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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
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十六話






「ふむ、出血は酷いが手当をすれば助かるな。

 といっても味方が駆けつけるかどうかはわからないが、まぁそれは運だろうな」


 地に付した雄斗を見て武蔵はそう言い、指令室の扉の方に背を向け、歩いていく。

 そして彼が雄斗から十分に離れたのを確認すると、雪菜は立ち上がって神威絶技を放つ。

 武蔵の周囲の空間が歪曲する。【大地の捩手だいちのれつしゅ】だ。

 武蔵は完全に戦いは終わった気になっていたのか指令室内の空気を元に戻している。それ故に体調が元に戻った上での、完全に不意を突いた一撃だ。

 しかしそれを武蔵は振り向かず横にステップしてかわしてしまう。


「やれやれ。あえて見逃していたんだがなぁ。叢雲のお嬢ちゃん」


 困ったような顔で武蔵は言う。格下、いや敵とさえ認識していないような態度だ。

 しかしそれも当然なので、雪菜は気にせず【木花霊剣このはれいけん】を構える。


「お嬢ちゃん。俺と戦うよりやるべきことがあると思うんだが。

 雄斗の奴、このまま放置しておくと死ぬぞ?」

「鳴神さんなら【万雷の閃刀】の加護があるので問題ありません。

 私が今やるべきことは、マリアさんたちが駆け付けるまであなたを足止めしておくことです」


 眼前の相手には雪菜一人ではどうあっても敵わない。だがマリアたちが、兄が駆けつければ状況は逆転する。

 雄斗を一蹴した強敵相手に時間を稼ぐ。非常に難しいがやらなくてはならない。

 【アルゴナウタエ】の一員としてもだが、何より同じ【高天原たかまがはら】出身として、彼の所業は見逃せない。

 何より、雪菜は彼のことを許せないし、認められない。


「可愛い顔して威勢のいいことだ。

 だがここに来るのはかなり遅くなると思うぞ。何せ彼女たちはラーマが対処しているからな」


 当代の神々の中で最強の一柱に上げられるラーマの名を聞き、剣先がわずかにぶれる。

 だが即座に落ち着き、敵意の欠片もない武蔵を雪菜は見据える。


「今の一撃までなら見逃してやる。さっさと剣を引いて雄斗の治療に当たったらどうだ?」

「そんなことをしたらあとで鳴神さんに怒られますよ。

 それに実の兄にあんなことするような人の言葉を信じるほど、私は馬鹿じゃありません」

「……何?」

「大和家の兄弟の確執の話は私も聞いています。あのような噂があったことも。

 でも、なら、どうしてあんな関係になる前に何もなさらなかったんですか」


 そう、それが雪菜には何よりも許せないことだ。

 武蔵に関しては雪菜は晴之から聞いている。年上ということもあり友人というほど親しい間柄ではないが、晴之は彼と共に戦ったことや幼いころ、幾度か指南を受けたこともあったのだと聞いている。

 その彼だが、尊正とは仲が良かったものの時には兄からの指示を平然と無視したり逆らったりすることも珍しくはなかったという。

 またそれでいてしっかりと結果を残していた。それが尊正は面白くなく、確執の一員となっていたのではないかと兄や父、祖父たちは語っていた。

 当人や【高天原】の上層部に詳しい人たちからの情報だ。おそらくそれは正しいのだろう。


「兄弟なんですから、お互いを理解することだっていくらでもできたはずです。

 あんな噂があったということは、そのような噂を作ってしまうような態度をあなたが取っていたからでしょう。

 どうしてそれを改めたりしなかったんですか。きちんと謝ったりしていたんですか。

 あなたは尊正さんと、お兄さんと本音で話し合ったことがあったんですか」


 人と人は言葉をかわせばわかりあえる。もちろん完璧にはいかないだろうが相手は肉親だ。幾度も話し合えばお互いのことを理解できて、もめ事を未然に防ぐこともできただろう。

