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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
二章 嵐の後に花は咲く
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二話






「あ、グレンさん」

「やぁマリア。それに【清浄なる黄金の聖盾アルドウィー・スーラー・スクード】のみんなも」


 指令室前で雄斗はグレン、そして雪菜の顔を見る。


「どうして二人がここに? 指令に何か用事でも?」

「いや、エドガー様から呼び出しを受けたんだ。でも君たちと鉢合わせをしたところを見ると、もしかして僕たちと合同任務なのかな」


 部隊長二人が話す中、雄斗はこちらを見ている雪菜へ完治した左手を見せる。先日の商船襲撃から数日たった現在、すっかり直った左手には傷一つない。

 しかし彼女は眦を下げて俯き、視線を逸らしてしまう。それを見て雄斗は心中で苦笑する。


(気にするなって言っているんだけどな)


 先日の負傷以降、雪菜はこんな調子だ。雄斗にマリア、グレンはもちろん部隊のメンバーからも励まされているのだが、どうにも元気がなく、そして雄斗を避けている。

 グレンやマリアから少し時間を置いたら元に戻るから心配いらないといわれているが──


「【天輝四団ルーメン・クアットロ】との合同任務か。どんな難敵がいるのかねぇ」


 わくわくするような顔で言うルクス。

 【天輝四団】とは【アルゴナウタエ】に存在する戦闘部隊の中でも、実力と実績を兼ね備えた神を長とし、それに匹敵または比肩する団員で構成されている四つの上位部隊だ。

 マリアの【清浄なる黄金の聖盾】やグレンの【戦火を切り裂く閃剣バトル・グウルヴァーン】がそれにあたる。


「戦闘狂は気楽でいいね。はぁ、また本を読む時間が無くなる……」

「ともあれここで話していてもしょうがない。指令に話を聞くとしよう」


 ため息交じりにいるソフィアの横でニコスが言い、雄斗たちは指令室に入る。

 室内にはいつもの如くエドガーが書類仕事をしている。彼は入室した雄斗たちに「少し待て」と言い、厳しい表情を手元の資料に向けている。

 数秒後、彼はその書類を横にどけ、雄斗たちに向き直る。


「さて、こうして呼び出したのはほかでもない。君たち全員に【高天原たかまがはら】へ出向してもらいたい」

「【高天原」?」


 そう呟き、雪菜は慌てて口を抑える。故郷の名を聞き、思わず零れてしまったという様子だ。

 エドガーはそれに言及せず小さく頷くと、少し視線を細めて言う。


「数日前のことだ。【高天原】にて【狂神きょうしん】の発生が確認された。それも二柱も」


 司令より告げられた言葉に雄斗はもちろん、マリアやグレンさえ大きく目を見開く。

 【狂神】とは名の通り狂った神だ。時々各世界に出現しては正気とは思えぬ所業や惨劇を引き起こす。

 その発生原因は二通り。一つは未回収だった神器が周囲の魔力を吸い続けて生み出し、もう一つはその神に深い所縁の土地から自然に発生するといったものだ。


「二柱も……その神は」

「【失われた世界ロスト・ワールド】の一つ【アラム・カルデア】の主神にて暴風神エンリル、【ユグドラシル】の大地の女神ヨルズ。

 その二柱の神を鎮め、神器を回収してもらいたい」


 【異形種大戦キメラ・ウォー】は記録されている歴史史上、最大の大戦とされている。幾人もの神々が【異形種】に斃されたこともあるが、最大の理由は無数の多元世界が消滅、または人が住めないほどに荒廃したからだ。

 そしてそんな世界を現代では【失われた世界】と呼んでいる。そしてその滅びた世界に存在していた神々やその末裔、民たちは無事な多元世界に保護されている。

 もっとも全ての神々がそうではなく、大戦の最中に行方知れずになった神器は──どういった理由かはわからないが──様々な場所に出現し、周囲に漂う魔力を吸い続け、今回のように【狂神】を生み出すのだ。


