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陶器の鎧のパラディン  作者: 片遊佐 牽太
叙任式と模擬試合

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 ――振り返らずとも彼女にはわかる。

 これは戦う前に忠告をくれた、カイの声だ。

 そして、彼女の頭には――鮮烈に()()()()()(よみがえ)る。


 直後、慌てて防御姿勢をとった彼女の視界に、得意げなミランと彼の手元で()()()()()()()()が映った。


「なっ――!?」


 闘技場にいた誰もがその目を疑ったに違いない。

 突如現れた目映いばかりの赤い光は、発生と共にセシリアの腹部に一気に襲いかかった。

 次の瞬間、彼女の身体に熱波と衝撃が訪れる。


「お嬢様ッ!?」


 半分悲鳴に近いような叫び声を、試合を見守っていたリーヤが放った。


 瞬間、セシリアの身体は、爆裂音と共に大きく後方へと吹き飛ばされている。

 直前まで決定的有利に立っていたはずのセシリアは、その直後、仰向けになって地面に転がった。


「な、何だ今のは――?」


「ま、魔法!? 魔法道具(マジックアイテム)を使ったんだ!」


「魔法? 失格っ、失格だっ――!!」


 闘技場の観客たちが、一気に色めき立った。


 セシリアの身体を打った光は、ミランが隠し持っていた炎の魔法道具(マジックアイテム)が放ったものだったのである。

 審判(ジャッジ)は想定していなかったことが目の前で起こって、対応を迷っておろおろと落ち着かない動きを見せた。


 模擬試合(デュエル)は伝統的に、魔法道具(マジックアイテム)の使用が禁止されている。

 その規定(ルール)に照らし合わすなら、ミランは反則で失格のはずだった。


 だが問題は、この特殊な戦いを、模擬試合(デュエル)規則(ルール)で裁いて良いものかどうか――。


 すると観客席の前列にいたオヴェリアが、その場に立ち上がって審判(ジャッジ)に指示を与えた。


「ダメよ! そのまま続けなさい!!」


 だが当のセシリアは、腹部に魔法の直撃を喰らって、倒れてしまっている。

 彼女は仰向けの状態のままで、その場からピクリとも動く気配がなかった。


「お、お嬢様は――!?」


 焦るリーヤを(なだ)めるように、カイが彼女の肩に手を置く。

 リーヤがカイを振り返ると、彼は無言のまま横たわるセシリアを眺めていた。


「大丈夫。

 魔法に特別強い訳ではないが、あれぐらいの衝撃であれば、あの鎧はビクともしない」


 その自信を持ったカイの言葉に促されて、リーヤは倒れたままのセシリアを見た。


 ――と、視線の先のセシリアの両腕が、ピクリと微かに動いたのが判る。


「まさか、あの直撃を受けて、まだ戦えるというのか?」


 ゆっくりと起き上がったセシリアを見て、観客たちがさすがにザワザワと声を上げ始めた。


 セシリアは魔法を喰らった瞬間、自分の身に一体何が起こったのかを把握できなかった。

 とにかく途轍もない力で吹き飛ばされて、地面に叩きつけられてしまったのだ。


 ただ幸い、熱も衝撃も、無機焼結体(セラミックス)はおろか(ホワイト)リザードの革を突き破っていない。

 それに特殊な髪飾りのお陰で、後頭部も打たずに済んでいた。


「む、無傷だというのか――」


 ミランはその事実を確認して、緩んでいた口元を歪ませる。


 果たしてセシリアの腹部には、目立つような傷どころか、焦げ目のようなものすら付いていなかった。

 鎧は燃え上がることもなければ、魔法の衝撃で傷一つついていなかったのである。


 そして、セシリアは剣を構えると、目の前のミランに向けて襲いかかった。


 制止の声は審判(ジャッジ)から掛かっていない。

 無論、目の前の()からも、命乞いをされていなかった。

 だとすればまだ、対戦は続いている。


 ならば、目の前の敵を倒すしかない――!!



 既に丸腰状態のミランは、セシリアの攻撃を躱す術がなかった。

 魔法道具(マジックアイテム)も連続では使えないのか、新たな魔法を繰り出してくる気配がない。


 果たしてセシリアが力一杯振り抜いた剣は――。


 見事にミランの腹部をなぎ払い、ミランはその衝撃によって、身体をくの字に折りながらバタリと倒れた。


「――しょ、勝負あり!

