悪の帝国に忠誠を if SKS襲来ルート
姉様が無事出産を迎え、複雑ながらも生まれてきてくれたルナを全力で祝福したその年に、それはやって来た。
奴らは突然現れたのだ。
黄色と黒の縞模様をした悪魔の大群。
超小型でありながら驚くほどの殺傷能力を持った悪魔のような魔獣の群れは、瞬く間に帝国全体を恐怖のドン底に突き落とした。
奴らが最初に狙ったのは、あろう事か帝国皇帝アビス・フォン・ブラックダイヤだった。
世界最強。
世界最凶。
帝国の闇そのもの。
人外の化け物。
ロリコンクソ野郎。
あらゆる異名で畏怖される正真正銘の怪物は、小さな悪魔にまさかの敗北を喫した。
私は思う。
正面から戦えば、さすがに勝ち目はなかっただろうと。
だが、奴らはその小さな体を活かして後宮の中に忍び込み、側室とのエッチに夢中だった皇帝を毒殺するという偉業を成し遂げたのだ。
その報せを学園でノクスから聞かされた時、私は言葉の意味が理解できずにフリーズし、しばらく開いた口が塞がらなかった。
予想外すぎて、皇帝ざまぁとか思う余裕すらなかった。
次に犠牲になったのは、これまた超大物。
帝国六鬼将序列一位『闘神将』アルデバラン・クリスタル。
しかし、彼はエッチの最中に毒殺された間抜けな皇帝と違って勇敢だった。
主を殺されて怒り狂い、悪魔の群れに単騎で特攻をかけたのだ。
彼の奮闘を見ていた者は語る。
その戦いぶり、まさしく闘いの神のごとし。
悪魔の毒に全身を侵されようとも倒れず、激痛に耐えて最後の最後まで戦い抜き、たった一人で悪魔の群れの半分以上を道連れにして、最期は直立不動のまま逝ったという。
彼こそが帝国騎士の鑑であったと、多くの人達が語った。
その頃になってようやく私はフリーズ状態から復帰し、皇帝が死んだ穴を埋めるために頑張るノクスや姉様を必死で支えた。
次の犠牲者は、またしても超大物。
六鬼将序列二位『賢人将』プロキオン・エメラルド。
ただし、この爺は死んだ訳ではなく、植物魔法で領民を守り抜いた末に負傷するも、老人とは思えないゾンビのような生命力で一命を取り留めたらしい。
その頃の私は、姉様やノクスに頼まれてワルキューレを大量生産し、各地の悪魔討伐に当てていた。
私自身が戦場に出る事も考えたけど、それはレグルスやプルートも含めた仲の良い知り合い全員に全力で拒否された。
学生の手を借りるほど落ちぶれちゃいないとか言ってたけど、明らかに私を心配しての言葉だ。
正直、かなり嬉しかった。
このゴタゴタに乗じて姉様を誘拐して国外逃亡しようって意志が揺らぐほどに。
まあ、全ての元凶の皇帝は死んだんだし、せめてこの騒ぎが落ち着くまでは恩返しのために働くのもいいかなと思った。
幸い、毒を主な攻撃手段にしてる悪魔相手に無生物であるワルキューレは途轍もなく相性が良かったから、私や姉様が命を賭けなくても充分な助けにはなったはずだ。
その後も数年間に渡って、悪魔達は凄まじい数の人々を殺して回った。
けど不思議な事に、死んだのは大半が平民に酷い仕打ちをしてた貴族達だった。
プルートの実家も潰れて、一時期彼がめっちゃ不安定になってたけど、正直私はプルートだけでも生き残ってくれてホッとしてる。
だって、あいつ不安定な心のまま悪魔討伐に行って死にかけたんだもん!