「エンリルにヨルズか……」

「後者はともかく前者はビックネームだな。腕が鳴るぜ」

「ヨルズも結構厄介だよ。地母神でありながらも雷神の側面も持つし」


 エドガーが告げた二柱の名前を聞き、皆それぞれの反応を見せ、雄斗も眉根をひそめて腕を組む。


(神器の回収か。いつかやるだろうとは思っていたが)


 【アルゴナウタエ】を始めとし、あらゆる世界や組織の最重要任務の一つが神器の回収と保護である。

 神器とは人が神に至るための器だ。神器に選ばれ、その者がその器を受け入れるにふさわしい力と資質を示した時、神器はその人物と融合し、人は神となる。


(しかも【狂神】二柱が相手か。これまた難題だな)


 生み出される【狂神】はマリアの先代ファルナーズのような過去、神々だったものが顕現される。

 そしてそれが各世界の歴史に名を遺す大物だった場合、間違いなく死闘になるだろう。それこそ先日のレストディア以上の。

 グレン、マリアの二人に命令を下すのも納得──


(……ん?)


 ふと、雄斗の頭にある疑問が浮かぶ。それを問おうとした時だ、グレンがその疑問をエドガーに尋ねる。


「エドガー様。【高天原】の協力はあるのですか?」


 当然の疑問だ。【狂神】が出たとはいえその対処を【アルゴナウタエ】だけに任せるのは明らかにおかしい。

 他の世界に自分たちは対処できない、力がないですと喧伝しているようなものだ。


「もちろんだ。【高天原】からは当代のスサノオとヤマトタケルが君たちと共に事態の収拾にあたる」


 指令の口から出たその名前を聞き、何故か雪菜が肩を震わせる。


「私たちに加えてスサノオにヤマトタケルが戦うの? ……少し大げさに思うけど」

「大げさではないよ。君たちが相手をするのは【狂神】だけではない。──この件に【真なる世界】が動いているという情報もあるのだよ」


 再び雄斗たちに緊張が走る。

 数秒後、硬い声でラインハルトが呟く。


「【真なる世界】……!」

「ってことは何か。俺たちは【狂神】二柱を静めつつ、【真なる世界】の連中もどうにかする必要があるわけか。いいな、胸が躍る……!」

アナーヒターマリアガウェイングレン、スサノオにヤマトタケル。総勢四名のビックネームを関わらせるとなると、【真なる世界】も幹部【十導士じゅうどうし】を一人か二人はやってくる可能性があるんだ……」

「【真なる世界】のはっきりとした同行はわからない。ただ【十導士】の一人、当代のラーマが【高天原】で先日確認はされてる」


 【十導士】とは【真なる世界】の最高幹部たちのことだ。彼らは今の世界体制に背を向けた神々や英雄で【アルゴナウタエ】はもちろん、あらゆる組織や世界でも最重要指名手配犯に認定されている。

 そして今エドガーが口にしたその一人であるラーマ。インド神話の原型となった多元世界【ヴェーダ】出身の神である彼は【真なる世界】の中でもっとも有名な人物であり、その戦闘能力は当代の神々の中でも抜きんでているという。


「なるほど。マリアとグレンの二人に頼むわけですね。

 ロンとは先日【異形王】と交戦して負傷、ネシャートは【ヌトゲプ】への長期遠征から帰還したばかり。要請に応えられるは二人だけということですか」

「君たちが動けないようであればディアボロに話をするつもりだったが、それはあくまで最終手段としておきたい。──余計ないざこざを起こしかねないからね彼は」


 エドガーの言葉に強く頷くマリア、ニコス、グレン。それを見てどんなヤバい人なのかと雄斗は思う。

 ディアボロ。雄斗も名前しか聞いたことがない当代の【七英雄】の一人。【アルゴナウタエ】最強と言われ、また現在の多元世界でも片手で数えられる数しかいない【神殺士しんさつし】であるそうだが──


「あのエドガーさん。スサノオとヤマトタケルが協力してくれるのはわかりましたが、それだけですか?」

「ああ。現在【高天原】は【異形種】の活動が活発化しており各地を収めている神々を迂闊に動かせない状況だという。

 そんな中、私達【アルゴナウタエ】に協力できるのはその二柱だけだとのことだ」


 エドガーの言葉に明は頷き、眉を潜める。

 【狂神】だけなら今の人員で問題はなかった。だが【真なる世界】が加わるとなると、正直心許ない。

 というのも【十導士】の強さは並外れており、推定ではあるがその強さは並の神三人分に相当するという。確認されている【十導士】が一人、テスカトリポカは以前四柱の神々と戦い、返り討ちにしたという。