 勝者、アロイス家の長女セシリア!!」


 一瞬、気後れした審判(ジャッジ)が、慌ててセシリアの勝利を宣言する。

 直後割れんばかりの歓声が、闘技場を包んだ。


 勝利の宣言を聞いたセシリアは、真っ先にカイとリーヤの姿を探し出す。

 見れば歓声に囲まれたリーヤが、涙を流しながら喜んでいるのがわかった。

 それを戸惑いながら慰めるカイの様子に、思わずセシリアの頬が綻ぶ。


「気に入ったわ!!」


 オヴェリアは観客席から身を乗り出すと、セシリアを見つめながら大きな声を張り上げた。

 そして近くに控えていた騎士団長のアルバートを捕まえながら言う。


「アルバート!

 セシリアは私が()()()()ことに決めたわ。

 文句はないわね?」


 アルバートはその言葉を聞くと、途端に困惑した表情になった。

 見れば眉間に深い皺が寄って、発する言葉を選んでいるように見える。


「オヴェリアさま直属と仰いますと、その者は正騎士でなく、更に上位の上級騎士(パラディン)である必要がありますが」


「じゃあ、セシリアを上級騎士(パラディン)に任命するわ。

 騎士長に勝てるのだから、文句はないでしょ」


「恐れながら騎士憲章において、上級騎士(パラディン)に任命されるには、少なくとも遠征経験が必要とされています。

 セシリアは騎士に叙任されたばかりで、騎士としての遠征経験がございません。

 ――無論、来月には騎士として、遠征に参加いたしますが」


 微妙にオヴェリアとアルバートの間で、無言の視線が交差した。

 その間に何の駆け引きがあったのかはわからない。


 だが、少し冷静になったオヴェリアは、声色を落としつつ答える。


「――まあ、それぐらいは待ってあげないこともないわ。

 遠征に出たことのない騎士というのも、覚えは良くないでしょうしね。

 でも、来月の遠征が終わったら、セシリアは()()()()()()にする。

 それだったら異論はないわね?」


「承知いたしました」


 完全に本人を置いてけぼりにして、セシリアの処遇が決まっていく。




「――しかし、本当にあんな強い女騎士がいるなんてな。

 女騎士の活躍なんて、お(とぎ)(ばなし)の中だけだと思っていたよ」


 声援を送っていた観客の一人が、セシリアを見てポツリと呟きを洩らした。

 すると、それに追従するように、別の観客が反応を返す。


「確かに俺も今更『建国の聖乙女伝説』とやらを、思い出しちまった」


 この国には建国期に、通称聖乙女と呼ばれた()()()が活躍した伝説が残っている。

 無論、それは人々にとって、ただのお伽噺に過ぎない。


 だがこの国で暮らす人々は、誰もがその物語を聞いて育った経験を持つ。

 そして、その物語の中で、聖乙女が纏っていたとされる鎧が、女性らしさを強調した()()()だったのだ。


 もちろん、彼らは聖乙女の姿を実際に見たことはないし、その鎧も物語の中の文字でしか語られない。

 だが今、彼らの(まぶた)には、子供の頃に脳裏に描いた聖乙女の姿が甦っている。


 そんな彼らが思い浮かべたお伽噺の主人公は――目の前のセシリアに、よく似ていたのだ。





「カイ、本当にごめんなさい。

 わたし、あなたが作ってくれた鎧を傷つけてしまったわ――」


 戦いが終わって自宅に戻ったセシリアは、カイに向けて申し訳なさそうに呟いた。


 鎧には目立った故障はないものの、二度戦ったことで細かな傷が無数についている。

 特に戦いの中で弾き飛ばされてしまった盾は、多少修理が必要なほどに傷んだ状態になっていた。


「何を言う。

 どちらの対戦も、見事な戦いだったよ。

 それに鎧は傷ついてこそ、初めて価値があるものだ。

 汚れたり壊れたというのなら、修理すればいい。

 だが人間は、壊れたからといって()()()()()ということでは済まないからな」


 セシリアには、朗らかな笑みを浮かべるカイの表情が、何ともありがたかった。

 だが、彼女はこの鎧を仕上げるために、カイが何日も夜なべしていたことを知っている。


「でも――」


 沈んだ表情のままのセシリアに向かって、カイは再び口を開いた。


「この鎧の役割は()()()()ということだ。

 そして、その鎧を作って直すのが()()()()だろう?

 であれば何の問題もない。

 君は君にしかできない役割を果たし、この鎧も思っていた通り、役割を果たしてくれた。

 だとすれば次に役割を果たすのは、俺の番だよ」


 セシリアはその言葉に頷くと、両目を閉じたまま柔らかく微笑んだ。

 そして彼女はカイに向けて――ありがとう――と、小さく呟く。


 こうして、何もかもが異例ずくめだった叙任式は、二人の笑顔と共に幕を閉じたのである――。







7月は火曜・木曜・土曜更新となります。

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