一緒に行動してたレグルスに助けられて九死に一生を得たらしいけど、プルートが死にかけたという報せを聞いた時は、ノクス共々心臓が止まるかと思ったよ。
あのバカは、せいぜい助けてくれたレグルスに体でお礼したらいいと思う。
で、序列一位の人が半分道連れにしてくれたとはいえ、それでも凄い数が残ってる悪魔の討伐に力を貸してくれる存在が現れた。
まさかの革命軍だった。
後で知った事だけど、どうも司令塔の裏切り爺が寝込んでるから手綱を握り切れず、この未曾有の危機に自らの意志で立ち上がったらしい。
戦場で騎士達の一部と妙な絆まで育んだみたいで、どうなってんだこりゃと本気で首を傾げたよ。
もうゲーム知識が一切役に立たない。
私はゲームの世界じゃなくて、そのパラレルワールドにでも転生したん?
あ、ちなみに、ここで原作主人公のアルバの姿も確認できたよ。
ヒロインのルルと一緒に、元気に悪魔を討伐して回ってた。
学園を卒業した私は、人手が足りないって事でノクスの命令(めっちゃ苦悩してた)で回復術師として戦場に出向いてたんだけど、そこで会ってなんか仲良くなりました。
さり気なく探りを入れてみたら、どうも故郷の村が貴族に壊滅させられたとかそういう事もなかったみたいで、単純に村を襲ってきた悪魔を退治してくれたルル達革命軍に感謝して、その末席に加わったらしい。
悪魔が凄まじい勢いで原作ブレイクを引き起こしているぅ!
マジでなんなん、あいつら?
そうして、革命軍と帝国軍によるまさかの共同戦線によって、悪魔達を遂に絶滅させる事に成功した。
長かった。
マジで長かった。
だって、あいつらほっとくと繁殖期で一気に増えるんだもん!
何度「やってられるか!」って叫んで国外逃亡を考えた事か。
それでも、皆のために必死で頑張る姉様や、日に日にやつれていくノクス達を見てたら、どうしても見捨てる事ができなかった。
私って、こんなに甘い奴だったかなぁ……。
それもこれも、きっと皇帝やクソ貴族が死んで、帝国全体が見捨てたくないアットホームな職場に変わったせいだと思うんだ。
何はともあれ、こうして悪魔との戦いは終わりを告げた。
でも、ハッピーエンドまではまだまだ遠かった。
皇帝の死や悪魔の襲撃で弱った帝国を叩き潰そうと、周辺国が一気に攻めてきたからだ。
幸いと言っていいのかわからないけど、周辺国にも帝国ほどじゃないにしても悪魔が出没してたから、今まではそっちにかかりきりで攻めてこなかったけど、悪魔問題がどこの国もほぼ同時期に片づいちゃったから、さあ大変。
一気に周辺地域一帯は戦国時代に突入だよ。
と思ったけど、意外とすぐに戦国時代は終わりを告げた。
帝国強すぎワロタ。
皇帝やクソ貴族が死に、低下した戦力を補うためにも、新皇帝ノクスの采配で平民の地位向上を約束する代わりに、正式に革命軍を引き入れた帝国軍は強かった。
皇帝や序列一位の人みたいな化け物戦力はいなくなったけど、他の六鬼将は残ってる。
そして、私も序列一位の人が死んだ穴埋めとして六鬼将に就任した。
と言っても、アイスゴーレム作成による後方支援専門の六鬼将だけど。
六鬼将序列六位『氷月将』セレナ・アメジスト。
それが今の私の地位だ。
前線で戦う事はないから、多分序列が上がる事は一生ないだろうけど。
そんな充実しまくった帝国戦力を前に、周辺国軍はあえなく敗北した。
元々、国力の差も大きかったしね。
尚、この戦いで、悪魔襲来の時からずっとガルシア獣王国の侵略を防いでいたミアさんがようやく開放された。
アイスゴーレムの援軍送ったのがよっぽど効いたのか、「ありがとう! マジでありがとう!」と泣きながら感謝されたよ。