 にも拘らずあのような悲劇が起きてしまった。もちろん全部の責任が武蔵あるとは言い切れないし、だまして謀殺しようとした尊正も悪い。

 しかし、そこまで武蔵を憎んでしまったことは武蔵にも責任がある。一方的に尊正が間違っているという武蔵の意見に、雪菜は頷けないし、認めることはできない。


「本音で話し合った、ね。

 ──ガキが生意気な口を叩くじゃねぇか」


 雪菜の言葉を聞いた武蔵は表情を一変、氷のような冷たい顔となる。

 あまりにも急激な変化のそれに雪菜が驚く中、武蔵は空に右の空手を開く。


「後で試そうかと思ったが気が変わった。

 イキのいい得物が目の前にいるんだ。【草薙剣】の【掌握】、やってみるか」

「!?」


 低い声で呟く武蔵。直後、右手に炎と風が渦巻き、【草薙の剣】が姿を見せる。

 そんな彼の姿を見て雪菜は驚愕する。【掌握】とは神器との対話や試練を超えて発動させることが可能な神具、神財使いの極みの一つだ。

 それを手に入れたばかりのものがすぐに実行できるなど──。そう雪菜は思ったが、武蔵は剣を肩に担ぐような姿勢を取り、乾いた声音で呪言を口にする。


「火よ、焔よ、業火よ。命を焼き滅ぼす赤き輝きよ。我が元に集え」


 魔力が込められた言葉を聞き雪菜は総員を震わせる。間違いない、これは【掌握】の詠唱──

 【草薙剣】より発生する炎と風が武蔵の体を包み込む。思わず雪菜が腕で顔を抑えるほどの強い風と熱が伝わってくるが、武蔵は顔色一つ変えない。


「風よ、嵐よ、疾風よ。大地を揺るがし崩す空の覇者よ。我に従え」


 武蔵の体を包む炎風が形を変える。

 炎の文様が刻まれた軽甲冑が彼の体を包み、青と赤の文様が入った羽織が肩にかけられる。


「我が剣は汝らの主。我が命は汝らの運命。

 遍く大地と豊穣を征する戦士の剣となれ」


 武蔵が締めくくると同時、周囲に衝撃波が走った。

 それを受けて雪菜は少し後退し、すぐさま剣を構えなおす。


「……っ! これが【草薙剣】の【掌握】……!」

「ふむ、こんなところか。──【沃土征覇よくどせいは焔士えし】ね。いい名前だ」


 淡々と呟く武蔵を見て、雪菜の頬に無数の汗が浮かぶ。

 武蔵が放つ熱気が理由ではない。今まで感じられなかった彼の殺気と敵意が雪菜に向けられたからだ。

 そして今しがた入手したばかりの【草薙剣】をあっさり掌握してしまったことにもだ。


「小娘。軽く試すだから、耐えろよ」


 言うと同時、武蔵の右腕が動く。

 閃光のような太刀筋が迫る。それをギリギリで回避する。雪菜が会得していない雷すら切り裂く【閃電せんでん太刀たち】だ。

 【心眼しんがん】と剣士としての勘で初撃は何とかかわしたが、次からはそうはいかなかった。四方八方より繰り出される剣戟を前に雪菜は【木花霊剣】を盾にして防ぐのがやっとだ。


