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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
四章 雷刃、新生
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エピローグ





「ではゼウス様。今後とも多元世界の平和のために力を尽くしていきましょう」

「もちろんだエドガー殿」


 雲一つない快晴の今日、【オリュンポス】北の港にて握手をかわすジョンとエドガー。

 【世界会議サミット】に参加していた他世界はすでに帰路についており、発着場にはエドガーたち【アルゴナウタエ】のメンバーが乗ってきた艦を含めた数隻しかない。


「それではな鳴神雄斗。娘のことをよろしく頼む」

「はい。できる範囲で大切にしますので」

「ほほう。それは我が娘と婚姻を結ぶと解釈していいのかな?」

「……訂正します。あくまで仲間、いえ婚約者候補と言う範疇でです」


 にやりと微笑むジョンに雄斗は思わず呆れの眼差しを送る。

 とはいえ言った当人も冗談だったのだろう。【オリュンポス】の王は苦笑し、改めて娘を頼むと言って後ろに下がる。

 【オリュンポス】で出会った、または再会した面々──テオドロスやニールたち──とも別れの挨拶を済ませ、雄斗は彼女に向き直る。


「それじゃあね雄斗」

「ああ、そっちも元気でなヴィルヘルミナ」

「将来のパートナー、きちんと見定めなさいよ」

「わかっている。大変だがしっかり選ぶさ。

 まぁお前さんはその必要はないようだけどな」

「あんたねぇ……」


 小さく笑みを浮かべ後ろに視線を向ける雄斗にヴィルヘルミナはジト目を向けてきた。

 雄斗の視線の先にいるのは先程握手をかわしたシンジだ。


「またね」

「ああ、またな」


 かつてのような明るい笑顔を浮かべ言うヴィルヘルミナに、雄斗もまた笑顔で返す。

 挨拶を済ませ艦に乗り込む雄斗たち【アルゴナウタエ】一行。ゆっくりと浮上した船はすぐに加速し、次元の狭間へ突入する。

 鮮やかな【オリュンポス】の空が見えなくなると雄斗は艦橋から、エドガーが用意してくれた部屋に移動。備え付けられているPCを起動する。


「さて……」


 呟きながら雄斗は多元世界について勉強を開始する。

 【アルゴナウタエ】に来てからもしてはいたがあくまで必要最低限しか学んでいなかった。

 だが今後はそういう訳にもいかない。同盟を結んでいる世界はもちろん、場合によってはそれ以外の世界にも行く可能性はあるのだから。


(今回落ちたタルタロスような場所があるだろうしな)


 グラディウスがいなければ間違いなく死亡していたであろう大空洞を思い浮かべ、雄斗はPCの画面に真剣な目を向ける。 


「……ん?」


 勉強を開始して一時間。軽く休憩を取ろうとした時だ、今読んでいた文章の中に【神殺士しんさつし】と言う文字を発見する。

 気になって見てみれば後の文章に逸話のようなものが記載されていた。

 曰く、かつて【神殺士】が危機に陥ったことがあったが、予知夢のようなものを見て助かったという。


「そういえば【神殺士】はごく稀に未来のことを夢で見ることがあるとかないとか……」


 療養中に見た資料に記載されていたことを思い出す。

 資料でははっきりとした原因はわからないとあった。様々な説があり神をも超える巨大な魔力を有するから、その身に宿すいくつもの神器が共鳴しあうから、【神殺士】となったことで感覚が研ぎ澄まされるから等等。


「予知夢ねぇ。もしそんなものがホイホイ見れるのなら楽だろうな」


 もしかしてそれが【神殺士】がもつ無数の無双の活躍や奇跡と言われる逸話に絡んでいるんじゃないかと冗談交じりに思い、雄斗は席を立つのだった。











「ごめん。遅くなった」


 自分用の個室に入り、マリアは部屋の中にいる三者──雪菜、シンシア、アイシャに謝罪する。


「気になさらないでください。わたくしも今来たところですから」

「さて、それじゃ全員集まったところで第一回、鳴神雄斗会議を始めましょ」


 テーブルの椅子に腰かけたアイシャが卓上にあるクッキーを口にしながら言う。

 鳴神雄斗会議。それはマリアたち雄斗の婚約者候補たちが行う、雄斗に関する会議だ。

 内容はおそらく今後の状況で様々に変わるだろうが、最終目的は決まっている。四人全員が雄斗に娶られることだ。


(わたしたちはその気だったけど、まさかエドガー様たちもそうだったなんてね)


