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「あの鎧は古いものではあったが、元々良い素材を使った品質の高い実用的なものだった。
ただ、外側に施された装飾の造形は古風で、細かな傷も多い。
とはいえ内側は綺麗で、ほぼ作られた時の品質を保てていた。
だから、一度鎧を叩いて伸ばしてから、表と裏が逆になるように加工したんだ」
セシルがその胸当てを装着すると、胸当ては板金外套と組み合うように、しっかりと収まった。
装飾が内側に隠れるので気になることはないが、何となく父の金属鎧を纏ったような気分になる。
「どちらにせよ、君の体型に合わせた加工が必要だった。
女性らしい曲線とやらも作る必要があったしね。
それに板金外套がある分、実際の装甲はそれほど厚くする必要がない。
結果、上手くあの金属鎧を活用できたんじゃないかと思う」
カイはそう言って、胸当てを装着したセシルの首元や背中を、逐一確認しているようだった。
「胸当てと板金外套の間には、わざと指一本程度の隙間が空くようにしてある。
鎧の装飾や曲線と、この隙間があることで、攻撃を受けたときの衝撃を直接身体に伝えないようにしているんだ」
「こんな僅かな隙間で?」
「そうだ。僅かな隙間だが、この隙間があるとないとでは、身体が受ける衝撃が全く違う。
斬り傷や刺し傷であれば、板金外套だけでも十分に防げるんだ。
だが、打撃による衝撃は、板金外套の構造では防ぐことができない。
頭や手足を除くと、戦いの中で最も被害を受けやすいのは鎖骨や肋骨の周辺だ。
それに致命傷になりやすいのは、骨盤への被害だったりする。
だから胸と腰だけは、金属板を用いて衝撃を抑える装備が必要なんだ」
セシルはカイが差し出した腰当てを受け取ると、彼の説明を受けてそれを装着した。
「次はこれだ。籠手と脛当て。
これもあの鎧から作ってある」
「これも――」
セシルはカイが差し出した籠手と脛当ての内側を見てみたが、確かに胸当てと同じように父の金属鎧を活用して作られているようだった。
ただ、素材が同じだけで胸当てとは大きく造形が違う。
細やかに作られた籠手を見ていると、セシルは初めてカイに会った時に見た、白い小型の籠手を思い出した。
だが今、彼女が手にしている籠手は、あの籠手よりも、更に美しい仕上がりに見える。
果たして籠手と脛当てを装着してみると、そのどちらもが手足をしっかりと包み込むようにして、セシルの身体にピタリと組み合わさった。
合わせて作られている訳だから当然なのかもしれないが、セシルは改めてカイの加工の技術力に感心してしまう。
「籠手の指の外側を守る部分は、通常右手は二枚、左手は一枚の金属板で作る。
これは右手は剣を握るために指を曲げる必要があり、左手は盾を持つだけで曲げることがないからだ。
だが今回は理由があって、右手も左手も指が曲げやすいよう、三枚の金属板から作っている」
「それは両手で剣を握る必要があるから?
そう言えば、盾が見当たらないようだけど――」
「もちろん、盾も用意してあるさ。
それから頭の防具も用意してある。
少し待っていてくれ」
カイはセシルにそう言うと、隣室に下がって何かをごそごそと準備し始めた。
その間にセシルは、部屋に備え付けられた姿見で全身を確認してみる。
――金属の胸当てや腰当てがなければ、白い板金外套は結婚用ドレスにでも見紛うような美しさがある。
だが、銀に輝く胸当てと腰当て、それに籠手と脛当てがあることで、全体としてはしっかりとした騎士の金属鎧に見えていた。
ただ、それはよくある騎士の金属鎧とは、あまりに印象が違う。
それを改めて認識すると、セシルは思わず武者震いを感じてしまった。
「セシル、これを持ってくれ」
「これは――?」
カイが隣室から持ち出したのは、細長い逆三角形の物体だった。
セシルはその物体を受け取ると、ぐるぐると回転させて眺め回す。
するとカイが苦笑しながら、その正体を明かした。
「アハハ。
それは、剣の鞘なんだ」
「鞘?
