一話
「40点……」
テーブルの上に置かれている問題集を解いた結果をつぶやき、雄斗は項垂れる。
手元にあるそれは【アルゴナウタエ】が発行している【オリュンポス】語の問題集だ。【アルゴナウタエ】に配属された初日に行った試験の後にマリアが渡してきたのだ。
「鳴神君は多元世界の語学成績が駄目駄目だからね。これでしっかり勉強してね」
「最低でも二言語ぐらいは話せるようにならないとね。【通訳】の魔術に頼ってばかりもよくないし」
その時マリアは少し困ったような顔で、ソフィアは冷ややかな眼を向けてきて、こう言った。
「【通訳】の術を使えば意思疎通はできるわけだし、無理して勉強する必要はないと思うんだがなー……」
天井を仰ぎ、ぼやく雄斗。思わずはあっと大きなため息をつき、慌てて口を抑える。
ゆっくり周囲を見渡し、こちらを睨んでいる人がいないことにほっと息を撫でおろす。
不自然な静寂に支配され、無数の本棚に机がある空間。雄斗のように机に腰を下ろして勉強したり本を読んでいる人の姿があるここは【アルゴナウタエ】内にある大図書館だ。
「30点……」
しばらくして新たに解いた【ティル・ナ・ノーグ】語の問題の採点結果が、雄斗の口から力ない言葉で漏れる。その後も続けて【ユグドラシル】、【アヴェスター】、【ヴェーダ】と続けるも点数が50を超えることはない。
良くて40後半、悪いものは20点台のものもあった。最後に解いた【高天原】の問題集は日本語と似ている部分もあり60台の点数となったが、マリアたちから日本出身の人間なら80台は固いと言われているので気分が晴れることはない。
(数ヵ月勉強してこれかー……)
中学時代はどれも60点ぐらいは取れていたのだが。ブランクがあるとはいえ、数ヵ月真面目に勉強してこの結果はさすがに落ち込む。
テキストは壊滅状態の雄斗。では実際喋るのはどうかといわれたらそちらはテキストよりは少しましではある。
単語を頭に叩き込んでいる雄斗は相手が何を言っているのか多少は理解は出来る。ただマリアたちと会話の練習をしたとき細かな意思疎通や言い回しが出来ていなかったり、話した言葉がまったく別の意味となっていたこともあった。つまり会話もテキストほどではないが勉強必須レベルなのだ。
間違いだらけのテキストを横に置き机に体を乗せて、小さく呻く雄斗。とそこへ声がかかる。
「鳴神さん、こんにちは。お勉強中ですか?」
「これはこれは……」
顔を上げれば【アルゴナウタエ】の制服を着た雪菜と彼女の部隊長であるグレンの姿がある。
二人は机に突っ伏していた雄斗の正面に座る。そしてグレンは机に置かれている雄斗の問題集をぱらぱらとめくり、言う。
「マリアがぼやいていたのを聞いてはいけど、これは想像以上だね。
僕の部隊で一番語学が低い雪菜でも、もう少しは取れていたよ」
「そーですか。流石だな叢雲ー。見事だなー」
「グ、グレンさん、鳴神さんが死んだ魚の目になっているのでその辺にしておきましょう。
鳴神さん。大丈夫です。テストの成績が悪くても意思疎通ができれば問題ありません!」
励ますつもりなのか大きな声を出す雪菜。直後周囲から責めるような視線が集まり、彼女は恐縮。慌てて周りに頭を下げる。
「まぁ、そう落ち込むことはないよ。他世界の言語を学ぶのには皆、苦労しているしね。
僕も生まれ故郷である【ティル・ナ・ノーグ】に【ユグドラシル】、【オリュンポス】語は筆記も会話も問題ないレベルだけど、他は片言レベルだしね」
