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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
25/102

十話






「あ、お帰り。ニュース見たよ。

 その様子じゃ向こうでしっかりと歓待されたみたいだね」


 叢雲邸の縁側に腰をおろしている雄斗ゆうとにマリアが声をかけてきた。すぐ後ろにはソフィアの姿もある。

 浴衣のような寝間着を着る彼女たち。風呂上がりなのかほかほかした空気と女性特有の甘い香りが夜風に運ばれてくる。 


「お酒臭い。随分飲んだみたい」

「飲んだじゃなくて”飲まされた”んだよ。いつつ……」


 鼻をつまんで距離を置くソフィアに雄斗は答え、しかしすぐに頭痛を感じ頭を抑える。


「大変だったねー。でもこういう機会はこれからも増えると思うし、早めに慣れていたほうがいいよ」


 傍においてある急須の中身──水を茶碗に注ぎ、こちらに差し出するマリア、。雄斗は短く礼を言って一気に飲み干す。

 あの後、天都からすぐに帰還とは当然行かなかった。襲来した【異形種キメラ】を速攻で始末し、祭りを守った英雄である雄斗たちは天都のお偉いさんにお礼として会食に招かれた。

 今日中に帰る必要があるためちょうどいいタイミングで帰ろうと思っていたが、天都のさまざまな住民たちは絶え間なく雄斗たちの元を訪れた。

 そんな彼らの相手や勧められた料理を食べているうちにあっという間に時間は過ぎ、金鵄にて大急ぎで帰る羽目となったのだ。


「なぁ。マリアって婚約者とかいるのか」


 何杯か飲んだ後、ポツリと雄斗は言う。

 特に意識しての言葉ではない。浅間や天都での会食の際にもそう言う話題が出たので、なんとなく聞いてみたくなったのだ。


「何々、気になるの~? もしかしてわたしに恋しちゃったりするのかな~?」

「言い方を間違えた。マリアや他の面々はいるのか」


 ニマニマとした笑みを浮かべているマリアの顔が見え、雄斗は閃電の速さで否定。浅間達から言われたことを話す。


「ああ。そういうこと。

 なーんだつまらない。てっきり鳴神君がわたしに惚れてしまったのかと思ったよ。

 この美貌が罪のない一人の少年を魅了してしまった。ああわたしはなんて罪深い女神なのか……」

「安心しろそれはない。で、どうなんだ」


 雄斗の再び神速の否定。それにむくれるマリアを無視して問う。


「わたしはそう言う相手はいないね。婚約を申し込まれたことは何回もあるけど断っているし。

 ルクスは知っての通りリリアーナとリューンの2人。ラインハルト君は聞いた覚えはないなぁ」

「私はいるよ婚約者」

「え、マジで?」


 ソフィアの言葉に雄斗は大きく目を見開き、言う。

 本が恋人みたいなやつが? 何の冗談だ。笑えないぞ。

 そう思ったのが顔に出たのかソフィアは【コレーの大斧】を頭上に呼び出し、切っ先を雄斗に向ける。


「お、落ち着けソフィア。ちょっとびっくりしただけだ。悪意はない」

「うん。私もびっくりした。──だから神具を間違えてぶつけてもしょうがないよね」


 いつも通り無表情のソフィア。しかし瞳は本気のそれだ。


「と、ところでだ! ソフィアの婚約者ってどんな素敵で知的な人なんだ? 問題がなければ教えてくれないか!?」

「……。しょうがない。教えてあげよう」


 咄嗟に言った言葉が何か心の琴線に触れたのか、ソフィアはどや顔となり神具を下げると、懐から携帯を取り出す。

 そして画面に映し出される一枚の写真。そこには嬉しそうに顔を赤らめているソフィアと並んでいる一人の男性の姿がある。

 男性は二十代前半の眼鏡をかけた細身の男性だ。さっきあてずっぽうで言ったとおりの知的な雰囲気の人物だ。

 

