六話
「あれが【狂神】か」
【遠見】の魔術で視力を強化し、一キロ先にいる標的を見て雄斗は呟く。
今雄斗がいるのは鉱山手前にある砦兼関所だ。昔、【高天原】が戦国時代のような様相をしていた時代、ここら一帯を治めていた領主が建てたものだという。
そしてその最上階の見張り台で雄斗は今から戦う敵の様子をうかがっている。無数の岩石に採掘用の道具がいくつも見られる岩場。そこに地面にまで触れそうなほど髪を長く伸ばした半透明の女性の姿が見える。
マリアのようなドレス風の鎧を身にまとう彼女こそ、高天原に出現した狂神が一柱、ヨルズだ。
(女神に選ばれる奴はみんな美人なんだな)
髪に隠れてハッキリとは見えないが出現しているヨルズの顔立ちは美人のつくりをしている。また背も高いくせに蠱惑的な肢体も併せ持つ。
もっとも放つ圧は女性のそれではない。無差別な敵意を周りに放っており、いつ爆発するかわからない様子だ。
見張り台から降り、砦に入る雄斗。【狂神ヨルズ】鎮圧作戦の会議場として使用されている広間に戻ると、早速雪菜が訪ねてくる。
「お疲れ様です鳴神さん。【狂神】の様子はどうでした?」
「昨日と変わっていないな。地面と一体化したまま無防備に項垂れていた。
もっとも少しでも妙な真似をすれば、一気に爆発しそうな様子ではあったが」
わかりやすく言えば、ほんのちょっとの切っ掛け一つで大爆発する活火山のような感じだろうか。
そしてその爆発がどれほどのものになるのか、雄斗にはわからない。最悪、この作戦に参加する六人で鎮圧できない可能性もある。
「やれやれ、本当に【狂神】は厄介……」
読んでいた本から手を離し、ソフィアは言う。
いつもは何を考えているのかわからない無表情な彼女だが、嫌悪の感情が表に現れている。相当【狂神】が嫌いなようだ。
「なるほど。では予定通り作戦を実行するとしようか」
平然と言うのは戦国武将のような甲冑を身にまとっている尊正だ。腰には代々の英雄神ヤマトタケルが継承してきた伝承神具【草薙剣】がある。
「先日と様子が全く変わっていないことは少し気になりますが……いつまた暴れだすとも限りませんしね」
思案顔で頷く晴之。彼は出会った時と同じ和洋折衷な格好だ。
「ええ。分身やら眷属を生み出して、我々の手に余らないうちにさっさと片づけましょう」
そう言ったのは作戦に参加する最後の一人であるグレンだ。彼は自分や雪菜ど同じく【アルゴナウタエ】の隊服姿だ。
この三人に雄斗と雪菜、ソフィアを加えた六人が【狂神ヨルズ】を鎮圧するのだ。
さて、ここにはいないマリアたちだが、叢雲家で雄斗たちの帰りを待っているわけではない。この砦の別室で待機しているのだ。
マリアたちが砦にいるのは、もしも【狂神】の強さが雄斗たちの手に負えない場合の助力や救出、逃走の手助け。または第三者──【真なる世界】などのテロリストや【異形種】による妨害を防ぐためだ。
大抵の場合【狂神】は神クラスが二、三名ほどいれば片付く場合がほとんどだが、過去には【狂神】により相対いていた神が敗北し、無辜の民や都市部に甚大な被害が出たこともあるという。
つまりマリアたちは最悪の事態に備えた切り札というわけだ。
「では、出発するぞ」
尊正がそう言い、雄斗たちは砦を飛び出す。
必要最低限に舗装された道を疾走すること十分、戦場のすぐ近くに到着。雄斗たち全員は【遠見】の魔術で標的の様子を確認する。
「様子に変わりはないな」
尊正の言葉に皆は頷く。
少ししてやってくる支援部隊の面々。彼らは長期戦となる狂神との戦いにおいて、雄斗たち戦闘部隊をあらゆる方策でバックアップしてくれるのだ。
「あれが話にあった新しい魔導人形か……」
支援部隊の面々が忙しく周囲に散らばっていくのを見ながら、雄斗は彼らの後ろにある魔導人形に目を向ける。
