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第一話


「説花、お前は文才があるようだな。この前の作文もとても面白かったぞ。どうだ、中学最後の文化祭の、クラスでやる芝居の脚本を書いてみないか?」


 思えば、橋上先生のこの言葉が無ければ、俺は一生小説を書かなかったかもしれないな。その場合、何の目標も見つけられず、何も努力をしないまま、無気力な人生を送っていただろう。

 自分で言うのもなんだが、俺は、小学校低学年のころから、まあまあ勉強が出来る方だった。特に、国語は得意で、作文では誰にも負けない自信もあった。本が好きで、よく読んでいたことも影響していただろう。

 だが、中学に上がると、国語の成績はもちろん、作文の上手さでも、俺以上の奴はいた。それも一人や二人ではなかった。

 結局、俺はたまたま文才のない子供が集まった小学校で、自分には圧倒的な文才があると勘違いをしていた、井の中の蛙だったのだろう。

 そのことに気づき、すっかりやる気を失い、自己肯定感が大きく下がってしまった俺は、向上心のない怠惰な中学校生活を送っていた。

 周りの人間が勉強や部活、恋愛に青春のエネルギーを燃やしているのに比べ、俺の中学校生活は、全く無益なものだった。


 俺の三年の時の担任で、国語教師だった橋上先生には、今でも感謝している。

 特にやることもなかった俺は、先生の誘いを受けて、中学最後の文化祭の、クラスでやる芝居の脚本を書くことにした。

 脚本を書く経験なんてなかった俺は、予想以上に苦労した。だが、その苦労は、とても心地がいいものだった。それまでのごみのような生活に比べると、充実感が全く違っていたのだ。


 俺は、あの時初めて、人の役に立つための努力をする喜びを知ったのかもしれない。


 苦労しつつも、充実感を感じながら書き上げた脚本を読んで、橋上先生やクラスメイト達は予想以上に喜んで、俺を褒めてくれた。

 その瞬間俺は、自分の努力が実際に人の役に立って、人に喜んでもらうことができた時の喜びと感動を、本当の意味で知ったのだと思う。

 劇は大いにうけ、他の先生や保護者の間でも評判になるほどの人気だったらしい。特に脚本の評価が高かったと聞いたときは、中学校の人のいないところを探して、こっそりうれし泣きしてしまったほどだ。俺はあの時、それまでの人生の中で一番の感動を味わった。


 あれ以来、俺は小説を書くようになった。そして、夢がなかった俺にも、小説家になるという夢が出来た。俺の小説を読んでもらって、少しでも世の人々に幸福になってもらいたいと思っている。

 まだ、家族にも見せたことは無いが、ネット小説投稿サイトには、ぼちぼち投稿している。

 あまり反応がなく、くじけそうになることもあるが、わずかにいる、俺の小説をブックマークしてくれている人達が、俺が書いた小説を読んでくれている場面を想像したりして、なんとかモチベーションを保っている。


 小説を書きながら、受験勉強もそこそこちゃんとやって、無事、第一志望の高校に合格した。そして、俺は今日、この高校に入学する。

 小説を書いていることを言い訳にしたくはなかったので、志望校のランクは以前よりも一つ上げたが、無事に受かった。やる気に満ちているときは、他のことにも好影響がでることも多いな。


「では、新入生の皆さんは、今紹介しました、それぞれの担任について行ってください」 

 なにごともなく入学式は終わり、教頭が紹介した、俺たちのクラスの担任についていき、一年二組の教室に入った。

 とりあえず、一年間はこのクラスメート達とすごすわけか。ざっと、教室内のみんなの顔を見渡す。

 なぜかはわからないが、俺は、眼鏡をかけた地味な印象の女の子のことがとても気になった。その日は、担任から簡単な説明を受け、生徒それぞれが短い自己紹介をして、帰っていいことになった。

 コミュニケーション能力が高い奴らは、早速グループを作っているが、俺にはまね出来そうもないし、今日はこのまま帰ることにしよう。

 正直な話、自己紹介の時に緊張して、何を話すか考えている時間が長く、考えている間に自己紹介した奴らのことは、全然記憶に残っていない。しかも、自分の自己紹介が終わって安心しきったせいで、俺の後に自己紹介した奴のこともあまり覚えていない。

 まずいな。これからの学校生活を送るうえで、自己紹介をちゃんと聞いていなかったことは、かなりマイナスに作用するだろう。

 それに、俺の自己紹介自体は、あんなに考えた割にはいたって普通な出来だったしな。

 ……なんだか、明るく楽しい高校生活にはなってくれそうもないな。

 俺は、少し落ち込みながら帰りの用意をしていた。ふと、あの女子のことが頭をよぎり、教室を見渡した。

 あの子は、ちょうど教室を出るところだったようだ。俺は、帰り際のその子と目が合った。なぜだろう? 俺はやっぱり、あの子のことが妙に気になった。


 俺は、一人で自転車で帰りながら、あの眼鏡の子のことを思い出していた。

 クラスメイト達の自己紹介は、ほとんど頭に残っていないが、あの子の自己紹介だけは、はっきりと鮮明に覚えている。

 彼女の名前は、文学乙女。特に目立つ自己紹介ではなかったものの、彼女からは、人への思いやりや優しさを感じ取ることが出来た。どちらかというと、明るい性格ではないかもしれない。少なくとも、人前ではあまり自分をさらけ出さないタイプだろう。だが、根暗というわけでもなさそうで、おそらく、親しい人間と接する時は、結構明るくなるタイプだと俺は予想している。


 帰り道の赤信号に注意が移った時、俺は、自分がにやけていることに気がついた。

 どうやら俺は、乙女ちゃんのことを好きになりかけているようだ。乙女ちゃんが同じクラスにいるだけで、俺の高校生活は案外悪くないものになるような気がする。


 ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


 本来、1話で投稿しようとした文章を、3話に分けました。


 よろしければ、とりあえず3話までご覧いただければ幸いです。

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