三話
刀が、煌めく。暗闇の中、雄斗はそれを見る。
と言っても日差しのような柔らかい光ではない。それは雄斗がよく知っている電光による鋭い輝きだ。
何だこれはと思ったその時、ひときわ強い輝きが放たれる。そしてその光の発生場所には一本の刀が突き立っている。
愛刀の【紫電】ではない。【紫電】に比べ刃渡りがやや長く、刃紋は稲妻のような形だ。
(なんだ、この刀)
そう思ったその時、再び謎の刀が発光する。いやそれだけではなく周囲に稲妻も放つ。
まるで自分の存在を無視するなと怒っているようにも見える。
(と言っても、どこかで見たっけ?)
雄斗は正直、この刀は始めて見たと思う。刀の魔道具はいくつも見たがどれもこれとは照合しない。
しかしこちらの思考を読み取ったかのように──と言うよりもそうしているのか──刀は稲妻を放ち続ける。
その姿をなんとなく哀れに思った雄斗は近づき柄に手を伸ばしたその時だ、刀からより強く眩しい輝きが放たれる。
まるでこちらを拒絶するかのような光と稲妻に思わず雄斗は目をつぶり、光が収まったところで目を開く。
しかし視界に入ったのはあの刀ではなく桜の花弁が舞う公園だ。いつの間にか眠っていたようで周囲は夕焼け色に染まっている。
「……変な夢だったなあ」
大樹の根元から体を起こし体をほぐす。そしてこちらに向かってきている人の気配を察知し視線を向け、小さく苦笑した。
なぜならば怒った顔の妹と親友の姿が見えたからだ。
「よう二人とも。こんなところにきてどうしたんだ?」
「兄さんがまだ家に帰ってこないって愛理ちゃんに言われて探しに来たのよ。やっぱりここにいたのね」
妹の言葉に雄斗は肩をすくめる。
この桜の巨木はここら一体の目印であるが、雄斗にとってはまだ両親が生きていた時、よく花見をした思い出の場所でもある。
また時折、ここで雄斗が暇をつぶすこともある。当然それを妹たちも知っており、ここでやってきたのだろう。
「兄さんから聞いたわ。アナーヒター様直々の【アルゴナウタエ】の勧誘を断ったそうね。どうして──」
「お前まで理由を聞くなよ。わかってるだろ」
雄斗が片手をひらひらさせて言うと、妹の釣りあがった眉がさらに上に傾く。
「アナーヒター様に、あの【輝水の女神】直々に勧誘されたのよ。その場で答えを出すなんて失礼すぎるわ」
「こういうことはさっさと片を付けたほうがいいんだよ。無駄に期待を持たせるほうが失礼だろ」
「兄さんほどの実力と才能があれば【陰陽連】本部はもちろん【アルゴナウタエ】だって十分にやっていける! 鈴音さんみたいに──」
「俺にその気がないのに所属しても無意味だろ。周りにとって迷惑でしかない」
「兄さん!」
詰め寄ってくる未来。が、その肩に天空が手を置きそれを止める。
「そのぐらいにしておこうよ未来ちゃん。僕たちは雄斗を探しに来たのであって、彼の将来を心配しに来たわけじゃないだろう?」
「天空さん! でも!」
「僕も君と同じだよ。雄斗の剣は剣の頂点に届きうるほどのものとは思う。その力を皆のために役立てるべきだとも。
でもそれはあくまで雄斗本人がそれを望まなければ意味がないよ」
未来の頭をなで、黒髪を触る天空。
優しい恋人のしぐさに妹は頬を赤くし、途端におとなしくなる。
「それに雄斗は心配なんだよ。元気さんたちはもちろん、未来ちゃんのことがね。君は気は強いけどさみしがり屋だから」
「そんなことは……!」