狂神との戦いの際、雄斗たちに絶えず強化や補助魔術をかけて支援してくれるのだという。また危機に陥った時、身を挺してくれることもあるという。
今回の一件で使用されるという最新鋭の魔導人形。全長はおよそ成人男性ほどで【高天原】製らしく、姿は陰陽師や僧侶の言うな恰好をしている。
しばらくして支援部隊の面々が準備を終える。その知らせが来たところで晴之が皆に向かって言う。
「それでは予定通りに行くとしよう。尊正さん、グレンさん、よろしくお願いします」
「はい」
「うむ」
晴之の言葉に頷くグレンと尊正。そして三者は隠れていた岩陰より同時に飛び出した。
「アアアアアアアアアアッッッ!!」
飛び出した晴之たちに気が付いたヨルズ。今までの静かな様子から一変した女神は怒るような怯えるような狂声を上げると両腕に魔力を集中させた。
一瞬で女神の両腕に出現する武器。それは柄の長いハンマーだ。しかしハンマーの部位には宝形がはめ込まれてあり、杖のようにも見える。
直線最短距離でまっすぐ距離を詰めたグレンに女神は巨大な雷を放つ。まともに食らえば致命傷であろうそれをグレンは紙一重でかわして剣戟を放ち、ヨルズはハンマーの柄で何とか受け止める。
その背後から風を巻いて晴之が迫る。しかしヨルズの後方の地面が盛り上がり、一瞬のうちに男性成人と同じ大きさの槍のような石礫となると晴之に向かって放たれる。
大きく目を見開きながら晴之は風と剣戟でそれらを防ぐ。その間、グレンの剣戟にやや押されていたヨルズは後方に跳躍して距離を置き、グレンと晴之2人に先程以上の極大の雷霆を発射した。
分厚いビームのようなそれが十数本放たれ、グレンと晴之はギリギリ避ける。再びそれを放とうとする女神だがその時、彼女の肢体が真紅の炎に包まれる。
放ったのは尊正だ。女神の死角にいつの間にかいた彼が【草薙剣】の刃から炎を放っていた。
苦しむ女神は尊正に向けて雷撃と石礫を放つ。だが尊正は炎と風による巧みな防御でそれらを何とか防ぎきった。
更なる一撃を放とうとする女神。しかしそこへ距離を詰めたグレンと、空中にいる晴之が神威絶技を放つ。
「【五光鷹刃】!」
「【天竜地蛇】!」
光刃の五連撃がヨルズを吹き飛ばし、さらに一拍後、空より発生した風の竜と地面より生まれた土蛇が左右からヨルズを挟み込む。
女神を間に激突する風竜と土蛇。衝突の際砕けた土と石が風に巻き上げられ、女神を打ちのめす。
神二柱による同時攻撃の直撃。大ダメージ確定、またはこれで決まったかと雄斗は思うが次の瞬間、爆煙から飛び出してきたヨルズは短髪の槍を持った女性に変化してグレンたちに向かっていく。
(話通り変わりやがったか……!)
姿を変えた【狂神】を見て雄斗は歯噛みする。
【狂神】が持つ難点はいくつかあるが、その中でも特に厄介なのが二つある。そのうちの一つは今見たように過去の継承者へと姿を切り替えることだ。
神器より生まれる【狂神】。その神器にはかつて神となった者たちの情報が蓄積されており、どういう原理かは不明だが【狂神】は状況に応じて過去の継承者たちへ姿を変えるのだ。
雷撃を伴った槍裁きはまさしく疾風迅雷そのもの。尊正は負傷して吹き飛ばされ、グレンたちも一対一では劣勢を強いられる。
晴之たちは数的有利をうまく生かそうと立ち回るが、短髪のヨルズは流麗な動作で彼らの攻撃を回避し、豪快な槍裁きで反撃する。最初のヨルズと違い、このヨルズは近接戦闘に優れたヨルズのようだ。
それでも若き英雄の2人は神技と神威を器用に使い、状況を互角から優勢に持っていく。吹き飛ばされた尊正も少しして戦線に復帰。遠距離から地味でいやらしい攻撃を放ってヨルズの気を逸らす。再び戦況はグレンたち優勢となる。
しかしその時、またしてもヨルズの姿が変わる。今度は双剣を手にした大柄な女戦士へと。
(叢雲、ソフィア、行くぞ!)
