エピローグ
『退院、おめでとうー!』
子供たちと仲間たちの揃ったその声を聞き、雄斗は照れ臭そうにしながらも笑みを浮かべる。
レストディアの戦いのあと、当然ながら雄斗は病院に入院した。しかしマリアの尽力や病院の手厚い看護や治療により二週間で退院し、こうして退院祝いパーティを開かれていた。
「ありがとう。それにしてもみんな元気だな。安心したよ」
自分の部屋に集まっている以前と変わらぬ活気がある孤児院の子供たちを見て、雄斗は言う。
先の戦いの後、リタや孤児院の皆は住居を西部地区にある緊急用仮設住宅に移していた。【異形王】との戦いにより住んでいた孤児院が破壊されたからだ。
同じ船内とはいえ孤児院と仮設住宅の環境は大きく違う。子供たちに何かしらの影響があるのではないかと思っていたが──
「そりゃあ孤児院があんなになって悲しくないわけないよ。
でもユウトのおかげでみんな生きてる。いつまでもしょげていられないよ」
そう言ったのは活気に満ち溢れているリリだ。彼女の言葉に周囲にいる子供たちも頷く。
幼いながらもたくましいその姿を見て雄斗は自然と頬が緩む。
そしてリリは沢山の料理が並んでいるテーブルに手招きして、言う。
「約束通り、ユウトの退院祝いに美味しい料理をたくさん作ったよ。さぁ、おなか一杯食べてね!」
「……うーん。あまり美味しくない」
「え!? う、嘘!?」
「嘘だ。美味いぞ。──うお! つかみかかってくるな!
っておい! 何故皆まで群がってくる!?」
「リリちゃんをいじめた罰だー!」
「やっちまえー!」
「ちょ、お前ら! 俺はついこの間まで怪我人! ……リタさん、マリア、こいつらを止めてくれ!」
「あらあら。人気者ね」
「それぐらいいつもの鳴神君なら大丈夫」
「そんな生暖かい笑顔で言われても! ──いてて! わかった、俺が悪かった。美味しい料理をありがとうー!」
「超美味しい料理でしょー!」
「そうだそうだ、この味音痴めー」
「要求が跳ね上がってないか!? ぬあああー!」
いくらかのすったもんだがありつつもパーティにはにぎやかな声が響く。
しばらくして子供たちがルクスたちに分散、それを機に雄斗は一息つくためこっそりと抜け出し、ベランダにやってくる。
日が落ちる夕暮れ時。静かに吹く優しくも冷たい風で火照った肌を冷ましていると、かすかな引き戸の音が響く。振り向けばマリアの姿があった。
「お疲れ様、鳴神くん」
「ああ、まったくだ。ちょっとからかっただけなのに砂糖に群がるアリみたいに向かってきて。
戦ったときと同じくらい疲れたぞ……。てか少しは助けろよ」
「散々リリちゃんに意地悪した罰です」
そう言ってマリアは小さく笑う。どうやらゼリーのレシピを渡した時のことも聞いているようだ。
ちなみに今日の料理にもあのゼリーは用意されていた。当然ながら美味しく、見事に味は再現されていた。
大きな笑い声が聞こえ、雄斗たちは視線をリビングに向ける。室内では【清浄なる黄金の聖盾】のメンバーや雪菜と子供たちが戯れている。
皆、楽しそうにしている。笑顔を浮かべている。それを見て雄斗とは改めて笑みを浮かべる。
(よかった……)
改めて思う。この子たちを一人も失わずに済んでよかったと。命を張ったかいがあったと。
そう雄斗が思っていると、突然マリアがこちらへ小さく頭を下げる。
「鳴神君、みんなを──わたしの家族を守ってくれてありがとう」
「? あいつらを守ったのは俺だけじゃない。お前や叢雲の協力もあったからだろ」
「でも一番体を張ってくれたのは間違いなく鳴神君だよ。君が死力を尽くしてくれなければわたしがやってきたとき、皆がどうなっていたかはわからないし。それに【異形王】への止めも放てなかった」
「俺が時間を稼がなくても、あの状態を維持していればルクスたちが駆けつけてくれたし、何とかなったとは思うが……」
「──とにかく、わたしは、鳴神君に、感謝しています。それは覚えておいて」
ぐいっと──少し眦を上げた──顔を近づけたマリアは、強調するように一言一言区切って言う。
精緻な美貌が至近距離に近づき、思わず雄斗は心臓が高鳴る。目を逸らそうにも逸らさせない雰囲気にマリアに雄斗は小さく息を吐き、頷く。
