表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/69

3 10月11日村・第2港解放戦(3)

 迷いを引きずりながら、ナミカは槍のカバーを外して捨て、ヘビの前にしゃがんだ。

「向こうに降りるまで背負います。足で腰をはさんで、なるべく首に体重をかけないでいただけると助かります」

 ヘビは素直にナミカにおぶさった。

 両手をもう一度壁につけ、少年一人分の体重を引きずりよじ登る。ヘビはぎゅっと両足に力を入れて耐え、首をあまり絞めないでくれた。そのまま向こうに飛び降りる。敷き詰められた砂利が大きな音を立てた。着地と同時にヘビは体から離れた。この壁から裏口までの距離はおよそ三十メートル。

 一、二、三、四と数えてから、横歩きに切り替える。

 きた!

 飛んできた矢を耳でとらえようとしたが、絶対にあり得ないことに、真夜中に飛んで来る近距離の矢を、目でもとらえられた。これが加護の力だというのだろうか。ファジィの手加減した投剣よりもよほどゆっくりに見え、ナミカは両手持ちに切り替えた槍の穂先を身体の正面に構え、かすかに右と左に動かした。穂先に横腹を叩かれそれたふたつの矢が、ナミカとヘビ以外のどこかに刺さった。

 かすかな達成感とともに体を正面に向けると、なぜか裏口を固めていた兵士ふたりが道を開けていた。ヘビが牽制の投剣を投げつけてそれをかわした結果としてはやや大げさに過ぎる。ヘビは気にせずそのまま裏口を蹴り開ける。射手から一刻も早く離れなければならない、判断としては当然だ。けれどそれは、敵も予測し得るということだった。

 蹴り開けた向こう、背の伸びきっていないヘビごしに、矢をつがえた弓兵がいた。

 その瞬間、イシクラで見慣れてしまった遺体たちが浮かんだ。これも天命石の仕業だろうか、家族親戚友人全てを喪ったスピリーの涙、村人を守れなかったガエラタの涙、死に絶えた父が浮かべていた微笑みが一度によみがえってきた。

 右手に持った槍を、ヘビの頭上から正面の弓兵へ一直線に放り投げた。同時に左腰に差してある曲刀を抜き、裏口の両隣の兵士ふたりの首元を狙って斬り捨てた。

 ヘビを突き飛ばし、建物に入って扉を閉める。

 曲刀を左手に持ち替え、絶命した弓兵の額から右手で槍を抜く。虚空を見上げている遺体がイシクラ村で見たあの惨状と重なって見えた。あのとき村のみんなを殺した兵士と今の自分、違いはどこにあるのだろうか。それでも身体はほとんど勝手に動き、階段を上っていく。教会の構造はどこも似通っていて、裏口の階段は日用に使われるため上った先には僧たちの私室がある。指揮官は三階のどこかにいるらしい。私室から順に部屋を改めていって……二階から三階に行く途中の踊り場で、ひとりの兵士が曲刀を振り下ろしてきたが階段を上る勢いのまま突き出したナミカの槍の穂先が首を食い破るほうが早かった。壁まで突進したあと引き抜く。ヘビがそのあいだに後ろを通り抜けて先に三階へ上がり、階段そばの部屋の扉を開けた。今度はヘビも警戒して、開けてすぐ壁際に隠れたが、中には誰もいなかった。

 ひとつひとつ確かめていくが、どこにもいない。

 この人数では完全な包囲など不可能だ。逃げられている可能性もよぎり始めた最後の部屋――正面玄関側の階段から上ってすぐの部屋の近くまで来ると、まだ扉に手をかけもしないうちから矢が三本、それぞれに木の扉を貫通した。

 両開きの扉には錠前じょうまえがかかっていた。扉そのものは木製なので時間をかければ壊せそうだけれど、それを許さないための弓矢だろう。援軍が来るまで立てこもるつもりらしい。

「これ使って」

 指示せずとも階段を見張っているヘビがささやき声を出した。

 ヘビは懐に手を入れて何かを取り出し、こちらに投げてきた。

 槍を床に置いて受け取るとそれは鍵束だった。

 完全に一点ものの錠はそう多くない。遠征軍が持ち込んだ錠ならば開けないが、この街の錠前師がつくったものならば、どれかは合う可能性もある。

「赤く塗ってある側からよく使うものだから、教会ならたぶんその反対側から探したほうが……うわっ敵上がってきた」

 言ったヘビが投剣を投げつけ始める。

 錠前は扉の真ん中にある。鍵を差し込んだら確実に音でわかるだろうし、避けられなければ矢は確実に刺さる。

 ナミカは素直に、一番使用頻度が低い右端のものをつまみ、静かに近づいて差し込もうとした。入らず、同時に扉から離れる。二本の矢が扉の上部から、一本の矢が下部から飛び出してきた。三射目がくるまで、今度は次の鍵を手にして待った。

 三射目が扉を突き破り、鍵を差し込みに行こうとし、二本しか射られてないのに気づいて床に伏せた。頭上を通り過ぎた矢の音を聞きながら、次の鍵を差し込む。今度は鍵穴に刺さった。まわす。

