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星のお嬢さま  作者: 小谷野ふみ
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あの子はだあれ(1)

仕事が忙しくて、現実逃避したくて(?)、現実世界のお話は一旦お休みして異世界ものに手を出してしまいました…

 夢の中のわたしはいつも子供で、決まって丘の上から夜空を眺めていた。

「ねえねえ、お星さまはなんでキラキラしているの?」

「それはね、お星さま一つ一つが生きているからなんだよ」

 わたしが見上げた先には大人の男。身長差がありすぎるのか、顔が陰に隠れて判らない。わたしと手を繋いでいるが、あれは誰だったのだろう?


***


 目を覚ますと、視界に広がるのは見慣れた豪奢な天蓋だった。窓から零れる陽は柔らかく、春の朝の訪れを感じさせる。もうすぐ、本格的な春が来るのだろう。

 無駄に広い寝台(ベッド)から這い出し、わたしは窓の外を見た。広い庭では、庭師がせっせと手入れをしてくれている。時折、お仕着せの女性がパタパタと庭を横切った。

 庭の向こう――屋敷を囲う壁の向こうは王都の街並みが見え、さらにその向こうには大きな城が聳え(そびえ)立っていた。城は(もや)で霞んでいるが、城下町ははっきり見える。人々が絶えず往来しているところを見ると、城下町も朝から活気があるようだ。

「王都にいる人の中で一番のお寝坊さんは、わたしかもね」

「そうですね。でも勝手に寝台から出てフラフラされるのは困るんですよ。小言を言われるのは私たちなんですから」

 重厚感のある扉が開くのと同時に、侍女リツの小言が飛んできた。リツはこの屋敷の侍女長をしている40代の女性で、わたしの乳母だ。3人の子供を育てながらわたしの世話までしているリツは、顔から多少疲れはにじみ出ているものの、背筋がしゃんと伸び、全ての所作に隙がなく、力強い。陰で"不落の侍女長"と呼ばれているだけはある。

 鬼の形相をした彼女の後ろには、彼女の部下たちが苦笑いしている。その苦笑いは、何を意味するのだろう。きっと、わたしが勝手に寝台を出たことに対して、「またか」と呆れているに違いない。それか、侍女長の怒りに何も言えなくなっているか。どちらにせよ原因はわたしにあるため、わたしは静かに肩を窄めた。

「改めまして、おはようございます、セイラ様。お仕度に伺いました」

 そう言うと、リツは深々と頭を下げた。続くように、後ろにいるリツの部下の皆さんも頭を下げる。思わずわたしも軽く頭を下げた。

「おはようございます、皆さん。朝早くからありがとうございます」

「…使用人に頭を下げるもんじゃないと、教えたはずですが」

 リツは眉間を指で抑えて、長く深いため息をついた。リツはいつも小言ばかり言っている。もちろんそれはわたしが不甲斐ないが故であることはわかっているし、その小言は嫌味ではなく一種の愛情表現であることも判っていた。だが、朝一の小言は気分がいいものではない。思わず、年甲斐にもなく口をとがらせ俯いた。

「ほら、(へそ)を曲げていないで、鏡の前に座ってください。本日は先代様がお見えになる日ですよ」

 先代とは、わたしの父のことである。10年前に母が他界してから、父は甥であるハルキ殿に爵位を継ぎ、今は王都から離れた土地で隠居暮らしをしている。しかし、半年に1回ぐらいの頻度で、父は王都のこの屋敷を訪れる。父は甥のハルキ殿と娘であるわたしのことが気がかりで、わざわざ様子を見に老体に鞭を打って王都まで来てくださるのだ。

「そういえば、お父様は来月65歳になるんですね。今年は何を贈ろうかしら…」

「そうですね、とりあえず、先代様を喜ばせるために、大人しく支度をさせていただけませんか。今回は大切なセイラ様の"成人の儀"のためにいらっしゃるんですからね」

手際よくわたしの支度を進めながら、リツの小言は尚も続く。

「セイラ様は"星の子"なのですから、もっとビシッとしてくださいませ。追々は王太子殿下の傍でお勤めになるのですよ。いつまでもぽやぽやしていられては、お家の恥となります。もっとそこらへん自覚を――」

「わかっています、リツ。ただ、お父様とお母様の子ではないわたしが、この家の利益になれるのかが心配なだけです。ちょっとでも上手くいったら、他の貴族の皆様から嫌がらせを受けないかとか、失敗したらこれでもかと周りからたたかれるのではないか、とか」

 リツのお説教を遮ったわたしは、自分が言った言葉にもかかわらず、目頭が熱くなった。そう、わたしは伯爵家(ここ)の子ではない。"星の子"としてたまたま伯爵家に()()()()()なのだ。要は、ただ運がよかっただけ。自身の出生について知ってからは、「自分は"星の子"」「運よく拾ってもらった身」だと言い聞かせ、その度に言葉で説明できない虚無感に胸を締め付けられてきた。

 "星の子"とは、100年に一度、流星群がきれいに見える夜に現れる子のことをいう。どのように現れるのかは諸説あるが、『流星は異世界の命の光であり、流星群から逸れてしまった命が赤子として落ちてくる』といった話が今のところ定説となっている。ただ、"星の子"についてはまだ研究途上で、実際のところはまだわかっていない。天文学や考古学のように、ロマン溢れる研究テーマとして人気は高いらしいが。

 "星の子"は見た目もこの土地(ほし)とは異なる。白縹(しろはなだ)色の髪に砧青磁(きぬたせいじ)色の瞳、肌は乳白色をしており、まるで絵画に描かれるような理想的な肉付きをしている。このような容姿を持つ子は、普通には生まれてこない。"星の子"はアルビノなのではないかと研究した学者が過去にいたようだが、色素を司る遺伝子配列はアルビノと異なったため、アルビノ説を信じる者は今は居ない。

