剣躰】のおかげだ。これは一定時間、雄斗の体をあらゆるものを切り裂く剣へと変えてくれるのだ。

 この状態の雄斗に対してあらゆる遠距離攻撃は意味をなさない。森羅万象全てを両断する神剣となった雄斗の体に触れた瞬間、切り裂かれて消滅するからだ。

 またこの状態で攻撃を繰り出しても、その攻撃は【剣躰】と同様の効果を発揮する。


雪菜・・!」 

「はい! 雄斗・・さん!」


 雄斗の声に即座に応える雪菜。阿吽の呼吸と言うべきタイミングで飛び出した彼女は武蔵との距離を一気に詰めた。


「【百花繚乱ひゃっかりょうらん】!!」


 雪菜の体より噴き出す大量の花弁。それらは瞬く間に武蔵の周囲を囲む。

 そして刹那の時間で花弁一つ一つが雪菜の姿へと変わると同時に全方位から武蔵に雪菜が行使できる攻撃を放つ。

 接近しての剣戟。遠距離からの魔術。近遠どちらかの神威絶技。武蔵の【天燼地滅を成す炎風剣】と同じく回避も防御も不可避。雪菜が放つ最強の神威絶技──


「お、おおおおおおおおおおおおっっ!!」


 それを武蔵は体から莫大な炎と風を発生させて迎撃する。

 残っていた魔力全てを使ったのか放たれた焔と風は凄まじい勢いで花弁から変化した雪菜を焼いては吹き飛ばす。

 しかし全てを消し飛ばすとはいかなかった。残った数体は武蔵に迫り、彼の四肢を体を切り裂く。

 だがどれも浅い。そして武蔵は即座に反撃し、残っていた分身を消滅させる。


「やるじゃねぇか。まさ【天燼地滅を成す炎風剣】を繰り出した後、あんな反撃を貰うのは予想外だったぜ。

 しかし、まだまだだな」

「いいえ。この勝負は私たちの勝ちです」


 肩で息をする武蔵に掌握が解けた雪菜がにこりと微笑む。

 そして訝しげな顔となる武蔵に左手に握っている──つい先ほどまで武蔵の右腰に下げられていた神具が入っている袋を見せる。


「お前……!」

「あなたが【百花繚乱】の迎撃に気を取られている間に頂戴しました」


 雪菜の言う通りだ。武蔵が百を超える雪菜を迎撃する中、本物の雪菜は【木花霊剣】を投擲して武蔵の腰に下がっている袋を奪ったのだ。

 普段なら不可能だっただろうが【天燼地滅を成す炎風剣】を破られ【百花繚乱】による反撃を受け、それの迎撃に気を取られていたあの状況だったからこそ成功した。


「悪いが俺たちの勝利条件は武蔵、あんたに勝つことじゃない。奪われた神具を奪い返すことだ。

 ──まぁ約一名はそうでもないようだけどな」


 そう雄斗が言った時だ。【草薙剣】を握る武蔵の左手首に何かが巻き付く。


「ぐっ……!?」


 手首に絡まった赤色の剣鞭。それが絞められたのか痛みに表情を歪ませる武蔵。

 はるか下方より伸びている赤き鋼──新造神具【炎蛇剣】。その発生源は地割れている大地にいてこちらを見上げている和尊だ。

 武蔵にとっては一蹴したはずの和尊ザコから受けた予想外の一撃。そしてそこに生じた隙を雄斗は容赦なく突く。

 間合いを詰めて彼の左腕に剣を振り下ろす。だが雄斗の一撃を武蔵の【征伐の嵐刀】が受け止める。


「はっ、危ねぇ危ねぇ……!」


 ひきつった──しかし安堵したような笑みを浮かべる武蔵。

 だがその表情が次の瞬間、驚愕に変わる。雄斗と同時に動き下から回り込んだ雪菜の斬撃が武蔵の左腕を切り落としたからだ。


「……っ!」

「【草薙剣】も返してもらいます!」


 そう言って雪菜は切り落とした武蔵の腕をつかみ、和尊の方へ放り投げた。

 直後、武蔵の全身から殴りつけるような暴風が吹く。しかしその前に凛の武者人形が立ちはだかる。

 砕かれ、吹き飛ぶ武者人形だが、その間に雄斗も雪菜も武蔵から距離を置き、和尊と凛の元に降り立つ。


「やってくれるじゃねぇか……!」


 眼下の雄斗たちを見下ろし、歯を剥きかつてないほど怒りの表情となる武蔵。

 風によって髪が逆立つその姿は鬼か修羅かと思う。

 

(雪菜、和尊、凛。撤退するぞ)

(はい……!)