 ナミカは解錠された錠前ごと扉を蹴破った。

 部屋には四人いて、執務机の手前側に三人が間隔をあけて並び、執務机の向こう側に全身鉄製の鎧に身を包んだ指揮官らしき男がいた。

 弓を構えていた三人のうちひとりが焦って、矢を取り落とした。

 これ以上、殺したくなかった。一番早く撃ってきそうな兵士に、槍の石突いしづきを向けて突進する。彼女は腹に直撃を受けて弾き飛ばされ、執務机に腰をしたたかに打って倒れた。次に弓は諦めて剣を抜いた兵士の首をふたたび石突で突き、弓矢をようやく拾った兵士の顔に拳を叩き込んだ。

 執務机の向こうでは、甲冑に身を包んだ指揮官らしき男が左手に小型の鉄盾、右手にショートソードで油断なくナミカを見据えてくる。槍で突けば盾で防がれる。防がれても広い空間ならどうとでもできるけれど、狭い室内では取り返しのつかない隙を生みかねない。

 考えているあいだに最初に倒した女が起き上がりかけたので、その背を槍の柄で力の限り打ち据え、そのまま槍を手放し、曲刀を再び抜刀した。

 指揮官は執務机をはさんだまま、ショートソードで突いてきた。ショートソードを軽くかわし、その横腹を叩くつもりで振る。ショートソードはすぐに盾と入れ替わって、盾のにぶい手ごたえがじいんと手に伝わってきた。

 けれどナミカは、防がれても気にしなかった。執務机を回り込みながら、盾を滅多打ちにした。一撃一撃、すべての力を込めるつもりで打ち据えると、曲刀はべこべこに折れ曲がったが、敵はショートソードを出す暇がなくなった。指揮官はついに壁際に追い込まれ、剣を打撃武器にしたナミカの猛攻を防ぐばかりになった。ナミカは盾の位置が上がりきったのを見計らって足払いをかけた。バランスを崩した指揮官が尻もちをついて横倒しになったとき、二番目に首を突いた男が雄たけびを上げながら突っ込んできたので、役に立たなくなった曲刀を投げつける。両腕で防いだ男のがら空きの下半身、急所を蹴り上げる。男は呻きながら地面に突っ伏する。最初に弓矢を取り落とし、ナミカの拳一発で気絶した男の横で、指揮官が起き上がろうとしていたが、ナミカは許さず再び足払いをお見舞いした。仰向けにひっくりかえった指揮官にのしかかり、兜の面を押し上げる。指揮官が手放したショートソードを拾い、恐怖に目を閉じた指揮官の額に、鋭い刃先を突き入れた。

 肩で息をしながら、ショートソードを捨て、槍を拾い、すぐにヘビの元へ戻った。ヘビは正面玄関側の階段で兵士たちを釘づけにしていたが、ナミカたちが侵入経路にした裏口側からも増援が来るところだった。

 指揮官の部屋で殺さなかったふたりも回復して、まだ戦いを挑もうとしてくる。

「指揮官は殺しました! もうあなたがたに用はありません!」

「副指令はまだここにおられる! いいかお前ら! 絶対に逃がすな!」

 指揮官のいた部屋で殺さなかった兵士のうち、ふたりが回復し、男のほうが絶叫した。どうやら女が遠征軍の副指令だったらしい。

 甘い……。

 自分は、考えが甘い。

 指揮官の部屋にいるのだから、それなりの階級の者だと言うのはわかっていたはずなのに。殺しておけば、最小限の人殺しで済んだ。うまくすれば降伏の目もあった。

 それが、情けをかけたせいで、全員を殺すつもりで行かなければならなくなった。

 ……自分は新王を殺せればいいだけだ。他の人間は関係ない。関係ないのだから、

「どいてください! 邪魔です!」

「退くな! 敵も疲れている!」

 きょう、はじめて、人を殺した。

 殺すつもりなんてなかった。

 村人を、父を虐殺した連中と同じことなんて、したくなかった。

 どうして、こうなってしまったのだろう。

「やめてください! もう今日は殺す必要がない!」

「一斉にかかれ! 行くぞ!」

 三方からの悲鳴めいた絶叫がナミカとヘビの聴覚を押しつぶす。

 ナミカもまた、絶叫した。

 槍を振るい、突き、振るい、投げ刺し、敵の落とした曲刀を拾って斬りあげ、斬りおろし、裂き、刺さった槍を引き抜き、腹を突き、背後の兵士ごと貫き、階段を上りきろうとしていた兵士にぶつけ、落とした。

 右目が返り血に染まって何も見えない。開いている左目で、見回す。廊下に立っている者はいない。ヘビは返り血の雨の中で呆然と座り込み、ナミカを見あげている。

 ナミカはせきこんだあと、ぼうっとその惨状を見下ろした。

 口を開きっぱなしにしたまま、なぜ見えているはずの左目がぼやけてくるのかもわからないまま、しばらくのあいだじっとしていた。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