その後、ミアさんは念願の休暇を取って一ヶ月は寝たまま起きなかったとか。
寝てる間に部下のシャーリーさんが何かしたみたいで、起きた時に「どうしよう、セレナちゃん!? 私もうお嫁に行けない!」って泣きつかれた時は本気で頭抱えたけど。
そうして戦争も終わったけど、まだまだ問題は山積み。
皇帝が死んだ後、悪魔襲来だの、周辺国との戦争だのでゴタゴタしまくってたせいで政治はガタガタだし、平民と貴族の溝もまだまだ深いし、復興も進んでないし、周辺国との和平の維持も大変だし、もう忙しさで目が回りそうだよ。
でも、事ここまでに至ると、国外逃亡しようなんて気はなくなってた。
悪魔のせいというかおかげというかで、図らずも帝国の膿は浄化されたし、今は皆が目先の問題で手一杯だから、暗殺とか謀殺とか考える余裕がない。
アイスゴーレムセキュリティも万全だし、ノクスは約束を守って気にかけてくれてるし、姉様やルナが危ない目に合う事もないと思う。
というか、最近の姉様は元気すぎるよ……。
なんか後宮時代から始まり、悪魔討伐やら戦争やらの時に持ち前の優しさと有能さでシンパを増やしまくったみたいで、今では平民を中心にめっちゃ持ち上げられて、貴族と平民の融和のための架け橋みたいな存在になってるんだよなぁ……。
しかも、姉様その仕事にめっちゃやり甲斐感じてるみたいだし、誘拐して国外逃亡なんてしたら滅茶苦茶怒られそう。
楽しそうだし、命の危険もほぼなくなったし、今のこの国には姉様の幸せがある。
なら、もうこれでいいや。
ルナもメイドスリーも、そんな元気な姉様と一緒にいれて幸せそうだしね。
無論、私も幸せである。
こんなに幸せなら、思い切ってもう一歩踏み込んでみてもバチは当たらないはずだ。
今なら、合意の上で姉様と百合百合な関係になれるかもしれない!
だが、しかし!
ここで想定外の事が起こった!
「うぅ、なんでこうなるんですかぁ……」
「アハハ……その、綺麗だよセレナ」
「ありがとうございます!」
褒めてくれた姉様に、ヤケクソ気味にそう返す。
私は今、なんと花嫁衣装を着せられて姉様と向き合っていた。
しかし、私がヤケクソである事からもわかる通り、姉様と結婚できる訳ではない。
そもそも、この国には姉妹婚どころか同性婚の概念すらない。
姉様は花嫁の親族として控室にいるだけだ。
「お姉様、キレイー!」
「ありがとう、ルナ」
一点の曇りもないキラキラした目を向けてくるルナを抱き上げて頬擦りしつつ、私はこうなってしまった経緯に思いを馳せた。
原因は今の姉様の立場だ。
今の姉様は元皇帝の妻であるという以上に、平民達や一部の良識派貴族に慕われまくっている、事実上のかなりの権力者となってしまっている。
それこそ、皇族がその存在を無視できないくらいに。
そうなってくると、皇族としては姉様の派閥と友好関係を築きたくなる訳だ。
今でも皇帝になったノクスとは友好的な関係が続いてるんだからそれでいいだろと私は思ったんだけど、どうもまだまだ平民と貴族の溝が深いせいで、姉様の派閥がいつかクーデター起こすんじゃないかと心配してる連中がいるらしい。
それも結構な数が。
まあ、姉様の派閥って半分以上が元革命軍だし、あながち的外れな指摘じゃないから何とも言えない。
そこで皇族というか、皇帝ノクスはこう考えた。
古くから、友好関係の象徴は結婚であると。
つまり姉様派閥の重要人物と自分が結婚しちまえば話は早いと。
そこで白羽の矢が立ったのが、まさかの私という訳だ。
