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4 10月11日村・第2港解放戦(終)

「気もちわりぃ……」

 ファジィはただいたずらに数を増やしていく遺体、あるいはいくらも疲れてこない体の不気味な軽さを感じながら、つぶやいた。

 なんだと言うのだろうか、この行き過ぎた力は。人の身ではないような力は。

 ナミカによれば、自分は一度死んでいる。天命石は、自らをあつく遇してくれた村人たちの多くの死を前に、仇敵の殺害をナミカに誓わせ、その取引材料として、ファジィを蘇らせたのだという。

 話半分に聞いていたその言葉が、急に現実味をともなってくる。

 利きすぎる夜目が、兵士たちの戦意を喪った瞳を映す。他の兵士たちの手前、形だけ槍や剣や弓を構えてはいるが、攻撃を仕掛けてくる気配は全くない。

 天の使いだとのたまう石、偉そうにしゃべるしか能がないと侮っていたただの黒い石が、本当に人知を超えた働きを行っている。それ以外に、この自らの体の異変を説明できるものがない。

 この力があったら、いくらでも人が殺せる。殺せてしまう。はじめて、あの石を、自分の手の及ばない不気味な存在に感じた。

 おそらくナミカにもこの力は与えられている。

 ここに来るまでファジィは、ナミカに人を殺せるのだろうかと危惧していた。

 けれど今は、人を殺しすぎてはいないだろうか、という危惧に変わっている。もともと素早さと持久力しか取り柄のなかったファジィでこれだ。生身の状態でファジィの投剣をよける人間が、加護を受けてどうなっているかなど考えたくもない。

 怖い。暴力の生み出す優越意識にとらわれた人間を嫌と言うほど見てきたファジィにとって、この力は、ただその一語に尽きた。この魔力に取りつかれずに済む人間が、自分も含めてはたしているのか。

 懲罰や報復や疎外や敗北を恐れるからこそ、人は自らを律することができる。何物にも害されることがないと信じている人間、報復を受けることを想像もしない人間。そんな人間が次に始めること、それは新王と同じ……他者を平然と害することだ。

 その気になれば、この場にいる全員を殺すことができた。

 しかしファジィは、武器を納めた。

 三人一組の小さな班しか存在しない、指揮官のいない兵士たちを皆殺しにする。それではあの虐殺を行い、ファジィが懸命にあらがった宮廷部隊と変わらない。天命石は、村人のあだである宮廷部隊を壊滅させることを最終目的にしているらしいが、そんなものどうでもいい。今ここで惑っている兵士たちを皆殺しにするか、見逃すか。その選択は自分たちの反乱の成否を強く左右するに違いなかった。

「追うな」

 ファジィは言い捨てた。

 月夜とかがり火の照らすファジィの影を追ってくるものは、ひとりとして存在しなかった。

 ファジィはそのままナミカたちとの合流地点の"基地"まで、追跡よけに遠回りをして戻った。


 ナミカたちもすでに帰ってきていた。

「無事でよかった。さすがだね」

 そう言って迎えてくれたのはヘビだけで、ナミカは抱えた膝に顔をうずめて微動だにしない。

「わたしも。また会えてうれしいよ」

「遠征軍の頭はナミカが潰した。時間を稼ぐには十分すぎる成果じゃないかな」

 ナミカが何かを思い出したらしく、大きな体を小さく震わせる。小刻みに続く震えに何か優しい言葉の一つもかけてやりたくなったが、何を言っても今は上滑りしていくように思えてやめた。

 ヘビだけを呼んで、"基地"の外から出る。あまり遠くへはいけないから声の届く位置はさほど変わらず連れ出す意味はなかったが、目の前で話したい話でもない。

「お前、戦闘中のナミカを見たか?」

「うん。ずっと見てたよ。っていうより、見ているしかなかった」

「何かおかしなことは」

「おかしいも何も……怪物じみてたよ。指揮官を殺して脱出しようとしたとき、まだ向かってくる敵がいて、ナミカは殺したくないって叫んでたけど、退かなくて……邪魔した十二人が、あっという間に殺された。戦ったのが狭いところだったから、本当に何が何だかわからなかったよ。ナミカが殺したのは合計で十七人かな」

「それ以上は殺してないか?」

「うん。残りは逃げてったから」

「そっか」

「それより、帰ってきてからずっとあの状態で……。ナミカはあの村のために、できることをやっただけなんだよ? なんであんなにふさぎこむのかわからない。むしろみんなに感謝されるよ。自慢しちゃうな、僕だったら」

「あいつのいいところなんだよ、それが。あいつがああいう性格じゃなかったら、わたしはあの日、普通に見捨てられて死んでたはずだし。だからってお前の考えが悪いわけでもねーけど」