 雄斗とジョンたちが謁見する前日のことだ。突然呼び出されたマリアたちはジョン、エドガー、ラフシャーン、鹿島、ヴィハーンの五名から話を聞き、驚いた。

 ラフシャーンから雄斗をモノにしろと言われることは予想していたが、まさかエドガーたちから言われるのは想定を超えていた。


「【神殺士】の血を残したいと言う我らの願望、お主たちの想いを遂げさせてやりたいという思いもある。

 が、それと同じぐらい我らは彼の我が身の顧みなさを危惧しておる」

「幼少から卓越した強さを持っていたせいか、彼は目的を果たすだけではなく目に映るもの全てを守ろうとするところがある」

「要するに目的を果たし仲間も守る。彼は常に物語で言う完璧なハッピーエンドをしようとしている。しかも自分を度外視して」

「んでそれができなければ自分のせいだと思い込み傷つく。全く面倒な奴だ」

「ラフシャーンの言う通りだ。そして【神殺士】となったことで、ますますそれは強くなるだろう」


 エドガーたちトップの言葉に思わずマリアは頷いた。

 ヴィルヘルミナからあれだけ言われたが、そう簡単に変れるなら苦労しない。今後も彼は己の優先順位を下げたままだろう。

 マリアとしては皆と共に彼と仲を深めつつ、その部分を修正していこうと考えていた。同時にラフシャーンたちトップをどう説得するか考えようと思っていたのだが。


「お前らも知っての通り【神殺士】ってのは滅多に生まれねぇ。

 神の殺害、神器の破壊。そして何より斃された神が斃した相手に完全に屈服、または許容しなければいけないからな」

「今の彼の状態でも各多元世界のトップクラスに匹敵するだろう。早々に失うことは避けたい」

「そういうわけだシンシア。お前たち四人はあらゆる手を使ってあいつを篭絡、モノにしろ。

 明日の謁見でお前たち四人の誰かを娶るように言うが、まぁこれは間違いなく断られるだろうな」

「しかしお主たちが雄斗と結ばれることを望んでいるという楔は打ち込める」

「何か私たちが協力できるようなことがあれば遠慮なく声をかけてくれ。

 また君たち四人を彼が持つであろう【神殺部隊】へ配属するとしよう。──あとは君たちの頑張り次第と言うところか」


 トップたちの言葉にマリアたちは深々と首を垂れた。そして今この場に集まったのだ。

 席に着いたマリアはシンシアが用意したお茶を一口飲む。軽く息をつくとそれが開始の合図のようにアイシャが口を開いた。


「それで、どうするの? あたしとしては四人で裸にでもなって迫ればあっさり陥落すると思うけど。

 あいつ、あたしやシンシア姉さまの胸をチラチラ見てたし。あんたたちだってそうでしょ?」


 直球すぎる物言いに三者は異なる反応を見せる。

 雪菜は顔を赤くし、怒ったような顔に。シンシアは困ったような微苦笑を。そしてマリアは呆れの表情を浮かべた。


「それはやめたほうがいいよ」

「そうね。今の段階でそれをすれば最悪、わたくしたち四人は婚約者候補から除外されかねないもの」


 今の雄斗にそんな真似をすれば仲を深めるどころか激怒して距離を置かれかねない。


「わ、私もそう思います。まずは私たち四人が雄斗さんの肩に頭を置けるぐらいになったほうがいいと思います」

「雪菜さんの言うとおりね。雄斗さんは誰かを受け入れる気にはなったけれど、性急に事を進めればわたくしたちを拒絶してしまうかもしれない。

 まずは軽いスキンシップを繰り返して距離を縮めるのがいいわ。特にわたくしとアイシャはね」


 シンシアの言葉にアイシャは不満そうな顔になる。

 彼女が言うことも理解できないわけではない。マリアとしても一年と言う期間は少しじれったく思う。

 また雄斗と共に戦うマリアたちはいつ命を落としてもおかしくはない。それゆえ彼女は一気に決着をつけようと思っているのだろう。


「そうは言うけど姉さま。あいつはあたしたちの誰かを娶ると宣言しているのよ。

 娶らざるを得ない状況に持ち込んだ方が早くない?」

「確かにそうだけどわたしたちに非があればその限りじゃないでしょ。雄斗君にとってわたしたちは【覇神力はしんりょく】の恢復役と言う一面もあるんだよ」