「アシュリーは本当に凄いの。【コンスタンス事件】で重傷を負った姉さまの傷もきれいさっぱり消してね──」


 始めて見る”恋する乙女”の顔のソフィア。婚約者とののろけ話を話している彼女だが、呼び出した神具はいまだ健在。

 不用意に突っ込んで藪蛇となれば何をされるかわからないので雄斗は口をつぐみ、話に耳を傾けることにする。

 一見無表情無感情少女のソフィアだが実のところ沸点は低い。出会って数ヵ月のうち何回か不用意な発言で怒らせてしまっているのだ。


「逆に聞くけど鳴神君は【ムンドゥス】にいる間、そう言う話はなかったの?」


 ソフィアののろけ話がひと段落したところでマリアが言ってくる。興味津々といった顔だ。

 

「ないな」

「え、本当に? 【陰陽連おんみょうれん】から誰誰と会ってみる気はないかとか誘われなかったの? 一度も?」

「一回だけはあったが即座に断ったな。それ以降は何もなし。

 まぁ当然だな。俺は剣だけは神に届くが術は駄目駄目だし、【陰陽連】には反抗的な態度ばかり取っていたからな。

 【陰陽連】の上層部や名家が欲しているのは武も術も両立できていて【陰陽連】に従順な人間。

 その真逆の俺に婚約なんて面倒な真似をするはずがない」


 また地元でもそう言う話はなかった。

 10歳にして魔術師となった雄斗を同年代の少年少女は恐れから敬遠していたし、幾人か気を許せた者たちも大半は同姓か、異性にはすでに相手がいたからだ。

 一年前に兄の知人から一度だけ小学校に入学する年齢の従妹と婚約してみるかと冗談交じりに言われたことはあるが、それはカウントしなくていいだろう。


「まー鳴神家(ウチ)は兄貴が結婚しているし可愛い可愛い姪っ子の愛理あいりもいる。

 それと未来も天空と仲良くやっているようだし、数年のうちには新たな甥っ子か姪っ子の顔が見られるだろう。跡継ぎ問題の心配はないな」

「それじゃあ好きな人はいないの? もしくは昔好きだった人とかは?」


 こちらの返答が詰まらなかったのか、さらに食い下がってくるマリア。


「好きな人? そんなのは──」


 ため息交じりに雄斗が否定しようとしたその時だ、軽い頭痛が走り、そして視界に見覚えのない少女の姿が映る。

 長い金髪をなびかせた少女。何故か表情は影に隠れておりはっきりと見えない。しかし頬に伝わる涙と何かを叫ぶような姿は雄斗の胸を強く打つ。


「鳴神君どうしたの? 突然黙って。

 もしかして気持ち悪くなった?」

「……いや。大丈夫だ」


 心配そうな顔のマリアにそう言って雄斗は立ち上がり、元気に見えるよういつもの調子で言う。


「さてと、酔いも適度に冷めてきたし風呂に入ってさっさと寝るわ。おやすみ」

「あ、うん。おやすみなさい」

「おやすみー」


 マリアたちと別れ自室に戻り風呂の支度をする雄斗。

 着替えなどを用意しながら雄斗は先程見えた金髪の少女について思う。

 見覚えはない。しかしどこかで懐かしさと愛おしさ、そして悲しさを感じた。この矛盾した感情が指し示すのはおそらく──


(今の少女も、俺の封印された記憶の中にあるんだろうか)


 正直、かなり気になる。なんとなくだがあの少女は雄斗にとって重要な存在だったように思うのだ。

 全てを思い出したい。ふと雄斗はそう思うのだった。

 










雪菜ゆきな、鳴神の小僧と共に天都で派手に立ち振る舞ったそうじゃな」

「いえ、私は何も。人的被害が出なかったのは鳴神さんと和尊かずたかさんのおかげです」


 いつもの余裕──または不敵──という笑みを浮かべている祖父に雪菜は言う。

 時刻は夜十時。そろそろ眠ろうと思っていた雪菜だったが、いきなり明が自分を訪ねてきたのだ。

 いつもの明ならとっくに床についている時間なのだが。


(何か重要な話でもあるのかな)


