18
叙任式が行われる日まで、一週間を切った。
カイは鎧下をセシルに披露した日から、彼女に鎧の話をしていない。
セシルも達観してしまった訳でもないだろうが、ことさら進捗を確かめようとはしなかった。
そして、叙任式まであと数日となったこの日、とうとうカイから鎧に関する話が切り出された。
「セシル、長らく待たせてしまった。
明日は剣の方はお休みにして、俺の自宅に来てもらいたい」
「――!?
それって――!!」
次に来るべきカイの言葉を予想して、セシルの表情が花が咲いたように、パッと明るくなる。
「ああ、鎧が完成した。
早速、君に見て貰いたいんだ」
セシルはその言葉を聞いて、跳び上がらんばかりに喜んだ。
翌日、セシルは逸る気持ちを抑えながら、カイの自宅を訪問した。
昨日の夜もそわそわするばかりで、実はあまり良く眠れなかったのだ。
「よく来たな。中に入ってくれ。
もうお披露目の準備は出来ているから」
セシルが待ちきれないようにカイの自宅へ入っていくと、以前よりも部屋の中が綺麗に整頓されていた。
鎧だけを集中して見せるために、余計なものは片付けてあるようだ。
そして、期待感を膨らませたセシルが、部屋の中心に視線を向けた瞬間。
――目の前に現れたものの美しさに、彼女は一気に心を奪われたのだ。
「こ、これが――」
目にしたものを言葉にするのも難しいように、セシルは端的に小さな感嘆を洩らした。
この気持ちを直ぐさま表現したいはずなのに、口からは上手く言葉が出てこない。
「ああ、そうだ。
セシル、これが君のために作った鎧だよ」
カイの言葉を受けて、セシルはゆるゆると、鎧に躙り寄って行く。
そして、触れれば壊れてしまいそうな儚い花でも愛でるように――振るえる両手をゆっくりと、鎧の方へと伸ばしていった。
「す、凄いわ――!! 見たこともない形!
これが――これが、あの金属鎧だというの!?」
セシルの大きな驚きも、至極もっともなことだった。
彼女が思い描く金属鎧というのは、銀色の金属板が全身を覆う無骨なものだったからだ。
それをいかに装飾するか――それが金属鎧に許された、見た目を洗練できる部分の全てだと思い込んでいたのである。
だが今、彼女が目にしている彼女のための金属鎧は、そうした外観の概念が、そもそも異なっていた。
無論、目の前に飾られた美しい鎧は、父の形見の金属鎧を元にして作られているはずである。
ところがセシルには、あの古くさい金属鎧のどこを活かせば、目の前の鎧へと生まれ変わるのか――それを説明されても、きっと理解できそうにない。
――今、セシルの目の前にある鎧には、まるで純白の花とでも言うような、白いドレスを模したような上品な趣があった。
全身は白い光沢のある素材で覆われていて、その上に銀色に輝く金属板が、胸元と腰回りを覆っている。
金属板には白い素材と調和するような、美しい花を模した装飾が細やかに施されていた。
そこには無骨に全身を覆い隠すような、よくある金属鎧の印象は皆無だ。
何より白い素材がこの鎧全体を、真っ白なドレスのように見せている。
セシルは最初、それを白い布か何かだと思っていた。
だが、近づいて見てみると、どうやら布とは全く違う素材のようである。
「驚いたわ。
まるで、お姫様みたいよ!」
カイはセシルが上げた声を聞いて、思わず唇の端を上げて苦笑した。
「君が希望したように、女性であることを最大限に押し出したつもりだ。
俺の記憶が正しければ、これこそが君が望んだものだろう?
無論、今更違うと主張されても、取り返しはつかない訳なのだが」
「違わないわ!!
――でも、ビックリするぐらい綺麗なのは気に入ったけど、鎧にしては随分と露出している部分が多いということはないの?
それに金属板で守られている部分が、胸と腰回りだけのように思うけれど」
セシルが容赦なく指摘していくと、それを待ち構えていたように、カイが得意気に答えた。
「もちろん、すべて考えてあるさ。
何しろ見た目だけの鎧は、必要ないんだろう?
この鎧は、俺が知るどの金属鎧よりも高い防御力を持っている。
どういう構造でそうなっているのかは、これから一つ一つ説明していこう。
だが、その前に――」
カイはそこまで言うと、セシルに向き直って貴族に対する畏まった礼をとった。
「さあ、こいつをぜひ一度、君に着てみて欲しいんだ」
セシルは隣室で昼顔の青色を模した鎧下姿になると、そろりと扉を開いて、カイのいる部屋へと戻っていく。
やはり、菱形に開いてしまっている胸元は、手で押さえてしまっていた。
胸元の膨らみが覗く程度ではあるのだが、どうしても堂々とは見せる勇気がない。
セシルは部屋の中央に進んで行くと、カイが作ってくれた鎧をゆっくりと観察した。
カイはどうやらセシルが着替えている間に、金属板の部分を取り外してしまったようである。
今、目の前の人型に飾られているのは、金属板の内側にある白いドレスのような部分だけだった。
「この白い生地は――?
