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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
一章 雷刃、煌めく
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十話







「やれやれ、いつまで雨が降るんだ。鬱陶しくてかなわん」

「予定では午後三時まで降る予定だそうです」

「てことはあと四、五時間は止まないのか……」


 雄斗のため息混じりのつぶやきに、隣に座る雪菜が応じる。雄斗が運転する車の正面フロントガラスのワイパーが、絶え間なく降る雨の雫をはじいている。

 孤児院に初めて行った日より七日経過した休みの今日、二人は孤児院に向かっていた。昨夜、リリから美味しい料理を作るからゼリーのレシピを持ってくるようにとマリアを通じて連絡があったためだ。

 ちなみにそのマリアだが、車の中にはいない。出発する直前、緊急の用件があるとかで本部に呼び出されたからだ。雄斗たちは待っておこうかと提案したが、マリアが孤児院の子供たちを待たせるのも悪いので先に向かっておいてくれと言ったので、現在こうして雨の中孤児院へ向かっている。


「マリアがいれば雨でも問題ないんだがなぁ」

「ええと。マリアさんもさすがに雨除けで神の力を使うことは無いと思いますよ」

「この間こぼれた果物を水袋に入れていた奴がか?」

「た、多分……」


 空を見上げて雨除けの加護をするマリアの姿を想像したのか、雪菜は弱弱しく言い視線を逸らす。


「と、ところでリリちゃん、どんな料理を作るんでしょうね」

「さぁな、マリアも知らなかったみたいだし。ケバーハやホーシュとか家庭料理かね」


 そんな話をしながら進んでいると対向車がやってくる。結構なスピードを出していたそれが水たまりの水を跳ね上げ、フロントガラスを覆う。


「……しっかしなんで今の時間に雨を降らすのかね。夜、深夜で一気に降らせばいいものを」

「マリアさん曰く、できるだけ世界と同じ環境にしたいという【七英雄】様たちの意向だそうです」

「そうか。まぁそれならしょうがない……と納得しておくか」


 そんな会話をしながら車を走らせ、雄斗たちは孤児院に到着する。

 孤児院に入り挨拶の声を発すると、先週のリプレイのように子供たちが足音を立てて玄関までやってきた。

 そして子供たちの最前列には勇ましい顔をしたリリの姿がある。


「やあリリ、元気そうだな」

「ママのゼリーのレシピは持ってきた?」

「もちろん。これだ」


 開口一番、訪ねてくるリリ。

 雄斗は苦笑しながら脇に抱えるバックからクリアファイルに入ったA4サイズの紙を取り出す。先週紙切れにメモしたゼリーのレシピを清書した用紙だ。


「さて、これをあげるぐらいの料理はできたのかな」

「リタさんも皆も美味しいって言ってくれたから大丈夫だもん」

「そうかそうか。──お世辞じゃないと、いいな?」

「大丈夫だもん!」


 むっーとむくれ、雄斗を睨むリリ。雄斗は笑みを浮かべその頭に手を伸ばそうとするが、避けられてしまう。


「やれやれ、すっかり元気になったが嫌われたみたいだな」

「鳴神さんが意地悪ばかりするからですよ。……レシピは渡すんですよね?」

「料理が美味かったらな」

「……鳴神さん、意地悪はほどほどにしたほうがいいと思います……」


 何故か呆れたようなため息をつく雪菜。

 リビングに行きリタと挨拶を交わすと、リタが声を上げる。


「それじゃあ、はじめるよ!」


 リリは雄斗の方を見て元気な声で言い、手伝いの子供たちが一斉に応じて動き出す。

 子供にしては手際のいい手さばきや動きを見せるリリ。また周りの手伝いの子供たちとはきはきとした口調でコミュニケーションを取りながら料理を作っていく。この間のしょぼくれた姿はどこへやらの、元気ぶりだ。


