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4 軍船襲来

 変事は水上からやってきた。

 まだ夜番の時間帯の早朝、うたた寝をしてしまっていたら、昼番のスピリーに叩き起こされた。

 重たい頭を振って顔を上げると、スピリーが河を指した。輸送用の帆船とは明確に異なる船――中型の軍船が、何艘も、石の都の方角からやってくるのだ。軍船は帆もあるが今は逆風のためかたたまれていて、船の両脇から生えたかいを動力に進んでいる。櫂のこぎ手がいると思しき部分は木壁に覆われていて、直接狙えないようになっている。

 そしてその船に掲げられている旗と、赤と黒を基調に統一された軍装は、まぎれもなく宮廷部隊のものだった。

 船。宮廷部隊。

 軍隊が来るにしても、村長の言う通り市民部隊が陸上からやってくる想像をしていたナミカは、頭が真っ白になって、呆然と軍船をながめていた。

「ど、どうしましょう、ナミカさん」

 最初に金縛りからとけたのはスピリーだった。

 ナミカはスピリーを見て、次に軍船を見て、

「ひ……火矢の準備を! あとは、村長に報告して、戦えない人を避難させて、それから、それから……」

 言っている間にも軍船は速度を上げてきた。そして、対岸の荷上げ場めがけて進み、上陸した。そこには船がいくつも係留されている。

 まずい。こうして船を押さえられていってしまったら、大量の人間を運ぶ手段がなくなる。陸路で軍隊に後ろ背を狙われながらでは、まともな避難なんてできるわけがない。

 以前の橋は大雨の時に流されてしまい、対岸と行き来できる橋が架かっていない。小舟での渡し場はあるけれど、一度に輸送できる人員なんてたかが知れている。それ以前に、あれだけの軍船に満載された兵士たちを相手に、どんな抵抗ができるだろうか。

 これはもう、村長のガエラタに嘆願して天命石を引き渡してもらうしかない。

 それしか村人を救う方法はない。

「スピリー! 村長に会いに行くのに、ついてきてくれますか? わたしが変なことをしたら止めてください」

「え、あ、はい!」

 屋上から飛び降りて駆け出す。スピリーははしごで降りて追いついてくる。

 強風で砂埃が舞う街路を、ガエラタの住居へと疾走する。

 走りながら、スピリーとふたりで、避難する準備を進めるように呼び掛けて回った。軍船と宮廷部隊を目にしたときのナミカと同じように右往左往するだけだった人たちは、呼びかけると急いで動き始めた。

 自宅に寄って曲刀と短剣を腰に帯び、弓と短刀をスピリーに与えた。ナミカの父やスピリーの両親、兄、妹、それから酒場のおかみさんなど顔見知りにも声をかけて回り、ガエラタのところにたどり着くころには、村中、上へ下への大騒ぎになっていた。


「船に使われる材木も、もとはと言えばこの村がていねいにこしらえて売ってやったものだろうが! なぜそのていどの道理がわからん!」

 執務室に飛び込むと、ガエラタが激して自分の椅子を蹴り飛ばすところだった。幹部三名が肩を縮こまらせている。

「村長!」

 ナミカが呼ぶと、ガエラタは、

「よく来たナミカ! どういうことか説明してくれ。こいつらの話では要領を得ん!」

「要点だけ話します。襲ってきたのは先遣隊と思しき軍船五隻と、それに満載された宮廷部隊です。すでに第三荷揚げ場が占拠され、係留された船はすべて押さえされたようです。他の荷揚げ場もすぐに押さえられるでしょう」

「なぜだ! 宮廷部隊は歴史上、一度も都の外に出されたことがないはずだ!」

「それほどこの村が欲しいのかもしれません」

「打開策は?」

「ここまでの強硬手段をとられてしまえば、もはや天命石を引き渡すしかありません」

 ガエラタは白髪交じりの頭を苛立たしげにぼりぼりと掻いたあと蹴倒した椅子をひっつかみ、壁に向かって投げつけた。

 肩で息をしたあと、ひときわ大きな深呼吸をして、

「天命石を引き渡す」

 と、うめくように言った。

 ナミカは頷いて、スピリーや幹部たちと視線をかわした。その表情にはいちように安堵が感じられた。ガエラタは頑固で乱暴なところもあるけれど、村長としての判断は冷静にできる人だから、村人はついてくる。

「私は材木町二番街を通って第一荷揚げ場に向かう。おそらく連中が最後に押さえに来る場所だ。三人は村民の石切り場への誘導を頼む! ナミカ、スピリー、お前たちは天命石を取ってきたらすぐに私を追いかけてくれ」