「昔はよく雄斗の後ろにくっついていたじゃないか。そして雄斗が離れると泣きだしそうになって大変だったよ?」
「それは子供のころの話です!」
「そうそう。お前が心配なのよ俺は。
大体天空に告白するときもうじうじ悩んでいて、俺が尻を叩いてやったの忘れたのか?」
「ちょっ……兄さん!」
羞恥の色が加わり、ますます顔を赤くする未来。
気が強く沸点の低い妹だが、こういう姿は美人だった母に似てとても可愛い。
「兄さん、兄さんが私たちのことを優先してくれているのはまぁ、その、嬉しい、よ。
でもそれで兄さんが得られるはずのものを得られないのは私たちが辛いよ。兄さんはもっと高いところに、広い世界に行けるのに」
珍しくしおらしく──そして真摯に言葉を紡ぐ未来。
雄斗は微苦笑して彼女の頭をなでる。
「何度も言ったろ。俺はここにいることに満足しているし、お前たちの傍にいることは俺自身が望んだことだ。
お前の言う高い場所や広い世界に興味がないとは言わないが、それらはお前たちと比べればそこまでこだわるべきものじゃない。
まぁお前や兄貴、義姉さんたちがいろいろ言ってくれるのはわかるが、そういうことだ。……わかったか?」
優しい声音で語ると、未来は眦を下げて沈黙する。
いつもの消極的な納得状態になった彼女を見て家に帰るかと雄斗が言おうとしたその時だ、全身がおぞけだつ。
その理由は全身に張りが突き刺されたような敵意を感じたことと、それと同時に、周囲に腐った肉や血が混じったような臭く、乾いた空気が漂い始めたからだ。
「なんだ、これは……」
無性に嫌な予感がしてならない。雄斗は思わず【紫電】を召喚の術で手元に呼び、鞘から引き抜く。すでに異変を察知していた親友と妹も臨戦態勢に入っている。
そして瞬きが数回行われた時、背後の空気からひときわ強い異臭を感じ左へ振り返る。すると視線を向けた先の空間がまだら模様に歪み、破砕。
砕けた空間から【異形種】が飛び出してきた。
「ガアアアアアアアアアアアッッ」
出現し咆哮する【異形種】。それを見て雄斗は顔を引きつらせる。
蛇の頭部を無数に持つ多頭種で全長は桜の巨木を超える14、5メートルほどあり、両脇には細長く野太い腕もある。
(やばい。どう見ても強敵──)
何より【異形種】の放つ濃厚な殺意と圧を感じ、警戒レベルを一気に最大まで引き上げる。
眼前の怪物はB+。いや下手をしたらAクラスかもしれない。
「天空! 未来を!」
「わかってる!」
即座に帰ってくる返事と二人の気配が遠ざかるのを感じ雄斗は安堵する。眼前の怪物は自分たちはともかく、妹に荷が重すぎる相手だ。
しかし次の瞬間、【異形種】は細長い腕を鞭のようにしならせて攻撃してきた。それをかわし接近する雄斗に今度は蛇の頭部が炎や毒液を吐き出してくる。
「くっ!」
絶え間なく吐き出されるそれらを雄斗は【心眼】で見切り近づく。
だが着弾した際の炎の破壊力や毒液の溶解音と異臭を見て一層表情を厳しくする。それらはまともに食らえば即座に戦闘不能──下手すれば即死するかもしれないからだ。
致死の一撃をかわし続け懐に入り込む雄斗。そして【紫電】をふるい頭部の一つを切り落としては【異形種】の背後に回り込む。
だが雄斗は喜びはしない。それどころか驚愕に目を見開く。それは切り落とした頭部が地面に落ちるとその場所から鼻を突くような異臭を放ち、さらに【異形種】の傷口からは瞬く間に新しい頭部が生えてしまったからだ。
(マジか……!)