「なんかこの間とは別人のようですね」

「ええ。この一週間で皆と──特に、料理が得意な子供たちとは打ち解けてくれたわ。──鳴神君、ありがとう」

「お礼なんていいですよ。俺も子供が元気がないのは嫌ですし、元気になるためできることをしただけです。

 子供が泣いていたり、元気がなかったりするのはこっちも堪えますからね」


 数多の勝利を積み重ねてきた雄斗だが、その中には笑顔はなく、泣いている子供の姿を幾度も見た。

 そしてそのたびに勝利したことを空しく思い、自信への失望と無力感に襲われたものだ。


「鳴神君はいい親になりそうね。彼女とかいたりするのかしら?」

「いませんよ。それにこんな剣馬鹿にできるかどうかも怪しいですし。

 ──さて、自分は子供たちの頑張りをじっと待ちましょうか」


 マリアに非常によく似たからかうような顔のリタにそう答え、雄斗は幼年期の子供たちと遊び、戯れる。

 そうしているうちに料理が完成したのか、キッチンからリリの「できたよー!」と言う大きな声が響いてくる。ちょうど読み終えた本を閉じ、周りにいた子供たちと共にテーブルへ向かう。


「へぇ……」


 どや顔で料理のそばに立つリリたちの横のテーブルに置かれた料理。それらは以前マリアが作った【アヴェスター】の料理にどこか似ている。

 皆と共にテーブルに座る雄斗。リタのいただきますの声で、皆が一斉に料理に手を付け、雄斗も食器を動かす。

 とりあえず一番近くにある料理を掴み口に運ぶ。食べ終た直後、リリが自信ありげな顔で訪ねてくる。


「どう? 美味しいでしょ?」


 それに応えず雄斗は別の料理に手を付ける。咀嚼し終わったと再びリリが尋ねてくるがまた別の料理に箸を運ぶ。


「……お、おいしいでしょ」


 子供たちは皆、美味しいだの変わった味だと騒いでいたが、静かになり、雄斗とリリの方に視線を向けている。

 当然雄斗はそれに気づいていたが、気にも留めず別の料理に手を付ける。


「お、おいしい……よね?」


 無言で食する雄斗にリリはだんだん元気をなくす。リタや雪菜、孤児たちからチクチクとした視線を感じるが無視し続ける。


「……」


 温和な雰囲気がすっかり消え去ってしまったテーブル。最後の一品をかみ砕いて飲み込んだ雄斗は、眦を下げたリリを見て言う。


「リリ」

「な、なに?」

「美味かった。約束通り、これをやろう」


 びくりと体を震わせるリリへ、雄斗はレシピを差し出す。

 受け取ったリリは唖然とするも雄斗からの言葉が、手にしたそれが望むものであったことに気が付くと、雨上がりの空に輝く太陽のような眩しい笑顔を浮かべた。


「リリちゃん!」

「やったー!」


 けたたましい喜びの声がダイニングに響く。

 子供たちに囲まれ、祝われている笑顔のリリを見ている雄斗へリタ、雪菜が言う。


「ありがとう。でも、ずいぶん勿体付けたわね。あんまり感心しないわよ」

「もっと早く渡してもよかったんじゃないですか。リリちゃん、泣きそうな顔してましたよ」

「料理が美味かったら渡すって約束だったからな。一品だけならともかく、これだけテーブルに並んでいると判定にも時間がかかる」


 かすかに責めるような口調の二人へ、雄斗は顔色を変えずテーブルに置かれている八つほどの料理を指差して言う。

 とはいえ先程雪菜が尋ねた通り、よほど駄目な料理でもない限り最初からレシピは渡すつもりだった。そしてリリの料理は子供が作るにしては見事な料理と言えた。 

 水を飲み、雄斗は改めてリリを見る。子供たちの輪の中にいる彼女はもう二度度離さないようように、レシピを両腕で抱きしめている。

 そんなリリの姿を見て雄斗が笑みを浮かべたその時だ、突如甲高い経過音が鳴り響く。


「なんだ、この音は!?」

「なんてこと……! 【アルゴー】に【異形種キメラ】が侵入したんだわ!」


 血相を変えたリタの言葉を聞き雄斗が大きく目を見開く。

 そして感じた。雄斗に、いやこの建物に向けて強烈な敵意が向けられているのを。


「叢雲!」

「はい!」


 自分と同じく気配を察したのだろう。雪菜は武士もののふの顔で頷く。

 リタが落ち着いた様子で子供たちを宥めているのを見ながら二人は孤児院を出る。そして孤児院を挟むような形で出現している二体の【異形種】の姿を確認した。

 孤児院正面にいるのは腰部に二本の腕を生やした象のような怪物だ。かなり大きく全長4メートルはありそうだ。

 後ろにいるのは対照的に小さい、雄斗たちと同じ大きさの骸骨戦士だ。腕が四本ある上、背部からうにょうにょとうごめいている三本の尾のようなものがある。

 双方とも、放たれている圧や殺意からAクラスであることは間違いないだろう。


(俺が正面の【異形種】を始末する。後ろを任せてもいいか)

