28
遠征の出発まで、一週間を切った。
模擬試合での二戦以来、セシリアの鎧は修理と調整のためにカイに預けられたままになっている。
そして彼との約束通りであれば、そろそろ修理と調整が終わっている頃であった。
果たしてセシリアがカイの店を訪ねてみると、そこには汚れた作業着姿のカイがいた。
ふと見ると、玄関扉の表側には、『関係者以外お断り』という殴り書きが貼り付けてある。
それを見たセシリアは、口に手を当てクスリと笑いながら店の中へと入っていった。
店の作業場の中心には、見慣れた無機焼結体の鎧が置かれている。
それは完成直後の状態と同じように、真っ白で輝くように淡い光を放っていた。
細かな傷や汚れなども、綺麗に拭われ修復されているようだ。
セシリアは、その出来映えに感心すると、鎧の状態を実際に手にとって確かめようとした。
するとカイはセシリアの動きを遮るかのように、彼女と鎧の間に割って入ってくる。
「――?
どうしたの? まだ触っちゃいけなかった?」
セシリアはその行動を不審に思って、素朴な表情でカイに質問した。
すると彼は随分と真剣な眼差しで、セシリアの顔を眺め見る。
「覚えているか、セシリア。
俺は前に君と対戦して勝ったことがある。
そしてその時に、君は俺に約束したはずだ。
ひとつ、俺の言うことを何でも聞く、と」
カイが急に引き合いに出したのは、セシリアが剣を教えて欲しいと頼んだ時のことだった。
確かにあの時セシリアは対戦に負けて、カイの言うことを一つ何でも聞くと約束したように思う。
だが、セシリアはその時のことを、今になって持ち出されるとは思いもしなかったのだ。
「――覚えているわ」
そう素直に肯定しながらも、セシリアはカイが何を言い出すのかと警戒心を抱いてしまう。
彼はセシリアの言葉を聞くと、一つ頷いた後に、静かに願いごとを語り始めた。
「じゃあ今から、俺の願いというやつを伝える。
それは、俺がこれから君に説明することを、できる限り他の誰にも言わないで欲しいということだ。
つまり今から君に説明することは、全て俺と君だけの秘密ということになる。
それを守ると、まず誓ってくれないだろうか」
セシリアはカイの願いごとを聞いて、正直拍子抜けした思いを抱いてしまった。
何しろ彼女はひょっとしたら、自分を求められるのではないかと想像していたからだ。
もし、そうだとしたら、自分はどう答えるのだろうか――?
そんな嬉しいような困ってしまうような、よく判らない妄想に比べて、カイが願ったことは、ほんの細やかな願い事のように思えた。
だが、よくよく考えてみると、今からカイが何を説明しようとしているのかが気に掛かる。
それに『カイと自分だけの秘密』という言葉が、妙にセシリアの胸を高鳴らせた。
「いいわ」
セシリアが比較的容易に答えると、カイは改めてその約束の重さを再確認しようとする。
「剣に誓って?」
「――剣に誓って」
まるでそれが合い言葉であるように、騎士の誓いが交わされる。
カイはセシリアの言葉を聞いて安心したのか、ようやく本題の話を切り出し始めた。
「俺はこれから君に見せるものを、他の誰にも見せたことがない。
それをなぜ秘密にしていたのかを、まず理解して欲しいんだ」
それを聞くとセシリアは改めて、カイにとって自分の存在が特別であることを認識する。
それはセシリアが望んでいたことでもあるし、彼女にとって喜ばしいことでもあった。
だが、一方で彼が、今から何をしようとするのか不安になり始める。
カイはセシリアに一旦背を向けると、作業場の窓を全て閉め切った。
そして一枚の白い板を取り出すと、それをセシリアの目の前で意味ありげに見せつける。
どうやらカイが手に持つ白い板は、彼が以前無機焼結体と呼んでいた補強板のようだ。
「この無機焼結体は、その辺の物質よりも遥かに硬いという性質がある。
だから斬り裂く攻撃や、ある程度の衝撃には、金属よりも遥かに高い防御力をもつ。
それは恐らく、君も模擬試合で実感したことだろう。
――ところが、こいつにも弱点があるんだ。
それがこれだ。よく見てくれ」
カイはそう言うと、金属の台座のような金床に、手に持った無機焼結体の板を置いた。
そして、次の瞬間。
彼はその板を、先の尖ったハンマーで思いっきり打ち叩く――!!