瞬時と言うべき再生速度の速さに雄斗は表情を引きつらせる。このような尋常なく早い再生能力を持った【異形種】は剣技をメインで戦う雄斗にとって難敵だ。
「下がって、雄斗!」
親友のことが聞こえ、すぐさま【異形種】から距離を置く雄斗。
直後、天空が放った魔術の飽和攻撃が多頭種に降り注ぐ。それらに体を削られ、頭部のいくつかが吹き飛ぶが、先程と同じくすぐさま元通りとなる。
(俺一人でも天空一人でも駄目だ。組んで戦うしか──)
ない、と思ったその時だ。別方向から飛んできた雷が【異形種】の右手を傷つける。
雄斗は驚き、そしてすぐに顔を青くして攻撃の方向を見る。案の定、そこには全身に雷光をまとう妹の姿があった。
「何やってる未来! さっさとこの場から離れろ!」
「ここを離れて応援を読んできてといったはずだよ!」
自分と同じく驚愕した天空が叫ぶ。
だが妹は面に恐怖の色を浮かべながらも気丈に言い放つ。
「兄さんたちでもこの【異形種】の足止めは厳しいよ。私も手伝う!
それにこれほどの怪物が出たのなら【陰陽連】の皆も察知している。すぐに応援が来るよ!」
妹が叫ぶように言う言葉に雄斗は固まる。
未来の言っていることは間違っていない。滅多に表れない高ランク相当の【異形種】が出現したのだ。支部でもすでに気づいており動き始めているだろう。だが──
「馬鹿! 足止めなら俺たち二人で十分だ! お前がいるとかえって邪魔なんだよ!」
妹は優秀な護士だ。才能もある。あと数年もすれば現在の天空に並ぶかもしれない。
だが今は未熟で、今現在対峙している【異形種】のような化け物を相手にするには早すぎる。
「私だってやれるよ! いつまでも兄さんの陰に隠れていた子供じゃない。
私は鳴神元気と雄斗の妹、鳴神未来なんだから!」
そう言い放ち未来は両手からひときわ大きい無数の稲妻を【異形種】に放つ。それに対し【異形種】は二つの首を向けては開き、火球を吐き出す。
ぶつかり合い火花を散らす雷と炎の塊。だが均衡はほんの一瞬だった。炎は稲妻を消し飛ばし、全く変わらない様子のまま未来へ迫る。
「未来っっ!」
雄斗が叫ぶと同時、未来のいた場所へ着弾する炎。発生する爆炎と粉塵の中から未来が飛び出してくる。
体のあちこちが焼け服が破損しているが五体は無事だ。おそらく炎が直撃する寸前、防護の術を使用したためだろう。
だがそれが限界だったのか、飛び出してきた体に力はない。おそらくは気絶している。
しかし未来が頭から地面に落下するようなことはなかった。雄斗と同じくこうなる可能性を察していた天空が黒翼をはためかせて、地面からあと数十センチと言うところに落下していた妹を受け止めたからだ。それを見た雄斗は思わず安堵の息を吐く。
「天空、未来を連れてここから離れろ! 時間は俺が」
その先を雄斗は言うことができなかった。何故なら【異形種】の頭部がすべて天空と気絶した未来に向いており、彼らに向けて炎と酸の連弾が放たれたからだ。
表情を引きつらせて天空は魔術のフルバーストを放つ。しかし突発的だったため数は少なく、全てを撃墜できない。
「天空! 未来!」
雄斗が叫ぶと同時、天空が咄嗟に発生させた防御魔方陣と【異形種】の攻撃がぶつかり合った。
先程の未来と違い拮抗する【異形種】の攻撃と天空の防御。数秒経過ののち、衝撃波と音を出して対消滅するのを見て雄斗は小さく微笑む。
が、すぐに大きく目を見開く。攻撃が消えた次の瞬間、【異形種】の長い腕が天空たちに向かっていたからだ。左からの鉈のような一撃はぎりぎり回避した天空だが、続いて繰り出された右腕の横薙ぎはかわせず吹き飛んでしまう。
地面に激突する親友。妹を抱いたまますぐに起き上がるが、殴られたのと叩きつけられたダメージがよほど効いたのか、足をもつれさせてしまう。
「っっ! てめぇー!」
傷ついた二人を見て雄斗は激高。懐から【雷帝招来】と書かれた呪符を取り出し、術発動の文言を口にする。
すると呪符が破け、中から幾重の稲妻が出ては雄斗の体に吸収される。すると雄斗の体が雷のように放電し、周囲に火花を散らせる。
身動き取れない天空と気絶している未来に向けて再び頭部を向け両腕を振り上げる【異形種】に雄斗は切りかかる。当然多頭種は雄斗に対しても警戒を怠っておらず、残っていた首が向かってくる雄斗に向けて攻撃を吐き出す。
しかし迅雷となった雄斗はそれを回避して接近、瞬く間に天空たちを狙っていた【異形種】の首を、一瞬の間にまとめて切り飛ばす。さらに左手に直径3メートルほどの雷球を複数【異形種】へ放ち、包んだ雷光が怪物の巨体を焼き焦がす。
(時間もない! さっさとケリをつける!)
