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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
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五話






 ズドン、と言う大きな音が道場に響く。発生源は壁に叩きつけられたグレンと、彼を吹き飛ばした舞香だ。

 それを聞き壁際に正座をしている門下生たちは小さく唸り、そのそばにいる雄斗は心中で呟く。


(これで終わりかな)

(まさか)


 即座に返答するのは隣に座るラインハルトだ。冷ややかな眼差しをルクスに向けている。

 そして彼の言う通り、ルクスは唇の端に滲む赤色を拭い自分を吹き飛ばした道場着姿の舞香を嬉しそうに睨み付けた。


「まだやるの?」

「当然だ!」


 ややうんざりしたような舞香にルクスは即答。再び彼女に向かっていく。

 雄斗たちが今いるところは叢雲家の敷地内にある叢雲流の道場だ。そこで雄斗、ラインハルトは汗を流している。

 いや、いたの間違いか。それは先程までの話。今道場の中央では舞香とルクスが実戦さながらの真剣な表情で拳打を交わらせている。

 雄斗とラインハルトが叢雲流の道場で体を動かしていたのは【狂神きょうしん】との戦いに備えて体を訛らせないためだ。

 雄斗たちが【高天原】に、叢雲家に世話になってすでに一週間が経過している。本来の予定では到着から三日後に討伐するはずだったが、こうしていまだに待機しているのは【狂神】と【異形種】のせいだ。

 四日前──【狂神】の討伐日の朝のことだ。【狂神】と近くに出現した【異形種キメラ】との間で戦いが起こったのだという。

 もちろん勝利した【狂神】だったが【異形種】は千単位と数が多く、全滅させるのに時間がかかったこともあったせいか【狂神】は荒ぶった。

 自然災害に等しい暴れっぷりの【狂神】に対し、マリアたちは落ち着くまで討伐を中断することにした。

 戦って勝てないというからではない。荒れ狂う【狂神】に挑むのは、干し肉を体に巻き付け飢えた狼と戦うのに、活火山の中でダイナマイトを体に括りつけながら踊るのに等しいらしい。

 勝利するにしても想定以上の被害が出る可能性が高く、それを避けるために討伐日を調整したのだ。

 そしてその空いた期間、雄斗たちはいつでも戦いに出られるよう用意しつつ、日々を過ごしている。


「ぐはあっ!」


 舞香の掌底を受け吹き飛ぶルクス。だが今度は空中で体勢を立て直すや着地と同時に突撃する。

 ルクスの繰り出す体術は洗練された動きではない。必要最低限の技術はあるが戦場で磨かれた鋭く荒々しい体術だ。

 一方舞香は真逆だ。雪菜の動きに酷似する技術の粋、技の極みと言うべき流麗な体術。

 それを駆使する舞香によりルクスは組み手が始まってから幾度も吹き飛ばされている。


(強いな)

(ああ、雪菜に似ている。いや彼女が異母姉と考えると、雪菜が彼女に似たのか。

 で、ラインハルト的にはどうだ? やれそうか)

(厳しいな。彼女はお前やスサノオと同じで天与の才を磨き上げて神域に至った傑物。

 目の前のバカよりは勝負になるだろうが)


 ラインハルトの意見に雄斗も心中で同意する。

 舞香の武踊は神となった恩恵で得られる神技ではない。天稟の才を持ち、それを血を吐くような努力で磨き上げ至高の領域に達したものだ。

 剣術はともかく体術だけの勝負となれば雄斗以上かもしれない。

 戦場で磨かれたルクスの体術も悪くはないが、舞香の体術とは相性が悪い。ルクスの繰り出す猛攻を舞香は強風を通り抜ける柳を思わせる動きで回避しては、幾度も掌底によるカウンターを叩き込み、吹き飛ばしている。


(でもまぁルクスの奴も、そろそろ順応してきているな)


 雄斗の念話にラインハルトは不機嫌そうな顔になるも否定しない。

 相性最悪なルクスと舞香の組手だが、雄斗の言う通りルクスが一方的にたたき伏せられる展開ではなくなってきている。カウンターとして放つ舞香の攻撃をルクスもかわしては防ぎ、放つ攻撃は舞香をかすめ、または受け止めている。