 雄斗はマリアたちを大事に思っているが、それも絶対ではない。

 もし彼が抱く好意以上の悪行をすれば、自分たちを跳ねのけるだろう。

 そんなことになれば彼のパートナーになることはもちろん、【覇神力】の恢復役も果たせなくなる。


「もしわたしたちが起こした行動を雄斗君が拒絶し、それが問題視されれば、たぶんエドガー様達はわたしたちを雄斗君の婚約者候補から外すと思うよ」

「そして雄斗さんは【神殺士】として戦うため別のパートナーを選ぶか、もしくはお父様との謁見の時に言った通り、【覇神力】を回復するだけの愛人たちをかかえるでしょうね」


 神妙な顔で言うシンシアに、アイシャも流石に押し黙る。

 それはマリアたちが考えうる、最悪の未来だ。


「それにわたしたちの動向は他世界はもちろん、特に【ムンドゥス】は注力するはず。

 雄斗君に対して問題行動を起こせば、かの世界との関係も悪くなってしまうのだから」

「わかったわよ。あたしが安易だったわ。当面は姉さまの案で行きましょ」


 降参と言うように手を上げるアイシャ。

 それを見てマリアたちは一息つき、テーブルに置かれているクッキーや紅茶に口をつける。


「それと同時にもう二つ、わたくしたちがやるべきことがありますね」

「二つ? 一つは私たちが強くなることだと思いますがシンシア姫様、他に何があるんですか?」

「はぁ? あんた本気で言ってんの」


 あからさまに馬鹿にするような物言いのアイシャに、雪菜は眉を吊り上げる。

 すかさずマリアが雪菜を宥め、シンシアが笑顔の圧でアイシャを諫める。

 漂いかけた不穏な空気を霧散させ、改めてマリアは言う。


「二つのうち一つは雪菜ちゃんが言う通り、わたしたちが強くなること。

 そして二つ目は今後雄斗君と共に関わる他の多元世界から差し向けられるかもしれない婚約者候補たちをどうするかだよ」

「ええっ!?」

「何驚いてるのよ。あたしたちと言う存在を雄斗は許容しているのよ。他世界から同じ目的の女がやってきても何ら不思議じゃないわ」

 特に【ムンドゥス】から何かしらの理由をつけてやってくるひとは一人はいそうよね。というか、確実にいると思っていた方がいいわね」


 呆れたようなアイシャの言葉に神妙な表情のシンシアが頷く。

 彼女の言う通り、マリアたちがいるのであれば間違いなく【ムンドゥス】は刺客──ではなく、自分たちと同じ役目を持たせた女性を寄こすだろう。

 そしてそれを雄斗は──よほどの理由がない限り──拒絶できない。【神殺士】として多元世界との関係を悪くするわけにはいかないからだ。

 まぁそんなことを気にしないディアボロという存在もあるが、あれは【神殺士】として数多の功績を上げていること、【アルゴナウタエ】の【七英雄しちえいゆう】という絶大な立場と権威を持っているからだ。


「他の【アルゴナウタエ】と同盟を結んでいる多元世界。【ユグドラシル】、【ティル・ナ・ノーグ】、【ヌトゲプ】。

 この三つも今後、わたくしたちのような女を選出し送り付けてくる可能性は十分にあります」

「も、もし来たらどうしましょう」

「まずは静観ね。もし問題があるようならば雄斗にそれを伝えて判断してもらうしかない。

 下手に意見を言えば逆にあたしたちが雄斗に悪く見られてしまうかもしれないのだから」


 慌てる雪菜に、アイシャが心底面白くなさそうに言う。憤懣やるせないというような顔だ。


「そして二つ目。まぁこれはさっき雪菜が言ったけどあたしたちが強くなることよ。

 はっきり言って【神殺士】となった雄斗の全力に、ここにいる誰もがついてこれない。

 ううん、足手まといになるでしょうね」


 怒り──自分に対しての──の気配を放ちながら、アイシャは言う。

 彼女の言葉にマリアたちは静かに項垂れる。全くもってその通りだからだ。

 マリアは【オリュンポス】における雄斗とグラディウスの戦いを思い出す。仮に万全の状態であってもあそこには割って入れなかっただろう。

 マリアたちを圧倒する強大な力に視界にはっきりと捉えることもできない速度。下手に介入すれば彼らの攻撃の余波だけで吹き飛ばされるか、こちらの放った攻撃が雄斗に当たるということもあり得る。


