三話
【次元の狭間】を抜け、視界に映ったのは青のと水色の二色。
その色の正体は雲一つない空と穏やかな海だ。【アルゴー】艦橋の全面のガラス窓や手元のスクリーンが青と水色に染まっている。
「うわー、あいっからわず海しか見えないわねー」
そう声を発するのは青い髪をサイドテールにまとめている美女だ。
彼女は操舵士のエカテリーニ・プローン。多元世界【オリュンポス】出身であり、また亜族パーピーの出身を証明する翼が背部に生えている。
「確か世界の七割が海だったか?」
「違う八割だ。多元世界屈指の海洋世界。それが【高天原】だ」
そう言葉を交わしているのは艦橋左の座席に座っている索敵士のハンク・ヴォークと砲撃士の曹烽火だ。
ハンクは灰色の髪をした二十代の男に見えるが、【ムンドゥス】の人間と【ユグドラシル】の狼人間との間に生まれたハーフらしい。そして烽火は禿頭の無表情男。多元世界【崑崙】と密接だった中国の魔術師の末裔だという。
「日差しが強いわね……」
「だ、大丈夫ですかミルシェさん」
ハンクたちとは反対側の右側でも美女と少女が会話をしている。
前方の席に座っている紫と黒が交じり合った波打つ髪の美女はミルシェ・ラルバーア。防衛士を務める吸血鬼の美女だ。
後方に座る眼鏡をかけた黒髪ショートの少女、雄斗より三つ年上ながらも童顔の彼女は柊由芽。通信士だ。
「何とかね。【アヴェスター】のような灼熱世界ほどじゃないのが、私としてはありがたいわ」
「ミルシェさん、吸血鬼ですもんね。私としては眩しいだけで済みますもの。海、いけそうですか?」
「少しぐらいなら大丈夫でしょうね。大半は日陰にいることになると思うけど……」
【次元の狭間】という戦闘領域から抜けたことと、戦いの気配が欠片も無い平和な紺碧の海空を目にしているせいか、艦橋の面々は気楽そうな調子で会話に花を咲かせている。
艦長席のマリアや副長席にいるニコスから注意は出ない。危険がほぼないとわかっている安全な航路を進んでいることもあるが、いざとなれば彼らが一瞬で切り替えられるプロであることを雄斗以上に知っているからだろう。
(多元世界【高天原】。俺の故国、日本神話の原型となった世界……)
その広さは【ムンドゥス】の約半分。そして面積の八割が海である海洋世界だ。
陸地は残り二割の陸地のうち一割を占める大島と数百からなる小島で占められる。そして今アルゴーが向かっているのは高天原の中心と言える帝都【八光】がある大島だ。
しばらくして【アルゴー】の進む先に翼を生やした修験者の姿をした者たちが複数名、現れる。【高天原】出身の亜族、天狗一族の者だろう。
『こちら高天原防空部隊【陽鳥】。帝都までご案内しますので、こちらの誘導に従ってください』
そう言ってきた天狗にマリアが了承の合図を送り、エカテリーニが彼らの進む方向へ船を動かす。
そしてそのまま彼らの後についていくと陸地が見え、そして【高天原】屈指の港湾都市、瀬戸浜が視界に映る。
港のあちこちにある船は【高天原】のものもあれば他世界のものも多くあり、その周囲にはそれらの船乗りと船客の姿が見える。
そして少し離れたところにある市場や繁華街では大勢の人々で賑わっている。【陽鳥】の誘導に従う【アルゴー】の中で雄斗はその様を見て、多元世界屈指の平和国家の噂は本当だったんだなぁと思う。
現存する多元世界全てがこのように平和ではない。大戦後も多元世界友好条約を結ばず鎖国状態の【エデン】や大戦後【ムンドゥス】と短期間ではあるが戦争を起こし、戦後は一部の国以外交流を断っている【崑崙】。