「河の向こうの人たちはどうしますか? 船が抑えられてしまっていて……」

「あの盗賊の話を聞いてから、念のため副村長を派遣しておいた。山を回り込めば別ルートから避難できる」

「分かりました」

「ナミカとスピリーはここから出ろ」

 ガエラタが大きな窓を開け放ち、机の中からロープを取り出して投げ渡してきた。

 ナミカは走りながらロープを受け取り、窓枠に軽く手をついて草木繁る裏庭に飛び出し、ぽつんと置かれた井戸に向かった。スピリーと協力して井戸の石の蓋をどけると、中は一見、水の枯れた空洞になっている。ナミカは落とした石の蓋にロープを巻き付けて、スピリーに乗っかっておくように言った。ロープを垂らし、それを支えに、井戸の底へ降りる。上からはわからないけれど、井戸の底には横道がある。

 安易といえば安易な隠し場所だけれど、宝物庫をこれ見よがしにナミカに守らせておいて、この井戸への出入りに気を付けさえすれば、意外と見つからない。

 久しぶりの人間を迎え入れて沸き立つほこりたちにむせたり、雲の巣に引っかかったりしながら、奥まで進む。そこには、天命石が豪奢ごうしゃな銀細工の箱に囲われ、まつられている。開けると、十四年前、ナミカがあの山から拾ってきたただの石が鎮座していた。あのころは両手で持ち上げたけれど、今は片手で持ち上がる。

「お久しぶりです」

 急いで井戸を戻りながら、なんとなく敬語で話しかける。ただの石のはずなのに、あれだけの銀細工の箱に入っていたものだと思うと不思議と価値があるように思えてくる。

 まず天命石をロープにくくりつけてスピリーに引っ張らせ、次に天命石をはずしたロープをもう一度垂らしてもらった。

 上り終えるとスピリーは天命石をかかえて走り始めていた。ただ持つだけならそこまでではないけれど、抱えて走るには結構な重さだ。

「わたしが持ちますよ」

「ナミカさんはなるべく体力を温存しておいてください。何が起こるかわかりませんから」

 もしかしたら、戦闘になるかもしれない。暗にそう言ったスピリーに、ナミカは気を引き締め直した。


 材木町二番街を走っていたら、途中でガエラタに追いつけた。村人たちは思い思いの荷物を手に、背に、いざというときの避難場所、石切り場へ向かって逃げ出している。材木町二番街はふだん、材木輸送用の辻馬車が行きかうにぎやかなところだが、いまはその馬車に村民の生活用品が満載されている。

 息の上がったガエラタをはげましながら、第一荷揚げ場につくと、やはりすでに帯剣した宮廷部隊が展開して、制圧されていた。第一荷揚げ場の作業員たちは河岸の一か所に集められ、宮廷部隊員に囲まれている。

「この村の村長、ガエラタだ! 責任者に会いたい!」

 村人たちの恐怖におびえる様子を見て、走り続けた疲労が吹き飛んだのか、張り上げた声には力があった。

 荷揚げ途中で放置されたとおぼしい木箱に座っていた男が、手に持ったジョッキに注がれた黒色のビールを飲み干した。

 男はジョッキを近くの部下に放り投げ、足を組んだまま応対した。

「俺だ。宮廷部隊第二大隊長、ズビニエク」

「宮廷晩さん会でお会いして以来ですか。目的をお尋ねしたい」

「ああ? わかってんだろ。天命石だよ天命石。さっさと寄越せ」

 ズビニエクはファジィよりもさらに尊大な物言いで、手のひらを差し出し挑発するように人差し指を動かした。

 ガエラタが怒りを呑み込んだ間の後、スピリーから天命石を受け取り、歩いていく。そのあいだ、ズビニエクは天命石をにらみつけるように、じっと視線を注いでいた。

 そしてガエラタがズビニエクの間合いに入り、天命石を差し出したときだった。

「……っざけてんのかてめえは!」

 ズビニエクがこぶしをガエラタの顔面にたたき込んだ。ガエラタはそのまま横倒しになり、彼の手から放り出された天命石が、石で舗装された地面とぶつかりあって鈍い音を立てた。

「クソみてえなガラクタ寄越しやがって! それで王が納得すると思うか!」

 ガエラタがぴくりとも動かない。彼は村の頭脳であり、武術の訓練など受けていない。ズビニエクのような見るからに筋骨隆々とした男の不意打ちがまともに顔面に入ると、一発だけで死の危険すらある。

 自分がガエラタの代わりに手渡すべきだった。

 後悔からそう間を置かず、スピリーがおびえた目でこちらを見上げているのに気づいた。

 ナミカは安心させるように頷きかけて、

「天命石はもともとただの石でした。落雷によって鉄を引き寄せる力を帯びたものです。外見は関係ありません。ためしに刃か槍の穂先を当ててみてください」

 努めて冷静に、まるでガエラタが殴られたことなど見ていないかのように応えた。

 鼻白んだズビニエクが、言われた通り腰にいた曲刀を抜き、足元に落ちている刃に近づけていく。意識がそれた間に、ナミカはガエラタのほうに静かに歩みを進めた。

 ズビニエクはぴたりと石に刃を当てた。二度、それを繰り返したあと、

「ははっ。こりゃいい」

 乾いた笑いを上げた。

 その瞬間、ナミカは走り出した。

「だからふざけてんのかって! 言ってんだろうがよ!」

 怒声が場に響き渡り、ズビニエクはガエラタに向けて曲刀を振り下ろそうとした。

 ナミカの眼は、曲刀の描く軌道を予期していた。走りながら槍を突き出す。他の兵士たちがナミカの動きに気づいて、ズビニエクを守ろうとする。けれどズビニエクの曲刀が振り上げられているので、正面には割って入れない。