 まだ自分の出生について知らない小さい頃、生前の母から「長年子に恵まれなかったわたしたちへの、神様からのプレゼント」だと教えてくれた。父と母は子に恵まれなかった。だが決して夫婦仲が悪かったわけではない。むしろ、おしどり夫婦として有名だった。そんな父と母が流星群を観に夜の散歩に出たところ、庭園の一角に植えられている楠の陰で産声を上げるわたしを見つけたのだった。当時、父も母も40代。養子を考え出した頃だった。何年もの間、欲しい欲しいと思っていた子どもが、流星群が見える日に現れたのだ。それは確かに神様からのプレゼントと錯覚しても可笑しくはない。まあ、拾った子が女児で且つ"星の子"だったため、結局は養子として甥のハルキ殿を跡継ぎとして迎え入れることにはなったのだが。

 "星の子"は成人の儀を終えると、"星読み"として王城に仕えることになる。星と対話し、未来を占い、王に今後の進むべき方向を進言するのだ。また、3か月に一度、晴れた日の夜に祭事を行う。"星の子"は、政界で重要な役割を担うことになるのだ。わたしの主は第一王太子のアサヒ殿下。数年後、王位に就くことが決まっている。つまり、父が王都に帰ってくる最大の理由は、一応肩書が()()()()であるわたしの登城をサポートするためだった。

「そんな心配はいらないでしょう。ハルキ様のお勤めぶりから、そうそう変なことをいう輩は出てこないはずです。今貴婦人方が挙って買っているパパラチアサファイヤは、我々の領地にある鉱山で採っているもの。高山野菜の生産量も国一です。酪農も然り。何も心配されることはないはずです」

 リツはわたしの髪を編み込みながら、自信満々に言う。リツに力強く言われると、少し落ち着くことができる。たしかに、うちは地方土地で農業、鉱業で王都を支えている辺境伯の1つだ。下手な侯爵家よりも力がある。リツのいう通り、うちに直接嗾けるような命知らずはそうそういないかもしれない。

「はい、お仕度整いました」

 リツに言われて、わたしは伏せていた眼を開き、鏡の中を覗き込んだ。そこに映るのは白縹色の髪に砧青磁の瞳を持つ自分ではない。いつも通り、肩までの長さの黒髪に黒い目をした、自分と同年代の少女だった。


***


「セイラ!戻ったよ!」

 そう言いながら、馬車から杖を突いて出てきたのは我が父だった。わたしは一礼し、父の元へと駆け寄る。そんなわたしを父はいつも通り両手で力強く抱きしめた。

「おとっ、お父様、杖が背中に当たって痛いです」

「はは、すまない。ついね、可愛いセイラを見たら杖を手放すのを忘れてしまったのだよ」

 父は少し力を緩めると、わたしの頭を撫で始めた。ちなみに、これは毎度のことである。自分の後方で、使用人たちが生暖かい目で見ていると思うと、羞恥心からはやく屋敷に入りたいと思ってしまう。

「成人の儀は1週間後か――。もう16年経つのだなぁ、寂しいなぁ」

「お、お父様、とりあえず中に入りませんか?お茶の準備をしておりますゆえ…」

「セイラとお茶!では早速場所を移そうか」

 そう言うと、父は機嫌よく歩みを進めた。わたしは、父の体を軽く支えながら、父の歩調に合わせて歩いた。

(だんだん、足腰がのわくなってきている)

 その現実を改めて見せつけられ、胸が閉まる思いだった。自分が成長すればするほど、父親の背中は小さくなっていく。時の流れに逆らうことができず、ただ見ていることしかできないことが辛い。

 父は足が思うようにあげられないのか、屋敷までの石畳で何度か躓いた。後で執事に、敷地内の段差や隙間をなくす工事について相談しなければ。

 父の部屋に着くと、父はお気に入りの長椅子(ソファー)に腰掛け、長いため息をついた。やはり長旅は年齢的にしんどいのだ。自分ごときの成人の儀のためにわざわざ王都まで来てくれたのかと思うと、申し訳なさでどうにかなりそうだ。

 近くで控えていた侍女が、額に汗を浮かべる父を気遣い、水が入ったグラスを差し出した。父は笑顔で礼を言うと、その水を一口含み、また深く息を吐いた。

「ハルキお兄様は息災ですか?」

「ああ。鉱物の売れ行きが良くてね。報告書の確認とサインで忙殺されているよ。今頃泡吹いて倒れてるかもしれんな」

 そう言って父は苦笑いした。ハルキは領主としての腕前は飛び抜けていい。しかし、己の限界を知らないのか、倒れるまで働いてしまう悪い癖があった。ハルキの妻オトワが何度か休ませようとしたことはあるが、聞く耳を持たないため、今は倒れないように執務を手伝うようになったとか。

「あの、義姉様もお体壊してしまわれるのでは」

「いや、オトワは心配ない。ちゃんと決まった時間に食事をして、軽く運動もして、決まった時間に寝起きしているからな」

 できた嫁をもらえてよかったよ、と父がため息をついた。

 そのあとは最近の王都の様子や屋敷の様子、同年代の令嬢たちとのお茶会でのやりとりについて報告し、この場はお開きとなった。

「セイラ、明日さっそく準備に入るから、そのつもりでね」

 父の部屋を出るときに、父が言い忘れたかのように慌てて言う。ちょうど背を向けたところだった私はくるりと振り返ると恭しく頭を下げ、承知しましたとだけ答えた。

「また寂しくなるね」

 父の部屋の扉が閉じるとき、父がぽたりとそんなことを呟いた気がした。

ありがとうございました。

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