「わ、私も【高天原】は問題ありませんが他はちょっとアレな点数で、まだまだ勉強不足です!」
「そうか、叢雲も苦労しているのか……。──ちなみに何点だった?」
「あ、はい。60~70点ぐらいです」
「裏切者。饅頭をのどに詰まらせて死ね」
「えええっ!?」
再び雪菜に突き刺さる周囲からの視線。彼女は先程同様、周りに謝罪する。
「ところで二人は何をしにここへ? まさかわざわざ俺をいじめに来たわけじゃないですよね」
「ははは、さすがにそんな理由ではないよ。レオニダス様に頼まれて魔導人形に関する書籍を探しに来たんだ」
「魔導人形の? そりゃまたどうして」
魔導人形とは文字通り、魔力で動く人形のことだ。簡易ではあるが人工知能を備えてあり、人はもちろん動物の形を成したものもある。
【アルゴナウタエ】にも配備されており、一部の建物の守衛やガードなどをしている。魔術師の代役が務まるような強力な機体も存在している。
もっともそれらは雄斗たちではなく一般の民に対するものだ。【アルゴナウタエ】に存在する神々や神具、神財使いには到底及ばない。
「なんでもまた【真なる世界】が新種の魔導人形を作ったようでね。
それへの対策と研究、あとそれを上回る性能の魔導人形の製造を【アルゴナウタエ】でも始めることになったそうだ」
「【真なる世界】ですか……」
グレンの口から出たテロリストの名前を聞き、雄斗は眉を顰める。
今の世界は偽りの世界。真に正しき世界へ全ての人々を導く。そんな謳い文句で各世界でテロ活動を行っているのが【真なる世界】だ。
各多元世界の強力な神が幾柱も所属してるらしく、無数にあるテロ組織の中でもっとも危険で、注意すべき組織として名が知られている。
「しっかしレオニダス様──当代の【七英雄】のお一人の主導とは。そんなにヤバい性能なんですか新型は」
「いや、主導するのはレオニダス様のお弟子の一人だよ。新型も以前のに比べて驚くほどの差はないよ。
レオニダス様も「弟子に真面目に手伝っている風に見せかけるため、それらしい資料を適当に見繕ってきてくれ」って言っていたからね。乗り気ではないんだろう」
「適当ですね……」
呆れる呟く雄斗にグレン、雪菜も苦笑する。
「あの方はもっぱら神造神具や疑似神具など、僕たち人が扱う道具を作ることに情熱を注がれているからね。魔導人形のような存在はあまり好きではないようだよ」
「お弟子の方がやる気に満ち満ちていて鬱陶しいとまで言っていましたものね……」
「そんなセリフ、各世界のお偉いさんに知られたら大問題だな」
小声でそんな雑談をする三人。
その流れから当代の【七英雄】たちの話を続けていると、図書室にいつもの警報とは違う音が鳴り響く。
急かすようになる響くこの音を聞いて雄斗たちの表情が引き締まる。
「この警報は……確か」
「民間船の緊急救助警報だね」
視線を鋭くしたグレンが言う。そして直後、図書室の隅に備え付けられているスピーカーからグレンや雄斗、戦闘部隊メンバーへ緊急招集がかかる。
「グレンさん!」
「ああ雪菜、行こうか。鳴神君、手を僕に向けてくれ」
「? はい」
今まさに走り出そうとしていた雄斗にグレンが言う。
とりあえず言われた通り手を伸ばすとグレンはその手を掴み、一言。
「【閃光は世界を奔る】」
彼の言葉と同時、周囲が眩く輝く。
そしてその輝きに思わず雄斗が目を閉じ、次に開いたとき、雄斗とグレン、雪菜は最下層にある艦船収納デッキにいた。
