ランドセルをくれたポーカーフェイスなめーめー天才ひつじさん
「いけませんよ、お嬢様」
わたしの耳元で低音が響いた。
彼はわたしを突き放す。
「うるさい! あなたは執事なんだから、わたしの言うことを聞けばいいのよ!」
何度この台詞を返していることだろう。
顔を上げれば、ポーカーフェイスの彼がいる。
感情を読み取ることが、まるでできない。
わたしが言葉を発する前に、サッと何でもやってくれるわたしの執事。
でも、わたしは彼の気持ちを全く読み取れないままだ。
もう何年もこのお屋敷で一緒に暮らしているというのに。
小学生になる前のこと、両親はわたしに赤いランドセルを買おうとした。
当時このお屋敷に来たばかりだった彼は、思いをうまく言葉にできないわたしの前に色のカードを差し出した。
「お嬢様は、どちらの色がお好みですか?」
「えっ……」
目の前に沢山の色が並ぶ。
わたしは、淡いピンク色を指差した。
「かしこまりました」
後日、わたしの前には、その色と全く同じ特注のランドセルが届いた。
「ねぇ、あなたは何でわたしのことが分かるの?」
「あなた様の執事なので」
「ひつじ?」
「お嬢様、執事でございます」
「あなた、めーめー、天才ひつじさんね!」
この頃はまだ、あなたは笑っていた。
いつからだろう。あなたがポーカーフェイスになったのは……。
「あなたに、縁談が来ております」
母の口から、わたしが一番聞きたくない言葉が飛び出した。
別に相手が気に入らないとか、そういうわけではない。
でも愛のない結婚は嫌だ。
わたしには、お慕い申しているお方がいる。
でもそれは、決して実らない恋である。
ねぇ、どうして何も言ってくれないの?
わたしの気持ちをとっくに知ってるくせに、彼はポーカーフェイスで横に立っているだけだ。
そう、だからあの日からポーカーフェイスな執事になってしまったのだ。
彼から笑顔を奪ったのは、きっと、わたしなのだろう。
わたしが後ろから抱きつくと、あなたは決まってこう言う。
「いけませんよ、お嬢様」
絶対にわたしを抱きしめてはくれないのだ。
「ねぇ、なんとかしなさいよ! 天才執事!」
わたしは子供みたいに駄々をこねる。
「では、お嬢様は、どちらがお好みですか?」
彼は突然、2枚のカードを出す。
『縁談』と『ひつじ』の文字が並んでいた。
困惑しつつ『ひつじ』を指差した。
「かしこまりました」
彼は、わたしをギュッと抱きしめた。
「あったかい」
「めーめー、天才ひつじさんですから」
彼は耳を赤らめながら、わたしの頭を撫で、久々に笑った。