同盟世界の一つでありながら常に小規模な戦いが日常茶飯事のように起きている情勢不安定な【ヴェーダ】などが特に有名だ。
【アルゴー】着艦後、貴賓室に通され待つことしばし、音もなく開かれた扉の向こうから二人の男が姿を見せる。
右にいるのはグレンと同じ二十代ぐらいの青年だ。真面目そうな顔つきとこちらを見つめる静かな、しかし強い意志を秘めた眼が印象的だ。白を基調とした高天原の軍服と、その上に青色の羽織をまとっている。
青年よりやや遅れて姿を見せたのは四十代ぐらいの中年男性だ。視線は鋭く口元もへの字の形をした、見るからに気難しそうな顔をしている。またこちらは和洋混合の服装をした青年と違い、鮮やかな水色の和服のみを着ている。
というか、雄斗は青年を知っている。そう、この男こそかつて雄斗と剣を交えた高天原の英雄神スサノオ──
「初めまして【アルゴナウタエ】の皆さん。自分は叢雲晴之・スサノオ。名前の通り、当代のスサノオの力を継承したものです」
「私は大和尊正・ヤマトタケル。当代のヤマトタケルである」
礼儀正しく一礼する晴之と尊正。雄斗たちも同様に挨拶をする。
そしてマリア、グレンを握手を交わした晴之は雪菜、雄斗を見て小さく微笑む。
「久しぶりだな雪菜、息災だったか」
「はい。兄さまもお変わりないようで安心しました」
「そして鳴神君。昨年の秋以来か。ますます腕を上げたようだ」
「あなたもそうみたいですね。……しかしまさか、叢雲の兄上だったとは」
雪菜から兄弟は兄と異母姉妹である姉がいると聞いてはいるが、まさかあのスサノオだとは思わなかった。
彼女がそれを口にしなかったのは国家機密に該当することだからだろう。神々の個人情報の取り扱いに関しては各世界ごとにばらばらだが、基本素性や親族関係の情報を伏せている事が多い。
「君が我が家が捜索し続けていた【万雷の閃刀】の所有者と聞いたときは運命的なものを感じたよ。──それと雪菜と仲良くしているとも聞いている」
「はい。情けない話ですが頼りにさせてもらっています」
「……俺としては、お爺さまが思っているような不埒な関係ではないようで少し安心したが」
「はい?」
「いや、なんでもない。──さて皆さん、着いた早々で申し訳ないが陛下──帝が皆さんとの対面を望んでおられる。
早速謁見の間に案内させてもらう」
そう言う彼に連れられ雄斗たちは浮遊室──【ムンドゥス】で言うエレベーター──で建物の地下深くへ移動。鍾乳洞のような場所に描かれた複雑な文様の上に乗ると、晴之と尊正が文言を唱える。
するとその瞬間、周囲が白く輝き、その光が収まると雄斗たちは全く様相の違う場所に移動していた。
輝くように見かがれた床や壁がある広大な空間だ。正面の階段の上には【高天原】の国旗と玉座があり、そこには平安装束を身にまとう、晴之と同世代の男性が腰を掛けている。おそらくこの人物が──
「陛下。【アルゴナウタエ】の者たちを案内してまいりました」
「うむ、ご苦労だったなスサノオ。ヤマトタケル。
初めましてだな【アルゴナウタエ】の戦士たちよ。余が当代の帝である」
そう言う帝。姿や雰囲気こそ、その位に相応しい荘厳で仰々しいものだが、言葉からは気安さ、友好的なものが感じられる。
「話は聞いておろうが改めて言おう。そこにいるスサノオとヤマトタケルの両名と共に我が世界に出現した【狂神】を諫めてもらいたい。
それと【真なる世界】者たちも何やら暗躍していると聞く。もし彼らが関与してきたときも、同様に頼む」