(はい!)
(了解)
ヨルズが振り下ろした鉈のような剣戟をグレン、晴之が受け止めながらも下がったのと入れ替わるように雄斗と雪菜、ソフィアの三者が前に出る。
(予定通り回復を!)
念話でそう告げて雄斗は掌握を行使、【万雷剣群】を発動して女神と対峙する。
「キャアアアアアアアッッッ!!」
繰り出される斬撃。威力はありそうだが変身前より若干遅いそれを雄斗は軽々と避けて攻撃を放つ。
放つ閃電の剣撃は【狂神】の肉体を切り裂き抉るが、それらの傷は瞬く間に塞がる。雄斗より遅れて間合いを詰めた雪菜の剣や放つ神威絶技でも同様だ。
【狂神】のもう一つの特徴は大気や大地に満ちる魔力を吸収しての超回復だ。並大抵のダメージなら瞬きをする間に修復してしまう。
歴代の神への変貌とこの超回復。これがあるため【狂神】を倒すには最低でも二柱の神の存在が必要とされるのだ。
またこの超回復を考慮してかグレンたちは【掌握】をしていない。最初から全開で行き力を使い果たしても倒せないという最悪の事態を防ぐためだ。
雄斗は基礎能力を向上させるため【掌握】をしたが攻撃は剣撃だけにしている。雷を使って魔力の消耗を防ぐのもあるが、神威絶技でもない雷霆では【狂神】にろくなダメージが通らないと晴之たちの戦いを見て判断したからだ。
「吹き飛べ」
ソフィアが放つ数十もの魔術砲撃。いくつかは【狂神】に当たりその身を穿つが雄斗たちの攻撃と同じく、すぐにその部位は修復される。
それを見て雄斗は短く舌打ちするも再び接近。雄斗の雷速の剣閃は【狂神】の体を切り裂き、その合間で雪菜が放つ流麗かつ正確無比な攻撃は狂う女神の体を穿つ。ソフィアの魔術砲撃が命中しては吹き飛ばす。
しかしそれらを受けても女神は全く堪えた様子を見せず、暴風のような剣戟を繰り出してくる。衰えるどころか勢いが増したそれに雄斗たちは押され、また【狂神】は援護の魔術を放つソフィアにも極大な雷を放ち、吹き飛ばしている。
(全く。本当に厄介だな【狂神】って奴は……!)
実はこの手のタイプ──常軌を逸する回復力や防御力を持つ敵が雄斗は極めて苦手だ。剣技で幾度となく致命傷となる傷を負わせても相手は平然と反撃してくるからだ。
必殺の攻撃を放っているのに倒れない。正直攻撃しているこっちのメンタルが参ってくる。
(とはいえやり様はあるけどな!)
そう心中で呟いたのと同時、女神の右の斬撃が雄斗に繰り出される。
胴を薙ぐ横薙ぎの一撃。回避できるそれを雄斗はあえて避けず、刃が当たるであろう部位に魔力を一極集中。
そして鉈のような分厚い刃が左腰部に当たった瞬間、雄斗はがら空きとなった女神の左腰部に横薙ぎを放った。いつも以上に速く思い剣戟を受けたヨルズは左へ吹き飛んでいく。
鳴神流剣術七之剣、雷交瞬刃。相手の攻撃をあえて受けると同時、それによる運動、魔力エネルギーを自身の剣戟に乗せて放つ、神速の速さと破壊力を持つカウンターの剣だ。
もっとも雄斗はこの技があまり得意ではない。これを発動するには攻撃を受け止める箇所の見極めに、受け止める部位が破壊されないよう魔力による一点集中。これら二つができなければならないからだ。
前者はともかく後者は魔術、魔力の扱いが上手くない雄斗にとって非常に難しかった。もっとも【掌握】に至り【雲耀】、【万雷の閃刀】によるサポートがされている現在では以前に比べてやりやすくはなっているが。
(しかし【狂神】相手に初めての使用は結構肝が冷えたけどな……!)