「わかったわかった。どういたしまして」
「よろしい。そうやって人の感謝は素直に受け取っておくものだよ」
何故か得意げな顔になるマリア。先ほどの真面目で大人っぽい顔から一転、少女のような顔になる。
本当、ころころと表情が変わる奴だと雄斗は心中で苦笑する。
「感謝なら俺もお前さんにしているぞ。戦った後のお前さんの応急処置がなければ死んでいたそうだからな」
病院で圧を放つマリアから話を聞き、ぞっとしたものだ。あれほどひどい状態になるとは流石に思っていなかった。
「本当だよ。あの怪我で【掌握】に至ったのはすごいけど、もう二度とあんな危ない真似はしないでね。わたしだって限界はあるんだから」
「ああ、わかった」
戦闘後の救助を当てにしていたことを見透かされ、雄斗は素直に応じる。──もっとも、今後とも似たようなことをやらないとは言い切れないが。
「鳴神君。何か良くないことを考えてないかな?」
「いいや別に。──ちょっと記憶について思っていただけだ」
マリアからジト目を向けられ、雄斗は反射的に嘘をつく。
それを信用したのか、マリアはいくらか真剣な顔になる。
「……ああ。鳴神君が【掌握】する一因となった何者かに封印された記憶の事。
あれから何か思い出したの?」
「いいや、さっぱりだ。リューンの言う通り何かの拍子で思い出すか、記憶や知性、または時間の権能を持つ神からの手助けがいるかもな」
入院中診察を受けた結果、雄斗の記憶の一部は何物かが封印をしていたという。
現在はレストディアの戦いの中でその封印が一部欠けている状態ということらしい。
「記憶に知性、時間に関係する神かぁ。多元世界でもそんなにいないし、現役でもあまり聞かないよね。
どうする? 鳴神君が記憶を取り戻したいのなら探しておこうか?」
「そうだな。一応頼む。ただ何が何でもと言う訳じゃないので片手間でいいからな」
わずかに見た封印された記憶の一場面。それから察するにおそらく【万雷の閃刀】が絡んでいる。
つまり封印された記憶が蘇ればどうして雄斗の体に【万雷の閃刀】があったのかがわかる可能性が高い。
しかしどうしたことか、雄斗個人としては封印を解除するのに乗り気ではない。自分と【万雷の閃刀】に大いに関係がある過去だというのに。
(我が事ながらよくわからん。相棒は頼りにならんし……)
ちなみに【万雷の閃刀】にも問いただしたりもしたが、「己で思い出せ」の一点張り。あてにはならない。
「しかし今日でようやく四月も終わりか……。あと11ヵ月、何とか頑張らないとな」
「そうだね。わたしもあと11ヶ月で鳴神君が正式に【アルゴナウタエ】に所属するよう、頑張らないと」
「……そんなこと考えていたのか。だが俺はその気は全くないぞ」
雄斗は言うが、彼女の笑顔は変わらない。
「今はそうだね。でも半年後、一年後はどうかな。
君はこれから多くの神々や英傑と出会い、困難と対峙する。それらは確実に鳴神君の気持ちを揺り動かすよ」
わたしがそうだったからと付け加えるマリア。自身の経験故かその言葉からは強い実感が感じられる。
少し強い風が吹く。横に揺れた柔らかな金髪を手で押さえ、茜色の陽光を浴びながらマリアは続ける。
「それらが君が【アルゴナウタエ】にいるべき理由になるかもしれない。──もしくは単純に友達や好きな人のためにいたくなるかもね」
「んなガキみたいな理由でこんな命がすり減るようなところに残るってのはさすがにないだろ……」
「おやおや鳴神君、愛や恋のパワーを侮っては駄目ですよ。それのために死線を潜り抜けた人や、命を懸けた人は大勢いるんですから。
……しかしその口ぶりだと初恋はまだのようだね。もし誰かとそういう関係になったらお姉さんに相談してくれてもいいですからねー?」
「誰が言うか。と言うか前から言っているが同い年だろうが」
突っ込む雄斗にマリアは小さく笑う。
と、その時リビングの方から雄斗やマリアを呼ぶ声が聞こえる。どうやら休憩は終わりのようだ。
「みんなが待ってるみたいだし、そろそろ行こっか」
「ああ」
雄斗たちを探し騒ぐ子供たちの声を聞いて二人は苦笑。リビングへ戻っていくのだった。
この話で一章は終了です。
二章は五月四日午前七時に投稿します。