鳴神家秘伝の呪符【雷帝招来】。これは日々少しずつ蓄積した自身の魔力と雷による時間限定の強化呪符だ。これの発動時に限り雄斗は剣術はもちろん苦手としている術や稲妻の行使も問題ないレベルとなる。
飛び掛かる雄斗へ再生しながら【異形種】も牙をむく。だが雷光に包まれた雄斗は【異形種】の攻撃をことごとくかわし、剣戟と雷撃を矢継ぎ早に繰り出してその巨体を焼き、切り刻む。雄斗の猛攻に対し【異形種】も抵抗するが次第にその動きは鈍くなり、再生能力も落ちていく。
(これで終わりだ……!)
再生したばかりの頭部を切り飛ばして着地。あちこちが焼け焦げ、左腕部だけとなった【異形種】に雄斗は向き直ると、中段の構えを取る。
腕部と脚部に稲妻を集中し、諸手突きを繰り出す。踏み込んだ次の瞬間、刺突の姿勢の雄斗は鏃の如く飛び【異形種】の巨躯を貫通する。
鳴神流雷刀術六の剣、雷龍顎。雷の速さによる体ごとの諸手突き。雷の速さと破壊力が同居した剣技だ。
振り返り剣を構える雄斗だが既に闘気は抑えている。何故なら先ほどの一撃は確実な手ごたえがあり、そして今目の前で貫通した【異形種】の図体がボロボロと風化しているからだ。
「……はぁ」
大きくため息を雄斗がついたのと同時、【雷帝招来】の効力が無くなる。そして体に一気に疲労が重くのしかかってくる。体力はともかく魔力は空に近い。
地面に体を投げ出して休憩したい気持ちをこらえて、雄斗は傍に隠れていた親友の元へ足を運ぶ。
「大丈夫か」
「なんとかね。未来ちゃんもついさっき目を覚ましたよ」
擦り傷と土まみれの天空がそう言い、雄斗は視線を傍に寝かされている妹へ向ける。
親友と同じく土埃で汚れ、柔らかい肌には無数の擦り傷があり血が滲んではいるが、命に別状はない様子だ。
「……兄、さん」
ぼんやりとした様子の未来の視線が雄斗に向けられる。だがすぐに気まずそうなものとなり逸らしてしまう。
間違いなく天空や雄斗の言葉を無視したことを気にしているのだろう。雄斗は苦笑し、妹の頭を少し乱暴に撫でる。
「今は体を休めてろ。説教は怪我が治った後でな」
「……うん」
殊勝な妹に雄斗は笑みを深め、隣の天空も小さく笑う。
しかし雄斗の周りにあった安堵の空気は、突如感じた全身を震わせる強烈な殺気によって吹き飛ぶ。再び【紫電】を抜き空を見上げると、先程倒した【異形種】と似た怪物が空間の歪みからゆっくりと姿を現れている。
だが似ているのは姿だけだ。体躯はぱっと見て20メートルを超えており蛇を思わせる頭の数は十以上、腕の数も六本となっており、さらには蛇やキツネの尻尾のようなものも二本ほど見える。
その威容から放たれる圧から雄斗はすぐに眼前の怪物がAランクであると判断。懐から二枚の呪符を取り出すと厳しい表情をした親友、顔面蒼白となった妹のほうへ投げつける。
「雄斗!?」
呪符が生み出した淡い輝きのドームに包まれた天空が驚き、そして疑問の声を雄斗に向ける。しかし雄斗がそれに答えるより早く、光に包まれた親友と妹の姿が掻き消える。
今の呪符は転移の呪符だ。希少かつ非常に高価なそれをこのような状況に備えて購入していたのだ。
「さて、と。どう時間を稼ぐか……」
さすがの雄斗でも眼前の怪物を倒せるとは思わない。万全かつ【雷帝招来】の呪符を使用しても短い時間だけ互角に渡り合うのが限界だからだ。
【紫電】を構えた雄斗に【異形種】はいきなり攻撃を放ってくる。無数にある頭部から炎や酸だけではなく氷塊に雷、閃光も吐き出してくる。
疲れた体に鞭打って、また【心眼】を駆使して回避する雄斗。しかし【異形種】はさらに六本の腕を振るってくる。先程の【異形種】よりも早く鋭い攻撃にもはや反撃する余裕はなく【心眼】に集中して避け続ける。
(支部の連中はまだ駆け付けないのか!?)