帝に深く首を垂れる雄斗たち。
それを見て帝は満足そうに微笑み、小さく息をついて、言う。
「私が三種の神具を使い鎮めてもよかったのだが、そこのスサノオを始め、皆に止められてな」
「当然です陛下」
「お立場をお考え下さい」
帝の仰天発言に即座に言葉を返したのは、帝の両側にいる一人の男女だ。
左側の女性は巫女装束を着た黒髪ポニーテールの美人。右側の男性は2メートルを超えている巨躯の鬼。大鎧を身にまとういかにも武人的な男だ。
両名が誰なのか雄斗は──推察はできるが──知らない。しかし両者より放たれる静かながらも尋常でない圧力を感じさせるオーラから神、もしくは神クラスの実力を持つ神財、神具保持者であると雄斗は確信する。
「こんな感じだ。よろしく頼む。
何か困ったことがあればスサノオたちに申し出てくれ。できる限りのことはさせよう」
そう帝が言った後、マリアたちも改めて自己紹介を帝らに向けてする。
そして最後に雄斗が己の名を名乗ると、帝は瞳を輝かせる。
「お前が鳴神雄斗か。スサノオと五分の剣碗を持つ剣の天才。
そしてあの【万雷の閃刀】の所有者であり、神威絶技を使えないにもかかわらず【掌握】に至った異才の戦士」
「はい……。全ては私の未熟の致すところです」
「ははは、そう気に病むな。私も明たち叢雲家の者たちも気にはしておらん。
むしろ今までの【万雷の閃刀】の担い手とはまるで違うお主に対して、とても興味がある」
しかし帝はにやりと、いやらしい笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「しかし恥じ入るべき気持ちがあるのならば、一つ我が頼みを聞いてもらおうか。
我が高天原最強の神であり、当代のタケミカヅチと剣を合わせてもらいたいのだが、どうだ?」
帝の言葉に右側に立っている鬼が一歩前に出る。そして彼は金色の瞳を刃のように細め、雄斗を見つめてくる。
戦意はない。静かな眼だ。しかしその鋭さは突きつけられた剣の切っ先を連想させる。
「紹介しよう。この男は鹿島頼光。今言ったように当代のタケミカヅチであり我が高天原最強の神。
そうだな勝負は制限時間五分の一本勝負。頼光は【神解】は禁止し、神威絶技も一つのみ使用。もちろん鳴神、お主は何でもありだ。どうだろう?」
突然の提案に雄斗はもちろんマリアたちも面食らう。ルクスの「俺が戦いてぇな」という小声を皆は無視。
「陛下。鳴神君の剣が神域にあるのは事実です。ですが──」
「高天原最強であり、全多元世界の神々の中でも最上位のお一人に挑むのはさすがに時期尚早と申し上げます。
それに我々は任務を控える身。どうか、考え直していただけませんか」
「陛下、お戯れはほどほどになさってください」
マリアとグレン、そして尊正が諫めの言葉を発するが、帝は微笑したまま三人の意見をやんわりと却下する。
「そう難しく考えるな。別に頼光と殺し合いをしろと言うわけではない。
お主たちが日々やっている模擬戦と同じようなものだ。胸を借りるつもりでやればよい。
それにお主が噂通りの実力ならば、愚かな官僚たちを黙らせる格好の材料になるのだ。
我が国の、一部の愚かな官僚たちはお主から【万雷の閃刀】を取り上げろだの、我が国に従わせろだのといった過激な意見を持つものもいて、困っているのだ」
呆れたように言う帝の言葉に雄斗は思わず両目を見開く。それらは雄斗にとってとんでもないことであり、到底認められないことだ。
