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再生されし者たち

綾乃と美保佳にオレは、「もう逢えない」と伝えた。綾乃に、「大地はいつも、自分の都合だけで、私を傷つけて、最低な男だよ、勝手にしたら」ときついお叱りを受けた。美保佳は、「大地の為なら、なんでもするから、それでも、駄目なの」と泣いていた。


まだ、蒸し暑い九月二十七日。今日は、晴れ。季節は、秋と云う事になって、私は、シチュエーションがコロコロ変わる赤い青い幻覚のイクミと、現実のイクミ。この三人と相変わらず過ごしています。幻覚のイクミに関しては、常に何かを発表。ニュース番組の司会者、コンビニのレジ打ち、私鉄の駅員、銀行員などに成り変り、安定した狂いが苦しみに変わるのである。


 マスターとも康之君とも仲良くやっているのは事実で、オレは、シェイカーをほぼ毎日振っている。

康之君は、現実のイクミと、同じ様に、私に助言を。「全ての事を、忘れなさい」彼に、対しては、頷くのだけれど、どうしても、本当の事が知りたくて志穂とも会うようになった。「大地君の役にたてるのなら」彼女にも本当の事をオレは話すようにした。彼女は実に協力的で、オレの行動言動をノートに書いて説明してくれた。しかし、今の私には、無理難題。彼女の描く机上の表現に対して、オレは、苦戦中。 

大雨の日、『5』を持ったオレは、駅前で、見ず知らずの志穂を誘って、彼女は、それを受け入れ、泥酔状態の私を、彼女の部屋に連れて帰ったとの事。その時オレは『5』の写真を見ながら、喋り続けていたのであるらしい。それしか理解出来ない。そう云えばイクミも同じ事を言っていた。オレがとった行動言動の中身は、やはり、理解に苦しむ内容で、志穂はそれを、「予言」と解釈し、もっと、自分自身が、意味不明になるばかりで、苦しみも比例して、大きくなるばかり。だけど、何の予言なのだろう。予言と云うキーワード。オレには理解出来ない。

しかし、生きる為に、解決する為に、オレは志穂の部屋に幾度となく通っているのだ。交通事故で知り合った犬を引き取り、イクミが、『キュル』と名づけた。キュルは、オレの家とイクミの家を行き来し、二人の家にはイクミ作の犬小屋がそれぞれ出来た。私は、病院には、行っていない。二井はジーコンに一度も来ていない。病院へ行き、全てを話したとしても、只のサイコパス扱いされてしまうだけであって、またクスリ漬けになってしまうだけなのであって…。志穂は、こんな私を受け入れてくれる、靴屋の店員なのであって。彼女には生きる為の整理整頓を手伝ってもらっていて。一つだけ、彼女の口から解かりやすい言葉が出たのだ。


 「二人のイクミさん。すなわち、同じ顔と体が二つある訳だよね。これは、密着と対立。たぶん、これを表していると思うの。あと、同じ服の青と赤。これも同じ。寒色と暖色。これも、密着と対立。この二つが一つになったモノを、大地君は望んでいる。そして、何かを発表している。これは、大地君が望む事を代弁している。すなわち母体、母をあらわしているの」

 

 こんな話を聞いてしまったオレは上原大地のカルテを読みたくなったのだ。しかし、カルテの公開などを、病院が許してくれるはずはない。そこで、私が思いついたのは、『柳川さん』なのである。病院サイドから絶大な信頼を寄せられている彼に、盗みを働いてもらう。志穂に話を持ち寄ると、「それ、むずかしいけど、それ、おもしろそうだね。」実行力を満遍なく持つ女、志穂が彼へと面会に行くとの事。


 この幾日は、仕事終りに志穂宅に寄り、その後、イクミ宅で、風呂に浸かる。オレは今、イクミに嘘をついている。志穂の事や幻覚の事を黙っていて、綾乃や美保佳と頻繁に会っていると、嘘御託を並べている。これが重い。風呂窓の向こうで吠えるキュルに対してオレは、遠吠え。「ごめんな」などと、体を洗いながら。

  