 こちらの目的は達した。となると眼前で怒り狂う【十導士】の相手をする必要はない。

 一時ならば戦えるだろうがそれも長くは続かないだろう。武蔵も消耗しているが雄斗たちに比べたらまだ余力を感じさせる。

 ここで逃げたとしても武蔵も追ってはこないだろう。向こうも向こうで相当消耗している。もし【アルゴー】まで来たら船の砲塔で狙い撃つだけだ。

 【アルゴー】に撤退するため転移符を取り出す雄斗たち。そこへ武蔵が斬りかかってこようと剣を構えたその時だ、


「きゃっ……!?」


 雪菜の悲鳴が聞こえ視線を向けると、彼女が持っていた神器を収めていた袋が爆発していた。

 それを見て雄斗は表情を引きつらせる。神器の持つ権能による大規模災害の発生。顕現した狂神との戦い。神具に秘められた神威による超常現象に巻き込まれる──

 同様のことを思ったのだろう。武蔵も表情を険しくしており、雪菜は青ざめている。

 だが十数秒時間が経過しても何も起こらず、袋から何かが出てきた。

 

「何……!?」


 袋から出てきたそれを見て雄斗は驚く。それはヒビの入った虹色の光沢を持つガラス玉だったからだ。

 手のひらサイズのそれは魔力球。魔力を封じられるそれは特に珍しいものではない。古代の遺跡で見つかることや魔道具開発の企業が普通に作り出し販売しているからだ。


「魔力球だと……。どういうことだ」


 武蔵も知らなかったのか雪菜が慌てて掴んだ球体を睨んでいる。

 だが何か思い当たることがあったのか、彼は面白くなさそうな顔となる。そしてどうしたことか戦意を消して【掌握】を解除してしまう。


「ラーマ、ヒルデブラントの奴、俺に黙っていやがったのか。

 とはいえ俺たちの最終目的も無事に達成はできたんだな」

「最終目的だと……!?」


 武蔵の言葉に雄斗が反応したのと同時、ズズンと大きな音が響く。

 大地が揺れるその音を聞き雄斗は──武蔵を警戒しつつも──視線を下に向ける。

 周囲に響くほどの振動に驚いたのもあるが、それ以上に雄斗が眼前の敵から視線を外したのは、揺れる大地より強大な魔力を感知したからだ。


(狂神か!?)


 地響きと共に割れ、砕ける大地。

 出現するのはエンリルかヨルズか。警戒する雄斗だが眼下で砕ける大地から出現したのはそのどちらでもなかった。


「魔導人形……!?」


 地底から浮上してきたそれは言葉通り魔導人形だ。だがその大きさは一般に流布されている魔導人形の大きさを大きく凌駕している。

 魔導人形の大きさはせいぜい数メートルと言ったところだ。だが地面から出てきたそれは20メートル近くはある。

 

「やれやれ。これまでか」


 武蔵が発したため息交じりの言葉に雄斗は慌てて彼の方を向く。

 すると武器と戦意を収めた武蔵の右手には──いつ回収したのか──雪菜が切り落とした彼の左腕があった。


「それじゃあ俺はこれで失礼するな。

 俺としては勝負が中途半端で終わるのは残念だが、まぁ後々仲間になることを考えればタイミング的にはちょうどいいのかもな」


 思わず雄斗は【万雷の閃刀】を構えるが、それを制するように武蔵は言う。


「ああ。言っておくがお目当ての神器はあの魔導人形の中だぞ。

 確かエンリルの神器が核となっていたはずだ」


 そう武蔵が行ったのと同時、魔導人形から凄まじい突風が巻き起こる。

 あまりの強さに雄斗も雪菜たちも、その場に踏ん張る。


「それじゃあまたいつか会おうな!

 ──ああ、そうだ。和尊、【草薙剣】は一時、お前に預けておいてやる!

 いずれ改めてもらい受けるからな」


 暴風の中、聞こえた武蔵の声。

 体勢を立て直すと声のした方には彼の姿は跡形もなかった。






次回更新は7月9日 7時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