【万雷の閃刀】を雄斗から取り上げるというのは、手段を択ばず雄斗の心身から強引に引きはがす行為だ。
神具、神財の研究の最先端である【アルゴナウタエ】でさえ正常なやり方で一年かかるほどの強い結びつきなのだ。それを行った場合、当然雄斗には多大な悪影響が出る。最悪、死ぬ可能性すらあるだろう。
そして従属させろというのはさらにひどい。要は力や呪法の呪縛、家族や友人たちを人質に取って強制的に従わせるといったことだ。家族や友人を大切に思う雄斗にとって、もっとも忌むべき行為だ。
帝が言った過激な意見は当然違法だ。しかし各世界とも戦力増強には積極的であり、それに近い行為をやっていないとは言えない。かつて【ムンドゥス】に存在していた中国、ロシアはそれをどの世界よりも行っていたことで有名だ。
「私や【アルゴナウタエ】でそれらは抑え込んでいるが、お主がこの国に滞在中、連中が妙な動きをする可能性もある。それらを大人しくさせるため鳴神よ、お主の神に届く剣と【掌握】に至った実力を我らに見せてもらえまいか。
この場には帝たる私に軍部総司令のタケミカヅチ、そして宰相を務めるアマテラスもいる。連中も我ら【高天原】のトップ3には向かうほど馬鹿ではないからな」
「……わかりました」
飴と鞭──と言うより脅しが入っていた──帝の言葉に思うところがないわけではないが雄斗は頷く。
それにタケミカヅチと交戦することは決して無駄ではない。【万雷の閃刀】を産み落とした神との戦いは、神威絶技の何かしらのヒントになるかもしれないからだ。
「ありがとう。それでは頼光、頼むぞ」
「わかりました。──桜花、結界を頼む」
「ええ」
帝へ頷いた頼光は帝の左にいる女性へそう言い、玉座の階段を降りる。巨躯ながらも静かで無駄のない歩みは、彼の武人としての力量を示している。
結界内にで対峙する雄斗と頼光。雄斗が【万雷の閃刀】を手にすると頼光も野太い右腕に雷光をきらめかせ、固有神具を顕現する。当代のタケミカヅチの手に握られたそれは金砕棒だ。
「では、始め」
帝の開始合図と同時、雄斗は頼光に向かって走り出す。そして一瞬で間合いを詰めるや胴めがけて横薙ぎを切り出す。
移動、斬撃と共に雷光に等しい速度の雄斗の攻撃。それを頼光は少しも表情を変えず後ろに下がって回避し、次の瞬間、金砕棒を振り下ろしてきた。
雷光をまとっているそれを雄斗は回避と同時に頼光の左背後に移動。頼光の一撃が雷光と破砕音を発した次の瞬間。すぐさま斬撃を放つ。
がまたしても頼光は紙一重で回避し、金砕棒によるカウンターを放ってくるが、雄斗も先程と同じくかわしては斬撃を繰り出す。
雄斗が先制し頼光が反撃する。そして両者とも紙一重で回避するといった攻防が十を超えた時、両者の動きはいったん止まる。雄斗は大きく息を吐いて【万雷の閃刀】を構えなおし、頼光は神具の柄を少し短く持つ。
(強い……)
一見互角の勝負に見えるが実際は雄斗が不利だ。何故なら頼光が使用している金砕棒は長刀、斬馬刀と言った長得物の一種だ。
大きく長く、そして破壊力のある長得物は小回りがききづらく、刀使いに比べて攻撃直後の反応が遅れるのが常識だ。両者は光すら見切り、切り裂くことを可能とする神域の武芸者。本来ならとっくに雄斗が頼光の喉元に剣を突き付けていてもおかしくはない。
しかし頼光に対し雄斗の剣は一撃も当たっていない。その理由は一つ。頼光の反応、体裁きが雄斗を上回っているのだ。
(あんなバカでかい得物を振るいながら、なんつー体裁きだよ……)