雷交瞬刃をまともに受けたヨルズだが、やはりと言うべきか、さほどのダメージはなく起き上がってすぐに距離を詰めてくる。
神々に匹敵する今の雄斗の渾身のカウンターを受けてもあの平然ぶり。雄斗は軽く頬を引きつらせながらも、目の前の相手はそう言う存在だと割り切り、雪菜たちと協力してグレンたちが回復するまでなんとか時間を稼ぐ。
そう、雄斗たちの本当の目的はグレンたちが一息ついて戦線復帰するまでの時間稼ぎだ。雄斗たち三人ではヨルズと戦えはするが倒すだけの火力がないからだ。
しばらくして戦線に復帰するグレンたち。雄斗たちは先程のグレンたちのように下がり休息を取りながら戦況を見守る。そしてグレンたちが消耗したのを見て再び戦線に復帰。
狙い通り時間をかけて【狂神】を消耗させる雄斗たち。そして幾度かこれ繰り返した後、ようやく【狂神】の動きや攻撃が目に見えて衰えてきた。
雄斗たちは精神肉体共に消耗しているものの──力を出しつくして後退した尊正以外は──まだ戦える。
「ここで決める!」
吹き飛ばされて岩壁にめり込み、すぐに起き上がらなくなったヨルズを見てグレンが叫び【陽光満ちる光剣】を大上段に構える。
それを傍で見た晴之も紅蓮の少し後方に移動し彼が持つ当代神具【天嵐刃】を肩に担ぐように構えた。
高まる両者の魔力。グレンの全身が眩い輝きに包まれ、晴之の周囲に凄まじい突風が渦巻く。地上に太陽を思わせる眩い輝きが現れ、空には高く巨大な竜巻が無数に出現する。
「【日輪導く光鷹】!!」
「【大蛇薙ぐ八刃風】!!」
グレンが振り下ろした剣から放たれる全長30メートルはあろうかと言う巨大な光の鷹は神速でヨルズに迫る。当初の姿に戻った【狂神】は突き出した両手に巨大な魔力のバリアーを発生させて光鷹の突進を受け止めた。
決め技であろうグレンの神威絶技を受け止めた【狂神】に雄斗はさすがに大きく目を見開く。だが心中に浮かんだ驚愕と不安を晴之の追撃が吹き飛ばす。
グレンに遅れて繰り出された晴之の神威絶技は八つの巨大な竜巻──いや竜巻でできた風の刃だ。それも一つ一つが高層ビルのように途轍もなく巨大で、それが一斉に、全方位から狂神に向けて襲いかかった。
「ギャァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?!」
強大な光鷹と八つの風刃の激突に絶叫しながらも、【狂神】は大地を操って壁を作り、雷撃を放って押し潰そうとする風刃と光鷹を吹き飛ばそうとする。
だが当代の神二柱の渾身の一撃を、消耗した【狂神】が耐えられるわけはなかった。数十秒後、【狂神】は風刃に切り刻まれ、光の鷹に押しつぶされた。
大地が絶叫したかのような地面の揺れと爆音を聞き、雄斗たちは身を屈める。
そしてそれらが収まり、ゆっくりと体を起こして爆発の中心部を見る。【狂神】がいたであろうそこには土色と黄金の二色に彩られたハンマーがある。ヨルズの神器だ。
「【狂神】ヨルズは、ここに封印された。我々の勝利だ!」
後方から聞こえた尊正の勝ち誇った声。それを聞いた周囲の味方達は歓声を上げる。
それを聞きながら雄斗は【掌握】を解除。グレンたちが神器を回収したのを見て、大きく息を吐くのだった。
次回更新は5月22日 7時です。