「ぐっ……!」

「どうした。さっきの威勢はどこへ行った。それとも達者なのは口だけか」


 剣戟と共に叩きつけられる揶揄のこもった言葉。

 だが雪菜にはそれに反論する余裕もなく、ただただ受け止めるだけだ。

 嵐のような剣戟に雪菜の体に無数の傷が刻まれていく。 


「【焔閃えんせん】」


 大きく【草薙剣】が振るわれて発生する紅の剣閃。

 横に飛びのいて雪菜はかわし、剣閃は雪菜が立っていた後ろにあった壁を一瞬で溶解させてしまう。

 今の神威絶技は超高熱の炎を圧縮した斬撃に変えて放ったものだろうか。


「【昇風炎しょうふうえん】」


 今度は床に向けて【草薙剣】を振り下ろす武蔵。赤い風が地表から舞い上がり迫ってきた。

 とっさに岩壁を発生させる雪菜だが、赤い風はあっさりと岩壁を溶かしてしまい、その衝撃波と熱風を受けて雪菜は大きく後方へ吹き飛び、調度品を収めた棚に激突してしまう


「がはっ……!」

「おいおい。もうへばるのか。

 しょうがない。もう少し手を抜いて、昔話でもしながらやるとするか」


 【焔閃】と【昇風炎】を交互に放ちながら、武蔵は語りだす。


「昔々、ある名家に生まれた兄弟がおりました。

 弟が物心つく前に父親を亡くし、名家の当主となった兄。そんな立派な兄を弟は敬愛し、力になるべく武芸を磨き勉学に励みました。

 そんな弟を兄は可愛がり笑顔を向けてくれました。わからないことがあれば教えてくれて、時間を見つけては剣の指南もしてくれました。

 ですが弟が一人前となり幾多の功績を上げ、兄を超える武人となったころ、優しかった兄は別人のように厳しくなったのです」


 攻撃の合間に語られる話。それはおそらく武蔵と尊正のことだ。


「弟はそれが兄が自分に対する嫉妬と恐れということに気づいておりました。

 兄は名家の当主としては優れておりましたが、代々家が継承している英雄神を継承するものとしては実力が足りていませんでした。

 また弟が英雄神を継ぐにふさわしい武芸の腕を見せ、また功績を上げることで、周囲の者たちが兄を押しのけて弟を名家の当主にするという動きや噂があったのも兄が弟を冷遇するの拍車をかけたのでしょう。

 ──ですが弟は兄の代わりに当主に、英雄神を継承する気など一切ありませんでした。兄が自分より劣っていることはわかっていましたが一族の継領としては立派な人であり、自分にはできないことを長い間幾つもやっている優れた人であることをよくわかっていたからです。

 弟は自分を当主に臨む者たちに自分はあくまで兄を支えていくと公言。兄に対しても幾度となく話し合い、生まれた甥が次代の当主になると、そして兄がしたように自分がその子を守っていくと宣誓しました」


 淡々と語る武蔵。繰り出される神威絶技に嬲られながら雪菜の耳にそれはよく響く。


「それを機に兄も少しは態度を改め、昔ほどではありませんが優しくなりました。弟は兄がわかってくれたのだと思い、今まで以上に兄を家を支えるべく奮闘しました。

 自分を当主に推す声も静まり、同じ志を持つ仲間も沢山得て順風満帆。そんなあるときです、いつものように兄から弟に【異形種キメラ】討伐の任が与えられました。

 弟は二つ返事でそれを受け、仲間と共に討伐に出掛けます。

 しかし、遭遇した【異形種】は兄の話にあった雑魚ではなく【異形王フェノメノ】。それも危険視されている猛者でした」


 武蔵の声に暗いものが宿る。

 憎悪や憎しみという一言では表現できない、様々な負の感情が込められた声音に変わっていく。


「話と全く違う難敵に仲間たちは次々と倒れます。

 弟はそれでも死力を尽くし何とか討伐するものの、生きている味方は一人としていませんでした。

 弟一人を残して、皆死んでしまったのです」


 一瞬、平坦に戻る武蔵の声。

 しかしそれはなぜか、泣くのをこらえているように雪菜は感じた。


「弟も半死半生となりましたが紆余曲折あり助かりました。

 ですが、家には戻りませんでした。戦いのあと駆け付けた人から、兄が自分を殺害するためにはかったことを聞いたからです。

 さらにその人から自分の仲間たちの親族たちが家より冷遇されたり追放されていることを聞き、それが事実であることを確認。

 そして弟は気づいたのです。──仲直りしたと思っていた兄は、実のところ微塵もそうでなかったと。笑顔の裏に醜い嫉妬の顔を隠していたと。

 弟はそれを許せませんでした。自分だけならばまだ許容できたかもしれません。

 ですが仲間や、その親族たちを巻き込み死なせ、そして邪魔となったら一掃するその所業は神が、いえ人がすることではありません。鬼畜の所業です。

 そして弟は兄に復讐すること。そして神という立場が存在するこの世界そのものを憎み、壊すことを望み、今の世界と敵対する道を選んだのでした」


 そう締めくくったのと同時に放たれた一際巨大な【焔閃】。

 すでにボロボロだった雪菜はそれを受け止めるも吹き飛び、再び棚に叩きつけられる。

 そして【木花霊剣】から手を放し、地面に倒れこんだ。


「肉親、兄弟同士なら分かり合える。仲良くできる。

 そう思っていた俺は俺自身以外の全てを失った。──ほかならぬ兄の手によって。

 俺は本音を話した。だが兄はそうじゃなかった。

 俺の方こそ言いたい。何故素直に言ってくれなかったのかと。何もかもぶちまけてくれればあの時の俺は家から距離を置くことさえしただろうに」


 武蔵の言葉を聞いて雪菜は大きく目を見開く。彼の声音に嘘がないことを感じたからだ。


(この人は、本当にお兄さんが、尊正のことが、好きだったんだ……)