 ルクスの数ある長所の一つに順応性の高さがある。雄斗が【アルゴナウタエ】にやってきてから行っている模擬戦。

 その一つである体術、剣術のみの勝負では当初はルクスは相手にさえならなかった。【閃電せんでん太刀たち】は身に着けておらず【心眼しんがん】も不十分なのだから当然だ。

 だがたった一週間でルクスは驚くような成長を見せ、最初は一分程度しか保たなかった勝負が五分に伸びた。【心眼】も身に着け【閃電の太刀】も数回に一度は発動できるようになった。

 それ以降もゆっくりと──常人からすれば驚くべきスピードで──体術は成長している。まぁ雄斗や同じく成長しているラインハルト達がいるから相対的に変化は感じられないのだが。

 

「そこまで」


 カウンターの掌底をかわしたルクスが繰り出す拳を舞香が左手で受け止めた時だ、静かな声が道場に響く。

 声を発したのは道場の中央に正座している、審判を務めている陽司だ。


「陽司さん、俺はまだやれるぜ」

「父さん、私も」

「それはわかるよ。でもこれ以上続けるとなるとお互い、本気になりかねない。

 ルクスくん、君には重要な任務もある。道場を君や娘の血で汚したくもない。このぐらいにしておこう」


 やんわりとした、しかし微かな圧を含んだ陽司。それを見てルクスはため息をついて構えを解き、舞香に頭を下げる。

 舞香も同様に頭を下げて二人は離れる。緊迫していた道場の空気が弛緩する。


「さて、せっかくの機会だ。私も一勝負するとしようか。

 鳴神君、手合わせお願いできるかな」

「え?」


 あまりに唐突な陽司の言葉に雄斗は呆気にとられる。


「お父様! 私がやるわ!

 私の可愛い雪菜をたぶらかした男がどれだけのものか、この拳で確かめたいの!」


 そして彼の言葉に鼻息荒く言う舞香。

 怒やら怨やら様々な感情で瞳がぎらついているのを見て思わず雄斗は頬を引きつらせる。誤解だといっても聞きそうにない顔だ。


「舞香はルクスくんと立ち会ってそれなりに疲れているだろう。後日にしなさい。

 それで、どうかな鳴神君」

「えっと……」

「──なら、儂が相手をしようかのう?」


 戸惑う雄斗の耳に響く声。道場の入り口に目を向ければ明の姿があった。


「初代【万雷ばんらい閃刀せんとう】、そして三代目の担い手。

 お互いに悪くない勝負になるじゃろうし弟子たちもいい勉強になるじゃろうて」


 明の言葉に道場の中にいる子弟たちが頷く。

 数十人もの人間から一斉に視線を浴び、思わず雄斗は後ずさる。


「いや、俺は」

「いいえ父さん。ここは僕がやります。

 まだ現役を張れる僕の方が、彼の才能をより刺激するでしょう」

「何を言うか。儂の長年の経験が蓄積した剣の方が個奴により深い影響を与えるじゃろうて」


 穏やかに、しかし決して譲らないという雰囲気を漂わせる叢雲親子。

 二人はじゃんけんでどちらが雄斗と勝負するか──雄斗の返答を聞かずに──を決めてしまう。


「お待たせしたね。それでは立ち会おうか」

「……わかりました」


 微笑する陽司に雄斗は小さくため息をつきつつ、応じる。

 正直さっさと逃げるか断りたかったが世話になっているし両者とも【万雷の閃刀】の先達。

 彼らの武に興味がないと言えば嘘になるし、神威絶技の切っ掛けを得られるかもしれない。

 木刀を持ち、雄斗と陽司は道場中央で対峙する。


「始め」


 ふてくされたような明の開始の合図が道場に響く。その直後、いきなり雄斗は前に出て木刀を振るう。

 雄斗の不意打ちに近いそれを陽司はゆっくりとした、しかし無駄というものがない挙動を見せて受け流す。

 そして反撃を放つ陽司。雄斗と同じ閃光のごとき太刀筋。それを雄斗はぎりぎりでかわし、後ろに下がる。


「流石だね」

「そちらこそ」


 微笑む陽司に対し、雄斗は頬に冷たい汗が流れる。

 一呼吸をして再び仕掛ける雄斗。速く強い、雷撃のような直線的な剣戟を放つ。

 それを陽司は雲のようなつかめない動きと紫電を思わせる鋭い反撃を返してくる。雄斗はまたしてもそれらをギリギリかわし、受け止める。


「ふむ、捉えたと思ったのだが。

 もう少しギアを上げようか」


 にこやかに言って陽司は再び剣戟を放つ。

 遅いが最短距離で容赦なく急所を狙ってくるそれに雄斗は押されながらも迎撃、反撃する。

 時折互いに一歩後退し、前進する両者。外から見れば互角と思われるが実際のところ、雄斗は決定打を打てない。


(動きは遅いくせに攻撃は速く、技の繋ぎが不規則すぎて読めない。

 これが神域に達した叢雲流の剣か……!)