 ナミカの槍はズビニエクの振り下ろした曲刀の横腹をとらえ、手から弾き飛ばした。

 ズビニエクの目が驚愕に見開かれ、他の兵士たちの攻撃がナミカに殺到しようとする。

 ズビニエクの虚を突いたことを確信したナミカは、そのままズビニエクのみぞおちを槍の柄で突き、槍から手を離した。腰の短剣を抜き去りながら、ズビニエクがくずおれようとしたところを背後に回って、左腕で首を締めあげる。

「動くな!」

 これは賭けだった。

 ズビニエクが人望のない部隊長なら、見捨てられて終わりだったろう。

 けれどひとまず、一度目の賭けには勝った。

 兵士たちは動きを止めた。

「き、さま」

 締め上げられたズビニエクが酒臭いうめき声をあげる。軍人が職務中に酔うなんて、油断しすぎだ。暴れようとしたので右手に持った短剣を見せたら動くのをやめた。

「もっと下がれ! 村長と、もうひとりの警護兵、それから人質に手を出してもズビニエクを殺す!」

 ナミカはじりじりと包囲を狭めようとしていた部隊員たちをけん制しながら、ガエラタのほうへ向かった。足で揺さぶると、ガエラタがうめき声をあげながら、体を起こした。それからすぐ、落ちた天命石に腕を伸ばし、しがみついた。

 この天命石は、おそらくいくら懇切丁寧に説明しても、天命石と認められない。十四年前の落雷のことなど、火災の爪痕が消えた今となっては証明できない。天命石のうわさに尾ひれがついてそれを新しい王が真に受けたにせよ、天命石はこの村を支配下に置くための口実だったにせよ、もう、状況の打開は不可能になった。

 それならば村人のよりどころの天命石を守ったほうがいいのだろうか。

「スピリー! 合流!」

 スピリーが慌ててやってきて、ガエラタを助け起こす。ガエラタは絶対に離さないと決めているのか、天命石を強く抱きかかえている。これでとりあえず、自分とスピリーとガエラタの安全は確保できた。

 次は……。

「人質を解放しろ」

 宮廷部隊員は動かない。

「解放しろ!」

 怒鳴ったナミカが首の締め付けを強くして、ズビニエクが呻く。

 一か所に集められていた荷揚げ場の作業員たちが解放され始めた。彼らは目礼をして石切り場のほうへ走っていく。

 ここからどうする。

 もっと考える時間が欲しい。

 ずっとズビニエクを拘束していていいのだろうか。この男は五隻の軍船を率いる権限を与えられた、宮廷部隊の大隊長だ。

 自分は村人に信任を受けた村長ではない。判断に責任がもてない。

「余計なことは考えなくていい。とにかくみなが逃げる時間を稼いでくれ」

 迷っていると、ガエラタがそうささやいてきた。

 方針は決まった。このままズビニエクを人質にし続け、避難の時間を稼ぐ。

「村長とスピリーは先に避難を」

「しかし!」

「そんなことできませんよ!」

「村長が的確な指示をすれば村人は逃げられます。ひとりのために数千人を見殺しにする気ですか? スピリー、村長をみんなのもとへ送り届けてください。これはあなたにしかできない仕事です」

「わかった。だが私はお前を見捨てるつもりもないぞ。必ずグレックの家を通って追ってこい」

 ガエラタが言い置いて、走り始める。ナミカとガエラタを見比べていたスピリーは、「ああもう!」と叫んでからガエラタを追った。

 隙あらば拘束を解こうとするズビニエクにぴったり密着して動きを止めながら、兵士たちとにらみ合いを続ける。ズビニエクに自己犠牲精神を発揮されてはたまらないので、彼が口を開こうとするたび、首を絞めつける力を強めて強制的に黙らせた。

 ここイシクラ村では、一年を通して気温が大して変わらず、常に温暖で過ごしやすい気候だけれど、革の鎧を着たまま人と密着していると、さすがに汗がにじんでくる。特にズビニエクの首に巻き付けている左腕の服の内側が、汗でべたついて気持ち悪い。

 いつまでこうしていればいいのだろう、と思いかけ、長ければ長いほどいい、と思い直す。石切り場に集合したあとは山道を行って、隣のマキナ村へ避難するのが基本的な計画のはずだ。すぐに戻ってこなければ出発しておけくらいのことは、周到なガエラタなら幹部連中に言い含めているはず。この膠着状態を維持し続ければ、村人の避難できる確率がそれだけ上がる。ファジィのせいで、待つのは得意だ。背後にあるものを守るのも。



 

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