姉様本人が結婚できればそれが一番良かったんだろうけど(無論、私は大反対するが)、姉様は元皇帝の側室であり、その姉様を息子のノクスが娶るというのはちょっと外聞が悪い。
その点、私なら未婚だし、姉様と最も近い血縁だし、私自身も六鬼将の地位持ってるし、まさに適任だった訳だ。
いやまあ、ノクス曰く、それは半分建前だったらしいんだけど。
「私は姉様の事が好きなのにぃ」
「ごめんね。セレナの事は凄く凄く大好きだけど、やっぱり妹としてしか見れないから。それに、セレナだってノクス様の事嫌いじゃないでしょ?」
「それはそうですけど……」
確かに、私はノクスの事が嫌いではない。
感謝もしてるし、その対価に抱かせろと言われてもどうぞと迷いなく言えるくらいには好感度が高い。
それでも、恋愛感情はないのだ。
ないんだけどねぇ……。
そうして姉様と話し込んでるうちに、結婚式の開始時刻となってしまった。
姉様にエスコートされてバージンロードを歩く。
本当なら父親がエスコートするんだけど、あれにエスコートされるのは死んでも嫌だったから、ワガママ言って姉様に変わってもらった。
もちろん、奴に拒否権などない。
バージンロードから目線だけで周囲を見回す。
皇帝の結婚式だけあって、その規模は凄いものだ。
有力貴族から元革命軍の重鎮やら、あと私の知り合い枠でレグルス、プルート、ミアさん、アルバ、ルルとかの姿も見えた。
特にレグルスとプルートが涙ぐんでて、なんか居た堪れない。
そんな居た堪れないバージンロードの果てに、皇帝用の豪華な花婿衣装を着たノクスがいた。
「セレナ、頑張ってね」
そして、姉様のエスコートはここまでだ。
最後にそう言い残して、姉様はルナとメイドスリーのところへ行ってしまった。
妹を売り渡してるのに、中々にいい笑顔だ。
それは多分、私がこの結婚を本気で嫌がってる訳じゃないって見抜かれてるからだろう。
やっぱり、姉様には敵わない。
「綺麗だぞ、セレナ」
「どーも」
素っ気なく返事をすれば、ノクスはやれやれとばかりに肩を竦めた。
でも、嫌な顔はしていない。
私は、プロポーズの時にノクスに言われたセリフを思い出す。
『正直、私もお前に恋愛感情があるかと言われたら微妙だろう』
あれ?
これプロポーズの言葉だよな?
その前提を本気で疑った私は悪くないと思う。
『だが、私も今や皇帝。いずれは必ず結婚し、世継ぎを残さねばならない身だ。その時、これから先の人生を共に生きるパートナーは誰がいいかと思った時、真っ先にお前の顔が浮かんだのだ』
要は、お互いに恋愛感情はないけど、消去法で一番マシな相手を選ぼうぜって事だ。
まあ、貴族の結婚なんてそんなもんだろうし、むしろ一番マシな相手を選べるだけ私達は恵まれてると思う。
私は姉様と結ばれないなら一生独身でよかったんだけど、今の情勢的にそんな事言ってられないだろうし。
それに、この結婚がありかなしかで言ったら、ありだと思うんだ。
恋愛じゃなくて、友愛で結ばれた夫婦だっていていいと思うんだよね。
「我、ブラックダイヤの名にかけて、皇の血にかけて、汝を生涯に渡って必ず守り抜くと誓おう」
「アメジストの名にかけて、あなた様を生涯支えると誓いましょう」
帝国式の誓いの言葉をお互いに口にして、私達は友愛で結ばれた夫婦になった。
姉様と百合百合できなかったのは残念極まりないけど、でも姉様が傍で笑ってくれて、可愛いルナもいて、メイドスリーもいて、レグルス達もいて、旦那は頼りになる上司。
まあ、こんな結末も悪くはないかなと、そう思った。
こんな結末になったのは、やっぱりあれが転機だったんだろう。
そう。
あの黄色と黒の悪魔……
━━スーパーキイロスズメバチが。