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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
26/102

十一話






 塩の匂いが感じられる風が吹く。ここは海岸近くにある【高天原たかまがはら】軍が保有する要塞だ。

 分厚い雲に空が覆われている中、施設の入り口では【狂神きょうしん】エンリルに挑む面々と彼らを見送る雄斗たちの姿がある。


「それじゃあ行ってくるね」

「さっさと片付けてくるからよ」

「油断は禁物だルクス。鳴神、もしもの時はバックアップをよろしく頼む」

「【しんなる世界せかい】への警戒も怠らないでくれ」


 目の前の四人──マリア、ルクス、ラインハルト、ニコス──の言葉に雄斗は頷く。すぐ横では晴之に和尊、凛を見送っている雪菜とグレンの姿もある。

 マリアたち実働部隊が遠くに見える小島に向かい、支援部隊の面々も少し遅れて同じ方向へ出発する。彼らが向かうのは【狂神】エンリルが出現した小島だ。

 この季節、この周辺は快晴が多い。だが今日は今にも大雨が降りだしそうな曇天だ。【狂神】エンリルが出現した影響だと言われている。


「しっかし晴之さんがエンリルとの戦いに行くのは驚きだったな」


 やや強い潮風が海の方から吹いてきたのを感じながら、雄斗は呟く。

 本日行われるエンリル討伐。その実働部隊の面々はスサノオである晴之と次代のヤマトタケルである和尊。婚約者である凛。

 その面子に雄斗とソフィアを除くマリアたち【清浄なる黄金の聖盾アルドウィー・スーラー・スクード】のメンバーだ。

 マリアたちはわかるとしても先日のヨルズとの戦いで最も長く、そして【狂神】ヨルズの前で戦っていた晴之が【狂神】エンリルと戦うとは思っていなかった。

 あの戦い、誰もが重傷などは負わなかったが全員著しく消耗していた。特に晴之とグレンはその度合いが他の面々に比べて大きかった。

 そのグレンがこうしてバックアップになっているため、晴之も同じようになるとは思っていたのだが──


「それはしょうがないよ。【狂神】が出現したとはいえ僕たち【アルゴナウタエ】に頼り切っていれば【高天原】が他の世界から軽く見られる可能性もあるからね。

 僕たち【アルゴナウタエ】が参戦するのに、【高天原】の神が戦わないということはあり得ないよ」

「晴之さんも大変だ……」


 傍に寄ってきたグレンの言葉に雄斗はため息をつく。

 【狂神】のヤバさは一度戦っただけだが骨身にしみた。並みの神ではでは歯が立たない過去の神々の集合体。

 ヨルズとの戦いの後、マリアとグレンは今回の戦いの責任者である尊正へ、もう一人ぐらい神かそれに匹敵する神具、神財使いを加えられないのかと提案したが、すげなく却下された。

 理由は二つ。一つはグレンが言ったとおり【高天原】の神々が戦う必要があること。晴之の代わりとなるような実力者は存在するものの、彼らは皆それぞれ忙しく手が空いていないということらしい。


「それなら【放浪する神々】を使えばいいと思うが、それもそれで問題がある」

「元は別世界の神々。他世界や元居た世界からいらん突っ込みを受けることがあるわけですよね」


 雄斗の言葉に頷くグレン。

 【放浪する神々】が流れ着いた神々や英雄たちから忌避される理由の一つだ。

 過去、エジプト神話世界【ヌトゲプ】にて反逆を起こしたとある神が【オリュンポス】に流れ着き保護された。だが当然【ヌトゲプ】はそのままにしておくわけもなく身柄に引き渡しを要求。