するとカシャンという乾いた音と共に、板は脆くも割れ散ってしまった。
「割れた――!?」
「そうだ、割れた。
こいつは途轍もなく硬い物質なんだが、残念なことに粘りがない。
そこに極端に大きな力が掛かると、脆さが立ってあっさり割れてしまうんだ。
割れると鉄のように叩いて直したり、傷を埋めて修復するようなことはできない。
そうなると、この板ごと取り替えるしか修理の方法がないんだ」
カイはそこまで言うと、何かに思い当たったように、俯きながらブツブツと呟く。
「――そう、鎧の一部など、取り替えれば済む話だ。
割れてしまった無機焼結体の板は、単に新しいものに取り替えればいい。
だが、人間の身体はそういう訳にはいかない。
例えばこの板が割れてしまった後に、同じ箇所に攻撃を受けてしまえば、その一撃が致命傷になってしまう」
カイはそう言って、補強板の弱点を語ると、顔を上げてセシリアの両目を見た。
セシリアはどう反応して良いのか分からず、無言のまま彼の視線を受け止める。
どうやらここからが本題なのか、カイは一つ深呼吸してから再び語り始めた。
「もう一つ、こいつには弱点がある。
それは、物理的な攻撃に強いとしても、魔法に対する抵抗力がかなり低いということだ。
例えば模擬試合のような魔法道具を使わない戦いなら、そんな弱点は問題にはならないだろう。
君も戦いの中で実感した通り、こいつの防御力の高さは半端じゃない。
だから、ちょっとした魔法程度であれば、突き通って身体に被害を受けることもない。
でも遠征に出る君が戦う相手は、おそらく人間でなく蛮族や魔物になるんだ。
そこにはゴブリンや小鬼だけでなく、腕力や魔法に長けた強敵がいるだろう。
例えば、この鎧で巨人が振るう棍棒の一撃が防げると思うか?
例えば、この鎧で黒妖精の放つ魔法が防げるだろうか――?」
そう問い掛けられたセシリアは、割れた白い小板を見つめながら、微かに頭を横に振った。
期待通りの答えを得たカイは、一つ頷いてから断言する。
「そう、君が想像した通り、答えは『否』だ。
つまり、この陶器の鎧は、君がこれから迎える戦いへの備えが完全ではないということになる」
セシリアはカイから思わぬ話を聞いて、どう反応すれば良いのか全くわからなくなった。
これまで目の前にある美しく素晴らしい性能の鎧に、十分に満足していたのだ。
だが、彼が鎧に求めている品質は、もっと高い水準にあるらしい。
それは、セシリアからすれば、予想もしなかったことだった。
ただ、類推するに恐らく、完成度を高めるための手段というのが、カイが「秘密にして欲しい」と言っていたことなのだろう。
果たして彼は厳重に鍵の掛かった棚から、もう一枚、無機焼結体の白板を取り出した。
だが、どうも見てみると、先ほどの白板よりも若干色が黄色み掛かって見える。
カイはそれを金床に置くと、先ほどと同じように先の尖ったハンマーを構えた。
だが、カイは何も言わず、その姿勢から動こうとしない。
セシリアも無言のままで、彼の動きをじっと待ち続けた。
そして――次の瞬間。
カイは金床にある黄色み掛かった板に狙いを定めると、先ほどよりも力強くハンマーを叩き付ける!!
「――!?
なっ――こ、これは!!」
途端、バチッ!っという衝撃音と共に、周囲に鋭い光線のようなものが走った。
セシリアは目の前で起こった光景に、思わず一瞬目を反らしてしまいそうになる。
小さな無機焼結体板を目掛けて打ち付けられたハンマーは、板に接触する直前で、見えない透明の膜のようなものにぶつかったのだ。
直後、鋭い火花のような光が放たれて、カイが持つハンマーがグッと押し返されたように見えた。
「こ、これはまさか――魔法道具の光!?」
セシリアは驚きつつも、光の正体と思われる単語を口走った。
カイはその言葉を聞いて、期待した答えを得たように、ニヤリと笑う。
「そうだ。
模擬試合で一度見ていたからか、すぐに正体は分かったようだな」
「――でも、待って。
確か魔法は、特定の宝石でなければ付与が――」
人間が魔法を使うためには、使いたい魔法を触媒に予め付与しておく必要がある。
その上で、魔法を付与した触媒を使用することで、初めて魔法を放つことができるのだ。
つまり、魔法の行使には触媒と呼ばれるものが不可欠なのである。
触媒は、純度が高く安定した物質でなければならないため、いくつかの種類の宝石が好まれて使用されていた。
この世界で何の触媒も無しに魔法を行使できるのは、魔法の扱いに長けた黒妖精のような魔物だけである。
だが、セシリアの見間違いでなければ、先ほど宝石でもないただの陶器の白板が、魔法の光を放ったように見えた。
だとすれば、この白板は、宝石と同じように魔法の触媒になり得るというのだろうか――?
「秘密にして欲しいと言ったのは、まさにこれのことだ。
通常魔法は、導電性の高い金属には付与できないし、純度の低い石などにも付与することはできない。
ところがこの陶器の白板は、見た目こそ無骨だが、魔法に対してほぼ宝石と同じ性質を持っている。
つまり――君の『陶器の鎧』には、通常の金属鎧では不可能な魔法が付与できるということだ」