 自分がとんだ勘違い、思い違いをしていたことに気づく。そしてどれだけ心無い罵倒を浴びせてしまったかも。

 尊正を尊敬していたから、好きだったから。だからこそ武蔵は兄が許せなくなってしまったのだろう。

 敬愛していた故に、発生した憎しみも大きい。そういうことなのだ──


「小娘。お前の一族が仲がいいことは聞いている。だが誰しもが何もかもお前に見せていると思うのは勘違いだ。

 己を守るためなら神だろうと、平然と血のつながった相手も陥れる。それが今の世界だ」


 武蔵から戦意が消える。

 そして倒れている自分から遠ざかる足音が聞こえるが、体中に負った傷と疲労により顔を上げることさえできない。


「さて、話も尽きたしお前ももう戦えない。

 いい加減去らせてもらうと──」


 そう武蔵が言った時だ、突如雪菜の周囲に風が渦巻く。

 ようやく顔を上げた雪菜が見たのは風でできた門より出現した兄、晴之の姿だ。

 雪菜は知らないが、今の瞬間移動はおそらく兄の神威絶技の一つなのだろう。


「雪菜、雄斗君。無事か……!」

「にい、さん……」


 かすれた声で呟く雪菜。それが今の精一杯だ。

 雪菜の姿を見た晴之は喜び、しかしすぐに悲しそうな顔となる。

 そして倒れている雄斗と尊正の遺体、部屋を出ていこうとしている武蔵の方を見るや驚くも、すぐさま表情を引き締め、風をまとって斬りかかっていく。

 兄が繰り出す神速の剣を武蔵も手にしていた【草薙剣】で受け止める。激突した二つの神具から衝撃波が放たれ、部屋を揺らす。


「ほう晴之。無事だったか。

 ラーマの奴と戦って五体満足とは、強くなったじゃねぇか」

「武蔵さん……! あなたが【しんなる世界せかい】に加わっているとは……!」

「そうだ。これでも【十導士】の一席を預かっている。

 それで、どうする? お前が止めるなら俺も剣を引くぜ?」


 武蔵の返答に兄は剣戟と神威絶技で応じる。

 繰り広げられる強者二人の戦い。彼らの放つ技や魔力の波動で要塞内部でも随一の頑丈さを誇る指令室は瞬く間にボロボロとなっていく。

 いつの間にか兄がやったのだろう。雪菜、雄斗は風の結界により守られている。だが神とそれに比肩する強者の激闘だ。万全とは言えないだろう。


「鳴神さん……」


 戦いの邪魔にならないよう床を這いつくばって雪菜は倒れている雄斗の元にたどり着く。

 彼の周囲に四散している血を見て一瞬、ぞっとするも、体に触れたら思った以上に温かく、怪我が治っているのを見て安堵する。

 思った通り、【万雷の閃刀】による自動治癒が働いていたようだ。神具や神財は主が生命の危機の時、自らの魔力や周囲に漂う魔力を集めて怪我や状態異常の治療を行うことがある。

 今の雪菜もそうだ。【木花霊剣】による魔力と体力の回復、また床──地面に接していることで大地より生命力や魔力を集めている。

 とはいえそのスピードは遅く、未だ戦えるほどの状態ではないのだが──


「やれやれ。兄妹そろって血気盛んだな!」

「神器のこともありますが、兄として可愛い妹が傷つけられて黙ってはいられないんですよ……!」

「美しい兄弟愛だな。──癇に障るぜ」


 憎悪の顔となって剣を振るう武蔵。兄はそれを受け止めるも、大きく弾き飛ばされる。

 雪菜の近くまで下がってきた兄。まとっている服はボロボロで体中にも大小さまざまな傷があり、また顔には濃い疲労の色も見える。

 その様を見て雪菜は気づく。兄は【狂神きょうしん】、ラーマとの連戦いの後すぐに駆けつけてきたのだと。万全とは程遠いということに。


(フォローしなくちゃ……!)