布ではないのね」
セシルはそのドレスのような白い生地に、手を触れながら尋ねた。
触れてみると明らかに布ではなく、何かの革であることがはっきりと分かる。
ただつやつやとした光沢があるせいで、遠目に見れば白絹のように見えないこともない。
「そいつは白リザードの革で作ってあるんだ」
「白リザード!」
思わずセシルはその名前を、同じように繰り返した。
白リザードというのは、灰リザードという魔物の変種で、圧倒的に数が少ない稀少種のことである。
そのため革の入手難易度が高く、高級素材として取引されているものだ。
だが、通常白リザードの革は、貴族が使用する家具などに使われることはあるものの、好んで衣服や防具に使われるようなことはない。
セシルは一度だけどこだかの貴族が、外套の素材として使っているのを見たことがあるが、それ以外で白リザードの革を、衣服に使っている例を見たことがなかった。
「破れにくく水を弾き、火や魔法に強くて、光沢があるぶん汚れにくい。
ただ薄くて軟弱であるために、服であればまだしも、防具に使うと防御力を高く保てない。
しかも稀少なせいで、異様に入手しづらいしな。
実はこの街を出て行ったのは、そいつを集めようとしたからなんだ。
随分と集めるのに時間が掛かった分、十分な量を確保することができたよ。
それで、元々腰回りにだけ使う予定だったのを、全身に使うことに変更したんだ。
だが、白リザードの革だけでは、鎧として十分な装甲にならない。
そこで今回、革の裏側に防御板を縫い付けて、板金外套の構造を採った」
「コートオブ――?」
聞き慣れない単語を聞いて、セシルはその言葉を問い直す。
「コートオブプレート。
生地の裏側に防御板を仕込むことで、外側からは見えない装甲にしてあるということだ。
この鎧は金属板の部分が少ないように見えるが、実際はこの白いドレスのような部分も、全て鎧になっている」
その話を聞いて、セシルの表情が輝いた。
触って確かめてみると、カイの言うとおり、スカートのように見える部分も硬い装甲になっているようだ。
彼女が裏側を捲って防御板を見てみると、何枚もの白板が綺麗に並んでいるのが分かった。
カイは板金外套を人型から取り外すと、腕を通せるように開いて、セシルの前に持ち上げる。
導かれるままにドレスのような板金外套を身に纏うと、果たして父の鎧とは比べものにならない軽さに驚いた。
「これ、裏側に縫い付けてある板は、金属じゃないのね?」
セシルはある種の確信を持って、カイにそう問い掛ける。
実際纏うと、身体に感じる重量が、明らかに金属板の重みよりも軽いのだ。
すると、カイは聞いたこともない素材の名前を口にした。
「それは『無機焼結体』だ」
「せらみっくす――?」
「残念ながら一言で説明するのは難しい。
そうだな――『陶器』とでも、言った方がわかりやすいか」
「陶器――?」
今更ながら思い起こしてみると、確かに彼の作業場には、金属の防具だけでなく、陶磁器のようなものも見本として置かれていたように思う。
だとするとカイは金属の加工だけでなく、陶芸も生業にしているのだろうか――?
そんなことを考えながら、セシルが防御版を指で小突いてみると、確かに金属とは違う乾いた音が返ってきた。
「陶器って、すぐに割れてしまいそうな印象があるけれど。
これは、割れたりはしないのかしら?」
「ああ、こいつは滅多なことでは割れないし、軽くて電撃系の魔法も通さない。
陽射しを浴びても鉄ほどは熱くならないから、それだけ暑さや寒さにも強いと言える。
そして木や樹脂じゃない分、火炎系の魔法を浴びても、燃え上がることがない。
それに、わざわざ表面を火に強い白リザードの革にしたのは、見た目だけの理由じゃないんだ。
何しろ防御板が燃えなくても、表面が燃えてしまったら意味がないからな。
無論、白リザードも陶器の板も、完全に弱点がなくて万能という訳じゃない。
だが、これ以上に硬くて丈夫な鎧を着ているやつは、恐らくこの世界にはいない」
セシルはカイの自信に溢れる言葉を聞いて、思わず唾をゴクリと飲み込んだ。
普段であれば素朴な疑問として、「どうしてそんなことが言えるの?」と口にしていただろう。
だが、彼の自信に満ちた発言は、不思議な力でそれを真実だと思い込ませることに成功した。
そして、セシルはそれがきっと、本当なのだろうとも思った。
「ところで、あの金属鎧はどう活用したのかしら?」
セシルが尋ねた金属鎧とは、父の形見の鎧のことだ。
するとカイは金属板で作られた、鎧の胸当てと腰当てを持ち出してきて、セシルに見せた。
「――!!
これって――」
「そうだ。こうやって使ってある」
カイがそう言いながらセシルに示したのは、先ほど取り外した胸当ての内側だった。
最初、白い板金外套に取り付けられていた胸当てを見た時には、まったく気づかなかったのだ。
だが、取り外された胸当ての裏側には、確かに見覚えのある装飾が見えている。
それは、父の金属鎧の装飾と全く同じものだった。