(はい。大丈夫です)


 念話で雪菜と言葉をかわしながら雄斗たちは互いの得物を喚びだす。

 そして一瞬、視線をかわすと、同時【異形種】に向けて飛び出した。


「オオオオオオオオオオッ!!」


 雄斗が飛び出すのと同時、正面にいた【異形種】が獣声を上げて猛烈なスピードで距離を詰めてくる。

 地響きを響かせる突進は速い。移動の最中、雄斗は即座に【万雷の閃刀】を呼び出し【雷帝招来らいていしょうらい】を済ませ、向かってくる【異形種】に雷撃を放つ。

 巨体もろとも飲み込む雷を【異形種】は腰部の両手から発生させた防御魔法で弾き、勢い殺さず突っ込んでくる。


(【万雷ばんらい閃刀せんとう】で強化された雷を弾くかよ!)


 雄斗が驚嘆し、より強い雷撃を放とうとした時だ。象の【異形種】は大きく跳躍した。


「な……っ!?」


 【異形種】の両足、そして腰部にある二本の腕を使っての跳躍。巨体が宙を舞い、そして雄斗のいる場所へ落下してくる。

 こちらを押し潰そうとしている怪物。しかも足裏に先ほど見た防御魔法陣を展開する。


「おおっ!」


 落ちてくる【異形種】めがけて全力の雷を放出する雄斗。だが象を守る幾重もの魔方陣は雷を浴びてひびが入り欠けるも破壊するには至らない。


「じゃあこれだ!」


 もっと雷の扱いに慣れなければと思いながら繰り出すのは雷撃で生成された巨大な刃。鳴神流奥義、天斬雷剣てんざんらいけんだ。

 雄斗の最大最強の一撃はさすがにAランクの【異形種】の防御壁を破壊し、巨体を両断。真っ二つとなった【異形種】の体が地面に落下し、地響きを鳴らす。


「っと、叢雲の方は──」


 後ろを振り向き、【遠視】の魔術を用いる雄斗。今の衝撃で雪菜と【異形種】の戦いは一時中断したようだが、両者ともすぐに再開する。

 四本腕に握る剣や斧の得物、さらに背部からの尾による不規則な攻撃が雪菜に放たれている。達人でも対処困難なそれを雪菜はことごとくかわし続けている。


(これはまた見事な動きだな……!)


 初めて見る雪菜の実戦を見て、雄斗は感嘆する。

 雪菜の剣技は【戦火を切り裂く閃剣バトル・グウルヴァーン】との合同訓練などで目にしているが、実践では初めてだ。

 敵の直線的な攻撃とは対照的な雪菜の剣技。動きの一つ一つが踊りのような優美さを持ち、無駄がない。そして繰り出す太刀筋は的確なうえ太刀筋の繋ぎにも淀みがない。流水のような剣技だ。

 さらに彼女は雄斗と違い神具【木花霊剣】の力を見事に発揮している。大地を司ると言われる【木花霊剣】。使い手の意思により雪菜と【異形種】が戦う周囲──地面が変化し続けては【異形種】の動きを邪魔する一方、雪菜の動きを助けている。


(自分が踊りやすい地面フィールドを自在に生み出し、流水の動きでよどみのない連続攻撃。──強い)


 神具の力もだが彼女自体の剣碗は雄斗に匹敵する。【万雷の閃刀】の力を借りる前ならの雄斗なら一方的にやられていただろうし戦いぶりを見ていると、今でも勝利するのは簡単ではないだろう。

 幾度と雪菜の剣が【異形種】を切り裂く。だが超常と言うべき再生能力を持っている骸骨の怪物は堪えた様子はなく反撃する。

 【異形種】の繰り出した攻撃で地面が割れ、雪菜が生み出した土の防御壁が砕かれる。力任せ、勢いだけの激烈な猛攻に雪菜も押され始める。


(手を貸すか──)