肩で息をしながら心中で雄斗が吐き捨てる。
支部とはいえ雄斗と天空に匹敵する面々も数名はいる。彼らとともに戦えば眼前の強敵も──時間はかかるだろうが──何とかなるのだが──
そう雄斗が思ったその時だ、【異形種】の頭部全てが雄斗のほうに向くと、刀のような鋭い牙が並ぶ顎を開ける。
そして一斉に吐き出されたのは黒と緑色が交じり合った毒々しい球体だ。複数放たれたそれらはこちらに来る途中で一つの巨大な球体となる。迫る速度も速く、回避も不可能──
「うおおおおっ!」
体に満ちている全魔力を刀身に集中し、球体を受け止める。雷の防御壁と球体のぶつかり合いで発生した火花が視界を照らす。
しかしその拮抗状態は長く続かなかった。【異形種】はさらに同じ一撃を雄斗に向けて放ったからだ。
二つの球体は接触して倍近い大きさとなる。そして瞬く間に雄斗が発生させた雷の障壁を粉砕してしまった。
(くそおっ!!)
心中で毒つきながら雄斗は障壁が砕けると同時、そこから逃げる。もちろん完全に避けることはできないが、直撃を食らうよりはまし。そう判断しての回避行動だ。
全力で右に逃げる雄斗。しかし球体は雄斗のすぐ左に着弾。発生した巨大な爆発と衝撃が雄斗を吹き飛ばす。
「ぐおおっ……」
雄斗は咄嗟に残った僅かな魔力で体を防護する。しかし錐もみ状態で地面に激突した時に感じた痛みの激痛に喘ぐ。
根性を振り絞り雄斗はで身を起こす。だがそれと同時だった。雄斗の眼前に大きく口を開いた【異形種】の頭部が迫っていた。
(かわせない。死ぬ──)
ゆっくりと迫る大蛇の顎を見つめながら雄斗がそう思ったその時だ、ドクンと体が大きく脈打つ。
その音は心臓ではない。あえて言うなら体全体が震えたというべき音だ。そして雄斗の体から莫大な光と稲妻が放出され、大蛇の頭を消し飛ばしてしまう。
「な……?」
【異形種】の苦痛の叫びを聞きながら雄斗は自身を見つめる。膨大な稲妻とそれによる輝きが、体の各所から噴き出しているのだ。しかもなぜか体には全くダメージがない。
その現象に混乱していると、体から放たれる稲妻が眼前に集まり一本の刀となる。宙に鎮座するように出現したその刀の刀身に無数の稲妻が刻まれている。
「夢で見た刀……」
【それ】が何なのか、雄斗にはわからない。だが【それ】をどう使うのか、今どうすればいいのか、【それ】を見た瞬間、雄斗は理解した。
【紫電】を手放し、刀を手にする。そして体が動くがままに任せる。
「おおおおおおっっ!」
猛りを上げるとともに刀を振り下ろす雄斗。するとかつてないほどの莫大な雷光が放たれ、【異形種】の巨体の四分の一を吹き飛ばしてしまう。
その光景を見て雄斗はさすがに唖然としてしまう。だが痛みの叫びをあげ、混乱した様子の【異形種】に追撃を放とうと刀を構える。
しかしそこから先は体が微塵も動かない。いやそれどころか体に残っていた力と言う力が感じられなくなり、手からは刀を取り落とし、地面に膝をついてしまう。
「……かはっ」
吐血し、前に倒れる雄斗。頭では体を起こさないとわかっているが、やはり体は全く動かない。