「今のは……」
「僕の神威絶技の一つだよ。行ったことのある場所に一瞬で転移できるものさ。
さ、行こう」
先導するグレンの後を追う雄斗と雪菜。
警報が鳴り響く中、発進出入口の近くまで来ると、そこには見覚えのある人物がいた。
「ようグレン。相変わらず速いな」
神具二つをフル装備したルクスがニヤリと微笑む。今にも戦う気満々の様子だ。
「君もね。準備も万端。いつでも飛び出せそうだ」
「俺としてはそうしてもいいんだが単独で飛び出すのは規則違反だからな」
「……らしくないことを言っているな」
ルクスの言葉に思わず雄斗は目を丸くする。
目の前の男は戦いとなると、規則など平然と無視をする。許可なく戦い、マリアから罰則──主に減俸──を受けているところをこの数ヵ月で何回も目にしてきた。
「リューンの誕生日も近いし、余計な罰則を食らって減俸は避けたいからな」
焦れている顔で言うルクス。どうやら改心したわけではないようだ。
雄斗と同じことを思ったのかグレンは「マリアも大変だ」と呟き、雪菜は微苦笑している。
「とはいえお前たちが来てくれたのは幸運だ。四人いれば出撃できるからな。さっさと準備しろ」
「ちょっと待てルクス。出撃するのはいいが、一体何があったんだ?」
「【アルゴナウタエ】に来る商船が【異形種】に襲われたそうだ」
商船は月に数度、各多元世界から【アルゴー】にやってきては必要な物資の搬入と、ここでは入手できない他世界の珍しい、貴重な品々を販売している。
もちろん何事も無いよう厳重な護衛が配備されており、たいていの場合は何事もなく到着するのだが、まれに今日のようなことが起こる。
「俺たちのやることは商船を襲う【異形種】の殲滅と商船の護衛だ。殲滅は俺がやるから護衛はお前達三人に任せた」
「いや、さすがに君一人に任せてばかりは悪い。僕も殲滅の方に加わろう」
「いらん。というかお前がいると俺の戦う機会が少なくなる。邪魔だ」
「まぁそう言わずに。万が一とはいえ、君に何かあった場合、マリアやエドガー様に申し開きができない。
もし戦い足りなければあとで僕が相手をするから」
「──よし。その約束、忘れるなよ」
勝手に話を進める二人。とはいえ面倒な殲滅をしてくれるというなら雄斗としては異論はない。
ルクスにグレンが加わるのであれば、たとえ相手が【異形王】でも問題ないだろう。
「というわけで僕とルクスが【異形種】の殲滅を行う。
二人は商船にいるであろう魔術師と協力して船の防衛を頼むよ」
「了解」
「わかりました」
雄斗たちが頷いたのを見てグレンは小さく笑むと管理所へ連絡。眼前の扉がゆっくりと開き始める。
そして扉が開ききり、【次元の狭間】の異臭が船内に吹き込んでくるのを感じながら、四人は船底から飛び出す。
(いたぜ。情報通り群がられているな)
飛行の魔術で次元の狭間を飛ぶこと数分、グレンの念話の通りの光景が視界に映る。
巨大な貨物船のような船の周囲に無数の【異形種】がまとわりついていた。前方には翼を生やした象やキリンのような大型動物型【異形種】が暴れており、後方、エンジン部と思われる場所は大量の【異形種】が集まってできた黒い雲が形成されている。
黒い雲を【望遠】の魔術で確認すれば、大量のカブトムシやトンボなど昆虫型【異形種】が確認できた。
(おいグレン)
(ああ、いるな。この群れを統率している存在が)