 その神を受け入れ頼もしい味方としていた【オリュンポス】はそれを拒否し、多元世界同士での戦争が起こる直前になるまで発展したのだという。


「現場で戦うものとしては理解しがたいかもしれないけど、そういうことだよ。

 それに【高天原】が他世界から下に見られるのは世界のバランス的にあまり良くはないからね」

「難しい話ですね」

「僕もそう思うよ。でもまぁそうだと割り切ってお互い頑張ろうじゃないか」


 雄斗の肩を軽く叩き、グレンは雪菜と共に傍にある要塞に戻っていく。

 それを見送った雄斗は和装の兵士数名と共に周囲を警戒し、異常がないことを確認。彼らとともに要塞に帰還する。

 そのまま用意された待機室に向かおうとするが、要塞の出入り口で一人の兵士に呼び止められた。

 司令官が話があると言われ、要塞の指令室に向かう雄斗。ノックして中に入ると内部は巨大なモニターに将官達が座るであろう長机、そして各所に見える豪奢な調度品などがある。

 そして部屋には雄斗を呼んだ司令官、尊正と一人の女性がいた。黒髪を腰半ばまで伸ばした女性で、陰陽師が身にまとう狩衣に似た服装をしている。どこか儚げな印象の女性だ。


「呼び立ててすまないな。少し話がしたかったものでね」

「それはかまいませんが、一体何の話でしょう」

「単刀直入に言おう。来年の春から和尊に、我が大和家に仕える気はないかね」

「……どういうことですか?」


 眉根を潜めて雄斗は言う。

 尊正は椅子に背を預け、微かな軋む音が部屋に響く。


「先日、和尊との立ち振る舞いを見た。見事の一言に尽きる。

 【万雷の閃刀】を保有しているとはいえ君はどの世界にもいるごく普通の魔術師だ。剣技こそ神技だがそれ以外は特質するべきところは何もない。

 にもかかわらずあの戦いぶりには賞賛する以外ない。ゆえに私は、大和家は君が欲しくなった。ヤマトタケルに仕える従者に相応しいと確信した」

「……。どうも」

「話を聞いたところ君は【万雷の閃刀】の所有権を来年の春ごろには手放すそうじゃないか。

 その後、我が家に仕えてはどうだろうか。和尊も許嫁である凛も君に好感を抱いている。

 もちろん十分すぎる俸給や相応の立場、権利は保証する。──君の伴侶についても世話を焼かせてもらうつもりだ」


 そう言って尊正は隣に立つ女性に視線を向ける。

 彼女は前に出て雄斗に向かって小さく一礼する。


「彼女は諏田麗華すだれいか。我が大和家に仕える筆頭家、諏田家の令嬢だ。

 もし君がこの話を飲んでくれるのであれば、彼女を君の伴侶とするつもりだ。

 諏田家は大和家ほどではないが【高天原】においては名家であるし、彼女自身優れた術者でもある。また女性としての器量も十分すぎるほどに備えている。

 悪い話ではないと思うのだが」

「この話、今する必要はありますか」


 鋭く硬い声が雄斗の口から飛び出す。

 非難するようなそれを聞き尊正は一瞬、不機嫌そうな顔になるが、すぐにそれを消す。


「確かに。この状況ですることではなかったかもしれない。

 だが大和家の意思を早く君に伝えておきたかったのだよ。私と同じ申し出をしようとする家がいくつもあるという情報も耳にしている。

 彼らに君ほどの逸材を奪われるのは避けたいものでね」

「…………。話は分かりました。ですが何分急な話、さすがにこの場では答えは出せません。

 しばらく考える時間をいただけますか」

「そうだな。では今回の【狂神】の一件が終わり次第、返事を聞くとしよう。

 良い返事を期待している」


 ふんぞり返っている尊正に一礼して雄斗は部屋を出る。

 そしてしばらく歩き、雄斗は吐き捨てるように呟く。


「……冗談じゃない」


 並の魔術師なら喜んで飛びつくいい話なのかもしれないが、雄斗からすれば悪い話以外の何物でもない。何を好き好んで仕えなければならないのか。

 また何より癇に触ったのは尊正の態度や物言いだ。それらからは下々の者は自分たちのような尊き者たちに従うことが最上という、傲慢で凝り固まっていた。


(わかってはいたが、どの世界にも【神魔八王】や【陰陽衆】の上役みたいなやつらはいるものだな……)