そうしているうちに【異形種】の気配が再び雄斗に向けられる。屈辱、怒り、憎悪が入り混じった【異形種】の咆哮を聞きながら雄斗は動かなければと必死に思うが、指先一つさえもピクリともしない。
頭上から攻撃の気配を感じ、今度こそ死ぬのかと雄斗は思ったその時だ、美しい声が耳に響く。
「水よ。命を育む聖なる水よ。戦士が負いしあらゆる傷痍を癒したまえ」
優しく、慈愛に溢れた美声。それが周囲に響くと同時、輝く水が雄斗とその周囲を包む。
雄斗が負っていた傷が瞬く間に消え、さらに【異形種】の攻撃で破壊、破損した草花や木々には新たな芽が出ている。
「マリア・プリマヴェーラ・アナーヒター……」
声の主を雄斗は唖然とした様子で見つめている。いつの間にか隣にいた彼女は昼間と違い白と青色のドレスを、その上には黄金色の脛当てに胸当て、肩当てがある。
これが彼女の戦装束と言うのはなんとなくわかる。だがあまりにも美しく神々しく、目を奪われる。これが神の力を受け継いだものが持つ輝きというものなのか──
「もう、大丈夫みたいだね」
雄斗のほうに振り向き、にこりと微笑むマリア。
まるで朝の陽ざしのような柔らかい笑みに思わず雄斗は破顔する。だが直後、【異形種】がこちらに向けて攻撃を放ったことに気づき、表情を引きつらせる。
「あとはわたしに任せて」
微笑しながらマリアは軽く右手を上げる。すると彼女の正面に強大な水の障壁が出現し【異形種】の攻撃を霧散させてしまう。
【異形種】のすべての首が一斉に吐き出したブレスにびくともしない障壁を雄斗が唖然とした顔でみる横で、彼女は表情を引き締める。そして両手を広げた彼女の周囲に莫大な量の水が発生しては渦巻き、長大な龍の形へとなる。
「【無垢なる龍王】」
マリアが指し示す先に、彼女を囲む水の龍が突撃する。当然目標は【異形種】だ。
向かってくる水の龍に【異形種】は攻撃を繰り出す。しかしブレスのことごとくは体に当たっては消滅し、腕部による打撃は水で作られた龍の形を崩すどころか、逆に殴った拳が溶解している。
そして水の大龍はその長い体を【異形種】に巻き付け、締め上げる。巻きつかれた【異形種】は全身が急速な勢いで溶けており、苦痛の絶叫を上げる。
もがき、抵抗する【異形種】。しかし巻き付いた水の龍は微動だにしない。そして瞬く間に【異形種】の巨体は跡形もなく消えてしまった。
(Aクラスの【異形種】を瞬殺……)
神々の凄まじさは伝聞やごくわずかに記録されている映像で知ってはいた。
だがそれを目の当たりにすると、さすがの雄斗も驚きを隠せない。
「歪穴の消滅も確認っと」
周囲をぐるりと見渡してマリアが言う。どうやら呆けていた自分に代わり歪穴の消滅を確認してくれたようだ。
そしてこちらを向いた彼女は少し視線を下げる。それを雄斗が追うと、その先には雄斗が手にしている謎の刀があった。
「やはり【万雷の閃刀】……」
「何?」
憂うような様子の彼女が言った言葉に雄斗が問い返そうとしたその時だ、再び体が地面に倒れる。
そして考える間もなく、意識は闇に落ちた。