二人の会話に雄斗も心中で頷く。大型で船の動きを止め大量の小型でエンジン部を攻撃、最終的に船を停止させ、乗っている人々を皆殺しにする。この絵を描いた首謀者たる【異形種】は確実にどこかにいる。
しかしどうやって探すか。パッと見てもそれらしい【異形種】の姿はなく、グレンが【探知】の魔術を使うも場所は判明しない。
とりあえず【異形種】を殲滅していけばおのずと姿を見せるのではないか。そう雄斗が思った時だ、グレンが隣の雪菜に言う。
(雪菜、探せるか)
(はい。多分問題ないと思います)
(わかった、頼む。少し作戦変更だ。
まず僕が先行するから三人は近くで身をひそめておいてくれ。雪菜が首謀者たる【異形種】を発見次第ルクス、君がそいつに対処。
首謀者が襲われれば群れの挙動に変化があるだろうから、それを見て鳴神君と雪菜は混乱する【異形種】を叩きながら船の防衛に当たってくれ)
(ち、少し面倒だがわかったぜ)
舌打ちしながらもルクスは同意し、雄斗と雪菜もそれに続く。
そして並列に飛んでいたグレンはまばゆい光を放つと次の瞬間、一筋の閃光となって船に到着。そして彼より放たれる無数の光線が船全体に散らばり、【異形種】たちを屠っていく。
光線の斜線上にいなかった【異形種】たちが全方位からグレンに迫る。しかし彼は右手に光、左手に固有神具【陽光満ちる閃剣】を手にして怪物たちを次々と消し去る。
(さすがの腕前だ)
苦戦する素振りを欠片も見せず、輝きながら戦うグレンの様に、雄斗はただただ感心する。
【陽光満ちる閃剣】を片手で、時には両手で振るうグレン。ルクスと同じ長身によるパワーと迫力に溢れる剣さばきだが、ルクスにはない繊細さと自らの力で神域に達した武人が持つ、宝石のように磨かれた天稟が彼の剣にはある。
レストディアの戦いのあと数度、雄斗はグレンと二度ほど剣を合わせた。剣技と動きの速さこそ同等だったがパワーが劣っていた雄斗は一分一敗と勝利していない。
ケルト神話の元となった多元世界【ティル・ナ・ノーグ】の軍神にして太陽神ガウェインの当代である彼は、その神格通り光と剣技を武器とする。
そしてその固有神具【陽光満ちる閃剣】は両刃の剣。グレートソード型であるルクスの【炎嵐の鉄塊剣】よりは短いが長剣の部類に入り、刀身や柄は眩しい夏の日差しを思わせる黄金の輝きを放っている。
一太刀振るうたび、光の粒子を放つその切れ味は【万雷の閃刀】に劣るとも勝らないように思う。
(わかっていたが心配するだけ損だな。あれは)
グレンによる【異形種】の蹂躙から視線を外し、雄斗達三人は船まで約二百メートルと言ったところにあった巨大な岩場に着地する。
そして雪菜が手にしている神具【木花霊剣】を虹色の大地に突き刺した。両刃の刀身が淡く輝き、それはあっという間に周囲に広がっていく。
(【木花霊剣】は大地と深い所縁のある神具。これなら【探知】の魔術で見つからなかった【異形種】も発見できるはず──)
そう思いながら雄斗が【万雷の閃刀】の柄を握る手に力を込めた時だ、雪菜が閉じていた視界を開き、表情を変えず念話で言う。
(いました。商船より北東、北北東の方角に一体ずつ、確認できました。
距離はここより五百メートル。【異形種】の大きさは十メートル、いえ十二メートルです)
(それらしい姿は見えない。【透明】の魔術か、それに類似する能力で姿を消しているのか)
(さぁな。ともあれ居場所が分かったならさっさと行動するぜ!)