「わたくしたちに何かあれば雄斗さんは間違いなく傷つくでしょう。

 それでもしばらくは大丈夫でしょうが、それにも限界があります」

「家族を、恋人を守れず暴走した神や【神殺士】の逸話はあるからね。雄斗と共に戦場に立つ以上、彼がそうならないためにあたしたちも強くあらなければならない」


 アイシャの言葉にマリアたちは真剣な表情で頷く。

 もとより足手まといでいるつもりなど、毛頭ない。


「わたしとアイシャは【神域しんいき】、もしくは【覇神力】の習得かな」

「わたくしと雪菜さんは新たな神具、神財の獲得。もしくはマリアさんやアイシャと同じく神になるか……」

「権能をよりうまく使いこなすことや新たな神威絶技を生み出すことも重要よ」


 お互いの強みや弱み、強化すべき点について話し合う四人。

 そうしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。


「ひとまず今のところはこんな所かな」

「もう夕方ですね……」

「いつの間にかいい時間ね。それじゃあ雄斗のところに行きましょ」

「そうですね。せっかくだから一緒に夕食でも取るとしましょうか。あたしたちにとっては雄斗との仲を深める重要なコミュニケーションなわけだし」


 そう言って部屋を出るマリアたち。

 エドガーが用意した、雄斗がいるであろう一番奥の個室。ドアをノックするが応答はない。


「どうしたの?」

「返事が聞こえないの。いないのかな?」

「でも部屋のロックはかかっていますよね。どういうことでしょう」


 雪菜の言う通り扉の鍵穴近くの穴にはロックされているという赤表示が見える。念のため携帯を鳴らすが音は部屋の奥から聞こえた。


「仕方ありません。雄斗さん、失礼しますね」


 申し訳なさそうな表情でシンシアは開錠の魔術を行使。部屋のロックを外す。


「雄斗君、いる……?」


 ゆっくり扉を開けて中に入るマリアたち。

 すると部屋の中は薄暗く、奥にある机には突っ伏している雄斗の姿があった。

 それを見てマリアは軽く目を見開き、早足で近づく。

 そして光を放つPC画面の前で眠っている雄斗を見て、安堵の息を漏らした。


「何だ、寝ているだけか」

「いろいろ調べていたんですね」


 PC画面に表示されているそれを見て雪菜が言う。

 マリアは少々申し訳なく思いつつPCをスリープモードに。眠っている雄斗の肩を揺らすが、彼は一向に目を覚まさない。


「マリアさん、どうしましょう……?」

「しょうがない。ちょっと大きな声で呼びかけよう。

 ──雄斗君、もう夕方だよ! 一緒にご飯に行かない!?」











 見覚えのないところに雄斗は立っていた。

 視界に映っているのは分厚い雲に覆われた空と艦の甲板だ。足元の艦はパッと見て建造してまだ数年と思われるが、甲板を始めあちこちにいくつもの激戦を潜り抜けたかのような無数の傷がついている。

 また空も先程まで見ていた【オリュンポス】とは違う灰色。曇天よりもさらに暗いそれはまるでこの世の終末ではないかと思う。


(何だこの風景は。夢、なのか?)


 見覚えのない風景もだが今自分が見ている雄斗も、今の自分とは雰囲気が違う。

 体躯こそ変わらないが顔つきや雰囲気は大人のそれ。兄である元気によく似ている。

 心中で首を傾げたその時だ、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

 