 過去、同様なことを言われたことを思い出し、雄斗はますます眉根に深いしわを寄せる。

 と、その時、背後から声がかかる。


「どうした色男。ずいぶんおっかない顔をしているな」

「あなたは……」


 振り向き見ると、そこには見覚えのある顔があった。

 姿こそ武士のような和装だが顎ひげを蓄えた無頼漢漂う人物。天都の出店で出会った御輿担ぎの男だ。


「そういやあ自己紹介がまだだったな。風祭武蔵かざまつりむさしだ。

 志願兵として、今回の【狂神】討伐の補給部隊に加わらせてもらっている」


 にかっと笑い、握手を差し出してくる武蔵。

 暖かい春風のようなそれを見て雄斗は自然と笑みを浮かべる。そして彼の手を握り自分も名を告げる。


「【狂神】討伐に志願ですか。そいつは随分酔狂なことをしますね」

「最初はやるつもりはなかったけど先日、あんたたちに助けられたからな。その借りを返すって意味での参加だ。

 ま、俺は弱いから補給が精一杯だけどな」

「そうですか? あなたはそれなりにできそうに見えますけど」


 少なくともこの要塞にいる一般兵士に比べれば段違いに強いのは間違いない。

 雰囲気や立ち振る舞い、そして先程握手した手の感触で雄斗は察した。


「ところでそんな怖い顔をしてどうしたんだ。俺でよければは話を聞くぜ?」


 口調こそ軽いが、穏やかな物言いだ。先程の尊正とは正反対の、気遣いに溢れた言葉だ。

 雄斗は小さく息をつき、尊正より聞いた話を言う。


「……なるほどねぇ。そいつは大変だな」

「俺としては怒鳴りつけたうえで速攻で断りたかったですけど、今の状況を考えると不仲になるわけにもいかないですからね」


 人としては心底気に食わないが、今は共に【狂神】討伐と言う大任を任された仲間だ。

 険悪な関係となり任務に支障をきたすようなことは避けたい。


「しっかし大和の現当主は昔から変わらんなぁ」

「昔からああなんですか」

「まぁな。──特に亡くなった弟が活躍しだしてから、現在みたいに横暴、傲慢になっていったからな」

「弟?」

「現当主様よりずっと英雄として立派だった男さ。武才もあり仲間にも慕われ、次期ヤマトタケルになると誰もが思っていた。

 ま、当人はその気はなくて英雄神の座を受け継いだ兄を生涯、支えるつもりだったそうだけどな」


 そう言って苦い笑みを浮かべる武蔵。


「随分、詳しいですね」

「その弟君とは同世代でな。友人と言うほどじゃないが気は結構合ってな、時折酒屋でいろいろと話を聞いたものさ」

「でも亡くなったんですね」

「ああ。大群の【異形種】と戦い死亡したっていうよくある話だ。惜しい人を亡くしたぜ」


 肩をすくめる武蔵。そして彼は冷たい笑みを浮かべ、言う。


「ただ弟君の死亡にはこんな噂もある。──自分を超える才能や人望を持った彼に嫉妬した当主が彼を始末するべく、謀殺したってな」

「……!」


 武蔵の言葉に思わす雄斗は目を見開く。


「ま、こういう話も特に珍しいわけじゃない。神々を代々受け継いでいる名家ではよく聞く話だ。

 だがもしそれが本当なら、弟君は報われないなぁとは思うな。あいつは本当に兄を慕っていたからな」


 どこか遠くを見るような眼差しをする武蔵。亡くなった友人を想っているのだろうか。

 そう雄斗が思っていると武蔵の懐から携帯の着信音のような音が鳴り響く。それを耳にした武蔵は慌てて、


「と、呼び出しだ。すまん。もう行くな。

 まぁ色々あるだろうけど頑張れよ!」


 快活な笑みを見せて武蔵は早足で去っていく。

 それを見送り雄斗は待機室に戻る。作戦開始時間間近と言うこともあってグレンや雪菜、ソフィアなど皆、勢揃いしている。


「遅い。もう作戦が始まる時間だよ、何してたの」