 そう雪菜が思っていると、祖父は尋ねてきた。 


「雪菜、鳴神の小僧をどう思う?」

「え? ……えっと、優しいし頼りになる人だと思います」

「ふむ。……雪菜、お前が望むならあ奴と婚約するか?」

「おおお、お爺様!?? いきなり、何を!?」


 告げられた言葉に動揺する雪菜。もしかしてりんから話を聞いたのではないかと思う。

 祖父はこちらの動揺が収まるのを待って、続ける。


「数日あれやお前の様子を見ておった。使用人たちにも話を聞いた。

 それらをまとめると婚約ぐらいならしてもいいと思ってな」


 叢雲家における雄斗の評判は悪くない。

 彼は時間があるときは父や祖父より書物を借りては【高天原】のことを熱心に勉強しており、また鍛錬──剣術ではでは兄や父と対等に渡り合っている。

 また使用人たちとも楽しげに談笑している姿を見かけたこともある。


「それで、どうする? 舞歌まいかのことは鈴音すずね美月みつきが説得するだろうから気にしなくていいぞ。

 あ奴もお主が望めば大騒ぎは──まぁするだろうが我慢するじゃろうて」

「え、えっと。あの、その……」


 雄斗が家族や使用人たちに好意に思われているのは嬉しいが、いきなり婚約と聞かされれば流石に驚く。

 それを察したのか、明は申し訳なさそうな顔となる。


「……。急すぎたか。すまんな。

 ひ孫の顔が見れるかもと思って急いてしまった。先が短い老人の悪いところじゃ。

 とはいえあまり猶予はない。お主はもう15。良縁を結びたいという話が皆無という訳ではないからの。

 鳴神の小僧をどうするにしても今回の一件が終わった後、見合いを受けてもらおうかと思っておる」

「お、お見合いですか!?」


 頷く祖父。そして彼は叢雲家と親交のある家の名前をいくつか告げる。

 天光てんこう、鹿島、香取。どの家も雪菜と同世代、又は少し年上の男性がいる家だ。そして彼らとは過去に面識もある。


「そう固く考えるな。婚約を強制するものではない。

 とはいえお前は今までそれをしてこなかったからの。一つか二つは受けてもらうぞ」


 そう言いつつも明は心底面倒くさそうな顔をしている。

 とはいえ名家同士の婚姻は平民と違いお見合いなどで決まる場合が多い。力ある家同士が結ばれることで両家の力を高められるからだ。

 明があのような顔をしているのは彼が平民の生まれであるからだろう。事情は理解できていても気は進まないといったところか。


「お見合い、か……」


 祖父が部屋を去った後、寝間着に着替えた雪菜は布団に体を転がして呟く。

 雄斗との婚約にもお見合いにも驚きはしたが、雪菜としてはお見合いにそこまでの悪印象はない。

 昔と違ってお見合いも当人たちに最終決定権があり、またお見合いで婚約、結婚した人たちが幸せになっている事例は間近にある。

 凛に和尊はもちろん、父陽司と舞香の母である美月がそれにあたる。

 祖父が告げた見合い相手の顔を思い浮かべる。誰もが頼りになりそれなりに好感が抱ける男性だ。

 しかしなぜか気は進まない。


「鳴神さんと、婚約……」


 小さな声で呟く雪菜。しかし次の瞬間、頬に熱が集まり慌てて体を起こし周囲を見回す。

 誰もいないこと、気配もしないことに雪菜は安堵して再び布団に倒れこむ。


(鳴神さんと婚約……)