 回復中であるもののの、武蔵に痛めつけられたダメージは雪菜の体に残っており、剣を握る力もない。

 だが魔力はある程度補充できており二度、いや一度だけなら神威絶技を放つことができる。

 

(チャンスは動きを止めた一度だけ……!)


 そう思い、雪菜は対峙する二人を見据える。

 ボロボロの兄が再び風をまとって剣を構えた時だ。武蔵は空いている左手に【征伐せいばつ嵐刀らんとう】を出現させる。


「ああ嵐よ。何物にも縛られない風の暴君よ。天空の覇者よ。

 汝が意思は全ての空を支配し、あらゆる疾風は汝に従う兵となるだろう」


 武蔵が紡ぐ言霊を聞き、雪菜はゾッとする。脳内に【多重掌握】の名が浮かび上がる。


「いかなる頑強な大地も颶風の前に砕けるだろう。果てのない広大な大海原も爆風が荒れ狂わせるだろう。

 祖は空の帝王。あらゆるものに縛られない絶対無双の大王なり」


 兄が放つものとは違う、荒々しい暴風が武蔵の周りに巻き起こる。

 それに煽られ、兄は一歩後退する。周囲の空間を、風を制しているはずの兄が。


「ああ嵐よ、その御子である我がこい願う。

 帝王の権威を我に与えよ。覇者の王威を我に授けよ。

 天地冥界遍くものを征伐せんがために──!」


 叫ぶように詠唱を締めくくる武蔵。次の瞬間、【征伐の嵐刀】が周囲のものすべてをなぎ倒すような強風を発し、当時に【草薙剣】も焔を生み出す。

 【多重掌握ムルティー・インペラトル】。混ざり相乗する二つの力は上昇し、指令室の天井を吹き飛ばしてしまう。そのあまりにも強い衝撃に雪菜は叢雲の体を抑え吹き飛ばされることを覚悟するが、その雪菜の前に晴之が姿を見せる。

 眼前にて展開される風のバリアー。兄が造ったそれにより何とか難を逃れる雪菜。そして要塞そのものを震わせるような衝撃が収まったころ、鳴神の体を抑えていた雪菜は顔を上げ、大きく目を見開く。

 曇天の空が見えるようになった天井のない指令室。そこに二つの神具を手にした武蔵の姿があった。

 恰好に変化はない。だが放たれている魔力や圧力は先程よりもずっと大きい。 

 

「【多重掌握】だと……!」

「初めてやってみたが、何とかなるものだな」


 そう呟く武蔵。かつてないほど強大な魔力が彼に宿り、そのあまりの強さと輝きを雪菜は直視できない。

 一拍の間をおいて、再び激突する両者。部屋の中を両社は神速で動き、また魔力と風と焔で荒れ狂っている。

 どうなっているのか雪菜の心眼では捉えきれずわからない。集中して心眼を使用しても強大な真紅のオーラが空色のオーラを一方的に押し込む──兄が武蔵に圧倒されてるのだけが見て取れるだけた。


(何とかしないと……!)