「ちょっと指令に呼び出されてな」


 ソファーの一つに寝そべりながら本を読んでいるソフィアにそう言って、雄斗は隣のソファーに腰を下ろし、正面を見る。

 部屋の壁に設置された無数のモニターには【狂神】やマリアたち、支援部隊の面々の様子が映し出されている。


「……始まる」


 部屋にいる誰かの声がするのと同時、隠れていたマリアたちは一斉に【狂神】に向かっていく。予定通り最初はマリアとルクスが前衛、ラインハルトが後衛と言う形だ。

 それに対して半裸の三十代ぐらいの男性──【狂神】エンリルはヨルズのように叫ばず、五人に向けて片手を差し向ける。その直後、五人は大きく吹き飛ばされた。

 吹き飛ぶマリアたちだがすぐさま空中で体勢を立て直し、今度は拡散して四方から攻撃を放つ。膨大な水に巨大な火炎、風雷の矢が放たれる。

 しかしエンリルはその場から動かず再び片手を振るう。するとマリアたちの攻撃は全て逸れるか四散してしまった。


「これは……!」

「さっきと同じ風を使った攻防だね。

 エンリルは嵐の神。これぐらいの芸当できて当然」

「でもマリアさんやルクスさんの攻撃をああも簡単にいなすなんて……!」

「強敵だね」


 グレンが言う通りマリアと【狂神】の戦いは激闘となり、マリアたちは劣勢を強いられる。

 マリアたちが絶え間なく攻めつも、エンリルは風で防ぎ逸らし、反撃する。また風による不可視の攻撃をマリアたち【清浄なる黄金の聖盾】のメンバーは何とか防ぎ回避できているが、やや押され気味だ。


(もしかしたら先のヨルズよりも強いかもしれない)


 そう雄斗が思っていると、戦場に巨大な炎が立ち上がる。

 何だと思いそれを見ると、真紅と黄金が入り混じる炎の中にはルクスの姿があった。


「これは……【掌握】か!」


 映像の中、ルクスが何やら文言を呟き、彼の体を包んでいた炎が形となる。

 それは黄金と深紅の色に染められた全身鎧だ。龍を模した形をしており、背部には太陽のような光輪がある。


「ルクスの当代神具、【陽光の黄金鎧アンシュゥマト・ブナクトゥ】の【掌握】。【光輝を背負う黄金龍鎧クワルナフ・アンシュゥマト・ドラコ】……!」


 背部にある光輪から巨大な光の翼を出現させ、ルクスはエンリルに突っ込む。

 瞬く間に間合いを詰めた彼は両手に握った【炎嵐の鉄塊剣クレダレゴン・シデーロス】を振り下ろす。それをエンリルは風の防御壁で受け止めるがそれは一瞬。

 次の瞬間、莫大な炎を噴出したルクスの斬撃が防御壁ごとエンリルを両断してしまった。


「凄い……!」


 大きく目を見開く雪菜。

 両断されたエンリルだが、当然そこで終わらない。すぐさま切り裂かれた体をくっつけ距離を置き、ルクスに向けて大蛇を思わせる強大な竜巻を放つ。

 それに対し、ルクスは全身から莫大な光と炎を発生。天に掲げた両手の上に収束して巨大な光焔の球体を生み出し、放つ。

 激突する竜巻と光焔。だが先程と同じく均衡は長く続かない。光焔が竜巻を食らうように前進し、エンリルのいる場所へ着弾。膨大な炎があふれ出し、周囲が火炎地獄のような光景に代わる。


「ま、マリアさんたちは!」

「大丈夫。皆はしっかりとマリアが守っているよ」


 慌てる雪菜にグレンが優しく言う。

 彼の言う通り、灼熱地獄となった戦場だが、マリアたちがいる場所には薄い水の膜が張られている。

 とはいえあれでは戦えず不利なのではと雄斗は思ったが、


「しかしさすがだねルクス。以前よりもさらに強くなっているようだ」


 溶鉱炉のような戦場でぶつかり合うエンリルとルクス。しかし展開は一方的だ。エンリルが放つ風や雷をルクスは超高速でことごとくかわし、ルクスが放つ剣戟や炎、雷はエンリルを吹き飛ばす。