今の攻防で断言はできないが、速度はおそらく雄斗が上。剣技は差と言う差がないほど近い。そして体裁きでは明らかに相手が上だ。
頼光が雄斗より明確に上回っている体裁き。要はこん棒を振る動作や回避のそれが雄斗より正確なのだ。
もちろん互いに武の頂点に近い両者。それの差はごくわずかだ。点数に表せば雄斗が90点、頼光が93点ぐらいだろうか。
しかしそのたった3点が、本来有利なはずの雄斗を有利にさせず、互角の勝負にされているのだ。
「末恐ろしいな、鳴神雄斗。
弱冠17歳という年齢にして、これほどの技量を持つとは」
大上段に構えながらも攻めてこない頼光の口から、雄斗への賞賛が出る。
冷静ながらもその声には熱がある。達人が達人と相対した時に放つ、歓喜の熱が。
「私は幾人もの天才、怪物と言われる武人を目にしてきた。しかしお前ぐらいの年齢でこれほどの技量を持った者は三人もいなかった。
陛下、【万雷の閃刀】は良き担い手を得たようです」
頼光の言葉に帝は笑みを浮かべてうんうんと頷いている。
「武人としては噂に違わぬ合格点をくれてやれるだろう。──さて、ここからは神財の担い手としての力がどれほどか、見せてもらおうか」
そう言うと同時、頼光の左腕に莫大な雷光が発生する。
そのあまりの量と力を感じ、思わず雄斗は後ずさる。頼光は放電する左腕をこちらに向け、呟く。
「神威絶技【雷砕】」
放たれる雷撃を見た雄斗はすぐさま【雷帝招来】を発動し、それを回避する。
しかし頼光の神威絶技が雄斗の立っていた場所に着弾した次の瞬間、大きく目を見開く。雷撃が一気に膨れ上がったのだ。風船のように膨れ上がる雷撃は謁見の間の床にヒビを走らせ、破砕してしまう。
(な!?)
高天原の支配者がいるであろう場所は当然、他の建物よりも頑強に作られているはずだ。例え神でもそう簡単に破壊できないレベルには。
しかしそれをあっさりと壊してしまう頼光の神威絶技を見て、雄斗は背筋が凍る。
しかも頼光の神威絶技の膨張は止まらない。膨れ上がる雷のドームは、回避した雄斗の元へ迫ってきていた。たまらず雄斗は雷撃を放ち、その衝撃を利用してより遠くに飛び、何とか膨張する【雷砕】の範囲から逃げることができた。
「次はこれだ。どう凌ぐ」
着地した雄斗の元へ、頼光は再び【雷砕】を発射する。しかも今度は単発ではなく、複数の数をだ。
(万雷剣群──っ!)
とっさに【掌握】を発動する雄斗。発生した八本の雷剣から放った雷の砲撃を【雷砕】に発射する。
貫かれ、破壊される【雷砕】。しかし複数同時に破壊されたそれらは先程とは比べ物にならないほど巨大な雷のドームとなり、雄斗が放った雷の砲撃を飲み込み、粉砕してしまう。
(【掌握】状態の俺の雷を砕く神威絶技……! それも相手は【神解】状態でもないのに……!)
迫る雷爆のドームを雄斗は雷となって逃げる。
分かっていたとはいえ、想定を超える力量の差に愕然としてしまう。マリアやグレン相手が本気を出しても、ここまでの差はなかった。
「どうした。驚いてないで攻めてこい。私は陛下の言われた通り、神威絶技を一つしか使用しない」
再び【雷砕】の球体を周囲に放つ頼光。
それに対して雄斗は雷の砲撃や雷剣を飛ばして反撃するが、頼光に迫ろうとしたそれら全て、【雷砕】の球体に接触し消し飛ばされる。
距離を詰めて斬りかかろうという選択はない。どのような方向から攻めても間違いなく防がれるだろうし、至近距離で【雷砕】が砕けたら回避できない。
(たった一つ、神威絶技を使われただけで、これほどの差が出るのかよ……!)