 叢雲流むらくもりゅうとは叢雲家に代々伝わる武術だ。雲のように不規則な動きで相手をかわし、紫電のように速く鋭い攻撃で敵を撃つとされている。

 この武術──特に剣術は高天原ではそれなりにメジャーであり、本邸の道場以外でも各地に幾つか道場があるらしい。

 陽司の剣に雄斗が目を見張る理由は簡単だ。良く知る叢雲──雪菜の剣と比べて陽司の繰り出すそれは明らかに上回っている。

 雪菜たちが相手なら先読み──または不意の攻撃を迎撃するぐらいはできるだろうが陽司のそれに対しては防ぐか躱すの二つしか取れる方法がない。

 想定はしていたが先代の【万雷の閃刀】の担い手の剣は、今の雄斗を上回っている。


(だとしても、大人しく負けてやるわけにはいかない……!)


 それは剣士としての意地だ。同じ神を打ち倒せる技量を持つ剣士。差はあれど同格の相手に簡単に負けることを自身が許さない。

 それに勝ち目が全くないわけではない。剣を交えて分かったが陽司は左に切り返すとき、僅かに反応が遅れるのだ。

 雄斗はそこを容赦なく突く。あえて陽司の剣戟に対し下がり、彼が左に切り返したその瞬間、刺突を放つ。

 繰り出した木刀の切っ先は陽司が握っている木刀の鍔を打つ。すると陽司の手からあっさりと木刀が離れてしまった。

 それに驚きつつも雄斗は木刀の切っ先を陽司の鼻先に突き付けた。


「参った。私の負けだ。紫電のような速く鋭い、見事な突きだ」


 陽司の敗北の門下生が驚き、どよめく中、当の本人はさっぱりした笑顔で言う。

 口惜しさが欠片もないそれを見て雄斗も面食らう。


「やはり左の切り返しが遅いことに気づいたね。そしてそこを容赦なく突いてくる。うん、いいね」

「その左腕、どうしたんですか」

「【万雷の閃刀】と最後に戦った時に得た負傷が原因なんだ。

 傷は完治したけどわずかに動きは鈍くなってね。頃合いと思って僕は一線から退いたんだ」


 労わるような手つきで左上腕部に触れる陽司。

 

「手合わせしてくれてありがとう鳴神君。

 【万雷の閃刀】の主に相応しい使い手であることが知れて非常に満足だ」

「こちらこそ。いい経験になりました」


 手を差し出す陽司に雄斗も笑顔で応じる。

 勝ちはしたものの雄斗は自分が陽司を超えたとは欠片も思わない。何より先ほどの言葉、おそらく陽司はあえて隙を作りこちらの刺突を誘った。

 自分の弱点を認識できるか、そしてそこを突けるのかを知るために。


「よし、ならば次は初代である儂とやろうかのう」

「いいえお爺様。ここは現役である私の出番でしょう。

 お父様の仇を取れるのは私しかいません。休憩も取ったしいけるわ」


 同時に腰を上げる叢雲家の祖父と孫。

 先程の陽司と明のようなやり取りが再び眼前で行われ、その隙に雄斗は道場から出ていく。


「やれやれ。

 少しはこっちの都合も考えろって話だ」


 さすがに神域の武芸の持ち主との連続勝負はこちらがきつい。

 そう思いながら喉の渇きを潤すため台所に向かおうとした時だ。花を持った雪菜の姿が視界に映る。

 

(どこに行くんだあいつ)


 朝は出掛けていた雪菜。持っていた花は家に飾るものと思ったが彼女は邸内の奥に向かっている。

 声をかけようとしたが、神妙な表情をしているのを見てやめ、後をつける。

 

(屋敷墓地?)