 それを見てグレンが賞賛するのを聞きながら、雄斗は頬を引きつらせる。けた外れの強さだ。おそらく【神解】したマリアと同等。いやそれ以上かもしれない。

 【万雷の閃刀】を掌握した後、模擬戦で一度だけ【光輝を背負う黄金龍鎧】をまとったルクスと戦ったことはある。

 結果は引き分けだったが終始圧倒されていた。しかしその時よりもさらに強くなってると感じる。

 

「本当、とんでもないなあいつ……」


 生まれからしてチートだと思っていたが成長速度も反則だ。数年後には新たな【七英雄しちえいゆう】に任命されるんじゃないだろうか。

 そう雄斗が思っていると炎の中から上半身だけのエンリル神が姿を見せる。風が渦巻き再び再生するかと思ったが、今度は十代前半と思わしき少年へと姿を変える。

 再び距離を詰め、斬りかかるルクス。しかし少年と化したエンリルは姿を消し、そして次の瞬間、ルクスの側面に出現した少年エンリルはルクスを蹴り飛ばす。

 十数メートル吹き飛ぶルクス。少年エンリルへマリアたちが攻撃を放つが彼は再び姿を消すと、今度はマリアの背後に出現。首元に風をまとった抜き手を放つ。


「マリア……!」


 ソフィアが叫ぶと同時、マリアは背後に盾をかざし、さらにそこから水の防御壁を生み出す。

 しかし少年エンリルの抜き手は防御壁をあっさりと貫通し盾に激突。【大河の聖盾剣フィウーメ・アルマ】の大盾に無数の亀裂が走り、抜き手が当たった部位は大きくへこむ。

 直後マリアが反撃の斬撃を放つも少年はあっさりと回避しマリアの腹部に拳打を叩き込む。表情を歪めたマリアは吹き飛び、近くの溶けかかった岩石に叩きつけられる。

 ラインハルトが放つ無数の矢が襲いかかるが、エンリルは再び姿を消してそれを回避。ラインハルトの死角や背後に現れては鞭のような鋭い蹴りを放ち、蹴り飛ばす。


「速い……!」


 先程吹き飛ばされたルクスが神速でエンリルに迫る。両者は燃え盛る戦場を神速で飛び回り、宙に軌跡を描く。

 速度は互角。だがルクスが劣勢だ。繰り出す攻撃のほとんどを見切られており、エンリルが放つ拳打は竜の鎧に無数の亀裂を走らせる。

 戦線復帰したマリアやラインハルトも追撃するも、それらは一つともエンリルに直撃しない。


(風による加速と防御。攻撃時は空気を超圧縮した強力な一撃……!)


 厄介だ。最初のエンリルと違い竜巻などの広範囲攻撃こそしないもの、風を利用しての攻防に移動。そして神々さえ圧倒する神域の格闘術。

 特に速さと反応速度が凄まじい。複数のモニターを見ているためその動きが見えてはいるが、もし現場にいれば雄斗でも彼の動きを完全に捕らえられないだろう。

 

(少し早いが晴之さんたちと交代するか?)


 そう雄斗が思ったその時だ、吹き飛んだルクスにさらに追撃を仕掛けるエンリル。

 しかしその前にニコスが姿を見せる。プロテクターのような疑似神具【天候神の雲鎧エージズ・ネポス】をまとった彼は突撃してくるエンリルに対し、拳を構えて腰を落とす。


「危ない!」


 思わず雄斗は叫ぶ。彼は【清浄なる黄金の聖盾】の副隊長であり相応の実力者ではあるが、実際のところ戦闘能力は部隊の中で一番下だ。

 【心眼】は不完全、【閃電の太刀】も習得しておらず、魔術も攻撃的なものよりも強化、補助、結界系と言ったものを得意としている。

 数回行った模擬戦でも雄斗は彼に負けたことはない。はっきり言えば【狂神】と正面からやりあえるほど強くはない。今回参戦したのはサポートに徹するためのはず──

 エンリルが繰り出す神速の速さの暴風打突。彼では回避不可能なそれをどうしたことか、ニコスは片手であっさりとはねのけてしまう。同時に懐に入り拳打を放ち、それが腹部に直撃したエンリルは後退する。