『雄斗君、やっぱりここにいたんだ』


 ふり向き、雄斗は驚く。背後にいたのは予想した通りマリアだ。

 だが雄斗が知る彼女より大人びており、落ち着いている。残っていた少女の影がすっかり消えた美女だ。


『やっぱりってなんだ。

 と言うかマリア、お前大丈夫なのか』


 己ではない、大人びた自分が出す声。

 そこには今の自分にはない落ち着きと、マリアに対する情があった。


『平気平気。さっきはちょっと疲れただけだから』


 おどけた風に言うマリア。彼女は雄斗の隣に並び、彼方に視線を向ける。


『ここだと空がよく見えるからね。

 【ムンドゥス】にいるあの子たち・・・・・のことでも考えていたんでしょう?』

『……悪いかよ』


 小さく笑うマリアに対し雄斗は膨れたような口調で言う。


『ううん、全然。正直に言うとね、わたしもさっきまであの子たちのことを考えていたの。

 元気にしているか、泣いてないか、元気義兄さんたちに迷惑をかけてないか。

 ──無事でいるのかって』


 そう言って雄斗に身を寄せるマリア。また雄斗もそんな彼女をごく自然に抱きしめる。

 しばし抱擁したのち体を話す二人。大人びた雄斗はマリアに対し眦を下げ、


『なぁマリア、やはりお前は』

『それ以上言ったら怒るよ。わたしの体調は万全。全力で戦えるってここに来る前にも言ったよね』


 雄斗の口元に指を当ててマリアは言う。

 そして吊り上げていた眦を戻し、笑顔を浮かべる。


『わたしを心配する気持ちはわかるけど、わたしだって雄斗君のことは心配なんだよ。

 最後になるであろうこの戦い、雄斗君でさえ無事でいられる保証はないんだから』

『それはまぁ、そうだが……』

『だからわたしたちが力を合わせて、予定通りに事を済ませて帰りましょう。

 元気義兄さんやあの子たち──わたしたちの子供の元に』

『ああ、そうだな』


 頷く大人びた己。しかし雄斗はマリアの言葉に仰天し、さらに次に見た光景に大きく目を見開く。

 大人びた両名はごく自然な動作で口付けをかわしたのだ。その様子は恋人──いや、まるで夫婦のそれだ。


(なんだこれは。一体俺は何を見ているんだ!?)


 思わず叫ぶ雄斗だが大人びた二人には聞こえていないのか、反応を示さない。

 二人は体を離し艦の中に入っていく。そして艦橋と思わしき所に来ると、そこにいた人々が一斉にふり向く。


『雄斗さん、それにマリアさん!』

『……お二人とも。体調は問題ない様で何よりです』

『来たのね雄斗。艦はいつでも発進できるわよ』


 真っ先に声をかけるのはマリアと同じく大人びだ雪菜、シンシア、アイシャの三人。

 寄ってきた彼女たちに雄斗は先程のマリアのように軽い口づけをかわし、再び雄斗は驚く。

 信じられない光景はこれで終わらない。彼女たち以外の見覚えのない女性たちもやってきては愛情が籠ったスキンシップをするのだ。


(何だ、俺は何を見ているんだ。夢じゃないとしたらこれは妄想か。俺はそんなに欲求不満なのか!??)


