三十六話
眼前にある謁見の間に通じる巨大な扉が物音をたてず開かれていく。
正装した雄斗は一礼して中に入る。王座がある謁見の間。王座にはジョンが腰を掛け、その傍にラフシャーン、エドガー、各世界のトップの面々の姿がある。
そしてその左右にはヴィルヘルミナやシンジたち【オリュンポス】の戦士はもちろん、世界会議に参加していた他世界の戦士たち──雪菜の兄姉など──の姿もある。
「謁見が遅くなって悪かったな。こちらも【神雷を制する天空】のテロの後処理や組織撲滅などで忙しくてな」
「お気になさらず。自分も十分すぎるほど休養出来ましたので」
玉座にいるジョンに雄斗はそう答え、恭しく頭を下げる。
イグナティオス達が起こした一大テロ事件から今日でちょうど一週間がたっていた。その間今言った通り【オリュンポス】は【神雷を制する天空】のテロの後処理や残党掃討、捕縛で忙しかったという。
そして功労者である雄斗は昨日までずっとベットの上にいた。体調自体は戦いの翌日に万全となっていたのだが、【神殺士】になったことで改めて精密検査が必要となり半ば医務室に監禁されるような形で日々を過ごしていたのだ。
もちろん時折マリアや雪菜、シンシアにアイシャらが顔を見せてくれてはいたが、それでも専用に用意された豪奢で広い医務室から出ることは許可されず、退屈な時間を過ごす羽目となった。
「さて鳴神雄斗。俺としてはゆっくり色々と話したいが仕事が山積みでな。
早速褒賞などの本題に入らせてもらおう」
「ゼウス様。自分は【オリュンポス】と同盟を結んでいる【アルゴナウタエ】の一員としてやるべきことをやったに過ぎません」
「だからいらないと続けたいのだろうがそうはいかない。
お前が上げた功績は多大なものだし信賞必罰は世の常。それに何もしないとなれば俺や【オリュンポス】の名誉にかかわる。
シンシアから話は聞いているのだろう。何か望みのものがあれば口にしろ。可能なことであれば俺たちが叶えてやる」
ジョンの言葉に各世界のトップ達──鹿島やラフシャーン、エドガーらが首を縦に振る。
「……。それでは三つ、よろしいでしょうか。
一つは俺の家族、鳴神一家への万全の警護。二つ目は同じく家族への生活保障。
最後の一つは【アルゴナウタエ】が同盟を結んでいる各多元世界に俺専用のセーフハウスを用意してもらえないでしょうか」
「……ほう。三つ目の要望、これは驚きだ。やる気に満ちているな」
「一週間の間暇でしたからね。各国や【アルゴナウタエ】に所属していた【神殺士】の情報を調べるられる範囲で探っただけです」
多元世界が同盟を結んだ現在、【神殺士】の存在は世界一つに留まるものではない。
神々でも易々と手に負えない、非常に困難な事態が発生した時、同盟世界の【神殺士】は率先してそれに対処しなくてはならない。
「俺がディアボロさんのように各世界を動き回るのはもう決まったこと。なら早めにそれに備えておくべきだと考えた結果です」
先日自分が【アルゴナウタエ】に提出した部署移動が敵わないことは百も承知だ。
【神殺士】になったこともあるが、何より雄斗は望んで【万雷の閃刀】の主となったのだから。
「なるほど。確かにそうだな。──エドガー」
「はい。私としては来年の春ごろに正式に動いてもらおうと考えています。
各世界を股にかけて活動するにはいろいろな準備が必要ですからね」
つまり準備期間として三カ月程度時間があるという訳か。
「それと鳴神雄斗。お前が申し出た要望は残念だが今回の一件の褒章にはならん。その程度のこと、既に言われずともやっているからな。
というわけだ。新たな望みを言え──と言いたいところだが、この場ですぐに結論は出せないだろう。
ひとまず保留と言うことにしておく。もし何か決まったらエドガーに言え。大抵の事なら何とかしてやろう」
ジョンの言葉に首を垂れる雄斗。
「さて雄斗君。君が気が早く【神殺士】の活動について色々考えていたことは、素直に喜ばしい。
そんな君へこれから共に戦う仲間であり伴侶を、紹介しよう」
「……うん?」
仲間はともかく伴侶? エドガーの不思議な発言に雄斗は首をかしげる。
軽く手を叩くエドガー。すると列からマリアに雪菜、シンシア、アイシャの四名が姿を見せる。
そして彼女たちを見て雄斗は目を丸くする。いったいどういうわけか、彼女達はドレス姿だったからだ。
「見知っていると思うが改めて紹介させてもらうよ。
マリア・プリマヴェーラ・アナーヒター。叢雲雪菜。シンシア・ミディカス。アイシャ・リガート・カーリー。