「あの調子だと、反乱の途中で潰れちゃいそう」

「かもな」

「もったいなさすぎるよ。僕だったらきちんとあの力を使ってあげられるのに」

「やめとけ。そんないいもんじゃねえよあの力は」

 ヘビは冗談交じりにいい示唆をしてくれた。ナミカの力を見て、味方には利用したがらない人間が、敵には恐怖しないものがいるだろうか。ナミカには今後、さまざまな誘惑や、暗殺の危険が付きまとうに違いない。天命石の口ぶりからして、与えられた加護は四人で三種類。ナミカの動きについていくことができて、彼女と対等な力関係で話ができる類の力を与えられたのは、おそらく自分だけだ。彼女の悩みをわが身に置き換えてわかってあげられるのも、彼女を助けてあげられるのも。

 ファジィは舌打ちして、"基地"の中に戻った。

「わたしはさっきの戦いで二十三人、殺した。お前より五人多い」

 ナミカがびくりと体を震わせてから、膝にうずめた顔をゆっくりと上げた。

「全部このいかれた力のせいだよ。ナミカは悪くない」

「あなたはそうかもしれませんが、わたしは……力のせいではありませんよ。判断を間違いました。あなたには、ちゃんと仕事はしますなんて言っておいて、肝心なところで情けをかけたんです」

「情け?」

「指揮官と同じ部屋にいた副指揮官を、殺しませんでした。これ以上殺したくないからと。そうしたら、脱出する前に囲まれて……。副指揮官が生きていたので、全員、士気旺盛しきおうせいに立ち向かってきました。そんな勇気ある人たちをわたしは残らず、殺しました」

 ナミカは抱えた膝に額を何度か打ち付け、最後に額を預けたまま、肩を震わせはじめた。

「わたしは、どうしてこんなことをしなければならないんでしょうか。新王軍に殺されたから新王を殺す。そこまではまだわかります。だけど、父さんを殺したのはあの人たちじゃない!」

 嗚咽交じりの、押し殺されたその声が、彼女の足元の土にしみこんでいく。

 ファジィはナミカから視線を外し、下生えの上に寝転がった。草が肌にちくちく触れて少しくすぐったい。

「お前は優しいよ」

「何ですか急に。気持ち悪いですね」

 涙声で強がるナミカがなんだかかわいそうで、ファジィは特に言い返さなかった。

「わたしはさあ、戦災孤児だったんだよ」

「へ? また急な……」

 話の展開についていけず、ナミカが戸惑っている。ファジィはナミカをいったん、きょう起きたことから引きはがそうとして、さらに自分の言葉を重ねた。

「盗賊の戦利品の中に混じって拾われて、盗賊たちのつくった村で育って、今年の一月ごろまでそこにいた。別に愚痴りたいわけじゃねーから省略するけど、まあけっこうひどいとこで、わたしみたいなのにやさしくしてくれたやつほど早死にした。わたしはたぶん、お前よりずっと、人が死ぬことに対して感情が動かなかった。

 でも、イシクラ村に流れてきて……。たぶん、少し変えられたんだよ。お前の前では言いづらいんだけど、わたしたちは盗みの合間、じっと山の中にこもってたわけじゃくてさ。村人にまじってけっこう村ん中をうろうろしてた。ヘビとかもね。孤児のなりをしてたら、別に物乞いしたわけでもないのに、食いものを分けてもらえた。子供同士の遊びにいれてもらえたとも言ってたな。ガキくさい遊びだったよとか口では言ってたけど、うれしそうだった。

 イシクラ村は、お前が思ってるよりずーっといい村だったよ。だから、お前みたいなのが育ったんだなと思う」

 喋り続けて口の中が渇いてきた。つばをゆっくり飲み込みながら、ナミカに再び視線を合わせた。彼女は足元をじっと見つめている。

「天命石の加護とか、わたしが一度死んで蘇ったとか、あんまり信じてなかった。でもきょう、戦ってはっきり分かった。本当の話だったんだって。分かった瞬間は、気持ち悪い力だと思った。怖い力だと。