 大人びた己のいちゃつきぶりに悶絶する雄斗。お前は本当に俺か。俺の姿をした偽物じゃないのかと懊悩する。

 そんな雄斗をよそに大人びた雄斗はぐるりと艦橋を見渡す。

 誰もが雄斗に目を向けている。そしてその中にはルクスのような見知っている顔もあれば、全く見覚えのない人物の姿もあった。

 ただ彼らには一つの共通点があった。それはゆるぎない覇気を宿す、戦士の顔をしているということだ。


『皆、準備はできているみたいだな』

『当然だ。──さぁ雄斗、号令を頼むぜ』


 環境の隅に──何故かいる──グラディウスの声に雄斗は微笑み、


『ノーヴァ・アルゴー発進! 目的地はエルヴィス。

 これが俺たちアルゴナウタエ、最後の戦いだ!』


 毅然とした声で宣言するのだった。











「うおおおおおおおっ!?」

「きゃあっ!?」


 突然聞こえた悲鳴に雄斗は驚き、目をしばたかせる。

 周囲を見れば部屋の床に手をついているマリアと、彼女の後ろに雪菜、シンシア、アイシャの姿がある。


「……マリア、それに皆も。ど、ど、どうしたんだ?」


 先程の夢(?)でキスしたことやいちゃついていたことが脳裏に過ぎり、雄斗の声に少し動揺が走る。


「それはこっちのセリフだよ。声をかけた次の瞬間、いきなり大きな声を出して」

「何か悪い夢でも見たんですか?」

「い、いや。何でもない……。

 どころでどうしたんだ、勢ぞろいで」


 先程見た光景のせいか、どうも彼女たちの口元に目が行ってしまう。

 動揺する気持ちを落ち着かせるため、雄斗は大きく深呼吸した後、尋ねる。


「どうしたも何も、食事に誘いに来ただけよ。今は夕方よ」

「雄斗さん。わたくしたちと一緒に食堂に行きませんか?」

「……そうか。夕方か。

 そうだな、腹も減ったし行くとするか」


 必死な想いで平静を装い、雄斗は言う。

 椅子から立ち上がり歩き出したその時だ、マリアが腕をつかみ、言う。


「ちょっと待って雄斗君。少し様子がおかしいけどどうかしたの?」

「いや別に何も。何もないぞ、何も、ないぞ」

「何で二回言うの? それにそんな汗まみれで青ざめた顔をしているのに説得力ないよ」

「やっぱり何か悪い夢でも見られていたのですか?」


 不信な顔になるマリア。心配そうに顔を寄せてくる雪菜。

 再び先程の夢(?)を思い出し、雄斗の頬に熱が集まり表情がひきつる。


「い、いや。そんなことはない」

「じゃあどんな夢を見ていたんですか?」

「悪い夢じゃないなら言えるよね」


 雪菜に続きマリアも顔を寄せてくる。

 気が付けばシンシア、アイシャも近づいている。シンシアは心配そうな顔をしているが隣のアイシャは隠しているものを強引に暴こうと目論んでいるような顔つきだ。

 まるで包囲陣のようなポジションを取るマリアたち。それを見て収まりかけていた雄斗の鼓動は再び強くなる。


(マリアがわたしたちの子供と言っていたとかまるで夫婦のような雰囲気でお前たちとキスをしたとかいちゃついていたとか言えるわけないだろ……!

 ああ、もう!)


 動揺しながら必死に頭を回す雄斗。

 しかし答えが出るより早く、マリアがすいと近づいてきた。


「雄斗君」


 穏やかだが無言を許さない圧が籠ったマリアの声。また先程よりも包囲網が狭まっている。

 距離を詰める彼女たちを前に雄斗の頭を埋め尽くす疑問、羞恥、困惑。それらがさらに高まり思考が定まらない。

 そのせいか、ぽろりと、雄斗は言葉を漏らした。


「……。奇妙な夢だ」

「奇妙って?」


 首を傾げるマリアたち。

 一方雄斗は反射的とはいえあの内容を的確に表現できた己を称賛した。

 奇妙。そう、奇妙な夢だ。そうに違いない。と言うかそれ以外あり得ない。

 マリアたちのみならず他複数の女性と戦い前にいちゃつくなど、未来永劫無いのだから。


「どんなことが起きても起りえない、あり得ない奇天烈で珍妙な夢だ。さぁ、さっさと食堂に行くぞ!」

「あ、ちょっと雄斗君! 内容を──」


 強引にマリアの腕を振り切り早足で強引に包囲を突破する雄斗。

 部屋を出て食堂に向かおうとしたその時だ。突然廊下に緊急のサイレン音が鳴り響く。


「マリア、これは」

「近くで【異形種】が暴れていることを知らせるサイレン音だね」


 振り向けば先程の諍いのことなど影も形もない、戦士の顔をしたマリアたちの姿がある。

 そして廊下にエドガーの声が響く。


『鳴神君、聞こえているかな。

 レーダーで我が艦より前方にいる【アルゴー】に向かっている商船が【異形種】の襲撃を受けているのを捕らえた。

 現状何とか対応できているようだが、別の【異形種】のグループが向かっている。

 直ちに商船の援護、迫る別の【異形種】グループの殲滅に向かってくれたまえ」


 了解と雄斗が頷こうとした時だ。

 マリアたち四人が淀みない水のように声を上げた。


「エドガー様、わたしたちも雄斗君と共に出撃します」

「雄斗さん一人でも大丈夫でしょうが第二、第三の襲撃がないとも限りませんし!」

「商船の方も被害が出ているのなら治療する人や代わりの警護もいるでしょうしね」

「わたくしたちが先行し詳細な情報をお送りしますので、救護や支援をよろしくお願いします」

「わかった。では雄斗君にマリアたち、皆よろしく頼む」


 マリアたちの申し出をあっさりと了承するエドガー。

 彼女たちは頷き、同時に雄斗に向き直る。


「雄斗君」

「ああ、行くとするか」


 マリアたちに頷き艦の最下層にある出撃口へ。

 ゆっくりと出撃口が開き、次元の狭間の大地が視界に映る中、雄斗は高らかに叫ぶ。


「さぁて、さっさと【|異形種(招かざる客)】を追い払うか!」


 【万雷の閃刀】を手にし、雄斗は仲間たちと共に飛び出すのだった。





ここで【アルゴナウタエ】はいったん筆を置かせていただきます。

一年にも満たない時間でしたが読んでくださった方、応援してくださった方、本当にありがとうございました。

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