 しかしやはり、それ以上に厄介なのが【狂神】だ。眉根を潜める雄斗をルクスが揶揄するように言う。


「何だよ雄斗。ビビってんのか?」

「警戒しているだけだ。【十導士】もだが【狂神】の正確な強さもはっきりわからないんだぞ。

 最悪【狂神】一柱だけでも、ここにいる全員が挑んでも勝てないほどの怪物の可能性だってある」


 【狂神】の厄介なところは過去のどの神に変貌するか、どのぐらいの強さか、全く分からないところだ。

 過去、たった一柱の神で倒された話もあれば、雄斗たちのように複数の神を有していたチームが全滅したという話もある。


「鳴神君の懸念はもっともだ。だがその心配はない。

 このメンバーで十分対処できると【万来への布告ポーポロ・インフォルマツィオーネ】の【宣託せんたく巫女みこ】より神託を受け取っている」


 【万来への布告】とは【アルゴナウタエ】の情報部署の名称だ。

 各世界のさまざまな情報を入手、または危険なことを予知してはエドガー達や【アルゴー】に住む人たちに知らせている。マスメディア専用チームというべきものだ。

 そこに所属する者たちは【宣託の巫女】と呼ばれ、彼女たちは【時間視】の異能を持った人のみで構成されている。

 【時間視】とは名前の通り時間──過去、現在、未来を見ることができる魔眼のことだ。

 他の多元世界にも類似の組織は当然あるが、それらと比べても的中率は高く【アルゴナウタエ】の生命線というべき人もいる。


「改めて言おう。君たちの任務は【高天原】にて発生した【狂神】二柱、エンリルとヨルズを【高天原】の軍神スサノオと英雄ヤマトタケルと協力して鎮め、かの神の神器を回収すること。

 そしてもし【真なる世界】の邪魔が入った場合、彼らを排除、または捕縛することだ」

「ラーマの野郎をぶっ倒してもいいんだよな」

「可能ならばね」


 鼻息荒く言うルクスにエドガーはそっけない口調で答える。

 できるものならやってみろというその態度に赤髪の少年は視線を鋭くするが、小さく息をついて口を噤む。


「ちょっと疑問。それなら何で【戦火を切り裂く閃剣】はグレンと雪菜の二人だけなの。そっちもフルメンバーできたほうがいいと思うけど」

「ソフィアの言う通りだ。しかしこちらもやるべきことがあるため上位部隊二つを丸々貸し与えるわけにもいかない。よって今回はこのメンバーとなった」

「叢雲が選ばれたのは、故郷だからですか」


 雄斗がそう言うと、エドガーは何故か少し意地悪そうな顔になって頷く。


「戦力としても見込んでいるがそれもある。あと【高天原】の帝直々から、叢雲家から叢雲君と鳴神君は絶対招集しろと言われていてね」

「俺もですか?」

「当代の【万雷の閃刀】の担い手をこの目で見たいそうだ。それと神威絶技が使えないにもかかわらず【掌握】に至った君の様子が気になるということだ」

「……そっすか」


 乾いた笑いをこぼす雄斗。己の恥部は他世界にまで知れ渡っているのかと思い、憂鬱になる。


「それにしても【戦火を切り裂く閃剣】からはグレンと雪菜だけ。デュークがうるさそう……」

「その心配はないわ!! 私が説得するから!」


 突然聞こえた声とともに部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。

 雄斗たちは肩をびくつかせ後ろを振り向く。すると部屋の入り口には二人の男女の姿があった。


「デューク君たち【戦火を切り裂く閃剣】のメンバーはこの私、【世界を癒す神輪イラジュ・セイワール】部隊長ネシャート・レイン・ハトホルと【秩序を貫く神槍タクス・ロンヒ】部隊長ロン・エアハルト・アレキウスが責任をもって管理するから心配無用よ!」