帝の口から出たハンデを聞いたとき、さすがに優斗は少し気分を害した。
【掌握】に至った雄斗は【神解】状態のマリアやグレンとも──短時間ではあるが──ある程度は渡り合える。いかに高天原最強の軍神と言えど神威絶技一つだけしか使用せず雄斗と戦うなど、さすがにこちらを舐めすぎていると。
だが帝の言が正しかったことを雄斗は今、痛感している。一つだけで十分すぎる。雄斗を圧倒しているのだから。
「……なるほど」
何とか一撃食らわせる術はないかと逃げながら雄斗が思案している最中、突然頼光は【雷砕】の球体を、手にしていた神具を消す。
それを見て雄斗は面食らい、玉座からは疑問が飛んでくる。
「頼光。何故戦うのをやめる?」
「これ以上は無駄です陛下。勝負になりません。
それに鳴神は雷のそのものに対して、何も意志を込めていません。彼が神威絶技を発動できない理由はそこにあるのでしょう」
冷や水のような頼光の声音。
先程の武人の賞賛とはかけ離れた呆れと失望が強く感じられ、思わず雄斗は眉を吊り上げる。
「意思を込めていないって、どういう意味だよ……」
「鳴神、君はアナーヒターやガウェイン、仲間たちから神威絶技をどうやって使用しているか、話は聞いているか」
「当然だ。神威絶技は使用者が保持する神威を思い描いたとおりに発動する技だろ」
「そうだ。だがその前に一つ、決めなくてはいけない。お前にとって雷が何なのか」
「……何?」
「神威とは名の通り神の力だ。しかしその力が何なのかを規定することでより力は強まり、神や神具、神財の持ち主は神威絶技を放てる。
戦ってわかった。お前は神威である雷を、ただ雷としてしか思っていない。それでは神威絶技を放てないのも当然だ」
「意味が分からねぇ……。雷は雷だろ」
そう言った雄斗へ、頼光はやはり表情を動かさず、生徒を叱咤する教師のような音声で言う。
「不勉強だな鳴神。雷は古来より様々なものに例えられてきている。例えば剣や矢などの武具、他の多元世界では動物にもだ。
お前にとって雷が何なのか、それを決めない限り神威絶技はいつまでたっても使用できず、【万雷の閃刀】の本来の力も発揮できないだろう」
断言する頼光。それに雄斗が押し黙ったその時だ、謁見の間に軽い声が響く。
「まぁ説教はその辺にしておこうか頼光。まだ17の若造。長い目で見てやろう」
「なっ!?」
「え、ええっ!? ど、どうして……」
玉座の横にある袖より姿を現した人物を見て雪菜、そして晴之の二人が何故か驚愕する。
作務衣に草鞋と言ったこの場にあまりにも似つかわしくない恰好をした白髪の老人。軽薄そうな笑顔を浮かべており、一見するとそこらにいる老人にしか見えない。
しかしこちらへ歩いてくる所作は武人のそれであり、足腰もしっかりしている。放つ雰囲気も眼前の頼光に似ている。
だが、何より雄斗が気になったのは、懐かしい視線を雄斗の右腕──【万雷の閃刀】に向けていることだ。
「あなたは姿を見せないはずではなかったのですか」
「いやなーに、可愛い後輩がいじめられているのを、見ていられなくなってのう。
陛下も何も言わないし、いいじゃろう」
そう言って老人は横目で帝を見る。不敬極まりない態度だが高天原の支配者は苦笑するだけだ。
そして老人は雄斗の前にやってきて、名を告げる。
「初めましてじゃな鳴神雄斗。儂こそ【七英雄】筆頭にして世界最強の剣士、叢雲明じゃ。
そして久しいな【万雷の閃刀】。──いや、万」
「ふん、貴様も変わらんな。それと俺のことを勝手に万と呼ぶな」
唐突に発せられる【万雷の閃刀】のつっけんどんな声。しかし明は嬉しそうに微笑むだけだ。
こうして雄斗は、初代【七英雄】であり【万雷の閃刀】の初代所有者と、出会ったのだった。
次回更新は5月13日7時です。