 

「!?」


 下がったエンリルだが空中で体勢を立て直し、姿を消す。神速でニコスの背後に回り込み彼の頭部に蹴りを放つが、ニコスはそれを見もせず回避して反転。攻撃直後のエンリルに雷撃の乗った拳打を叩きつけ、吹き飛ばす。

 先程同様すぐさま空中で体勢を立て直すエンリル。だがニコスへの反撃はできなかった。攻撃を放とうとしたその瞬間、背後に剣を振りかぶったルクスが現れ、両断されたからだ。


「おお……!」


 真っ二つになるエンリル。しかしすぐに両断された体はくっつきルクスに向けて反撃の拳打を放つ。

 しかしルクスはそれをかわして業火をまとった拳で吹き飛ばす。さらにそこへラインハルトの矢とマリアの水が立て続けに襲いかかり、打ちのめす。


(なんだこれは……!?)


 先程まで圧倒されていたマリアたち。しかしニコスが本格的に参戦したことにより戦況は逆転。

 さっきまでかすりさえもしなかった攻撃が当たるようになり、エンリルはマリアたちに一方的に押し込まれていく。

 

「戦況の変化した理由がわからないようだね」

「え、ええ」


 雄斗の戸惑いを看破したのか、グレンが微笑しながら言う。


「原因はニコスさんだよ。【狂神】を倒すために、あの人がしっかりと下準備をしたのさ」

「下準備?」

「モニターをよく見てごらん」


 グレンの言葉に従い雄斗は目を凝らして全てのモニターを見る。

 そして気づく。周辺には魔術による結界が張り巡らされてあり、そしてその周りには稲妻でできた楔があることに。


「これは……結界魔術!? しかし神クラスに通じるなんて……あの楔のせいか?」

「その通り。あれはニコスさんの神威絶技【神捕の雷楔ハイレイン・ブロン】。あの楔の中で発動した魔術を一時的に神に通じるレベルまで引き上げるんだ。

 もっとも効果は使用者であるニコスさん限定だが、今回使用した二重の結界魔術──味方への強化と【狂神】の動きの鈍化──はしっかりと効いているようだ。

 このおかげで戦況がマリアたちに傾いたのさ」


 圧倒されているエンリルは大斧を持った屈強な戦士へと姿を変え、暴風と大斧に風を集めた強烈な攻撃を放つ。

 だがそれらは全てマリアたちに当たらない。というのも攻撃が当たる直前、彼女らの姿がエンリルの背後や死角に瞬間移動するのだ。


「【雲道ネペレス・オード】。対象を転移させる神威絶技だ。

 正確な移動距離は知らないけど、ニコスさんが見える範囲なら可能みたいだ」


 攻撃が当たらないことにエンリルは戸惑う様子を見せる。一方、ニコスによって転移することをわかっているマリアたちの放つ攻撃はエンリルに面白いように命中し続ける。


「あの人は戦闘能力に限れば上位部隊の中では下の方なのは間違いはないよ。攻撃手段である格闘術も達人ではあるけど君ほどのではないしね。

 でも戦術、戦略眼に限定すれば【アルゴナウタエ】の中でも五指に入る人だ。勝利するために自分に何ができるのか、味方や敵になにをすればいいのか、知り尽くしている」


 打ちのめされるエンリルへさらに攻撃が加えられる。マリアたちと交代するはずの晴之たちも戦線に現れたのだ。


「ニコスさんの指示だろうね。ここで一気にケリをつけようとしているんだろう」


 そこからの戦いはもはや蹂躙と言うべきものだった。

 一方的に、絶え間なく攻撃を食らうエンリル。反撃するもニコスの【雲道】に加え、晴之やラインハルトと言った風を操る彼らのおかげで放たれた攻撃は全くと言っていいほど当たらず、逸れてしまう。

