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お嬢様とオペラの夜3

お嬢さまとオペラの夜3

 離宮の庭園は盛大な篝火で昼の様に煌々と照らされています。オペラハウスであるこの離宮では室内はもちろん、このように薪歌劇も行えるように特別に誂えられたのだと、お稽古時代に師父様方から教わったことがあります。


 三代前の国王陛下がとみにオペラがお好きだったそうで。その為に後宮の一つであったこの離宮を丸々改築したのだそうです。その離宮の名も、かつて統一帝国時代にオペラを愛し、発展させたといわれる歌劇帝の名からとられ、エレニシア宮と名付けられたとの事でございます。


 そして今、私フローレスはそんなエレニシア宮のホールにて専属給仕たちのお手伝いを致しております。


 本来私のような家に仕えるメイドは、宮殿にて給仕をされる方々と身分も違うので袖触れ合うほどのご縁もありませんが、私がこうしてお手伝いさせていただいていますのも二つの理由がございます。そもそも私はお嬢様の側をひと時も離れたくはないのです。

 

 まず一つが、野外で行う薪歌劇のため、私のような個人付きの使用人が何人もうろうろしていると篝火が倒れて危ないという理由。なんでも十数年前に一度火事になりかけたとかなんとか。なら歌劇ごと廃止してしまえばいいのにと思ったのは私だけではない筈です。その為、今は家令ハウススチュワードのゲラン様が御一人でポルジェ家の方々をお守りくださっています。


 二つ目がなんとオペラ会の後には食事会、立食式のパーティが開かれるからでございます。というか、こちらの方が本命でございまして、この食事会にてお貴族様方は社交に花を咲かせるのでございます。


 すると困るのはこの離宮の使用人たちでございます。本来オペラハウスであるこのエレニシア宮に配置されている人数は決して多くはありません。当然国中のお貴族様が一堂に介すようなパーティの準備などできるようにはなっていないのでございます。


 それがある時から参加された各家の使用人を貸し出すというのが慣習になりまして、私もめでたくお料理を運び、カトラリーを並べさせていただいております。なんていらない習慣でございましょう。


こうした理由からお嬢様の御傍を離れ、給仕の真似事などしております。


 ところで、毎年このオペラの夜は、私の様に各家から集められた者と、そもそもの離宮の専属使用人たちなど立場の様々な者たちの寄り合い所帯になります。その為、実に空気が悪くなるのでございます。彼方ではどこそこの伯爵家のメイドと離宮の給仕がくだらない喧嘩をしていらっしゃいます。あれは毎年の風物詩のようなもので、今年の発端はテーブルクロスのどちらが表かという事からでございました。そんな事こそ表に出てやってほしいものです。


 とは言え今表に出られますと貴族様方のお邪魔になりますので絶対にやめていただきたいですが。


 喧嘩している二人のことも毎年の事なのでだれも止めようとはしていません。それどころか、その醜態を見て、かえってなるべく手助けしようという空気すら生まれてきています。


 ふと庭園へ目を向ければ、今まさに幕の上がるところでございました……。





前奏曲

(ゆるやかに。イ長調4/4拍子)


まだ世界の生まれる前、茫漠とした闇だけが広がる。その中に幾筋の光が現れる。


第一場


天使の服を着た少年たちによる合唱。

(荘重に)

 「世界の未だ開ける前、一滴の光が落ちて形を現わさん。光は暗闇淵の世界を嘆きて自らの光を分け与え給う。世界に光が生まれ給う。

光は力を失いて女の形を現わさん。女は命なき世界を嘆きて自らの命を分け与えん。世界に生き物が現れん。女は力を失いて死を得給わん。

死ぬる女は死ぬる時独り身たることを嘆きて自らの時を分け与え給う。世界に男が生まれ給う。人は命つなぐ術を得給う。

これぞこの世界開かれし時の話なり。生まし親なる光、女神と呼ばん人この時より女神を得給わん。

我ら一同これまでの事を我ら歌に乗せて精一杯をご高覧えせしめん」


合唱団 退場

(活発に。ト長調 4/4拍子)


第二幕 第五場

ボアドルモン「(振り返って)見よ! 今見下ろす大地はついにあまねく我らのもの! 歴戦の戦士、豪傑、悪魔を打ち破り、戦火に燃える地を平らげ、ついにこの世は我らのもの!」