 そう思い、雪菜は今まで以上に必死に肉眼と心眼を凝らす。すると残像しか見えなかった二人の動きを大まかだが捕らえることができるようになる。

 そして吹き飛んだ兄に対し武蔵が大上段の一撃を叩き込もうとしたのを見た時だ、【大地の捩手だいちのれつしゅ】を使用。発生した漆黒の球体が武蔵の動きを止める。


「兄さん!」


 雪菜の叫びを聞いた晴之は空中で体勢を立て直すと、【天嵐刃てんらんじん】を放つ。

 巨大な三日月の形をした風の刃。神速で迫るそれを【大地の捩手】の束縛より逃れた武蔵は神具の剣二つで受け止める。

 だが打ち消すことも切り砕くこともできなかった。神具と接触した風の刃はその瞬間、百を超える刃となったからだ。

 そしてそれらは武蔵の体に突き刺さり、血飛沫を宙に舞わせる。


「がっ……!」


 武蔵に傷を与え、苦悶の声を漏らさせたのは神威絶技【天嵐刃】。小さい風の刃を固めて巨大な刃とし放つ技だ。

 見た目こそ巨大な刃だが使用者の意思でいつでも元の小さい刃に拡散できる、相手の虚を突く絶技だ。

 体勢を崩す武蔵へさらに兄は追撃する。一瞬で空に舞い上がり、武蔵の頭上から大上段から剣を振り下ろす。

 晴之の一撃を武蔵は再び二つの神具を交差させて受け止めた。しかしまたしても兄の一撃により武蔵は吹き飛ばされ、指令室の床に叩きつけられる。

 神威絶技【嵐撃らんげき】。全魔力と風を一極集中させ放つ強力無比な剣戟だ。もっとも使用できるのは攻撃する一瞬だけであり連発はできないが。

 二回連続の反撃の勢いに乗ってさらに晴之は攻撃を放とうとする。しかし床に叩きつけられた武蔵の周囲から大きな風と焔が発生、周囲に拡散する。


(目くらまし? こんなものそれほど意味がないはず──)


 そう雪菜が思った時だ、雪菜の背後に何かが降り立つ音がした。

 いや、何かではない。雪菜の【心眼】はそれが何なのか視えていた。兄の攻撃を立て続けに受けた武蔵だということもわかっていた。


「兄妹ならではの見事なコンビネーションだったな。──この傷は弱いと言ってお前さんを放置していた俺の油断が原因だな」


 平静な口調で武蔵が言うのと同時、後ろに振り向こうとした雪菜は見た。彼が振り下ろした剣が自分の首に向かっているのを。

 そしてそれに自分が対応できないもの、た瞬間、わかってしまった。


(兄さん、鳴神さん、マリアさん。後は)


 雪菜は死の間際、刹那の思考の中、頼みますと続けようとしたが、それはできなかった。

 なぜなら武蔵が振り下ろした剣は雪菜を傷つけなかった。代わりに雪菜の間に出現した晴之の左腕を断ち、体を切り裂いていたからだ。


「ぁ……」


 鮮血をまき散らして倒れる晴之。生暖かい、紅の雫が周囲に散り雪菜の黒髪を、肌を濡らす。

 唖然とする雪菜。そして武蔵も呆気にとられた顔をしていたが、一拍してつまらなそうな顔になる。


「本当に兄妹思いだな晴之。

 だがその判断は戦士としても神としても間違っているけどな」

「……い、や。いやああぁぁあぁああっっ!??」


 瞬く間に床にできる血の海とピクリとも動かない兄を見て、雪菜はようやく兄が何をしたのか、彼の身に何が起きたのか理解する。

 裏返った悲鳴を上げて床に倒れている兄に駆け寄り治癒の魔術をかける。だが手より発せられる癒しの光は小さく、傷はふさがらず血も止まらない。


「兄さま。兄さましっかりして! 兄さまぁ!

 ああ、どうしよう。血が止まらない。傷がふさがらない。

 死んじゃう。兄さまが死んじゃうよぉ……!」


 涙を流しながらひたすら兄の怪我を治すべく力を振り絞る。

 しかし状況は一向に変わらない。そのことが雪菜の精神を、思考を大きく乱す。


「だめ、だめだよぉ……! 死んじゃだめぇ。

 おばあ様みたいに死ぬのはいやだよぉ……」


 とうとう治療する手を止めて兄の体に縋り付き、雪菜は幼子のように首を横に振り続ける。

 助けなければならない。だが力がない、助けられない。その事実が彼女の性根を折ってしまっていた。

 背後の武蔵が侮蔑と苛立ちのこもった声を発するが、それも今の彼女の耳に入らない。


「……。鬱陶しい。ガキの喚き声は聞くに堪えねぇ。

 兄妹もろとも、まとめてあの世に送ってやる」


 後ろで膨れ上がる魔力。涙をぬぐわない顔で振り向いた雪菜の視界に入ったのは、双剣を振り下ろし炎と風が混合した竜巻だ。

 死ぬ。そう雪菜が端的に思った時だ、誰かが迫る竜巻の前に立ち塞がった。








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