 雄斗はそう思った瞬間だ、雪菜の体から膨大な量の花弁が噴き出し【異形種】に襲いかかる。

 濁流のような勢いの花弁に【異形種】の左腕二本が呑まれ跡形も消えて無くなった。すぐさま再生を始める怪物。しかしそれより早く旋回してきた花弁が四方八方から骸骨に襲いかかる。


「【桜刃爛漫おうじんらんまん】──」


 雄斗も彼女とは数回模擬戦を行っている。その際繰り出してきた【神威絶技セイクリッド・アーツ】の一つが今見ている【桜刃爛漫】。桜の花弁に似た刃を数百発生させて敵を刻む技だ。

 花弁の波に呑まれて体を消されながらもしぶとく再生する【異形種】。しかし絶え間なく雪菜の体から噴き出す花弁による数の暴力に屈し、跡形もなく消え去った。


「さて、とりあえずこれからどうする。まだ緊急警報は鳴り響いているが」

「……。ここに留まりましょう」


 雪菜と合流し、新たな敵の気配がないか確認しながら雄斗たちは会話をする。


「過去、【アルゴー】に【異形種】が侵入した時、放送で詳しい場所などが知らされたと聞いています。

 でもそれがないということは」

「【アルゴー】各所の都市部にも【異形種】が、それも放送する余裕がないほど発生しているってわけか」

「はい。さらにグレンさん達への通話、念話が通じません。鳴神さんもマリアさん達から連絡が来ていないんじゃないんですか」

「そういえばそうだな。お前の言う通りまだ安全とは言い切れない。ここにいたほうがいいな」

「ひとまず、孤児院に戻りましょう」


 雪菜の言葉に雄斗は頷き、共に孤児院へ戻る。

 室内に入るとリタが駆け寄ってくる。


「鳴神君、雪菜さん! 大丈夫!?」

「俺たちは平気です。子供たちは?」

「泣き出したり怯えている子はいるけど皆無事よ。

 でも【アルゴナウタエ】本部やマリアたちへ連絡がつかないの」


 リビングすぐ近くの廊下で話し合う三人。

 部屋の中からは子供たちの不安そうな声と、年長者が励まし元気づける声が聞こえてくる。


「リタさん、ここで事態が落ち着くのを待ちましょう。

 おそらく連絡がつかないのは【異形種】が主に都市部で暴れているからでしょう。

 とはいえさすがにマリアやグレンさんたち神々に【七英雄】のお歴々もいるんです。壊滅するなんてことは万が一にも──」


 ないと続けようとしたその時だ。雄斗の視界の先、遊び場が見えているガラス窓の向こうに見覚えのない悪魔族の姿があったからだ。

 いや、悪魔族にしてはあまりにもおかしい。全身が水で固めたような姿で、背部には大きな蝙蝠の背が生えている──

 悪魔族のような男──いや、【異形種】がニタリと笑う。同時に雄斗の全身に悪寒が走り、叫ぶ。


「叢雲! リタさんと子供たちを守れっっ!!」


 廊下からリビングに飛び出すのと同時、悪魔族の男に対し雷撃を放つ。

 ガラス戸を一瞬で溶解した雷光が矢の如く奔り、悪魔族の男を焼き尽くすかと思われたが、悪魔族の形をしたそれは片手を一瞬で巨大化すると雷撃を掴み、握りつぶしてしまった。


「っ……!」


 とっさとはいえ奇襲と言うべき一撃を簡単に潰され、雄斗の頬が引きつる。牽制にすらならないとは。


「鳴神さん、あれは……!」

「時間は俺が稼ぐ! お前はリタさんと子供たちを連れて地下のシェルターに避難しろ! 一人も見落とすな!」


 背後から聞こえる子供達の混乱と驚愕の入り混じった声を聞きながら、雄斗は雪菜に投げつけるような口調で言い外に飛び出す。

 そして【万雷の閃刀】を構え、眼前の怪物──【異形王フェノメノ】レストディアを見据えた。






次回更新は4月25日7時です。

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