従者「皇帝陛下万歳! 帝国万歳! 女神様万歳!」


ルクスクルジフ「陛下はついに万難を排され地上を平定されました。遍く国々は陛下に従い、百敷の宮殿は陛下に傅き、ついにこの世の支配者と成られました! まもなくこの大地を覆う血は洗い流され陛下の御代の曙が上りましょう! 皇帝陛下万歳!」


ボアドルモン「おお、ルクスクルジフよ、ワシが天下を一統できたのもそなたのおかげ、今こそワシはそなたに永遠の愛を誓い、そなたの名を永遠に残すと約束しよう。これより始まる王朝の名はルクスクルジフ。我らの子こそが永久に受け継ぐ帝国である」


従者による合唱「戦乱を嘆きたる女神様のその生まれ代わりを頂いて、大地を治めた帝王のいでき始めの物語。いでき始めの物語。今は千々成す帝国の生まれは嘗て黄金の光を分かつお后はははそ葉の国の母とぞなれりける。国の母とぞなれりける」

クロスマン大公家宮殿。遠景に燃える街並みと黒煙を吐く神殿。一人の傷ついた騎士が大公の屋敷へ入りこむ。かつて乱れた帝国の為大公に独立を進言したポルジェ。


第五幕 第三場


ポルジェ「お逃げください大公様、今や国は乱れ人の心は惑うばかり、今ここで皇家のお血筋の御身が倒れては、もはや帝国の再興は立ち行きますまい。ここは涙を飲んで民を捨ててでもお生きのびください。それこそ民の御為でありませば」


クロスマン「ああ、ならぬ。ならぬぞ。我が剣。ワシはこの地を預かった者。この地の民を捨ててはおけぬ。ルクスクルジフの血の流るるとは言え国を興すなど不相応」


ポルジェ「いいえ閣下、閣下の使命はその血を絶やさぬこと、仮令薄まれといえども、御身に流るる女神の血をこそ絶やさず後世へ受け継ぐこと! 今や国は千々に乱れ人心は不安に惑いています。今は大公閣下こそが迷える民の最後の灯でございます。生き延び、血を御繋ぎください」


クロスマン「ああ、1000年の帝国が滅んでゆく! これが女神の血の終わり! 女神の国の終わり! 今はワシが暫し国を預かれども、いずれはお返しすべき物。真のルクスクルジフの後継者の為今暫しお預かりさせていただく! ポルジェよ馬は何処か、そなたはこれより我が剣、わが盾! ともに生き延びたときはそなたへも栄達を約束しよう! 馬は何処か!」














 神殿でのお稽古の時代、何十回と聞かされた物語でございます。そして時を遡る前には毎年この離宮にて耳だこのできるまで聞いた歌でございます。世界の開闢、かつて存在した帝国の成り立ちと崩壊、そして多分に脚色の加えられたクロスマン王家の興り。


 そして諳んじるほどに聞いた幕引きの言葉――


 “真の女神の後継者により帝国は立つ”


 私たち誇りある使用人たちの3時間に及ぶ決死の準備によってついに会場は立派なパーティ会場に早変わりしております。先ほどまで言い争いをしていた者たちも互いを労ってすらいます。最も毎年こうですから止める者もないのですが。


 庭園の方から割れんばかりの拍手が轟いてまいりました。歌劇も閉幕を迎え、どうやら無事本国は独立したのでしょう。


 王国主催でありながら結びの言葉に王権が限りある物であるとするのも神殿がこの薪歌劇に参与しているからでしょう。非公式の招待とはいえ、こうした点も気を使わねばならぬというのは王権に携わる方々は大変です。


なにせ、歌劇の結びの言葉は経典の最後の言葉なのですから、神殿の勢力を排したい王国側からするとその根の深さは厄介極まりない事でしょう。


 私は今ひとたび背筋を伸ばし、ヘッドドレスの尾を締めます。私にとって大事なのは、あんなカビの生えた歴史劇ではありません。これから始まるお嬢様の初舞台。プレデビュッタントでございます。


 お嬢様はすでにお貴族様として完成された所作をお持ちですが油断できないのはそう。 今日は多くの殿方もいらっしゃるということ!


 あのぼんくら王子は論外として、お嬢様の将来の伴侶となる方が現れないとも限りません! 王子殿下からお嬢様をお守りし、またお嬢様にふさわしい未来の旦那様を見繕うのも専属メイドの大切な使命でございます。


 待っていてくださいお嬢様! お嬢様の幸せは必ずやこのフローレスが掴んでご覧に入れましょう!


次回やっとこさメンズチームの登場でございます。

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