 イクミが三人。

 現実のイクミさん一人。

 幻覚のイクミさん二人。



 今日は、休みである。イクミは、何処かの誰かさんと美術館へ行った。オレは、イクミの父上と食卓を囲むのである。朝食は宅配ピザ。

「新聞、見たよ。すごいね」

二人はガムシャラでピザにかじりつく。

「うちのお袋も同じような口調で同じ台詞を言ってましたよ」

『グランプリバーテンダーは、若き天才』

地方面にオレの写真ならびにインタビュー記事が載ったのだ。理由はこれ。先日行われた、『㈱スナップ オールジャパンバーテンダーグランプリ』での結果の事。どのバーテンダーが、所謂、美味しいカクテルを正確に作る事が出来るのか、と云うコンテスト。ここで私はグランプリを獲得。その通知を受け、新聞社が書き立てたのである。ジーコンの二人は大喜び。引き抜きの電話もしつこく掛って来たが、私は、ジーコンの上原大地である。賞金七十万円也。父上は「気をつけて、帰るんだよ」と、笑顔。私は、「はい」と言って、「おじゃましました」と言って。外には、キュル。キュルの頭を撫でると、彼は尻尾を振るのであり、「飯、食ったか」と聞くとキュルは、ワン。と、鳴いて、よりいっそう、尻尾を振るのであり、「明日、またくるね」と、言うと、ワンワン。と鳴くのである。キュルに手を振って、運転席に座ると、携帯電話の着信音が鳴りっぱなしである事に、やっと気付くのである。

 

「今、時間ある」

「暇だよ」

「ちょっと、私の家に寄ってくれない」

「了解」

オレは、興奮している声の持ち主、志穂の元へと、急ぐのであった。

 

 インターフォンを押す薬指。出て来たのは、志穂。そして、靴を脱いだ時、気付いた事。男物の黒い靴が、鎮座している。いつもと違う空気。奥には、大きな影も見える。そして、彼が居た。

 

「元気でしたか」

全てを知る男は大きく健在、オレを見るあらゆる感情を同時に持つ瞳は、彼の特権。

「ああ、大ちゃんも元気そうで」

私の喜ぶ顔を見たいとする彼の思いと彼の喜ぶ顔を見たいとする私の思いは、似ていて。

「新聞を見たらびっくりしたよ。やったね」

「オレもびっくりですよ」

笑顔の二人。なんて素晴らしい日。彼と再会出来たのだ。…大きな人…愛すべき人、柳川さんと。

 カルテを盗むなど、彼には出来ない。しかし、入院当初の私の行動を、彼は知っているかもしれない。志穂は、それに着目し、彼の外泊許可を病院から、貰ってきたのである。志穂は、柳川の姪の名を区役所で調べ、その名前を使い、「法事ができたので、彼の外泊を許可していただきたい」と、正しい、デタラメを並べた。何の問題もなしで、院内へと潜りこめたそうだ。そして、驚く初対面の彼に、彼女は、「大地君を救ってください」全てを打ち明けた。私の本当の姿を知った彼は、白衣達には嘘を吐いた。


 柳川さんと久々にぷかぷかと喫煙。オレは、嬉しくて。ただ、嬉しくて。キッチンには志穂。もう、オレは何も疑わない。オレは水を飲み干す。煙草の火を消した柳川さんがオレに言った。

「大ちゃん、本当のことを話すよ。いいかな」

オレは頷くことを選び、柳川さんは上着のポケットから、黒い手帳を取り出し、オレの目を、一度、鋭く見た。そして、彼は言われた。

「まず、君は、僕がいる横の部屋に入室した。その翌朝の事だ、君は、大きな声でこう言ったんだ」


『救い主は、やって来られた、よいですか、恵まれぬ者よ、私は、主の子、しかし、今の私に体の自由は無い。私は申し子と化す。私の横に居られる人よ、私の言葉を、記憶しなさい。私は申す』


『ひとつめの救い。地に確かなものなど、存在しない。文字、数字、絵画。これらを人間は形と呼ばれた。恵まれぬ者よ、あなたがたは形に対する犬や猫の驚いた顔を見られた事がある。人間は動物の嘘や不可能を形にされた。あなたがたが自由の身となり、解放されし時には、不可能であったはずの嘘が形になった事を深く知る事となるだろう』


『ふたつめの救い。地に確かなものなど、存在しない。チカラあるモノを支持しなさいと万人は言われる。しかし、人間はチカラなきものに何事も無かったような、素振りを見せる。争い、悪行、盗み。これらを人間は罪と呼ばれた。恵まれぬ者よ、あなたがたは泣き叫ぶ赤子を見られた事がある。人間はチカラ無きものを知っている。あなたがたが自由の身となり、解放されし時には、チカラの意味を知る事となるだろう。故に地には、強弱が存在する』