――にしては随分と、厚みも幅も大きめなのね。
それに少し短いみたい?」
カイは逆三角形の鞘をセシルから受け取ると、部屋に立て掛けてあった剣をスルリと鞘に収めた。
「通常はこうして剣を収めて鞘として使う。
少し短い分、収められるのはミドルソードまでだ。
それと、こいつの裏側に引っかける場所があるから、そこを腰当てのフックに引っかけてくれ」
セシルはそう言われて、剣の刺さった鞘を、腰当てのフックに引っかけてみた。
「普段はそうして吊せばいい。
セシル、右手で剣を抜くときに、鞘の裏側に左手を通してくれないか」
「――?」
セシルはカイに言われるままに、右手で剣を抜き、鞘の裏側を左手で持った。
鞘の裏側には持ち手とベルトが付いていて、そこに手と腕を通せる仕掛けになっている。
「鞘の裏側に持ち手があると思うが、それをグッと強く握ってくれ」
セシルは再びカイに言われた通り、持ち手を力強く握りしめた。
指先を守る金属板が三枚になっているお陰で、持ち手を力一杯、強く握りしめることができる。
すると、ガチッという音がして、幅広の鞘が更に左右に広がるように展開された。
それほど大きなものという訳ではないが、広がった鞘の見た目は――完全に凧型盾だ。
「これって――!?」
「ああ、鞘から盾に変形する仕組みになっている。
大型の盾に比べると心許ないかもしれないが、それでも矢や魔法を防ぐには十分な防具だ。
それに広げずに畳んでおけば、左腕に装着したまま、両手で剣を持って戦うこともできるしな」
セシルは思わぬ装備の出現に、妙にゾクゾクとした気分を味わった。
変形するというのがどの程度有効なのかはわからないが、変に子供心のようなものを擽られる。
「それと、最後にこれを付けてくれ」
そう言ってカイが差し出したのは、大振りの青いリボンの付いた髪飾りのようなものだった。
それは、おおよそ金属鎧には似つかわしくない、街の女性が身につけるような小洒落たものに見える。
「これはただの飾りという訳ではなくて、いざという時に君の頭部を守るものなんだ。
もちろん強い攻撃を受け止められる訳じゃないが、髪飾りの骨組みをセラミックスで補強してある。 その分、落下物や衝突物があった時に、頭部への被害を軽減できる」
セシルは纏めていた金髪を一度解いてしまうと、再び結い直して受け取った髪飾りを頭に付けてみた。
そして、全ての装備をまとった姿を、改めて姿見で確認する。
――映った騎士の姿は、白と銀を基調にした鎧姿を清楚にまとめ上げていた。
所々にある青色の強調が、全体を美しく調和させているようにも思う。
セシルはしばらく自分の姿を呆然と見つめると、姿見から視線を外さずにカイに対して言った。
「カイ――この鎧、わたし気に入ったわ。
いいえ、気に入ったなんて詰まらない言葉では、言い表せないぐらい!
わたし、今まで女性らしさという言葉を、ぼんやりと使っていたように思うのよ。
でも、この鎧を実際着てみたことで、自分が求めていたものがハッキリと認識できた気がする」
セシルはそう感嘆しながらも、内心浮かんできた疑問を、カイに投げ掛けてみたくて仕方がなかった。
なぜ一流の鎧師でもない彼が、聞いたこともない素材を使って、このような美しい鎧を作り上げることができるのか――?
その疑問が喉元まで出掛かったが、この場で口にすることが、どうしても憚られた。
普通に考えれば、ただの解体屋には成し得ないようなことが、目の前で次々と起こっている。
ただ、それを追求してしまったら、カイとの関係が壊れてしまうような気がする――。
セシルは何となくその危うさを気取って、彼に率直な質問を投げ掛けることを避けた。
一方、カイはセシルの言葉を聞いて、満足そうな笑みを浮かべている。
「気に入ってくれたなら、俺も頑張った甲斐があったと言うものだ」
セシルはカイを姿見越しに見ながら、彼の表情に合わせてニッコリと微笑んだ。
「ところでカイ、ひとつだけ質問したいことがあるわ。
どうしてこの鎧は、胸の部分に穴が開いてるのかしら?
身を守ることを考えたら、ここが開いている理由がわからないんだけど」
セシルは、さすがに板金外套を着た後は、胸元を隠そうとするのを諦めていた。
だが、結局胸当てをつけた状態でも、胸の谷間が覗いてしまうような構造になっている。
するとカイはその質問を聞いて、口元を抑えながら苦笑した。
「アハハ!
――すまん。体温調節用の構造と言いたいところだが、正直言ってそいつには意味はないんだ。
強いて言えば、君の女性としての魅力を存分に引き出して、主張するためのものかな。
つまり――簡単に言い換えれば、周りの人の『目の保養』という話だよ」
「ふうん、なるほどねぇ――」
セシルはカイを睨みつけたが、当のカイは苦笑するばかりで堪えていない。
「もちろん、閉じることはできるようにしてあるから、遠征に出る時は閉じて行けばいい。
ただ叙任式においては、開けておいた方がいいと思うんだ。
当然、君が好色な目に晒されるというのは、俺だっていい気はしないさ。
だが、それがあるだけで貴族どもの印象は、きっと良くなるはずだから」
「――わかったわ」
それにしてもカイは、どういう意味で「いい気はしない」と言ったのだろうか?
彼なりにセシルを女性として意識していて、独占欲のようなものを感じてくれているのだろうか?
だが、それを確かめる勇気は、今のセシルにはなかった。
「今回、君のために作った鎧は、これで全て揃った形になる。
ただ、叙任式に向けての準備は、これで全部が整った訳じゃない」
「まだ、何かあるの?」
「君の家には、支度を手伝えるメイドはいるかい?」
「メイド?
いるわ。でもメイドが何か関係があるの?」
セシルがリーヤを思い浮かべながら答えると、カイは何か考えがあるのか、ニヤリと笑った。
「実は、大いに関係がある。
叙任式の前に一度、そのメイドと会っておきたい」
「リーヤと?
――いいけど、それはどうして?」
するとカイはその理由を、セシルに向けて得意げに明言した。
「そのメイドが、叙任式当日の――最後の仕上げをすることになるからだ」