この四人を君を長とする【神殺部隊】に配属すること、そしてこの中の一人を伴侶として迎えることを君に命じる」
◆
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいエドガー様! 伴侶ってどういうことですか!?」
「? 言葉通りの意味だが」
「いや意味が解りません! なんで! 俺が! この四人の誰かを嫁にする必要があるんですか!」
「大ありなんだよな、それが~」
からかい混じりに言うのはジョンのすぐ傍に立つ【アヴェスター】のトップだ。
「どういうことですかラフシャーン様」
「さっき言っていたがお前なりに【神殺士】について調べたんだろ。
なら一通りではあるが【神殺士】のデメリットについても知っているよな」
「……ええ」
神々さえ一蹴する膨大な魔力にそこから生み出す【覇神力】。これだけの力を行使する【神殺士】には当然だが欠点もある。
【超過欲求】。力を行使した彼らは尋常ならざる状態になる。長時間──半月から半年ほど──眠り続ける強制睡眠や、狂うような飢餓状態となり満たされるまであらゆるものを食らう狂乱飢餓などだ。
「当然俺にも何かしらの【超過欲求】があると思っていました。
ですが検査結果については何も異常がないと」
「ああ。異常はなかった。検査した時はな。
──ただ昨日までの調査の結果、今日の早朝お前さんの【超過欲求】が判明した」
ラフシャーンの言葉に思わず雄斗は身を固くした。
かすかに背筋に寒気が走る。一体どんな【超過欲求】なのか──
「生命枯渇。それがお前さんの【超過欲求】だ。
わかりやすく言えば魔力を、【覇神力】を使えば使うほど、お前さんの生命力は削り取られる。寿命が縮まるってやつだな。
治す方法は主に二つ。一つは大量の食事──それも新鮮なやつ──を毎日欠かさず取り続けるか、女を抱くか。
つまり嫁を取れって言うのはお前さんの血を引くガキを残す以上に、お前さんを早死にさせないためなのさ。はっきり言うが先日みたいな戦い方を続ければお前さんの寿命は数年も保たないぜ。
同じ【神殺士】である俺が言うんだ。間違いはないだろう」
そう言ってラフシャーンは大きく欠伸をする。
あまりにも緊張感がないその態度だが誰も咎めない。これが彼の【超過欲求】──強制睡眠がということを皆が知っているからだ。
そう言えば初めて出会った時も妙に眠そうにしていたが、思えばあれもそうだったのだろう。
「それと雄斗君。今だから言っておくが三日目から四日目、マリア達の誰もが会いにこなかっただろう。
あれは君が彼女たちから生命力を奪い、消耗させたからなのだよ」
「な……!」
「三日目の朝、四人全員が調子が悪いと言ってきてね。また君の担当をしていた女性の看護師も確認したら体調不良で休んでいるという。
もしやと思いその日から病室を訪れる女性の看護師も一日ごとに変更した。そしてそれは正解だった。彼女たちは翌日、または君と相対した日の夕方ごろ、貧血やら過労やらの体調不良を起こしていたからね」
雄斗の診察をした医者や看護師はもちろん普通の看護師ではない。
医者はもちろん看護師も相応に鍛え上げられた戦士だ。たった一日看護しただけで体調不良を起こすものなどいるはずもない。
「生命枯渇の【超過欲求】を持つ【神殺士】がそれに対して対処をしない場合、何が起こるかは説明しなくてもわかるね?」
「……周囲に満ちる生命力を自動的に吸収する。奪い取る側の都合を一切無視して」
雄斗の言葉に問うたエドガーは重々しく頷く。
「そういうことを防ぐために嫁を取って定期的にセックスしろっていう訳だ。
ま、毎日必要な分の生命力を確保する食事をとるという方法もあるが、その量は一食だけでも常人の五~十倍は必要だ。しかも期間も最低でも一ヵ月は続くだろう」
お前が鬼族や巨人族のフードファイターよろしくな胃袋を持っていれば何とかなるだろうがな」
【超過欲求】は種類によって複数の解決手段もある。
ラフシャーンの強制睡眠は眠る以外の術はないが、雄斗の生命枯渇は性交以外の回復方法は膨大な食料を取ることで代わりにはできる。
ただあくまで代用であり本来の回復方法に比べれば回復する速度は遅く万全となる期間も長くなるだろう。
「ま、そういうわけだ。観念して嫁を取れ。
何、お前だってこいつらのことは嫌いじゃないんだろう。何も問題はないだろうさ」
「大有りだ馬鹿野郎」
小声で呟く雄斗。そして内心では頭を抱えてしまう。
デメリットがあることは理解できていたが、よりにも寄って生命枯渇とは。全く笑えない。
(冗談じゃない……! あいつらを壊すような真似をしろって言うのか!?)