 心中で呟き、雪菜は考える。

 雄斗に対して雪菜は好感を抱いている。真面目で優しいグレンと違い少々軽く意地悪で馴れ馴れしい人。結構な助平でよく自分やマリアの胸元に視線が行っている。

 しかし自分が本当に嫌だと思ったことはせず、気遣いもできる。鍛錬も勉学も真面目にこなしており戦場ではいかなる相手にも怯まない勇気ある人だ。

 そして不思議なことに、雄斗は正直雪菜が苦手としているタイプなのだが何故かそこまで苦手意識はない。何故なのかと考えて、ふと思う。


(そういえば鳴神さんはどこかお爺さまに似ている。だからなのかな……)


 全部が全部ではないが馴れ馴れしいところや意地悪なところ、戦場で頼りになるところなどそれなりに共通点はある。

 とはいえ婚約は現実的な話ではない。雪菜は彼のことは好意的に思っているが婚約したいと思ったことはないし何より今日、雄斗自身が拒否していた。


(もし私にそう言う想いがあるなら否定しないよね……)


 そう思いながら雪菜は腰を上げ机の引き出しを開け、中に入っている小箱を取り出す。

 髪飾りなど装飾品が数点入っている小箱。祖母が生前くれた貴重品入れだ。

 その中には今日、雄斗がプレゼントしてくれた赤い撫華の簪もある。


(やっぱりマリアさんが好きなのかな……)


 昼、凛に言われた時、雄斗は婚約する気はないとか言っていたがあれは方便ではないか。何度も二人の仲の良い光景を見ている身としてはそう思う。

 何よりマリアも雄斗も話すときは楽しそうだからだ。またマリアが女神アナーヒターではない、ただのマリアとして話しているようにも思える。

 と、そこまで考えて何故か雪菜は自分の胸が痛んでいることに気が付き、不思議に思う。何故そう思うのだろう。あの二人が仲良くすることが悲しいはずはないのに──

 そんなことを考えていると雪菜の周囲が大きく様変わりしていた。雲一つない快晴。咲き誇る無数の桜の木々と舞い散る白紅の花弁。その中を幼い雪菜と温和な老女が手をつないで歩いている。

 品の良い着物を身にまとい、長い白髪を束ねている老女。皺だらけの顔だが雪菜に似た顔立ちだ。

 叢雲冬華むらくもとうか。祖父明の妻であり父、陽司の実母。また祖父と共に【異形種大戦】を戦い生き残った猛者でもある。

 幼い自分とすでに亡い祖母の姿を見て、雪菜は自分が見ている者が夢──過去の情景であることに気づく。


(お祖母様──)


 楽しそうに何かを話しながら歩く幼い自分と祖母。懐かしい光景を見て雪菜は自分の口元が緩むのを感じる。

 だが次の瞬間、平和そうな光景は消える。そして次に視界に映ったのは、倒れた自分の眼前で血を吹き出しながら倒れる祖母の姿だ。

 過去の情景とはいえそれを見た雪菜は表情を引きつらせる。しかしさらに驚くべきものが視界に映る。

 それは祖母の横に倒れている兄、晴之と折れた【万雷の閃刀】を握っている雄斗の姿だ。両者とも血を流しており体も土色。明らかに死んでいる──


「いやああああっっ!」


 絶叫する雪菜。視界に見るのは見慣れた自室の天井だ。

 目が覚めた雪菜は呼吸は荒く、体中にびっしりと汗をかいている。いつの間にか眠りについていたようだ。


「なんで、あんな夢……」


 体を起こしながら呟く。全く意味が解らない。

 祖母の最後を夢に見るのはともかく、なぜそこに兄や雄斗が混ざったのだろうか。

 数ヵ月前の【異形王フェノメノ】との戦いが未だに記憶に媚びりつているのか。それとも先日の【狂神きょうしん】との戦いがあったからなのか。


「大丈夫。兄さんも鳴神さんも強い人……」


 祖母の時とは違う。あのようなことにはならない。自分も泣き叫ぶばかりだった無力な少女ではないのだから。

 体に流れる汗をぬぐいながら、雪菜は自分に言い聞かせるのだった。





 

次回更新は6月3日 7時です。

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