プロローグ
その剣を始めて見た時、叢雲雪菜は綺麗だと思った。
雪菜が【アルゴナウタエ】に出向する直前のことだ。【ムンドゥス】の日本国と生まれ故郷である【高天原】が年に一度行う、若手限定の武芸交流試合に招待されたのだ。
両世界とも十名ずつ出しての勝負は【高天原】が優勢だった。雪菜を含めた九試合のうち勝利は七つに引き分けが一つ、敗北はたった一つだけだったのだ。
そして最後の試合も雪菜たち【高天原】が完勝──いや秒で終わると思っていた。何せ【高天原】の最後の武人は雪菜の兄であり、18の若さで当代のスサノオとなった若手たちの中でも別格の実力者だったからだ。
しかし兄と最後の相手の彼が数合、剣を交えた瞬間、勝負は長引くと確信した。兄が──相手がただの人であることを考えてか、幾分か手を抜いていたとはいえ、彼が放った剣は兄のそれを上回っていたからだ。
神である兄に比肩する実力者である彼の剣筋を、雪菜はハッキリと捉えることはできなかった。ただ閃光、雷撃のように速く鋭い。そして綺麗な太刀筋だと思った。
天賦の才が血をにじむ努力、そして幾多の死線によって鍛えられた剣技。神すら殺めるであろう太刀筋を前に、雪菜は子供ような感想を抱くことしかできなかった。
兄もすぐに本気を出してその剣士と打ち合った。流石に本気を出した兄を相手に相手はやや押されていたものの、最後の最後まで攻めの気概を失わず、真っ向から剣を振るっていた。
勝負は引き分けとなり、兄は彼にいたく感激していた。雪菜もいち剣士として彼と少し話して見たくなったが、その後催された交流パーティに彼の姿はなかった。
なんでも急用ができたらしくあの後すぐに帰ってしまったのだという。兄はもちろん、自分と同じく彼と話すことを望んでいた【高天原】の人間たちは残念がっていた。
「鳴神雄斗と言うらしい。なるほど、まさにその名の通り稲妻のような剣士だったな」
雪菜が彼──雄斗の名前を最初に聞いたのは、その時だった。