 そしてマリアたちが放つ攻撃は、もはやすべてが当たっているのではないかと思うような激しさだ。


「! エンリルが!」


 巨大な岩に叩きつけられたエンリルの姿が消え、ニコスの正面に出現した。

 ボロボロの【狂神】は咆哮を上げながらニコスに向けて拳を繰り出す。風の乗った速く、破壊力のある一撃だ。


「無駄なことを」


 鷲介が危ないと思ったその横で、グレンが小さくため息をつく。

 放たれたエンリルの拳はニコスの体を貫通する。しかし貫かれたニコスの体は煙のよう──ではなく煙となる。そしてその煙はエンリルから離れた場所に集まり、ニコスになる。

 そして放たれる巨大な雲の拳。ゆうに三メートルを超える巨大な拳はエンリルを吹き飛ばし、そこへルクスたちが再び攻撃を仕掛ける。


「今のも神威絶技ですか?」

「その通り。一時的に体を雲に変え、大きさを自在に変化させる【乱雲万化ネホス・アーギ】さ」

「ニコスさんは確か疑似神具しか持っていなかったですよね」


 思わず訪ねる雄斗。

 疑似神具も神威絶技を使うことはできるが、他の神具の劣化コピー品である疑似神具のそれは数段劣るはず。

 しかし彼の神威絶技はマリアたちの神具のそれと大差ないように見える。


「うん。でも疑似神具も極めれば神造神具に近い性能を出すことが可能だ。そしてニコスさんが使う【天候神の雲鎧】の力は神造神具に匹敵する。

 まともな知性もない力任せの【狂神】の攻撃なら、雲となったニコスさんにダメージを与えることはほぼないよ」


 そのニコスの体から雲が噴き出し周囲を覆う。

 結界に重なるように広がる雲。すると今度はエンリルが放つ風や稲妻の威力が弱くなる。

 先程まで避けていたレベルのそれらをマリアたちは防ぎ、撃ち落としている。


「これもニコスさんの神威絶技ですか」

「【|天雲は万象を包み、飲み込む(アンプレクス・ヌベス)】。

 この雲の中で発揮されるあらゆる自然現象は弱体化し、それを任意で選択できる」


 グレンの言う通りエンリルが起こす疾風や雷霆は弱くなるが、ルクスや晴之が放つ雷や竜巻は先程と変わらない。

 それでも【狂神】の名の通り、狂うように暴れるエンリル。幾度も姿を変えてしぶとく抵抗する。

 しかし絶え間なく攻撃を受け続ける【狂神】は徐々に勢いを弱め、そしてマリアと晴之、ルクスが放つ渾身の一撃によりその身を消し飛ばされる。

 そしてそれが幾度となく繰り返され、王冠のような形をした神器が宙に出現するのだった。


「……凄いですね」

「何がだい?」

「ニコスさんです」

「分かってくれて嬉しいよ。あの人がいるかいないかだけで戦況は大きく変わる。

 場合によっては【七英雄】に匹敵する活躍だってできる人さ」


 この戦いで、ニコスは決して派手な立ち回りはしていなかった。終始影に徹し黒子を演じていた。

 しかし彼の徹底とした支援は明らかに戦況を変え、勝利をもたらす大きな要因となった。


(なるほど。あの人も【アルゴナウタエ】に籍を置くにふさわしい傑物だ)


 皆にも大きな怪我はなく、初めての【狂神】との戦いに挑んだ和尊や凛も疲れはしているがほぼ無傷と言う状態だ。

 また戦闘時間も自分たちに比べて短い。一時間ほどかかった雄斗たちに比べ今回の戦いはその半分ぐらいだ。


「さて、それじゃあ僕たちは帰還する彼らを」


 笑みを浮かべたグレンがそう言ったその時だ。突然周囲が大きく揺れる。

 そして同時に、モニター全てがシャットダウンするのだった。








次回更新は6月6日 7時です。

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