7、異世界の車窓からハルエネ子のお話
すっかり寒くなりました。皆さまお風邪など召されませんよう、お気をつけください。
私も気をつけます。マスクして手洗いうがいで風邪菌を徹底ガードです。そうしていても凶悪ウイルスには勝てません。諦めて、休んで寝て、とっとと治しましょう。
現実逃避の異世界の車窓からの眺めを見ていると、隣に座った美脚のレン様が私に声をかけてきた。
「ねぇ。ハルさんって、どうしてエネ子って呼ばれているの?」
私はハッとして、レン様に顔を向けた。
宝石のような青い目が、褐色の肌の中でも美しい輝きを放っていて、ああ神はなんて美しい人を作り上げたのだろうか。神も思わず見初めちゃって攫っちゃうんじゃなかろうかと心配になるほどだった。
「ハルさんの名前も、素敵だけど、この国ではあまり聞かないお名前よね。」
「私が特殊技能者として、前世の記憶持ちである事が、この名前に関わっています。」
「ごめんなさいね。私晩餐会の前に、少しだけどハルさんの事ウィーから聞いて、、、人からあれこれ聞くよりも、本人からちゃんと聞きたくて。」
男の子の声で、首を傾げ可憐にそうレン様は言った。
ヤバい。コレは、、、少女漫画で言う主人公の女子がイケメンに運命的な出会いをし、その仕草一つ一つに、いちいち『トクン』とかいうあの場面と同じだ。
あれを読んだ時私は、そんな頻繁に心臓が『トクントクン』いって顔面も熱を帯びるなら病院に行きなさいってお嬢さんと思ったものだが、まさかこの異世界で自分がそうなるとは思わなんだ。
長生きはするものだなぁ。一回前世で死んでるけど。
うん?ウィー?
「レン様、ウィー様とは?」
私がそう言うと、レン様はパッと顔を赤くした。
「あああ、あの。ウィーは、、、総括部長の、、、」
「確か、ヘーベル総括部長の名は、ヘーベル・ウィン・ストルイだったか。聖女殿とは幼なじみだとか。」
それまで聞きに徹していた筋骨隆々魔導師ヴァン・フォレストがそう言った。
「なるほどウィンだから、ウィーと愛称で、、、ん?フォレスト⁉︎(この国の名はフォレスト国だ。ま、、、まさか、、、)ヘーベル総括部長って。」
「この国の第四王子だな。ヘーベル総括部長は。」
うわー、全然知らなかったあああああー。
「ハルさんハルさん、お名前の話は?」
レン様は、ちょっと拗ねた感じで言った。
「はい。ハルの名前は前世の私が居た国の言葉で、『春霞』から来ています。地方から王都に移り住んだ、裕福でない家の出な私の母親ですが、没落こそしましたが元は貴族の出です。父は移り住んだ時に王都で知り合った工場勤めの庶民ですが、お互い好きあって一緒になったと。その母が私を身篭った時、夢に赤子の私を抱いた神が現れて母にこう言ったそうです。この子はやがて大きな役を成す。『春霞』の時期に『記憶と技術』を持って生まれてくる。この子がやりたいと言ったことは、何が何でもやらせなさい。アレがしたい、コレが欲しいと色々いう子では決してない。たった一つだけ、やりたいんだと必ず言うはずだから、その時には何としても叶えてやりなさい。『春霞』の申し子は世界を映し出す。そして内側を揺るがし真っ直ぐな戦い方で、この国を変えて行く、、、と。」
レン様は一瞬瞳を揺らしたが、すぐにいつもの調子に戻った。
「お母さま、ちゃんと聞いてくださったのね。」
「はい。私がカメラをやりたいと言った時も、全く反対しませんでしたし、貧しさから祖父の形見のカメラを父が売ってお金にしようとした時、必死でそれを止めて自分の髪を切って、それをお金に変えて父に渡していました。私も下の弟妹がいましたから、カメラをやるのも家には絶対迷惑をかけないようにって、いっぱい働いて資金は工面していました。そんな時王都の写真コンクールに弟妹の写真で応募して、審査員だったヘーベル総括部長に気に入って頂き、まるで沼から救い上げるように拾てくださって、学費諸々免除対象な特殊技能枠で、国民の栄誉と憧れである王立ウィンデール学園に入学する事が出来ました。ですからヘーベル総括部長には感謝してもしても、しきれません。家族もまさか我が家から王立学園の生徒が出るなんて思いもよらなかったようで、弟妹も最近では家の手伝いより勉強をと、母親より父の方が熱心にやっているとか。」
レン様はじっと私の話に耳を傾けていた。
「写真コンクールの時の、ウィーの事は覚えているわ。白黒写真の奇跡だ!とか、いつになく興奮していたし、、、でも、エネ子さんの名前の由来って、、、。」
「私が口癖でよく『省エネ』って言ってたのを、ヘーベル総括部長が面白がって付けたんです。」
「省エネ?」
「省エネルギーの略でして、まあ薪とか石炭、そういう無尽蔵でないエネルギー資源を大切に使う。それに伴う経費節約も図ることを言うんです。」
「そうだったの。なんだかハルさんの前世って進んでる、まるで未来の国みたいね。」
「ええ、記憶の影響もあって、私もそんな感じがする時があります。」
不意に流れていた外の景色が止まった。
今夜泊まる宿のある街に着いたようだ。
「皆さま、宿の街に着きましたよ。」
ここまで、その存在が無いくらい、ぞんざいな扱いですっかり影が薄かった、行者役をしていたリューイ・カミュ、やんごとなき雅な和風イケメン剣士が馬車の中の私達に声を掛けてきた。
「ご苦労様ね、リューイ。宿までもう少しお願いね。」
おおう、この何気ない気配り、、、レン様はやはり聖女だ、、、
「かしこまった。宿の手配はヘーベルがやってくれたようだ。じきに到着する故、皆さま降りる準備を。」
宿だ宿!この世界に生まれて初めての宿だ。
私は期待と不安とでちょっとだけゾクゾクした。
顔には出さないけど。
また弟妹に土産話が出来る!
写真も撮って持って帰って家族見せよう。
この時私はこんな考えで頭がいっぱいで、これから先起こる事なんて思いもよらなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。