 でも、わたしは……。わたしは、この力を使おうかと思ってる。

 なるべく飢える奴がいない、なるべく死ぬ奴がいない場所を作るために」

 とりとめもなく話を続けて、ここでようやく、自分が何を言いたかったのか、気づいた。

「そうだ……。そうだよ!」

 ファジィは勢いよく上半身を起こした。低い筵の天井にぶつからないよう、四つん這いでナミカのほうに向かい、彼女の目の前で座り直した。

「わたしは、イシクラ村みたいな場所を作りたい!」

 ナミカが間近で発せられた声に驚き、顔を上げた。

「復讐なんて格好つけた言葉、わたしらしくもない。たぶん、お前らしくもない。そうだよ。作るんだよ、もう一度! この力はそのために……生み出すために使えばいい!」

 ファジィは「この力」のときにだらりと投げ出された彼女の右腕をつかんで揺らした。

 ナミカの目もとから険が薄まり、ふだんのものへと変わっていく。

「もう一度……イシクラを……」

「ああ。それも、あの村よりずっとでかい範囲で! ヤーヌイツ全部でだ!」

 ファジィは戦闘中にふつふつと煮えたぎった新王への憤りが、別のかたちで表に湧き出してくるのを感じた。これはきっと、ナミカがいたからだ。人を殺してこれほど傷つく彼女がいたから、思いついた話だ。これまで十九年生きてきたなかで初めて知った感情が、わきあがってくるのを抑えきれない。この感情は、希望だとか呼ばれているものなのだろうか。

「もう殺したくないと言っている人間に投げかける言葉ですか、それが」

 ナミカが呆れたように言う。

「このままじゃ、新王も、リズも、クロークルも、またこの場所で暴れまわる。王だの領主だの名乗る連中は、住んでるやつのことなんて兵数と税の量でしか判断してねえ。二十年前の繰り返しになる。もうわたしみたいなやつが生まれない場所にするんだよ、ここを。兵士は、暴れまわる新王の手足だ。恨みがなくても、倒すしかない」

 ナミカは一度目を伏せ、もう一度ファジィを真正面から見た。

「それは何万、何十万人を地獄へ叩き落とすことになっても、しなければならないことですか? 人を生かすために人を殺すなんて、おかしな話だとは思いませんか?」

 ファジィは問いかけに答えず、ただナミカの右腕をつかむ力を強くした。目と目がぶつかり合う。カエルのとぼけた鳴き声や高くはじける虫の鳴き声が場を支配する。

 やがてナミカがため息をひとつこぼす。

「途中でまた、殺したくないと言い出すかもしれませんよ」

「それでもいい」

「勝手にいなくなるかもしれません」

「いつでもいなくなれ」

「それなら……構いません」

 ナミカの右腕にしがみつくファジィの左手に、ナミカの左手が重ねられた。

「もう少しだけ、付き合いますよ」

 ファジィは、

「ありがとう」

 と言ってナミカの腕から手を離した。

 そのあとすぐ、ファジィはこれから具体的にどう動くべきか、ガエラタたちにどのような連絡をするべきか考え始めた。

 しらばくお互い何も言わずに思案に暮れていたら、突然ナミカが笑った。

 問う目を向けると、

「あっさり乗せられた、と思いまして。教会の地下に招待されたときも思いましたが、あなたはけっこう熱い演説をしますよね」

 抑揚に揶揄の色があった。たしかに先ほどは、話しているうち熱にのぼせてきて、能天気で向こう見ずなことばかり言っていたかもしれない。まだ目の前の村すら救いきれていないのに、先のことばかりに考えが行き、盗賊の時につちかった慎重さがどこかへ消え去ってしまっていた。人の理屈の外にある力を手に入れて、自分でもわからないうちに浮かれているのだろうか。

 ナミカのからかいの笑みから目をそらすと、

「ファジィは、自分で思っているよりリーダーに向いている気がしますよ」

 急に真剣な声音に切り替えたのに驚いて、もう一度ナミカのほうを見た。

「まだ後悔が消えたわけではありませんが……それでもいったん、涙を止めてくれました。言葉で人の胸を打てる、それはとても大事な力だと思います」

 ナミカの誉め言葉に、恥ずかしさが増していく。

「からかうなよ」

「だけどもう少し素直になったほうが良いですね」

 ナミカが手を伸ばしてきて、ぽんぽん、と頭を軽くなでた。

「こうしてるとただの子供にしか見えないんですけどねえ」

 ファジィはナミカの手を軽く払って、

「わたしはもう十九」

 と言った。

「えっ!」

 と言ったナミカが腕をひっこめかけたまま少し止まった。大げさな、と思っていると、

「勝手に十四くらいかと思ってました」

「お前……」

 盗賊村の中で暮らしてきて、あまり年齢は気にしたことがなかったが、ヘビと二歳違いと思われていたのはさすがに心外だった。

「完全に身長だけで判断してるだろ」

「はい」

「そう言うお前はいくつだよ」

「二十四です」

 言ってからナミカがまた笑った。本当によく表情が動く。

「あわただしくて忘れてましたけど、わたしたち、言葉を交わすようになってさほど経ってないんでしたね」

「だとしても十四はひどすぎる……」

「あはは。まあいいじゃないですか、純粋さを失っていないってことで」

 ファジィはまだ文句を言おうとして、ナミカの笑顔に毒気を抜かれた。それから自分もつられて笑みを浮かべた。



 

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