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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハイファンタジーを追い求めて。短編ファンタジー小説集。

海の捕食者達

作者: Lance

 日差しにも風にも恵まれていた。帆船は定期航路を行き、穏やかな船旅が約束されていた。そう、誰もが思っていた。

 だが、そんな優しい日は一変して危機に陥ることとなった。

 木材の割れる凄まじい音が木霊し、後方の水夫と乗客らが逃げて来た。

 ギートは見張り台に居り、望遠鏡を慌てて船尾へ向けた。吸盤だらけの長く太い触手が空高く舞い上がり、甲板を強かに打ち付け破壊しようとしていた。

「て、敵襲! 敵襲!」

 ギートはまずそう叫び、付け加える。

「船尾にクラーケンが出現!」

 乗客らは慌てて船の前方に駆けて行き、水夫らはカットラスを抜いて右往左往していた。

 船が斜めに傾き、樽が転がり、そのまま犬歯だらけのクラーケンの大口に入って行った。

 だが、まだまだ船は沈まない。船長ロペスが指示を出している。何とか船を横に向けて三門ある大砲で反撃しようと舵手に伝えていた。だが、操舵は重いクラーケンの半身が乗っているため上手く動かなかった。

 ギートは必死に祈っていた。

「ああ、神様、この場が丸く収まりますように、化け物がどこかへ行きますように」

 望遠鏡の中では次々船縁が破壊されているのが映っている。

 長い鞭の様な触手に打たれれば終わりだし、絡み取られて捕食されてもおしまいだ。そして船がこれ以上の負荷に耐えられるのかが問題だ。斜めに傾く身体を籠の中で突っ張り、ギートは見張りとして頑なにそこから居りず、情報を伝える。

 灰色と赤のまだらな身体は毒々しくまさに畏怖を感じる。そして船の先で口をあんぐり開けて、水夫達をその中に放り込もうとしている。

「用心棒の先生、どうかよろしくお願いします!」

 船長が話しているのはダークエルフだ。赤く長い髪は尻ぐらいまで伸びている。深海で色付けされたような色のチュニックを着、華奢な背から長弓と矢を取り、斜めに傾いた船体の上を歩んで行った。

「頼むぜ、用心棒さんよ」

 ギートは見張り台で身体を支えながら望遠鏡で用心棒の背を見ていた。クラーケンの触手が伸びるが右に転がって避け、そこで矢を放った。

 雷電撃のような破裂音と共にクラーケンの黒い右目に矢が突き立ち、目からはドロリと血液が流れた。

「おお!」

 ギートは思わず歓声を上げる。寸分の狂いも無く目玉を射貫いた。こいつは凄腕の用心棒だ。神様、彼の戦士を乗船させて下さってありがとうございます。だが、触手が乱雑に暴れ出し、堅い木材の甲板を次々打ち鳴らした。

 ダークエルフは弓矢を構えたまま、まるでどこから触手の洗礼が来るのか分かっているかのように歩んでそのすぐ後を触手が過ぎっていた。

 再び強烈な音がし、クラーケンの左目を矢が潰した。

 船の位置が元に戻ろうと浮かび始めている。それはクラーケンの撤退を意味するものだ。

 そしてクラーケンは海へと落ちるように飛沫を上げて沈んでいった。

 水夫らが喜び安堵の息を吐き、乗客らがダークエルフの用心棒に拍手を送る。

 ギートも拍手を送ったが、彼は自分の役目を果たしに望遠鏡で周囲を探る。痛めつけられ、木っ端すら海へ消え失せた船縁が映る。それから右を見て、そこでギートは目敏く発見した。先程のクラーケンが浮かび上がった。

「右舷! 砲門前にクラーケン再び!」

 ギートが声を上げると、乗客らはまた不安げな顔をしたが、水夫達はそうではなかった。

「お前ら、海の男の意地を見せてやれ! 右舷大砲準備!」

「サー、イエッサァー!」

 水夫達は大砲の向こうに化け物がいるのにも関わらず三つの砲門を開くと火薬を装填し、黒く大きな砲弾を詰め込んだ。

 クラーケンが砲門へへばりつこうとする。

「撃てー!」

 船長の声が轟き、激しい音が見張り台にいるギートの歯の根っこまで揺らした。

 砲弾はクラーケンの大きな身体を貫き、海の怪物は沈んでいった。

「怪物は沈んでゆきます!」

「ギート! 怪物なんて言うな、たかがクラーケンだ!」

 誰かが嬉しそうに叫んだ。

 ギートはクラーケンが沈んだあたりを見ていた。

 そして恐ろしいものを目撃した。大きく長い暗灰色の身体がグネグネと身をくねらせて泳ぎ、その口でクラーケンに齧りついたのであった。

 大波で船体が揺れる。

「何だ!?」

 水夫らが言い、見張り台を見る。

 ギートは知識はあるがそれを初めて見た。

「シ、シーサーペントだ!」

「何だって!? 間違い無いか!?」

 船長が驚いて問う。

 未だ未知に包まれている大海蛇シーサーペント。それがどう襲い掛かって来るのか、皆、固唾を飲んでいるようだった。

 だが、その緊張を破ったのは乗客の一人の老人だった。

「シーサーペントは海の中にしか興味はない。落ちなければどうということはない」

 水夫らは黙って右舷の大砲に取り付いていた。

 ギートの望遠鏡に海上で血の花が咲いたのが見えた。シーサーペントがクラーケンの残骸を捕食しているのだ。そうして大きな鮫の背びれが何本も向かって来るのを見て、少し泡を食ったが、報告した。

「船長、敵はクラーケンを食ってます。鮫も来てます、今の内に離れましょう!」

 ギートが言うと、船長は頷いて砲門を閉じ、水夫らに指示を出し始めた。

 ギートは海面から飛び上がる凄まじく太く長い胴体を望遠鏡で見て失敗したと思った。何故なら、今晩、夢に出そうだからだ。たぶん、自分が海に落ちてあの長い身体をグネグネ揺らしたシーサーペントに追いかけられる夢だろう。

 海はおっかない。だが、だからこそ、働き甲斐がある。定期便はこうして再び風を帆に孕んで現場を離れて行ったのであった。

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