 そう言うのは活発な雰囲気の褐色美女だ。成人男性並みの長身でありながらもその肢体は豊満で、女性の色香が溢れている。そして頭部には亜族、牛人の証拠である牛の角を左右に一本ずつ生やしている。

 彼女はネシャート・レイン・ハトホル。エジプト神話の元となった多元世界【ヌトゲプ】の女神ハトホルであり、戦闘部隊の上位四部隊【天輝四団】が一つ、【世界を癒す神輪】の部隊長を務めている。


「私たち二人はちょっと疲れているけど、ちょっとだけ。今回の話も私たちが行ってもよかったけど、いろいろな事情であなたたちに任せるわ。

 あなたたちは何の心配もなく、任務に従事しなさい! そう、ラー様が所持する【太陽の船ヌール・バーリジャ】に乗ったつもりで!」

「【太陽の船】は【異形種大戦】の折、破壊されたんじゃなかったか……?」


 陽気なネシャートに無表情──というよりも呆れたような視線を向けているのは【天輝四団】の一つ、【秩序を貫く神槍】の部隊長ロン・エアハルト・アレキウス。

 【オリュンポス】の英雄神アレキウスの血を引き、当代のアレキウスでもある。

 陽気な雰囲気であるネシャートとは対照的に無表情なロン。しかし当代の英雄の一人なだけあって放つ空気は戦士のそれであり、戦闘時でもないのに隙といったものが見当たらない。


「というわけよマリア。あなたたちの帰るところはしっかりと私が守っておくから、頑張ってきなさい!」

「は、はい。よろしくお願いしますネシャートさん」

「【狂神】に【真なる世界】の【十導士】。苦労するだろうがグレン、お前ならやれるだろう」

「全力を尽くしますロンさん。それとデュークたちのこと、よろしくお願いします」


 言葉をかわす【天輝四団】の部隊長。後輩を先輩が励ますような様だが、事実ネシャートたちは三十代。同格とはいえマリアやグレンからすれば頼れる先達である。


「それでは諸君、【高天原】への出向、よろしく頼む。

 皆と再び会えることを、心の底から願っているよ」






◆◆◆◆◆






「そこで止まれ。アルシュ・シャンティー・ラーマ」

「我らはタケミカヅチ直属部隊、【布津人ふつと】のものだ。無駄な抵抗はやめて、大人しく縄につけ」

「……正面と背後にいる君たちを含めて、周囲に二十六人いるようだね」

「……!」

「貴様……!」

「忠告するよ。一刻も早くこの場から離れたほうがいい。そうすればもしかしたら誰も死なずに─……」

「が……!?」

「な、い、息、が……!??」

「……。遅かったか……」

「ようラーマ。大丈夫だったかー?」

「タケル。彼らは皆、死亡したのかい?」

「ん? ああ。きっちり始末しておいたぜ。

 それよりもとっとと離れるぞ。頼光の奴がここに来れば面倒だからな」

「ああ。……ただタケル、前にも言ったが僕は無益な殺生は好まない。

 こういう真似はできる限りやめてくれ」

「はいはい。次からは気を付けるって。それとお前も、タケルって呼ぶのはやめてくれよ。

 ヤマトタケルみたいでムカつくだろ」

「……そういえばそうだったね。失念していた。ごめん」

「まぁいい。さっさとヒルデブラントの奴と合流しようぜ」

「彼も来ているのかい? この一件に【十導士】が三人も?」

「まーただ単にエンリルの神器を回収するだけなら俺たち二人でもよかったと思うけどな。

 今回、例の実験を執り行うことが俺たちが【高天原】に旅立った後、急に決まったそうでな」

「そうか……」

「もし成功したら俺たちの活動も活性化する。そして俺たち【真なる世界】が官軍になる日も近づくだろうな」

「そう事は簡単には運ばないと思うよ……」

「まぁそうだけどよ。とにかく、そうなるよう頑張ろうや。

 俺もお前も、そのために【真なる世界】に加わったわけだし」

「ああ、そうだね……。本当に、正しい世界を作るために、僕たちは今動いているのだから」






次回更新は5月10日7時です。

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