そう言うや飛び上がり、商船に向かうルクス。
相変わらず戦うとなれば即決即断──というよりもせっかちな彼だが、この数ヵ月の付き合いでそのタイミングがわかってきた雄斗も雪菜と共に少し遅れながらも商船の方へ飛んでいく。
「うおりゃあっ!」
矢のような勢いで商船にやってきたルクスは群がってくる【異形種】を全身から炎を噴出して一掃。そして【炎嵐の鉄塊剣】の切っ先に巨大な火球を発生させると、雪菜が言った方角へそれを投げ込む。
放たれた火球は【異形種】らを焼き尽くしながら前進、目標地点に着弾する。何もないところから爆発と炎が起き、【異形種】の気持ちの悪い絶叫が周囲に響く。
「ギュヌヌヌヌヌッ!??」
ルクスの攻撃を受け、姿を見せた【異形種】。パッと見てサソリのような形をした【異形種】だ。
サソリと大きく違うのは尾の本数だ。天に反り返ったものが二つと左右に一本ずつの計四本。そして左右に広がっている尾は脈動しながら、商船の周りにいる【異形種】たちを生み続けている。
(雑魚の【異形種】を生み出してやがる。
感じる圧は春に【アヴェスター】で戦ったA+クラスと認定された、アジの変異体ほどじゃないが面倒な相手だな)
A~Eの五段階に分かれている【異形種】のランクだが、【アルゴナウタエ】はさらに一つのランクごとに+、-と細かく区分している。
「さっさと消し飛びな!」
そう叫びルクスが【洛陽成す九つの太陽】を放つ。
初撃の火球こそ耐え、反り返っている尾からレーザーのようなものを放ち反撃していた【異形種】だが、灼熱を超圧縮した九つの太陽を思わせる火球の群にはさすがに耐え切れず、業火に包まれて消滅する。
(よし、もうこれで増えることはない。雑魚を掃討するぞ!)
(はい!)
雄斗が念話で思うと同時、雪菜と共に商船へ向かう。【異形種】を屠ったばかりの魔術師に救援に来たこと、元凶を葬ったことを伝えると雄斗は上空、雪菜は船底近くの【異形種】に突っ込んでいく。
四方から同時に襲い来る【異形種】。雄斗はそれらを全身から放出した雷撃で焼き払い、時には鳴神流剣術で両断する。
(よしよし、いい感じだ)
意のままに雷を操り、一方的に【異形種】を蹴散らしながら雄斗は心中で微笑む。
【異形王】レストディアとの戦いから二か月経過した七月現在、それなりに厳しい任務をこなしてきた雄斗の魔術の腕は以前とは比較にならないぐらい上がっていた。
【万雷の閃刀】を掌握したからだろうか、雷の魔術はほとんどが正確に、速く発動できるようになり、【万雷の閃刀】による雷撃の攻撃もかなりスムーズにはなった。
もっとも【万雷の閃刀】曰く、まだまだ駄目だという。そして雄斗もそれを自覚している。
(神威絶技が使えないんだよなー)
左の【異形種】を雷で焼き払い、右の【異形種】を両断しながら雄斗は思う。
神威絶技とは神々や神財、神具保有者が神具に宿る神威──雄斗ならば雷、マリアなら水──を行使した技のことだ。
(叢雲は。うん、相変わらず見事な剣舞だ)
全方位に雷を矢のように放って【異形種】を粉砕した後、船底の方へ視線を向けて雄斗は思う。
相も変わらず舞のような優美な動きを見せては剣閃と神威絶技を放ち、【異形種】を振っている雪菜。
巨大なクワガタ型の【異形種】を一回転して両断した雪菜。間を置かず別の【異形種】が背後、左右から迫るがそれらは地面から突き出た大地の槍で貫かれ消滅する。
神威絶技【地角】。地面など知属性のものを角のような形と変えて攻撃する技だ。
巨大な雷撃で【異形種】を数十体屠った後、再び彼女へ目を向ける。するとテントウムシに似た空飛ぶ【異形種】が空中から雪菜に攻撃の雨あられを降らせているのが見えた。
それに対し彼女は回避しながら群がってくる【異形種】を一通り片付けるとテントウムシ型へ神具を持たない左手を向ける。するとテントウムシ型の体を漆黒の渦が包み込み、その体が捩じられてしまった。