『みっつめの救い。地に確かなものなど、存在しない。時間が刻まれると万人は言われる。しかし、人間は愛する者と愛する物の為、汗を流し、時を縮めてきた。陸、海、空。これらを人間は、道と呼ばれた。恵まれぬ者よ、あなたがたは乳を与える母の姿を見られた事がある。人間は愛すべきものを自ら選んでいる。あなたがたが自由の身となり、解放されし時には、時の意味を知る事となるだろう。故に地には、流れが存在する』



これらの台詞を残した後、私は暴れだし、毎日、朝から夜、叫び狂っていたのだという。信じる事が出来ない。オレが申し子。モノを壊す事に、快楽を求めてきた、このオレが救いの言葉。神に祈りを捧げるような事は、私の趣味ではない。汗をかいたぶんだけ緑茶を飲む二人。そして、時計の針が動く音しか聞こえない沈黙が流れ、オレは、白猫を見て、その白猫は、黒い鞄の上で眠っていて。


志穂が、私の目の位置に視線を合わせた。そして、下を向き、躊躇った表情。そして、また、オレの目を見て話しはじめた。

「私も話す事にするわ。今まで、怖くて遠まわしにしか言えなかったけど、言う事にする」

「何をだよ」

「『予言』の事」

「どうせ、また意味不明で、訳のわからない事を言うんだろう」

「大ちゃん、聞きなさい」

柳川さんの与えた言葉。一瞬の痛みに耐える事にした。

「わかった。聞く」

 志穂は、テープレコーダーを電子レンジの下から取り出して、「これ」と言った。私は、「これ、何」と答えを彼女に委ねたが、ほんの数秒で答えを見つけた。

「オレの声なんだろう」

彼女は、下を向き頷く。待て、オレは、混乱している。オレは、何をすれば良い。

志穂が、レコーダーのPLAYを押した。

私の本能は、流動的に銀色のレコーダーを彼女の手から、奪い、ベランダへと、急ぎ、それを足で蹴り壊した。粉々になった金属をベランダから落とし、消した。

そして、彼等に私は、言った。わかっている事を言った。心底から叫んだ。


「未来なんて、決まっていない」


志穂は私へと言う。彼女は私をくっきりと見た。

「でも、あなたの声で私は、救われたわ。そして、あなたの言ったとおりになるの。薬指に傷が出来る事、犬を助ける事、幻覚のイクミさんがあなたを苦しめる事、私の元にまたあなたが帰ってくる事、全部…、全部…それにあなたは自分の死まで、予言しているのよ。それにイクミさんの死を」


そして、私の瞳からは、涙が、流れていました。


「未来なんて、決まっていない」

私の涙は、狂った様にあふれかえり、全てから、逃げている。ただ、逃げている。

 その私をベランダまで、迎えに来た柳川さんは、冷静に言葉を重ねる。

「大ちゃんが、選んだだけの事なんだ。全てを選んでいるだけなんだよ」

「そうだとしたら、何故、地獄のような日々をオレは、選んだのですか」

「それは、君が、新しい幸せを感じるために選んだ手段の一つなんだよ」

「わからない。矛盾してる、絶対違う」

「棺桶から、生きたまま、抜け出した時の解放感は、僕等にしかわからないだろう。僕は人を殺した。刑務所にも長い間、入っていた。でも、全ての事は、自分自身が選んだ事なんだ。ヤクザになった事も、人を殺した事も。だけど、僕は、人を殺すためだけに産まれて来た訳じゃない。牢獄で、それに気付いたんだ。僕は人を殺すためだけに息をしてきた訳じゃない。罪を犯した自分自身にさよならするために、新しい幸せを感じるために、新しい僕になるために、そのために、選んだのが入院なんだ。誰のせいでもない。僕自身が選んだんだ。…そして、君が僕の横に来たんだ。だからもだけども、無く、大ちゃんは、イクミさんとの居場所を探しに行けばいいんだよ」


 私は泣いた。オレとイクミの居場所。オレとイクミの死。神が私であるのなら、何て愚かなのであろうか。泣き叫ぶことしか出来ない無力な、なんて、ちっぽけな私という人間の影。


この日は、飛行機雲と薄い虹が白く美しく見えていて。私の指は一度、空を指して。

私、志穂、柳川さんという人間の最後の日は笑顔であった。涙を溜めた、最期の笑顔であった。



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