 雪菜がたどり着いたのは邸宅の奥にあった墓だ。彼女は軽く墓の掃除をし花を添え線香をあげ、手を合わせる。

 故人と語っているのか彼女は目を閉じしゃがんだまま動かない。邪魔をしては悪いと思い雄斗が踵を返した時だ、足元でぽきりと言う破砕音が聞こえた。

 視線を向ければ右足の裏に木の枝が転がっていた。そしてその音を聞いたのか、雪菜がこちらに振り向いていた。


「鳴神さん」

「あーすまん叢雲。邪魔をしたな」

「いいえ、お気になさらず。もう済みましたので」


 そう言って墓の前から腰を上げる雪菜。

 やや気まずそうな顔で雄斗は彼女の元にやってくる。


「ご先祖様の墓か?」

「いえ、冬華とうかお婆様のです。

 ”自分の墓はできるならば実家の裏手に作ってほしい。そうすれば寂しくないから”。

 昔、お爺様にそう言っていたそうです」


 そう言って一瞬、悲しげな表情を見せる雪菜。


「冬華さん……。大戦の最中、明さんやもう一人の奥さんを支えた先々代の叢雲家当主だったか」

「お婆様の事を、ご存じなのですか?」

「ま、一応はな。【万雷の閃刀】や明さんのことを調べた時に少しな」


 叢雲冬華。明の妻にして先々代の叢雲家当主を務めた人だ。

 【異形種大戦キメラ・ウォー】において雪菜が持っている新造神具【木花霊剣このはれいけん】を振るい、明や【七英雄】と共に戦った女傑。

 同時に内助の功と呼ぶにふさわしい能力を以て夫や仲間たちを支えたことでも有名だ。


「一説では明さんともう一人の奥さんに匹敵する剣の使い手だったそうだが」

「はい! 冬華お婆様もお爺様に引けを取らない達人でした!

 私の剣の師匠で【木花霊剣】の初代の使い手でもあります!」


 鼻息荒く雪菜は言う。

 熱狂的なファンが押しを話すときの雰囲気に似ている彼女に、雄斗は少し引きながら話を聞く。


「お婆様こそまさに大和撫子を体現したお人でした。

 それに剣だけではなく政にも強く、一時期は多元世界との交渉役も務め、帝室の教育係にもなったこともあったそうです」

「確か先々代の帝の娘を教えたんだったか? んでその娘が降嫁した先が狐族こぞく筆頭である九玉くぎょくの家。……って」

「はい。美月お母様はその御方の娘、舞香異母姉さまは孫に当たりますね」

「おおう……」


 思わず唸る雄斗。明の帝に対する態度を見て普通の子弟以上の何かを感じてはいたが、このような繋がりがあったのか。


「流石は【七英雄】の伴侶。大した人だったみたいだな」

「はい。本当に素晴らしい人でした。

 そんなお婆様たちのような、立派な貴婦人であり武人になるのが、私の夢です」


 溌溂とした表情で雪菜は言う。そんな彼女を見て雄斗は微笑む。

 先達であり肉親への敬愛を示すその姿は、かつての自分を連想させるものだったからだ。

 早くに親を亡くした雄斗は祖父に育てられ、そんな祖父の背中を見て魔術師としての生き方を学んだ。

 魔術師の資格を得てからも彼のようになることを思い、日々鍛錬や任務に励んでいた。そして今もそれは変わりない。


「そうか。なら今回の任務、なんとしても達成しないとな」

「はい。もちろんです」


 穏やかだが覇気のある雪菜の言葉に雄斗が微笑した時だ、背中から息を弾ませた明の声がした。

 振り向けば勝ち誇った顔をした明の姿がある。この様子を見るにどうやら自分のない手をするのに孫娘と大いに揉め、競り勝ったようだ。


「こんなところにいたか鳴神の! さぁ次の相手は儂じゃ!

 ……と、雪菜。冬華に挨拶をしておったのか」

「はい。お爺様。帰ってきてからきちんと挨拶をしていなかったので」

「そうか。──さて鳴神の、そろそろ道場に戻り【万雷の閃刀】の初代と三代目の勝負と行こうかの。

 雪菜、お主も道場に来るとええ。儂と鳴神との立ち合いじゃ。いい勉強になるじゃろう」 

「まぁ……! わかりました。それでは着替えてきますね」


 瞳を輝かせ、一礼して立ち去っていく雪菜。それを見て雄斗は息を吐く。

 雄斗としては彼女に仲裁に入ってもらいたかったのだが、あの様子では無理のようだ。


「さぁ鳴神の。一勝負付き合ってもらうかの」

「……わかりました。でもこれで最後にしてくださいね」


 雄斗は力なく応じ、明と共に道場に歩いていく。

 しかし結局明との試合の後、舞香とも勝負する羽目となるのだった。






次回更新は5月19日 7時です。

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