神威絶技【大地の捩手】。任意の場所に超重力を発生させて敵を攻撃する技だ。
(俺もあんな風にできればいんだが)
【掌握】したにも関わらず神威絶技が使用できない雄斗。本来、これはおかしなことだ。
神具、神財の担い手は通常、それらが宿す神威──【万雷の閃刀】なら雷──を使ううちに神威絶技を生み出しては使いこなし、極め、【掌握】に至る。
しかし雄斗は神威絶技を生み出していないにもかかわらず【掌握】に達した。マリアや仲間たちに相談したところ、はっきりとした原因はわからないが、雄斗は魔術、魔力の才能とそれを扱うセンスが著しく低いことも大きな理由ではないかと言っていた。
神威絶技を生み出すきっかけは当人が魔力、魔術を自分がどのように扱うか強くイメージすることだという。今のところ雄斗は雷を剣に変えるぐらいはできているが、それが神威絶技だとは思わないし、仲間たちも同意見だった。
(稲妻を己がどのように扱いたいか、か。そんなこと今まで、考えたこともなかったからな)
戦ううちにわかってくるとマリアやラインハルトは励ましてくれたが、【掌握】に達して二か月、未だはっきりとした形は出ない。
日本神話最強の軍神、タケミカヅチより生まれし神財【万雷の閃刀】。万の雷霆を収めたとされる宝剣を完全に使いこなす日はまだ遠そうだ。
(って、あと十ヶ月足らずで手放す俺が、そんな心配をしてもしょうがないか)
まるで長く付き合うことを考えている自分の考えに雄斗は苦笑する。そして余計な考えを振り捨てて、残り少ない【異形種】に向かっていく。
そしてほどなくして商船にまとわりついていた【異形種】は殲滅。雄斗たちに先導されて船は無事、【アルゴー】に到着する。
「ふー、とりあえず助けられてよかったな」
「ええ、本当に」
艦船収納デッキに戻ってきて大きく息をつく雄斗。雪菜も戦闘時の緊張が抜けた、いつもの可愛らしい顔で微笑んでいる。
「さて、とりあえず任務終了の報告に行くか。グレンは商船の船長たちとの話し合いで忙しいし、ルクスの奴はいつの間にかどこかに消えてしまったからな」
「そうですね」
雄斗の言葉に雪菜は微苦笑して背を向ける。雄斗もその彼女の後をついていこうと彼女の背中を見た時だ、大きく目を見開く。
彼女の背後には翼を生やした一匹のサソリがいた。体こそ普通のサソリと同じ大きさだが、尾の先に生えている刃のような突起物は大型ナイフのように太く分厚い。
これが【異形種】であることはすぐにわかった。つい先ほど雄斗は、これの数十倍大きい個体を何体も葬ったからだ。
そしてその刃物の切っ先が今まさに、雪菜の首元に向けられていた。
「叢雲っ!」
雄斗は叫び、考えるより先に動いた。同時に【異形種】のナイフが雪菜に向かう。
ずっ、と刃物が肉に突き刺さる感触と痛みが、雄斗の左手に生まれる。【異形種】の刃物を雄斗が伸ばした左手で防いだのだ。
「……え」
振り返る雪菜。その白い肌に雄斗の左手より生まれた鮮血がかかる。
雄斗はそれを見て一瞬、【異形種】の尾が彼女を傷つけたのかと肝を冷やしたが、自分の手から噴き出したものと分かり安堵。
そして尾が突き刺さった左手から雷撃を発し、サソリを消し飛ばした。
「痛ぅ……!」
思わず左手を抑え、腰を落とす雄斗。
そこへようやく、何が起こったのか理解した雪菜が血相を変える。
「鳴神さんっっ! ああ、左手が……!」
「大丈夫だ。こんなのかすり傷みたいなものだ」
「でも、でも……! ごめんなさい! ああ、私、わたし……!」
「本当に大丈夫だ。毒もないようだし治癒魔術ですぐに治る。気にするな」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」
今にも号泣しそうな彼女を雄斗は安心させるよう何度も宥める。
しかし彼女は落ち着くまで、かなりの時間を要するのだった。
次回更新は5月7日7時です。