生命枯渇は【超過欲求】の中では比較的軽度だと思われている。というのも女性と性交するだけで消耗した生命力や魔力が回復するのだから当然だ。
ただ全く問題がないという訳ではない。過去、【超過欲求】を持ったとある【神殺士】は力回復の名目で気に入った女を無理やり己のものにしており、さらには力回復のために幾度も激しく交わった結果、その女性達の体と心を壊してしまった。
そしてその【神殺士】は次第に戦いと色欲に溺れるようになり暴走。最後は彼が守ろうとした世界により始末されたという。
「ジョン様、仰りたいことはよくわかりました。──ですがマリア達を俺は嫁にはしません。絶対に」
自分一人が暴走するならまだいい。だがそれに彼女達を巻き込むなど論外だ。
「鳴神君。君に伴侶が必要な理由は今説明したはずだが?」
「違うでしょう。正確に言えば俺が【生命枯渇】を起こさないため彼女たちを使えと言っただけです」
非難の意を込めて雄斗は言う。
それが伝わったのかジョン達は少し困ったような顔になる。
「まぁ確かにそうとも言えるな。だがマリアたちを嫁としないで何か解決策でもあるのか?
【超過欲求】は当人が我慢すればどうにかなるなんて生易しいものじゃねぇぞ」
ラフシャーンの言う通りだ。過去の【神殺士】の幾人かは様々な事情により【超過欲求】を堪えた者もいた。
ただそうした者たちは総じて長くは生きられず、碌な結末を迎えなかった。戦いの最中寿命で死ぬ、または暴走して敵味方皆殺しにするか。平時に唐突に狂い惨劇を引き起して狂死する等々。
雄斗は血を吐くような思いで、脳裏に浮かんだプランを口にする。
「【ムンドゥス】に依頼します。──俺の【超過欲求】を解消するための愛人を用意しろと。それで問題は解決します」
雄斗の発言にその場の空気が凍り付き、次の瞬間、謁見の場に非難の気配が満ちる。
雄斗とて自分が今言ったことがどれだけの問題発言か──ジョン達の嫁取りよりも酷いものであることか──わかっている。正直やりたくはない。
だがラフシャーンの言う通り、【神殺士】として生きていくなら【超過欲求】をどうにかしなければならない。そしてそれにマリアたちを巻き込むわけにはいかない。
(あいつらはこれから世界を担っていく逸材だ。そして性格は違えど、いい女たちだ。
【|神殺士(俺)】の修羅の生涯につき合わせて壊すわけにはいかない)
如何なる罵詈雑言を受け入れても、彼女達を巻き込むわけにはいかない。そう雄斗が覚悟を決めたその時だ、怒声が謁見の間に響く。
「──ふざけたこと言ってるんじゃないわよ!」
左の列に乱れが生じ、一人の少女が前に出る。
眦を上げた彼女、ヴィルヘルミナが突き刺すような視線を雄斗に向けていた。
次回更新は2月3日 夜7時です。